「弟子にしてください」「帰れ」こいつぁクールな対応だ。厳めしい表情を崩さないヒアシに気圧されながらも、俺は内心で軽口を叩いた。 in Wonder O/U side:Uそんなこんなで、奇妙な――というか、俺の不法侵入が見つかった次の日から、ヒナタお師匠の特別授業が始まった。特別授業と言ったって、なんだろう。日向の奥義とか教えてもらうわけでもなく、淡々と基礎以前の問題であるチャクラの操作っつーか、発現を覚えようというレッスンだ。ニュアンス的には、歩き方を幼児に教えるようなもんなんだろうね、きっと。そんな愚痴をヒナタに言ったら、彼女は困り顔でアカデミーの新入生はみんなやってるよ、と言ってくれた。あー、そういやあアカデミーって来年に入学なんだよね。いや、パパンとママンに入学したくない、って言えばそれまでなんだけどさ。以前割愛した話なんだけど、どうやら玄之介の両親は、息子が忍になることに期待を抱いているらしかった。まあ、そうだろうね。二人とも元上忍だし。パパンは血継限界なんて代物を宿しているエリートだし。でも正直、金をもらって人殺しなんてしたくなかった。だって人を殺すんだぜ? 給料程度のはした金で自分の人生が閉じられるって想像したら、ぞっとしない。馬鹿げた話だ。まあ、俺の持っている倫理観がナルト世界とずれているせいもあるんだろうけどさ。んなことするぐらいなら、ヘルアンドヘヴン会得してヒーローショーでもやった方がマシってもんだ。いいよね、夢と希望を与える仕事。この世界にロボットを広めるのだっ!まあ、それは置いといて修行である。ヒナタお師匠の指導は、なんつーか、一言で言えば手緩い。高校の時入っていたテニス部の練習の方がキツイぐらいだ。ただ、要点はしっかり押さえている。きっと適切な指導ってのはこういうのなんだろうね。いやまあ、ヒナタお師匠以外の人に教えてもらってないからこんな風に感じるんだろうけどさ。まあチャクラだけど、結論だけ言うと、すんなり覚えた。自分一人でうんうん唸っていたのが嘘みたいだ。うん。そうだよねー。腕を動かすとか、呼吸するとかに理屈は必要ないよねー。頭で考えたって駄目なんだってことを、これほど強く感じたことはない。だって、考えただけで腕は動かないっしょ? チャクラがどういうものなのか知覚できるのだから、それを出せばいいだけなのだった。うん。抽象的な言い方でごめん。でも、そういうもんなんですよ。で、チャクラを出せたのは良かった。そこまでは良かったんだ。今度は術に移った訳なんだけど――術を行使する段階で、すっかり忘れていた問題にぶち当たったわけである。ヘルアンドヘヴン。攻撃エネルギーと防御エネルギーを合わせ、EMトルネードにて敵を拘束して、凶弾と化した身体で突撃する必殺技。まあ、属性二つ持っている血継限界で技を真似ようって発想に至ったわけなんだけど、どんな術を組み合わせたら似るのかさっぱり分からない。そもそもヘルアンドヘヴンの仕組みが良く分からない。盲点だった。ゴルディオンハンマーとかは分かっているんだけど、重力を操る術なんてないだろうしなぁ。あっても五歳児には無理でしょう。更に問題。属性二つあったとしても、その二つを同時に操って組み合わせないと駄目なわけで。つまり、片手で印を結んで術を行使しないと駄目なわけである。一般人が右手と左手で全く違う文章をタイプできますか? A.できるわきゃねー。こりゃあ完成はほど遠いな、と思ってしまう次第である。それに気付くと同時に、練習する気が失せた。失せたんだけど、熱心に教えてくれたヒナタお師匠に悪いんでやる気がない仕草は見せられない。一通りの指導が終わって一息吐く。ヒナタお師匠のレッスンが開始されたのは日が傾き始めた頃からなので、もう辺りは真っ暗になっていた。帰り支度をしているヒナタを尻目に、俺は腕を組んで空を見上げる。片手印かー。パパンに聞いてみるのが手っ取り早いんだろうけど、変な期待はさせたくない。いや、術の練習始めた時点で期待させちゃってるけど、気付いた時には手遅れだったのでしょうがない。困ったのう、と唸っていると、ヒナタがこちらを見て苦笑していた。「どうしたの?」「あの……なんだかおかしくって」「何が?」「腕を組んで唸るなんて、父さん以外の人がやってるの初めて見た」む、と言いつつ眉を潜める。やっぱり、子供の外見で普段通り――向こう側の俺にとっての――動作をするのは不自然なんだろうなぁ。如月家の人にも何度か指摘されたし。直さないといけないことは分かっているんだけど、どうにも。無邪気に振る舞う勇気は青年になると同時に失ったからなぁ。「あー、父さんの真似だよ」「そうなの?」「そうなの」すまないパパン。そんな癖ないのは知っているけど、ここは生け贄になってくれ。その日はヒナタと適当に世間話なんかをして別れた。そういえば、明日からどうするんだろう。チャクラは出せるようになったしなぁ。まあいい。その日の夕食はパパンたちに修行はどうだ、とか聞かれたりして焦ったが、なんとかやり過ごした。風呂から上がると、子供用の布団に入ってこれからのことを考える。ふむ。ヘルアンドヘヴンはどうしよう。諦めようかな。面倒だし。でも、そうするとパパン達が悲しむだろうしなぁ。いや、生みの親ではないんだけど、育ての親ではあるんだしさ。どんな形にしろ、期待を裏切ることには罪悪感が伴うでしょう。どうすっかなー。アカデミーには入りたくない。けどヘルアンドヘヴンは会得したい。かといってパパン達の期待は裏切りたくない。何か名案はないかしらん?ヒナタに相談したら何かいいアイディアでも授けてくれるだろうか、と考えるも、一瞬で無理っしょ、と答えが出る。同年代の子供達からすれば大人びてはいるけれど、結局彼女だって子供だ。名案ってほどのものは――あ、言い忘れていたけれど、ヒナタは玄之介くんのいっこ上です。年上です。中の人から見れば犯罪的に年下ですが。ん? 待てよ。ヒナタ?一つのアイディアが脳裏に浮かぶ。こういうのを天啓と呼ぶのだろう。思い立ったが吉日――というけれど、まあ今日は夜遅いので明日にしよう。一抹の不安が胸中を過ぎるも、それを無視して俺は寝ることにした。翌日、俺は日向邸の前にいた。うお、でけぇ。こうやって見ると改めて気圧されるな。圧巻とはこういうものか。敷地を囲う塀はうんざりする程長いし、正門なんかは嫉妬するほど立派だ。これだからブルジョアはいけねぇ。余計なことに金かけやがって。まあいい。取り敢えず、昨晩思いついたことだ。舞い降りた天啓とは、日向に弟子入りすることだった。ヒナタはアカデミーに通っているが、妹のハナビちんは違ったはず。んでもって、ヒアシなんかは試験受けてないくせに上忍である。なんというチート。日向宗家ならば片手印ぐらい知っているだろうし、上手いこと取り入れば敷地内に引き籠もってアカデミーに行かなくて済むだろうし、こんだけ立派な家に弟子入りすれば両親も満足するんじゃないか。かなりこじつけ臭いけど、個人的には悪くないと思う。そういうわけで、俺は日向宗家の前に立っているわけである。さて、問題。インターフォンのない武家屋敷ですが、どうすれば入れるのでしょうか。答えは決まってるよね。「たのもー!」「上等だ!」……あれ? 選択ミスった?畳敷きの大広間に通され、慣れない正座をしながら、俺はヒアシと対面していた。まあ、門前払いを喰らわなかったのは、慌てて出てきたヒナタが友達だ、と言ってくれたからだ。その彼女は、ヒアシの隣に座りながら不安げにヒアシの表情を窺っている。うっはー、ヒナタに迷惑がいくなんてことまで気が回らなかった。まあ、そんな風に後悔したって後の祭り。ここまできちゃったんだから頑張らないとね。「それで、どういう用事で参った」「あの、ぶしつけなお願いだってことは承知なのですが……」うわぁ、プレッシャー感じるよ。流石は日向宗家。貫禄が違うね。はい、強がりです。こうでも思ってなきゃやってられません。それでも俺は顔色を変えないように気をつけつつ、先を続ける。「弟子にしてください」「帰れ」こいつぁクールな対応だ。厳めしい表情を崩さないヒアシに気圧されながらも、俺は内心で軽口を叩いた。「そこをなんとか……」「弟子なら取るつもりはない。必要もない。帰れ」「いや、でも、こう見えても俺、血継限界だったりするんです。飼って損はないですよ?」うは、自分で自分を家畜扱い! 泣けるんだけど!!そんな自虐ネタはきっと利いてない。ヒアシが興味を示したのは、血継限界の方だろう。ヒアシの固まっていた表情が、多少和らぐ。ただし、今度は獲物を値踏みするような眼光で見られているが。あ、もしかして白眼使ってる? カードのサーチ行為はマナー違反ですよ!なんてことが言えるはずもなく。俺はただただ、姿勢を維持するだけで精一杯だった。「……成る程、どうやら嘘ではないらしい。そういえば名前を聞いていなかったな。少年、名前は?」「如月、玄之介といいます」「如月……そうか、あの如月か」『あの』という言葉には微かにアクセントがあった。含められた響きは侮蔑などではなく、興味や好意といったものだ。ヒアシはこの時になって、ようやく険呑な雰囲気を解いた。僅かに口の端を吊り上げる。もしかして、これがこの人の笑顔なんだろうか。「成る程。そうならそうと言えばいい。弾正とお幻は元気にしているか?」あら。知り合いだったんですか。あ、弾正ってのはパパンの名前ね。お幻はママン。はい、と応えると、ヒアシは満足したように頷いた。両親とヒアシの間に何があったのか気になったんだけど、まあ教えてもらえるわけもなく話は進む。「そうか。それならいい。……ところで、何故君は日向に弟子入りしたいと思ったのかね?」核心きたこれ。ストレートだねヒアシさん。まあ、素直にヘルアンドヘヴンが会得したいのです、なんて言ったら間違いなく追い出されるんだろうけど……あれ? そういやあ白眼って嘘見抜けるっけ? 分からない。うわー、下手なこと言えないじゃん。「その、完成させたい術がありまして……」だから、咄嗟に口から出たのはそんな言葉だった。いや、嘘は言ってないですよ? 十割本当ですよ?「完成させたい、か。そのために日向を利用するのか?」「とんでもない! 俺は術を完成させるのにはここへくるのが一番だと思っただけです!」あれ? それを利用するって言わない?……脊髄反射でものを言うのは控えよう。そんな風にちょっぴり後悔。今日はやたらと後悔が多いな。だが、そんな俺の暴言に、ヒアシは笑い声を上げた。何がなんだか分からない。隣に座っているヒナタも、驚いたように固まっている。「くく――、そうか。まあ、いいだろう」「……え?」きっと俺はエルドラⅤアルティメットを喰らったブッチみたいな顔をしていただろう。それにかまわず、ヒアシは話を続ける。この人は他人の反応をきちんと見た方がいいと思うよ。「ただし、条件がある。如月の片手印。それを差し出せば弟子にしてもいい」「それは……」うん、まずい。ヒアシが興味を持つってことは、如月の片手印って秘伝とかなんじゃなかろうか。っていうか、片手印あったのか如月。きちんと調べておくべきだった。しかもパパンとママンには事後承諾のつもりできたから、話を通してないんだよねー。どう切り出そう。つっても、YESともNOとも応えられないのが現状である。曖昧な返事をするのもアレなんで、俺は素直に両親と相談してから、と言って日向宗家を後にした。んでまあ、家に帰って昼間のことを話したんだけど。一言で表すなら、両親は狂喜乱舞した。そこまで忍になって欲しいのか俺に。ヒアシの言っていた条件も呑む、と言ってくれた。ここまでしてもらうと、本当、自分勝手に始めたことだから申し訳なくなってくる。子供の成長を喜ぶのはどこの親も一緒なのか。子供に幸せになって欲しいと思うのは、どの世界でも同じなのか。おそらく、此方側にきてから初めて、俺は如月の両親に感謝した。