== NARUTO ~うちはサスケと八百屋のヤオ子~ ==
(不覚を取った……。
出血が止まらない……。
力を込めても激痛しか走らない……。
そのくせ、体は一向に前に進まない……。
血と共に命が抜け出るようだ……。
・
・
……ん?)
彼の上に影が落ちる。
(誰だ?
子供?
女?
・
・
何しやがる!
・
・
そいつは口をモゴモゴと動かしたあと、緑の粘液を俺に吐き掛けた。
死ぬにしても、これはない……。
オレは情けなくなって繋ぎ止めていた意識を自ら手放した)
第62話 ヤオ子と一匹狼①
(手が温かい……。
温度を感じるということは生きている証だ。
腕に巻かれた包帯も見える。
誰かが手当てをしてくれたに違いない。
・
・
思い当たるのは……あのガキだ。
礼だけは言わなければな)
彼は、口を開こうとする。
「ニチャ……」
彼の口で、何かが糸を引いた。
(『ニチャ』って何だ……。
オレは、介抱されたんだよな?)
覚醒した意識に味覚が戻ってくる。
(口の中が……。
変な味がする……。
粘々する……。
意味が分からない……。
・
・
ひょっとして地獄にでも落とされて、赤鬼とかに拷問されている最中か?
最初は地味なところからって、口の中に得体の知れない物体を放り込まれて……。
・
・
ないない……。
兎に角、口を漱ぎたい……)
そこに影が落ちる。
彼は、影を落とした人物に目を向ける。
「気が付いたみたいですね?」
(あのガキだ……。
一体、何をしてくれたんだ?)
「分かりますか?
あたしは、八百屋のヤオ子です。
ヤオ子って、呼んでくださいね」
(地獄ではないらしいが、全てはコイツの仕業に違いない)
「洗面器に水を入れて来ました。
口をクチュクチュしてください」
(丁度いい。
口を漱ぎたいと思っていたところだ)
「死にそうだったから、無理やり兵糧丸と増血丸を流し込みました」
「…………」
(この口の粘りの正体は、それか……。
飲み切れなかった丸薬が口に残ったんだ……。
一体、どれだけ流し込んだんだ?)
彼は、言われた通りに洗面器の水で口を漱ぐ。
「偉いですね。
よく出来ました」
(その舐めた口の聞き方をやめろ)
「包帯も取り替えますね」
ヤオ子が彼の手を取り、ゆっくり包帯を巻き取っていく。
直に傷口の上に緑色のガーゼが見える。
(何だ? この得体の知れないものは?)
ヤオ子は、彼の疑問が分かると答える。
「傷に良く効く薬草です。
ただ、一定の温度と唾液の中に含まれる酵素を混ぜ合わせる必要があるんで、
口の中で噛んでから塗りつける必要があります」
(それで昨日のあれになるのか……)
ヤオ子が、ガーゼを剥がす。
「凄いですね。
もう傷が塞がり掛けています」
(当然だ。
オレの野性の力を甘く見るな)
「でも、背中に刺さった手裏剣の傷は深いですからね。
まだ無理できませんよ」
(確かに……。
ミリ単位で動いても痛い……)
「とはいえ、無理にでも消毒しないといけませんがね」
(鬼か……。
でも、生き抜くためには、このガキの力がいる……。
我慢するしかない……。
お嬢ちゃん……スパッとやってくれ!)
ヤオ子が包帯を外した後に、血と薬草に染まったガーゼに手を掛ける。
「いきますよ。
男の子です。
我慢しましょう」
ペリッと慎重に剥がした音がすると、彼に激痛が走った。
(正直……。
少し涙目だ……)
「毛も少し抜けたけど、不可抗力です」
(そうなると思ったよ……。
しかし、思ったより痛くなかったな……)
「まあ、縫合するのに傷口周辺は剃っちゃったんですけどね」
(何てことをしやがる!)
「は~い。
我慢してくださ~い」
ヤオ子は背中の傷口をぬるま湯で丁寧に拭いたあと、蒸したタオルで煮沸消毒する。
(ぐあっ!)
彼は思わず両手両足を伸ばす。
更にヤオ子は、口に含んでいた薬草を吐き掛ける。
「はい。
包帯を巻き直しますよ」
ガーゼを被せ、包帯を巻き直す。
「おしまいです。
腕は、もう大丈夫だと思いますが、無理は禁物ですよ」
(痛くてお礼も言えない……)
ヤオ子が自分の口を漱ぎに席を立った。
直に残された彼の傷口がポカポカとしてくる。
(気持ちいい……。
血流が集まってるみたいだ……)
ヤオ子が戻ってくる。
「この薬草、本で書いてあった通りに効果は抜群みたいですね。
ただ、口の中が凄く苦い……。
良薬は口に苦しとはいえ、処方する側にダメージがあるとは……」
(すまないな……)
ヤオ子が彼の顎の下をゴロゴロと擦る。
「う~ん……。
子猫の病院食って何でしょうね?」
(そう……。
オレは、このガキに助けられた一匹狼の猫だ)
…
今、ヤオ子は任務で峠のだんご屋に居る。
普段、店を切り盛りしている老夫婦の還暦のお祝いの旅行中の三日間だけ、代理の店番をするのが任務である。
国境の峠で往来が激しいとは言えないが、だんご屋を通る旅人は、ほぼ100%腰を下ろす。
そして、一日目の夕方、川まで水を汲みに行って、背中に手裏剣の刺さった子猫を見つけたのである。
この子猫の容姿は、全体が灰色で黒の縞模様が薄っすらと入っている。
特徴的なのが細く頑丈な紐で首輪をしていること。
首輪は、後ろからは分からない。
前部分の巻物につながっているのを確認して初めて分かる。
「すいません。
何が食べたいですか?」
「…………」
お客の居ないだんご屋で、ヤオ子が子猫に語り掛ける。
「何でも食べるさ」
「そうですか。
じゃあ──」
ヤオ子は子猫を凝視したまま、固まる。
「猫がしゃべった……」
ヤオ子の前の子猫は、前足を器用に返しながら答えた。
「忍猫だよ……」
「ああ。
ガイ先生のところの亀みたいな……。
あたし、忍猫さんを見るのは初めてです」
「そうか……。
礼を言う。
傷の手当をしてくれて助かった」
「あの……。
もう、普通にしゃべれるんですか?
死に掛けてたから、友人に頂いた丸薬で無理に命を繋いだ感じだったんですけど……」
「野生の血のお陰だ」
「凄いですね」
「まあな」
ヤオ子と子猫が見詰め合う……変な光景。
「そうだ。
勝手に治療したから、背中の毛を剃っちゃいました」
「仕方がないことだ」
「あと、縫合するんで拒絶反応を起こさないように、忍猫さんの髭を糸に使いました」
「何っ!?」
子猫が自分の髭を確認する。
そこには、あるものがない。
「馬鹿ヤロー!」
子猫はヤオ子にグーを炸裂させたが、背中の傷に響いて悶絶する。
「傷……開きますよ?」
「ああ……。
なんてことをしてくれるんだ……」
子猫は頻りに自分の髭のあった部分を撫でる。
「髭ぐらいで……。
下の毛を剃られたわけでもあるまいし……」
「お前は、猫の髭の大事さを知らない!」
子猫は涙目になっていた。
「そんなに気にしなくても、一ヶ月に1cmぐらい伸びるんでしょ?」
「まあ、そんなもんだと思うけど……」
「半年の我慢ですよ」
「はぁ……。
死ぬよりいいか……」
子猫との会話を止め、ヤオ子が立ち上がる。
「何を食べたいですか?」
「肉……。
魚の肉が食べたい」
「生?」
「焼いてくれ」
「ご飯は?」
「付けてくれ」
「どれぐらい食べれます?」
「オレの体を見て判断してくれ」
「子猫ですよね?
あまり多く作っても食べ切れないか」
ヤオ子は子猫を残し、七輪を持って外に出る。
そして、一旦店に戻ると秋刀魚の干物持ってきて、それを焼き始める。
「生って言われたら、
川まで獲りに行かなければいけないところでした」
七輪の上では秋刀魚の干物がいい匂いを漂わせる。
そこで、ヤオ子はさえ箸を使って焼き具合を確認する。
旬の時期に干物にしたのだろう。
油が滲み出て来た。
「もう少ししたら、ひっくり返しますか」
慎重に焼き加減を見ながらひっくり返す。
「いい匂いですね……」
そして、秋刀魚が焼き上がる。
「一丁上がりです」
ヤオ子は七輪の火を落として、店の中に戻った。
…
台所に戻り、ヤオ子は御ひつからご飯を軽く盛る。
そして、秋刀魚とごはんをお盆に乗せて、子猫の元に運ぶ。
「こんな感じです。
どうですか?」
子猫が綺麗に焼きあがった秋刀魚を確認する。
「お前、器用だな」
「ありがとう。
・
・
ねぇ。
猫って本当に熱いのダメなの」
「そうだ」
「この熱い秋刀魚で弱点の克服に挑んでみませんか?」
「やるか!
オレは怪我人だ!
何で、そんな残酷な拷問ショーに付き合わされるんだ!」
「やっぱり、本当なんだ。
じゃあ、直ぐには食べれませんね」
「ああ」
「じゃあ、冷めるまで身と骨を解体しますか」
ヤオ子が秋刀魚に箸をつけて身と骨を分解していく。
分解された骨には一片の身も残らず、身の部分も型崩れしていない。
「お前、滅茶苦茶箸の扱い慣れてるな」
「ふ……。
あたしの家では、肉は貴重品でしたからね。
身の一切れだって無駄にしません」
「変な奴だな……」
秋刀魚が解体されると、空気に触れた分だけ冷めるのが早くなる。
秋刀魚の身から湯気が立たなくなると、ヤオ子は指差す。
「もう、いいんじゃないですか?」
「そうだな」
子猫は皿に向かって這おうとするが、痛みで前進を止める。
「無理しなくていいですよ。
あたしが箸で運んであげますから」
「すまないな」
最初にヤオ子は、子猫にご飯を運ぶ。
それを口に入れると、子猫は細かく咀嚼して飲み込む。
「魚、魚、魚、ご飯のリズムで頼む」
「意外としっかりしていますね……」
ヤオ子は言われた通りに子猫の口に運んだ。
そして、秋刀魚の乗った器とご飯の乗ったお茶碗が空になり、食事は終了する。
「お前、中々やるな。
凄く美味しかったよ」
「お粗末様です」
ヤオ子は食器を台所の流しに下げて、洗い物をしながら質問する。
「ところで、忍猫さん」
「何だ?」
「お名前は?」
「タスケだ」
(一字違いですね)
「あたしは──」
「ヤオ子だろ?」
「聞いていたんですか?」
「口に丸薬が詰まっててな。
上手くしゃべれなかった」
「そうですよね。
・
・
あ。
だったら、『お前』じゃなくて『ヤオ子』にしてくださいよ」
「そうだな。
恩人だし……」
ヤオ子が洗い物を終えて、タスケの元に戻る。
「タスケさんは、何で怪我をしてたんですか?」
「情けない話だが……ドジった。
依頼人への伝言を伝える途中にやられた」
「相手も然る者ですね。
忍猫を見破るなんて」
「そこにオレも油断があった」
「任務……大丈夫なんですか?」
「ああ。
ここのだんご屋で待ち合わせだ」
「あたしに被害が及んだりしないでしょうね?」
「大丈夫だろう……。
お前が瀕死だと思った通り、
追跡者も手裏剣が当たった時点で死んだと思ったはずだ」
「そうですね。
体の大きさを考えれば、手裏剣一枚が致命傷ですからね。
・
・
相手は、いつ来るんですか?」
「明日だ」
「じゃあ、それまでゆっくりしてくださいね。
あたしは、お客さん来たら店番をしなければいけないので、
ずっとお世話できるわけじゃありませんが」
「ありがとう。
ゆっくりさせて貰うよ」
その後、ヤオ子が店番について十人の客が訪れた。
そして、その客に団子を出したり昼食を出したりして、本日の店番は終了した。
…
夜……。
ヤオ子がタスケの包帯を替えるため、包帯を外す。
「凄い……。
どうなってんの?
もう、傷が塞がってますよ?」
「野生の力だ」
「本当にそれだけ?」
ヤオ子は持ってきた携帯用の薬草辞典を捲り、件の薬草を再確認する。
「そうか……。
この薬草は、元々は野生動物が使っていたのを人間に使ったのが始まりなんだ……。
どっちかというと、タスケさん向けだったんですね」
「便利だな。
オレにも元の草を見せてくれよ」
「いいですよ」
ヤオ子がタスケの前に薬草を置く。
「ふ~ん……。
雑草みたいだな」
「注意深く見分けないと間違いそうですね」
「ああ」
「タスケさん。
抜糸しちゃいますよ?」
「え? もう?」
「タスケさんが凄いのか、薬草が凄いのか分からないんですけど……」
ヤオ子が手鏡二枚でタスケの背中をタスケに見せる。
「本当だ……。
塞がってる……」
「痛みは、どうですか?」
「少しピシピシする」
「もしかしたら、もう癒着が始まってるのかな?」
「癒着?」
「こんなことありえないんですけどね」
ヤオ子は指を立てる。
「タスケさんは治りが異常に早いんです。
そして、癒着と言うのは治癒の過程で、
本来は離れている組織同士がくっつくことを言います」
「へ~」
「それでリハビリの時にマッサージなどをして、癒着した細胞をゆっくり剥がすんです。
完全にくっついちゃうとバリッてなるから」
「痛そうだな……」
「今夜から、マッサージもしましょう」
「ヤオ子……。
医療忍者なのか?」
「いいえ。
任務のマッサージでそういう人が居たんです」
(何で、任務でマッサージ?)
「また、我慢ですよ」
「お手柔らかに……」
タスケの背中の傷から抜糸をすることになった。
見た目は治っていても、治ったばかりで新しい組織の多い場所。
ヤオ子は慎重に抜糸する。
「っ!
何か抜かれる時に切ない声が出そうになるな……」
「セクシーな声でお願いします」
「あのな……」
抜糸が終わると、湯たんぽを布に包んでその上にタスケを仰向けで乗っける。
「まず、治り始めた筋肉と癒着部分を柔らかくします」
「ヤバイ……。
眠りそう……」
「十五分ぐらい温めます」
タスケは目を細めて気持ち良さそうにしている。
そして、十五分後……。
ヤオ子はタオルを置いてタスケの背中を上にすると、ゆっくりと揉み始める。
「やっぱり……。
もう治ってる……。
この感じは、前に揉んだお兄さんと同じです」
「痛っ!」
「今のが、癒着が剥がれた感覚です」
「プチッと来た!
プチッと!」
「じっくり行きます。
一気に剥がれると痛いですから」
「頼む……。
それ以外は気持ちいい……」
(何か、猫相手にマッサージしてると、自分が惨めに思えてきます……。
でも、差別はいけませんよね……)
ヤオ子のマッサージにタスケは目を細め、寝息を立て始める。
「ZZZ……」
「寝ちゃった……」
その後も絶妙な力加減でマッサージは続き、ヤオ子は手に返る感覚で感心する。
「凄いな……。
本当に治ってるなんて……。
もしかして、兵糧丸と増血丸と薬草がスパークでもしたのかな?」
「ZZZ……」
「それとも、本当に野生の力?」
「ZZZ……」
「タスケさん。
少し反らしますよ」
ヤオ子はタスケの前足を持って、タスケの背中を反らす。
「痛っ!
オレは、元々猫背なの!」
「ああ、そっか!
人間と同じつもりで!」
タスケは前足を着けて、ハアハアと息を吐く。
「し、死ぬかと思った……。
・
・
でも、大分良くなったみたいだ」
タスケは直立歩行して、体を捻る。
「そんなことする猫、見たことない……」
「尻尾に力が漲ってくる感じだな」
「尻尾を立てて、ノロイでも倒しに行くの?」
「?」
タスケは首を傾げるが、やがて溜息を吐く。
「はぁ……。
問題があるとすれば、背中の禿げと髭がないとこだな……」
「名誉の負傷と割り切れば?」
「オレが猫じゃなければそうするよ」
「猫も大変ですね」
タスケは胡坐を掻いて座る。
「完治まで……。
後、どれぐらいかな?」
「普通はリハビリするのに、一ヶ月~二ヶ月ぐらいですかね?」
「そうか……。
それまでマッサージしてくれ」
「あたし、ここに明日までしか居ませんよ?」
「…………」
タスケが『え?』という顔をする。
「仕方ない……。
この任務終わったら、お前の家に居座るか……」
「ちょっと、待って!
タスケさんは、何処の里の人ですか!」
「オレは、里に属さん。
一匹狼だ」
「猫のくせに……」
「だから、お前の家で怪我が治るまで遊ばせてくれ」
「遊ぶんですか……」
「どうせ、明日の任務が終われば、オレは休暇だ」
「猫のくせに悠々自適な……」
「違うぞ。
猫だからだ」
「子猫のくせに……」
「その分、苦労してるんだぞ」
「まあ、そうでしょうけど……。
怪我が治るまでですよ」
「分かった。
オレは眠いから寝るぞ」
「はい……。
じゃあ、また明日」
ヤオ子はタスケを置いて、老夫婦の用意してくれた部屋で布団に入る。
そして、深夜、ぬくぬくが欲しいタスケが熟睡するヤオ子の布団に潜り込んだ。