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No.2371の一覧
[0] NARUTO ~大切なこと~[小春日](2007/12/04 23:34)
[1] NARUTO ~大切なこと~ 第1話[小春日](2007/12/06 19:28)
[2] NARUTO ~大切なこと~ 第2話[小春日](2007/12/08 11:57)
[3] NARUTO ~大切なこと~ 第3話[小春日](2007/12/09 13:40)
[4] NARUTO ~大切なこと~ 第4話[小春日](2007/12/10 18:47)
[5] NARUTO ~大切なこと~ 第5話[小春日](2007/12/12 16:44)
[6] NARUTO ~大切なこと~ 第6話[小春日](2007/12/12 16:50)
[7] NARUTO ~大切なこと~ 第7話[小春日](2007/12/13 18:18)
[8] NARUTO ~大切なこと~ 第8話[小春日](2007/12/14 19:29)
[9] NARUTO ~大切なこと~ 第9話[小春日](2007/12/15 19:13)
[10] NARUTO ~大切なこと~ 第10話[小春日](2007/12/16 19:35)
[11] NARUTO ~大切なこと~ 第11話[小春日](2007/12/17 20:32)
[12] NARUTO ~大切なこと~ 第12話[小春日](2007/12/18 19:24)
[13] NARUTO ~大切なこと~ 番外編[小春日](2007/12/19 19:38)
[14] NARUTO ~大切なこと~ 第13話[小春日](2007/12/21 18:21)
[15] NARUTO ~大切なこと~ 第14話[小春日](2007/12/23 23:41)
[16] NARUTO ~大切なこと~ 第15話[小春日](2007/12/27 19:27)
[17] NARUTO ~大切なこと~ 第16話[小春日](2007/12/28 19:25)
[18] NARUTO ~大切なこと~ 第17話[小春日](2007/12/28 19:44)
[19] NARUTO ~大切なこと~ 番外編[小春日](2007/12/29 20:55)
[20] NARUTO ~大切なこと~ 番外編[小春日](2007/12/30 10:32)
[21] NARUTO ~大切なこと~ 番外編[小春日](2007/12/30 10:31)
[22] NARUTO ~大切なこと~ 第18話[小春日](2008/01/01 19:42)
[23] NARUTO ~大切なこと~ 第19話[小春日](2008/01/01 19:59)
[24] NARUTO ~大切なこと~ 第20話[小春日](2008/01/02 15:46)
[25] NARUTO ~大切なこと~ 第21話[小春日](2008/01/02 16:15)
[26] NARUTO ~大切なこと~ 第22話[小春日](2008/01/02 17:55)
[27] NARUTO ~大切なこと~ 番外編[小春日](2008/01/03 09:15)
[28] NARUTO ~大切なこと~ 番外編[小春日](2008/01/03 09:21)
[29] NARUTO ~大切なこと~ 番外編[小春日](2008/01/04 23:12)
[30] NARUTO ~大切なこと~ 番外編[小春日](2008/01/05 09:50)
[31] NARUTO ~大切なこと~ 第23話[小春日](2008/01/07 23:00)
[32] NARUTO ~大切なこと~ 第24話[小春日](2008/01/07 23:04)
[33] NARUTO ~大切なこと~ 第25話[小春日](2008/01/11 16:43)
[34] NARUTO ~大切なこと~ 第26話[小春日](2008/01/13 19:48)
[35] NARUTO ~大切なこと~ 第27話[小春日](2008/01/16 19:00)
[36] NARUTO ~大切なこと~ 第28話[小春日](2008/01/16 19:05)
[37] NARUTO ~大切なこと~ 第29話[小春日](2008/01/16 19:17)
[38] NARUTO ~大切なこと~ 第30話[小春日](2008/01/21 18:32)
[39] NARUTO ~大切なこと~ 第31話[小春日](2008/01/26 13:48)
[40] NARUTO ~大切なこと~ 第32話[小春日](2008/02/02 12:34)
[41] NARUTO ~大切なこと~ 番外編[小春日](2008/02/10 23:03)
[42] NARUTO ~大切なこと~ 第33話[小春日](2008/05/16 21:54)
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[2371] NARUTO ~大切なこと~ 第33話
Name: 小春日◆4ff8f9ea ID:6fefa3ec 前を表示する
Date: 2008/05/16 21:54






木の葉病院の受付の前に佇む3人組。


1人は黒い丸サングラスをかけた男に、


もう1人は顔の大半を隠した銀髪の青年、


そして口を押さえた金髪の少年だ。


その3人の間には、





気まずい沈黙が流れていた。







NARUTO ~大切なこと~ 第33話







口を押さえている少年、ナルトはあの一言から呼吸をするのも忘れて、ただじっと目の前のサングラスの男を見つめている。黒いサングラスから相手の目を窺うことはできない。しかし、その男の眉間には皺が深く刻まれ、口をへの字に歪めているのははっきりと見て取れた。
ナルトの顔はだんだんと蒼白くなっていく。
まさか自分の修行を見てくれるというのが、目の前のサングラスの男、エビスだとは思わなかったナルト。エビスに会ったのは、火影様に忍者登録書を提出しに行ったあの時だけだ。が、ナルトは覚えている。
あの時、チラッと見えたエビスが自分を見る目、あれは、

“九尾”を見る目。

人間ではない、化け物を見るような冷たい目。
その目を見るたびに思い出すことがある。それは、幼かった自分の愚かさ。
姉の言うことを理解できずに、殺めてしまった愚かな自分。それは薄れ行く幼い頃の記憶の中でも鮮明に覚えているもの。思い出すたびにナルトの胸を苦しめる。
そして、この里の人がこんな苦しい思いをしないよう、早く“ナルト”として、“人間”として認められたいと思う気持ちが今のナルトを支えている。その努力が報われたのか。

少しずつ、自分を認めてくれる人が現れて。

ナルトにとってだんだんと居心地の良い里へと変わりつつある。そのために、気を抜きすぎてしまったのかもしれない。
今、目の前には“ナルト”を嫌っている人がいる。
なぜ彼が自分などの修行を見ることを引き受けてくれたのか、ナルトには全く分からない。そんな相手に、あの言葉・・・「ムッツリスケベ」などと言ってしまった。木の葉丸に注意しておいて自分が言ってしまうなんて、気の抜きすぎだ。

この言葉は木の葉丸が使っていたものだ。
いつ頃からか分からないが、木の葉丸はエビスのことを話すとき、いつも彼を「ムッツリスケベ」と呼んでいた。分かっているのはナルトと会う前からそう呼んでいたということ。
以前、そのことについてミコトが木の葉丸に注意をしたことがある。しかし、

「だまされちゃダメだぁ、ミコト兄ちゃん! あいつはムッツリスケベだ、コレ!!」

とても必死だった。それはもう彼の目が潤むほどに。
ものすごく真剣な顔でそう言った木の葉丸に、逆にこちらが怯んでしまった。
・・・・・・木の葉丸は一体エビスの何を見たのだろうか・・・。

しかし、ナルトも諦めなかった。
木の葉丸がナルトと一緒に遊ぶようになってから、時々出るエビスとの修行の話。
「ムッツリスケベのくせに教えるのは上手いんだ、コレ」と悔しいのか嬉しいのかよく分からない表情で話す木の葉丸は見ていて微笑ましく思う。が、やはり「ムッツリスケベ」は教えてくれている人に対して失礼である。ここでナルトの姿でもさりげなく木の葉丸に注意を入れたのだった。すると、

「ナルト兄ちゃんは知らないけど・・・あいつ本当にムッツリスケベなんだ、コレ!! 兄ちゃんが狙われてて・・・とにかくピンチなんだよぉ!!!」

くそぉ、俺がもっと強ければ・・・とかぶつぶつと呟いている必死な木の葉丸を今でも鮮明に覚えている。・・・・・・本当にエビスは何をしたのだろうか。しかも、

“兄ちゃんが狙われてピンチ”とは、どういうことなのか。

エビスは“男”だ。そして「兄ちゃん」という呼び名も“男”を示すものだ。
そこに「ムッツリスケベ」が加わるとなると、エビスは・・・・・・ここまで考えてナルトは答えを出すことを放棄した。ただ確かなことは、あの時ナルトに言った木の葉丸の台詞から、その「兄ちゃん」というのがナルトではない、ということだった。

その後、2人の人物に注意を受けたこともあってか、木の葉丸がエビスに「ムッツリスケベ」とは言わないと、約束してくれた。だが、それはエビスの前だけであって、ナルトたちの前では相変わらずエビスは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。
それはもういくら言っても直してくれなかった。
そのうちナルトも「ムッツリスケベ」で聞き慣れてしまい、エビスに会う機会が多いミコトの時には、いつも気をつけていたものだ。

それなのに。

言ってしまった。
たった今、確かに目の前の人物に、「ムッツリスケベ」と言ってしまった。
決して木の葉丸の所為ではない。気を抜いていた自分が悪いのだ。

――もうこれしか方法はないです・・・ね・・・。


ナルトは静かに口元から手を離し、腕を下ろすと、目を瞑って肺に溜まっていた空気をゆっくりと吐き出す。肺が空っぽになると、今度は新鮮な空気を深く吸い込む。長いこと息を止めていた所為か、いつもは慣れているため感じなかった病院の独特な匂いが鼻につく。それをゆっくり吸い込み、スッと開いた目は、前の人物を鋭い視線で捕らえていた。

雰囲気の変わったナルトに、先ほどまでボーっと眺めていた銀髪の青年、カカシの眉がピクリと反応している。が、手を出す気はなさそうだ。ナルトの視線の先の相手は、何故か「フフッ」と少しだけ笑ったが、それもすぐにもとの険しい表情へと戻る。

無言で、ただじっと前を見据えるナルト。

それは何かを決意したような眼差しで。その眼差しが再び閉じられると、ナルトはガクッと膝を折った。そして、


「ごめんなさい!!」


手を地に着けて土下座したのだった。しかも、ゴンッ!! という音のおまけつき。
今までずっと固唾を呑んで見守っていた病院の受付の者たちは、その音に思わず顔を顰めて己のおでこをさする。今の鈍い音、それはナルトの額が地にぶつかった音だ。
しかし、当の本人はと言うと、顔を上げる様子はまるでない。いくら額あてをしていたからと言って、綺麗に響いた今の音は相当の痛いはずだ。が、ナルトの額は今も床とお友達になっている。

――せっかくカカシ先生が僕のために頼んでくださったというのに・・・。

ナルトはぐっと下唇をかみ締める。
きっとエビスはカカシの頼みだったから、この話を引き受けてくれたに違いない。嫌っているはずの自分の修行を見るだなんて、どんなに嫌だっただろうか。それでも引き受けてくれたのは、偏にカカシのおかげだろう。
それなのに、自分がそれを台無しにしてどうするのか。

――これで許していただけなかったら・・・カカシ先生にも謝らないと・・・。

何故か土下座した時に、「ブッ」と誰かが吹き出したようだったが・・・・・・恐らく気のせいだろう。
ナルトはじっと、エビスの返答を待つ。そして、



「はぁー・・・」

エビスの深いため息がナルトの鼓膜を揺らした。
静まっていたその場に、それはとてもよく響いた。

――もう・・・ダメ、ですよね・・・。

ほぼ初対面に近い人間に、「ムッツリスケベ」などと言われたのだ。不快に思わないはずがない。しかも、それを吐いた奴が憎悪の対象。



「うっ・・・くっ・・・・・・」

ナルトの目からはとうとう涙がこぼれ始める。ずっと我慢して耐えていたものが。
拭うこともなく、流れ落ちる涙はそのまま。


そのまま、目の前の床にぽつぽつと、シミを作っていた。







ナルトが「ムッツリスケベ」と言ってから、エビスの中ではいろいろなものが渦巻いていた。

――ああ・・・・・・思い出してしまった・・・

あの小憎たらしく笑ったお孫様の顔を。

エビスの頭の中では、小憎たらしい笑みを浮かべた自分の生徒の顔が浮かんでいた。それは彼にとって頭の隅で、もうすでにほこりをかぶっている記憶だった。しかし、ナルトが「ムッツリスケベ」と言った瞬間、かぶっていたほこりが払いのけられてしまった。

そう、忘れていた記憶を引っ張り出されてしまったのだ。

思わずエビスは口をへの字に歪める。

――「・・・・・・ムッツリスケベの心配はしてないよ、コレ」

そう言った時の自分の生徒であり、火影様の孫、木の葉丸の顔は。
その笑顔はなんとも癪に障るものだったことか。しかし、自分は大人。カッとなりそうだったのを抑えることができた己を誉めてやりたい。
しかし、それからというもの、何故か木の葉丸は自分を「ムッツリスケベ」と呼ぶようになった。

・・・一体私が何をしたというのか?

「私が何かしましたか」と尋ねれば、ジト目でただ睨みつけてくるだけで、木の葉丸が答えてくれたことはない。が、それも中忍試験が始まる少し前には、「めがね教師」という呼び名に戻っていたため、すっかり忘れていたのだが・・・・・・そういえば、

――「ムッツリスケベ」と言わなくなったのも、ナルト君のおかげなんですよね。

ナルトが言ったからもう「ムッツリスケベ」とは呼ばない、と唐突に言ってきた木の葉丸。
・・・そう言ったときの木の葉丸の顔はとても不服そうだったが。
「ムッツリスケベ」と呼ばれるたびに、周りに人がいないかと確認していたエビスにとって、それはなんとありがたいことだったか。

ナルトに感謝していることはそれだけではない。

ナルトが以前、木の葉丸を叱ってくれたおかげで、木の葉丸が火影様への奇襲を止め、修行に集中して取り組むようになったのだ。

――お孫様が殴られるのを見て、ちょっとすっきりしたんですよね。

あの時のことを思い出して、エビスの口からは「フフッ」と笑いがもれる。
木の葉丸を殴るなんてことは、この里では火影様くらいしかいないだろう。自分は家庭教師として木の葉丸の面倒を見ているが、叱るのに体罰を加えるようなことはしない。
いや、できないのだ。
誰も火影様の孫に、体罰なんてできない。そう思っていた自分のなんと情けないこと。
不甲斐無かった当時の自分に、エビスは再び眉間に皺を寄せた。
あの時、ナルトは木の葉丸が火影様の孫だと知っても殴りつけた。その時の音がとても清々しくて・・・

ゴンッ!!

そうそう、そんな音・・・いや、もう少し鈍い音だったような。
何故かたった今、頭の中で思い出された音は、金属的なキンッという音が強かった。
それとほぼ同時に「ごめんなさい」という言葉が。

――私の耳も都合がいいですね・・・

「ごめんなさい」――それは木の葉丸に言ってもらいたい言葉である。
大体、木の葉丸が素直に自分に謝ったことなどない。ナルトに殴られた後、きちんと謝っていた木の葉丸を見て、謝ることのできる子なのは知っている。だからこそ、私にも「ムッツリスケベ」と呼んでいたことを謝れ! と何度思ったことか。
謝ってほしいとあまりに強く念じすぎたのか、謝罪の言葉が聞こえてくるなんて・・・

「はぁー・・・」

疲れているのだろうか。エビスは深いため息を吐いた。
殴られた時の音といい、謝罪の言葉といい・・・かなりリアルに頭の中で響いた音に、エビスはやっぱり疲れている所為だと判断する。最近、木の葉丸はまじめに授業を受けてくれるので、それほど疲れると言うことはないのだが。とりあえず、

――私はナルト君のおかげで目が覚めたんです。

ナルトが自分を変えてくれた。
ナルトの言動が、自分の凝り固まっていた頭をほぐしたのだ。

エビスは木の葉丸が殴られた音を聞いて目が覚めるのを感じた。
叱ることに体罰が必要だとは思わない。が、それも時と場合というものがあって。
痛みを知るということも大切なことなのだ。
忍になるのなら、なおさらである。そしてその後、

「火影の名を語るのに絶対に近道はない」

ナルトは木の葉丸に言った言葉だ。その言葉に、エビスは自分の間違いを思い知らされた。
エビスは、「自分の言う通りにすれば、火影になる一番の“近道になる”」と考えていた。それが当然であると思っていた自分はなんて愚かだろうか。

確かに、誰からも教わらずに火影を目指すよりかは断然近道である。しかし、小さなことをたくさん積み上げなければ火影になんてなれるわけがない。
それは決して“近道”なんかではないのだ。

――ナルト君は私よりよっぽど頭のいい教師だった。

そして、噂の化け狐でもない。
木の葉丸を真剣に叱る姿や屈託のない笑顔、木の葉丸のわがままにうろたえる姿は、ただの子供で。そんなわがままに本当に嬉しそうに笑った彼に、自分の、いや、自分たちの間違いに気づかされた。

あんなに優しく笑える彼が、化け狐?

とんだ笑い話だ。
確かに、アカデミーの頃、彼がよくいたずらをしていたことは有名だ。が、それは人に危害を与えるようなものではなかった。むしろ、こちらまで楽しくなるようなものばかりで。
そんな彼のどこが化け狐なのだろうか。
彼を初めて忍者登録室で会った時、睨んでしまった己が非常に恥ずかしい。
“ナルト”は化け狐なんかではない。

ナルトは立派な木の葉の忍者だったのだ。

しかし、彼の周りはそれに気づいていないものの方が遥かに多い。
自分1人がそれを何とかするのは困難なことだ。だから、せめて彼の力になれればとカカシの申し出を受けたのだが。

「はぁー・・・」

ナルトの自分に対する第一印象が悪いのは、仕様がないこと。
エビスは2度目の深いため息を吐いた。と、その時だ。

「あのぉ・・・エビス先生?」

エビスがハッとして、声のした方に振り向く。そこには小刻みに肩を揺らし、片手で口元を押さえた銀髪の青年、カカシがいた。その様子は必死に笑いを堪えているようだ。
そんなカカシにますますエビスの眉間の皺は寄るばかり。

「何かおもしろいことでも?」

ナルトがエビスに「ムッツリスケベ」と言ったことがカカシの笑いのツボに嵌ったのだろうか。いや、それにしては反応が遅いだろう。
そういえば、あれからどのくらい経ったのだろうか。
あまりに思考に耽っていたため、エビスにはどのくらい時間が経ったのか分からなかった。が、少なくともナルトの「ムッツリスケベ」発言からは何分かは経っているだろうと推測する。

「い、いえ・・・ブッ・・・その・・・」

カカシはちらちらと視線を下に寄こしては、吹き出しそうになるのを耐えている。
・・・・・・全く持ってよく分からない。
エビスは眉間の皺をそのままに、そんな怪しげな上忍の視線の先を辿っていく。と、そこには、カカシのように肩を小刻みに震わせながら土下座をしている金髪の少年の姿が。その少年からは「うっ」とか「くっ」とか、しゃくりあげる声が漏れている。

・・・・・・しゃくりあげる?

しゃくりあげる声など、泣く時くらいしか・・・と言うことは、泣いている・・・?
この目の前の少年は泣きながら土下座をしているというのか? いや、土下座をしながら泣いているというのか? いやいや、どちらもニュアンスの違いで、言っていることは同じだ。

「あの・・・これは・・・?」

混乱し始めたエビスがカカシに助けを求めると、カカシはゴホンッと1回咳払いをした。
それでようやくカカシの笑いは止まった。

「いやぁ~その・・・・・・許してもらえませんか?」

「・・・・・・は?」

カカシの唐突な物言いに、間抜けな声で返したエビス。
意味がわからない、という風なエビスに、カカシは少し白い眼を向ける。

「ナルト、ですよ」

ほら、と下にまたカカシが視線を落とす。それにエビスもついていけば、やはりそこには土下座した少年・・・・・・って。


「えっ!!!」


突然大声を上げたエビスに病院の受付の者たちは鋭い視線を向けた。それは、「病院で騒ぐな」という意味以外にも何か他の意味が含まれているようだ。

やっとエビスは今の状況を理解したのだ。
目の前の少年はどうやら、「ムッツリスケベ」と言ったことに対して、土下座までして自分に謝っているらしい。ということは、

――さっきの音と「ごめんなさい」って・・・

目の前の少年から発生したものだとしたら。

エビスはじんわりと汗が出てくるのを感じた。
ちょっとやりすぎではあるが、お孫様にはこういうところを見習って欲しいですね・・・なんてことを思うエビスだったが、慌ててナルトのそばに寄り、その震えている肩に手をポンと乗せる。
ビクッと跳ねた体に、エビスはできる限り優しく声をかけた。

「ナルト君・・・私は怒っていませんから、顔を上げてください」

ね? とナルトに笑いかけるエビスは、以前では考えられないものだ。
エビスの声音から、それが嘘ではないことを感じ取ったナルトはガバッと顔を上げる。すると、

「ブハッ・・・!!」

誰かが突如吹き出した。その人物は、

「・・・・・・カカシ君」

突然笑い始めたカカシを今度はエビスが白い眼を向ける。白い眼を向けながらも手は何かを取り出し、それをナルトの前へスッと差し出した。それを見て、ナルトが目を丸くしている。そんな様子のナルトに、エビスはフフッと笑った。

「鼻水出ていますよ?」

土下座から顔を上げたナルトは、目にはいっぱいの涙をため、鼻水を垂らしていた。

――また私は彼を傷つけてしまいましたね・・・

床にできた涙のシミが大きくて。
それは彼がだいぶ前から土下座をしていたことを物語っていて。
思い出に耽っている場合ではなかった、とエビスは反省する。
彼が泣き止むようにと、怒っていないことを示すために笑顔で差し出したティッシュ。しかし、それはいつまでたっても受け取られる気配はない。ナルトの様子を窺えば、差し出したティッシュと自分の顔を交互に見つめていた。
本当に自分が受け取ってもいいの? と困惑を表情にのせたナルトに、エビスは困ったように笑った。

「ほら、今から修行に行きますから」

これを使ってください、と勧める。
カカシの話から、ナルトは医療忍者を目指しているということを聞いた。
“ナルト”に冷酷な里で、医療忍者になるだなんて・・・・・・と、信じられない思いだった。が、彼の笑顔を思い出したら、ナルトはそういう子だ、とエビスはすんなりとそれを受け止めることができた。彼は本当に優しい。
・・・優しすぎるのだ。
それが悪いこととは決して思わない。むしろそのままでいてほしいと願う。
そんな優しすぎる彼の背を押してやるのが今回の自分の役目である。
本選前の修行だが、エビスはナルトのために先を見越した修行を考えていた。
中忍試験というものは本選にさえ残れば、後は勝つも負けるもあまり関係はない。
その一戦の中で、中忍に必要なものを見せられれば良いのだ。しかし、

――ナルト君には厳しいかもしれませんね・・・

彼がどんなに中忍としての素質があっても、周りが認めるかどうか。そればかりはエビスにはどうにもできない。ナルトが里のみなに認められるのも時間の問題だと、確信している。が、まだその時でないのは明らかで。
だから今は、ナルトに医療忍術に必要なチャクラコントロールの修行をつけようと考えたのだった。
医療忍術には繊細なチャクラコントロールが必要だ。
彼は掌仙術は使えるのに、チャクラコントロールの基本である木登りをすぐにできなかった、と言うではないか。なんとも不思議なことだが、教えがいがある、とエビスはこれからの修行に胸を弾ませていた。そんなところに、

「うぅー・・・」

何故かナルトが止まっていた涙をまたボロボロと零し始めた。それにギョッとしたエビス。

――また私は何かしてしまいましたか!?

でも思い当たることは何もない。
自分はただティッシュを差し出しただけだ。
何か彼の気に障ることを言ってしまったのだろうか、と不安に駆られ始めたエビスだったが、

「うっ・・・・・・ありが・・・と・・・ござぃ・・ます・・・!」

しゃくりあげる声の中から途切れ途切れに紡がれるお礼に、エビスは柔和に笑みを返した。




ナルトはとめどなく溢れてくる涙を自分の袖で拭う。
自分が泣き虫なのは自覚しているが、どうしても抑えられなくて。
この涙は、エビスが許してくれて、しかも修行まで見てくれると言ってくれたことに安堵した、というのもあるが、一番は、

――僕を認めてくれた・・・!

アカデミーを卒業してから今までのこの短い間に、エビスに何があったのか。
彼の心境の変化に戸惑いはあるものの、肩に置かれた手や声音はあたたかなもので。

確かに自分は認められている。

人間として。
ナルトとして。

人に認められることがこんなにも嬉しい。

――ありがとう

いくら言っても足りない言葉。
九尾によってできた過去の傷を乗り越えてくれてありがとう。

僕を認めてくれてありがとう。





しばらくして、だいぶ落ち着いてきたナルトは、エビスの持っていたティッシュを受け取り、ちん、と鼻をかむ。すると、エビスが再びフフッと笑った。どうしたのだろうか、と顔を見上げれば、「いえ、ね」と苦笑しているエビス。

「前にミコト君が・・・あ、ミコト君って言うのは今回中忍試験の試験官のお手伝いしていたんですけど・・・」

知っていますか? と尋ねられ、頷くナルト。
知っているも何も自分であるのだが。もちろんそんなことを知るはずもないエビスは話を続ける。

「以前鼻血を・・・ま、まあ、その、ミコト君が以前私にティッシュをくれたことがありまして・・・あれから私もティッシュは持ち歩くようにしているんですよね」

そこまで告げたエビスは、一体自分は何を言っているのだろうか、と自問する。
ナルトには全く関係のない内容に、どうして自分はこんなことを口にしているのか、と疑問しか湧いてこない。

――でも・・・なんとなく話したくなったのも分かるような・・・

目の前のナルトはミコトと同じ色を持っていて。なんだかミコトにあの時の恩を返せた気分になったのだ。

「ふ~ん」

鼻をかみ終わったナルトのそっけない返事。それも当然だろう。本当にナルトには全く関係のない話なのだから。

――ハハ・・・バカですね、私も。

エビスは自嘲の笑いを漏らす。
ナルトとミコトは全くの別人だ。これでミコトに恩を返せたなんて思っているなんて、勘違いもはなはだしい。

「さて・・・・・・」

行きましょうか、というエビスの言葉は飲み込まれた。
そっけない返事をしてから黙っていたナルトは、じっと、エビスの渡したティッシュをはにかんだ笑みで見つめていたのだ。とても嬉しそうに。

「それ、あげますよ」

そう言えば、ナルトがバッと顔をあげて、

「ありがとってばよ!」

その笑顔を向けてくれた。
彼には笑顔がよく似合う、とエビスは心からそう思った。ティッシュをポーチに仕舞っているナルトを見て、エビスはフッと笑うと、

「じゃ、行きますぞ・・・ってカカシ君?」

いつまで笑っているんですか、と再びカカシに白い眼を向ける。ナルトが土下座から顔を上げた後、吹き出したカカシは今までずっと笑っていたのだ。
爆笑と言っても過言ではない。
せっかくあたたかな雰囲気に包まれていたのに、カカシの所為で打ち壊しである。

「す、すみま・・・ブフッ!! お、親子・・・!!」

「・・・・・・さ、行きますぞ」

腹を抱えて笑っているカカシに、もう手遅れだと悟ったエビスは、カカシを困惑気味に見ていたナルトの背を押して、病院から出て行った。







病院から出てしばらくしてエビスは歩みを止めずに、軽く顔だけ振り返って、

「カカシ君にはあんな風に笑われるのですか?」

いつも・・・、と言って良いのかためらって、でも小さくナルトにそう尋ねた。
今は修行のできる場所へと向かっているところだ。
問われたナルトは、一瞬きょとんとしたが、すぐに腕を組んで「う~ん」と唸り声を上げ始める。それからしばらくして出た答えは。


「今日が初めてだってばよ」

「・・・・・・そうですか」


エビスは顔を前に戻すが、後ろをついて歩くナルトをちらっと盗み見る。そのナルトは軽く握り拳を作った右手を口に当て、視線を斜め下に落とし、まだ何やら考え込んでいた。
エビスはナルトをなんだか少し不憫に思った。

何の理由か、突然吹き出したカカシ。あそこで笑うのはいかがなものだろうか。
というか、担当上忍であるカカシはもう少しナルトのフォローをしてあげても良かったのではないのだろうか。カカシが自分に修行をしてくれるように頼んできた時の話からして、カカシがナルトを嫌っているようには思えない。
先ほどの様子から見ると、ナルトの土下座を見て楽しんでいたと言うかなんと言うか・・・。

――ここは私がしっかり修行をしてあげなければ!!

湧き上がる使命感に闘志を燃やすエビス。それに対し、



――カカシ先生の「親子」って言葉は・・・・・・

ナルトは最後に言ったカカシの言葉について考えていた。
自分が四代目の子供であることをカカシが知っているのは、ナルトも前々から知っている。

親子――親と子。

“親”と言うと、母と父の両方を指す言葉である。が、ナルトの母よりも、師弟関係であった四代目の方がカカシと付き合いが長いのは明らかだ。
よって、あの時の「親子」という言葉は、恐らく父、四代目とナルトを指す言葉なのだろう。土下座をした瞬間に「ブッ」と誰かが吹いたのは、気のせいではなかったようだ。
ナルトが土下座をしたことによって、カカシは笑った。その後、顔を上げた時の爆笑。

カカシは、ナルトを通して四代目を見ていたとしたら?

火影様の土下座。そして、ナルトのような泣き顔をカカシに見せたのだろうか。

――・・・・・・父さん・・・

これはただの推測に過ぎないのだが、ナルトは何故か、そうなのだろう、という不思議な自信があった。
意外な共通点に喜ぶべきなのか、恥じるべきなのか、そんなどうでも良い問いにぐるぐると悩まされながら、ナルトはエビスの後をついて歩いていた。







エビスとナルトがそんなことを考えていた頃、病院内では。



――親の背を見て育ったわけでもないのに・・・

遺伝ってすごいな、と感心するカカシの笑いはやっと止まっていた。(病院の受付の者たちが、酷く冷めた目で睨んでいたことに気づいたのだ。)
こんなに笑ったのも久しぶりではないだろうか? と、ふとカカシは思う。
ナルトのあの顔が四代目とあまりのもそっくりで、驚きと懐かしさがこみ上げてきたが、笑いが一番勝っていた。

面白いものは面白い。

「ま、これでナルトは大丈夫だろう。」

不安を飛ばすかのように口に出したその台詞だが、カカシの中にはしこりが残っていた。サスケのことがあって、ナルトに構うことができていないのだが、カカシはナルトに対して以前から不安を抱いていた。

初めてアカデミーでナルトに会ってから、段々とあの日――九尾が襲ってきた日について、カカシは思い出したことがある。どうして忘れていたのか不思議だが、確かに自分は生まれたばかりのナルトに会ったことがあるのだ。病院で先生の腕に抱かれたナルトを。
それはたった数分でしかなかったけれど、カカシは先生がナルトに封印式を描いているところを目の前で見ていた。そんなカカシが不安を抱いているのは、「九尾」に関して、というよりは、「医療忍術」に関してだ。

九尾が封印されてもなお、掌仙術を使ったナルトのチャクラコントロールは目を見張るものだ。しかし、それは同時にカカシの不安を大きくした。
九尾の封印式の仕組みがどうなっているのかなんて、カカシには分からなかい。ナルトの臍を中心にして封印式を描いていた四代目を見たのは自分だが、あれは見たこともない封印式だった。後から調べてみて、“四象封印”という術が尾獣に対して使う封印術だというのを知った。だが、あの時見た封印式は、それとはまた違ったのだ。

――「八掛の封印式」・・・か。

四代目が言っていた封印術。
八掛の封印式、それは資料に残されていない。なぜなら、九尾が襲来してきたその日に、四代目が“四象封印”を応用して作った術だからだ。いや、本当は前から四代目は作っていたものなのかもしれないが、記録に残してはいなかった。
もし、九尾が封印されてすぐナルトを見つけることができていたのならば、その封印術を詳しく調べることが可能だっただろう。が、それももう過去のこと。

今こうして、その封印術がきちんと効いている事は確かだ。

でなければ、ナルトが医療忍術のような繊細なチャクラコントロールをできるはずがないのだ。九尾のチャクラを完全にコントロールなどできるはずがない。あの巨大なエネルギーの塊を操るなど、不可能だ。その巨大なエネルギーを完璧に封じ込めている四代目の封印式はなんて強力なのだろう。そして、

――九尾のチャクラを還元できる・・・

確かに四代目はそう言っていた。それに、三代目火影様がナルトは九尾の力は扱えるようだ、と言っていた。それは九尾のチャクラが還元できている証拠だ。
しかし、ナルトが九尾のチャクラを使っているところはまだ見たことがない。

ということは、九尾のチャクラと自分のチャクラを使い分けることができている、と言えるのだろう。・・・が、どうも胸騒ぎがするのだ。

“八掛の封印式”を蛇口に例えるならば、「ナルトが九尾のチャクラと自分のチャクラを使い分けることができる」というのは、「ナルトは自由にその蛇口を閉めたり開けたりすることができる」ということだ。しかし、蛇口と言うものは劣化するもの。

もし、この蛇口と“八掛の封印式”が同じような仕組みだったとしたら?

劣化した蛇口はきっちり閉めても、ポツポツと水は漏れる。それには新しく蛇口を付け替えるか何かしなければならない。でも、それは蛇口だからこそできること。
ナルトの場合、蛇口が完全に閉められなくなれば、漏れ出すのはチャクラだ。
そんなことになれば、ナルトは医療忍者にはなれない。
自分の扱うチャクラに、漏れ出た九尾のチャクラまで加わってしまうのだ。そのような状況で、繊細なチャクラコントロールなど、誰もできるはずがない。そして、


もしも本当にナルトが医療忍術を使うことができなくなったら・・・?



――考えすぎだな・・・。

フー・・・とカカシは軽く息を吐く。
ナルトは医療忍術を使えている。今はそれだけで十分ではないだろうか。
心配していても何も始まらない。

「さて・・・と」

サスケはまだ起きないだろう。サスケが目を覚まさなければ、今のところカカシのやることは特にない。が、

――俺も負けてられないからな。

カカシは自分の手のひらをじっと眺める。

思い出すのは、サスケの病室での出来事。
丸眼鏡をかけたガキに、いい様にあしらわれてしまったのだ。

カカシは見つめていた手のひらをグッと握り締めると、ようやく病院を後にした。







空気が湿気を多く含み始め、ザーッと流れ続ける水の音が段々と近づいてくる。
エビスの後ろを黙って歩くナルトは、それに気づいた様子もなく、

――嬉しいですけど、やっぱり恥ずかしいですよね・・・だいたい火影様が土下座って・・・
   ・・・一体父さんは何をしたのでしょうか・・・

いまだにそんなことを悩んでいた。が、エビスが立ち止まったことによって、その思考も中断された。
周りを見渡せば、「ゆ」と書かれた看板がついた建物や、湯気が立ち込める池がある。その池の上にはかわいらしい小さめの欄干橋が。そしてそばには小さな滝。その滝からも湯気が立ち上っており、その水の温度は結構高そうだ。
そう、ここは温泉地。
それらを眺めて、なんとなく修行の内容が分かったナルトは、頬が緩んでしまいそうになるのを押さえ、エビスのほうに顔を向ければ、

「ささ! 着きましたぞ!」

振り返ったエビスの顔にはニヤリとした笑みが浮かんでいる。家庭教師の特別上忍だけあって、エビスはとても楽しそうである。そんなエビスにナルトが首を傾げれば、エビスはサングラスを押し上げながら、フフッと笑った。

「今からナルト君にしてもらうのは・・・この湯の上を・・・・・・歩く!」

それは手を使わない木登り修行の応用である。
木登りは一定量のチャクラを練りこむための修行であるのに対し、今からするものは一定量のチャクラを術などのために放出して使うコントロール修行だ。

その修行はナルトにとって都合の良いものだった。
本選2日前に予定しているリーの手術。それには集中力はもちろんのこと、チャクラコントロールが完璧でなければならない。

手術に失敗は許されないのだ。

もともと本選の修行以外でチャクラコントロールの修行をしようと思っていたナルトにとって、この修行内容は本当に都合がよい。
内心エビスに感謝しているナルトだが、それを表に出すわけにもいかず、腕を組んで、その修行がよく分からない、という顔で「ん~」と唸っている。と、

――・・・・・・なんてことでしょう・・・

ナルトは背後に怪しげな気配を感じた。背後と言ってもすぐそばに、と言うわけではなく、振り返ってみないとはっきりとは分からないが、恐らくそれは建物のすぐそば。
その気配は希薄で、忍であることは確かなのだが、如何せん気味の悪い気配を出している。さらに集中してみれば、そこから「ウヘヘヘヘ」という不気味な笑いが。
敵の忍だろうか? という疑いはナルトの頭からすぐに消去された。
敵であるものがそんな間抜けな笑いを漏らすわけがない。いや、でも、もしその忍のしていることが自分の思っているものと同じであるならば、間違いなくその忍は“敵”だ。
それも女性の。

どうするべきか・・・なんて考えなくても分かることだが、相手はかなり手強そうなのをナルトは感じた。気味が悪いのを除けば、その気配は三代目火影に近いものを感じるのだ。
そんな相手がこちらに気づいていないわけがないだろう。気づいていてもなお、その行為を続けているのならば、相手は自分に自信のある者で、それ相当に力がある者のはずだ。

「ん~・・・」

腕を組んだまま再び唸るナルトは、修行のことよりもそちらの方で悩み始めていた。

それを楽しそうに眺めるエビス。エビスには、ナルトがこの修行について悩んでいるようにしか見えていない。

「私がまずやって見せましょう」

いつまでも唸らせておくわけにもいかないので、さっそくエビスは足元にチャクラを集中させる。が、ナルトが全くこちらを見ていない。
エビスが声をかけたことで、唸り声を止めたナルトだが、妙に後ろのほうを気にしているように見えた。視線をチラチラと後ろに向けるナルト。
おかしなナルトの態度に疑問を抱いたエビスが、ナルトの背後に視線を向けてみる。と、そこには、


「エヘヘヘヘ」


怪しげな笑いを漏らし、長髪白髪を1つに括り、大きな巻物を背負った男が。
「女」と書かれた暖簾を掲げている建物の竹でできた塀のそばで、しゃがみこんでいるその男の顔は竹と竹の間に位置している。それはまさしく「覗き」・・・。

――なんてハレンチな・・・

男の存在に気づいたエビスと、エビスが気づいたことでようやく堂々と振り返ることができたナルトの心の声が重なった。男のあまりの大胆さに、しばし呆然としていた2人。だが、

「フッ」

エビスがサングラスを押し上げながら笑った。そして、

「どこの誰だか分かりませんが・・・ハレンチは私が許しませんぞ!!!」

「ちょっと待って・・・・・・!」

駆け出したエビスにナルトの言葉は届かず、


「ん?」

やっと振り返った覗き魔は、「ったく」と言いながらボンッと音を立たせ、あたりは煙に包まれた。

「こ・・・これは!!」

すぐに晴れた煙から現れたのは、「忠」と書かれた玉を首につけた大きな蝦蟇。その蝦蟇の背には覗き魔が乗っている。大の男1人が余裕で乗れているのだから、その蝦蟇はかなりの大きさである。
その蝦蟇を見て、まるでそれを知っているかのように声を上げたエビスを

「うぎゃぁあ!」

蝦蟇は長い舌で叩き落した。まるで虫のように、ベチン、と。

「騒ぐなっての・・・ったく」

バレたらどーすんだっての! と蝦蟇の上で胡坐を掻きながら言う男をナルトはただ呆然と見ていた。が、すぐにハッとして地面に倒れているエビスの下へ駆け寄る。

――のびてますね・・・

エビスの顔を覗きこんで状態を確認したナルトは、とりあえず先ほどエビスからもらったティッシュで鼻血を拭きとる。そしてきれいになったことを確認すると、蝦蟇の上の男をキッと睨み付け、ビシッと指を指した。


「お前はいったい何者だぁ!?」


初対面の相手にかなり失礼な態度だが、ナルトは怒っていた。それと同時に、どうか自分の予想が外れてくれ、と内心で願う。

まさか、まさかだ。自分の思っている人物であるならば。
蝦蟇を口寄せする忍の話など1人しか聞いたことがない。そう、それは、

伝説の三忍の1人。

ああ、自分の予想がぜひとも当たってほしくない。
女湯を覗いてニヤニヤしている伝説の三忍・・・・・・いや、伝説の三忍ほどのレベルだからこそできることなのかもしれない。

――うぅ・・・まだ希望は捨てちゃいけません・・・よ。

ナルトはこの目の前の人物――「油」と書かれた額あてをした男を伝説の三忍と認められないでいた。蝦蟇を出した時点でほぼ伝説の三忍と確定しているのだが。
眼光鋭く睨むナルトを見ながら男はニヤッと笑う。そして、拳を作った右腕を振り上げ、左腕を胸のあたりに水平に、手のひらが見えるように突き出すと、


「あいやしばらく!! よく聞いた! 妙木山蝦蟇の精霊仙素道人、通称・ガマ仙人と見知りおけ!!」


そのポーズはまるで歌舞伎役者のようだ。
下にいる蝦蟇まで左前足を上げて得意げな顔を見せている。その様を見て、ナルトは思わず頭を抱えた。

――やっぱりなんですか・・・!!

嫌な予感ほど当たるものはない。
この目の前の男は、三忍の1人であるガマ仙人こと、“自来也”だ。

実はナルト、この“自来也”に憧憬を抱いていたのだ。
何せ父、四代目の師匠でもあるのだから。
ミコトとして火影邸を出入りできるようになって、医療だけでなく、父のこともちゃっかり調べていたナルトは、すぐに「自来也」に興味を持った。自来也の師匠は三代目火影様ということで、ナルトは直接火影様に色々と話を聞こうと思ったのだった。

特別上忍見習いになってから、時々火影様と火影室でお茶をしていたミコトは火影様と話す機会は多かった。のんびりとお茶とお菓子を楽しみながら、医療についての話から綱手の話へ、そしてさりげなく自来也について火影様に尋ねてみたところ、

「あやつの実力はわしと同じくらいかのぉ」

なんて仰っていた。
それはなんとすごいことだろうか。里の長と同じくらいの実力だなんて。(実際、自来也の実力は火影以上と言われているのだが、そのことを三代目自ら言うつもりはないらしい。)
それ以外に自来也については、仙人であることと蝦蟇を口寄せするくらいしか、ナルトは火影様から情報を得られなかった。
彼がどんな人か尋ねれば、何故か話を逸らされてしまうのだ。弟子である自来也について話す火影様が、彼を嫌っているようには見えなかったが、彼には何かあるようだ。あまり自来也のことを尋ねていれば、怪しまれるのは自分なので、ナルトも深く探りはしなかった。が、彼はまだ生きていると言うではないか。
ぜひとも会ってみたいと思ったが、彼はもう数年も里に姿を見せていないらしい。

「残念です・・・」

諦めたようにそう漏らしたナルト――その時はミコトに、火影様は満面の笑みを返したとか・・・


しかし、少ない情報はナルトの中の憧憬をますます膨らませたのだった。
火影様とお話したあの時以来、ナルトが自来也について口にしたことはないが、ナルトはある物に非常によく反応を示す。それは、「カエル」グッズだ。
とは言っても、医療の本にお金を掛けるナルトには、カエルのグッズを集めることはできなかった。が、しかし、それでも1つだけ、役に立ち、尚且つ身につけられる物をナルトは買っていた。そう、それは、

がま口財布の“ガマちゃん”だ。

カエルを模したその財布。
ナルト曰く、「ガマちゃんは膨らんでいる時がかわいいので、お金がよく貯まるんですよ」とのこと。お金が貯まれば医療の本が買え、その貯めている間ガマちゃんが膨れて可愛い、とナルトにとっては一石二鳥らしい。でも、このガマちゃんを買ったのは“自来也が蝦蟇を口寄せする”、“自来也に憧れて”という理由だったり。

――ガマちゃんには罪はないガマちゃんには罪はないガマちゃんには・・・・・・

頭を抱えながら自分にそう言い聞かせるナルト。
全く持ってその通り。いくら覗きという罪を犯している自来也が蝦蟇を口寄せするからと言って、カエルさんたちには罪はない。

まさか自来也にこんな趣味があろうとは。
いや、よく考えれば、大蛇丸だって変わっているし、綱手だって賭博好きと言うではないか。その中の1人である自来也に覗き趣味があるのは、おかしなことではないような気がする。もちろん気だけだ。が、たった今目の前で起こった出来事に、ナルトはかなりの衝撃を受けていた。
それはそうだろう。5歳の時から今まで、ずっと目の前の人物に憧憬を抱いていたのだから。

――あれ・・・? もしかして・・・

頭を抱えていたナルトは、ハッと重大なことに気づいた。
自来也は父、四代目の師匠である。と、言うことは、


――・・・・・・・・・父さんも・・・覗き趣味が・・・?


覗きをしているところをカカシ先生にバレて、土下座?

・・・・・・話は繋がる。それも上手く。

――なんてこと・・・!!

師匠の趣味が弟子の趣味なんてことは決してないのに、自来也ことでかなりのショックを受けたナルトが、冷静に考えることはできなかった。



見得切りがきまった自来也は、口寄せした蝦蟇を消し、目の前の少年を見つめて眉間に皺を寄せた。

――・・・こいつ・・・・・・大丈夫だろーか・・・?

頭を抱えながら「ガマちゃんには・・・」とかブツブツ呟いているこの目の前の少年は。
一体どうしたのだろうか。謎の「ガマちゃん」の呪文が終わると、ハッと顔を上げ、段々とその顔を蒼白くしていく。

「お、おい、そこのボウズ・・・大丈夫か?」

内心あんまり関わりたくねーのォ、とか思いながらもとりあえず声をかけてみる。自来也は目の前の少年に、なんとなくだが自分が悪いような気がしたのだ。
その少年はと言うと、弾けたようにこちらに顔を向けた。・・・かと思えば、ズンズンと近づいてくるではないか。

思わず後退さる自来也。

先ほど睨みつけてきた目は生き生きとしていたのに、今はその目に何も浮かんでいない。無表情で近づいてくるその少年は、かなり恐ろしい。
後退さる自来也に、それよりも早く近寄ってきた少年は、

「な、なんだってーの!?」

突然ギュッと自来也のお腹辺りの服を掴んだのだ。背の低い少年を見下げる形になっているため、顔を一向に上げようとしない少年の表情は自来也には窺えない。
自来也が声を上げてからしばらくすると、少年からため息が聞こえてきた。そして、意を決したように顔を上げた少年は、


「と、・・・四代目は覗き趣味を持ってましたか・・・?」


震える声でそう尋ねてきた。その内容にポカンとする自来也。
突拍子もない内容に、ただただ唖然とする。
そんな自来也に少年は再び「持っていたんですか」と、先ほどよりも丁寧に、はっきりと問う。

――本当に・・・なんだってーの・・・。

頭を抱えながら呪文を唱えたり、顔を蒼白くさせたり、無表情で近寄ってきたかと思えば四代目の覗き趣味がどうの、と尋ねてきたり・・・変な少年である。
あまりに変な少年だったため気づかなかったが、そう言えばこの少年は四代目に似ているな、と自来也は今頃になって思う。
自分の顔をまっすぐ見つめる真剣な顔は、とてもよく似ている。

――・・・・・・ナルト、か。

もしもあいつの子であるならば、この少年の名は「ナルト」のはずだ。そして、この里で流れている噂の「ナルト」だろう。
じっと少年の顔を見つめていた自来也は、そっと両手でその少年の頬を包む。と、少年は少し驚いたように目を開いたが、すぐにまた真剣な眼差しで自来也を見る。

――そっくりだのォ。

自来也の行動、それは少年の頬の三本の髭を隠すためのものだった。それを隠してしまうと、目の前の少年は子供の頃の四代目そのものである。懐かしさに目元を和ませる自来也だったが、少年の目が段々と潤んできていることに気づいた。

「持ってたんですね・・・」

自来也の無言を肯定ととったのだろう。
今にも泣きそうな、どこか諦めたような声で少年は呟くと、掴んでいた服を放した。掴まれていたところはしっかりと皺がついていて、少年のこの質問がどんなに真剣なものだったかが窺える。内容はどうでも良さそうだが。
服から手を放した少年は、離れようと思っているのだろうが、自来也が頬を両手で包んでいるためかじっと突っ立っている。ふらふらと視線を漂わせて。少年の目には、もう先ほどまでの力強さはなかった。

――よくわからんがのォ・・・。

自来也は軽くため息を吐くと、

「いひゃっ――!!」

少年の頬を包んでいた両手で少年の頬をムギュッと掴み、そのまま横へと引っ張った。思い切り頬を伸ばされている少年の顔は、どこか笑いを誘っている。が、自来也は笑うことなく、痛がる少年を無視して口を開いた。

「四代目に覗き趣味はないってーの!」

ぐいぐいと四代目にそっくりな少年の頬を引っ張りながら、あいつは師匠である自分の取材を邪魔していたな、なんて懐かしく思う。と、ふと、

――なんでこいつ、ワシにそんなことを訊く?

そんな疑問が自来也の頭に浮かんだ。
確かに四代目の師匠であった自分に四代目のことを訊くのはおかしくない。そのことをこの少年は知っていて質問したのだろうか? とそこまで考えて、

――・・・あんな質問ならワシじゃなくても答えられるか。

と結論付ける。
四代目が覗き趣味を持っていないことくらい、四代目を実際に見たことのある者、この里の大人であれば知っている。たまたま近くにいた大人が自分だったからなのだろう。何故少年が突然、“四代目に覗き趣味がある”なんて思ったのか分からないが。

目の前の少年は自来也の言葉を聞いて、一瞬目を見開き、次の瞬間には安心したように目だけで笑った。口は自来也が頬を引っ張っているために真横にしか開かないのだ。
きっと手を放したら、満面の笑みが見られるだろう。が、

「ったく・・・取材の邪魔しおって」

そう、自来也はこいつらに取材の邪魔をされたのだ。

「イテッ!」

自来也が引っ張っていた手を放せば、赤くなった頬をさする少年。痛いと言いながらも、その口は次には「そっか、そっか」と呟いて、顔を綻ばせている。その様子を見ながら自来也は軽くため息を吐く。と、それを聞いた少年は我に返ったようにハッとして、自来也に向かって首を傾げた。

「・・・取材?」

先ほど頬から手を放す時に自来也が言った言葉だ。
首を傾けた少年を見てニヤリと笑った自来也は、

「わしゃあ物書きでな、小説を書いとる!」

右手を自分の懐に差し入れて、ゴソゴソと何かを取り出した。

「コレだ!」

バンッと勢いよく出したそれに、


「あーーー! それってばぁーー!」


ナルトは再び指を指して激しく反応を返した。
自来也が懐から取り出したもの、それは1冊の本だ。

「お! お前知ってんのォーコレ?」

ナルトの反応に嬉しそうにそう言う自来也をナルトは無視して、その本を鋭く睨み付けた。
その本の名は「イチャイチャパラダイス」。ナルトたちの担当上忍であるカカシの愛読書だ。下忍選抜試験の時、ナルトと1対1で勝負する際にカカシが読もうとしたものだ。が、実はナルト、それ以前にその本を見たことがあるのだ。
正確に言うと、聞かされた、のである。


下忍選抜試験前夜、カカシについて火影邸で調べ終えたナルト――もちろんミコトの姿――が帰ろうとしていた時だ。
たまたま廊下で本を読んでいたカカシに出会い、挨拶をして帰ろうとしたナルトだったが、ナルトはカカシの読んでいるものが非常に気になってしまった。とてもカカシが楽しそうにそれを読んでいたから。
その時カカシの手でその本の表紙は隠れており、全く中身の予測ができなかったナルトは、その本が何なのかを尋ねたところ、なんと、カカシがその本、「イチャイチャパラダイス」をナルトに音読し始めたのだ。
突然のことだったため、少し内容を聞いてしまったが、その後・・・・・・


・・・その後?


そういえば、その後何があっただろうか?
それに、自分はその日どうやって帰ったのかを全く覚えていない・・・。
・・・・・・いや、今はそんなことはどうでもいい。とりあえず、18禁を聞かされるという酷い目にあったのは確かだ。

そんなことがあったために、下忍選抜試験でカカシがナルトに“ドベ”と言ったことと、その本をナルトの目の前に出してしまったことが相俟って、あの時、ナルトはちょっと叩くつもりだった攻撃の力加減を誤ってしまったのだった。

まさかその本の作者が目の前の人物だったとは。
ナルトは無言でじっと本を睨み続けていると、


「なんだボウズ・・・この本が読みたいのか? ダメだダメだ! これは18禁だからの!」


ニヤニヤと笑う自来也に誤解されてしまった。

「ち、ちげーってば!!」

勘違いされては堪ったものではない、とばかりに慌ててナルトは首を振った。



――コロコロと表情が変わる奴だのォ

自来也はニヤニヤと笑いながら、本を懐へと仕舞う。と、顔を真っ赤にして首をブンブンと横に振る少年と一緒に視界に入ったのは、先ほど蝦蟇にやられてそのままになっている黒ずくめの男、特別上忍のエビスだ。この男と一緒だったということは、

「修行か・・・・・・」

確か取材中に、この倒れている男の「水の上を歩く」とかいう言葉が聞こえたな、と思い出した自来也がボソリとそう呟いた。すると、

「しゅ、修行見てくれんのか!?」

ナルトが透かさず反応した。それはもう目を輝かせて。
彼が覗き魔のスケベだと分かって、ショックを受けたナルトだったが、自来也への憧れは消えていなかったようだ。実力は火影様と変わらない(本当はそれ以上の)自来也に、もしかしたら修行を見てもらえるかも、と期待を大きく膨らませる。が、

「ワシは口の利き方を知らん奴が大嫌いでのォ!!!」

自来也が凄い形相で、少年の言葉を否定する。
まさか先ほどの小さな呟きが聞こえていたとは・・・内心軽く驚いた自来也は続ける。

「それにおと「俺さ!!」・・・・・・何だ?」

しかし、それはナルトによって遮られた。
ナルトは直感的に、その言葉の続きを言わせてはいけないと感じ取ったようだ。

「俺さ、うずまきナルト!! 今年アカデミーを卒業して下忍になったばかりだってばよ! 1ヵ月後の中忍試験本選のために修行しないといけなくて・・・修行見てくださいってば!!」

よろしくお願いします! と45度に腰を折ったナルトのお辞儀は、それはもう綺麗なものだ。突然のことに呆気にとられる自来也だったが、

――やはりナルト・・・か

ナルトだと分かってはいたが、こうして本人から言われると、感慨深いものを感じる。

ある組織を追っている自来也は、そこでナルトについての情報も耳に入れていた。とは言っても、それは木の葉の里に流れている噂や、里に戻ってきてアカデミーに入学した、とかそれくらいのレベルだ。アカデミーに入学すると言う情報が入るまでは、生きているかが問題だったのだから。自来也としては、生きていたことは嬉しいが、そのまま姿を現さないでほしかった、と思う。が、それはもう変えることはできない。

ともかく、目の前の少年には謎が多い。

今分かったのは、ナルトは四代目に興味があるらしい、ということだ。
こいつの夢も火影になることだろうか、と思うと少し複雑なものである。
その夢は彼にとってあまりにも難しい。かと言って、自来也がそれを止めるなんてことはしないけれど。

――ちょうど良い・・・

ここで修行を見れば、ナルトが今どんな状態かを見ることができる。
この短時間でコロコロと変わる彼の態度は、どれが本物なのか、見極めるのも面白い。
そして、一番肝心である九尾の封印がどうなっているか、確かめる必要があるだろう。何せ、今までナルトは姿を消してしまっていたために、その封印の仕組みがどうなっているかなど誰も知ることができていないのだから。
自来也はわざと「う~む」と唸り声を上げると、大きく頷いて言った。

「まぁ、良かろう。修行は見てやる」

それを聞いてガバッと姿勢を戻したナルトが、「よっしゃー!!」と叫ぶ。よほど嬉しかったのだろう、飛び跳ねてその喜びを表現している。なんとも子供らしい彼に、自来也は苦笑する。と、視線を池の方へと持っていく。

「水の上を歩くってのは・・・水面歩行の業だが、やり方は分かるか?」

自来也が呼びかけるまで「ひゃっほー」とか良いながら飛び跳ねていたナルトは、振り返ってニッと笑った。

「おう! 木登りの応用で、まず足にチャクラをためて、それから常に一定量放出! んで、体の重さと釣り合わせれば良いんだろ!」

「お、おお、その通りだのォ・・・」

エビスはそこまで説明していただろうか・・・と少し疑問に思った自来也だったが、取材の方に集中していたため、聞き逃していたのだろう、と自分を納得させる。

「まずはその通りにやってみろ」

「オウ!」

元気よく駆け出したナルトは、池へと向かっていく。そして、そのまま、


「どう、どう!?」

まるで地面と変わらないように水の上へと降り立ったナルトは、水の上ではしゃいでいる。

――ほう・・・

心の内で感嘆の声を上げる自来也は、それとともに違和感を覚えた。
水の上ではしゃぐナルトは、すでに完璧と言ってよいほど、チャクラコントロールができている。ただ水の上に立っているのではなく、歩き、飛び跳ねることまでできているのだ。
別に自来也はいきなりナルトがそれをできたことに驚いているのではない。
彼は謎の多い少年だ。これくらいの基礎に近いチャクラコントロールの修行は、もう身につけていたのだろう。いつから、と言うのは分からないが、あの様子だと相当この修行は積んできたようだ。

しかし、おかしくはないか?

彼がどうしてあそこまで完璧にできるのか。・・・とは言っても、自来也にはまだ九尾の封印がどうなっているかを知らないため、何ともいえないが。九尾の封印が完全にそれを押さえ込むような仕組みになっているならば、目の前のナルトの今の状態はなんらおかしくはない。が、

そんなことを四代目がするだろうか?

これからのナルトのことを考えれば、九尾のチャクラを完全に封じ込めてしまう、なんてもったいないことをするだろうか。いや、彼がそんなことするはずないだろう。もちろん、これからナルトの身に起こることを彼が予測できていた、とは言い切れないけれど。
それでも、自来也は彼が息子に無駄なものを残すなんて考えられないのだ。
自来也の推測が当たっているならば、恐らく九尾のチャクラが使えるような封印式になっているはずだ。しかし、そんな封印術は今現状には巻物のどこにも記されていない。巻物にある“四象封印”、あれはただ尾獣の力を押さえ込むものであり、尾獣のチャクラが還元できるようになってはいない。
そのため、彼が独自に還元できるような封印式を作ったと考えるしかない。もしそうならば、今のナルトは少し、いや、かなりおかしい。

チャクラコントロールが完璧すぎるのだ。
それは水の上で10分以上分経っても変わらず、あれからずっと池の上を歩き回っていたナルトは、疲れた様など全く見せていない。まだ、たった10分と少しだが、この修行が初めてであったならば、途中でバランスを崩したりするものだ。しかし、ナルトにはそんな様子が全く見られない。それは彼がこの修行が初めてではないことを示しているのだが・・・・・・それにしても、完璧すぎる。

「もう良いぞ」

ちょっと来い、と自来也が手招きをすれば、てくてくと嬉しそうに戻ってくるナルト。
その顔には「次は何をやるの?」と書いてある。なんとも分かりやすい子供だ。
自分のそばに寄ってきたナルトに、自来也は少し厳しい表情で口を開いた。


「脱げ」


それはたった一言だった。が、その内容についていけず、思わずナルトの口から「へ?」と間抜けな声が漏れる。それに自来也が大袈裟にため息を吐いた。

「聞こえなかったのか? 脱げと言っておる」

「と、突然なんだってばよ?」

訝しげに自来也を見れば、再び彼はため息を吐く。

「なんだ・・・1人で脱げんのか?」

「いや1人で脱げる・・・って、そうじゃなくて!」

どうも話が噛みあっていない。きちんと説明もせずにただ「脱げ」とだけ言う自来也に、ナルトは眉間に皺を寄せた。そしてついには、

「しょーがないのォ・・・」


ワシが脱がしてやる。


そう言って怪しげな手つき(何故か顔も怪しげに見える)で近づいてくる自来也に、声も出せずにいたナルトは――――








「お前、なかなか、やる、のォ・・・」

少し話し辛そうに呟いた自来也の左頬は大きく腫れ上がっていた。
先ほど、自来也がナルトの上着に手をかけた瞬間、ナルトの右ストレートが自来也の左頬に入ったのだった。それによって軽く何メートルか吹っ飛ばされてしまった自来也が、とぼとぼと歩いてもどってくる。
見得切りがきまった時には大きく見えた背中が、今は小さく見える。

――こいつのこの馬鹿力は・・・・・・綱手並みでは・・・?

左頬をさすりながら、恐ろしい考えに行き着いた自来也の顔色は悪い。
そのナルトはと言うと、まるで猫のように、近づいてくる自来也にフーフーと威嚇している。

「このエロ仙人!! いきなり何すんだってばよ!! ま、まさか、そんな趣味まで持って・・・」

「なっ!! 何を言っとる!! ワシは男は好かん!!!」

「じゃあ、今のはなんだってばよ!!」

「そ・・・れは、だな・・・・・・」

確かにいきなり服を脱がせにかかったのは失敗だっただろう。
封印式がどうなっているのかを見たかったのだが、よく考えたら九尾の封印式がナルトのどこにあるのか知らないことを今になって気づいた自来也だった。
気を落ち着かせるために、自来也はゴホンと1つ咳払いをした。

「あー・・・今のはすまんかったのォ」

「・・・・・・」

無言のまま腕を組んでそっぽを向いてしまったナルト。どうやら完全に彼の機嫌を損ねてしまったようだ。この状態では何も聞いてはくれないだろう。
ため息を吐きそうになるのをぐっと堪え、自来也はニッと笑う。

「これからとっておきの技を教えてやる!」

「なにぃなにぃ!」

なんと機嫌が直るのが早いこと。自来也の一言に間髪入れずにナルトが飛びついた。
そのたった一言で、ナルトはさっきまでの態度が嘘のように、綻ばせた顔を自来也に晒している。

――現金な奴だのォ。

目の前のナルトの変わり身の早さに苦笑を漏らす。と、わくわくしながらじっと見つめてくるナルトの目線に合うように、しゃがみこんだ。

「まずその前に・・・お前に理解してもらっとくことがある・・・」

何を? と首を傾げるナルトを見て、自来也は一呼吸入れ、いつになく真剣な表情を作る――が、それは左頬が腫れているため、半減してしまっている。

「お前はチャクラを2種類持っとる・・・」

四代目ならば、九尾のチャクラを使えるような封印式にしてあるはずだ、と自来也は確信していた。無駄なことをするような奴ではないのは、師であった自分が一番分かっているつもりだ。
今から教える術は、今のナルト自身のチャクラだけでは全然足らないため、必然的に九尾のチャクラを使わざるを得ない。のだけれど、

――いきなり九尾の名を出すのはのォ・・・

少年がどこまで自分のことを知っているのか分からない。いきなりそんなことを言われても彼を混乱させるだけだろう、と思い、このように言ったのだが―――


「・・・・・・ボウズ・・・お前、ワシの言ってることを分かっているな」

疑問ではなく、そう言い切った自来也に、少年の肩が揺れた。
「2種類のチャクラ」と言ったところで、少年の顔が一瞬強張り、手で咄嗟にお腹を押さえたのを自来也は見逃さなかった。

――そうか・・・腹か。

封印式のある場所はお腹で間違いないようだ。まさかそこまでナルトが知っていようとは。
無言のまま俯いてしまったナルトの表情は分からないが,服の上から下腹部を撫でる仕草が柔らかい。それはどこか、妊娠中の母を思わせるような仕草だ。
あまりにも穏やかなそれに、次のことを言い出せないでいる自来也に対し、ナルトは眉根を寄せ、複雑な表情で撫でている自分の腹を見つめていた。


――九尾のチャクラですか・・・。

自来也がこの話題を出したということは、「とっておきの技」というのが、自分自身のチャクラだけでは足りないということをナルトはすぐに理解した。が、

――・・・・・・使えません。

使えない。

いや、違う。


使いたくないんだ。


人の持つチャクラと明らかに異なるこのチャクラは、ナルトにとって懐かしく、心地よいものである。
姉と似ているこのチャクラは、姉を思い出すことのできるものの1つだ。父、九尾が封印されていることで、自分には姉がいたのだ、と確信が持てる。

今となっては、姉との唯一の繋がりだ。

しかし、里の者たちは違う。
この繋がりは、里の者たちにとって家族を奪った恐るべき“化け物”の力だ。

そんな力を誰が好んでこの里で使うだろうか。ましてや里中で、だなんて冗談ではない。
いくらコントロールができるとはいえ、これを使えばますます里の者たちに恐怖を与えることになる。誰もこのチャクラを忘れてはいないはずだから。
だから使いたくない。
人間として認められたいなら、使うわけにはいかない。

みんなを怖がらせたくないんだ。



――――でも本当は、



そんな綺麗な理由じゃないでしょう?




「 ! 」

頭の中に響いてきた声にハッとする。それは、

「ね・・・さん・・・」

もう会うことのできない、家族の1人。

「・・・何か言ったか?」

お腹を撫でる手を止め、何かを呟いたナルトに自来也が聞き返すも、それにナルトが答えることはなかった。

今のナルトには誰の声も届かない。



3歳の時に亡くなった姉、その姉の顔をナルトは今でも鮮明に思い出すことができる。
普通ならばその頃の記憶など薄れていってしまうもの。ナルトもそうだった。
姉に教えてもらったことは体で覚えているようなものの、姉の姿は段々と薄れていく。幼い頃の記憶など、余程衝撃的な事がない限り覚えているものではない。ナルトの記憶の中の最後の姉の姿は、一番姉の自然な姿で。それは狐の姿だった。

一緒に過ごした姉の人型の姿は、どんなものだったか?

そんなことを思ったのはこの里に戻って来てすぐの頃だっただろうか。
この疑問が頭に浮かんだ時、ナルトは恐怖した。唯一の家族と言っても過言ではない姉の姿を忘れてしまうなんて。思い出そうとしても、思い出せるはずもなく、自分に憤りを覚え、そしてどうしようもないことに失望しかけた。が、しかし、それは意外なところで解消されることとなった。

ある時から姉の夢を見るようになったのだ。

それはとても鮮明で。人の姿に変化している姉と自分がいる夢。
そのおかげで、今では姉の顔を思い浮かべれば、それははっきりと描くことができる。
でも、その夢も最近では見なくなっていた。その理由になんとなくナルトは気づいている。が、その夢は何度も何度も見ていたため、内容はすっかり覚えてしまっている。


・・・・・・今日は疲れているみたいだ。
まだ昼間だと言うのに、あの夢の中の姉の声が聞こえるなんて。



その声が頭の中でわんわんと響いて、痛い。



――人間ならそんなに早く傷は治らないものね。

・・・・・・姉さん・・・・・・。

――あなたの夢はそれを隠すためでしょう?

・・・ち・・・がいます・・・。

――いつまで隠せるかしら?

・・・・・・・・・やめて。

――あなたは九尾でしょう?

やめて!

――あなたは“人間”じゃないわ。

やめてやめてやめて!!!


耳を塞いで、必死にその声を頭から追い出そうとする。
姉はそんなことを言わない―――でも、

絶対に言わない?

・・・わからない。

「九尾ではない」と言ってくれた姉は本物だったのだろうか?

・・・わからない。

やはり今日は疲れているようだ。
いつもなら姉がこんなことを言わない、と言い切れるのに。

姉の夢を見始めてから、何度も思ったことがある。

自分がいなくなることがこの里のためになる、と。
みんな喜んでくれる、と。

でもそれは違う、と言い聞かせてきた。
初めて見た里中は、キラキラと輝いている中にも闇が潜んでいた。その闇を“ナルトの死”という形で晴らしたくはない。いくら里のためだと言われても、自分にもみんなと同じように好きなことがあって、今ではしたいこともある。

でも、それはもう無理かもしれない。
頭の中で響く姉の言葉は正しい。

正しいんだ。


視界が真っ暗になる。心が壊れてしまいそうだ。


――あなたは化けも・・・

黒く染まっていくナルトの心に――


「ナルト!」


―――小さな光が差し込んだ。


「あ、あ・・・」

暗いのは嫌だ。

もう1人になるのは嫌だ。

だって、姉といた時の温かさを、里に来て思い出してしまったから。
自分を認めてくれる人ができてしまったから。

その光に手を伸ばせば、


「おい、ナルト!」


その先には――――










「エロ仙人・・・」

「・・・・・・おい」

エロ仙人はないだろーが、と項垂れる自来也の顔が映った。その顔があまりにも近くて驚いたが、それもそのはずだ。しゃがんでいた彼に、両腕を掴まれているのだから。

「ボウズ・・・ワシの話を聞く気がないのか?」

ジトッと睨む自来也に、ナルトは「あ」と声を上げた。
そうだった、とっておきの技を教えてくれるんだった、とまだ少し痛む頭が思い出す。

「聞く聞く!! 聞くってば!」

だから手を放して、と顔に笑顔を乗せて自来也に頼む。自来也も言われて気づいたのか、パッとすぐに放したが、何故か自分の顔を見て、自来也はわずかに顔を顰めた。
しかし、それもほんの一瞬のことで、自来也はわざとらしいため息を吐くと、

「ボウズの腹に・・・何があるか分かっているな?」

両手の人差し指でナルトのお腹を指し、そう言った自来也の顔は真剣そのものだ。
その言葉に、ナルトは自分の顔が引きつったのを感じた。
ズキズキと頭の痛みが増してくる。が、それを気づかれたくない。それに、

「九尾・・・だろ」

嘘はつけない、そう思った。別に嘘を吐くつもりではないが。
頭は痛いが、もうあの声は聞こえてこないことに安堵する。
はっきりと答えたナルトに、自来也は特に驚いた様子もなく話を続けた。

「分かっているなら話が早い・・・お前の腹にはその九尾の封印式があるのだろ? とりあえずそれを少し見せてくれんかのォ」

その言葉にナルトはふと、「脱げ」と言った自来也のことを思い出した。

――ああ・・・このためだったんですか。

「・・・・・・それを早く言えってば」

あれじゃただの変態だってばよ、と愚痴りながら、上着に手をかける。その時、自来也が顔を引きつらせたのだが、ナルトは気づかなかった。
いそいそとナルトは上着を脱いでいく――――かと思いきや。


「・・・・・・ボウズ・・・その中途半端なのは、何だ?」

思わず自来也がつっこみを入れた。
今のナルトの状態は、ただ上着をお腹だけが見えるように捲っているだけなのだ。

「べ、別にこれで見えるだろ!」

「確かにのォ・・・、でも男なら堂々とだなぁ・・・」

と、そこで言葉を切ると、自来也は何故かニヤリと笑った。が、それもほんの一瞬のことで、すぐにそっけなく「まぁ良い」と言い直したので、ナルトはホッと息を吐いた。今の怪しい自来也の笑みは、まだ痛む頭のせいで見間違えたのだろう。
とは言っても、もうだいぶ頭痛は引いてきたのだけれど。

「・・・何もないようだが?」

視線を下に落とした自来也が、ナルトの腹を見てそう呟く。

「チャクラ練ると浮き出てくるからさ」

ちょっとこれ持ってて、とナルトは上着の裾を持つように頼む。が、

「これ以上服捲り上げたら変態とみなすってばよ」

しっかり釘を刺す。思わず眉間に皺を寄せる自来也。

「・・・扱いが酷くないか?」

「疑わしいことばっかしてるからだってばよ」

それを聞いて思い切り項垂れる自来也をナルトはクスクスと笑う。
そんなナルトをチラリと視界に納めて、自来也は大きくため息を吐いた。

――・・・手強い相手だの・・・。

とりあえず封印式を見せてくれるというのでそれに従う。が、自来也の顔は仏頂面だ。しかし、それは次の瞬間、

「お前・・・掌仙術を・・・!」

驚愕に塗り替えられた。
上着を持った直後、伸びてきたナルトの手が腫れた頬に当たった途端引いていく痛み。それと同時に感じるのは心地よいあたたかさ。
人を癒すことのできる高度な術だ。
自来也は驚きを隠すことができず、しばらくその状態で呆けていたが、視界の中で何かが変化していることに気づく。視線を落とすと、そこにはじわじわと臍を中心にした封印式が浮かんでくるのが目に入った。

――四象封印が2つ・・・二重封印・・・

四象封印は尾獣の力を押さえ込む封印式だ。
しかし、この子の腹(見たところ“臍”を中心にして封印式は描かれている)の中のものは尾獣の中でも最も強い「九尾」だ。完全に押さえ込めるはずがない。そこで四象封印を2つ重ねることで、封印の間から漏れる九尾のチャクラをナルトに還元できるように組んであるようだ。

しかし、それはあくまで“還元”できるように、だ。

それは自来也の予想通りではあった。
この子の未来を守るために、四代目が還元できる仕組みを作っていた。それはいい。
問題なのは、

――どうして掌仙術が使える?

この封印式が施されたナルトが医療忍術のような、繊細なチャクラコントロールを求められるものを使えるはずがない。
できるはずがないのだ。
しかし、確かに今、頬に当たっているナルトの手からはナルト自身のチャクラ以外のものが漏れ出ているようには全く感じられない。

この封印式は完璧に九尾のチャクラを封印しているわけではない。
四象封印を二重に施しているため、かなり強力なものとなってはいるが・・・還元されたチャクラはどこにいっているのだろうか?

ここで自来也は2つの仮説を立てた。
1つは、まだ体の小さなナルトのこと、無意識に体が負担を避けるために九尾のチャクラを拒絶している、というもの。
そしてもう1つの仮説は、ナルトが意識的に九尾のチャクラを抑えつけている、というものだ。

普通に考えれば1つ目に上げた仮説だと思う。だが、その仮説はなんとなく自来也にはしっくりこないでいた。いくら体が九尾のチャクラを拒絶しても、それは少しでも漏れ出ているはずなのだ。封印式がそのような仕組みになっているのだから。

おそらく、ナルトは意識的に九尾のチャクラを抑えつけている。

それは決して不可能なことではない。漏れている九尾のチャクラがほんの少量であれば、己のチャクラで抑え込める。ナルトはそれを自分のチャクラで抑えつけた上で、術を行使しているのならば。

――・・・一体どれだけの修行を・・・

ナルトはかなりの修行を積んでいる。それはさっきの水面歩行でも気づいたことだ。
チャクラコントロールにはこの修行が効果的である。が、何を思ってナルトは医療忍術を会得したのだろうか。

自来也は内心顔を顰める。
ナルトは自分に九尾が封印されていることを知っていた。それを知っていて医療忍術を会得するだなんて。いくら漏れ出る九尾のチャクラが少量だからと言って、それを完璧に抑えつけるなど至難の業だ。
それに、九尾のチャクラを抑え込むなど、それだけで体に負担がかかる。その上に医療忍術だなんて・・・―――


「さっきの、冗談だってばよ?」


その声にハッとして視線を上に戻す。そこにはいたずらっ子のような無邪気な笑みを浮かべたナルトの顔があった。
ああ、見た目だけなら父親似だが、こんなところは母親似だな、と唐突にそう思う。
じっとその顔を見つめていると、ばつが悪そうにナルトが頬をかいた。

「それと・・・殴ってごめんなさい」

自来也が上着を脱がそうとした時、ナルトは本気で焦っていた。なぜなら、彼の首には肌身離さず掛けている父の首飾りがあったからだ。そのため殴ると言う暴挙に出てしまったが、近づいてくる自来也があまりにも不気味だったためそれは仕方なかったかもしれない。

両腕を頭の後ろに回してニシシと笑うナルトを見て、自来也はもう治療が終わっていたことに気づいた。

「ワシがあれしきのことでやられると思うなよ」

ニヤッと笑った自来也。だが、その顔は心なしか青く、怯えているようにも見える。
それは何かを思い出しているようで・・・

「そ、そうだってばよね! なんせ仙人だもんな!」

何に怯えているのか訊いてみたいところではあるが、ナルトはあえてそれに触れないことにした。
ナルトの言葉に気をよくしたのか「そうだ、ワシは仙人だからの!」と高笑いする自来也を見て、ナルトは苦笑する。と、いまだに自来也が自分の服を持っていることに気づき、今度はそのことで苦笑する。結構な時間、自分はお腹を出しっぱなしにしていたのだ。

「もういいってば?」

服、離して? と言うと、自来也は高笑いを止め、ゆっくりとこちらに顔を向けた。そして。

彼は、ニヤッと笑った。

それにハッとしたナルト。
それは先ほど見間違えたと思った笑みと同じもので。

――まさか!!

いかにも怪しい笑みを浮かべた自来也に、慌ててナルトが服にかかっている自来也の手を払いのけようとする。が、


「――・・・ッ!!」


それは遅かった。
自来也がナルトの上着をガバッと上に捲り上げたのだ。
ナルトの首には四代目の首飾りがかかっている。自来也がその首飾りを知らないわけがないだろう。もしかしたら取り上げられてしまうかもしれない。
何せ、四代目はこの里の英雄だ。
その英雄の遺物を里の汚点である自分が持っているなんて、きっと里の者たちには耐えられないはずだ。いくら親のものとはいえ、そのことを里の者たちは知らない。
それをナルト自身、言うつもりもないが。
四代目が父だと言うことで、自分が里のみんなに認められるのは、何か違うのだ。

自分と言うものを知ってもらって、心から認められたい。

だから、ナルトは四代目が父であることを言うつもりはない。
とは言え目の前の人物、自来也は四代目の師である。恐らくは自分が彼の息子だと知っているのだろう。だからと言って、この首飾りを取り上げないとは言い切れない。

声にならない悲鳴を上げたナルトの胸元をじっと凝視する自来也。そして、

「なんだ・・・なんにもついてないじゃねーの」

マークでもあるのかと期待して・・・・・・などと実につまらなそうに呟く自来也に、ナルトは自来也の手を引き剥がし上着を正すと、眉間に皺を寄せた。
何もないはずはない。
・・・はずはないのだが、どうやら上着に上手く引っかかって、一緒に捲り上げられたようだ。
そのことにホッと息を吐くナルトだった。が、

――・・・・・・やっぱり“エロ仙人”です!!!

きちんと釘を刺したというのに。
このあだ名はパッと頭に浮かんだものだったのだが、これほどこの名が似合う者はいないだろう。男は好きではないと言っていたくせに。何を思って自分の服を脱がそうとしたのだろうか。キッと自来也を睨む。が自来也は気づいていないのか、顎に手を当てて何事かをブツブツと呟いている。「ネタ」とかどうとか・・・。
しばらく睨み続けていたが、なんだか馬鹿らしくなって、ナルトは小さくため息を吐く。と、ふと先ほどの自来也の言葉を思い出した。

――マークって・・・?

九尾の封印式以外に、何か自分の体にあるのだろうか。
自来也はいまだに何かをブツブツと呟いている。そんな自来也に、ナルトはコクリと首を傾げた。



――あんなに嫌がっていたから、どんなにすごいのかと期待していたのだがのォ・・・

ナルトくらいの少年相手だったら、きっと姉ちゃんが相手で、あーんなことやこーんなことを教えてもらって・・・なんてところまで妄想していたエロ仙人こと自来也は、それをネタにできないか、と考えていたようだ。しかしそれも少年の傷一つないきれいな胸元に、見事に裏切られることになったが。

はぁ・・・とため息を吐いた自来也は、ふと視線を感じた。
なんだろうか、とその視線に目を向ければ、澄み切った青にぶつかった。
雲ひとつない、澄んだ青。それを見ていられなくて、思わず自来也は顔を逸らした。

――・・・・・・ワシって、腐っとるの・・・・・・

そっと瞑った瞼の裏に、目の前の少年にそっくりな弟子が、大きく頷いているのが見えた。
なんだか急に悲しくなった自来也だったが、もう今更のことだ、と開き直る。
ゴホンと1つ咳払い。

「お前の腹の・・・九尾を知っているなら話は早い」

真剣な顔をナルトに向ける。そのナルトは、また顔を強張らせた。

「わしの教える技は「イヤだ!!」・・・オイ」

今から説明をしようとするところで、ナルトの声が割って入る。

「どーせ、そのチャクラを使え! とかなんとか言うんだろ! 俺ってば自分の力だけでもじゅーぶんつえーってばよ!」

そう言ってナルトはニシシと笑った。自来也と言えばポカンと口を開けて間抜け面を晒している。
今のナルトの言い方では、この封印式の仕組みを知っているような言い振りではなかっただろうか。と言うことは、やはりナルトは意識的に九尾のチャクラを抑え込んでいる、ということになる。それに、九尾のチャクラを意識的に抑え込んでいるのなら、それとは逆に九尾のチャクラを使うことができるということを知っていてもおかしくはない。

無意識に、頬の筋肉が緩むのを自来也は感じた。

ただ単に、面白い、と思った。九尾を抑えつけられるナルトのその精神力に。そして、こいつの父、四代目のような10年に1度の逸材と思われる人物を再び見つけることができた、という喜びに思わずニヤリといやらしい笑みが浮かんでしまう。
よほどそれが怪しかったのか、笑っていたはずのナルトは怪訝な顔でこちらを見ていた。さっきのこと――取材(覗き)や服を脱がすなど――もあって、これ以上怪しまれてはさすがにやばい、と自来也はその表情を内に引っ込める。と、

「そうは言うがの・・・それはお前の最大の武器になる」

ビシッと両手の人差し指でナルトの顔を指す。
自来也はぜひともナルトを育ててみたいと言う興味に駆られていた。九尾のチャクラを抑えつけることができるこいつなら、それをコントロールできるのではないか、という期待を胸に抱いて。

「・・・イーヤ!」

ついっと顔を逸らすナルトに、自来也は眉間を寄せる。

「何をそんなに・・・」

怯えているのか。
それは口には出さず、じっとナルトを見る。
確かに九尾の力を使いたくない、という気持ちは分かる。何せこの里の者たちは九尾に敏感だ。自来也自身は九尾のチャクラを知っているわけではないので、何ともいえないが、妖のチャクラということで明らかに異質なものなのだろう。
使えばすぐにこの里の者たちに気づかれてしまうほどのものなのかもしれない。が、ようは使いようだ。
それが危険ではない、と示せば良いだけのこと。お前にはそれができる、と。

「俺には必要ねーってば」

プクッと頬を膨らませてしまったナルトを見て、もう何を言ってもダメだろう、と自来也は判断する。

「今日はもう遅い」

ため息混じりにそう言って立ち上がる。すると、ナルトが弾かれたように顔を上げた。眉尻を下げ、オロオロとした目をするナルトに、自来也はプッと笑いを漏らす。

「明日またここへ来いのォ・・・」

もしかしたら自分が嫌いで反抗するのでは? と頭の片隅で思っていた自来也だったが、それは違ったようだ。その言葉に小さく「うん」と頷くナルトの目はとても嬉しそうだったから。

これから教えようとしていることが、自分のしたくないことだとナルトは分かっているはずなのに、その反応は・・・・・・おかしな奴だ、と心の中でまた笑う。と、立ち上がったと思われた自来也は、少し歩いてまたしゃがみこんだ。

「こいつはワシが宿まで連れて行く・・・」

「あ」

たった今思い出した、といわんばかりのナルトの口ぶりに、自来也は堪えていた笑いを吹き出しそうになったが、それをなんとか耐えることに成功する。
今まで忘れさられていたもの、それは黒い丸サングラスをかけた特別上忍、エビスだった。
「よっ」とそれを肩に担いで立ち上がると、歩き出した自来也。だが、


「それを使わないのは宝の持ち腐れだの・・・」


振り向きざまにそう言う。今の言葉の意味を本当はしっかり理解しているのだろう。ナルトが視線を下に落としたのを目に入れると、再び前を向いて歩き出す。と、背後でナルトが小さく、小さく、ぼそりと呟いた。


「それでも・・・イヤなんだってば。だって――――・・・・・・」


自来也は思わず立ち止まりそうになった。が、何も聞こえなかったふりをして、歩を止めることはしなかった。





自来也の背が見えなくなるまで、ボーっと眺めていたナルトは、

「あ・・・エビスさん・・・」

病院に連れて行ってあげればよかった、とふと思う。が、彼はのびているだけで、とくに酷い怪我をしていたわけでもないから大丈夫だろう、と思いなおす。と、ナルトはため息を吐いた。

――・・・修行・・・見てもらえて嬉しいのですが・・・

また「九尾のチャクラを使え」と言ってくるだろうか。
まあ、あれだけ頑なに拒否したのだ。それを使わないですむ他の技を教えてくれるかもしれない。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・」

開いた両手を見ながらそう呟く。
夢の中の姉の言葉が、まだ耳に残っている。

――いつまで隠せる・・・か。

大丈夫、僕は九尾じゃない、人間だ。

そう自分に言い聞かせて。
グッと手を握ると、ナルトもやっとそこから歩き出した。












あとがき

3ヶ月以上も開いてしまい、もう待っていてくださった方もいらっしゃらないかもしれませんが・・・やっと1話だけですが書き上げることができたので、投稿させていただきました。
入試のことで応援してくださった皆様、本当にありがとうございます!
無事大学に受かり、今ではあまりの忙しさになかなか小説を書くまとまった時間がとれず、毎日少しずつ書いてなんとか1話ですが書くことができました。
相変わらずの文章の拙さに涙が出そうです・・・。もっと小説を書くことも勉強したいです。

やっと自来也さんが登場するところまでやってきました。
これからまだまだ話は続きますので、全部で一体何話いくのだろう、と今更なことを考えています。初投稿、初小説で長編に挑戦する私は無謀ですね(笑

本当は次の話までがこの1話にしようと考えていたのですが、あまりの長さに切ってしまいました。次の話は執筆中なのでまた日にちが開いてしまいますが、完結目指してがんばりますので、応援よろしくお願いします。
大学に受かってから、私としては1ヶ月に1話は書きたい! と考えていたのですが、現実にはなかなか難しいようで・・・せめて2ヶ月に1度更新できるようにしたいと思っております。

感想の方に、前回私が陰と陽について書かせていただいたところ、いろいろとそれについて教えてくださった方々がいらっしゃり、とても勉強になりました! ありがとうございます!
ぜひそれを小説に生かせたら・・・と考えているのですが、生かせそうにないダメな作者です・・・。でも本当にありがとうございます!!

↓に15話と16話の間にあった出来事をおまけとして書かせていただきました。もしよろしかったらお読みください。











おまけ





カカシについて気になることを調べ終えたナルト――今はミコトの姿である――は、のんびりと火影邸の廊下を歩いていた。後はもう帰宅して、明日の下忍選抜試験に備えるだけだ。
しんと静まり返った廊下を歩いていると、ふと、ナルトは見知った気配を感じた。
自分が通る道に、静かに佇んでいる気配。
ナルトはそのままその気配に近づいていく。が、相手はまだこちらに気づいていないようだ。ゆっくりとしたペースで歩いていたナルトは、その気配の目の前で立ち止まり、口を開いた。

「お疲れ様です、はたけ上忍」

「うぉっ! ミ、ミコト君・・・!」

おどかさないでよ、と呟く上忍、はたけカカシにミコトはコクリと首を傾げた。

――おどかしたつもりはないのですが・・・

ミコトは自分の気配のなさに、いまだに気づいていなかった。カカシにとっては何もないところから突然声をかけられたようなものなのだから、堪ったものではない。

「ミコト君は今日も読書?」

平静を取り戻したカカシの質問に、「ええ、まあ」と言葉を濁す。
あなたのことを調べていました、なんて言えるはずもなく。

曖昧な言葉を返したミコトに、カカシは「熱心だねぇ」と素直な感想を述べた。
医療に関しての資料は一部屋を埋め尽くすほどある。それを15歳の頃から読み漁っているとはいえ、もうほとんどを読み終えたと言うミコトには感心するしかない。
しかし、医療と言うものは日々進化するもので、読んでも読んでもまた新しいものが出てくる。医者は、良いものを取り入れるために常に学び続けなければならないのだ。医療忍者であるミコトもそう。
新しい本が入れば彼はいつもすぐに読んでいる。が、その読む速さが尋常ではない。どんなに分厚い本も、彼はあっという間に読んでしまうのだ。それでいて、その本の内容を全て覚えている。

一体彼はどうやって本を読んでいるのだろうか。

ミコトの読書姿を見た者なら、このようなことを疑問に思う者も少なくないはず。

「ミコト君って、どうやって本を読んでるの? かなり読むのが速いよね。」

カカシはちょうど良いと言うばかりに、ミコトに尋ねてみた。聞いたからと言って、それができるようになるとは思っていないが。
なかなか彼とお話しする時間というものはない。
任務をもらっている正規の忍たちよりも、下手したら彼は忙しいかもしれない。
病院の仕事だけではなく、こうやってほぼ毎日、本を読みに来ているのだから。
カカシの問いかけに、きょとんとしたミコトは、次いで腕を組んだ。

「そうですね・・・」

腕を組んだかと思えば、軽く握り拳を作った右手を口にあて、視線を右斜め下に向けている。どうやら真剣に考えているようだ。
まあ、すぐに答えられるものでもないだろう。本を読むことなんて、意識してするものではない。本を大量に読むミコトにとって、そんなことを考えたこともないだろう。
カカシはミコトが思考をしている間、

――ほんと先生に似てるなぁ・・・

ぼんやりと、そんなことを思っていた。
初めて会ったときからずっと思っていたことだが、この真剣な時の雰囲気とか、流し目(ミコトが意識して使っていないのは確か)とか、ところどころに先生の面影がある。
しかも、髪や目の色彩、果てはチャクラの質まで同じなのだ。
そんな存在が目の前にいるのに、カカシは段々と不思議な感覚に引き込まれていく。
先生は生きていて、こうやって自分と話をしていて。
九尾の襲来なんてなかったのでは?

――・・・・・・なんてな

今日の出来事で、カカシは現実に引き戻される。
今日会った先生の息子の頬にあった3本の髭のような模様。あれは、生まれたばかりの彼にはなかったものだ。九尾が暴れている中、笑ったあの子にあんな模様はなかった。
怪我でできた傷ではないようだったから、恐らく九尾が封印されたことによって出てきた模様なのだろう。
九尾はしっかりと、この里に大きな傷を残したのだ。

「そうですね・・・なんと言いますか・・・」

今まで黙っていたミコトが声を発したことで、ハッとしたカカシは、目の前に意識が引き戻された。
先ほどまで斜め下を向いていた視線は、今はカカシをじっと捉えている。が、その目は少し不安定に揺れていた。質問の内容も内容だ。言葉にするのは難しいのだろう。
一体どんな言葉が返ってくるだろうか。
カカシはわくわくとしている子供のような好奇心に、内心苦笑を漏らした。そんな内なるカカシにミコトが気づくはずがなく、ミコトは思考したことを音にする。

「こう、開いたページを見た瞬間に、頭にそのページがそのまま飛び込んでくる・・・というのでしょうか・・・」

それはまるで一枚の絵のように。

「パッと見ただけで頭の中に内容が入ってしまう・・・というと、なんだかおかしな話ですが、一文字、一文字を読んでいる感覚はあまりないですね。」

分かりにくくてすみません、と頭を掻きながらすまなそうに謝るミコト。
それに対して、ああ・・・次元が違うな、とカカシは直感的に悟った。
でも、そうでもなければあれだけの量を忘れずに覚えておくなど、非常に困難なことだ。
「おかしな話」と笑ったミコトに、カカシは「へ~」とそっけなく返す。
「それはすごいことだよ」と言うべきか迷ったが、それはミコトにとっては普通なことであって、本人も誉められるようなこととは思っていないはずだ。
もし言ったとしても、

「そ、そんなすごいことではないですよ!!」

「いや、それってほんとすごいよ」

「いえ!」

「いやいや」

「いえいえ!」

「いやいやいや」

「いえいえいえ!!」

「いやいや・・・・・・・・・・・・」

「いえいえ・・・・・・・・・・・・!!!」

・・・容易に想像できてしまう。まさにエンドレス。
綱手様と肩を並べるほどの医療忍者だ、と言われていても、彼はまだ自分を認めていない節がある。
とにかく彼は謙虚なのだ。

――もう少し自信を持っても良いと思うけどネ。

カカシがそんなことを考えていることなど知るはずもないミコトが、苦笑をしながら再び「すみません」と謝った。

2人の間に沈黙が流れる。

なんとなく気まずい空気に、ミコトは別れの挨拶をしようとする。が、しかし。
ミコトはカカシの姿を見た時から気になることがあった。
ミコトの視線はカカシの右手に握られているもの。その視線に気づいていないカカシに、ミコトは思い切って尋ねてみた。

「あ、あの・・・はたけ上忍は何を読まれていたんですか?」

ミコトは先ほどからカカシが手に持っている本が気になってしょうがなかったのだ。ミコトが声をかける前から、カカシはその本を実に楽しそうに読んでいた。(だから自分に気づかなかった、とミコトは認識していたのだった。)
表紙は上手くカカシの手で隠れてしまっていて、ミコトにはどんな本か全く想像できないでいた。本を読むこと自体が好きなミコトにとって、カカシの読んでいる本に大変興味があった。が、尋ねてしまったことをミコトは大いに後悔することになる。

「あー・・・これ?」

右手に持っていた本をカカシはちらりと見る。
ミコトに声をかけられて、慌てて閉じてしまった本だ。
なんとなく、彼には見せないほうが良いような気がした本なのだが。

「・・・興味あるの?」

「え、ええ、まあ・・・?」

ニヤリとした笑み(見えているのは右目だけだが)を浮かべたカカシに、嫌な予感を覚えたミコト。ミコトから尋ねたのだから、興味がないわけないのだが、カカシの怪しげな笑みに思わず語尾が上がる。

「ふ~ん」

カカシは自分がニヤニヤと笑っているだろう事を自覚していた。が、隠す気もない。
恐らくミコトはこのような類の本は読んだことがないのでは?
浮いた話1つない彼は、この本にどんな反応を示すだろうか。

――気になるよねぇ?

色恋沙汰に興味がない・・・と言うよりは幼い彼の反応が。

「す、すみません。僕、お先に失礼しま・・・」

カカシの怪しい笑みに、ミコトは危険だと察知し、別れの言葉を告げて去ろうとするが、それはカカシがミコトの腕を掴んで阻止された。

「ね~ミコト君?」

「・・・・・・はい・・・?」

にんまりと笑ったカカシに、顔を引きつらせるミコト。

「俺さ、さっきまで任務に出ててさ」

「は、はあ、お疲れ様です」

「今、クマが報告書出しに行ってるんだよねぇ」

「猿飛上忍がですか?」

クマで通じてしまう・・・哀れ、アスマ。

「そ! それでクマを待ってる間、暇なんだよね」

だから話し相手になってよ、と言いながら掴んでいた腕を放したカカシに、渋々とミコトは頷いた。何故わざわざ待っているのかはよく分からないが、もとはと言えば、自分からカカシに声をかけたのだ。それに後はもう帰るだけ。付き合うくらい大丈夫・・・・・・だろうか? いやいや、きっと大丈夫・・・なはず・・・とミコトは自分に言い聞かせる。カカシが何かを企んでいるのは、さすがにミコトも気づいていた。

「さっきの質問だけど」

にまにまと笑ったカカシが、ミコトの目の前にその本の表紙を向ける。そこには、

「いちゃいちゃぱらだいす・・・」

ミコトは珍しく一文字一文字確かめるような口調でそう呟いた。
その文字の下には、男女の仲睦まじい絵が描かれている。

「そ! 略してイチャパラ!」

名作だよ、と言ってカカシが本を開いた時に、ミコトは見てしまった。
裏表紙にある、赤い丸に斜め線が入ったマークを。

「そ、それって・・・」

わなわなとその本を指差すミコトに、

「ん? 18禁だよ?」

ミコト君気づかなかったの? とカカシは至極楽しそうに言った。
それはミコトの嫌な予感が見事的中した瞬間だった。

「あの・・・それを読むのでしたら、僕は邪魔だと思いますので・・・」

やっぱりお先に失礼します、となるべく相手を不愉快にさせないように断りを入れるミコトは、内心必死だった。それもそのはず、ミコト――いや、ナルトはまだ12歳なのだから。その本が読めるようになるまでにはまだ6年もある。が、

「いや~ミコト君もこれに興味あるようだし? 一緒に読もうと思って」

カカシがそれを知る由もなく、

「それにクマが来るまでいてくれるんでショ?」

「・・・・・・はい」

ミコトの必死な思いも空しく、逃げ道はあっさりと塞がれてしまったのだった。
諦めて小さくため息を吐いたミコトは、ふと、今のカカシの言葉に首を捻った。

――一緒に読むって・・・

文字通りならば、1冊の本を2人で見るということになる。まあ、それしか方法はないだろう。
ミコトにとって18禁本というのは未知のものだった。内容すら思いつかないものである。表紙からして恋愛ものなのだろう、とは思ったが。
そんな本を火影邸の廊下で、しかも2人で見るというのは・・・・・・かなり怪しい。

――う・・・・・・

その様を想像して、思わず顔を顰めるミコト。
しかし、ミコトの予想に反して、カカシは有ろう事か、

「彼女のしっとりとした白い首筋にそっと」

その本を声に出して読み始めたのだ。
あまりの突拍子のなさと、その内容に固まってしまったミコトを尻目にカカシは続ける。

「唇を寄せ「うわぁぁあ!!」・・・って、もう、何?」

しかし、それはミコトの悲鳴のような叫び声によって中断された。

「そ、それはこっちの台詞です!! 何やってるんですか!?」

「何って・・・音読だけど?」

そんなのも分からないの? というカカシの視線に、ミコトは口を噤んだ。
とりあえず、落ち着け、と自分に言い聞かせるミコト。

――近くには・・・誰もいませんね

内心ホッと息を吐く。
音読・・・考えてもみなかった方法だ。それならば確かに2人で楽しめる(?)だろう。
今のカカシが読んだ、まだ一文にも満たないところだけでその本の内容をだいたい把握したミコトは、

――18禁って・・・・・・

何を想像したのか、突然ボンッと顔を真っ赤に染めた。
そんなミコトをカカシはにんまりと笑った右目で、それはもう楽しそうに観察している。
予想通りの反応、というところだろうか。

「あの、や、やっぱり僕、もう帰ります・・・」

自分の顔がどうなっているのか分かっているのだろう。カカシから顔を逸らしてそう告げたミコトに、

「じゃあ、耳塞いでていいからさ」

と言ったカカシ。それでやっとミコトは自分がからかわれていることに気づいたのだった。
ムッとして顔を向けなおせば、ニヤッと笑ったカカシが狙ったようにまた音読し始める。

「そっと唇を寄せて・・・つ・・・・・・あ・・・」

ミコトは慌てて両手で耳を塞いだが、多少聞こえてしまうのはしょうがない。ついでにギュッと目を閉じる。耳を塞いでいても、本を見せられたら一瞬でミコトは読んでしまうのだ。

――もしかして・・・さっきカカシ先生が尋ねたのもこのためですか!?

自分でカカシにその本について訊いたことをすっかり忘れているミコトであった。



カカシは音読しながらちらりとミコトを窺う。
耳を塞いでいても、結構聞こえるものだ。それを素直に言うことを聞いているミコトは、少々抜けていると言える。

――そこまで嫌がらなくても・・・

目までしっかりと閉じているミコトを見て、フッと笑ってしまう。
一応彼も22歳なのだから。
そこまで嫌がるのは、やはり彼には興味のないこと、苦手なことなのだろうか。

・・・・・・それはそれで心配である。

カカシは音読を止めて、何ともいえない眼差しでミコトを見つめるが、ミコトがそれに気づくことはなかった。

そんな2人にだんだんと近づいてくる1つの気配が。
カカシはすぐにそれに気づいたが、ミコトはまだギュッと目を瞑り、耳を塞いでいた。ミコトはどうやら、気づいていないらしい。

ニヤリと笑ったカカシ。

おもむろにカカシは持っていた本のページを捲る。それは何かを探しているようで。
そして、あるページでその手を止めると、カカシは少し大きめに声をかけた。

「ミコト君」

「・・・・・・」

しかし、全く反応しないミコト。かなりしっかりと耳を塞いでいるようだ。
ミコトが耳栓などを使っていないのをカカシはしっかりと見ている。医療を学んでいるだけあって、耳をしっかりと塞ぐコツでも知っているのだろうか。
呼びかけではダメだと判断したカカシは、ミコトの肩にポンと手を乗せる。カカシの顔は先ほどからずっとニヤニヤしっぱなしだ。
肩を叩かれてハッとしたミコトは、

「あ・・・猿飛上忍がもうすぐいらっしゃいますね」

目と耳を塞いだままホッとしたように呟いた。カカシはその間にも、開いておいたページがミコトにしっかりと見えるように彼の顔の前にセットする。と、

「じゃあ僕はしつれ・・・い・・・・・・」

ミコトが紡いだ言葉は最後まで発せられることはなかった。
今のミコトはもう、耳から手を離し、目もばっちり開いている。そして、その青い目に映るのは、しっかりと開かれた本の文字たち。

その場を静寂が支配した。

カカシは依然としてニヤニヤと笑っている。が、ミコトは固まったままだ。
ただ青い目に、文字の羅列が綺麗に映っている。
ミコトの見ているページ、それはこの本が18禁である所以のページだ。先ほどカカシが音読したところなど、今のページに比べればまだまだである。それでも、あんな反応したミコトなのだから、さぞかしすごいことになるのだろう、と思われた。が、しかし。

――・・・大丈夫・・・か?

刺激が強すぎたのだろうか。
本を見つめているミコトは瞬き1つせず、無表情でそれを眺めている。まるで人形のように。さすがに心配になってきたカカシは、本と一緒に怪しげな表情も引っ込め、ミコトの目を覗き込む。すると、やっと目を閉じたミコトは、

「フフッ」

何故か笑った。

――あれ?

予想外の反応に、思わずカカシは目を見開く。
ミコトは確かに本を見ていた。文字を追っている、という感じではなかったが、彼は見ただけで読んでしまうのではなかったのだろうか。
首を傾げたカカシに、ミコトがニコリと微笑む。

「じゃあ僕、失礼しますね!」

歌でも歌いだしそうなミコトは、そう告げると、しっかりとした足取りで去っていく。
一体彼に何があったのか。

「・・・・・・・・・」

カカシは1人、呆然と立ち尽くし、ミコトの去っていった方向を眺めていた。



ぼんやりとしばらく眺めていると、待っていた人物がこちらに向かって歩いてきているのが視界に入り、その人物が目の前で止まる。と、カカシは口を開いた。

「ねえ」「おい」

しかし、口を開いたのはカカシだけではなかった。

「おい、お前・・・ミコトに何かしたのか?」

一拍置いて先に声を出したのはカカシの待ち人、クマこと猿飛アスマだった。

「ミコト君・・・どうだった?」

「やっぱりお前に関係あるのか・・・」

「ま、まぁね・・・」

ハハッと乾いた笑いがカカシの口から漏れた。アスマは疲れたようなため息を吐くと、先ほど通ってきた廊下の方に顔を向ける。それは自分が通ってきた廊下だが、ミコトが去っていった廊下でもある。そこで会ったミコトは・・・

「・・・歌を歌ってたんだ・・・」

「・・・・・・歌?」

今度はカカシのほうに顔を向け、アスマは大きく頷く。
大きな声ではないが、確かに歌を歌っていたのだ。その歌が、

「あれは・・・キラキラ星だな・・・」

小さい頃に誰もが1度は聞いたことがあるだろうキラキラ星。

「お前、本当にミコトに何したんだよ」

歌いながらも、アスマの横を通り過ぎる時はしっかりと挨拶をして去っていったミコトは、足取りはしっかりしているのに、何故か酔っ払いのように見えた。
あんなミコトは見たことがない。
ある意味恐怖体験をしたアスマが、訝しげな眼差しをカカシに送れば、

「ど、どうしよう・・・ミコト君大丈夫、かな?」

カカシは大いにうろたえ始めた。こんなカカシを見るのは面白いかもしれない。
とりあえずミコトに何をしたのか、アスマが再び尋ねれば、

「イチャパラ読ませただけなんだけど・・・」

「・・・それだけか?」

「ん。それだけ」

「本当にそれだけか?」

「ほんとほんと」

「そう・・・か・・・・・・」

何と言えばよいのか。
結局原因はイチャパラらしい。が、それを読んだだけであのようになるとは。
ミコトにとって18禁は酒のようなものらしい。

「なんでそんなことしたんだよ」

「ミコト君が、興味がある・・・って・・・・・・」

アスマが睨めば、カカシは視線をさ迷わせる。カカシの言ったことは確かに間違っていないのだが、その本を読むことをミコトが嫌がっていたのはカカシも分かっていたはずだ。
しばらくその状態が続くと、カカシは観念したかのように、口を開いた。

「いや~ミコト君って、からかい甲斐があるじゃない?」

「・・・・・・お前は子供か?」

あまりにもくだらない理由に、アスマは呆れてしまう。今カカシが言ったことは本当だろう。しかし、きっとそれだけではない。
ミコトの容姿が問題なのだ。
そう、四代目そっくりのあの容姿が。
ミコトの容姿があれでなければ、カカシがここまで他人と関わろうとはしないだろう。

「だってさぁ・・・」

アスマのつっこみに、いじけたカカシがぶつぶつと呟いている。そろそろ何とかしないと、大の大人がいじける姿は見ていて気色悪い。そしてウザイ。

「ま、ミコトは大丈夫だろ!」

本当は少し心配ではあるが、18禁を読んだくらいなら大丈夫だろう。うろたえるカカシ、という珍しいものを見ることができたアスマは、上機嫌でカカシの背を叩いた。それによってジロッと睨むカカシは無視することにする。

――そう言えば、明日は下忍の選抜試験だな。

ふと、アスマは今日会った3人の顔を思い出した。いのシカチョウのあの3人。
あの3人なら下忍になること間違いないだろう。が、問題は、

――こいつの班だよな・・・。

チラッと見たカカシはぶつぶつと何かを呟きながら背をさすっている。少し強く叩きすぎただろうか。まぁ、そんなことは別に良い。

アスマは小さくため息を吐く。
カカシの担当した班が下忍になったことはない。確かに、下忍にふさわしくなかったのかもしれないが、“全て”というのはおかしいだろう。カカシが意図的に落としているとしか考えられない。カカシがそんなことをする原因は分かっているが。
カカシは部下を持つ気がないのだ。
何故持つ気がないのかは分からないが、そんなカカシを自分が何とかしようとは思わない。

――めんどくせーからな。

それもあるが、恐らく自分ではカカシを変えることはできない。なんとなくだが、アスマはそう思っている。何とかしようと思ったこともないが。

「お前、明日は遅刻すんなよ」

とりあえず釘だけは刺しておく。
カカシはとにかく、遅刻することが多い。今日だって遅刻したらしい。
その原因も分かっている。が、それも何とかしようとは思わない。

――めんどくせーからな。

これもその一言で片付けられる。
アスマの言葉に、カカシの背をさする手が止まった。そして、

「あ、おい、飲みに行くんじゃなかったのか?」

突然歩き出したカカシの背に、アスマが声をかける。
わざわざカカシがアスマを待っていたのは、それが理由だった。
これから部下を持つかもしれない(ほぼアスマは確定だが)自分たちに、飲みに行くなどというそんな時間がしばらく取れなくなるのは明らかだ。だから、今日は一緒に飲もうと約束していたのだ。とは言っても、明日があるためそんなにたくさん飲むことはできないが。
アスマに声をかけられたカカシは、立ち止まり、

「そんな気分じゃない」

背を向けたままそれだけ呟くと、また歩き出し、その背は消えていった。



「・・・・・・フー・・・」

1人残ったアスマは頭を掻きながら息を吐く。
カカシに明日のことは禁句だったようだ。“明日”と言うよりは、下忍選抜試験のことなのだろう。

「飲みたかったのによぉ」

誰もいない廊下に、その呟きは溶けて消えていく。こんな時はタバコを吸うのが一番だ。が、なんとなく吸う気にもなれず、アスマはゆっくりと廊下を歩き出す。
このままだったら禁煙できそうだ、なんて考えながら。

――あー、どうにかならねぇかなぁ。

禁煙のことはさておき、アスマは先ほどのカカシの態度にだんだんとイラつき始めた。
自分でどうにかする気はないが、あいつが変わってほしいとは思う。
人を育てる楽しさ、難しさ。
人を育てると言うことは、教えるだけでなく、教えられることもたくさんあって。とても大変だが、その分得るものがある。
とにかく、カカシも部下を持つべきなのだ。
もちろん試験に合格できる生徒でなければ無理だけれど。
カカシは良い担当上忍になるだろう。何せ四代目の部下だったのだから。

――確かカカシの班は・・・

階段を上りながら、カカシの担当する班のメンバーを頭の中から引っ張り出す。
いののライバルに、うちは一族の末裔、そして、

――うずまきナルト、か・・・

さっきまでのイラつきはどこへやら、アスマはフッと笑った。

明日は何か起こりそうだと、そんな予感がする。





「おー、星がきれいだ」

ゆっくりとした歩みでたどり着いた先は、火影邸の屋上だ。
アスマが見上げた先には、やわらかな光を灯して、こちらを見守っている幾つもの星たち。

――星といえば、ミコトだよな。

あの時のミコトを思い出して、思わず微笑む。
酔っ払いのようだったが、とても幸せそうに「キラキラ星」を歌っていたミコト。
それを見た時は、唖然としてしまったが、今思い出せばとてもあたたかいものだった。

――でもな・・・

アスマはブッと吹き出した。
ミコトの歌う「キラキラ星」はどこか調子がずれていたのだ。音痴・・・とまではいかないが、どこかおかしい「キラキラ星」。

・・・・・・このことは自分の胸にしまっておこう。

気分が晴れてきたアスマは、スッとタバコを1本取り出し、火をつける。それを口にくわえれば、酷く落ち着いている自分に苦笑をもらす。

短い禁煙だった。

やっぱり、タバコがないとダメなようだ。


「・・・うまいな」


珍しく、そう思う。
言葉とともに吐き出された煙が、夜空へ溶けていった。












あとがき2

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!!
あの・・・大丈夫だったでしょうか? カカシさんの台詞に多少如何わしいことを書いてしまったのですが・・・気分を害してしまった方がいらっしゃたら、申し訳ございません。私の書くものなどたいしたことはないと思いましたので、この話を書くのに少し悩みましたが、書かせていただきました。

これから本編を進めていくため、次の番外編はまだまだ先になると思いますので、おまけを書けたら書こうと思っています。
これから九尾とナルトが密接に関わってくる予定です。楽しみにしていただけたら幸いです。


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