まだ太陽が顔を出してから間もない時間。朝日に照らされている日向邸の前で、俺――いや、俺たちは師匠とヒナタに見送られていた。俺の隣には薙乃がいる。兎の妖魔で、俺の付き人……らしい。まあ、体の良いお目付役なんだろうなぁ。茶色のベレー帽を被り、いつものような和服ではなく洋服を着ている。どこかしら俺の服装に似ているのは、故意だろうか偶然だろうか。あ、今の俺は試験の時に着ていた勝負服だぜ。「主どの。忘れ物はありませんね?」「あー、多分ね」「なんですかその気のない返事は! 門出なのですからもっと気負ってください!!」はいはい、と返事をすれば、不満そうに溜息を吐く薙乃。っていうか、忘れ物するほど俺は自分の物がなかったり。荷物がかさばると移動しづらいから最低限にしてあるし。変態忍具はたたらの爺さんの工房。必要な時は口寄せで呼べとか。餞別に整備しといてやる、とか言っていたけど、餞別の使い方が微妙に間違っている気がする。「んじゃあ師匠。行ってきます」「ああ。次に会うときには、少しはマシになっていることを願っているぞ」「……あ、あの……玄之介くん」いざ出発、という瞬間になって、ヒナタに呼び止められた。彼女から声を掛けられるのは数ヶ月ぶりなので、一瞬だけ空耳かと思ったり。「ん、どうしたのヒナタ」「これ……」そんな気分を表情に出さないようにして、差し出された物を見る。彼女の掌には、白い布が乗せられていた。ん、デジャブ。受け取って広げてみると、それは鉢巻きでした。ただし前のと違って、額の部分に鉄板が仕込んである。師匠の殺意ある試験で、ヒナタにもらった鉢巻き一号は無惨に布きれとなった。大人用のが真っ二つになって丁度いいかと思ったのだけれど、血が染みついて取れなくなったのだ。地が白いだけに目立ってしょうがなかったので、泣く泣く捨てる羽目になっていた。それを知っていたのか。「ありがと、ヒナタ」「うん。……頑張ってね?」「勿論。これでやる気が五割り増しってところかな」冗談にもなっていない冗談に、ヒナタは苦笑する。だって元よりやる気ないから五割り増しになったってゼロだもん。……なんか背中が焦げ付くような視線を背中に感じるぜよ。ギギギ、とどこぞの被爆者が発するような擬音を伴って首を回せば――比喩ではなく髪の毛を逆立てた(多分寝癖)ハナビちんが。「玄之介ぇ……!」「そ、その髪型、イカしているねハナビちん!」「なんで黙って出て行くのよー!」眉間につま先がめり込む跳び蹴りを喰らった。 in Wonder O/U side:U……まだ額がいたひ。赤くなっているであろう額を撫でさすり、俺はヒナタからもらった鉢巻きを巻いた。長さが大人用なのはお約束なのか。って長っ?! 今度は辛うじて地面に着かないぐらいですよ。これはあれか。鉢巻きが地面に着かないように馬車馬の如く走れという遠回しの嫌がらせなのか。ってのは冗談で。きっと単なる手違いだろう。ヒナタだし。俺は一歩ずつ木の葉の里から離れてゆく。目の前には広大な森。っていうか、木の葉って平地にあるのね。なんで特産物もなさそうな場所に里なんて作ったんだろう。まあ、それはそれとして。ハナビちんに蹴りを喰らった後、私も着いて行くのー、と彼女はゴネました。こうなるのが分かっていたから早朝に出発したのになぁ。「まあ、泣かれるのも仕方ないよなぁ」だって、今日はハナビちんの誕生日だし。師匠にも何か思うところがあったのか、俺の出発日を遅らせるつもりはなかったようだ。何考えてるんだろうね。俺も俺で申し訳ないと思ったから誕生日プレゼントと手紙を机の上に残してきたわけだけど……うーむ。へそ曲げちゃったから、受け取ってくれないかもなぁ。何かって? 俺のいない間にロボット好きを止めないように、一月かけて覚えているシナリオを書き起こしましたよ。「主どの。どこへ向かうつもりなのですか?」「ん? 取り敢えず東」「何故ですか?」「水の国って魚介類美味しそうじゃない?」「主どの……あなたは、この旅がどういう――!!」うわぁ、また説教が始まった。二つの意味で耳が痛いぜ。説教が好きなのかなこの娘。俺としては今まで遊べなかった分、全力でフリーダムを満喫しようと思っているのになぁ。……おそらく、師匠も俺一人だと修行も何もしないって見抜いてたんだろう。まったく、どいつもこいつも頭が固い。ああ、そうそう。普通は口寄せって言うと、一時的に呼び出すだけじゃない? ところがこの薙乃は違うのですよ。口寄せは召還者のチャクラが切れれば元の場所へ戻る。そうしたら一日中側にいられないから、この兎っ娘は自分の里からわざわざ来たのだ。なんつー物好き。「まったく、どうしてこう……あの儀式の時に見せた勇敢さはどこへやってしまったのですか? こんなことで――」あ、もうそろっと説教が終わる。ここら辺は締めのパートなのだ。……まあ、そんなことが分かるぐらい説教されているわけで。「ねーねー薙乃。そんな風にカリカリしてたら寿命が縮むよ?」「ご心配なく! 妖魔は人間よりも長生きなので!!」いや、そういう問題ではなく。うーむ、困った。師匠の残虐修行から逃れたら今度は自称使い魔の兎っ娘に付きまとわれるとは思ってもみなかった。これは困りましたよ?「ごめんごめん。でさ、薙乃。師匠にどんなこと言われたの? 俺には好きにしろって言ったってことは、それ以外は君に任せてるんだよね?」「はい。立派な忍になれるよう、再教育しろと。主に性根を」……俺って、どんな風に見られているんだろう。いや、だからさー。「俺、なんだかんだ言って真面目に稽古してたよ?」「身の籠もっていない稽古は真面目とは言いません」そうですか。「そういうわけで、腰を落ち着ける場所を見付けたら早速修行に入ろうと思います」「ふうん」「……なんだか言いたいことがありそうですね」「修行って言ってもさ、薙乃って体術教えられるの?」「いえ、体術だけならば主どのの方が得意でしょう」「そっかぁ。よし、薙乃。俺は自主練しているから、どこかで暇を潰していると――」「ただ、忍術ならば少しは教えられます。ヒアシ様からマニュアルも頂きましたからね」Oh……そいつぁ。「……どこまで俺のこと信用してないんだ師匠」薙乃の言う腰の落ち着けられる場所は、割とすぐに見付かった。ふーむ。漫画で見たことあるかも。こう、滝とかがある場所ね。背景の使い回し臭がプンプンするぜ。まあ、そんなメタなことはどうでも良く。薙乃先生はマニュアルを捲りながら小さく頷き、滝壺を指差した。「では、主どの」「なんでしょう」「歩いてください」「どこを?」「水の上を」「できるわきゃねー!!」木登りとかを素っ飛ばしてる?!「ちっげーだろ! まずは木登りだろ!! 俺を溺死させる気か?!」「……そのようですね。すみませんでした」眉根を寄せながらもマニュアルを捲る薙乃。俺の言ったことが本当だと分かると、頭を下げた。「それにしても……予習していたのですか。やる気がないのに真面目、と言うのは本当なのですね」いえ、知っているだけです。主に漫画で。だけどまあそんなことを言うことは出来ず。薙乃に急かされながら木登りを開始しましたよ。結論だけ言うと、木登りはあっさりできた。まあ、螺旋丸の練習は欠かさずやっていたから、その功名か。掌に集めるチャクラが脚に集まるだけだしね。それにしたって未だに螺旋丸を習得できないわけだが。ナルトは一週間で会得したたよなぁ。俺、一年半もやってるぜ? 恐るべき主人公補正。まあ、俺の努力と根性が足りないんだろうけどさ。だけど、慣れていないチャクラ操作ですぐに疲れが回ってきた。それでも頑張れと言ってくる薙乃。「過労死する!」「そう言ってから三時間は保つ、とヒアシ様は言っていました」だそうだ。ちくせう。師匠め。今度会った時にはケツの穴溶接してステークで新しい穴こさえてやる。んでもって三時間後。まだ辛うじて太陽が昇っている時間。大体四時ぐらい? わかんね。その頃になったら、今度は術の練習に入りました。アカデミークラスは会得しているので、今度は各属性のものを。今まで明かしていなかったけれど、俺の向いている属性は、右腕が火、左腕が風。熟練すれば全て使えるようになるのだろうけど、今はこれだけしか使えません。……ふむ。螺旋丸が習得できなくて若干拗ね気味だけど、最初、普通の忍は一つの属性しか使えないよな普通。だったら俺ってかなり恵まれたスタートラインに立っているんじゃ?と考えた瞬間、とっとと千鳥を覚えたサスケくんを思い出す。世の中は不公平だ。「では、私は夕食を捕ってきます。それはでは一人で……サボらないで下さいね?」「ん? ああ、大丈夫。楽しくなってきたところだから」胡散臭そうにこっちを見てくる薙乃を無視しつつ、左腕に集中。いやー、何事も上手くできるようになると楽しいもんだね。漫画って風遁使う忍があんまいなかったから、独断と偏見でしかこの属性って分からないんだよね。まあ、だからこそ覚えやすいと言うか。要は風を操れば良いんでしょう? 鎌鼬とか、風の刃とか。……両方、下忍にもなっていない小僧が扱うのが無理ってのは置いといて。「――風遁・操風の術」印の完成と共に大気と混ざるチャクラ。印の完成に掛けた時間は二秒。うーむ。分身の術より遅い。慣れればもっと早くなるか。術の効果は直ぐに現れた。念じた、ってのは変な言い方だけど、思った通りに風が向きを変える。空を泳ぐ風が収束し、春一番程度の強さとなって流れ落ちる滝を揺らがせた。「おお……やればできんじゃん」少し感動。って言っても、まだ実用段階じゃないか。熟練した忍なら、台風レベルの突風を出せるみたいだし。いや、操風ってことは風を操るわけで。だったら、慣れればもっと変化を付けられるか。まとわりくつ風、ってのも変だけど、突き詰めればEMトルネードの代わりに……っ?!諦め掛けていたヘルアンドヘヴンへの第一歩が、この時になってようやく刻まれた……っ!!ベトナムで戦死した米兵っぽく両手を挙げて叫ぶ。やったよハナビちん。……と思った瞬間、怨念じみたものを感じたんでハナビちんのことは忘れる。藁人形に五寸釘でも打ってるのかしらあの娘。まあいい。次。「――火遁・炎弾」呟き、右腕に収束したチャクラを変換。文字通り炎弾が掌から飛び出て滝へ突き刺さる。ああ、口から出さなかったのは如月流アレンジです。推測だけど、属性忍術ってのは、印を組んだポーズ――まあ、上から見たら円だ――をすることで、体内にチャクラを循環させ、その間に通る印によってチャクラを炎や風、水や雷に変化させるんだと踏んでる。まあ、これは先輩の受け売りなんだけど。故に、片腕で収束、変化させている如月は口から吐くことはできないんじゃないか。まあ、口から吐くよりロックバスターよろしく撃ち出した方が格好いいんだけどさ。「……にしたって、弱い」勢いはあったけど、精々目眩ましにしか使えないレベル。水に当たった瞬間、鎮火したぜ。日々精進、か。修行とか嫌いなんだけどなぁ。「見事です、主どの。やればできるではありませんか」声を掛けられたので振り向いてみれば、小動物と木の実を手に抱えた薙乃が。……君、兎なのに心は痛まないのか。小動物殺して。……なんだろう。こう、変な悪戯心が鎌首をもたげた。問いたい。僕は中の人が二十歳――こっちきて二年経つけど――だが、外見は七歳児だ。七歳児ならば、少しの悪戯とか、許してもらえるんじゃなかろうか。ほら、薙乃さん俺より年上だし。何をするかって?セクハラだ。「風遁・操風の術」燃え上がれ俺の小宇宙!収束した風は上昇気流となり、薙乃の足下に集まる。「……なっ?!」薙乃は気付いたみたいだけど、もう遅い。刹那の内に舞い上がる風。その先には彼女のスカートが――「――なん……だと?!」スカートは捲れたが、下は黒のスパッツでした。ふとももが眩しい。元が兎だから肌が白いね!ああ、誤解しないでもらいたい。確かに僕はブルマよりもスパッツ派だが、それは美的感覚によるものであって、下心などまるでない。もし素敵な布きれを拝見できたところで、リビドーが分泌されることはなく、言ってみれば妖魔がどのような下着を穿いているのかという知的好奇心から生まれた行動なのである。考えてみて欲しい。裸婦画に欲情するだろうか? 否である。芸術作品に色欲を掻き立てられるなんて事はまず有り得ないことであって、それは創作に対する冒涜だと考える。そのようなことをこの紳士である僕が行うはずもない。そして、知的好奇心によって突き動かされた者の成果がどのような代物であっても、それは賞賛されるべきものなのだと信じたい。更に今の僕は七歳児であって、これはちょっとした悪戯として許されるべき事だ。もう仕方がないですね主どのは、と、そんな感じで。むしろ僕は着衣よりも裸の方が好みなのであって、重ねて言うが決して下心など――容赦なくぶっ飛ばされた。兎の蹴りは痛かった。