授業が終わって部室へ行くと、ここの住人とも言える先輩がいなかった。おかしなこともあるもんだ。いつもだったらネットの海からサルベージしたロボットアニメを見ていると言うのに。さてはネタが尽きたか。いや、授業に出てないのがばれて実家に強制送還でもくらったかもしれない。まあいいや、と適当にサークルの友人達とだべって帰宅。帰り道になんとなく先輩の家に寄るも、留守だった。本当に強制送還くらったのか。その翌日だ。起床したら、俺は見たこともない世界へ来ていた。 in Wonder O/U side:U目を開いて飛び込んできたのは木造の天井だった。いや、おっかしーなー。うちのマンションは木造じゃないのですが。取り敢えず身を起こしてみると、異変は一層際立った。開け放たれた窓から見える町並みは、見覚えのないものだ。匂いというか雰囲気が、まるで違う。ふむん、と首を傾げると、いつも感じる後れ毛の感触もなかった。視線を落とせば、自分の手が小さく見える。落ち着け。素数を数えろ。1。素数じゃない!テンプレ的には夢とか思うんだろうけど、ここまでリアルな夢なんて生まれてこの方見たことがない。なんぞこれ、と呟きつつ、俺は立ち上がった。ふむ。世界が低い。手の小ささも含めて、俺は子供になったようだね。いやに冷静だな自分。まあ、慌ててて異常が治るなら慌てるけどさ。む。ならば慌ててみよう。「ぎゃあ! 子供になってるー?!」「どうした玄之介?!」うん。異常が治るわけもなく。んでもって見知らぬおじさまが部屋に飛び込んできましたよ? ドアを開かれた時ビックリしたのはここだけの秘密だ。突入してきたおじさまは、なんつーか、身体的特徴が分かり易い人だった。片腕がないのだ。顔にもいくつかの傷が走っている。ワケありっぽいなぁ。来ている服は……なんだろう。和服の知識が皆無なんで良く分からないけど、作務衣っぽいやつ。造りは丈夫そうだが、年期が入っているせいか色褪せていた。と、そんな風に観察している俺の挙動が不自然だったようだ。おじさまは腰をかがめて俺の視線に合わせると、眉尻を下げながら頭を撫でてきた。……なんだろう。この歳になって男に頭を撫でられるのは勘弁願いたい。いや、今の俺は子供っぽいけどさ。「どうした? 変な夢でも見たのか玄之介」「現在進行形で変な白昼夢を見ているんですけどね」っていうか玄之介って俺のことか。なんか名前まで違うっぽいんですけど。だが、俺の疑問は華麗にスルー。おじさまはため息を吐くと苦笑した。「まったく、あまり心配させるな。もうじき朝飯ができるからな」「あ、そうですか」そんなことを言われたからか、急に空腹感が押し寄せてきた。あー、様々な疑問がこれだけで押し退けられた気がするよ。おじさまに着いていってリビング……でいいかしら。取り敢えず団欒の場に辿り着く。そこはテレビもない殺風景な部屋だ。良い言い方をすればダイニングキッチン。悪い言い方をすれば――というか見たまんまなんだけど――居間から台所が丸見えになっている。仄かに漂う味噌汁の匂いなんかが鼻を突いて、まあ空腹感が増した。家具も壁も年季が入っていて古くさい。ほんと、どこなんだろうねここは。台所にはスリムな熟女がいたり。後ろ姿はけっこう綺麗だ。残念なことに年上は俺じゃなくて先輩の守備範囲だが。「おはよう。あなた、玄之介」「おはよう」あ、顔も結構綺麗だ。彼女は笑みをおじさまに向けると、次は俺の方を見た。うんと、これは挨拶を返すべきなんだろうなきっと。「おはようございます」そんな当たり前の受け答えをしたのに、彼女は訝しげに眉を潜めた。「どうしたの?」「いやあ、起きてからこの調子なんだ。丁寧語が子供の中で流行っているんじゃないか?」「何よその流行。まったく、玄之介は周りにすぐ影響を受けるんだから」呆れたようにため息を吐く熟女。そんなに変なことをしたかね俺。まあいいや、と朝食が準備されたテーブルに着く。はて、今更なんだけど俺は飯を食べている余裕があるのだろうか。壁に掛けられた時計を見れば午前の八時。うーん。いつもだったら大学の準備をする時間なんだけど、なんか子供になっているしなぁ。腕を組みつつ唸っていると、いい加減にしなさい、と怒られた。子供らしく振る舞え、とそういうことか。両親の掛ける言葉に相槌を打ちつつ、朝食を食べ終える。なんかこう、居間の状況を把握できる代物はないだろうか。そんなことを考えながら視線を彷徨わせていると、新聞紙が目にとまった。ふむ。新聞。嫌な響きだ。なんでかっていうとまあ、しつこい勧誘とかそんな感じ。他意はない。でもまあ貴重な情報源であることに代わりはないわけで。そんなことを思いつつ新聞紙を手に取ると、思わず動きを止めてしまった。『木の葉新聞』Why?何それ。思わず二度思ってしまいましたよ?いやいやいや。待て待て待て。木の葉っつーとアレだろ。ナルトだろ。そんな馬鹿げたことを連想しつつ、記事に目を走らせる。けれども、内容は俺の焦りを加速させる役割しか果たしてくれない。まったく知りもしない世界情勢とか、うちはの悲劇から半年、とか書いてあったりして、理解不能だ。思わず窓から外を見てみる。うん。ナルト世界と思ってしまったせいか、町並みもそんな感じにしか映らない。あのセンスない建物とかまさしく、ってね。「……ねえねえ。今って西暦何年?」「セイレキ? なんなの、それ」おう、これはマジモンですな。ナルト世界に紛れ込んでしまった、ってのは本当らしい。木の葉の里らしき――いや、もう、らしき、という言い方は止めよう――を廻って確かめても見た。有り得ないほど自己主張している顔岩とか一楽とか。忍者アカデミーとかあったし。こいつは救いようがねえぜヒャッハーマジうける。今まで俺の積み上げてきた人生って一体?!と軽く錯乱になるわけもなく。むしろ俺は嬉しかった。だってだって! 単位とか! 薄暗いっていうかお先真っ暗な就職とか! 馬車馬の如く扱き使われるバイトとかから解放されたんだぜ?!大喝采!!そんな風に喜びを噛み締めつつ、俺は自分のことを調べることにした。いやまあ、自分自身を調べるってのは変な話なんだけど、今の俺は俺であり俺ではないわけで。取り敢えず自己紹介をば。俺の名前は如月玄之介。夢と希望に溢れた五歳児だ。家族構成はお父様とお母様と俺の三人家族。二人は元上忍らしいんだけど、なんでも九尾事件でリタイアしたとか。そりゃあ片腕失えばねえ。お母様もお母様で、脚に障害があるみたいだったし。そういえば上忍ってなかなかすごい職業だった覚えがある。でも、それも当たり前か。どうやらお父様は血継限界らしい。そりゃー優秀な奥さんを手にできますよね。ふむ、少し僻みそうになったんだけど、スルーしようか。有能で美人の妻とか……妻とか!!まあいい。で、問題は俺ですよ。血継限界の家系に生まれたってのはいいんだけど、これからどうしましょう。特にやりたいこともないんだよね。だってほら。まだ五歳だし。お子様だし。いや、待てよ。子供だったら何ができる? 決まっている!遊ぶのだ! 子供の仕事は遊ぶことだと相場が決まっている!!そうだ。折角ナルトの世界にきたんだし、ごっこ遊びをしよう! 子供のころにできなかったヒーローの真似とか、そういうの!手始めにヘルアンドヘヴンの会得だ!