高く澄み渡った青空の下、アカデミーの花壇の前にポツンと佇む1人の少女。
NARUTO ~大切なこと~
その少女は膝を抱え、顔を伏せて座っている。長い白金の髪を高い位置で結わえているこの少女、山中いのだ。彼女は今年アカデミーに入学した忍者の卵。
くの一クラスでは成績もよく、彼女の周りにはいつも同じくらいの子供たちがいて、明るい声が絶えることはなかった。
しかし、そんな彼女が今は何故かたった1人。
顔を伏せているいのからはしゃくりあげる声がもれている。
それとともにポツリポツリと混じっている言葉。
「み・・・んな・・・ヒック・・・本当・・・の、友達・・・な・・・んかじゃ・・・ない・・・!」
みんなみんな、友達なんかじゃない。
思い出すのは今日の手裏剣投げの試験のこと。
「何やってんのよ、いの!」
「あ、あれー?」
おかしいなーと苦笑いを浮かべるいのに、周りの子供たちは一瞬驚き、ひそひそと小さな声で話し始める。
今は手裏剣投げの試験中。
いのはこの子供たちの中で群を抜いて成績が良かった。手裏剣の練習でもいつも的の中心に当てていた。それなのに、今いのの目の前にある的には何も刺さっていなかった。
その的の横には2枚の手裏剣が転がっている。
そう、いのが投げた手裏剣が2回とも的に掠りもせずに落ちてしまったのだ。
――なんでよー・・・!!
いのはじっと的を睨み付け、この最後の一枚に集中しようと試みる。が、周りの子供たちの小さな声が妙にはっきりと耳に聞こえてしまった。
「あのいのがねぇ。」
「私でさえ的には当たったのに。今までまぐれだったのかしら。」
「はは、運良すぎだろ! でも次当たらなかったら決定だね。」
そんな囁きがだんだんと広がっていって。
気にしちゃだめだ、といのは顔を振り、今度こそは当てなければ、と再び構えて最後の手裏剣を思い切り投げた。しかし、
「あ・・・。」
今度はさっきよりも大きく逸れて、的の上を越えていってしまった手裏剣。
いのはキュッと下唇をかんで的を睨み付けた。
どうしてだろうか。なぜ、今日に限って失敗してしまったのだろうか。
あんなに練習したのに。
本当にどうして・・・。
いのは泣きそうになるのを必死に堪えて他の子たちが座っているところに戻っていく。
「やっぱり」と小さく笑った子供たちの声と、先生の吐いたため息が耳に残った。
ざわざわと騒がしいくの一の教室。もう今は全てが終わり、放課後の時間だ。
みなが談笑している中、いのはホッと息をついた。
――やっと終わったー・・・
今日はあの試験のせいもあってか、アカデミーが終わるまでが長く感じられた。
いのは急いで荷物を片付けて、目指すは友達のところ。
「アミちゃん一緒に・・・」
いのが明るく声をかけようとした長い黒髪の女の子は荷物を持つとスッと立ち上がり、
「ねぇ、今日はあそこによってかない?」
ほらぁ前から行きたいって言ってたとこ! と言って、こちらを見もせずに他の2人のところに行ってしまった。いのはアミの行動に少し呆然としたが、またすぐに笑顔になる。
「私もそこ行きたかったんだー! 一緒に行ってもいいでしょー?」
アミと話している2人も含めていのの友達だ。いつも一緒に行動している。だから今日も一緒に行けると思っていた。しかし、
「いのぉ・・・アンタ手裏剣術の練習したほうがいいんじゃない?」
振り返ったアミはニヤリと嫌な笑みを浮かべている。それを聞いた2人はクスクスと笑う。
いのは突然のアミの豹変に息を呑んだ。いや、変わったのはアミだけではない。アミの後ろにいる2人もだ。と、思ったら、
「な・・・んで・・・?」
笑っているのは2人だけではなかった。
周りのみんながこちらを見てひそひそと話したり、笑ったりしている。
一体自分は何かしたのか。どうしてみなそんな風に自分を笑うのか。
――わかんない・・・
わかんないよ!!
ドンッ!
「痛ッ!!何するのよ、いの!!」
アミはいのの行動に声を荒げる。突然いのがアミを押し倒し、教室から出て行ったのだ。
いのはアミの怒鳴り声にも構わず、走った。
その空間にいることができなかった。
みんなの視線と声がうるさくて耐えられなかった。
そうして飛び出してきて、今の状態に至る。
今日の試験や、さっきのクラスのみんなのことを思い出すだけで苦しくなるが、一頻り泣くとだんだんと呼吸がもとに戻ってきたいの。しかし、ずっと頭から消えてくれない友達の嫌な笑顔。
いのはくしゃっと顔を歪めた。
初めて試験で失敗してしまった。あんな失敗は初めてだった。でも、
――力みすぎた・・・
失敗の原因は分かっている。落ち着いた今だからこそ分かったことだ。
たった一回の失敗だけど、みんな離れていってしまった。
悲しい、寂しいよ。
・・・・・・でもそれも本当は分かっていたこと。
みんなが自分の表面しか見ていないって。
良い成績をとれば、みんなが自然と集まってきてくれた。
だから必死で嫌いな勉強もがんばってきた。
全部、全部がんばってきた。
・・・・・・でも失敗してしまった。
成績が良い自分にみんな近づいてきていたから、失敗すればみな離れて行く。それは分かっていたことなんだ。
だからいのは“独り”。
たった一回の失敗で独りになってしまった。
いのはギュッと抱えていた膝をさらに強く掴む。目にはじわじわと涙が迫ってくる。
泣くもんか、泣くもんか!!
そう思った時だった。
「この花、綺麗だよね。・・・あれ? 名前なんだっけ?」
いのは突然横から聞こえてきた声にビクッと肩を揺らしたが、声をかけてきた人物を見ようと横目でちらりと伺う。すると、目に入ってきたのは暗い色。どうやらその人物の着ている洋服の色らしい。
返事をしないいのに構わず、そのままその子は隣に座ってきた。声からして女の子。
いのは顔を見られないように伏せて、またちらりと横を見ると、そこには、
――うわー・・・ゆーれーみたい・・・
長いピンクの前髪が目まで隠してしまっている女の子。
その子はまだ前を見ながらう~んと悩んでいる。
そう言えば、自分の前には何があっただろうか。教室を飛び出して、とにかく誰もいないところに行きたいと思ってたどり着いたのがこの場所だった。全く周りのものなど目に入らなかったから、ここがどこであるか実は分かっていない。
先ほど隣に座っている子が“花”と言っていた。自分の前にはいったい何の花が咲いているのだろうか。
いのは少しだけ顔を上げて見た。それを見たいのはまた顔を歪めた。
目の前には、まるで失敗した自分をあざ笑っているかのように咲いている赤や桃色、白の様々な花たち。それは、
「・・・・・・コスモスよー。」
秋の代表的な花、コスモス。花言葉は“乙女の真心”。
“真心”だなんて、今の自分とは正反対の言葉だ。
いつも自分は自分を偽ってばかり。
いのはちらりと横を見る。
短い一言だったが、少し涙声になってしまった。隣の少女は気づいただろうか。
「あ! それだ! コスモスだよね。」
そうそうと言って頷いている少女。気づいていないのか、それとも気づいていても気にしないふりをしてくれているのか、どちらでも良いがちょっと安心した。すると、
「髪、とってもきれいだね! ・・・・・・本当はね、コスモスよりもあなたの髪がきれいで、近くで見たいと思って来たの。」
そう言ってこちらに向かってはにかむように笑った少女に、いのはまた顔を歪めた。
確かに自分は髪に気を使ってきた。長い髪の毛は痛みやすいから、かなりの注意を払っている。綺麗にしておけば、みんなが声をかけてきてくれたから。
いつもなら誉められて嬉しいはずなのに・・・・・・今は嬉しくない。
と、その時、コスモスの花壇の中に違う花が咲いているのが目に入った。あれは、
――ふじばかま・・・
花言葉は“ためらい”、“遅延”、“躊躇”だっただろうか。
そうだ。
自分はいつもためらってばかりだ。
いつも周りばかりを気にして、自分を出さないように、みんなに好かれるようにと自分を偽って、そのままずっと流されていた。言いたいことも言えなくて。こんなことを言ったら嫌われると躊躇して。
なんて馬鹿なんだろう。
自分を出さなければ人の中身なんて他の人が分かるわけがない。
表面しか見てもらえないのはそれが一番の原因ではないか。
ちらりと横を見れば隣の少女はずっと自分の髪を見てニコニコと笑っている。何も言葉を返さない自分にずっと笑いかけている。不思議な子だ。
そんな少女に今の自分の気持ちを言ってみてもいいだろうか。
・・・いや、今言わないと変われない気がする。
「・・・・・・私、髪切ろうかな。」
意地悪なことを言ってしまったのは自分でも十分わかっている。
でも、今はこの長い髪を切ってしまいたい気分。
それに、隣にいる子は他の子たちと違う気がしたんだ。
そっと覗いてみれば、少女は驚いたような顔をしてこちらを見ている。
やっぱり、こんな自分は嫌われるだろうか。
本当の自分がどんなものかだなんて、はっきりとは言えないけれど、今思った気持ちは嘘でもなんでもなくて。本物なんだ。
やっと素直に言えた言葉は、大変意地悪なものだったけれど、どうか許してほしい。
いのは泣きそうな顔を隠すために自分の膝を見つめていた。が、次の瞬間、
「うん! とっても似合うと思うよ!」
思わずバッと顔を上げた。
この子は他の子と違うと思ったのは自分だったけれど、こんなにしっかりと肯定してくれるとは思わなかった。この子が誉めた髪を切ると言ったのだ。
普通だったら、怒るでしょう? それなのに、
そう言ってくれた少女は今まで見た中で一番綺麗な笑顔をしていた。
「ど、どうしたの・・・?」
どこか痛いの? と今度は不安そうな顔をして慌てている隣の少女。
泣いてしまった。
今の自分の顔はすごく汚いだろう。
ボロボロと涙が零れて、鼻水が止まらない。
その子のエメラルド色の目があんまりにも綺麗だったから。
そんなに必死になってがんばらなくていいんだよって言っているみたいだったから。
「ううん。・・・大丈夫、どこも痛くないよ。」
そう言ってまた顔を伏せた。
本当は心が痛かった。でも、この痛みは嬉しさからくるものだったから言わなくていい。
“自分”を認めてくれたこの子の言葉が本当に嬉しかったんだ。
横から「そっか・・・良かった」って声が聞こえて今度は声を上げて泣いて。
無言で背中をさすってくれる手があたたかかった。
どのくらいそうしていただろうか。
やっと止まった涙に、フーと息を吐く。そして恐る恐る顔を上げたら、少女はさっきと変わらない笑顔でこちらを見ていた。
驚いた。結構長い時間が経ってしまっている。見れば高い空はもう赤く染まり始めている。涙のせいかキラキラと輝いて見える空をボーっと眺めていたら、横に座っていた少女から「バイバイ」と聞こえて、慌てて顔を戻した。もうその子は隣にはいなくて、走って去っていく小さな後姿があった。
その子の後姿はすぐに見えなくなってしまった。
顔を前に戻せば、秋風に揺られているコスモスとふじばかま。
「ありがとー」
本当はあの子に言いたかったけれど、あなたたちがいてくれたおかげで、あの子が自分に話しかけてくれたのだ。
だから、そこにいてくれてありがとう。
その日、家に帰ったいのは髪をバッサリ切った。
髪が短くなったいのを見て父、いのいちは一瞬気を失いそうになったが、
「うちの娘はどんな髪型でもよく似合う!」
と言って微笑むと、珍しくいのが小さく「ありがとう」と呟いた。
髪を切ってから、肩から力が抜けたいのは今まで以上に成績が上がり、友達と呼べる子も何人もできた。それと、すぐにあの子を発見した。
同じクラスにその子がいたなんて今まで気づかなかったことにいのは驚いた。しかし、なかなか自分から声をかけられなかった。あの時のことが恥ずかしくて。
なかなか話しかける勇気が出せなくて、話せないままあの時からもう半年以上経ってしまった。自分が情けないと思ういのだったが、やっとそんないのにもチャンスがやってきた。でも、やっと話せた少女はあの時の笑顔じゃなくて、
泣いている幽霊だった。
「うえ~ん、うっうっ・・・」
木々が多い公園の中、1人の少女の泣き声が聞こえてくる。たまたまそこを通りかかったいのはその声のする方へ、まるで引き寄せられるように歩いていく。と、そこで聞き覚えのある声が。
「あースッキリした!!」
アミの声だ。
アミとはあれ以来ほとんど会話をしていない。
「ほんと、ほんと! デコリーンでストレス解消よね。」
アミといつもの2人が楽しそうに笑っている。いのは思わず眉を顰めた。
アミとつるんでいた時、アミはたまに弱いものいじめをしていた。自分にはそんなことができなくて、でも止めることもできなくてただただじっと見ていた。
そんな以前の自分が今では憎くてしょうがない。
――またアミのやつ・・・誰かいじめてー・・・!!
“デコリーン”と呼ばれていじめられている子は今まで聞いたことが無い。
いのはこうしちゃいられないと急いで泣き声の方へと向かう。そこには、
「あ・・・!」
いつも気にしていたあの子。ピンク色の髪の女の子。
いのはゆっくり泣いているその子に近づいて、しゃがみこむ。その子はまるで前の自分みたいだった。膝を抱えて座り込んで泣いている目の前の少女。これはあの時の自分だ。
あの時、この子のことを“幽霊みたい”だと思ったが、今は本当の“幽霊”になっていて思わず苦笑してしまう。
「アンタ、いつも“デコリーン”っていじめられてんのねー。」
ビクリとかわいそうなくらい肩を揺らしたその子。ゆっくりと顔を上げたその子の目はやっぱり綺麗なエメラルド色。
あなたに話しかける勇気が持てなくて。どうしてもっと早く声をかけられなかったのか。
――遅くなってごめんね。
まさかいじめられているなんて思いもしなかった。
でも、もう大丈夫だよ。
「・・・・・・だれ・・・?」
いのはニッコリ微笑んだ。
この子が自分のことを分からないのも無理は無い。なんせあれから半年以上の月日が経っているのだ。しかも、あの時の長い髪はもう無い。
髪を切った次の日のくの一クラスの反応も、一瞬見ただけでは誰か分からない、と言われたほどだ。この子にはあの時の一回しか会っていないのだから、今の反応はしょうがない。
「わたしはー“山中いの”ってーの。アンタはー?」
「アタシ、サクラ・・・春野サクラ・・・・・・。」
ヒックヒックとしゃくりあげながら答えてくれるサクラ。
「ふーん、なるほどー。アンタおでこ広いんだー。」
で、デコリーンねと言いながらいのはサクラのおでこを人差し指でつつく。
「それで前髪でおでこかくしてんだー。ゆーれーみたいに・・・。」
今度は手のひらでスッとサクラの前髪を上げる。そのいのの行動にますます大粒の涙を流すサクラにいのはニコリと微笑んだ。
「サクラだっけー・・・アンタ明日もここに来なよ。」
「え?」
「いいものあげるからさー。」
サクラが不思議そうな顔をしたけれど、それは明日のお楽しみ。
サクラの目は前と全く変わらなかった。きっとアミたちのことだから何回もいじめているに違いない。それでも、サクラの目はとても優しい色をしていた。
その目を隠すなんてもったいないよ。
「ホラ・・・こっちの方がかわいいよーサクラは。」
そのリボンあげる、と言って笑ったいの。
次の日、いのはサクラにリボンを持ってきて頭につけてあげた。もちろん前髪で目が隠れてしまうなんてことがないように、前髪は中央で分けて。
おどおどとお礼を言うサクラは、やはり前髪を分けたことで出てしまったおでこを気にしているようだ。
「それってー隠してるからよけいバカにされんのよぉ! サクラは顔かわいいんだから、堂々としてればいいのー!! 堂々とー!」
そう言うと、少し涙を浮かべて小さく頷いたサクラに、いのは笑みを濃くした。
自分はまだサクラの本当の笑顔を見ていない。前見せてくれたあの綺麗な笑顔。
サクラも自分が出せていなかったんだね。
今度は自分があの時のサクラのようになるから。
だから、もう泣かないで。
「いのちゃん待って・・・!」
サクラの呼びかけにいのが振り返った次の瞬間、
「キャ!」
サクラが盛大に転んだ。
あれからいのとサクラはいつも一緒にいた。だいぶ明るくなってきたサクラだけど、まだ前のようには笑ってくれなくて。それでもいのは嬉しかった。こうやって自分を頼ってくれるサクラが可愛くて。
「もードジねー!」
今はアカデミーの授業の中でも生け花の授業だ。ここはたくさんの花が咲き誇っている森の中。みなそれぞれ思い思いの花を摘んでいる。
さっそくいのとサクラも花を摘み始める。が、
「私こーゆーの苦手・・・いのちゃんは?」
サクラは一本花を摘んで、それを眺めながらポツリと呟いた。いのはサクラの摘んだ花を見て思わずフフ・・・と微笑む。
「アンタ“サクラ”って花の名前持ってるくせにダメねー! こーゆーのはポイントがあんのー!」
いのは花屋の娘だ。この授業は得意中の得意。さっそくサクラに説明し始めた。
花というのはメインになる花を決めたら、それを飾りたてるように他の花を添えてやるのが良い。
「花は主張し合っちゃダメなのよねー。例えばーホラ。」
いのの指差す先にはコスモスが咲いていた。そう、今はまたあの時と同じ秋。
その花を見てはあの時を思い出す。
「この・・・“コスモス”がメインならー、サクラがさっき採った“ふじばかま”はオマケ!」
コスモスは春のさくらに対して、秋桜の呼称があり、秋で一番綺麗な花である。
それの原語は“調和”というくらいなので、どんな秋草でも相性がいい。
いのは懐かしい目でサクラの持っているふじばかまを見つめた。
あの時、家に帰ってふじばかまについて調べてみた。
ふじばかまは小さなピンクの花がたくさん咲く、秋の七草の1つだ。一見地味だが、干すといい香りのする花である。
そしてあの時は知らなかったが、花言葉には“ためらい”などの他に、“あの日を思い出す”、それと、
“優しい思い出”。
いのはコスモスも好きだけれど、サクラが一番にふじばかまを摘んでくれてなんだか嬉しかった。あの時のことは自分の中でずっと残っている。優しい、優しい、思い出。
忘れるなんてことはないと思うけれど、もしも忘れてしまっても、この季節になれば必ず思い出させてくれるから。
コスモスとふじばかまは自分にとって特別な花なんだ。
サクラが覚えていなくても、自分は絶対忘れないよ。
いのはサクラの持っているふじばかまをじっと見つめていた。が、今が授業中だったことを思い出し、自分も何か摘まなければ、と少しサクラから目を離したその時だ。
「今日はやけに楽しそーねぇ・・・デコリーンちゃん!」
いのはハッとサクラに顔を向ける。そこにはまたアミを含めた3人が立っていた。
「アンタ、最近色気づいてんじゃない? あんまり調子乗ってんじゃないわよ!」
調子に乗っているのはどちらのほうか。
いのはサッとある花を何本か摘むと、大口を開けてサクラを罵っているアミに投げつけた。
それは見事にアミの口の中へと入り、アミがドサッと倒れると、残りの2人が「アミちゃん!」と言ってすぐさま駆け寄る。
「ゴメーン! あんまりキレーなずん胴なんでー、花ビンと間違えて生けちゃった。」
「ビボォー(いのぉー)!」
さっと体を起こしたアミが花を加えたままいのに怒声を上げるが、いのはニヤリと怪しい笑みを浮かべ、アミに重大なことを告げた。
「忍花鳥兜だから毒性は弱いけどー、有毒植物だから早く吐き出した方がいいわよー。」
それを聞いたアミたちはキャー先生ー! と叫びながらドタバタと去っていく。その3人の背中に、
「毒があるのは根だけどね。」
と言っていのはチロッと舌を出した。今はとにかくサクラに笑ってほしかった。
しかし、そのサクラはいのを見て目を見開いたかと思えば、すぐに手に持っていたふじばかまに目を移し、どんどん暗い表情へと変わっていく。
そしてポツリと呟いた。
「いのちゃんがコスモスなら・・・・・・私はふじばかまかなぁ・・・。」
今度はいのが目を見開いた。
「何言ってんのー!」
本当にサクラは何を言っているのか。
「んー言ってみれば、サクラはまだ花どころか・・・・・・つぼみっつーとこねー!」
そう、サクラは自分が見つけた花だ。
“サクラ”という名前だけど、花屋の自分ですら名前の知らない花なんだよ。
それはきっと見たことも無い綺麗な花なんだ。
サクラはハハハ・・・そうだよねぇ、と苦笑をしてまた沈んだ顔になってしまった。言い方がまずかったと思い、続きを話そうとしたその時、サクラが「・・・ねぇ、いのちゃん・・・」と声を出した。見れば、サクラはチラッとこちらに目を向けて、おどおどしながらまた尋ねてきた。
「・・・な・・・なんで・・・私なんかに・・・・・・このリボンくれたの・・・。」
いのがリボンをあげて以来、サクラはいつもリボンをつけてきてくれた。
それは本当にとても似合っていて。
そんなサクラの問いに、いのはニコッと笑った。
「フフ・・・それはねー・・・あんたがつぼみのまま枯れちゃうのは・・・もったいないと思ってねー。」
あんなに綺麗な笑顔を失くすなんてことしちゃダメ。
「・・・花は咲かなきゃ意味ないでしょ。もしかしたらそれが・・・・・・」
コスモスよりもキレーな花かもしれないしねー!
そう言ったらサクラは少し泣いてしまった。「どうしたの?」って聞いたら、「さっきコケた時・・・目に砂が入っちゃって・・・」と言い訳したサクラに笑った。
サクラは自分が見つけた花なんだ。
絶対に綺麗な花が咲くから、もっと自信を持って?
「サクラ! 早く花摘んじゃおー!」
「うん!」
あの時、“自分”を見つけてくれたサクラに、「ありがとう」はもう言わない。
そのたった一言で済ますなんてことできないから。
サクラがまた笑ってくれるように、ゆっくり、ゆっくり、この気持ちを伝えていくよ。
あの授業以来、サクラが涙を見せるようなことはなかった。いのはそのことを良かったと思う反面、寂しいと思っている自分がいることに気がついた。
あれからサクラはとても明るくなって、前と変わらない笑顔を見せるようになった。それは本当に良かった。が、明るくなるにつれてだんだんといのからサクラは離れていった。
「みんな聞いて聞いて。私・・・好きな人ができたの! 誰だと思う!?」
「手短に話せ!」
「サスケ君とかいわないでよ?」
「え・・・なんでわかったの?」
サクラにも友達がたくさんできた。そして突然のサクラの好きな人発言にいのは驚いた。
このままではサクラはますます遠くに行ってしまう。そう焦るいのに対し、サクラはその頃からいつも“サスケ”の話をするようになった。
「いのちゃん・・・! サスケ君て長い髪の女の子が好きらしーのね・・・それで・・・」
どこからそんな情報を得てくるのか。
楽しそうに語るサクラはとてもかわいい。しかし、いのは内容が気に入らなかった。
これからきっとサクラは髪を伸ばすのだろう。
なんだかサスケに負けた気がして悔しかった。
そこまで考えて、いのはハッと気づいた。
――そうよ! 髪があったじゃない!
自分も髪を伸ばせばいいのだ。
あの時、サクラは自分の髪を見て誉めてくれたではないか。
「いのちゃん・・・どうかしたの?」
「ううん。なんでもないわよー。」
突然鼻歌でも歌いだしそうなほど機嫌の良くなったいのにサクラは首を傾げた。が、最近いのは話をしてもすぐに機嫌が悪くなってしまっていたので、楽しそうだからいいか、とサクラも一緒に微笑んだ。
それからいのは髪を伸ばし始めたが、それは逆効果になってしまった。
いのは前よりも一生懸命髪の手入れをして、またサクラに振り向いてもらいたかった。
しかし、サクラはそれをサスケのためだと勘違いをしてしまい、仕舞には・・・
以前に比べてはるかに髪が長くなったサクラといのが睨み合っている。すると、スッとサクラが右手を差し出した。そこに握られているのはいつもサクラがつけていたリボン。
「このリボン返すわ・・・。」
いのはサクラの握っているそれを見て眉を顰めた。
そう言ったサクラの頭には、リボンのあった場所に額あてが居座っていた。いのの腰にも同じ額あてが巻かれている。2人とも無事、アカデミーを卒業したのだ。
「そのリボンはあげたのよー! それに、額あては額にするものでしょー・・・。」
とうとうこの時がきたか、といのは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「これからはもう、いのの後を追いかけてる女の子じゃない。」
「 ! 」
「これを額にする時は女の忍として・・・アンタに負けられない時・・・・・・。」
サクラがあまりにも真剣に自分を見て言うから、
――私がいなくても・・・サクラはきっと花を咲かせられる・・・
いのはニッと笑った。
「いい案ね・・・私も・・・」
サクラが離れていくのは寂しい。
だけど、いつまでもずっと一緒なんていうのはありえないから。
「その時まで・・・・・・。」
とりあえず、リボンは受け取っておくけれど、
アナタが花を咲かせたときは一番に見せてほしい、
そう思った。
「ん・・・ここは・・・?」
いのはどこかまだ夢心地のような状態で目を覚ました。
なんだか懐かしい夢を見た気がする。
ぼやけた視界の中で見えたのはいつも憧れていた金色。いのはパチパチと何度も瞬きをすると、だんだんとそれははっきり見えて、その金色の周りにはクマと、銀色がいて、何か会話をしていた。
「悪いな、ミコト。あいつらの治療してもらって。」
あれくらいなら治療の必要もなかったけどな、と苦笑するクマ。
「いえ、僕には何もすることがないので。」
少しでもお役に立てて光栄です、と微笑む金色。
「ナルトとサスケはともかく・・・あの頼りなかったサクラまでがこんなに成長してるとはな・・・。」
この中忍試験に出して良かったと心から思っているよ、と言う銀色。
いのはその銀色の言葉にハッとして、やっと完全に夢心地から覚め、今が中忍試験中で、先ほど自分とサクラが戦ったのだということを思い出した。
最後の一撃で自分が立てなかったのは今の状態で明らかだ。ということはサクラが勝ったのだろうか? そう思った、その時、
「そうだな。あのサクラがいのと引き分けだなんて。」
ほんと成長したな、とクマが笑っているのが聞こえた。
――引き分け・・・かぁ・・・
ミコトの前で勝ちたかったと落ち込むいのは、自分の手に何かを握っているのに気づいた。それは木の葉のマークの額あて。でも自分のものではなかった。周りのみんなはそれぞれ身につけている。ということは、サクラのものだろう。さっきの試合できっと取れたのだ。
そう言えばサクラはどこだろうかと探せば、それはすぐ隣にあった。
昔の夢を見ていたせいか、あの頃より大きくなったサクラに思わず微笑む。
穏やかに眠っている顔が前と変わらなくて、勝ち負けなどどうでもよく感じられる。
サクラは前より目に見える成長とともに、心も強くなっていた。
サクラは立派な花を咲かせた。
「サクラ・・・ありがとー。」
いのは小さく、小さく呟いた。
サクラが花を咲かせたきっかけが自分だと思うと、不覚にも泣きそうになった。
サクラのおかげで、今の自分があって。それをやっと今返せた気がするよ。
だから、ありがとう。
「ん・・・うん・・・」
隣から声がもれてきたのに、いのは慌てて目に浮かんできた涙を拭う。
「やっと目が覚めたみたいねーサクラ。」
いのはわざとニヤリというような笑顔でサクラにそう告げる。と、その時、
「テンテーン、青春パワーでーす!!」
「いいぞー! もっと応援だ!!」
いのたちの前では、濃ゆい2人の大きな声援が送られていた。
「私たちの試合はもう終わったのよ・・・。」
今はどうやらガイ班のテンテンが戦っているらしい。いのがそう言うと、サクラの目にじんわりと涙が浮かんできた。
「私・・・負けたの・・・?」
それはそれは悔しそうに言うサクラにいのはフンと鼻で笑った。
「泣きたいのはこっちの方よー・・・。」
悔しいというのもあるけど、今は嬉しくて泣けそうだ。
「アンタみたいなのと・・・引き分けなんてね・・・。」
え? と聞き返したサクラにハイ! と右手に掴んでいた額あてを差し出す。
「アンタも咲かせたじゃない・・・」
キレーな花
いのがニカリと笑ったら、サクラも額あてを受け取って、今度は笑ってくれた。
生け花の授業の時は泣いてしまったけれど、やっとこうしてサクラは笑うことができるようになった。
本当に綺麗だよ。・・・・・・だけどね、
「だけどね・・・次戦う時は気絶じゃ済まさないわよ!!」
前はあの頃のサクラとの関係に戻りたいと思ったけれど、サクラと離れている時間が長かったから、
「それから・・・サスケ君もアンタに渡すつもりはないからー!!」
本当はアンタをサスケ君に渡すつもりがないのだけれど、
「その台詞・・・そっくりそのままアンタに返すわ!!」
このサクラの反応がおもしろいから、
「「フン!」」
今はこの距離でちょうどいい。
怒りを顕にしているサクラを見て、いのがフッと笑うと、サクラはスッと立ち上がった。どうやらナルトたちのところに戻るらしい。いのも、自分の班に戻るか、と立ち上がろうとした時だった。
「いの・・・ありがとう。」
いのはバッと顔をサクラに向ける。確かに今の声はサクラだった。
しかし、サクラはずっと背を向けたままで。どんな顔をしているのか見えなかいけれど、きっと笑っているんだろう。
呆然としているいのを尻目にサクラはナルトのところへ戻っていく。
いのはまた泣きそうになったけど、
――サクラが笑っているのよー!
ナルトと楽しそうに話しているサクラ。そんなサクラに自分が負けてたまるもんですか、と涙を堪えて立ち上がろうとする。と、突然目の前に額あてが差し出された。
「いのさん、お疲れ様です。」
いのが顔を上げたそこには金色の青年が立っていて。
「いのさん、がんばりましたね。」
そう言って笑った青年の顔が眩しかった。いのははにかみながら、ありがとうございます、と言って自分の額あてを受け取る。と、その時、青年がポツリと「でも」と呟いた。
「でも・・・いのさん少し力が入りすぎていたように見えましたよ。第一の試験の時から気合を入れていたようですし・・・。」
――あ・・・あの時と同じ・・・
今の青年の言葉はその通りだ。
自分はこの青年のためだ、とかなり気合を入れて張り切っていた。それが裏目に出て力んでしまっていたのだ。
前を見れば、苦笑をしている金色。でも、その表情はすぐに穏やかなものになって、
「そんなに必死になってがんばらなくてもいいんですよ。」
いのさんはいのさんなんですから。
そう言って笑った青年に、堪えていた涙が流れた。
まるであの時みたいだ。
今の言葉がすごく嬉しかった。
「い、いのさん!? どこか痛いんですか!?」
いのの涙を見てうろたえ始めた青年をいのはフッと笑った。
「痛い・・・」
「え!? どこがですか!」
「胸が・・・心が痛いのー。」
今度はきちんと言葉にして言ってみた。
幸せで胸がいっぱいで痛いよ。すごく痛い。
心・・・って心臓ですか!? と勘違いをしてアワアワとしている青年にいのは思い切り抱きついた。
「これは治さなくていいのー。」
こんな痛みならいくらでも耐えられる。むしろ、この痛みを忘れたくない。
急に抱きつかれた青年は顔を真っ赤にしている。すると、
「アンター!! 何ミコトに抱きついてんのよ!!」
離れろー!! と、どこからやってきたのか、ものすごい形相でいのを睨み付けるアンコ。
「これは治療してもらったお礼よー!」
おばさんには関係ないでしょー、と言い返すいのにアンコはさらに激怒する。
離れろ、とあまりにもアンコがうるさいため、いのは仕方なくミコトから離れた。
すると、突然2人の言い合いが始まった。
「この小娘が!! 私だってミコトに治療してもらったことがあるわ!」
「私なんて命を助けてもらったのよー!」
「フン・・・アンタ、ミコトの身長とか知ってるの?」
「ッ!! 私なんか一緒にケーキ食べたんだからー!」
「クッ!! 私なんてミコトが一楽で何を注文してるかいつもチェックしてるのよ!」
「え・・・・・・あ、あの、お2人ともなんの言い合いを・・・」
「「ミコト(さん)は黙ってて!!」」
「は、ハイ!」
何か分からぬ言い合いを続ける2人の剣幕にミコトはビクビクと怯えながら眺めていたが、戻ってくるミコトが遅いのを心配してか、火影様がやってきて、怯えているミコトをつれて戻っていった。
2人はミコトがいなくなったことにも気づかず、しばらく言い合いを続けていた。
「サクラちゃん、どうしたってば?」
サクラが突然振り返った。ナルトも一緒になって振り返ると、そこにはいのとアンコが大声を上げていた。・・・・・・一体何があったのだろうか。
それをサクラは無表情でじっと眺めている。
先ほどまで自分と楽しそうに会話していたサクラの豹変振りに、思わず首を傾げる。と、
「ううん、なんでもない。」
「そうだってば?」
「うん。そうよ。」
そう言って今行われている試合の方に顔を向けなおしたサクラは、いつの間にか無表情から
とても綺麗な笑顔に変わっていた。
いのとサクラの試合が始まろうとしていた時だ。
「火影様、只今もどりました。」
「うむ。少し遅かったようじゃが・・・」
何かあったのか? と隣の青年を横目で見る火影様。
第一回戦後に抜けたミコトがやっと戻ってきたのだ。
「・・・いえ、特には何もありませんでしたが、サスケ君を病室に運んでいたもので。」
遅くなってしまいすみませんと謝る青年に、まぁ良いと声をかける。
「ところで・・・そのサスケなんじゃが・・・お前はどう思う?」
火影様の唐突な質問に、一瞬きょとん、としたミコトだが、すぐに真剣な顔に変わった。
「呪印で死ぬようなことはないと思いますが・・・後は彼次第です。」
この出来事で彼の人生が大きく変わることは明らかだ。
「・・・そうじゃな。」
ごくろうだった、と一言告げると、2人は無言でその試合を眺めていた。
あとがき
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!!
第11話に出てきたいのさんが髪が長かったことを覚えていらっしゃる方は・・・いらっしゃったら、本当にありがとうございます。
ミコトさんと初めて出会ったいのさんの容姿の説明に髪が長かったことを書いたのですが、原作のいのさんのアカデミーの頃が髪が短かったので、このお話を考えてみました。
次のお話はキバさんとナルトさんの対決が中心のお話になっています。
今はヒナタさんとネジさんのところを書いているのですが、先に番外編の方に手を付け始めてしまって、あまり進んでいません・・・。
原作沿いのお話が進まないと、番外編も載せられないので、がんばって少しずつ書いていきます!
次の更新はセンター後ですね・・・。今から勉強します。
もしこのようなお話でもよろしかったら、また足をお運びください。