1.
忍者アカデミーの卒業式の日。
卒業生に与えられる木の葉の額当てをつけて、堂々と着席しているナルトは、かなり浮いていた。
気になる。当然、気になっている者もいる。けれど、聞けない。ぴりぴりとした空気を発散しているナルトに気安く声を掛けられるものなどいなかったのだ。机に教本を置いて熟読しているのだ。そこに書かれているのは忍びの在り方について書かれたものだ。“忍はどのような状況においても感情を表に出すべからず。任務を第一とし何ごとにも涙を見せぬ心を持つべし”等の心得が書かれている。
そんなナルトに熱い視線を向ける少女がいた。
絹のような烏の濡れ羽色の髪をオカッパにまとめた、優しさを全面に押し出した内気そうな女の子である。着込んだ白いコートの袖をもじもじといじりながら、ナルトのことを盗み見ている。
ふと、ナルトが女の子の方を見た。女の子は顔を真っ赤にして顔を背けるが、ナルトはじっと見つめている。
異性が苦手だ。あまり触れ合ったことなどない。それなのに、顔を見つめてくるナルトがいる。ドキドキと心臓が脈動し、顔は沸騰するかのように熱い。ぱたぱたと手で顔を扇いでみてもマシにはならない。恥ずかしい。死にたい。そんなことを思いながら、切なげに笑っていると――ナルトが口を開いた。
「ずっと俺のこと見てたみたいだけど、何か用か?」
横顔に突き刺さる熱っぽい視線を気にしないように心がけていたが、いつまでもじろじろと見られていると我慢の限界というものが出てくる。
声をかけるだけで袖から指だけ出している儚げな女の子が、あたふたと首を振る。口をぱくぱくと開閉して、声を出そうとしているのか。緊張しすぎてか呼吸気味になり、出ているのは息だけである。
落ち着けよ、と呆れたように女の子の肩をぽんと叩くが、ビクゥと女の子は痙攣し、怯えたように慌てて距離を離される。ナルトの繊細な心は少しだけ傷ついた。
「よ、用なんて、別にナルトくんに用があったわけじゃ……っ!」
ぶんぶんと手を振って思い切り否定する。
用がないのに何で見ていたのだろう、とナルトは思うが、それよりも気になることがある。
「何で俺の名前を知ってるんだ。初対面だろ?」
ナルトは女の子のことを知らない。
これには女の子もびっくりして「えっ!? 同じクラスだったよ……?」と言うが、ナルトは首を傾げるばかりだ。いつも授業中などは先生の話に集中していたし、教室内では居心地が悪かったから、休み時間はいつも外でとっていたのだ。昼食などもそうである。
「ごめん、人の顔と名前って覚えられなくてよ。名前、何?」
「え、えと、ヒナタ。日向ヒナタですっ……」
ナルトの顔をじっと見つめながら、ヒナタは尻すぼみになりながらも自己紹介をする。ヒナタの視線に応えるように、ナルトも遠慮なくじろじろとヒナタの顔――だけでなく全身を嘗め回すように見つめる。ちょっと、恥ずかしい。
そんな初心な気持ちはナルトの一言で消えることになるわけだが。
「あぁ日向か。通りで変な目してるわけだ」
「変な目っ!?」
そんなこと初めて言われたよっ!? とヒナタはかなり傷つく。
確かに白い目は変だと思う。けど、目の前で変と言うのはいかがなものか。生まれつきだから仕方ないではないか。
むくむくと怒りや悲しみなどの負の感情が沸きあがってくるが、にこりとナルトが笑っただけでソレも無くなる。この男、悪気はないのだ。笑顔を見ればわかる。
「俺はうずまきナルト。で、何の用だったんだ?」
「……その、試験落ちたのに何でここにいるのかなぁって」
おずおずと言い出すヒナタは至極申し訳なさそうだ。
対するナルトはひまわりのような元気いっぱいの笑顔。胸を張り、親指で額当てを指して、自信満々だ。
「いろいろあって合格にしてもらえたんだよ。ほら、この額当てを見ろ。これこそが合格の証だろ?」
多少どもりながらも「う、うん」とヒナタは頷く。
沈黙。
話題が尽きたと言わんばかりにヒナタは黙り込み、もう用はないのかな、とナルトは本に視線を落とす。
『忍びの心得 大全』――忍びたるものの心構えを説いたものである。これから自分はプロの下忍になるのだから、そういうものはきっちりは覚えておかねばならない。
集中しながらページをめくっていく。だが、いい加減鬱陶しくなってきた。
まだ用があるのか、ヒナタは俯き気味にナルトのことをガン見しており、本とナルトの顔を往復している。何をそこまで真剣になれるのかがわからないが、とても鬼気迫った顔で自分のことを見てくるヒナタはナルトにとって未知の存在だ。脅威ですらある。
「……何だよ?」と多少震えた声で聞いたしまったのは仕方がないのかもしれない。未知とは恐ろしいものだ。人間関係が希薄どころか、ほとんど皆無のナルトにとっては経験したことがないのである。それなりに可愛らしい女の子に見つめられるなどということは。
「な、何もっ!?」
ヒナタはナルトの顔を見ていた顔を真正面に向きなおし、あたふたと礼儀正しく座ろうと試みる。ちらちらと視線だけを向けてくるのは変わりないが。
「まぁいいけどよ。見られて減るモンもねぇし」
タメ息が出る。
そのとき、教室の扉が大きく音を立てて開かれた。
入ってきたのはイルカである。
「静かにー。こっちを見ろー」と多少間延びした声を発しながらイルカは教壇へと登った。ナルトは本を閉じると、机の下に置いてある鞄に詰め込んで、イルカのほうを見る。
「ごほん」と咳払いをするイルカを着席している卒業生たちは緊張した面持ちで見る。当然だ。これから下忍生活が始まる。そのための説明が始まるのだ。もし大事なことを言われて、それを聞き逃したら? ただの馬鹿である。
イルカは集中した視線を送ってくる卒業生たちを満足そうに見ると、唐突に厳しい表情を浮かべた。
「今日からめでたく君たちは一人前の忍者になったわけだが……しかし、まだまだ新米の下忍! 本当に大変なのはこれからだっ!」
まだ始まってすらいないのだ。
アカデミーで習うことは本当に基礎の基礎だけ。
体術の基本、忍具の基本、忍術の基本、後は植物などの生態系の基本やサバイバル生活の基本などである。先生たちに守られて、大切に大切に育てられてきた。だが、これからは違う。
もう"一人前"なのだ。
「これからの君たちには里から任務が与えられるわけだが、今後は三人一組(スリーマンセル)の班を作り、各班ごとに一人ずつ上忍の先生がつき、その先生の指導のもとで任務をこなしていくことになる班は、力のバランスが均等になるようこっちで決めた」
「えー!!」と多くの卒業生が抗議の声を漏らすが、ナルトだけは「三人一組か。友達なんかいねぇし、誰でもいいや」と小さく呟いた。隣で聞いていたヒナタは悲しげに顔を伏せるが、ナルトは決して気づかない。
それから生徒たちの名前が呼ばれ、それぞれの班が決まっていく。決まった班のものたちは順番に席を移動する。
まだかな、と自分の名前が呼ばれないことをナルトは心配し始めるが――
「……じゃぁ、七班。春野サクラ、うずまきナルト、うちはサスケ」
呼ばれた! 喜んで立ち上がる。
下では「ナルトかよー!」と悲しむサクラと、「サスケくんだー!」と喜ぶサクラがいた。どちらも同一人物である。
班の決定で一喜一憂する卒業生たちを笑顔でイルカは見ていて教室を出ようとするが、最後に「午後から上忍の先生たちを紹介するから、それまで解散!」とだけ言って出て行った。
邪魔者がいなくなった瞬間、教室はがやがやと騒ぎ出す。
班が決定されて移動した際、ナルトの隣はサクラとサスケになった。
「一緒の班は――うちはの奴か」
「フン、せいぜい足を引っ張るなよ」
「……善処させてもらいますよ」
桃色の髪を横に分けたデコ丸出しの女の子が春野サクラで、逆立つ黒髪に整った顔立ちのうちはサスケだ。何故かはわからないが、サクラは終始ナルトのことを睨みつけており、ナルトは心底辟易としていた。
「ナルトー! あんたサスケくんに対して偉そうなのよ!」
烈火のごとく怒り狂う乙女は恐ろしい。
思わず本音が出てしまったのも無理はないというもの。
ナルトは皮肉気に口角を吊り上げながら、顔を近づけて叫んでくるサクラの額を指で突くと、耳元で優しく囁いた。
「うるせぇから黙ってろ、デコッパゲ」
一瞬何を言われたのか理解できず、距離を離したナルトのことを呆けた顔で見てしまった。
うるせぇから黙ってろ……デコッパゲ。デコ――パゲ。ハゲ。
ハゲッ!?
理解したときには怒りが限界を超えて噴き上がる。
机に拳を叩きつけて、ナルトのジャンパーの襟元へと手を伸ばす。
「デコッパゲ!? 喧嘩売ってんの!?」
「買ってくれるならいくらでも売るぜ? 大安売りのバーゲンセールだ」
襟元に向かった手は簡単に掴まれて、ぎりぎりと力を加えられていく。
凄まじい力だ。
サクラの細い腕は引き千切れそうなほどの苦痛に襲われる。顔を顰め、腰から力が抜けていき、罵声を吐く力も消えていく。
呻くように息を吐き出しながら、懇願するようにナルトのことを見上げた。恐ろしく、冷たい目だった。敵を見るような、そんな視線。
「つまんねぇの」と吐き捨てると、ナルトはサクラの手を離し、教室の扉へと向かって歩き出す。
「チキンのくせに喧嘩売ってくんなよ。馬鹿が」
そんな言葉を残して、部屋から出る。
強引に閉じられた扉は大きな音をたてて、耳障りなそれは気分を害するもの。
イライラする。
この気持ちを伝えようと意中の人であるサスケに向き直って――
「何よっ! あいつ……偉そうにっ! サスケくんどう思う!? って、いないー!」
気づけば教室には一人きりだった。
◆
晴れ渡る空の中、太陽は無駄に元気そうだ。
さんさんと照りつける陽光が暑い。とても、暑い。だから失敗してしまうのだろう。湯だった頭だから仕方ない。
そんな言い訳をしながら、ナルトはアカデミーの屋上で身悶えていた。
「馬鹿だろ、俺……喧嘩売ってどうすんだ。これから仲間になるってのによ……」
友達が欲しかったら相手がして欲しいことを考えろ、とイルカに言われたばかりだ。それなのにナルトはつまらぬ失敗を犯してしまった。
喧嘩を売られる。あげく買う。女に対して力を行使する。考えうる限りで最悪だと言っていい。
これからサクラとギスギスとした関係を送らなければならないのかと思うと逃げ出したくなる。もう、一人は嫌だ。誰でもいいから友達がほしい。
「くそっ、墓穴掘ってよ。イルカ先生に言われたろ。『友達になってください』だ」
呟いた言葉は誰にも届くはずのないものだった。
「何ぼやいてんだ?」
それなのに何故か返答が来た。
急いで飛び起きると――
「うちはサスケ!?」
「いきなり人のことフルネームで呼ぶんじゃねぇよ。ウスラトンカチ」
いきなりウスラトンカチなどと罵倒してくるサスケの姿があった。
それが激しくナルトをむかつかせた。
サスケは優等生だ。才能に溢れている。
それが妬ましい――いや、関係ない。ただ、羨ましいのだ。才能などではなく、常に人に囲まれているという環境が。
自覚はある。けれども、嫉妬はなくならない。
制御できない感情が心の防波堤をあっさりと決壊させる。
「んだよ、喧嘩売ってんのか? 俺は非常に虫の居所が悪いんだ。大特価で買い取ってやるよ」
「別に、そんなつもりはねぇよ」
サスケは手にサンドイッチを持ち、頬張りながら近づいてくる。
座り込んでいるナルトの隣へ勢いよく座り込むと、サンドイッチを大きく齧った。
「勝手に座るな」
「別にお前の家ってわけでもないのに命令するな」
事実だ。けれど、神経が逆撫でされたような気分に陥る。
むかつく。とにかくむかつく。殴りたい。そんな気持ちがふつふつと湧いてくる。
ちらりとサスケのほうを見た。
サスケはサンドイッチを食べ終わっており、空を見上げていた。ナルトに関心を示すわけでもなく、ただ空を――
「友達、いないのか?」
唐突に、そんなことを言われる。
心臓が爆発するかと思った。
「……っ! いきなり核心つくんじゃねーよ! お前はエスパーか!?」
「聞こえたんだよ」
聞こえたとは何だろう……考える意味もない。
間違いなく『友達がほしい』発言だろう。屋上で寝転んでいたせいか、それとも陽気にやられたのか、油断していたからこそ漏れ出た本音を、不覚にも聞かれてしまった。しかも、内容が幼稚と来たものだ。
恥ずかしさがこみ上げてくる。
「……いねぇよ。悪いか!」
だから、声を張り上げて。
「気分悪ぃ。俺は行くぜ」
「あ、おい。そろそろ時間……」
引き止める声も無視して、ナルトは屋上から飛び降りた。
(時間なんて――知るかっ!)
とにかくこの場から離れたかったのだ。
◆
アカデミーの広場にあるベンチに座り込みながら、桃色の髪をわしゃわしゃと掻き毟って、乙女は憤慨していた。
「あのクソナルトォォォォッ! 人の気にしてることを――デコッパゲだって!? デコ……ハゲ? ハゲてないわよ! 畜生!!」
サクラはデコの面積が広いことを気にしている。とても、気にしている。
思春期真っ盛りのこの年齢では、やはり見た目は気にしてしまうものなのだ。しかも、意中の人であるサスケの目の前での罵倒である。信じられない。ナルトがいくら鈍感だからって、あれほどサスケにアピールしているサクラの姿を見たことがあるはずだ。それなのに、それなのに、それなのに――
「ムキャーーッッ!」
思い出しただけでもイラつく。
忍術以外の成績が良いのも知っているし、授業態度だって真面目、他のアカデミー生よりもよほど好感が持てる。格好イイ奴、と思っていた。それなのに、サスケに対してあの口ぶり。嫌味な笑顔を浮かべて、あの言葉遣い。ありえない。サスケくんに対してっ!
と、いったことでサクラはとてもとても怒っていた。
ベンチに座って、ダンダンと地団太を踏んでいる。端から見れば、清楚な女とはかけ離れた――百年の恋も冷めるような醜態でしかないのだが……
「――ナルト見なかったか?」
声変わりの終わりきっていない、耳心地の良い声。
地団太を踏むのをやめ、苛立った顰めた顔を即座に修正し、笑顔を浮かべる。完璧だ、と考えてから振り向くとそこには王子様がいた。
切れ長の黒瞳はサクラの心を掴んで話さない。あらゆる授業でトップの――まさにエリートという言葉が相応しい少年、うちはサスケ。ナルトとは比較にならないほどの格好良さだ。心臓が、高鳴る。ナルトのことじゃなければもっと嬉しかったのに……。
「あ、サスケくん……ナルトなら見てないけど」
ってか、あんなやつ興味ないしー、というのがサクラの本音である。
「そろそろ集合の時間だ。ナルトのヤローを教室に連れていかないと」
「あんな奴、放っておけばいいじゃない! いつも授業の進行遅らせるしさ。忍術なんかてんで使えなくて、本当に迷惑! あげくに、あげくにデコッパゲって! ふざけんなってのよ!」
苛立っているせいか、腹の中に押し込めた怒りが口から吐き出される。
そうだ。
ナルトは忍術の授業のとき、いつも失敗して授業を遅らせた。いっそいなければいいのに、と何度思ったことか数え切れない。態度はでかいし、よくクラスメートと喧嘩していた。なんだかんだで勝っていたが、たまに大勢にやられてボコボコにされていた気もする。
協調性がないのだ。致命的に。だから、目の敵にされる。それを自覚していないこともわかる。
つまり――
「やっぱりまともな育ち方してないからよ、アイツ……ホラ、あいつ両親いないじゃない!?」
常識を教えてくれる厳しい親がいない。なんと羨ましいことか。
「いつも一人でワガママし放題! 私なんかそんなことしたら親に怒られちゃうけどさ。いーわねー、ホラ! 一人ってさ! ガミガミ親に言われることもないしさ! だからあんなふうに人の気にしてることを言うのよ。本当サイアク!!」
夜中にお菓子を食べても怒られない。
宿題などをしろと言われないし、風呂の時間を決められたりも、門限などもないのだろう。羨ましいっ!
そんな奔放な生活をしているから、あんなに思いやりのない子なのだ。
サクラの舌鋒は止まらない。黙って聞いているサスケが、機嫌が悪くなっていくのにも気付かず、ただただ罵倒を続ける。
「……孤独」
ぽつり、と吐き出された言葉。
何を言ったのか聞き取れず「え?」とサクラは聞き返してしまう。
「親に叱られて悲しいなんてレベルじゃねーぞ」
怒っている。
サスケは正しく、サクラを睨みつけて、怒っていた。
何故怒られているのかわからない。何が逆鱗に触れたのか――あぁ、ナルトのことか。そして、サスケも両親がいないことを思い出す。地雷を踏んだ。
「お前、うざいよ」
好きな人に言われたら、とても傷つく。
確かにうざかったかもしれない。私が悪かったかもしれない。
肩を怒らせながら歩いていくサスケの背中を追いながら、サクラは少し反省した。
◆
教室の中、うずまきナルトは目的もなくうろついていた。
周囲にいる卒業生たちが鬱陶しげにナルトのことを見ているが、気にした素振りもなく、時計と扉を交互に見ながら、深い深いため息をついていた。
「ど、どうしたの?」
おずおずと聞いてくるヒナタのことなど眼中に入れず、再び溜め息。
無視された! と悲しみに打ち震えるヒナタは自分の席へと戻って行くと、突っ伏した。後ろに座るポニーテールの金髪の少女――山中イノが「あんた頑張ったわよ」と慰めるも、突っ伏したまま悲しげに肩を震わせている。こりゃだめだ、と周囲の卒業生たちも嘆息した。
本当のところは、ナルトは考え事をしていて、ヒナタに気付かなかったのだ。
考えていた内容は稚拙ではあるが、ナルトにとってはとても重要なことであり、経験したことのない無理難題に等しきことである。
(デコッパゲは言いすぎだよな。いやでも、突っかかられたのは俺だし。なんで俺が謝らなきゃいけねーんだ?)
サクラに悪口を言ったことを、とても後悔しているのだ。
けれど、自分が悪いとも思わない。悪口を言ったのは確かに悪いが突っかかってきたのはサクラが先だ。それならばサクラから謝るのが筋ではなかろうか。しかし、女性の外見を馬鹿にするのは男としてどうなのだろうか。かなり最低なことではないのだろうか。ナルトが今まで読んだ小説の中でそういうことが書かれていた気がする。
しかし――プライドが許さない。
何故、頭を下げねばならない。強要される理由もない。
それでも、本音は違う。
ナルトは謝りたい、と思っていた。
時計の針が集合時間の五分前を指したとき、事態は激変する。
扉が開く音とともに、サクラとサスケが教室に入ってきたのだ。
ナルトとサクラの目が合う。サクラは申し訳なさそうに顔を伏せる。これは罪悪感から来る行動であったが、ナルトは"嫌われた"と考えた。
それからの行動は実に速い。即座に頭を下げる――どころか床に膝をつけ、更には額もつけてしまった。
「ごめん、春野サクラ! さすがに言い過ぎた! 謝る、許せ!!」
心からの謝罪である。これから仲間になる女の子に嫌われるなど、プライドを捨てるよりも嫌だ。
その行動にサクラは飛びあがりそうになるほど驚き「ナ、ナルト? なんで土下座?」と呟いてしまう。予想外すぎる。そもそも謝ってくるなどとは思ってなかったし、これから気まずいなぁ、とひそかにサクラは考えていたのだ。それなのに、土下座。誠心誠意の謝罪。どう対応すればいいのかわからず、混乱してしまう。
サスケも同じのようで、むしろ教室にいる卒業生の大半が同じのようで、みんな目が点になっていた。「ナルトはサクラに何をしたのだろう」と小声で話しあっている。「土下座するほどだし……」と誰かが呟いた瞬間、「とりあえず土下座やめて!」と叫んでしまった。
しかし、ナルトは首を振る。
「考えてみたんだけど、俺が悪かった。女の子の外見を罵るなんて最低だ。本当に悪かった。ごめんな」
「い、いいわよ。私も言いすぎたし……だから、土下座やめてっ!」
「許してくれるのか?」
初めて顔を上げたナルトは、懇願するようにサクラのことを見上げている。
さっきまで怒ったり、罪悪感を感じたりしていたことが馬鹿らしくなる。こいつ、馬鹿だ。馬鹿のことを真面目に考えることほど時間の無駄はない。それに、馬鹿だけどイイ奴だ。
うん、とサクラは許すことを伝えると、ナルトは飛び起きて、サクラの前に立った。 ひとしきり咳払いをして、深呼吸を始める。何がやりたいのだろう、と教室のみんながナルトを注目するが、その行動は斜め上を行くものだった。
「じゃぁ、ごほん。『友達になってください』」
「……はぁ!?」
漫才のように見えるこの光景。
サスケはとうとう吹き出した。
「――プ、ハハ、アハハハハッッ!」
「な、なんで笑ってるのよ、サスケくん!」
「で、どうなんだ」
「わ、わけわかんないんだけど、何で友達?」
「欲しいからに決まってるだろ」
決まっているのか、とサクラは疑問を持つが――ナルトのアカデミー時代を思い出すと、納得する。
(そういえば、アカデミーで誰かと一緒に笑ってる姿って見たことないわね……)
ずっと、一人だった。もしかして――
「友達、いないの?」
「……恥ずかしながら、いない」
胸を張りながら言う言葉ではない。
「仕方ないわね。じゃあ、このサクラちゃんがなってあげるわよっ! サスケくんは?」
「遠慮しとく」と苦笑しながら答えるサスケに「笑うだけ笑って遠慮かよっ!」とナルトはツッコミを入れる。
いきなり喧嘩もしたけれど、なんとか上手くやっていけそうだ、とサクラは思う。サスケはどうなのか――
「そのうちな」
笑いながら言うその言葉に、嫌そうな雰囲気はなかった。