4.
午後十二時――昼真っ盛りだ。
頭上では太陽が元気そうに輝いており、日陰にいてもなお暑い。
さらには耳に届く目覚まし時計の不協和音が暑さとあいまって不快感を加速度的に増していく。もう試験の時間は終わり。集合時間だ。
大樹の幹に寄りかかり、七班の三人は汗ばんだ顔をハンカチで拭いながら、作戦会議をしていた。
作戦立案はサクラ。
サスケとナルトは相槌を打ちながら、作戦の穴を指摘し、穴を塞ぐように三人で頭を悩ませながら構築していく。
既にその過程は終了し、作戦の最終確認をしていたのだ。
「作戦はもう――確認する必要もないわね?」
「大丈夫だ」
「問題ない」
サクラの言葉に頷く二人。
「要(かなめ)はナルトよ」
「ミスんなよ、ウスラトンカチ」
「……任せとけって。足は引っ張らねぇよ。その代わり、サスケ。お前もしくじんなよ?」
「誰に言ってる?」
実力に裏打ちされた自信をあますことなく発揮し、サスケは言う。
男同士のくだらない掛け合い。意地の張り合いとも言う。
馬鹿だなぁ、とサクラは思うが、それでも――その感覚すら心地良い。
いざとなれば頼りになるというのは戦闘を見ていてわかっている。
忍術と忍具を駆使し、相手の裏をとる戦術を好むナルト。真正面から上忍に挑んで、体術で押し切ったサスケ。
頼もしい。
ならば、自分には何がある。
それは簡単だ。
この二人にはない頭脳。アカデミーで終始トップだった座学の実績。
誇りはある。自信もある。最後に必要なのは結果だけだ。
「行くわよ」
「おう」
負けるはずがない。
間違いなく、勝つ。
必勝の意志を宿し、三人は集合場所へと移動を開始した。
◆
時計が『PM 12:10』を指す時刻。
七班の三人は集合場所であるサバイバル演習場の入り口にいるカカシの前で座り込んでいた。
三人とも朝食を抜いているせいで腹の虫が盛んに騒ぎ立てている。サクラにいたっては「ダイエット中だから」という理由で昨晩のご飯も抜いているということで、座ることすら億劫なのか。ほとんど前屈みに項垂れていた。
「おーおー、腹の虫が鳴っとるね。ところで、この演習についてだが……」
間。
少しだけ考え込むように、カカシは空を見上げている。
そして、視線を三人へと戻した。表情はとてもにこやかなものだ。
「ま! お前らは忍者学校に戻る必要もないな」
合格――つまりはそういうことだろうか。
呆けたように三人は間抜けな顔になった後、三者三様の歓びを表現する。
ナルトは「当然だな」と言い捨てて、サスケは「フン」と鼻を鳴らすだけ、サクラは「ってことは、私たち三人とも!?」全員が合格ということを喜んだ。
だが、世の中そんなに甘くはない。
カカシは思い切り良い笑顔から一転――
「うん、三人とも……忍者をやめろ」
冷めた視線で、三人を見下ろした。
ずっと笑ったままのカカシ――戦闘のときですらどこか飄々といた態度だったカカシが、初めて怒気を見せる。
冗談を欠片すら含んでいない、本気の声音。
「確かに私たちは三人とも鈴を取れなかったわよ! けど、やめろってのは言いすぎじゃないのっ!?」
「……どいつもこいつも忍者になる資格のないガキだってことだよ」
サクラの抗議を一蹴する言葉に反応したのはサスケだった。
残像すら残さずに立ち上がると、突風となり、カカシを襲う。
会話の間を狙った、絶妙な不意打ち。
だが――
「サスケ君!」
サクラがあげた悲鳴は――サスケが踏みつけられるという醜態を見てのもの。
サスケはカカシに特攻し、太股につけたホルスターから澱みなく苦無を取り出して、斬りつけた。その速さはナルトの斬撃とは比べるまでもないほどの速度。
それでもなおカカシからすれば止まっていると感じられるほどの遅さなのだろうか。
気づけば、サスケはカカシに背中を踏みつけられていた。
「だからガキだってんだ」
ぐりぐりと靴底をサスケの頬に押しつける。
「サスケ君を踏むなんてダメー!!」とサクラは叫ぶが、何の意味もなく、サスケは恥辱に塗れさせられる。
カカシは心底呆れ果てたような、何も期待していない、色のない視線を七班のメンバーに向けた。
「お前ら忍者舐めてんのかっ!? 何のために班ごとのチームに分けて演習やってると思ってる」
「え? どーゆーこと……?」
サクラの問いに、カカシは首を振る。
だから不合格なのだ、と暗に言っているようなものだ。
「つまり、お前らはこの試験の答えをまるで理解していない」
「答えだと?」
ナルトの言葉にも同様だ。鋭い視線を向けるだけ。
「そうだ。この試験の合否を判断する答えだ」
「だから、さっきからそれが聞きたいんです!」
抗議。
合格基準が不鮮明な試験に対する文句のようなもの。
何故最初から提示しないのか。してくれればその通りに結果を出すのに!
そう思うのは悪いことなのだろうか。アカデミーではずっとそうだったのに。
サクラの言葉にはそんな意味が込められていた。
だからガキなんだ、とカカシは嘆息する。
「それはチームワークだ」
不可解。
「三人で来れば鈴を取れたかもな」
確かにそうかもしれない。
だが、それは不可能なことのように思える。
何故なら――
「なんで鈴二つしかないのにチームワークなわけェ!? 三人で鈴取ったとして、一人我慢しなきゃならないなんて……チームワークどころか仲間割れよ!」
仮に、だ。
報酬は二人にしか払いませんけど、三人じゃないとこなせない任務です。
そう言われて受ける奴がいるだろうか?
おそらくはいないだろう。いたとしてもそれは極少数のことだろう。
「当たり前だ! これはわざと仲間割れをするように仕組んだ試験だ」
それなのに、なお、カカシは怒る。
「この仕組まれた試験内容の状況下でもなお自分の利害に関係なくチームワークを優先できるものを選抜するのが目的だった」
これこそがカカシの求める人材だ。
「それなのにお前らと来たら……」
しかし――三人はカカシの思う通りに動かなかった。
「サクラ! お前はナルトが戦っているにも関わらず、それを見過ごした。最後まで俺に挑むことなく、な」
助けられる場面はあった。
何度も何度も見過ごした。それはサクラの失態だ。
「ナルト! お前は一人で独走するだけ」
仲間に頼らずにカカシに挑んだ。
感情任せの特攻は無意味に終わる。
「サスケ! お前は二人を足手まといと決め付けて個人プレイ」
三人の中で最強だという自負があるからこその連携放棄。
そんなことをするならばそもそも班を組む意味がない。
「任務は班で行う! 確かに忍者にとって卓越した個人技能は必要だ。が、それ以上に重要視されるのは"チームワーク"――これを乱す個人プレイは仲間を危機に落とし入れ、殺すことになる。たとえばだ……」
カカシは、少し考えたふうに――
「サクラ! ナルトを殺せ。さもないとサスケが死ぬぞ」
サスケの自由を奪ったまま、首筋に苦無を突き付ける。いわゆる人質というものだ。
「え!?」とサクラは動揺し、ナルトも苦虫を噛み潰したような顔になる。ようやく――カカシの言っている意味を理解し始めた。
「と……こうなる。人質をとられた挙句、無理な二択を迫られ殺される。任務は命がけの仕事ばかりだ」
カカシはサスケを解放し、入口の近くにある"モノ"へと近づいていく。
「これを見ろ。この石に刻まれている無数の名前。これは全て里で英雄と呼ばれている忍者たちだ」
磨かれた四角柱の全面に描かれた名前。
敏いものならこの時点で気付く。
これは――
「が、ただの英雄じゃない。任務中に殉職した英雄たちだ……これは慰霊碑。この中には俺の親友の名も刻まれている」
そう、慰霊碑だ。
任務の果てに死に絶えた忍者たちの末路を記したもの。
寂しげな色を濃く宿したカカシの瞳に映るものは何なのか。どのような想いが去来しているのか。
少しだけ黙り込むと、泣きそうに、懺悔するかのように――慰霊碑に触れている。
「へぇ、つまり――カカシ先生。あんたは自分勝手な個人プレイをしたあげくに仲間を死なせるハメになったわけだ? 自分ができなかったからってまだ過ちを犯していないガキにそれを強要する。浅はかだな」
「否定はしないよ」
ナルトの罵倒をカカシは潔く認める。
古傷を穿つ言葉は心を抉るが、全て真実。愚かな自分を戒めるための悲劇。
だからこそ、自分と同じような経験を――子供たちにさせたくないと思うのは押しつけがましいことなのだろうか。自己満足なのだろうか。
「だからって俺たちの可能性を摘み取るわけか?」
迷惑な自己満足だ、とナルトは断じる。
沈黙。
それは言いすぎじゃないの、とサクラは少しだけ焦り始めるが、カカシは違うようだ。
「……いいだろう。最後にもう一度だけチャンスをやる。ただし、昼からはもっと過酷な鈴取り合戦だ。挑戦したい奴だけ飯を食え。ただし、ナルトには食わせるな。上官である俺に敵対した罰だ。もしそいつに食わせたりしたら、そいつをその時点で不合格とする」
「てめぇっ……!」
「ここでは俺がルールだ。分かったな」
殺気混じりの視線が反逆を許さないことを教えてくる。
それなのに、サクラは立ち上がり、叫ぶ。
「いいえ、ルールには従いません。ナルト!」
待ってたぜっ! とナルトは指を口につけ、口笛を鳴らす。
攻撃の合図。
地面が盛り上がり、人影が飛び出してきた。
「多重影分身か……地中で待機していただと!?」
それはナルトの影分身。
総勢で八人のナルトはカカシに襲いかかる。
四方八方からの攻めをカカシは難なく受け流していくが、そこへサクラとサスケも加勢する。
「サスケェ!」
「おう!」
ナルトたちの合間を掻い潜って、サスケは踏み込む。
震脚。
大地に踏み込んだ足から膝へ、腰へと連動し、肩から放つ正拳突き。
カカシの片手に受け止められるが、その隙に大勢のナルトが攻め立てる。
頭への蹴り、膝を狙った下段蹴り、鳩尾を狙った拳、肩の関節を外すために掴みかかる、などなど連携の取れた攻撃。
だが、カカシは違和感を覚える。
(何かがおかしい。サスケはこんなに弱かったか……?)
修行の背景が見える。何度も何度も繰り返した型通りの連続攻撃は及第点を与えてもいいものだ。
だが、サスケ独特の苛烈さがなく、癖も消えている。
あくまで教本通りの攻撃なので、至極読みやすい。
違和感が拭いきれない。
そのとき、サスケが攻撃をしたままに、ナルトたちが一斉に引いた。
「今よっ!」
サクラの号令の下、一気に苦無が投擲される。カカシと攻防を繰り広げるサスケの安否などお構いなしの攻撃で、やっと理解する。
(これはダミーか!)
サスケを突き飛ばし、カカシは苦無を全て避けきる。
身体全身どころか、弾幕攻撃にも近いそれは狙いなどなく、避けるのは難しくなかった。
難しくはなかったのだが――カカシは舌打ちする。
何かに絡まって身体が動かない。
「ぬっ、苦無にワイヤーを巻き付けていたか……っ!」
いや、違う。
苦無についていたワイヤーは確かに動きを阻害するほどに木々に絡まっているが、何一つとして自分の身体を束縛するものはない。
身体に巻きついているワイヤーは先程突き飛ばしたサスケに化けた影分身から放たれたもの。
僅かの間にホルスターから苦無を早撃ちするなどナルトにはできない。つまり、ナルトではないということ。
「サスケは本物だったか! 俺が助けることを前提に……危険なことを!」
「ふん、ウスラトンカチが。ナルトの体術は俺も見ていた。それくらい、真似できる」
そう、サスケもナルトの戦闘を見ていたのだ。
だからこそ、ナルトがサスケに化けていると思わせるための演技をすることができる。
さて、この時点で気付かないだろうか。
カカシは動けない。
ナルトはいっぱいいる。
それなのに、攻撃する為に近づかない。
それは何故か。実に簡単な解答だ。
近づけば危ないからだ。
ワイヤーからは何かが滴っている。ぽとぽとと地面を湿らしていく。それは水ではなく――巷では黒い水と言われるもの。つまり、油だ。
サスケはにやりと笑う。そして、ナルトがサスケの持つワイヤーに近づいていく。
手にもつのは火打ち石。
かつん。
「火遁・龍火の術!!」
小さな火種は炎となり、ワイヤーを伝ってカカシへと迫り行く。
【火遁・豪火球】を受けたときとは違う。身動きが取れない状態。
「ぬぅっ!」
カカシは身体が傷つくのも構わずにワイヤーを無理やりに引っ張る。
腕の自由が利かないものだから身体で引っ張ることになり、食い込んでくるワイヤーが身体を蝕むが、燃えるよりマシだ。
力負けし、「くそっ」と吐き捨ててサスケはワイヤーを放り捨てる。このまま握っていたら炎の中に飛び込むことになるから。
「影分身たち――突っ込めぇ!!」
ナルトの号令とともに影分身たちが炎の中へと飛び込んで行く。
炎が吹き荒れる。森の木々へ飛び火するのも時間の問題。
ここまでやるか、とカカシは内心呆れ果てる。
炎の中で息を止めながらナルトの影分身をあしらい続ける。
(チッ、数が多い。変わり身をするにも丸太とかがないぞ……)
考える。
そのとき、目の端に写った光景のせいか、カカシは硬直した。サクラが炎に巻き込まれかけているのだ。
「サクラァッ!」
サスケがサクラの下へと走るシーン。
それは鬼気迫るもの。演技とは思えない。
だが、どうなのだろうか。
さんざんに裏をかかれている。これも演技かもしれない。
けれど、このまま炎に飲み込まれれば、サクラは死なないまでも――女の子なのに……重度の火傷を負うかもしれない。
『仲間を守れない奴は屑だ』
そんな言葉が脳裏に過ぎったとき、ナルトたちを蹴散らして、カカシはサクラの下へと走っていた。
疾風にすら勝るその速度で、先に走り出していたサスケを追い抜いて、サクラを助ける。
ほっと一息吐いた。
そんなとき、サクラがにぃと笑ったのだ。
「残念賞。これもダミーだ」
ばちばちと耳触りで、なおかつ嫌な思い出が蘇りそうな音が耳に届く。
予想の内だ。
カカシはサクラに化けているナルトの影分身を放り捨てて、即座に引いた。
爆発。
そう――ここまでは予想通りだった。
とんとんと背中を誰かに触られるまでは。
「先生、つかまえたー」
にひひと笑う女の子が、後ろにいた。
目が合う。
何をされるかわからん! そう思ってカカシは再び離れようと足に力を加えるが、跳ぼうとしても跳べない。足を強く掴まれている。
足元を見る。
(忍術の使い方……教えるんじゃなかったなぁ)
そんなことをカカシは考えてしまう。
つまり――
「土遁・心中斬首の術!」
カカシを地面へと誘う手に対抗し、力いっぱい踏ん張る。
この馬鹿力め! そう叫びたくなるほどにナルトの力は強かった。
失念する。
近くにはサクラがいるのだ。
こっそりと印を組んでいる。
そして、ナルトのことを注視するカカシの視線の間に入り込んで、笑った。
「幻術・奈落見の術!」
夢の中へ落ちる。
こうして勝負は決着を見た。
◆
「どうかな。私の作戦通りじゃない?」
「俺の影分身のおかげだな。先生の不意打ち喰らったときの顔と言ったら!」
「フン、俺の演技のおかげだ。ナルトのしょぼい体術をトレースするのは大変だったぜ」
カカシが目を覚ましたとき、七班の全員は二つしかない弁当を分けあって食べながら、意地の張り合いをしていた。
身体を動かそうとするが、縄抜けができない特殊な縛り方で自由を封じられており、芋虫のように這いずるしかできない。
腰を見る。
そこには鈴はなく、円を作って弁当を突いている七班の真ん中に鈴は転がっていた。
カカシがもぞもぞと動き出したのをナルトが気づき、続いてサスケとサクラも気づく。にまぁと笑っているのがいやらしい。
「先生。俺たちの勝ちだろ?」
「チームワークばっちりだったんじゃない?」
「このトンカツは俺のだ」
「おい、サスケ! 今は弁当の具の取り合いをしてる場合じゃ……!」
「ずっと狙っていたんだ」
「分けあいの精神ってものが……ッ!」
「ちょ、ナルト! そう言いながらなんで私のトンカツに箸が伸びてるのよ!」
「幻覚だな。幻術を用いたときの副作用じゃないか?」
「アカデミーで習う幻術に副作用なんてあるわけないでしょ……あー、もう! あげるから喧嘩しないでっ!」
真面目な雰囲気でこっちを見たかと思ったら、弁当の具で喧嘩を始める。
なんだこいつら、とカカシは思う。
「まぁ、あれだな。トンカツは後だ。とりあえず……カカシのことをぶん殴らないと気がすまない。イルカ先生のことを馬鹿にしてくれた報いを受けろ」
「奇遇だな。俺も一発殴りたいところだったんだ。こいつのおかげで服はどろどろになるわ、あげくに焦げるわ……ろくなことがない」
「焦げたことに関しては自分たちでやったことじゃ……?」
「知るか」
芋虫状態のカカシにサスケとナルトがにじり寄る。サクラは止めようとするが、男の力に勝てるはずもなく、妨害できていない。
確実にどつかれる。
動けないカカシに遠慮をする気はないらしく、ナルトとサスケは大きく足を振り上げた。
ここから続くのは踵落としだろう。横腹を狙っているそれは凶器そのもの。
「ハハ、殴られたくないなぁ。それに、イルカ先生のは本音じゃないよ。ごめんごめん。許してくれ」
謝罪の言葉を言うが、カカシは揺らがない。
もともとナルトはカカシが挑発のためにイルカを侮辱したことに途中で気付いた。だから、怒りはそこまでないのだが――あくまでそこまで。やっぱりどつきたい。
サスケも同様だ。
正直なところ、服なんてどうでもいい。体術をあしらわれたときも一撃たりともまともに入れることができなかった。そのストレスを発散したいだけだ。
まぁその夢は叶わないのだが。
カカシも七班がさきほど浮かべていたような、いやらしい笑いを浮かべる。
「教えてやるよ。ナルトの言葉を借りるなら……ダミーだ」
ぼふん、というしょぼい音をたてて、カカシの身体は消え去った。
そして、木の上からカカシが飛び下りてくる。
「お前らがこっそり集まって作戦会議してるのは聞いてたからね。バレバレだよ」
実は作戦会議のときからカカシは全て聞いていたのだ。
こっそりと木の上で七班の作戦の詳細を全て盗み聞きし、影分身を一つ生み出し、そいつにずっと演技させていた。
作戦が上手く行っていると勘違いさせるために。
「くっ、ふざけんな!」
「まだ終わってねぇ!」
「盗み聞きなんて変態よ!」
一名だけ何かピントがずれているが、言っていることは似たような意味だ。
全員が苦無を取り出すと、投擲する体勢に入る。
掻き消える。
そう、カカシは上忍。
勝負にならないほどの隔絶した実力を持っている。それは最初からわかっていたはずなのに……。
目を見開いていたにもかかわらず、サクラの背後へと移動しているカカシ。
反応し、ナルトとサスケはサクラを守るように飛び掛かるが、一蹴される。
気づく。
協力しても勝てないという事実に。
恐怖のあまり硬直する。
絶対上位の存在に牙を剥いた。反逆も許さないと言われた。
それなのに――悔恨し、サクラは恐怖に目を閉じる。
だが、サクラの手の上に置かれたものは大きな手。
ぽふん。
「言っただろ。自分の利益に関係なくチームのために動けるかどうかが判断材料だって、お前らはちゃんと合格基準を満たしてる」
おそるおそる振り返ると、そこには嬉しそうに笑う上忍がいた。
「仲間想いかどうかはわからないけど、全員で協力して動ける。それだけわかれば十分だ……」
呟かれた言葉は何を思ってのことか。
優しさに満ち溢れていた。
「これにて演習終わりィ! 全員合格! よォーしィ! 第七班は明日より任務開始だぁ!」
しんみりとした声音から一転し、カカシは演習場から去っていく。
その後ろ姿を見ながら、七班の三人はお互いに視線を向けて、苦笑する。
「……失敗したのに合格ってのは複雑な気分だな」
「作戦が……バレバレ」
「フン」
かなり悲しい気分だった。
いくら頭を使っても、結局は負けた。それだけが心残りだ。
「にしても、お前ら凄いよ。俺の試験を突破したのは、お前らが初めてだ。誇っていいよ」
カカシの慰めには意味はない。
負けたという事実は心に残る。
だが、それでも、これは始まり。
七班が協力して、初めて挑んだ困難はきっと意味あることなのだから。
「当然っ!」
サクラとサスケの背を思い切り叩き、ナルトはカカシの後を追う。
「痛ってぇな!」
「何すんのよ!」
サバイバル演習による試験が終了した。
これから七班がどうなっていくのか、わかる人はいない。
だが、きっと――
「でりゃぁっ!」
「ぐおっ! サクラ! 女なのにラリアットってのは! サスケ、そのポーズは何だ」
「千年殺しだ」
「ぎゃあああああああっ!」
それなりに楽しくやるのだろう。
カカシは楽しげに三人の遊びを見守りながら、そんなことを思った。