2.
濃霧漂う河川を、船に乗って横断する。
何かから隠れるように、船についたエンジンを使わずに櫂で漕ぐのはどうしてだろうか、ナルトはふとそんなことを思うが、ここはすでにガトーの領域。波の国の国境線。
既に、敵地なのだ。
つまり、敵がいる。いつ難敵が来るとも知れず、普通に考えれば先ほどの中忍よりも更に強い忍者が襲ってくることは容易にわかる。
それなのに、あえて危険を冒す選択をしたカカシのことが不思議であった。
「よーしィ! わしを家まで無事送り届けてくれよ」
陸地についたタズナの第一声に「はいはい」と呆れたようにカカシは返す。
濃霧は抜けて、視界が晴れ渡る。やや湿度が高く感じるのは道の脇に川があるからだろうか。
さらさらと流れるものは透明度が高く、水底まで目に写る。見ているだけで熱くなっている頭が冷めていくようだ。
そして。
「……先生」
「ナルト、お前も感じるか」
サスケとナルトはホルスターに手を当てて、いつでも苦無を取り出せるように身構える。
不穏な視線を感じたのだ。
身体中に突き刺す、気持ちの悪いソレはこちらに対して明確な敵意を持っている。
「え、え、ナルト――どうしたの? サスケくんも……」
サクラはわからないながらも、現状を把握する。
つまり。
「お出迎えだ」
「だから、嫌だっつったんだよ……」
道は川と木々に挟まれている。
視界を遮る草藪から、突如として、巨大な何かが飛来して来たのだ。
それは回転しながらナルトたちに襲い掛かるが、七班は素早く回避する。タズナはカカシが引っ張って、助けた。
そのままの勢いで木に突き刺さったそれは、名状しがたい。あえて言うならば、鉄塊だろうか。段平にも見えなくはないが、やはり、鉄の塊のようにしか見えない。
そして、分厚い幅広の刃の上には痩身の――上半身裸の、怪しげな男がいた。
筋骨隆々というわけではないが、鍛えこまれた四肢。細く長い身体は力強さとともに、しなやかさを感じさせる。まさに、機能美だ。
美しき肢体を存分に露出する――変態と形容するしかないその男は顔の下半分を布で隠しており、奇怪さを引き立たせている。
誰だ、こいつ。
七班の全員は思ったし、タズナも思った。尋常な輩ではないだろう。
「へーこりゃこりゃ、霧隠れの上忍――桃地再不斬君じゃないですか」
カカシは、知っていたようだ。
少しだけ緊張した面持ちから、敵の実力を予測する。
ナルトは気づく。俺たちが相手にできる敵じゃないな、と。
サスケとサクラも気づいているのだろう。
じりじりと後ろ足で退却しながら、タズナを背に守っている。
カカシは、笑う。
「下がってろ、お前ら。こいつはさっきの奴らとは桁が違う……こいつが相手となると……このままじゃあ、ちょっとキツイか……」
片目を覆っている額当てに手を当てる。
「写輪眼のカカシと見受ける。悪いが、じじいを渡してもらおうか」
「卍の陣だ。タズナさんを守れ。お前たちは戦いに加わるな。それがここでのチームワークだ」
放たれる言葉はこれだけだ。
「再不斬……まずは、俺と戦え」
額当ての裏から出てきたのは車輪のような模様が浮かぶ瞳だ。血継限界と呼ばれる特殊な瞳。
「ほー、噂に聞く写輪眼を早速見れるとは……光栄だね」
写輪眼の特性――それはサスケもよく知ること。
「写輪眼――いわゆる瞳術の使い手は全ての幻・体・忍術を瞬時に見通し、跳ね返してしまう眼力を持つという……
写輪眼はその瞳術使いが特有に備え持つ瞳の種類の一つだ。しかし、写輪眼の持つ能力はそれだけじゃない」
「クク……ご名答。ただそれだけじゃない。それ以上に怖いのはその目で相手の技を見極め、コピーしてしまうことだ
俺様が霧隠れの暗殺部隊にいた頃、携帯していた手配帳(ビンゴ・ブック)にお前の情報が載ってたぜ……
それにはこうも記されてた。千以上の術をコピーした男――写輪眼のカカシ」
そんなにスゴい忍者だったの!? とサクラは驚いてしまう。
強い忍者だというのはわかっていたが、いつも『イチャイチャパラダイス』などというエロ本にうつつを抜かしているような男――それがカカシだ。それなのに他の里の忍者にすら広く知れ渡る実力を持つという……。
まじまじとカカシを見てみた。やっぱり信じられない。サスケも同じく、だ。
うちはの一部の家系にしか表れないそれは――うちはと名乗らないカカシが持っていていいものではない。
正統血統であるサスケは疑惑の瞳をカカシに向ける。
だが、カカシは意図的に無視しているのか、決して視線を合わせようとしない。
「さてと、お話はこれぐらいにしとこーぜ。俺はそこのじいさんを殺んなくちゃなんねぇ」
再不斬は七班を見下ろした。
タズナを守るようにナルトとサクラ、サスケが三人で立ち塞がり、カカシが一番前で構えている。
譲る気は、なさそうだ。
「つっても、カカシ――お前を倒さなきゃならねェーようだがな」
鉄塊を木から抜き放つと、再不斬は川の上に飛び降りる。
不思議な現象。
再不斬は水の中に沈み込むことなく、水の上で平然と立っていた。
驚く七班のメンバーを置き去りにして、事態は進む。
次々と切られる印。練り込まれるチャクラは膨大なもの。行使される忍術は――
「忍法・霧隠れの術」
足元に流れる清流から霧を生みだす忍術――【水遁・霧隠れの術】。
五感の中で最も比重の高い、視覚。それを遮られる恐怖とはどれほどのものか。
しかし、それは敵も同じこと……などということはない。
「まずは俺を消しに来るだろうが……桃地再不斬――こいつは霧隠れの暗部で無音殺人術(サイレントキリング)の達人として知られた男だ
気がついたらあの世だったなんてことになりかねない。俺も写輪眼を全て上手く使いこなせるわけじゃない。お前たちも気を抜くな!」
無音殺人術。
かすかな音すら残さずに敵に近づき、急所を狙う――忍者が使うに相応しい技術。その達人。
位階が違う。
『八か所』
ぼんやりとした――どこから発されているのわからない声が、耳に届く。
『咽頭・脊柱・頚動脈に鎖骨下動脈・腎臓・心臓……さて、どの急所がいい?』
くつくつと笑う声がこだまするも、位置を特定することができない。
位置を気取られずに喋る特別な声帯法だろう。相手に恐怖のみを与える。
つまり、急所を潰されて殺される姿を想像させるのだ。少しでも隙が出れば恩の字程度の考えの下に行われた駆け引きであるが、効果覿面である。
(ス、スゲェ殺気だ! これならいっそ死んだほうが楽なくらいに……ッ!)
冷や汗に塗れていることを、サスケは自覚する。
自分よりも圧倒的に強い。凄惨な殺気だけでそれは理解できる。
何故なら、死ぬ瞬間を想像してしまった。
脳内では再不斬の鉄塊で叩き潰される哀れな自分の姿が鮮明に映し出されている。
恐い。
身体が震えるほどに、恐い……。
「サスケ、安心しろ。お前たちは俺が死んでも守ってやる」
響いた言葉は、胸に落ちる。
「俺の仲間は絶対に殺させやしなーいよ」
にこやかな笑みとともに、安心を与えられる。
大丈夫だ。
不思議とそう思わせてくれる、普段は頼りなさの目立つ上忍の姿。
『それはどうかな……?』
斬撃。
突如カカシの背後に現れた再不斬は、カカシへと斬りかかり、カカシはあっさりと両断される。
何かが地面に滴る音。
「終わりだ」
血。
いや、それは違う。血は透明ではない。赤いのだ。
ならば、これは何だ。
両断されて、跡形もなくなった。水へと変わって地面へと落ちたカカシは何なのだ。
そして、鉄塊を振り下ろした体勢のまま、再不斬は凍りつく。視線は首元へと置かれる苦無へと向かっている。
「水分身の術……まさかこの霧の中でコピーしたってのか!」
斬られたカカシは水分身(ニセモノ)だった。
本物は再不斬の後ろに立ち、悠然と苦無を押しつけている。
勝った、七班の全員はカカシの強さに戦慄した。
「動くな……終わりだ」
「ククク……終わりだと? 分かってねェーな。サルマネ如きじゃあ……この俺様は倒せない……絶対にな! しかし、やるじゃねェか。あの時、既に俺の【水分身の術】はコピーされてたってわけか」
分身のほうにいかにもらしい台詞を喋らせることで、俺の注意を完全にそっちに引きつけ、本体は【霧隠れ】で隠れて、俺の動きを窺っていたって寸法か」
再不斬は吠える。
現状を認識する理解力を持っていないのか、狂っているのか、それとも――
「けどな……俺もそう甘かねーんだよ」
再不斬も水となり、消えた。
「そいつも水分身か!」
背後に感じる死への導き。
カカシは見ずにしゃがみこむ。
一瞬の差。
カカシの頭上を鉄塊が通り抜けた。
剣閃の後に巻き起こる斬風はすさまじく、カカシの髪をなびかせる。
そして、地面へと這うように腰を落としたカカシへと襲いかかるものは――再不斬の蹴りだった。
体勢は崩れていて、対応できない。
両手を交差させて防御するも、完全に衝撃を殺すことはできず、水の中へと吹き飛んでいく。
追うように再不斬が地面を踏み締めるが、身に走る激痛。
痛みの根源である足元を見ると――
「まきびしか……くだらねぇ」
せめてもの手向けか。カカシの放り投げたまきびしが地面に散らかっていた。
ちょっとした時間稼ぎ程度にしかならないが、この間に体勢を立て直そうとカカシは、予想外の事態に陥ることになる。
「な、なんだ……この水、やけに重いぞ」
「フン、馬鹿が」
泳ぐことは得意だ。それなのに、泳げない。
水に囚われる。
再不斬は水の上へと立ち、印を組むと、カカシへと手を翳した。
「水牢の術」
「しまった!?」
「ハマったな。脱出不可能の特製牢獄だ……お前に動かれるとやりにくいんでな」
【水遁・水牢の術】――川の水を球状に固定し、対象のものを束縛する忍術。
球状の牢獄を固定するために翳した片手の自由を奪われるが、問題はないと判断しているのだろう。
再不斬からすれば、敵はカカシだけだったのだ。
「カカシ、お前との決着は後回しだ。まずはあいつらを片付けさせてもらうぜ」
言葉とともに生み出されたのは水分身。
にやりと嗜虐的に嗤うと、水分身はナルトたちへと向かっていく。
「額当てまでつけて忍者気取りか。だがな……本当の忍者ってのはいくつもの死線を乗り越えたものを言うんだよ。
つまり、俺様の手配書に載る程度になって初めて忍者と呼べる。お前らみたいなのは忍者とは言わねぇ」
疾走。
オリジナルよりも幾分も劣ってなお、速いと言える速度は普通の下忍では対応できないものだろう。
だが、生憎と――七班は普通ではない。
他の里で知れ渡るカカシをして『優秀』だと太鼓判を押す、特別な下忍だ。
再不斬の水分身が大きく振り上げて、緩慢に振り下ろした段平を、ナルトが受け止める。
真剣白刃取り。
おせぇよ、と呟いたのは誰に向けてのことか。反応するようにサスケは地面を踏み締めると、飛翔する。
弾丸の如く飛び出したサスケが向かうは水分身。
距離を縮めるような瞬間的な加速。
敵の懐で急停止し、停止したエネルギーを腰の回転で消さずに、身体へ溜め込んで――振り上げた利き足へと体重移動していく。
流麗な軌道は素早く進み、再不斬の顎へと突きささる。
「誰が遅いって?」
「水分身の動きだよ」
一瞬で、蹴散らす。
水分身など相手にならぬ、と結果で示す。
少しだけ身構える再不斬であるが、ここから続く展開は実に予想外のものだった。
「取引だ」
放たれる言葉はナルトのもの。
「この爺は渡すから、そこのカカシを返してもらえねぇか?」
「ナルト!?」
「……ククク、アハハハハ!! ガキ! 言ったことは訂正だ。お前は忍者だよ。現実をよくわかってる。だがな――」
客観的に見て、的確な行動だ。再不斬は心から称賛する。
驚くカカシを見れば嘘をついているようにも見えず、心からの取引なのだろう。
しかし、甘い。
交渉とは立場が同等でこそ成り立つし、何より、相手の人間性というものを掴んでいなければならない。再不斬の性格をよくわかっていなければならない。
「――そんなこと、俺様がすると思うのかよ?」
つまり、戦闘狂の片鱗を見せる再不斬にそのような交渉が通じるわけがないという現実。
だが、再不斬も甘かった。
ナルトが、そのようなこともわからない奴だと判断したことが何よりも誤りだし、何より――敵のブレインを見誤ったことこそが最大の間違い。
「思うわけないでしょ」
黙っていたサクラが口の端を吊り上げる。
その表情が物語っている。かかったわね、と。
瞬間、足に違和感を覚える。
見ると、水の中には金髪のガキが漂っていて、水面からは小さな手が生えていて……力一杯、再不斬の足首を握りしめていた。
ようやく、気づく。
交渉は時間稼ぎだったのだと。
「即興忍術! 水遁・心中斬首の術!!」
「ガキ!!」
足へと注意を向ける。
ぎりぎりと握りこまれるそれは馬鹿力という他なく、抵抗しなければ今にも水中へと引き摺りこまれそうだ。
だが、それは囮。
「どこ見てんだ」
前を見れば、そこには印を組む生意気そうな黒髪のガキ。
見覚えのある印は攻撃的なもの。
背筋に悪寒が走る。
「火遁・豪火球の術!!」
「チィッ!!」
急遽【水遁・水牢の術】を解き、その場から離脱することを決める。
足を思い切り引っ張り、水面からナルトを引きずり出す。
人質代わりにするために、首根っこをつかんで陸地へと移動した。
だが――耳に聞こえる音は実に不吉なものだ。
ばちばち、ばちばち。
見下ろすと、ナルトはにやにやと笑っている。人質になったはずなのに、笑っている。そして、手に持つものは――
(起爆札――バンザイアタックか!?)
投げ捨てようとする。だが、しがみついて離れない。
意識が起爆札へととらわれた。
それが、間違い。
「さて、問題。水に濡れた起爆札は爆発するでしょーか?」
ぽんっ、と呆気なく煙となり、起爆札ごとナルトは消えた。
走る激痛。
腕を見ると、数本の苦無が突き刺さっている。血が流れ、だらりと腕が落ちてしまう。
突き刺さった角度から見ると、投げたのは――サクラとサスケだ。
「影分身……だと!?」
ナルトはフェイク。自分が使った水分身と同じことをやり返されたのだ。
殺してやる……。
どす黒い殺意が溢れていく。
だが、再不斬の敵はそれだけではない。
水牢の術が解けた。つまり……。
「さーて、カカシ先生……頼むぜ?」
「サクラ……作戦見事だったぞ」
陸地へと、カカシが上がる。
身震いするように水滴を飛ばしながら、誇らしさを宿す瞳を七班のメンバーに向けていた。
「先生が捕まってどうしようかと思ったわよ。まぁ、ナルトの演技が上手かったってのはあるけどね。けっこう本音入ってそうだったけど……」
一番無害だと思っていたチビっこい女が考えた作戦。
不覚をとった。
「……優秀な手駒を持ってるじゃねェか」
負け惜しみではなく、純粋な好意の言葉だ。
さすがはカカシの部下ということだろうか。
「自慢の生徒でね。さて、言っておくが、俺に二度同じ術は通じないぞ。どうする?」
再び両者は水の上へと舞い降りる。
静寂。
だが、次々と手は印を結んでいく。
全く同じ動きをするカカシと再不斬が、印を組み終えるのは同時だった。
「水遁・水龍弾の術!!」
ある程度距離の離れた両者から放たれた水遁は、水を龍と化すもの。
数本の首を持つ龍が礫となって、敵を襲う。
炸裂。
ぶつかりあった術の威力は同等で、結果は引き分けということだろうか。
巨大な水流は爆発し、雨となってナルトたちのいる場所へと降り注ぐ。
「あの量の印を数秒で……しかも、それを全て完璧に真似てやがる」
「何なの……これって忍術なの!?」
「さぁな。とりあえず、俺たちとはレベルが違うってことだろ」
激流に飲み込まれたにも関わらず、カカシと再不斬はそのままの位置で対峙していた。
再不斬は手を掲げる。カカシも同時に、掲げた。
不気味だ。
後に続いてくるのではなく、ほぼ同時。
もはやこれは真似などではないのではないだろうか。
嫌な想像が膨らんでいく。再不斬は、平常ではなかった。
(こいつ……俺の動きを完璧に……)
「読み取ってやがる」
再不斬の思考に、カカシが言葉を合わせる。
(なに? 俺の心を先読みしやがったのか! くそ、こいつ……)
「胸糞悪い目つきしやがって、か?」
苛立つ。
「フッ、所詮は二番煎じ」
「お前は俺には勝てねーよ。サルやろー!」
尽く、言葉を遮られて、続けられる。
極めて不愉快だ。
「てめーのそのサルマネ口、二度と開かねぇようにしてやる!」
掲げた手を下ろし、印を組む。
次々と組まれていく印は膨大な量で――しかし、間違うはずもない。身体に染み込んでいる。
だから、手が少し止まってしまうのは、別の原因だ。
(あ、あれは!)
カカシの後ろに、自分がいる。
幻術か? そう思うが――どうなのだろう。
自分よりも早く印を組んでいく自分の幻を真似るようにカカシは続き、そして。
「水遁・大爆布の術!」
巻き起こるのは洪水と言うほかないほどの奔流。
自分が印を組んでいるよりも早く、真似をしていたカカシが術を使う。
どういうことだ!
再不斬は目の前を大きく遮る水波よりも、そちらに思考を奪われていた。
回避の動作が遅れる。
爆流に飲み込まれた再不斬は、陸地へと運ばれて、大樹にぶつかるまで止まれなかった。
ずきずきと鈍痛がするのは、背中。木に思い切り打ちつけた背筋だ。
「ぐっ……」
苦痛の吐息が零れる。
「終わりだ」
カカシは木の枝から自分を見下ろしている。
再不斬はカカシを見上げ――
「何故だ。お前には未来が見えるのか」
「あぁ、お前は死ぬ」
首に棒手裏剣が刺さる。
カカシが投げたものではない。カカシの苦無はまだ手にある。
ならば、他の者がやったことになる。
カカシはナルトたちのほうを見るが、全員が首を振る。つまり、七班のメンバーではない。
「フフ、本当だ。死んじゃった」
聞こえたのは柔らかな音色。
言葉とともに現れたのは、白い仮面をつけた少年だった。
黒い着物を纏ってる身体は小さく、ナルトたちと同年齢のように思える。
降り立った少年を不気味そうに見る七班を置いて、カカシは再不斬の生死を確かめるために脈拍を測った。
零。
つまり、死んでいる。
「ありがとうございました。僕はずっと、確実に再不斬を殺す機会を窺っていたものです」
顔を隠している少年は、カカシに近づいてそう言う。
仮面は――カカシの見覚えのあるものだった。
「確かその面――霧隠れの追い忍だな」
「さすが、よく知っていらっしゃる」
「追い忍?」
サクラが疑問の声を上げる。。
「そう、僕は"抜け忍狩り"を任務とする霧隠れの追い忍部隊です……あなた方の闘いもここで終わりでしょう。僕はこの死体を処理しなければなりません。何かと秘密の多い身体でして……」
「気に食わないな、お前。どうにも辻褄が合わない。一人で勝てない敵を、何で一人で追ってるんだ?」
しかし、ナルトは抗議する。
納得できないのだ。少年の言葉は穴だらけ。どこから問い質せばいいのかわからないほどに、矛盾している。
何よりも不思議なことは――
「それに、死体を持って帰る? ここで燃やせばいいだろう。何なら手伝ってやるぞ。何せ、ここには火遁が得意な奴がいるんだからな」
「確かにその通りね。不可解だわ。何で死体全てを持ち帰るの? 殺した証明にしても、首だけでいいじゃない」
サクラも同調するが、しかし、カカシが首を振る。
「行かせてやれ」と赦しの言葉を得て、少年は自分よりも頭一つは大きな再不斬を肩に抱え、森の中へと消えて行った。
「行かせてよかったのか? あれはどう考えても敵だぞ。サスケもそう思わないか?」
「敵だろうな。だけど、カカシの現状を考えると……逃がすのは妥当な判断だと思う」
「何でよ?」
ばたり、と何かが倒れる音がする。
おそるおそるサクラは後ろを振り返ると、ぴくぴくと痙攣しながら倒れ伏すカカシの姿があった。
「えー!? なんで!?」
サクラは動揺する。なんで倒れたのかわからない。もしかしたら毒かも!? などと考える。
ナルトが近づいていって、カカシの身体を調べて、安堵の息を漏らす。
瞳孔も開いておらず、湿疹もない。浅い知識ではあるが、毒物の類ではないと判断する。
「命に別状はなさそうだ。過度の疲労だろう……俺が背負ってくよ」
「ハハハ! 苦労かけたのぉ! ま! わしの家でゆっくりしていけ!」
「うおお……丁寧に運んでくれ」
タズナの言葉に全員が頷き、波の国へと歩き出す。
少しばかり振動がつらいのか、カカシが抗議の声をあげるのが微笑ましい。
そして。
「先生がお急ぎらしい。走っていくぞ」
「え、先生――揺れのせいで悶絶しかけてるわよ!?」
「急いだほうがいいな。緊急に医者に見せる必要がある」
「サスケくんまで!? ちょっと待ってよー!」
ナルトとサスケは走り出した。
サクラも悪ガキ二人を急いで追い掛けるが、カカシを背負っているナルトにすら追いつけない。
アカデミーでは決して鈍足と言われることはなかったが、すばしっこいクソガキたちからすればとてつもなく遅いのだ。
ちくしょうううう! と叫びながらサクラはタズナに背を向け走り去る。
「元気じゃのぉ……」
波の国はもうすぐだ。
霧が晴れた視界は、とても明るかった。