== NARUTO ~うちはサスケと八百屋のヤオ子~ ==
ヤオ子はヤマトと初任務を終えて、前回だけが特別だと思っていた。
会社に経理の手伝いに行き、更にそこの社長に説教をかますなど、忍者と関係がないにもほどがある。
しかし、ヤオ子の頭が痛い日々は続くことになる……。
今日も待ち合わせ時間ギリギリに姿を現わしたヤオ子は、先に待っていたヤマトに声を掛ける。
「おはようございます。
ヤマト先生」
ヤオ子の挨拶に、ヤマトは申し訳なそうな顔を浮かべる。
「ごめん、ヤオ子。
暫く任務で面倒を見れない」
両手を合わせたヤマトに、ヤオ子は首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「里の任務を少ない人数で回さなければいけなくて、
どうしても外せない任務が出来てしまったんだ」
「そうなんですか。
まあ、ヤマト先生は上忍ですもんね」
ヤオ子は自分を指差す。
「あたし、どうすればいいの?」
「上層部に相談したら、今度から直接紹介して貰うようになった。
その時、副担当がつくと言っていたよ」
「了解です。
ヤマト先生も頑張ってくださいね」
「すまない。
時間がある時は、君を優先するから」
ヤオ子は両手を頬に当てると、クネクネと悶え始めた。
「照れますね。
そんな口説き文句みたいなセリフ」
ヤマトがこけた。
「ヤオ子……」
顔を上げたヤマトに、ヤオ子は『冗談ですよ』と手を振る。
ヤマトは溜息を吐くと、瞬身の術でその場を後にした。
第37話 ヤオ子の任務の傾向
ヤマトが任務に向かい、一人残されたヤオ子も歩き出す。
本日の任務を貰うため、昨日と同じ紹介場へと向かうのだ。
何が起きるでもなく、普通に紹介場に辿り着いてしまうと、ヤオ子は任務の紹介を受けるために扉を開く。
皆さんガンバの垂れ幕を見ると、相変わらず逆に力が抜ける気がした。
「すいませ~ん。
本日、ヤマト先生はいません」
ヤオ子の声に本日担当のコハルがヤオ子を手招きすると、話し掛ける。
「その話は聞いておる。
そして、まず褒めておこう。
先の任務、先方の評価は最高ランクだったぞ」
「そうですか。
頑張った甲斐があります」
ヤオ子は頭に手を当て、だらしなく笑みを浮かべた。
「ところで。
今日の任務と副担当さんは?」
「うむ、副担当はあれだ」
コハルが指差す先には、疲労して壁にもたれて蹲る中忍が居た。
頭を垂れて、ピクリとも動かない。
「……何あれ?」
「お前の副担当だ」
「…………」
ヤオ子の顔から一気にやる気が失せた。
「お前の任務はDランクの雑用だからな。
今後は疲弊した忍者がお前の担当となり、
体力の回復をしながら面倒を見ることになる」
「…………」
ヤオ子の眉は綺麗なハの字を浮かべていた。
そのヤオ子に、コハルが訊ねる。
「どうした?」
「いや……。
どうしたって……。
あんなのばっかり、あたしに付くの?」
「そうだ」
「…………」
ヤオ子は左の腰に手を当て、右手を返す。
「だったら、昨日みたいなのはなしですよ。
あれはヤマト先生も一緒にやって、二人掛かりで何とか出来たんですから」
「分かっておる。
その時には、もう少し活きのいい疲れた忍者をつける」
(疲れてんだか活きがいいんだか、分かんないんだけど……。
っていうか、疲れてても働かすの?)
ヤオ子の疑問を無視して、コハルが巻物を広げる。
「次の任務だが……ケーキ屋に行って貰う」
「何処の?」
「木ノ葉の里だ」
「お手伝いですか?」
「そうだ」
ヤオ子は顎の下に人差し指を立て、ケーキ屋での仕事を想像する。
「ケーキ作りか……。
面白そうですね」
「では、頼むぞ。
しっかりな」
「はい」
「…………」
ヤオ子とコハルの会話は終わったが、約一名――副担当の反応がない。
ヤオ子は副担当を指差して、コハルに訊ねる。
「あの……あの人、さっきからピクリとも動かないんですけど……。
もしかして、死んでませんか?」
「仕方ない……」
コハルが袖からクナイを取り出すと、いきなり中忍に投げつけた。
クナイは中忍の顔の横に突き刺さり、中忍はハッとして目を覚ました。
コハルの目が光る。
「……さっさと行け!」
中忍は慌てて巻物を受け取ると走って行ってしまった。
(一応、生きてたんですね……)
ヤオ子も仕方なく後を追い掛けた。
…
民無先に行き途中の道で中忍に追い着くと、ヤオ子は声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫じゃない。
さっき72時間ぶりに眠ったところなんだ……」
(おいおい……)
「目的地まで頑張ってくださいね。
後は、あたしが何とかしますから」
「…………」
中忍は無言で頷くと、ふらふらと千鳥足でケーキ屋に向かって歩く。
(危ないって……。
木ノ葉、マジで危ないって!)
ヤオ子は木の葉滅亡の危機を感じていた。
…
ケーキ屋に着き、店主に挨拶が終わった瞬間、中忍は座った椅子の上で灰になって死んだように動かなくなった。
燃え尽きている副担当の中忍を見て、店主の女主人がヤオ子に声を不安そうに掛ける。
「あの――」
「あははは!
気になさらず!
寝ているように見えますが、彼は眠りの小五郎と呼ばれる凄腕忍者です!
ばっちり! あれで、しっかりと監視してます!」
「そうなんですか?」
「はい!」
(何で、こんな悲しい嘘を……)
ヤオ子は心の中で泣きながら、ヤケクソ気味にその場を勢いで乗り切ってしまおうと思った。
「ところで!」
「は、はい」
「あたしは、何をすればいいんですか?」
ヤオ子の強引な言葉運びが功を奏したのか、女主人は気を取り直して依頼を口にし出してくれた。
「実は最近売り上げが落ちているんで、
どうすればいいか相談をしたくて……」
「…………」
「聞いてます?」
聞かされた依頼内容に、ヤオ子は震えている。
(何これ?
相談?
どういうこと?
・
・
手伝い関係ないじゃん?)
今回の依頼は、何をするのか以前の問題だった。
混乱気味のヤオ子に、女主人が不安そうに語り掛ける。
「どうかしましたか?」
「……どうかしました」
「まあ、大変」
「お姉さん……」
「何ですか?」
「あたしは、お手伝いをしに来たんですよね?」
「知ってます。
私が木ノ葉に依頼したんですから」
「で。
あたしは、何を手伝うと?」
「最近売り上げが落ちているんで、
どうすればいいか相談を――」
「ストーップ! ルック ミー!
あたしを見てください!
・
・
何に見えますか?」
「女の子」
「はい! 合ってますよ、ここまで!
・
・
では、何を手伝うと?」
「最近売り上げが落ちているんで、
どうすればいいか相談を……」
(……ダメだ。
天然さんです。
ガツンと言わなければなりません)
ヤオ子は咳払いを入れる。
「あたしは、ヤオ子です。
八歳の女の子です。
ここには『お・て・つ・だ・い』をしに来ました」
「はい」
「分かりますね?
相談する相手じゃないでしょう?」
「分かりません」
(天然な上に馬鹿ですか……)
ヤオ子は額に手を置いて苛立ちを押えると、大きく息を吐き出す。
「もういいです。
はっきり言いますね。
『自分の店の経営方針ぐらい自分で決めろ!』です。
あたしは帰ります」
ヤオ子が踵を返すと、女主人がヤオ子の足にしがみついた。
「見捨てないでください!
お願いします!」
(どういう絵面なんですか……。
八歳児に縋りつくなんて……)
「このままじゃ、お店が潰れちゃうんです~!
折角、開いたばっかりなのに~!」
「……こんな店、潰れてもいいんじゃない?」
「イヤ~~~!」
ヤオ子がキレた。
「あんた、ガキか!」
「何とでも言ってください!
藁にも縋る思いなんです!」
「今、正に藁掴んでますよ!」
「話だけでも!
話だけでも聞いてください!
聞いてくれないと放しません!」
ヤオ子は拳を握る。
(ここで依頼人殴ったら問題なんだろうな……。
本当に眠りの小五郎使えないな……。
この騒ぎでも起きないなんて……)
ヤオ子は拳を解くと、諦めの溜息を吐いた。
「聞いても何にもならないかもしれませんよ?
話すだけ話してみてください」
「ありがとう。
ヤオ子ちゃん」
女主人が二人分の椅子を持って来て座ると、ヤオ子も持って来てくれた椅子に座る。
女主人は切実とヤオ子に話し出した。
「売り上げは元から少なかったんですが、
今までは何とか店の経営は成り立っていました。
しかし、いきなり売れ行きが悪くなってしまったんです」
「ライバル店でも出来たんですか?」
「いいえ」
「味を変えたとか?」
「いいえ」
ヤオ子は腕を組んで、首を傾げる。
「じゃあ、何だろう?
急に売れなくなるなんて。
・
・
この店の主力メニューは?」
「苺のショートケーキです」
「ふ~ん。
普通ですね。
・
・
じゃあ、問題があるのは他のメニューですかね?
他にどんなケーキがあるんですか?」
「ありません」
「……は?」
「苺のショートケーキだけです」
「……何故?」
「私は、苺のショートケーキ一本で勝負したいんです!」
ヤオ子は椅子を倒して立ち上がり、女主人を指差した。
依頼主だろうが関係なかった。
「馬鹿か!
原因はそれだ!」
「え?」
「『え?』じゃねー!」
「どうしてですか!?」
ヤオ子は指を立てる。
「いいですか?
苺のショートケーキって、どんなイメージがありますか?」
「誕生日とかお祝い事とかかしら?」
「正解です。
では、この前、何がありましたか?」
「この前?
……さあ?」
「ヒントです。
木ノ葉崩し……」
「?」
女主人が首を傾げる。
ヤオ子は一向に気付かない女主人にワナワナと拳を握る。
「火影様が死んだのに、
祝い事を連想させる苺のショートケーキを誰が買うんだ!」
「そ、そういうことですか!」
「あんたも商売人だろうに!
気付け!」
「で、では、死んだ記念に追悼フェアということで
チョコレートケーキを店頭に――」
ヤオ子はグーを炸裂させるのを必死に堪えた。
「そんなことをしたら袋叩きにされますよ!
そして、誰も寄り付きません!
・
・
いいですか?
喪が明ければ、きっと売り上げは戻ります。
それまで暫く店を閉めるなり、作る量を減らすなりしてください」
女主人は原因が分かると、ホッと胸を撫で下ろした。
「ヤオ子ちゃん……。
ありがとう」
(はぁ……。
こんな馬鹿みたいな依頼もあるのか……。
いや、あの社長も馬鹿だったな……。
うちの両親も……。
木ノ葉の商店は、大丈夫なのかな?
・
・
一楽があった。
あそこは、まともだ……)
今度こそ帰ろうとヤオ子は立ち上がる。
精神的に酷く疲れた。
しかし、女主人が止まらない。
「ヤオ子ちゃん。
売り上げが平均して伸びないのは、何でだと思う?」
「…………」
これ以上は関わりたくないと、ヤオ子は黙って踵を返す。
「今度は、泣くわ!」
(だから、何で……。
この人、八歳児相手に何言ってんだよ……。
これ、どういう任務だよ……)
ヤオ子は黙って座ると、吼えた。
既に目の前の女主人を依頼人とは思っていなかった。
「メニューが一つしかないからに
決まっているでしょう!」
「だって……とってもおいしいんですよ?」
「あんた、さっきチョコレートケーキも
作れるみたいなことを言ってたでしょう!」
「あれは例外です!」
「何の例外ですか!」
「私は、苺のショートケーキ一本で勝負したいんです!」
「じゃあ、勝負してればいいでしょ!
以上、あたしは帰ります!」
「理由を聞いてください!」
「アァ!?」
「何で、苺のショートケーキに拘るか聞いてください!」
「あんた、しゃべりたいだけなんじゃないですか?」
「聞いてください!」
(面倒臭い人ですね……)
「何で、ですか?」
「苺のショートケーキは思い出のケーキなんです」
「……へぇ」
「お母さんのお誕生日にプレゼントしたケーキなんです。
それをお母さんは、とてもおいしいって。
それから苺のショートケーキは、
幸せにしてくれる魔法のケーキだと思うようになったんです」
(頭病んでんじゃないの?)
「だから、皆に苺のショートケーキを食べて貰おうって思ったんです」
「いい話でした。
天国のお母さんも喜んでます」
「死んでません!」
ヤオ子は溜息を吐く。
「で?」
「はい?」
「それを聞いて。
あたしが共感して、どうしろと?」
「それを考慮したうえで、
売り上げの上がる方法を考えてください!」
(……あたしは、大人電話相談室か)
「無理です。
あたしには思いつきません」
「そんなことありません!」
「それこそ、何で言い切れるんですか?」
「だって、私の知ってる人は、
ここまで話を聞いてくれませんでした」
(あたしも適当に切り上げれば良かったのか……)
「だから、きっとヤオ子ちゃんは、何か良い案を考えてくれます」
「何の根拠にもなってない……」
ヤオ子は肩を落としてから顔を上げる。
「はぁ……。
仕方ない……」
「考えてくれますか?」
「はい。
まず、あなたの思い込みから、どうにかします」
ヤオ子は、どうしようもない依頼人のために一肌脱ぐことにした。
「苺のショートケーキ以外のメニューを増やしたくないんですよね?」
「はい」
「お母さんの思い出が大事だから」
「はい」
「じゃあ、お父さんは?」
「え?」
「お父さんは?」
「…………」
女主人は言葉を止めた。
「お父さんに無理を言って、苺のショートケーキを押し付けていませんでしたか?
お父さんは、本当に甘いのが好きな人でしたか?
コーヒーにミルクと砂糖を一杯入れる人でしたか?」
「それは……違います」
「そうでしょう?
人には好みがあるはずです。
お母さんばっかりではなく、お父さんのことも考えてあげないと」
「ヤオ子ちゃん!
私、どうすれば!?」
「今度は、お父さんのためにケーキを作りましょう。
甘さを抑えたチョコレートケーキなんて、どうですか?
それを一緒にカウンターに並べては?」
「でも……。
やっぱり、苺のショートケーキが一番なんです」
「はい。
あたしも反対ではありません。
苺のショートケーキは主力商品として、一番多く作ってお店で売りましょう。
作る数は減りますが、一番多くていいです」
「本当に?」
「はい。
今は悲しいことがあったばっかりですが、
皆、生まれた日はあります。
誕生日には必ず皆を幸せにするケーキですから、需要は常にあります」
「ヤオ子ちゃん……」
「そして、心に余裕が出来たら、
家族だけに幸せになって貰うのではなく、自分も幸せにしてあげるんです」
「私も?」
「はい。
季節ごとの旬の果物を使ったタルトやケーキも、いいんじゃないですか?
自分へのご褒美です。
そして、それを皆にちょっぴりお裾分けしてカウンターへ。
・
・
どうですか?
メニューを増やすのも悪くないでしょう?」
「うん……。
悪くない……。
私、頑張ってみるね」
「はい。
応援してます。
では、頑張ってください。
・
・
あたしはこれで」
ヤオ子が席を立とうとすると女主人がヤオ子の手を掴んだ。
「今からチョコレートケーキを開発するから手伝って!」
「…………」
(今から任務開始?)
ヤオ子の任務は、大体こんな感じで任されて処理することになる。
そして、こういうことが重なり、Dランクでありながらヤオ子の指名が入るようになっていく。
また、影分身の呪いにより経験が蓄積され、ヤオ子はどんどん忍者からかけ離れた存在になっていくのだった。
一方、ヤオ子がケーキ屋で任務をしている頃、サスケは暁のメンバーである自分の兄に接触しようとしていた……。