両腕から伝わる死の気配。端的に言って、マジ痛い。カブトとの戦闘から既に三日。あれから、俺は一歩たりとも動いていなかった。否、動けないのだ。少しでも動かせば破壊された腕からは激痛が伝わってくる。筋肉と骨は切り裂いたくせに神経の方は中途半端に削ったのか、ロクに動かせないのに痛みだけは凄まじい。火鉢を骨に通して掻き混ぜられた、とでも比喩表現するべきか。いや、そんな目に遭ったことないんですけどね。「主どの……」ガサリ、と物音が上がり、草を掻き分けて薙乃が姿を現す。彼女は俺をここに隠し、医者を探しに出回っていた。だが、今日も結果が芳しくなかったらしい。顔に浮かんでいる表情は申し訳なさげで、眉尻は下がっている。耳の垂れ下がり具合も通常時の1.5倍と言ったところだ。……駄目だ。上手く頭が回らない。冗談の一つも考えられないってのはかなり末期。「駄目だった?」「……はい、申し訳ありません。見つかりはしたのですが、霧隠れの騒動のせいで、ここまで出るのを断られてしまって」「そう、か」身を起こし、顔を顰める。投げ出された腕に視線を落とせば、まあ、目を背けたくなる現実があるわけで。肌色という本来の色を失い、紫に変色し始めた俺の腕。壊死が始まっているのか。こんなところで立ち止まっているわけにはいかないって分かっているんだけど、動くことができないからどうしょうもない。こうやって身を起こすだけでも、頬を脂汗が伝うぐらいだ。移動なんてしたらどうなるか、なんて想像もしたくない。まったく、弱った。強くなろうと決意した途端、こんなことになるなんて。本当に、どこの世界に行ったって上手くいかないもんだね。「薙乃」「なんでしょうか」「今日で医者が見つからなかったら、腕を切り落とすよ」「な――何を馬鹿な! そんなことをすれば忍としての生命は絶たれるのですよ?! 馬鹿なことはおっしゃらないでください!!」「けど、このままじゃ拙いって。もう駄目っしょ」「諦めないでください。明日こそは、必ず。いえ、今から主どのを木の葉へ連れ帰れば、治療は可能でしょう?」「ここからどんだけ距離があると思っているんだよ。……本当、ごめんな」溜息を吐き、うつ伏せに倒れこむ。土の冷たさが心地良い。……ここで終わりなんて、俺だって望んじゃいないさ。けれど、どうしようもないだろ?切り落とす、なんて決断をしたせいか、酷く疲れた。薙乃の騒ぎ立てる声が聞こえるが、相手をする気力すら残っていない。あー、デッドエンド。 in Wonder O/U side:U目を覚ますと、見知らぬ天井があった。いや、どこだよここ。寝ぼけ眼を手で擦り、部屋を見回す。少ない人生経験からでも、ここがどこぞの宿ってことは分かった。服装は、宿の物であろう浴衣。額を締め付ける感触がないから、鉢巻はしていない。一体、どういうことなのかしら?「薙乃ー」取敢えず彼女に聞いてみようと声を上げるも、反応はない。む、なんか寂しいですよ?「薙乃ー。薙乃さん。薙乃ん。ナギちん。ナッギー。薙すけ」しかし聞こえるのは窓の外から聞こえてくる生活音だけであった。うお、マジ反応がねぇ。どういうこった。立ち上がり、開けっ放しとなっている窓から外を見渡す。どこかの街道沿いなのだろう。ひっきりなし、ってわけじゃないが、それなりの通行人が行き交っている。何かここを特定する構造物でもないだろうか。手を額にかざして遠くを見てみるも――って、「腕が……」治ってる。包帯すら巻かれていない。綺麗な肌色をしていますよ。どういうこっちゃ。夢ってわけでもないだろうし。手に力を込めつつ、人差し指から小指に掛けてを第二間接まで曲げる。んで、握り込んで親指で閉じる。「良く分からんが完治ー!!」腕を突き上げ、喜びを表現するぜ!いえー! とにかく今の状況なんて知ったことじゃないぜ!! 取敢えずは鈍った体を動かしたい!!!普段着はあるかしら、と押し入れを探ってみると、俺の荷物があったので着替える。鉢巻を巻いて気合入魂。さぁて、行きますか、と出口に向かうと、「あ、起きた?」見覚えがあるようなないような、って感じの子供と鉢合わせした。「おはよう。キミは誰だ」ポカーンとする小僧。こっちみんな!じゃなくて。「ああ、ごめんなさい。あなたは誰でここはどこでしょうか」初対面の人にいきなり飛ばしすぎだ俺。「ん、俺は卯月朝顔。ここは火の国と水の国の国境にある宿場町だ」「なんで俺はここにいるんでしょうか」「行き倒れの君を俺が見付けた。んで、まあ、一緒にいた人が治してくれたって感じかね」はあ、と溜息交じりに納得する俺。まー、状況は分かった。要するに通りすがりの人が、腐り落ちる寸前の腕を治す技術を偶然に持っていて、治してくれた上に宿へ運んでくれたわけだ。……うむ。自分で言っておいて胡散臭い。そんな善人、この世の中にいるわけがない。俺だったら治しはしても放置する。いや、薙乃がここまで運んでくれた、って考え方もできるけど、だったら目の前の小僧がいる必要がない。ならば、彼の知り合いが今まで面倒を見てくれたと考えるのが妥当だろうね。うーん。それにしてもどっかで見たことあるんだよなコイツ。おそらく俺よりも年上。酷く悪い目つき。紺桔梗色の浴衣の上から黒のジャケット。手にはハーフフィンガーグローブ。センスねぇ。なんだこれ。っていうか着物の上からジャケットて。外見は男だけど女だったりするのか。腕を組みつつ、うーむ、と悩んでいると、少年は笑みを浮かべる。「君、いつぞやの餃子少年だよね」餃子……餃子……中華……一番……ラーメン……一楽。そこまで考え、ようやく思い出す。ああ、ナルトと一緒に一楽へきた目つきの悪い子供。彼か。「そうです。ええと、卯月さん、良く覚えてましたね」「まあ、思い出したのは治療が終わってからなんだけど」そう言い、彼は鼻の頭を掻く。「これで貸し借りなし」……あー。なんつーか、義理堅い人だ。「ありがとうございました。いやー、あのままだと両腕腐り落ちる勢いだったんで助かりましたよ」「いや、流石に見捨てるのも気の毒だったし。それに、タダってわけでもないから」Why?今なんと?「……そうなんですか?」「うん。ここの宿代そっち持ち。ちなみに今日で三泊目」「嘘だっ!!」ハイライトを飛ばしつつ叫ぶ。おお、なんかビックリしているぞ彼。まあ良い。「三泊って……ここの宿代いくらだよ」「ここの部屋は一泊二千両かな。俺たちの部屋は五千両だけど」……クラっときた。おい。脳内試算では今日で路銀が底を着くぞ。「薙乃! 薙乃!! 薙乃カムヒアー!!!」急いでここを出なければ。宿代を踏み倒して!手早く荷物をまとめ出した俺を尻目に、少年は額に手を当てながら溜息を吐く。「無駄だと思う」「あんですと?!」「彼女、ここで働いているから」「ん、後遺症もないようだ。大丈夫だろう」腕を柔らかな指で弄繰り回すと、女は俺から手を退いた。っていうか何故アンタがっ。女――っていうか、綱手姫様ですがね。「ありがとうございました、綱手様」「いいって。対価はもらっているのだから、気にするな」正座から深々と頭を下げる薙乃に、笑い掛ける綱手。うーむ。なんだか複雑な心境。薙乃は宿の制服である濃紺柄に黄色の帯を巻いた着物を着ている。肌が白いだけに濃い色の服が良く似合っていたり。まあ、それはいい。「しかしまあ、霧隠れで怪我をするなんて災難だったな。まったく、霧の忍も子供相手に何をしているんだか」どこか憤り交じりの嘆息。このシーンだけ見れば常識人なんだろうけど、ギャンブルで身を滅ぼす人ってことは先刻承知なんで、なんだかなー。まあ、それもいい。そんなことより何より、俺は気になることがあるのだ。「綱手さん。聞きたいことがあるんですけど」「なんだ?」「卯月朝顔って人、弟子なんですか?」「いや、あれはシズネの弟子だ。……ああ、シズネってのはあたしの付き人でな」「そうなんですか」……ふむ。これはどういうことなんだろうか。ナルト本編では、そんなキャラいないはずだ。自来也がナルトを連れて合流した時、綱手にはシズネしかいなかったはず。むーん。まあ、あの漫画はあくまで主人公がナルトだから、それ以外のことは抜け落ちていてもおかしくはないんだけど。なんか違和感。気にするほどでもないんだけどさ。「それで、これからどうするんだ。修行をして回っているんだろう?」「そうですね……」薙乃から聞いたのだろう。行く末を心配されるような声色に、思わず考え込んでしまう。今の俺に必要なことはなんだろうか。体術、忍術、実戦経験。どれもが乏しく、非力である。その中で最も弱いものは――「砂隠れへ行こうと思っています。風遁を覚えたくて」「それならば、別に木の葉でも学べるだろう。と言うか、お前はまだ子供だ。それなのに忍術など覚えてどうする」向けられた視線は真剣。何故そんなものが向けられるのかは良く分からないが――「強く、なりたいんです」そうだ。そうなると、薙乃と約束した。確かに木の葉でも風遁は学べるだろう。しかし、風遁の本家と言えば砂隠れ。まあ、漫画を読んだ感じでは、だが。そもそも、砂隠れへ行ったところで他国の忍に忍術を教えてくれるはずもない。協定を結んでいたところで、敵なのは違いないのだから。だとしても、だ。風遁がどういうものなのか見て覚えるのだって、無駄ではないはず。時間は有限だが、日向宗家へ戻るまでは一年半近くもある。何がたった一つの冴えたやり方なのかは分からないが、手は尽くしておきたかった。「……そうか。まあ、止めはしない。あたしには関係ないからな」「そうですね」「……小賢しい上に頑固。気に喰わない子供だね。最近はこういうのが多いのか」うわ、酷いこと言われてる。軽くショックを覚えた俺をよそに、綱手は頭痛を堪えるように眉を顰めながら立ち上がると、部屋の出口へと向かった。「ま、怪我はしないことだ。……付き人をあまり困らせるな」アンタに言われたくはないがな。などと言葉に出すわけもなく。「この娘が泣いて縋らなければ、助けはしなかった」そう言い、悪戯っ子めいた笑みを浮かべる綱手。「そうなの?」「し、知りません!」つーん、とそっぽを向く薙乃。うーむ。本当、何から何まで悪いなぁ。去って行く綱手を見送り、俺は明日からの生活に想いを馳せた。……路銀、どうしよう。