ある日の正午、木の葉の里の入り口の門の前に一人の少年が立っていた。
NARUTO ~大切なこと~ 第12話
見事な金髪に、空のような青い目、頬には3本の髭のような傷がある少年は黙って里の門を通り抜け、堂々と里の商店街のほうへと歩いていく。
その少年はうずまきナルトだ。
ナルトがアカデミーに通うと決心してからもう1年近く経っていた。ナルトは7歳になった。
その約1年間はナルトにとっての準備期間だった。
まず、アカデミーに通うといっても親のいないナルトには頼る相手は一人しかいない。そう、それは三代目火影様だ。しかし、ミコトとして三代目とは接触をしている。
ナルトはミコトと同一人物であることを知られたくなかった。火影様をだましているのだ。ばれたら資格剥奪だけですむとは思われない。しかも里の噂である「ナルト」なのだ。まだ誤解の解けていない状態でばれるわけにはいかない。
そのため、ナルトとミコトの境界線を作ることにしたのだ。
ナルトの場合はまず気配を消さないことが必要だった。
ナルトはもう無意識に気配を消している。ミコトとナルトの気配の消し方が同じだったら見た目が似ている分、すぐに疑われてしまうだろう。そのために気配を出す練習をしたのだが、これに約1年という時間をかけてしまった。
2歳の頃から気配を消す訓練をし、できるようになってからはもうほぼ無意識に気配を消してきたのだ。身体で覚えたことはなかなか変えることはできない。
ミコトとして火影邸へ行くついでに、里の子供たちの気配の観察をしては森に帰って練習をするという日々を過ごした。そのおかげで、人それぞれの気配の違いがはっきりと分かるようになった。
以前は気配の濃淡と人数くらいしか捉えられなかったのだが、今では知り合いの人の気配であればその気配が誰であるか見分けられるようになったのだった。
そうして何とかして気配を一般の子供より薄い程度に出せるようになったナルトは言葉遣いも変えることにした。とは言っても、一人称を「僕」から「俺」に変えただけだ。
そしてミコトの時はもう行っていることではあるが、チャクラの質を四代目のチャクラの質に近づけることである。ナルトとミコトのチャクラ質が全く同じなんてことが分かればすぐにばれてしまう。それは必須の項目だった。
そして準備が整った今日、「ナルト」として木の葉の里にやって来たのだった。
目指すは里の中心、火影邸だ。
がやがやと活気溢れる商店街。
そんな商店街を歩いている少年に里人たちが気づき、その賑やかな雰囲気はがらりと一変した。
この里の者の中には誰も持っていない色彩をした少年。それだけであれば単なる興味だけで済んだだろう。しかし、その少年は金色の髪と青い目を持っていたのだ。
そう、それを示すものはあの「ナルト」だ。
商店街は騒然とする。
子供を抱いて建物の中へと隠れる者や悲鳴を上げる者、ギラギラとした目で睨みつける者・・・
――あぁ、すごい殺気です。
ナルトはカラカラに乾いてきたのどに無理やり出した唾をゴクリと飲み込む。
一般の人とは思えないほどの殺気を放ち、みなナルトを睨めつけては口々に「九尾」や「ナルト」の名を発している。
ナルトはわざと正午という時間と商店街を通ることを決めた。
それはナルトにとっての決意の表れだった。
これから里で過ごすのだ。どんなことがあっても負けるつもりは無い。それは姉とのたった一つの約束でもある。「心」が負けてはならない。
――負けません・・・!!
ナルトは黙々と足を進めていく。
里人たちは、商店街の太い道の中心を通るナルトを避けるように開けていく。と、その時、
ガッ!!
音とともにナルトの足が止まった。
その足元には石がコロコロと転がっている。
「出て行けッッ!!!!」
一人の男性の叫び。
ナルトに石を投げつけたのだ。
そこからまるで連鎖反応のように里の人々はみなその場にある石を投げつけてはナルトを罵倒し始めた。
しかし、ナルトは無表情のまま、また歩を再開する。
石の雨が降りそそぐ。
そんな中を無表情のまま歩く少年に里人たちの恐怖は膨れ上がった。
「この化け物めッ!!」
「あの人をかえして!!」
「お前のせいだ!!」
「お前なんか死んじまえ!!!!」
里人たちの叫びがとても痛かった。
投げつけられる石よりも痛かった。
ナルトは唇をかみ締め黙って歩き続ける。とその時
ゴッ!!!!
鈍い音が響いた。
それはナルトの右目のすぐ上にあたり、そこから血が流れ落ちる。
しかし、ナルトはもう歩を止めることはしなかった。
血を拭うこともせず、前だけを見据えて歩いていくと、開けた道の向こうに見知った気配を感じた。
ペタペタと紙に判子を押す音がその部屋に響いている。
――今日も書類が多いのぅ・・・
紙をとっては上から下へと目を通し、判子を押す。ただそれだけの繰り返し。
しかし今日はそのいつもどおりの日常を覆す事件が起こった。
立派な椅子に座り、目の前の机の上の紙の束から一枚ずつ取っては判子を押す一人の老人。時々、首を回したり、肩を回したり、ついには立ち上がって窓から雲を眺めたりまでしている。
言わずもがな、この老人は里を治めている三代目火影様だ。
いくら仕事とはいえ、老体をじっと椅子に縛り付けることはとにかく辛い。
――あぁ、雲が綺麗じゃ。
とうとう現実逃避が始まった。
その時の時間はちょうど正午だった。
そろそろお昼にするかと思い、窓から離れたその時、
「三代目!!!!」
バンッ!と勢いよく開いた扉から、額に汗をびっしょりかいた中忍が飛び込んできた。その中忍の顔をよく見ると、かなり青い。その慌て様が尋常でなかったため、不審に思った老人は声をかける。
「何事じゃ?」
至って冷静に言葉をつぐむ姿は、やはり里の長というだけあって人を落ち着かせる力を持っている。その言葉で落ち着きを取り戻した忍びは片膝を地に着け頭を下げ、すぐに事の次第を申し上げた。
「は、突然の非礼申し訳ございません。今、里の門の警備をしていた忍びのものから伝言があり、一人の少年が門をくぐって里の商店街へと向かっているとのことです。」
「少年?」
それの何がおかしいのか、と疑問を顔に乗せる三代目を一見した忍びは更に言葉を続ける。
「はい。その少年は6、7歳くらいなのですが、その容姿が金髪に青い目をしていたとのことです・・・。」
おそらく「ナルト」ではないかと。
老人の目が驚愕によって見開かれる。
今まで噂でしかなかった「ナルト」。それも7年も前のものだ。生きているかさえわからなかったあの「ナルト」が姿を現したというのだ。
いくら経験豊富な老人であっても、その驚きを隠すことなど出来なかった。
「そ、それで、その少年はどこにおる!?」
こんなに慌てている老人をいまだかつて見たことがあっただろうか。
「は、おそらくもう里の商店街を通っている頃ではないか・・・と・・・。」
ふと顔を上げた中忍の前にはもう誰もいなかった。
――こんなに激しく動いたのは久しぶりじゃのう・・・
老人は息が切れそうになる自分の身体に嫌気がさす。
しかし、自分には一生をかけて果たすべき約束があった。こんな身体でもまだ出来ることはある。悲鳴を上げる身体に構わず足を前へと進めていく。
ぜぇぜぇと切れる息。
立ち止まった場所はもう商店街の出入り口だ。
老人の目に映るその光景はまるで切り取られた別世界だった。
自分が治めてきた里とはとても思えなかった。
里の大人たちの尋常でない殺気でそこは満ち溢れ、もう言葉としては理解できないような叫び声が飛び交っている。
そしてだんだんと里人の間が開けていくと、その中心から見えてきたものが老人の目を釘付けにする。
――あぁぁ・・・。
雨のように降る石の中をしっかりと前を見据えた少年が歩いている。
――あぁぁぁぁ・・・。
老人の視界はだんだんとぼやけてくる。そのぼやけた視界の中で更に輝きを増して広がる金色の色彩。
――ナルト・・・
その老人の姿に気づいた里人たちは歓喜の声を上げ始めた。
「火影様だ!!」
「九尾を殺しに来てくださったんだ!」
途端に石の雨はやんだ。
ナルトはその歓声の中、黙々と歩み続ける。
そして、ついに老人の目の前まで来たナルトは立ち止まり、顔を上げる。
と、その時、ナルトの頬に温かい雨が降ってきた。
――な・・んで・・・?
ナルトは目を見開いた。
それは老人の目からこぼれる涙だった。
老人はじっとナルトを見つめている。
里人たちは動こうとしない火影様を不審に思い、だんだんとさざめき始める。
「火影様!!早く、早くそいつを追い出してください!!」
「そいつはあの九尾ですよ!?」
里人たちの叫びは大きくなる。
「早く殺して「黙れッ!!!!」ッッ!!?」
誰もがその一言で一瞬にして硬直した。老人の怒りに場の空気が静まる。
今まで、こんなにもこの老人が怒りを顕にしたことがあっただろうか。
里の長である忍びの殺気に息をするのも苦しくなる。
そんな誰もが動けない中、老人が静かに少年の前にしゃがみこみ、手を伸ばした。
その瞬間、少年の身体がビクリと跳ねたが、老人はそのまま伸ばした両手で少年を思い切り抱きしめた。
「ナルト」
たった一言だった。しかし、それは本当に温かかった。
姉が死んでから呼ばれることの無かった名前。
ずっと呼んでもらいたかった名前。
里の中でささやかれる「ナルト」はまるで塵やゴミのようで。
「ナルト」は恐怖の対象でしかなくて・・・。
ナルトの目から涙がボロボロと溢れてこぼれた。
恐る恐る腕を上げ、老人の背中へと回し、老人の服にしわが出来るのも構わずぎゅっと握り締める。
ぅあぁぁぁああぁぁぁあ!!!!
まるでそれが合図だったかのようにナルトは声を上げて泣く。
――ナルト、もう大丈夫じゃ。
老人は抱きしめる腕をさらに強める。
――四代目・・・。遅くなってしまったの・・・。
おぬしとの約束を果たそう。
わしがナルトを守り、立派に育て上げてみせる。
いつものこの時間、賑わっているはずの商店街。
しかしそこは今、静寂につつまれ、少年の泣き声だけが響き渡っていた。
――うっ・・・。
金色の少年がむくりと上半身を持ち上げると、体にかけてあったらしい布がパサッと落ちた。
少年はどうやら眠っていたようだ。現在、少年はソファーの上にいた。
まだ霞んでぼやけている目をこすると、右目上にはガーゼがテープでとめられていることに気づいた。九尾のおかげでもう傷など残っていないだろうに、治療されていたことになんだか心が温かくなる。
部屋にはペタペタという音が響いている。と、その時、不意にその音が止んだ。
「おや。ナルト、もう目が覚めたんか?」
声のしたほうへ少年は振り向く。そこには紙の束を前にしてやさしく微笑んで椅子に座っている老人がいた。
――夢・・・ではないですよね。
ここは火影室だった。
老人はおもむろに立ち上がり、扉を開けて出て行ったかと思うと、すぐに盆の上にお茶と茶菓子を乗せて部屋へと戻ってきた。そして、少年の向かい側にあるソファーに座り、少年の前にお茶を差し出す。
淹れたてのお茶の香りが鼻腔をくすぐる。
「あの後おぬし眠ってしまってのぅ。勝手にここまで運んだのじゃが・・・。」
次第と頭がハッキリとしてきた少年はその言葉に顔を青ざめ、ソファーから飛び降り、額が地に着かんばかりの勢いで土下座する。
「ご迷惑を・・・申し訳ありません!!!!」
少年の肩はカタカタと震えている。
その行動に老人は驚いたが、
「謝るのはこちらのほうじゃ。里の者がひどいことをした・・・。里の長として、非礼を詫びたい。」
本当にすまなかった、と老人は深々と頭を下げる。
それに気づいた少年は慌ててソファーに座りなおし、老人に頭を上げるように頼む。
しかし老人はなかなか頭を上げようとしない。
「そのことはいいんです。」
老人の頭上から少年の言葉が降り注ぐ。ゆっくりと顔を上げた老人の目に飛び込んできたのは少年のやわらかい笑みだった。
「そのことは、もういいんです。」
少年は続ける。
「ご存知の通り、俺はうずまきナルトです。」
老人は目を見開く。目の前の少年、ナルトは自分の苗字まで知っていたのだ。いったい誰から・・・?
さらに少年は続ける。
「俺の中に九尾が封印されていることも知っています。」
里の人たちのあの反応は当たり前です。と、さも同然といったように答える。
老人は更に驚いたが、先ほどから気にしていたことを口にする。
「・・・里の者たちを嫌ってはおらんのか?」
その言葉にも少年は依然とやわらかい笑みを浮かべている。
「俺も、わかりますから。」
あの気持ち。
「もう、7年も経ったのに・・・それでもその亡くなった人を忘れないでいるなんて、」
それはすごいことなんです。
「俺も・・・姉を殺されましたから。」
老人はその言葉にはっとする。この7年間ナルトが一人で生きてきたわけがないのだ。
ナルトは続ける。
「姉は、4年前、俺が3歳だったころ、狐狩りをしていた忍びたちに殺されました。」
狐をかばったそうです。
「俺は・・・我を忘れてその忍びたちを殺してしまいました。」
でも、むなしかった・・・。
少年の顔はくしゃっと歪む。
「忍びたちを殺しても、姉はもどってこない・・・。ただ自分自身の弱さに気づかされただけでした。」
俺にはその時、姉を守る力を持っていなかったんです。
「憎い相手を殺しても何も生まれないんです。」
それをいつか里の人たちも気づいてくれることを俺は信じています、とナルトはじっと老人の目を見つめる。老人はナルトの眼光の強さにゴクリと唾を飲む。
4年前といえば、ナルトの容姿についての噂が広がったころだ。
その年、忍びの中で任務でもないのにいなくなった中忍が4名出た。
そしてその4名と、もう1名の中忍がよくつるんでいたのは知られている。
――あやつらか・・・。
老人はこの少年に謝っても謝りきれないものを感じる。
「四代目・・・父が封印したことも知っています。」
その言葉に老人はビクリと肩を揺らす。それに気づいた少年は苦笑をもらし、
「父を恨んでなんかいません。むしろ感謝しています。」
そのおかげで姉に出会えたのですから。
そして少年はどこか懐かしむように語りだす。
「俺は九尾の封印後、たまたま俺に気づいた姉が拾ってくれて、木の葉の里から少し離れたところで姉と二人で暮らしていました。姉はとても厳しい人でしたが、俺の自慢の姉でした。姉は俺の名前や四代目の話をしてくれました。」
姉は・・・それと父はこの里を信じています。
「だから俺も信じています。だって、里の人たちはみんな家族ですから。」
そう言い切ったナルトの顔には柔らかな笑みが湛えられている。
――四代目・・・おぬしの意思はしっかりと受け継がれておるぞ。
老人は溢れ流れ落ちそうになる涙を隠すために下を向く。
ナルトの顔が四代目と重なったのだ。
老人はナルトに火影の器となる何かを感じ取ったのだった。
「俺はもう逃げないって決めたんです。里の人たちには・・・恐怖かもしれませんが、俺は人間です。九尾ではありません。それに」
九尾の力はコントロールできます。
その言葉に老人は驚き、パッと顔を上げて
「おぬし、九尾のチャクラをコントロールできるのか?」
老人は純粋に疑問をぶつける。
「はい。だから、里の人たちにも安心して過ごしてもらいたいんです。」
それで、その・・・三代目火影様にお願いがあって俺は里に戻ってきました。と真剣な面持ちでナルトは三代目を見つめた。確かに、意味も無くナルトが自分を恨んでいると知っている危険な里へとわざわざもどってくるはずがないのだ。
「あの・・・・・・アカデミーに通いたいんです・・・。」
三代目は一瞬、その言葉を頭で理解し損ねた。
アカデミーとは忍者を養成する学校のことだ。
しばらくしてやっと理解した三代目は口を開く。
「そ、それはよいが、なぜ忍者になろう・・・と?」
慎重に尋ねる。
「俺はもう自分の力が足りないせいで大切なものを失くすのはイヤなんです。それに・・・実は友達が・・・ほしいんです。」
今、三代目の目の前には、頬を少し赤くさせ、視線を斜め下のほうへ向けて恥ずかしそうにしているただの少年がいた。やっと子供らしい反応を見せたナルトに自然と頬が緩むのを感じる。
「おぬしより少し年上のものから下は、おぬしのことは知らぬ。きっと友もできるだろう。九尾にかかわった大人たちだけは知っておるが・・・それを口外せぬようにすることしか、わしにはできんかった。」
本当に済まぬ。
「わしにできることは協力するぞ。」
三代目は満面の笑みだ。その言葉にナルトも子供らしいキラキラとした笑顔を浮かべる。
その後、二人はお茶を啜りながら、ナルトの家のことや、アカデミーの手続きなどをし、慌しくその日を過ごした。
そうして家も決まり、ナルトは無事アカデミーへの入学を果たしたのだった。
あとがき
ついに原作に近づきました!大変遅くなってしまいすみません!!
この話を書いているとき、全部書き終えて、また後で誤字などがないか確かめようとデータを残しておいたのですが、次に見たときには何故か半分くらい消えていて泣きそうでした。
1回目に書いたものと内容は同じですが、なんとなく1回目のほうがよかったなぁと思っていますが、無事更新できたことにほっとしております。
次は初めての番外編です。
これからもよろしかったらお読みください。