== NARUTO ~うちはサスケと八百屋のヤオ子~ ==
長屋に向かう途中、ヤオ子は歩きながらヤマトに質問する。
「ヤマト先生。
子供達は薬売りを好いています。
子供達の前で捕らえるのは如何なもんなんですかね?」
「さっきは問答無用みたいなこと、言ってなかった?」
「あたしは、既に子供達と友達です。
どっかのジジイよりも友達優先です」
(言動から少し更正したかと思ったが、
根っ子の部分は変わってないのか……)
ヤマトは溜息を吐く。
「じゃあ、ボクは外の瓶の中にでも隠れているから、音で合図してくれ。
拘束したら、直ぐに薬売りを村長さんの家に移動するから」
「分かりました。……合図は?」
「簡単でいいよ。
床を三回叩くとかで」
「それだと間違いません?」
「薬売りが来てからだから、大丈夫。
それにあまり特徴的な動作だと、敵に勘付かれる恐れもある。
普段する動作の中に合図は混ぜておくのが基本だ」
「了解しました」
ヤマトとヤオ子は、長屋の前に着いた。
第42話 ヤオ子の初Cランク任務④
ヤオ子は辺りを見回して空の瓶を見つけると、声を出さずに手を振ってヤマトに知らせる。
ヤマトと一緒にその瓶を長屋の入り口近くに置くと、その中にヤマトが入り、ヤオ子は蓋をした。
「これで準備は整いましたね。
・
・
じゃあ、あたしは昼間の看病の続きをしようかな」
ヤオ子は長屋の扉を開けた。
「こんばんは」
中に入ると子供達の何人かがヤオ子に気付き始めた。
「また来たの?」
「来ちゃいけませんか?」
「ううん。
さっきの話の続きが聞きたい」
「『ど根性忍伝』ですか?
いいですよ。
では、例によって増えるんで。
・
・
影分身の術!」
影分身の術により、ヤオ子が四人に増えた。
そのヤオ子達を指差し、子供達の一人が呟く。
「昼間より少ない」
「無理言わないでください。
何かを得るには何かを捨てなければいけません。
この術を使う度にあたしの体力が減ります。
昼間から使いまくって、お姉ちゃんヘトヘトです」
「そうなんだ」
「はい」
「馬鹿そうな顔してるから、分からなかった」
ヤオ子の額に青筋が浮かんだ。
「今、言ったのは、コウタ君ですね?
くすぐります」
影分身が一人の子供に近づくと、一瞬で後ろを取り、脇をくすぐり始めた。
その行為に笑い声を上げて子供がタップすると、影分身のヤオ子は直ぐにやめる。
「病気じゃなければ、笑い泣きするまでやるとこです」
「じゃあ、病気が治ったら遊んでくれる?」
「はい。
悪い遊びも少し教えてあげます」
ヤオ子の言葉に、ヤマトは瓶の中で溜息を吐く。
本当に教えそうだと……。
やがて、子供達と影分身は会話を始め、ヤオ子本体はサチの居る場所へと向かう。
「こんばんは」
「こんばんは」
「薬屋さん、遅いですね」
「うん……」
返ってきた返事は、何処か元気がなかった。
ヤオ子はサチの顔を伺う。
「さっちゃん?
顔色わるいですよ」
「大丈夫。
私だけじゃないから」
ヤオ子は周りを見回すと、サチの言う通り、昼間よりも元気がないように感じる。
(自分の病気が心配だから、皆、無理に……。
昼間よりも顔色が悪いです。
・
・
だけど、このタイミングで薬売りが来るのもおかしいですね。
だって、見計らったようなタイミングです)
ヤオ子はサチに顔を戻す。
「何か欲しいものはありますか?
お水でもご飯でも用意しますよ」
「さっき、皆とご飯食べたから」
「そうですか」
「でも、病院食ばっかりだから、
偶には甘いもの食べたいかな」
ヤオ子は顎の下に指を立てる。
「甘いものか……。
病人にケーキ食べさせるのって、どうなんだろう?」
「ケーキ?」
「あたし、少しなら作れますよ。
任務で作り方を覚えたんです。
……でも、材料ないか」
サチはヤオ子に微笑む。
「ヤオ子ちゃんは、何でも出来るんだね」
「そんなことないですよ。
偶々、知ってる技術の一つがそれだっただけです」
「今度、私にもおしえ──」
話の途中でサチが口を押えるて咳き込むと、ヤオ子は慌ててサチの背中を擦る。
「ちょっと──。
本当に無理してないですか!?」
(薬が全員分揃うなんて待ってられない。
こうなったら、もう薬をさっちゃんに……)
その時、長屋の扉が開いた。
「……あ、薬屋さん」
サチの言葉にヤオ子が出入り口の扉に目を移す。
そこには中肉中背の中年の薬売りが立っていた。
そして、ヤオ子がヤマトに合図を送ろうとした時、薬売りが慌てて草履を脱いでヤオ子の側に駆け寄った。
「拙い!
症状が悪化している!」
薬売りが背中に背負う薬箱を下ろすと、薬箱の引き出しを開ける。
「君、水!」
「え? あ、はい」
ヤオ子は慌てて側の水差しを手に取り、薬売りに差し出す
(この様子……本当に心配してる?
・
・
じゃあ、犯人は?)
薬売りが取り出した薬の包装を外し、サチの口に薬を運ぼうとする。
「!」
その時、ヤオ子は薬売りの手をしっかりと握り締めた。
…
ヤオ子の行動にサチが疑問の顔を浮かべる。
ヤオ子は歯を喰いしばったあと、大きな声で叫ぶ。
「ヤマト先生!」
合図の方法は違うが、ヤマトは瓶から飛び出すと印を結ぶ。
木遁忍術が発動し、ヤマトから伸びる木が薬売りを一瞬で縛り上げて拘束した。
薬売りはがっちりと拘束され、身動き一つ取れなくなった。
「何をするんだ!」
「…………」
薬売りの抗議の声に、ヤオ子は怒りに満ちた目を向けていた。
「ヤオ子?」
ヤマトの呼び掛けに、ヤオ子は薬売りの手から零れ落ちた薬を拾い上げる。
「やっぱり……。
こいつが犯人です」
ヤオ子が薬をヤマトに渡す。
「……ヤマト先生。
その匂いを嗅いでみてください」
ヤマトが薬を鼻に近づけると、木の葉であらかじめ記憶していた匂いだと気付いた。
「ああ、分かるよ。
この匂いは、毒薬の方の匂いだ」
ヤマトは優先してやることがあると、薬売りの首にクナイを付き付ける。
そして、一方の手で嘘を見破るため、薬売りの手首に指を置いて脈拍を調べる。
「仲間は?」
「い、居ない……。
俺、一人だ」
「そうか」
脈拍から嘘を感じ取れないと認識すると、ヤマトはクナイを引いた。
ヤマトがヤオ子に話し掛ける。
「外で信号弾をあげるから、直に医療部隊と尋問部隊が来る。
ボクはコイツを村長さんの家に運ぶ」
「分かりました」
「ヤオ子、先に彼女に薬を処方してあげて」
ヤオ子はヤマトに顔を向ける。
「いいんですか?
他の子も居るのに……」
「彼女が一番酷いよ。
ボクにも分かる」
ヤマトはヤオ子に解毒薬を一つ手渡すと、薬売りを連れて外へと出て行った。
残されたヤオ子は薬包紙を一枚出し、2/3を選り分ける。
「さっちゃん。
このお薬飲んでください」
「何で、薬屋さんを……」
「理由は、後で話します」
「…………」
焦点の定まらないサチに視線を落とした後、再度、ヤオ子は顔を上げて話し掛ける。
「あたしのこと……嫌いになりましたか?」
「…………」
「後でどんな罰でも受けます。
今は、お薬を飲んでくれませんか?」
「…………」
サチは無言で頷くと、ヤオ子の水差しから水を口に含み、薬包紙から薬を飲み込んだ。
周りでは、驚いている子供達を影分身がなだめている。
「あたしは、木ノ葉から看病だけしに来たんじゃないんです。
この村の毒の混入を調べることも任務だったんです」
「毒?」
「はい。
さっちゃんの体の症状は、毒のせいなんです」
「そんな……」
真実を知って辛そうなサチの顔を見ながら、ヤオ子は話を続ける。
「さっきのお薬……。
今までと違っていませんでしたか?」
「……味がちょっと。
匂いもしなかった……」
(混入させた経路が……。
はっきりと分かりました……)
サチの言葉で確信を得ると、ヤオ子はまた胸の奥の方が怒りで熱くなった。
しかし、今はそれを押さえ込んで、子供達の看病を優先しようと努めることにした。
「もう直ぐ、木ノ葉の医療部隊が来ます。
そうしたら、直ぐに皆さんの症状を診てくれます」
「ヤオ子ちゃん……。
私達、あの薬屋さんに騙されてたの?」
「……はい」
サチの目から涙が零れ、手は強く握られていた。
「あんなに優しかったのに……」
ヤオ子は、サチの背中を擦る。
「今は、ゆっくりしてください。
何もかも終わったら、全部話します。
あたしは、さっちゃんにも皆にも早く元気になって欲しいです」
「ヤオ子ちゃん……。
うん、ありがとう」
そして、長屋に医療部隊の忍者達が到着した。
ヤオ子は1/3だけ残った薬包紙を持って、到着した医療忍者に近づく。
「あの子に2/3を処方しました。
残りの1/3です」
「確かに受け取りました。
今から症状の重い順に処方します」
ヤオ子は心配そうに訊ねる。
「全員助かりますよね?」
「多分……。
残りの薬草が届けば足りるはずです」
「二人分だから、最低でも二つあればいいんですよね」
「はい」
ヤオ子は頭を下げる。
「では、お願いします。
あたしは、結果の報告をヤマト先生にして来ます。
急用があった場合は、影分身のあたしに連絡をお願いします」
「分かりました」
俯いたままのサチに視線を向けた後、ヤオ子は長屋を出た。
そして、夜空の月を眺めて遣り切れない気持ちを一息だけ吐き出すと、村長宅へと向かった。
…
村長宅に到着した瞬間、ヤオ子の頭に突然薬草を見つけたという情報が入る。
影分身からの情報が還元されたのである。
ヤオ子は急いでヤマトの元に向かう。
「ヤマト先生!
影分身からの連絡!
薬草見つけたって!」
「了解。
ボクの分身に無線で伝える」
無線を使って、ヤマトは自分の分身に連絡を取る。
そのやりとりが終わると、ヤマトはヤオ子に顔を向ける。
「後は、ボクか君の分身のどちらかが薬草を見つけたら、
ここに戻らせるだけだね」
「はい。
・
・
ところで……。
あの薬売りは?」
ヤオ子は少し厳しい顔で状況を伝える。
「今、イビキさんが別室で尋問している。
直ぐに吐くと思うよ。
クナイを突き付けただけで仲間が居るかどうか吐いたから」
「そうですか」
「今、『他にどの村で毒を混入させたのか?』
『この村に向かわされた組織の一人か?』を吐かせている」
「ヤマト先生も……。
もう、毒薬の混入経緯は分かったんですね?」
「ああ。
出発前の君の行動も考慮に入れてね」
その場に居た村長が、ヤマトとヤオ子の会話を聞いて質問する。
「あの薬売りは、一体、どうやって毒をバラ撒いていたんですか?」
ヤマトは村長に顔を向ける。
「村長さんの予想通りでした。
あの薬売りは、黒です。
ヤオ子の集めた情報を元に推理した話をしますと、こうなります。
・
・
子供達に毒を盛ったのは、お菓子を配った時に間違いありません。
そして、定期的に訪れるために薬売りは細工をしていました。
多分、薬自体に……」
「薬?」
「はい。
毒薬と解毒薬を配合していたんです。
毒薬は、遅効性。
解毒薬は、即効性です。
比率を調節して毒薬を多く混ぜます。
そうすると最初に即効性の解毒薬が効いて症状が回復したように見えます。
しかし、その後で遅効性の毒薬が効果を表すので暫くして症状が出ます。
・
・
つまり、薬売りは、そうやって症状をコントロールして、
毎月、同じ日に現れていたわけです」
「そんな……」
「恐らくこれが真実です」
ここで、ヤオ子の頭に更に情報が入る。
「ヤマト先生、最後の薬草を見つけました」
「了解だ。
ボクの分身の方が動きが早いから、先に持って来させる」
「はい。
あたしの分身の残り三体は、どうしますか?」
「予備があった方がいいだろう。
ボクの分身に書き置きをさせるから、持って来て貰おう」
「分かりました。
じゃあ、そのままにして置きます」
「どちらにしても、影分身に命令を出せないんじゃないのかい?」
「長屋の影分身に状況を話して術を解けば、情報が行くので」
「……そうか」
忍者としては一分の隙もない的確な回答が返って来る。
それは正しいことだが、目の前に居る少女は、普段と違いすぎるようにヤマトは感じた。
(ヤオ子、大丈夫かな?
いつもと様子が違うけど……)
ヤオ子は厳しい顔をしたままだった。
そのヤオ子がヤマトに顔を向ける。
「ヤマト先生。
さっちゃんのところに戻ってもいいですか?」
「ああ。
手伝って来ていいよ」
ヤオ子は軽く頭を下げると、部屋を出て扉を閉めた。
村長が心配そうにヤマトに話し掛ける。
「ヤオ子ちゃん……。
大丈夫ですか?」
「正直、心配です」
「そうですよね」
「特にあの子は、今回のような任務は初めてです。
面と向かって悪いことをする人間を見るのも初めてなら、
それを行った現場を見るのも初めてのはずです」
「では……」
「着いていてあげたいですね」
ヤマトから漏れた本音に、村長はにこりと微笑む。
「着いていてあげてください」
「しかし……」
「もう、大体のことは分かりました。
それに、ここには他の忍者の方も居ますから」
(そういえば、イビキさんの部下も居るんだったな)
ヤマトは村長に頭を下げる。
「では、お言葉に甘えて少し席を外します」
「ええ。
私は村を回って、皆に事の成り行きを話します」
ヤマトと村長は、ヤオ子に遅れて村長宅を出た。
そして、村長と別れて直ぐにヤマトは自分の分身に連絡を入れた。
…
村長宅の一室……。
暗い部屋に蝋燭の火が数本灯る。
その部屋では、イビキと今回の黒幕である薬売りが机を挟んで向かい合っていた。
「これが、お前の回った村全てか?」
「ああ」
薬売りは、今のところ素直に自白をしていた。
イビキはメモを取り、尋問を続ける。
「本当に他の仲間や組織は居ないんだな?」
「クドイな。
そうだと言っているだろう」
「…………」
イビキが鋭い視線で薬売りを睨むと、薬売りは吐き捨てるように答える。
「嘘は言ってねぇ」
イビキは立ち上がると部屋を出た。
そして、部屋の前に部下の一人を呼ぶ。
「このメモをご意見番のお二人に……。
薬売りが毒を盛った村のリストだ」
「確かに預かりました。
それでは」
イビキの部下が木ノ葉に向けて出立する。
それを見届けて、イビキは再び部屋に入る。
そして、再度、薬売りに向かい合って座ると、後回しにしていたことを質問する。
「何故、このような行動をした?
何処で思いついた?」
「へへ……。
捕まっちまったんだ。
洗いざらい話すよ。
オレの自慢話をな」
イビキは薬売りの話し方に不快感を覚えながらも、無言のまま続きを促す。
「最初はさ。
真面目に薬売りをしていた。
オレの作った薬をありがたがってる人を見るのが楽しかった。
・
・
しかし……。
いっつもいっつも病人が居るわけじゃない。
オレは優越感に浸りたかったんだ。
オレの薬でオレに頭を下げ続けさせたいんだ」
「…………」
「そこで考えた……。
病人が居ないなら、作ればいいとな」
薬売りの男の顔が欲望に歪む。
「オレの知識を総動員して、長く優越感に浸れる方法を考えた。
マイナーな毒薬で症状も軽くて長続きする方法を……。
対象は、子供がいい……。
子供は素直に感謝する。
親も子供には敵わない。
どんなに偉い大人でも、オレが治せば感謝する」
「…………」
「オレだけが治せる。
オレだけが感謝される。
だから、他の医者に掛からせないように毒の量をコントロールした。
オレは、毎月、この日に感謝される」
イビキは表情を変えずに、薬売りに質問する。
「自分の自尊心を満たすためだけに、こんなことをしたのか?」
「いや……。
後は、金だ。
定期的に必ず金が手に入る。
・
・
ククク……。
実にいいシステムだろう?」
「下種が……」
薬売りは卑下た笑みを浮かべたまま、イビキに語り掛ける。
「ところでさ……」
「何だ?」
「あの子、もうダメだぜ」
「……何を言っている?」
イビキが薬売りの首を掴むと、薬売りは悪びれることなくイビキに視線を向ける。
「あのサチって子さ。
もう直ぐ、死ぬよ」
「何だと!」
「この毒薬だけにかけては、オレの右に出つ奴は居ない。
マイナーだって言っただろう?
どんな医学書にも一年以上服用したら、どうなるかなんて書いてないのさ。
・
・
医療部隊を連れて来たみたいだが、手遅れさ。
何で、あの子があそこまで我慢出来たのかは分からない……。
他の村では、もう死んでたぜ?」
イビキは薬売りの首を離して部屋を出る。
そして、長屋に向け駆け出すと、部屋から薬売りの笑い声が響き渡った。
…
長屋では、ヤオ子がサチの側に居た。
そして、サチを前にポツリと呟く。
「嘘ついて……ごめんなさい」
「ヤオ子ちゃん?」
ヤオ子の目に涙が溜まる。
「さっき、罰受けるって言ったけど……。
怖いです……。
さっちゃんに嫌われたらと思うと……」
「ヤオ子ちゃん……」
「あたし……。
同い年の友達が居ません。
さっちゃんが初めてです。
・
・
だから……」
サチが布団の中から手を出し、正座するヤオ子の膝の上に手を置く。
「私も初めての同い年のお友達。
ヤオ子ちゃんのこと……嫌いになってないよ。
大好き」
「さっちゃん……。
さっちゃーん!」
ヤオ子がサチの手を握る。
「大きくなったら、結婚しましょう!」
「ヤオ子ちゃん……。
女同士だから無理だよ」
後から駆けつけたヤマトは、入り口でヤオ子とサチの様子を見て息を吐き出す。
「さっきのは、友達に嫌われるのを心配してたのか……。
取り越し苦労だったかな?」
ヤオ子はサチの手を更に強く握る。
「じゃあ、お友達から始めさせてください!」
「まるで、恋人みたいな言い方ね」
「あたしは、どっちでもいけます!」
ヤオ子の会話を聞いて、ヤマトは頭痛がした。
自分の教え子が同姓に告白している……。
しかも、奴はどっちでもいけるらしい……。
そして、ヤマトが頭を押さえた時、自分の分身が薬草を持って現れた。
到着が早かったのは、未熟なヤオ子の瞬身の術との差である。
また、薬草の採取出来る場所も近かった。
「着いたか……。
・
・
三つあるな……。
ボクの分身も一個見つけてたのか。
ご苦労様」
分身は元の木に戻りながら、ヤマトに吸収されて姿を消した。
「さて」
ヤマトは医療部隊の忍者に薬草を届ける。
「件の薬草です」
「助かります。
では、直ぐに磨り潰して残った子に与えます」
「薬草は粉末じゃなくていいんですか?」
「はい。
粉末にする時は、保存を考えた時ですから」
「そうですか。
よろしくお願いします」
「はい」
ヤマトは、再びヤオ子達に目を移す。
二人は姉妹のように会話をしていた。
「ねえ、ヤオ子ちゃん」
「何ですか?」
サチは静かな口調で語り掛ける。
「私のことをずっと覚えていてくれる?」
「ええ。
あたし、記憶力がいいんです。
さっちゃんのボディラインから、
少し天然さんな可愛らしいところまでバッチリです」
「ちょっとエッチな言い方ね」
「本当は、こっちがデフォルトです」
サチは可笑しそうに微笑むと、ゆっくりと目を閉じた。
「ありがとう……」
ヤオ子の手からサチの手がするりと零れる。
「え? ちょっと?」
「…………」
「さっちゃん?
さっちゃん?」
今しがたまで間違いなく握り返していた手。
それはあっけない程、簡単に自分の手をすり抜けたような感じがした。
ヤオ子はサチの手を握り直すと、信じられずにサチの顔を見る。
「……な、何これ?
脈が……。
・
・
すいません!
さっちゃんの様子が変なんです!」
ヤオ子の声に医療忍者の一人が慌てて駆けつける。
そして、ヤオ子の手からサチの手を取ると、ヤオ子の感じたものが嘘ではないと言葉にする。
「脈が止まっている!」
医療忍者は、直ぐにサチに心臓マッサージを始めた。
そして、もう一人の医療忍者も駆け寄ると医療忍術を掛け始めた。
ヤオ子は、目前に起きたことを信じられずに見続けることしか出来なかった。
…
医療忍者の彼は、サチの薄い胸に手を当て必死に心臓マッサージを続ける。
額に汗を浮かべ、汗は頬を止め処なく流れた。
彼の反対に位置する医療忍者も医療忍術を使い、必死にサチの回復に努める。
しかし、やがて二人は動きを止めると首を振る。
ヤオ子は這い蹲ってサチに近づくと手を取る。
「嘘ですよね?
さっちゃん……。
・
・
ねぇ……。
何で、治療をやめたんですか?」
医療忍者の二人が顔を背ける。
彼等も自分達の力が及ばずに奥歯を噛み締め拳を握る。
「さっき、『ありがとう』って言ったじゃないですか!
お薬飲んだんだし、元気になったんでしょ!
何か言ってくださいよ!」
ヤオ子はサチの手を両手で強く握り、そこではっきり分かってしまう。
サチの手には自分と同じ血潮の流れがない……。
ヤオ子の目に涙が浮かぶ。
「さっちゃん!
さっちゃん!
さっちゃん!」
何度呼んでも何度揺すっても、サチはピクリともしない。
ヤオ子は声とも言えない声をあげ、何も言わないサチに被さる。
「ごめんなさい……。
あたしが……。
あたしがモタモタしてたから……。
もっと早く、薬草をあげてれば!
・
・
あたしが……。
あたしがちゃんとした忍者だったら──」
(皆に薬草を届けられたのに……!)
ヤオ子は初めての同い年の友達に抱きつき、泣き続ける。
涙が止まらない。
そこへ、イビキが走り込んで来た。
「遅かった……か」
ヤマトがヤオ子を気にしながら、イビキに近づく。
「イビキさん?」
「さっき、薬売りが吐いた。
サチという子が、もう直ぐ死ぬと」
「じゃあ、今の子が……」
ヤマトはヤオ子が覆い被さっている少女に目を向ける。
「多分……そういうことだ」
イビキが奥歯を噛み締め、下を向く。
ここに居る誰もが、自分の無力を感じずにはいられなかった。
…
他の誰よりも、ヤオ子には悔しさが駆け巡っていた。
自分の未熟さ……。
自分の馬鹿差加減……。
全てが恨めしかった。
そして、一つの思いが胸を支配し始めていく。
(何で、さっちゃんが……。
友達になれたのに……。
元気になれると思ったのに……。
・
・
あたしの処方が遅れたから……)
ヤオ子は首を振る。
(そうじゃない!
それだけじゃない!
・
・
アイツが悪いことをしたからだ!
アイツが皆を苦しめたからだ!
・
・
アイツがさっちゃんを苦しめた!
アイツがさっちゃんを殺した!
・
・
許せない……。
許せない!
絶対に許せない!)
ヤオ子は歯を喰いしばり、目に殺意を宿す。
勢いよく立ち上がると、長屋の入り口に向かい走り出していた。
ヤマトとイビキを突き飛ばして村長宅に走る。
「まさか……!」
「あの馬鹿!」
ヤマトとイビキは、ヤオ子が何をしようとするかが分かった。
二人は直ぐにヤオ子を追って走り出した。
…
村長の家に入ると、ヤオ子は廊下を走って奥の部屋に向かう。
そして、見張りをするイビキの部下が目に入ると、走りながら印を結んで影分身の術を使って多勢で押さえ込む。
イビキの部下を置き去りにして部屋の扉を開けると、ヤオ子の目には拘束された憎い相手が瞳に写る。
ヤオ子は腰の道具入れから無言でクナイを取り出し、力一杯握り締める。
「お前が……さっちゃんを殺した!」
木遁忍術で拘束された男に走り込み、ヤオ子はクナイを振り上げた。
しかし、そのクナイが男に届くことはなかった。
イビキがヤオ子の手を押さえていた。
「何をしている!」
「コイツを殺すんですよ!」
強引に振り切ろうとした手は動かない。
自分の力ではイビキの力を振り解けないと判断すると、ヤオ子はクナイを放してチャクラを練り上げる。
クナイを手放した手に、もう一方の手を添えて印を結ぶと影分身が一体出現し、クナイを拾い上げて、再び男に向かう。
「この馬鹿野郎が!」
イビキの蹴りで影分身が消滅するとクナイは音を立てて転がった。
イビキはヤオ子を反対の壁まで投げつけると、ヤオ子に言い放つ。
「これは、オレ達大人の仕事だ!
ガキは、すっこんでろ!」
壁に打ち付けられたヤオ子は右手で顔を覆い、涙と共に嗚咽する声も響いた。
ヤオ子の泣く声だけが響く部屋に、ヤマト現れる。
イビキはヤマトに気付くと、苛立ち混じりに怒鳴りつけた。
「ヤマト!
その馬鹿を連れて行け!」
「イビキさん……」
「ここに居ても邪魔になる!
早くしないか!」
「……分かりました」
ヤマトは壁のところで蹲るヤオ子の肩に手を置く。
「……行くよ」
「う…うう……」
ヤオ子は自分を強く抱きながら顔を下に向け、泣き続けるだけだった。
「仕方のない子だ……」
ヤマトが無理にヤオ子を抱きかかえる。
「失礼します」
「…………」
ヤマトはイビキに軽く頭を下げて、ヤオ子を抱いて部屋を出た。
…
部屋を出た廊下を月明かりが照らしていた。
ヤマトはヤオ子を連れて、少し離れた縁側にヤオ子を下ろす。
「さっちゃんが……」
「うん……」
「アイツが憎いんです……」
ヤオ子が再び涙を流す。
「アイツが悪いことをしなければ、
さっちゃんは、今でも生きていたのに……。
・
・
どうしてですか?
さっちゃんは死んでしまったのに、
何で、アイツは生きているんですか……」
ヤオ子の問い掛けに、ヤマトは静かに答える。
「あの男は木ノ葉に戻って、
もう一度、詳しい取り調べをしなければならない」
「じゃあ、それが終わったら、
あたしにアイツを殺させてください……」
「それは出来ないよ」
ヤオ子は強い言葉でヤマトに聞き返す。
「どうしてですか!」
「尋問部隊のイビキさんの役目だ。
それに、君は子供だ。
子供が自ら手を血に染めるものじゃない」
「あたしは忍者です!
だから、殺してもいいんです!」
ヤマトは首を振る。
「いいや。
君は、まだ忍者じゃない……子供だ」
ヤオ子は前髪を振り乱し、頭を振る。
「子供でもクナイを持てば、人は殺せます!
あたしにだって、人は殺せるんです!」
「全然違うよ。
そういうことを言っているんじゃない」
「じゃあ、誰がさっちゃんの恨みを晴らすんですか!」
「彼女は誰も恨んでないよ」
「そんな綺麗ごとで流せないです!」
ヤマトはヤオ子の目をしっかりと見て続ける。
「本当だよ。
彼女は誰も恨んでない。
彼女の顔は微笑んだままだったよ」
(微笑んだままだった……?)
ヤオ子は俯く。
「でも……。
でも……」
「君は、彼女に恨みを持ったまま死んで欲しいのかい?」
「…………」
ヤオ子は俯いたまま、首を振る。
「彼女は、最後に君に何て言ったんだい?」
「……ありがとう…って」
「そう言ってくれた彼女は、君の手が血に染まるのを悲しむよ……」
「……でも、あたしは……忍者です……。
きっと、いつか人を殺します」
「そうかもしれない。
でも、今じゃなくていい」
ヤマトはヤオ子の頭に手を置く。
「まだ、大人を頼っていいんだ。
ボクを……。
イビキさんを……」
「でも、悔しいんです……。
憎いんです……」
「自分で復讐を果たすと、もっと辛くなるよ。
人を殺すのなんて気持ちのいいもんじゃない」
ヤオ子は自分の胸の服を掴む。
「でも、ここが苦しいんです……。
さっちゃんの仇を取らないと……」
「罰は必ず下される。
だけど、それは君がすることではない。
苦しいのは分け合おう」
「ヤマト先生……」
ヤオ子が顔を上げると、ヤマトはヤオ子に頷き、頭を撫でる。
「彼女が亡くなってボクも悲しい。
胸が痛いよ……。
これで半分こだ」
「ヤマト先生……」
ヤオ子はヤマトに抱きついて、再び泣き始めた。
「イビキさんが、君の代わりに罰を与える。
これで、また半分こだ。
まだ我慢出来ないかい?」
ヤオ子は首を振り、涙を拭う。
それでも、涙は止まらない。
ヤオ子は暫く涙を止めることだけに集中し、涙を拭い、必死に息を整える。
頭の中では薬売りの憎しみとヤマトの気持ち……そして、友達の微笑んだ顔が駆け巡る。
やがて、涙が止まるのを確認すると、ヤオ子はゆっくり立ち上がる。
「イビキさんに……。
謝ってくる……」
「暴れちゃダメだよ?」
「はい……」
「信じてるよ」
ヤマトがヤオ子をそっと押し出すと、ヤオ子は再びイビキの元に向かった。
…
廊下をゆっくりと進み、ヤオ子は奥の部屋の扉を見つめる。
もう一度、気持ちを整えると、ヤオ子は扉を開けた。
そこにはイビキの背中がある。
イビキの正面に犯人の薬売りが居る。
「……何だ?」
「…………」
ヤオ子は答えない。
気持ちだけ何とか整っただけで、まだ何と言っていいかはこれから考えるところだった。
しかし、不意打ちのように、代わって薬売りがヤオ子に言葉を浴びせた。
「さっきのガキか。
やっぱり、アイツは死んだんだな」
その言葉は整えた気持ちを再び乱すのに十分過ぎる言葉だった。
ヤオ子は歯を喰い縛り、止まっていた涙も流れ始めていた。
胸の中では、今にも飛び掛かってしまいたい衝動が駆け巡っていた。
しかし、それでも我慢する。
自分の気持ちを信じてくれたヤマトのために……。
そして、目の前のイビキのために……。
今は自分以外の誰かに頼らなければ、心は直ぐにでも憎しみに支配されてしまう。
ヤオ子はイビキに近づくと、イビキの黒いオーバーを握る。
「ごめんなさい……。
あたしは……もう少しで、一番簡単で卑怯な手段を取るところだった……。
あたしが……。
あたしが未熟だったから、さっちゃんを助けられなかったのに……」
ヤオ子は目蓋を強く閉じ、目に溜まる涙を外に追い出す。
「あたしの気持ちを……。
貰ってくれて…ありがとう……」
言葉を必死に搾り出し、床を涙が叩く音は誰の耳にも届いていた。
悔しい気持ちを必死に抑えて、ここまで来たヤオ子にイビキは言葉を掛けた。
「お前は、まだ子供で居ろ。
しっかり、忍者がどういうものか見極めろ」
「はい……。
・
・
あたしの用は……。
それだけです……」
ヤオ子がイビキの黒いオーバーを放し、振り返るとそっと頭に手を乗せられる。
「分かればいい……。
お前達の憎しみは、オレ達、大人が貰っていく。
そうすれば、お前達が大人になった時には憎しみはなくなっている。
・
・
だけど、もし、お前が大人になった時、周りに憎しみが溢れているようなら、
今度は、お前が子供達のために憎しみを貰ってやれ」
「……はい」
ヤオ子は、またグシグシと鼻を鳴らして涙を拭う。
「イビキさん……。
あたしを止めてくれて、ありがとう……」
ヤオ子は静かに部屋の扉へと歩き出した。
そのヤオ子の背中に、また声が浴びせられる。
「木ノ葉は、忍者の質が甘いんじゃないか?
忍が涙を見せるなんて?」
ヤオ子は足を止め、涙が再び床を叩いた。
だけど、今度は自ら顔を上げた。
自分の未熟を他人のせいにするのはやめた。
ヤオ子が部屋を出ると、イビキは薬売りに語り掛ける。
「あれは忍者じゃない」
「へっ!
どうしようもないな!」
「あの子は子供だ。
まだ守られるべき存在なのだ。
その木ノ葉の未来の種をお前は傷付けた」
イビキが薬売りに視線を向けた時、イビキの部下が現れる。
「護送の準備出来ました」
「そうか……」
イビキは薬売りに話し掛ける。
「一つ訂正しておく。
現時点で、アイツは確かに忍者ではない。
だが、どうしようもない奴でもない。
アイツは自分の未熟から目を逸らさず、忍び耐えることを選んだ。
忍者になる資格は持っている」
イビキの視線が鋭さを増す。
「簡単に死ねると思うな……。
お前には聞きたいことが山ほどある」
イビキが睨みつけると、薬売りは恐怖で押し黙った。
そして、男が護送されたことで、ヤオ子の任務は終了を迎えた。
…
事件のあった次の日から、ヤオ子は医療部隊の忍者と子供達の看病を行い続けた。
サチのお葬式にも参加した。
気が晴れることはなかったが、何かをしていないといけない気がした。
そして、数日後……。
ヤオ子は、友達だった女の子のお墓の前に居る。
「お別れです……。
さっちゃんのことは絶対に忘れません。
あたしの初めての同い年のお友達です。
・
・
任務で近くに来た時は、必ず会いに来ます。
約束です」
ヤオ子はお墓の周りを見回し、目を伏せる。
「少し……寂しいですね」
ヤオ子は落ちている枝を拾い集め、サチの墓の直ぐ横の地面に枝を刺すと、ポケットから取り出した毛糸の輪を枝に引っ掛け花を作った。
「教えてあげたかったお花です。
春になって花が咲き乱れるまでの代わりです」
ヤオ子の肩に、ヤマトが優しく手を置く。
「話は済んだかい?」
「はい」
「じゃあ、行こうか?」
「はい。
・
・
さっちゃん……。
さようなら……」
ヤオ子は少しだけ大人になり、木ノ葉の里へと戻って行った。