幽霊ってのは、何も非現実的な存在だけに適応される言葉じゃないと思う。そう、そこにいるというのに誰にも干渉されず、干渉されない存在。そういうものも、幽霊と言えるのだと俺は考えている。故に彼は――我愛羅は、真実、幽霊なのだろう。木の葉と比べて砂隠れは街灯りが控えめだ。夜空には星が瞬き、硝子細工のように輝いている。それを一晩中眺め続けているのは、どんな気持ちなのだろうか。彼の表情に感情は浮かんでいない。何かを考えているのか、それとも、心の内が伽藍洞となってしまっているのだろうか。「我愛羅」返答はないけれど、彼は俺の方を向く。目の下にできた濃い黒いくま。無気力を表すように垂れ下がった眉。やはり物語通り。彼は不眠症に苦しみ、守鶴が危害を出さないよう、こうして人気のない場所にいるのだろう。 in Wonder O/U side:Uボク青狸。そんな気分。寝床を失った俺ですが、テマリちゃんに奴隷の如くご奉仕させられて泊めていただけるようになりました。仄暗い押入れですがね……っ。ひでぇや。やれ肩を揉めだのなんだのと扱き使われて結果がこれか。泣くぞ。まあ、薙乃とテマリちゃんで部屋のスペースがなくなっているからしょうがないんだけどさ。ぶつくさと文句を言いながら枕を濡らしていると、不意に戸が叩かれた。「なんでせう」「先生が呼んでるよ」む、きたか。立て付けの悪い戸を開き、外に出る。うむ、新鮮な空気。埃っぽい場所って人体に有害じゃなかったかしら。「最近多いね。何やってるの?」「まあ、色々」そんな風にテマリちゃんを誤魔化して、寝巻きから普段着へと着替える。胡散臭そうにこっちを見てる薙乃を愛想笑いをして、俺は部屋から出た。「こんばんは」「ああ。それじゃあ行くか」頷き、バキ先生と共に夜の街へ。……と言いたいところなんだけど、行き先は彼の家です。「探してみたらあったぞ、米から作った酒」「良かった。どうにも洋酒は駄目なんですよね。焼酎も苦手なんですけど」「だからそれは……まあいい」溜息を吐くバキ先生。まー向こう基準で話しちゃ伝わるわけないか。はい、そうです。話から分かる通り、これからお酒を飲みます。薙乃にこっぴどく怒られてから一月が経った。しばらく酒は飲むまい、と誓ったんだけど、退院してすぐにバキ先生が飲みに誘ってくるようになり、そっからだらだらと付き合いが続いている。最初は前回のことを気にしてか、バキ先生は牛乳をカシスっぽいので割ったのを出してくれたのだけれど、口に合わなかったので風味が日本酒に似た何かを飲んでいる。カルアミルクとかってジュースだよね。なんてことを言ったらバキ先生は、貴様は将来ロクでもない飲んだくれになる、とかのたまった。っていうか、飲ませている張本人が言うことかね。まあいい。今日で変な酒ともオサラバ。日本酒に似た何か、から日本酒っぽい何か、にランクアップですよ。到着すると、お邪魔します、と言いながら部屋へ上がる。既に準備がしてあり、テーブルの上には干し肉と酒瓶が並んでいた。うーむ。この干し肉、ビーフジャーキーよりも味気ないんだけど仕方ないか。タダだし贅沢は言わない。バキ先生はグラス、俺はコップに酒を注ぐと、飲み会が始まる。「ねえバキ先生。気になったんだけど、無駄遣いをしまくってて大丈夫なの?」「ああ。金があっても使う時間がないんだ。この程度、大したことじゃない」この高給取りめが。一度は言ってみたいぞその台詞。っていうか、生活のために仕事するはずなのに、仕事が忙しくて生活がままならないってどうなんだろう。いや、知り合いにもこういう人いたけどさ。向こう側でね。「良く働きますねぇ」「そうか? 普通に修行して、普通に任務をこなしていたらいつの間にかこんなことになっただけだが」「いやいや。貯金がある程度貯まったら隠居しようとか思わないんですか? 命張って稼いでも、目的がなきゃしょうがないでしょう」「……どうだろうな。悪くないとは思うが、俺は砂隠れの忍だ。そういうのは、老いてからの話さ」ふーむ。見解の相違か。まあ、仕方ないのかもね。倫理観から始まって、あらゆる事柄が向こう側と違うナルト世界。国を守る仕事に従事しているバキ先生。そんな彼が惰性でもなんでもなく、普通の仕事として忍をやっていることが、俺には良く分からない。良くテレビで叩かれていた、若い世代の愛国心の欠如とかもこれに関係するんだろうなぁ。ま、いいさ。全ての人間が俺と同じ考えなわけないからね。むしろここじゃあ俺のほうが異端だし。「それにしたって、いい歳した大人が子供と酒飲むってどうなの? 健全だけど健全じゃないよ。先生、彼女は?」「……さて、な」「いるっしょー一人ぐらい。上忍のトップなんだから、引く手数多、選びたい放題、選り取りみどりなんでしょどうせ!」あ、なんか自分で言ってて軽く嫉妬。SHIT!しかし、そんな俺にバキ先生は哀愁漂う笑みを返してくる。「……恋人ができると、何故か時間が作れないほど忙しくなるんだ。そしてすぐに分かれる羽目にな」「……大変なんだねぇ」暗くなる俺たち。「そ、そんなことより。お前、我愛羅と仲良くなれたらしいじゃないか」「……そうなのかね。二言目には死ねだの失せろだの言われるけど」最近の子供は口汚くて困る。しかもやりとりは瞬身で追いかけっこの最中だけである。慣れてきたけど術を行使しながらのお喋りは頭が回らないため好きじゃない。「進歩があって良かったじゃないか。普段の我愛羅は、何があっても無反応を貫くぞ」「そりゃそうだけどさー。っていうかバキ先生。アンタ、我愛羅に干渉するのは止めろとか言ってなかったっけ?」「ふざけ半分ならば、な。……しかし、お前は本気のようだ。ならば止めはしない」「なんか納得できないんだけど」「そう言うな。……これでも俺は我愛羅の担当だ。子供は子供らしく、と思える程度の良識はある」……漫画で描かれていたバキ先生からは考えられない発言が飛び出しましたよ。「子供は子供らしくって言うなら、酒を飲ますのはどうかと思う」「貴様は子供の皮を被った何かだ。それ以外の言い方を俺は知らないぞ」「ひっでぇ。俺をなんだと思ってるんですか先生は」ま、あながち間違っちゃいないんだけど。「そうだ。お前、我愛羅に妙な物語を吹き込んでいるらしいな」「妙じゃないですよ。怒りの日ですよ。今は白鳥の歌ですがね」「だからそれは……とにかく、変な話を吹き込んでいるわけだ。それなんだが」そう言い、バキ先生は一冊の文庫本を取り出した。「なんですそれ?」「どことなくお前の話と似ている雰囲気がしてな。こういうのが子供の間で流行っているのか?」本を受け取り、どれどれ、とページを捲ってみる。流し読みした本の内容。ある時アカデミーに妙な子供が入学してきて、ソイツは自己紹介の時に『普通の忍には興味がありません。血継限界、妖魔、人柱力は……』とか言い始める。んでもって妙な倶楽部を設立して……。思わず作者名を見る。作者:卯月朝顔。ええと……誰だっけ。ああ、俺から金を巻き上げた綱手様御一行のガキか。「……どういうことこれ」「どうした?」「いやぁ、これと良く似た話を知ってるんですよ」っていうか、世界観と人名を変えただけでまんまパクリ。「売れてるんですか?」「書店では平積みだったな」思わず頭を抱える。あの小僧、只者ではないと思っていたが、よもやな……。偶然って怖い。同じ発想をする人間がナルト世界にもいたとは。「我愛羅との話のネタが尽きたら、これを使えばいいんじゃないか? 貸せば話題にもなるだろう」「我愛羅って本好きですか?」「……座学をやっている場面を見たことはないな」そりゃあいけない。本嫌いは理解できないレベルで活字を嫌う。まあ、渡してみるけど、逆効果にならないかなぁ。二日酔いにならない程度にセーブして、その日は先生の家に泊まりました。巨大な鉄扇が横薙ぎに振るわれる。一歩踏み出して軸となっている場所を押さえ込み、掴み、テマリちゃんに右の掌を叩き込む。胸板を直撃。それでもまあ、逃げようとするんで鳩尾に軽く握った左拳を一撃。「俺の勝ち」「……くっそ」崩れ落ちるのを必死で堪え、息苦しさに喘ぐテマリちゃん。いやあ、稽古と言っても勝つのは気持ちがいいね。未だに風遁の扱いじゃ負けますが、体術ならば絶対に譲りませんよ。「こっちは武器使ってるのに、なんで……」「武器使えば強いってわけじゃないでしょ。俺だって掌が武器だよ。要は運用方法。もう一回やる?」「当たり前だ!」よろしい。負けん気の強い娘は好きですよ。テマリちゃんと組み手をしつつ、視線を横に送る。俺たちから離れた場所では、カンクロウがバキ先生に叱咤激励されながら人形の操作をしていました。絶好宣言されてから随分経つけど、仲直りはしていない。何度かアプローチはしたんだけど、突っぱねられたのだ。どうしたもんかねー。っと、「余所見するな!」「ごめんごめん」繰り出される回し蹴りを左腕で受け、右手を膝裏に添えて体制を低くする。体を入れ替え、テコの原理で持ち上げ。んで、投げ。テマリちゃんは悲鳴を上げつつ、顔面から砂山に突っ込みました。「ひきょ! 卑怯だって!!」「何がさ」砂を頭に被りつつテマリちゃんが怒る。口に砂が入ったのか、喋り辛そうだ。「投げ技使えたの玄之介?!」「使えるに決まってるでしょうに。あ、ちなみに足技もあるよ」「……まさか手加減してたとか言わないわよね?」にっこり微笑みながら怒るのは怖いから止めた方がいいと思うよ。「まさか! ランダムの低確率で使うのが効果的だからだよ!!」「……本当に?」「勿論ですよフロイライン」む、怪訝な顔をされた。ああ、そっか。意味が分からないのね。っていうかこれ前やったじゃん。「だって、今のは俺に投げられるなんて思わなかったから吹っ飛ばされたわけでしょ?」「……ああ、まあ、そうだね」なんだ今の間。「不意打ちは戦闘の常套手段ですよ。身をもって知ることができて良かったね」「それぐらい知っている!」ちなみに俺は抜け忍狩りで学んだわけですが。知っているのと、身をもって体験したのでは重みが違う。死んだ振り、気絶した振り系は何度も見たぜ。あと、忍術特化だと思っていた忍が接近戦挑んできて意表を突かれたりとか。ま、見た目で判断しちゃいけないってことだね。殺し合いの場合は一見さんと戦うことが多いんだから、相手はなんでもしてくると考えておくべきだ。ファッキン小僧のカブト辺りは、手数が少ないけどね。その代わり奴はゾンビみたいなもんだし。「まったく、年下のくせに偉そうに……。あれ? 実は玄之介って実戦経験豊富?」「どうなんだろ?」二人して首を傾げる。「ま、いいや。ねぇ、次は忍術ありの模擬戦しようよ」「……午後は体術の練習じゃあ」「いいじゃない。あ、火遁は使用禁止ね」「鬼め!」……模擬戦は、お兄さんの威厳を賭けてなんとか負けなしでした。っていうかなんでもありだから模擬戦なんだろ?まあ、次の模擬戦では変態忍具使用禁止も追加されるらしいけど。……最終的に、体術のみでテマリちゃんの相手をする羽目になるんじゃあ。まあ、練習になるからいいんだけどさ。「お疲れ様でした、主どの」「ありがと」ずっと見学していた薙乃は、稽古の終了と共に近付いてくる。飲み物を手渡され、それを一気飲み。うはー、生き返る。「ねえねえ薙乃。俺って実戦経験豊富なの?」「……いえ、全然」なんだ今の間は。「だよなー。相性のいい相手とばっか戦ってたからね。実際大した経験じゃないだろうし」「まあ、そういうことにしておきましょう」なんか含みがあるな。そして何故嬉しそうに笑っていますか薙乃さん。「しかし、砂隠れへきて良かったですね。得がたい経験をいくつも修めている」「だね。瞬身のチャクラのケチり方とか」「……それは主どのが趣味でやってることでしょう。それに、チャクラの練り方、集中のし方と言ってください」溜息を吐かれる。「ここにいられるのもあと一月ほど。ヒアシ様も、主どのの成長ぶりには驚かれるでしょう」「そうかなぁ。『調子に乗るなよ小僧!』とか言われて一蹴されそうだけど」HAHAHA! と笑いながら髪を逆立て、腕を組んだ師匠の姿が脳裏に映る。あれ? 師匠ってこんなんだっけ? ここ一年会ってないから忘れた。「そんなことはない。私は、できることなら、あなたを今すぐにでも忍として登録したいのですよ」「それは……」どうだろ。俺、忍としては欠陥品だし。精神的にね。「い、いやほら。俺、まだ未熟だから、木の葉に戻っても日向宗家で……」「また引き篭もるのですか?」「なんか嫌だからその言い方はやめてくださいな」ふむ、どうするか。「あー、アレだよ薙乃」「はい、なんでしょう」「体術とかはともかく、俺、座学とかはからっきしだし。スリーマンセルでの連携とかまるで学んでないから、アカデミーに入る」「……今になると、その選択は惜しい気がしますね」顎に手を当て、考え込む薙乃さん。もしや、問題を先延ばしにしようとする俺の魂胆がバレた?「厚かましいですが、ヒアシ様に頼み込んで、下忍登録をしてもらえればよろしいかと」「いや、だからさぁ。連携とか……」「それならば大丈夫ですよ」「へ?」「私がいます。あなたが正式な忍になっても、私は付き従います。あなたのことならばこの一年半で知っている。誰よりも、あなたのことを分かっていますよ?」うっお……これは。いかん。紳士の仮面が剥がれる。「そ、そういうことを真顔で言っちゃ駄目」「何故ですか」「駄目なものは駄目。俺はアカデミーに入る!」「へー。それは砂の?」振り向いてみればテマリちゃんが楽しげに笑っていた。「いや、木の葉だけど」「いいじゃないか。散々バキ先生に学んだわけだし、玄之介は砂の一員だと思うな私」「テマリ、あまり笑えない冗談ですよ」「ごめんね薙乃ー。でも、半分ぐらいは本気なんだけどな」「そうなの?」「そそ。バキ先生が推薦状書いてくれれば、玄之介も砂の忍になれるぞ。どうだ?」「馬鹿なことを言うな」む。硬い声。いつの間にやらバキ先生もこっちにきていました。「木の葉の血継限界を勝手に取り込んだら揉め事になる。そう簡単にできるか」「……玄之介って血継限界だったのか?」不思議そうに言うテマリちゃん。あー、そう言えば知らなかったっけ。なんで隠していた、と拗ねちゃったテマリちゃんを宥め賺して、俺は日課である我愛羅ストーキングに出掛けた。出掛けたんだけど、なんだろう。「や、やあ我愛羅。ご機嫌よう」無反応。寮から外に出たら我愛羅くんがいました。「逃げないの?」「いい加減面倒だ。だから、出てきてやった」「え、マジ? よし、じゃあこの本を――」と、取り出した涼乃宮春日の文庫本。しかし我愛羅は差し出した俺の手を跳ね除ける。そのせいで本は地面に落ち、乾いた音が上がった。「俺と戦え。そして負けたら、二度と近付くな」射殺すように見据えてくる彼。……どうなんだろ。今の俺で我愛羅に勝てるか?「……条件付で」「駄目だ」「そっちがルール決めたんだから、一つぐらいいいでしょ」「……分かった」「一撃――じゃ簡単だから、三発入れたら俺の勝ち。それでどう?」「かまわない」それは俺を無傷で倒せるって自信があるからなのか。さて、どうなることやら。