== NARUTO ~うちはサスケと八百屋のヤオ子~ ==
ヤオ子のDランクには、月に一度、必ず例のケーキ屋の依頼が指名で舞い込む。
あそこの女主人は、ヤオ子が居ないとダメらしい。
新作のケーキの開発と季節変わりの旬のケーキの開発をどうしても一緒にやりたいらしい。
実際、ヤオ子が任務で手伝い出してから木ノ葉の女の子の固定客が付き出し、噂が広まり収益も上がっている。
そして、男性客も尋問部隊から噂が広がり、大人の苦味のあるケーキが売れている。
「元々、利益を優先するような人じゃなくて、ケーキ作りが楽しくて仕方ないって人です。
本当にケーキが作りたいだけなんでしょうね。
・
・
ただ、あまりにもケーキに囚われ過ぎて、話が合う人が少ないのも事実なんですよね。
あたしも、最初はキレたし……。
でも、一生懸命に仕事をしている人と働くと少し元気になるんですよね」
そして、今宵も試作ケーキをお土産にヤオ子は帰宅する。
第59話 ヤオ子と続・フリーダムな女達
帰宅して二分……。
ヤオ子の家のインターホンが鳴る。
「何ですかね?
この帰宅を見計らったようなタイミングは?」
ヤオ子は扉を開け……。
「…………」
押し黙った。
「こんばんは♪」
シズネが居た。
ヤオ子は黙って扉を閉めようとノブを引く。
前回の件から、シズネには不信感が募っている。
この女は危険だ。
「ちょっと!
どうして!?」
「シズネさんがうちを訪ねて、
いいことなんてあった試しがないからです」
「待って!
待ってって!」
ヤオ子が扉を閉めるのを止める。
「何の用ですか?
今日は、もう経理もやりましたよ?」
「遊びに来たの♪」
ヤオ子は再び扉を閉めに掛かる。
それを阻止せんとシズネが扉を引っ張る。
「だから、どうして!
どうして閉めるの!?」
「怪しいですよ!
大人が子供の家に遊びに来るなんて!」
「理由があるの!」
ヤオ子が引っ張るのを止める。
「何ですか……それは?」
「家に上げてくれたら、話します」
(最近、この人が子供に見えて仕方ないんですよね……)
ヤオ子が溜息を吐くと、扉を引っ張る手を緩めた。
「分かりました。
どうぞ」
「ありがとう。
皆、いいって」
「皆?」
ぞろぞろとヤオ子の家に上がっていく。
シズネ、サクラ、いの、ヒナタ……そして、綱手。
「お邪魔します」
「お邪魔します」
「お邪魔します」
「お邪魔します」
「お前、こんな豪勢なところに住んでいるのか?」
「…………」
ヤオ子だけが状況を掴めない。
「何これ?
どういうこと?
・
・
シズネさん?」
ヤオ子の疑問に、シズネは指を立てて笑みを浮かべる。
「ヤオ子ちゃん。
今日、ケーキ屋さんを手伝う日だったでしょ?」
「そうですけど……」
「皆で、お土産を食べに来てあげたんです」
「は?」
(この人、何言ってるの?)
ヤオ子が頭を抱える。
「何で?」
「この前のケーキが美味しくて♪
ヤオ子ちゃんの任務の予約リストを見ると、
毎月、ケーキ屋さんに通う日があるから……。
・
・
その日に必ずお土産があると踏んだんです」
「…………」
「それでな。
その日を私達の会合の日にしようと決めたのだ」
「…………」
綱手達はヤオ子の広い家のソファーに腰を下ろして寛ぎ始めた。
そして、ヤオ子だけがシズネと綱手の説明で、頭が更に混乱する。
「頭、痛くなって来た……。
こういう問題を起こすのは、あたしの役目だったはずなのに……」
ヤオ子は頭を抱えたまま状況を少し整理すると、綱手に向かって注意する意味で話し掛ける。
「まず……。
シズネさんが、あたしの任務の予約を自己目的で見るなんて職権乱用ですよ?」
「木ノ葉の火影として許可した」
「…………」
ヤオ子の額に青筋が浮かぶ。
いつもと立場が逆だ。
いや……最近は、そうでもない。
「トップが職権乱用に加担して、どうするんですか!?
・
・
いや、この人、この前も職権乱用したばっかりですよ……。
・
・
じゃなくて!
会合してもいいけど、何で、うち!?」
「お前の部屋は広いとシズネから聞いてな。
本部でやると相談役がうるさいんだ」
「だったら、やるな!
そして、あたしのケーキに集るな!」
「うるさい奴だな……。
昔から言うだろう。
『お前のものは私のもの。私のものは私のもの』って」
「言うか!
何処の世界のドラえもんだ!
キャストが、全部、剛田武じゃないですか!
映画版でもないジャイアンは、そんなにいらないんですよ!」
「綱手師匠~。
今日は、十二個入ってます」
サクラが勝手にお土産のケーキを確認して状況報告した。
「本当にジャイアンか!」
更に綱手がヤオ子の家の業務用冷蔵庫を確認する。
「酒まであるぞ」
「それはヤマト先生へのお土産だ!
触れるな!」
「安心しろ。
私が、直に渡してやるから」
綱手が勝手にコップとお酒を持ってテーブルの前に座る。
そして、容赦なくお酒を開けた。
「オイ!
十秒前に言ったことをリピートしてみろ!」
「綱手様。
お酒を飲んでくださいね」
「そんなこと、微塵も言ってねーですよ!
・
・
ああ……。
ヤマト先生にあげようと、酒蔵の親方に頼んで半年掛けて作って貰ったのに……。
あたしの銘酒コスモ・タイガーが……」
「何で、初めて作った酒が銘酒の名を持っているんだ?」
「そんなのノリですよ……。
宇宙戦艦ヤマトに掛けただけ……」
ヤオ子が泣き濡れる。
そして、綱手に続いて、いのも行動に出る。
「オレンジジュースでいい?」
「ちょっと、いのさん!」
「私、炭酸飲料がいい」
「サクラさん!?」
「私は、オレンジで……」
「ヒナタさんまで!?」
ヤオ子が、がっくりと肩を落とす。
「ううう……。
あんまりだ……。
・
・
でも、何で、テンテンさんが居ないんだろう?」
「彼女は、裏切りの星ユダだからよ!」
シズネの力説にヤオ子は、本当に頭が痛い。
(最近、この人とあたしの立場が逆なんですよ……。
そして、テンテンさんがあたしの中でどんどん神格化していく……)
「ユダ……って、何で?」
「私の調査では、彼女はちょくちょくヤオ子ちゃんの差し入れをガイ班で頂いています。
我々に黙っての、この行為は裏切りです!」
ヤオ子以外の面々が頷く。
「そんなことで……」
「そんなこと!?
ヤオ子ちゃんは、自分の料理の価値を過小評価し過ぎです!
・
・
ヤオ子ちゃんの料理の腕が卓越しているのは、
そういう風に仕向けた綱手様と私の努力の成果なのに!」
「そんな無駄な努力より、自分で作る努力をしたら?」
「それを事あるごとにテンテンは……!」
(返答なしですか……。
逝っちゃってますね……)
ヤオ子は溜息を吐きながら、左手を返す。
「修行を見て貰うお礼ですよ」
「いいえ!
許せません!」
ヤオ子は盛大に溜息を吐く。
こいつらには、一言言っておかないとダメだと……。
「テンテンさんの名誉のために誤解を解いておきます。
皆さんは大きな勘違いをしています」
「そんなわけないわ!」
(この人はボケキャラ一直線になっちゃいましたね……)
ヤオ子が頭を掻いて例をあげる。
「じゃあ、想像してください。
いきなり、テンテンさんの代わりにガイ班に入ったことを」
「ガイ班……?」
全員が、何かを想像する。
「朝から晩まで、あのノリが続きます」
「「「「「う!」」」」」
「朝から晩まで、あの暑苦しさが続きます」
「「「「「う」」」」」
「そして、ネジさんがああいう性格だから、
一人で全部突っ込まなければいけません」
「「「「「う……」」」」」
「怒っても更正しないガイ先生」
「「「「「うう……」」」」」
「そんな中で、一人で毎日毎日……」
「「「「「ううう……」」」」」
「あたしは、ガイ先生の制御をするテンテンさんに頭が上がりませんけどね……。
・
・
どうですか?」
シズネは頭を下げる。
「私が間違っていました……」
「分かればいいです」
「今度から、テンテンも誘うわ……」
「そこは違う!
まず、テンテンさんの認識を改め直す!
次にあたしの部屋を会合に使わない!」
「でも、ここ以上に広い部屋なんてないし……」
「だったら、会合を中止しろ!」
ヤオ子とシズネが話している横で、綱手はコップの酒を一気飲みし、サクラといのとヒナタはケーキを突つく。
「オイ、ヤオ子」
「何ですか!?」
「摘みが欲しい」
「本当に何しに来たんですか!?
あたしは、夕飯すら食べてないのに!」
「ついでだ。
つ・い・で。
摘みを作るついでにお前の夕飯を作れ」
「だ~か~らーっ!
何で、あたしの家に来たの!?」
キレるヤオ子に、サクラが手をあげる。
「ヤオ子。
私達にも」
「ケーキ食っただろうが!」
「まだ全部食べてないわよ。
小腹が空いたから、残りのケーキはデザートにするから」
「無駄に用意周到ですね!
何かキレキャラが定着して来ましたよ!
・
・
もういいです!
作りますよ!
何がいいんですか!」
「満漢全席」
「…………」
ヤオ子はサクラを半目で睨む。
「材料が足りません。
しかも、レシピ自体が失われたものもあるから、現在では再現できないです。
・
・
作っても食べ切るまで数日掛かりますよ?
似非でもいいなら、作りますけど?」
「ごめん。
まさか、リアルな回答が返ってくると思わなかった」
そのサクラの横で、いのが手を打つ。
「じゃあ……。
オードブル…スープ…魚料理…ソルベ…グラニテ…肉料理…プティフールと紅茶…デザートで」
「ここでフルコースを作れってか?
あんた達、小腹が空いてるだけなんだよね?」
「一人分を五人で分ければ問題ないわ」
「その五人には、あたしも含まれているんでしょうね?」
サクラが指を差す。
綱手、シズネ、いの、ヒナタ、自分。
「ピッタリよ」
「だから!
あたしだけが夕飯を食べてないんですよ!
無駄に要らないお笑いの天丼なんて持ってくんな!
何処で覚えたスキルだ!」
「ちなみに、由来が天丼に海老が二本乗っているところからって、本当かしら?」
「さあ?」
「が~~~!
話も逸れていく~~~!」
ヤオ子は怒りながら頭を掻き毟る。
そして、ヤオ子はヤケクソで料理を作り始めた。
変にあがったテンションは、料理にぶつけるしかなかった。
…
四分後……。
ヤオ子が前菜をテーブルの上に、乱暴に置く。
「はい!
シーザーサラダ!」
「もっと、高価な前菜にしてよ。
っていうか、シーザーサラダって前菜に入るの?」
「酒の摘みが先だろう!」
ヤオ子は台所に走ると、業務用冷蔵庫から缶詰を取り出して綱手に投げつけた。
綱手は缶詰をダイレクトキャッチする。
「それでも食べていてください!」
「熊肉フレーク?
美味いのか?」
「…………」
ヤオ子は無言でまな板の前に戻り、料理の続きをする。
結局、何だかんだで全ての料理を作り切った。
…
四十四分後……。
綱手達が満足する横でヤオ子は項垂れる。
「何で、任務こなす以上に疲労しなきゃいけないんだろう……」
ヤオ子が皆の食べ残しを処理しながら愚痴る。
一方のサクラ達は、ヤオ子の試作ケーキを別腹に収めていた。
「まさかヒナタさんまで、はっちゃけるとは思いませんでした」
「はは……。
実は、ヤオちゃんの料理を食べてみたくて」
「何で?」
「ネジ兄さんが、よく褒めていたから」
「ああ。
ネジさんもガイ先生の班ですからね。
言ってくれれば、もう少し気持ちよく料理できたのに」
「ごめんね。
中々、そういうのは言い出せなくて」
「……ヒナタさんらしいですね」
「でも、あんたの料理を食べたかったのは、それだけじゃないのよ」
「?」
いのが割り込んだ。
「あんたの通ってる店って、一般人が入るのも恐れ多い一流店ばっかりなのよ。
大名が入るようなところばっかり」
「だから、いつか皆でって」
「それで、今?」
(それもどうなんだろう?
でも、ヒナタさんの性格じゃ、誰かの後押しがないと話せないですよね。
そう言った意味じゃ、サクラさんやいのさんは打ってつけかも)
ヤオ子は複雑な気持ちになる。
褒められてんいるだか利用されているんだか……。
「皆さんは料理しないんですか?」
ヤオ子の質問に対し、綱手から答えが返る。
「無理無理……。
コイツらに同じ任務をやらせたが失敗だった。
余計に足を引っ張るだけでな。
私のお昼ご飯充実プロジェクトの成功者は、お前だけだ」
「綱手さん……。
あの数々の任務は計画だったんですか……。
あたしのエロ計画は、散々、ぶっ潰すくせに……」
「乳岩は壊して当然のものだった!」
シズネが笑いながら、満足そうに口を開く。
「でも、いいですね。
毎月、皆で集まってお食事会を出来るなんて」
「会合は、今日で終わりです。
二度と入れません」
「心の狭い奴だな」
「綱手さん。
そう言うなら、ローテーションにしましょう」
「「「「「ローテーション?」」」」」
「来週は、サクラさんの家です」
「無理よ!
こんなに人が入るわけないでしょう!」
「変化の術で小さくなればいいじゃないですか」
「却下だな。
面倒臭い上に、お前の家以上に食材と料理道具が充実した家があるものか」
「じゃあ、ヒナタさんの家は?
日向宗家。
家も広そうだし、エサも沢山ありますよ」
「…………」
綱手の顔が険しくなった。
「それは拙くないか?」
「同感……」
「ヒナタパパの柔拳が、私達に炸裂しそうだわ」
「え?
最初は、グーじゃないの?」
「多分、柔拳だと思う……」
「…………」
全員の目がヒナタに向かい、少し間を空けてヤオ子が口を開く。
「ヒナタパパ怖いですね……。
火影にも容赦なしですか……。
・
・
じゃあ、いのさんの家は?」
「サクラの家と同じ理由よ」
「残るはシズネさんの家か……。
・
・
シズネさんって、家あるんですか?
綱手さんに飼われているから、住所不定なのでは?」
「そういえば……。
シズネ先輩って、常に綱手師匠の側に付き添ってますよね?」
「はは……。
もう、仕事場が家みたいな感じです」
「そういうlことだ。
シズネも私同様に騒げば、ご意見番の耳に入る」
「…………」
暫しのシンキングタイムのあと、ヤオ子以外が異口同音を口にする。
「ここしかないな」
「ここしかないですね」
「ここしかないわね」
「ここしかないわよ」
「ここしかないかな?」
「何で!?
そもそも! この会合がおかしいですよ!
一体、ここで何の会合があったっていうんですか!?」
綱手が右手を振る。
「息抜きだ息抜き。
火影やってると疲れるんだから、私を労ってもいいだろう?」
「ふざけんなです!
職権乱用して、変な任務ばっかり押し付けて!
だったら、あたしを労ってくださいよ!」
「だから、ここで言葉の触れ合いをしているだろう」
「いりませんよ!
寧ろ、邪魔!
シズネさんは揉めごとしか持ってこないし!」
「酷い!」
「サクラさん達はセクハラの一つもさせてくれないし!」
「「「当たり前よ!」」」
「一体、あたしに何のメリットがあるんですか!?」
「善意をする時に見返りを求めてはいかんぞ」
「善意なんて微塵もないですよ!
寄生されて食事作らされてるんだから!
このメンバー、何なの!?」
「シズネは、私の付き人だ」
「他は?」
「弟子だ」
「だから、皆、我が侭なのか!」
全員のグーが、ヤオ子に炸裂する。
「「「「「失礼だ!」」」」」
ヤオ子が頭を擦りながら訊ねる。
「で? ヒナタさんも弟子なんですか?」
「私は違うよ。
偶々、お手伝いをしたら誘われただけ」
「そうですか」
いのがヤオ子に抗議する。
「ちょっと。
何で、ヒナタだけに確認するのよ?」
「お二人と違って、
ヒナタさんは、淑女ですからね。
綱手さんの弟子な気がしなくて」
サクラといののグーが、ヤオ子に炸裂する。
「「どういう意味だ!」」
「こういう意味でしょ……」
綱手とシズネは可笑しそうに笑う。
「ヤオ子。
こういうのもいいと思わないか?
身分身分と言わずに、火影と下忍、師匠と弟子の関係をなしに気軽に話し合うことが出来る。
私は、貴重だと思うぞ?」
「いいことを言ったつもりかもしれませんけど、
あたしの部屋を使っている時点でアウトですからね?」
「そう言うな。
ほら、お前も飲め」
綱手がヤオ子にお酒を勧める。
「つ、綱手様!
それ、お酒ですよ!
ヤオ子ちゃんには早過ぎます!」
「いや、シズネ先輩……。
ここでは、お二人以外NGです……」
「大丈夫だ。
今夜は、無礼講だ。
火影が飲んでいいと言っているんだから許す!」
(綱手さん……。
酔ってますね……)
「そんなことを言っても、
お前達だって興味があるんだろう?」
サクラといのとヒナタの目が、綱手の持つ酒瓶に移る。
「少し……」
「ちょっとだけ……」
「興味は……あるかな?」
「…………」
綱手はニンマリと笑うと、コップに全員分注ぐ。
「では、乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
(一体、何回目の乾杯なんだか……。
コスモ・タイガーは、白色彗星帝国により全滅ですね……。
今度は、銘酒パルスレーザーを作ろうかな?)
…
~ 三時間後 ~
シズネは潰れている。
サクラは潰れている。
いのは潰れている。
ヒナタは潰れている。
全員、返事がない。
ただの屍のように酔いつぶれて眠っているようだ。
「まだ飲みます?
どうせなら、贈り物以外のお酒のストックを使い切りますけど?」
「ちょっと、待て……。
お前、何で、そんなに酒に強いんだ?」
「知りませんよ。
あたし、お酒を飲むの初めてだし」
「他の連中は、一時間前に潰れてんのに……」
「あたしの中のエロパワーがアルコールを中和してんじゃないですか?」
「何?」
「酔ってなければ、全員にエッチなことをしてもバレないから♪」
ヤオ子は動けないくノ一達を見て、『えへへ……』と漏らして悶えている。
「そんな医療忍術の根本を揺るがすような理屈で、納得してたまるか!」
「そう言われても……。
それ以外に酔わない理由は分からないし」
綱手が額に手を置く。
「拙い……。
私は、絶対に潰れるわけにいかない……」
「潰れてもいいですよ♪
あたしのエサが増えるだけですから♪
・
・
なんてね。
冗談ですよ」
舌を出したヤオ子に、綱手は気分悪そうに返す。
「お前の場合は、どっからが冗談か分からん」
「嫌ですね~。
綱手さんには、もうコリゴリですよ~」
「何だ? それは?」
「綱手さんを完全に潰すには、
魔のレッドゾーンを越えないといけないんです」
「何だ? それは?」
「この前、おでん奢ってくれたでしょ?」
「ああ」
「あの時、あたしには綱手さんを酔い潰してセクハラするという、ささやかな野望がありました」
「お前、本当にどうしようもない奴だな」
「しかし、酔い潰す前に根負けしました。
絡み酒、ヤケ酒、記憶の混濁による暴走……。
そして、怪力の発動によるおでん屋台の破壊活動……。
あたしは、それの阻止で気力が切れました。
酔い潰す前のリスクが高過ぎる。
あのおでん屋の主人の『いつものこと』って、
笑っていられる豪快さに惚れそうになったぐらいです」
「すまん……。
マジで記憶がない……」
「多分、あったら反省して禁酒していると思います」
(そんなに暴れたのか?)
「つまり、綱手さんを酔い潰すぐらいなら、
いつも通り玉砕覚悟で堂々とセクハラをした方が被害が少ないんです」
「結局、セクハラはやめないんだな……」
「やめれません!」
綱手は、溜息を吐いた。
「さて、ここに死人が居ても邪魔ですね。
変な格好で寝てるから間接がいっちゃいそうだし」
酔いどれ狸達は脱力して潰れているので、窮屈そうな体勢で蹲っている。
ヤオ子は人数分の毛布を持って来ると、酔っ払っているサクラを引き摺って移動させようと腕を掴む。
そして……。
「……乳が肘に当たった。
・
・
あはぁ~♪」
腕に当たる感触で顔の締りがなくなっていく。
(見返りです!
これが見返りだったんです!
今までの試練は、このために違いありません!)
その後は、ワザと胸に手を持って行く。
「偶然、手が……♪」
明らかな嘘だった。
(役得役得♪)
ヤオ子は酔っ払い達の胸を掴んで移動させて毛布を掛けていく。
そして、酔っ払いを移動させて、十分な充電を果たすとご機嫌で綱手のところに戻る。
「セクハラは、今のでお終いです♪
さり気ない乳タッチで成長を確認しました♪」
「そういうことを言わなければ褒めてやるのに……。
それに全然さり気なくなかったぞ。
サクラに意識があれば、今頃、墓の中だな」
「えへへ……。
綱手さんが皆さんを潰してくれたお陰です♪
火影として、初めていいことをしましたね♪」
「こんなことで褒められると思わなかった……。
そもそも、私は火影の仕事をまじめにしている」
ヤオ子が笑いながら食器を台所に片付けて洗い出すと、綱手は洗い物が終わるまでヤオ子の後姿を見ていた。
そして、洗い物を終え、全てを片付けると、ヤオ子は急須と湯飲みを持って戻ってくる。
「百薬の長と言っても、それだけだと体に悪いですからね」
ヤオ子が綱手に熱いお茶を淹れる。
「すまんな。
・
・
美味しい……」
「シズネさんに教わりました」
「そういえば……。
シズネのお茶にそっくりだ」
「…………」
二人でお茶を啜る。
「里の力は戻って来ましたか?」
「まだ道半ばだな……」
「そうですよね。
中忍試験がないと、里の力は回復しませんからね」
「ほう……。
どうしてだ?」
「木ノ葉の里は経済都市じゃないでしょ?
仕事のほとんどが個人能力に依存するんです。
つまり、里の力は優秀な忍の数に依存します。
だから、下忍が増えるだけではダメなんです。
経済面にしても戦力面にしても優秀な忍が必要です」
「なるほど」
「更に付け加えると、仕事を請けられるランクも関係します。
下忍では、D, Cランクしか請けられません。
高い給金の仕事を請け負うには中忍の数を増やさなければいけません。
五大大国が戦争を回避して平等を保っている以上、各里でも同じ条件のはずです。
もし、ランクごとに値段が各里でバラつきがあれば、また忍界大戦になりかねませんからね」
「よく考えてるな」
「ええ。
だから、コハルさん達があたしを招集したのも分かります。
中忍の人数を増やさないといけません。
中忍になるための修行時間を確保する必要があります」
「ただの変態じゃなかったんだな。
そうやって理解してくれる者が居るのは心強い。
・
・
ただ……その分だけ、お前の修業時間が確保出来なくてな。
その辺は悪いと思っている」
「今は、体力強化中です。
Dランク任務中でも、体力強化できます。
・
・
あたし、一般人から忍者になったから、基礎体力が低いんですよね。
ヤマト先生にも許可を貰って体力強化に努めています」
「いい先生だな」
「はい。
大好きですよ。
まあ、忙しい方なんで会う機会も少ないんですけどね」
綱手は何処か安堵した表情で囁く。
「ナルト達だけじゃないんだな。
三代目の意志は受け継がれている……。
ヒナタにしてもヤオ子にしても……。
サクラもいのも優秀な医療忍者になりそうだ」
「じゃあ、中忍さんも増えそうですね」
「そうだな……。
直々に教えている甲斐がある」
綱手がサクラ達を見て微笑む。
「楽しそうですね」
「まあな。
弟子の成長を見るのは楽しいものだ」
「あたしも、そろそろかな?」
「うん?」
「いえね。
里の力も戻って来たみたいだから、
真面目に下忍の生活をしないとと思って」
「そうだな。
Cランクの任務も少しずつこなさないとな」
再び、お茶を啜る。
「しかし……。
お前の場合は、予約の指名が入っているからな」
「そうですね。
あたし、もう忍者って言うよりも、
木ノ葉派遣会社の特命派遣社員みたいですもんね」
「ああ。
『指令一本で何でも引き受けます』
みたいになっているからな」
「どうにかなりませんかね?」
「難しいな。
中忍になってアカデミーの教師にでも就職すれば、
指名した依頼主も諦めがつくかもしれんが……」
「いいですね。
教師っていうのも。
教え子に手を出し放題です♪」
「……やっぱりダメだ。
そっちの方の可能性を忘れていた。
お前は、年下に見境いがないんだったな」
「いえいえ。
イビキさんのお陰で年上もいけますよ♪」
(イビキ……。
コイツに何をした?)
再び、お茶を啜る。
「少し変わったな」
「そうですか?」
「『忍者は嫌だ』って言ってたのに……」
「そうですね。
でも、あたしだってね……。
大切な友達のために変わらないと……って、思う時もあるんです。
そして、そう思うと、自然と修行を欠かせなくなっちゃうんですよね」
「そうか……。
だったら、その友達は喜んでいるよ。
こうして頑張っているんだから……。
・
・
どんなに思っても、離れてしまう奴もいるからね……」
「昔の男ですか?」
「違うわ!」
綱手のグーが、ヤオ子に炸裂する。
「お前と話すと真面目な話が五分と持たんな!」
「だって……」
「お前は、私が三忍と知っててボケているだろう!」
「詳しく知らないんですよ。
確か……。
伝説的な悪戯三人組で、各里で悪さしまくっていたんですよね?
自来也さんが覗きをして……。
綱手さんが借金を作って……。
大蛇丸さんが人攫い……。
・
・
でしたよね?」
綱手が額を押さえる。
「間違いじゃない……。
間違いじゃないけど、そんな悪どいものじゃない……」
(伝説の三忍が、どうしようもない悪ガキ三人組みみたいじゃないか……)
「忍の三禁を破る申し子!
『女』『金』『物欲』をトリプルで破る! ……でしたっけ?」
「女・金・酒だ……」
「女・金・犯罪?」
「私ら用の三禁か……」
「しかし、伝説の悪戯っ子って、どんな逸話があるんでしょうね?」
「あのなぁ……。
事実が捻じ曲がっているぞ。
私らが三忍と呼ばれたのは、忍としての強さを認められたからなんだぞ」
「そうなんですか?
しかし、実際に見た三忍のうち、二人は、どうしようもない人ですからね~」
「本人を前にいい度胸だな?」
「もう、殴られ慣れてますからね。
多少の体罰じゃ怯みませんよ」
(コイツには、恐怖がトラウマになるまで躾ける必要がありそうだな……)
サスケに続く、第二のトラウマ発生の予感……。
「でも、そんなどうしようもない人にも弟子が出来るんだから、世の中、間違っています」
「どういう意味だ……」
「そして、その弟子も図々しさと神経の図太さと男を寄せ付けぬガサツさを師匠から譲り受け……」
「お前、本当に泣かすぞ?」
「五十過ぎまで結婚も出来ずに朽ち果ててしまいましたとさ!」
綱手のグーが、ヤオ子に炸裂する。
「まだアイツらは、そんな年齢に達しとらんわ!」
「はは……ですよね。
あんな未発達な胸で」
「セクハラもするな!」
「綱手さんは、一体、何を言って貰いたいんですか?」
「そんな要求はしとらん!」
「反抗期?」
綱手のグーが、ヤオ子に炸裂する。
「ここらでやめますか。
酔っ払いをからかうのも飽きました」
「お前な……」
綱手が拳を握る。
「弟子が溜め込んだストレスを師匠が発散させるのは当然ですよ」
「聞いたことのない話だ……」
「ところで……。
綱手さんの弟子達は、どうします?
もう、日付が変わりましたよ?」
「連れて帰……れないよな」
「仕方ないですね。
今、布団出します。
本格的に寝かしつけますね」
「この部屋の何処に布団があるんだ?」
ヤオ子は立ち上がると、クローゼットを開ける。
「凄い奥行きだな……」
「改造しました」
(コイツ……)
ヤオ子は綱手を無視して、三人分の布団をリビングに敷く。
「三人分敷いても余裕があるのが、この家の異常さを物語るな……。
台所までの距離が遠近感でも狂ってんじゃないかと錯覚するぞ」
「綱手さんは、どうしますか?」
「夜間まで働かせている部下もいるのに、一日中、遊んでいるわけにもいくまい」
「ちゃんと火影やっているんですね」
「当然だ」
ヤオ子は台所から大き目のタッパを紙袋に入れて持って来る。
「皆さんでお夜食にどうぞ」
「ん?」
「お稲荷さんです。
あたしのお稲荷さんは、砂糖を一切使わないものです。
男の人でも食べられると思いますよ」
「こんなものを作っていたのか」
綱手が紙袋を受け取る。
「綱手さんは、火影ですからね。
夜でもお勤めをしているんじゃないかと」
「しっかり見抜いてたのか……。
すまんな。
・
・
すまんのついでに言うが……足りん。
夜勤している部下は、もう少し居る」
「…………」
ヤオ子はダッシュで業務用冷蔵庫を漁る。
「では、これを」
綱手は追加で羊かんを三本受け取った。
(何でもあるんだな……。
あの業務用冷蔵庫には、一体、あと何が入っているのか?)
ヤオ子の部屋には、謎が一杯ある。
「では、戻る。
アイツらを頼むな」
「はい。
・
・
えへへ……」
「何だ?
気持ち悪い……」
「いえね。
サクラさん達を見る綱手さんを見て思いました。
三代目の意志も受け継がれているんですけど、
五代目の意志も受け継がれ始めているんだなって」
綱手はヤオ子の言葉に照れると、顔を少し上気させる。
「ガキが生意気言いやがって」
ヤオ子も少し照れる。
「さっきは、ああ言いましたが、こういうのもいいかもしれませんね」
「ん?」
「サスケさんが居なくなってから……少し寂しかったんです」
「ヤオ子……」
「あの突っ込みが忘れられなくて」
綱手がこけた。
「あたし、自分じゃ自覚がなかったけど……。
真正のドMなんじゃないかと思うんです」
(また変な話になって来た……)
「一流のお笑い芸人のほとんどは突っ込みがドSで、ボケがMです」
(本当か?)
「そして、サスケさんは一流のドSでした。
そして、サスケさんは……サスケさんは……」
「…………」
「あたしのボケに100%の突っ込みを入れます。
あたしは、サスケさんの突っ込みなしでは生きていけない体になってしまったんです」
(アホだな……)
「だから、サスケさんが去って……。
そう……欲求が満たされていなかったんです」
(どんな欲求だ……)
「かつて、トークの前にこう言っている芸人が居ました。
『実は、ボク……さっきから半立ちなんです』
これは、これからボケて突っ込まれるために興奮していたからです」
(そんなわけないだろう……)
「あたしも同じなんです。
あたしがボケるのは、突っ込んで欲しいからなんです」
(嘘だな……)
「だから、サクラさんにグーを入れられ、
綱手さんにグーを入れられて興奮して喜ぶMなんです」
(もう、何も答えたくない……)
「どう思います?」
「突っ込むとお前が興奮するから、何も言わない」
「ふっ……。
今度は放置プレイで、あたしを興奮させる気ですね?」
「違うわ!」
結局、ヤオ子に綱手のグーが炸裂した。
「あれ? 興奮しない?」
「よかったじゃないか……。
これ以上、変態としての烙印が増えなくて……」
「じゃあ、あたしの感じていた寂しさは何なんでしょうね?」
「変態としてじゃなくて、芸人としての血なんじゃないか?」
「え?
・
・
つまり、あたしはサスケさんにMとしての性質を叩き込まれたのではなく、
ボケとしての性質を叩き込まれたわけですか?」
「そんなことは知らん!」
「まあ、いいや」
綱手が、がっくりと項垂れた。
そして、振り返ると手を振ってヤオ子の家を後にした。
「月一回の馬鹿騒ぎか……。
いいかもしれませんね。
・
・
毎回、酔わせて乳を触ろうかな?
それにこういう騒ぎに消極的なのって、あたしらしくないですよね!」
ヤオ子が部屋の電気を消す。
そして、自分の分の布団を別室に敷く。
「お風呂……。
明日、入ろう……」
一言だけ呟くと、ヤオ子は眠りに入った。
…
翌日……。
サクラ達の二日酔いにより、ヤオ子の家は混沌とした別空間になっていたことは言うまでもない。
…
第58話 ヤオ子と・フリーダムな女達
第59話 ヤオ子と続・フリーダムな女達
CAST
剛田 武(テレビ版/映画版)
綱手
剛田 武(テレビ版)
シズネ
剛田 武(テレビ版)
春野サクラ
剛田 武(テレビ版)
山中いの
剛田 武(テレビ版)
日向ヒナタ
野比 のび太(テレビ版)
八百屋のヤオ子
でお送りしました。