== NARUTO ~うちはサスケと八百屋のヤオ子~ ==
アカデミーの教室では、どこか重苦しい空気が漂っていた。
しかし、ご意見番の二人が去って暫くすると、ヤオ子の父親が息を吐き出した。
「あ~緊張した~」
「私も……。
ふう……」
(いつものだらしない両親に戻った……)
ヤオ子は自分の将来について混乱する中で、いつも通りに戻った両親に少し安心を感じていた。
第30話 ヤオ子の新生活③
重い空気をいつも通りに戻したのは父親だったが、話し始めたのは母親の方だった。
母親がヤオ子に両手を合わせる。
「ごめんね。
中々、言えないことだったから」
「あのお爺さんとお婆さんが居なくなったら、
態度でかくなりましたね……」
「昔から苦手なのよ」
ヤオ子は溜息を吐く。
「昔からってことは、二人とも忍者だったんですね?」
両親が頷く。
「何で、黙ってたんですか?」
その質問には父親が答える。
「里が平和になったから、
もう、戦う力は要らないと思ってな。
八百屋やってんだし言わない方がいいかなって」
「まあ、昨日のあれがあるまでは平和でしたけど……」
ヤオ子の父親が服を脱いで背中を見せる。
父親の背中には医療忍術で治しても残る大きな傷痕があった。
「知っているだろ?」
「ええ。
お風呂で見ましたから」
父親が再び服を着る。
「これは……。
ある事件で付けられた傷でな。
これが原因で背筋をやられて忍者を出来ない体になった。
忍者を辞めたのは、これが原因だ」
「嘘でしょ?
お父さん、重い荷物持ってるじゃないですか?」
「お父さんは、本来もっと力持ちよ。
背筋をやられても維持出来ているのは忍の修行の賜物よ。
筋力が落ちても一般の人と同じぐらいだから」
母親の補足に、ヤオ子はクラッとする。
通りで腕力だけでいつも躾けられるわけだと、納得もする。
「お母さんも何処か怪我したの?」
「いいえ。
私は、お父さんが引退する時に一緒に辞めたの」
「何で?」
「お父さんに惚れてたから」
「…………」
(惚気話を聞かされるとは思わなかった……)
母親の言葉に、父親は少し照れているようだった。
その父親を見てクスリと笑い、母親が続ける。
「私達は忍者を辞めて八百屋をすることにした時、
生まれてくる子供達には黙っていようって決めたの。
忍者は辛いお仕事だから」
「じゃあ、何で、忍者になったんですか?」
「オレは単純にカッコ良かったから」
「私はお父さんに惚れてたから」
「…………」
ヤオ子が眉間に皺を寄せて、右手の人差し指を立てる。
「一ついいですか?
・
・
お母さんって……もしかしてストーカーかなんかだった?」
「そうよ。
ストーカーだったわ」
「…………」
(言い切りやがった……)
ヤオ子は頭痛を引き起こしそうだった。
「お父さんも、よくお母さんと結婚しましたね?」
「タイプだった」
「…………」
(まあ、あたしから見ても
お母さんは美人ですけど……何か軽く引いた。
母親がストーカーで、父親が平然とそれを受け入れてるなんて……)
ヤオ子は、本当に頭が痛くなって来た。
父親が気にせず話し出す。
「まあ……。
実際に大怪我して骨身に染みて、
そういう辛いことは、オレ達の代で終わりにしようと思ったわけだ」
「途中の衝撃の事実で、いい話のありがたみが半減です」
「それで……。
さっきのお前の質問についてだ」
ようやく話は、ヤオ子の『あたしが忍者になったら嬉しいか?』という本題に入る。
両親が少し真剣な顔になる。
「オレは……分からない」
「は?」
「ヤオが砂の忍を倒したと言った時、
昔の血が騒いで嬉しかった。
・
・
そして、崩壊した里のあちこちを見て、
真っ先に思ったのが里の未来についてだった。
・
・
お前とヤクトの未来を二の次に考えちまった」
「……正直ですね」
「背中の傷がヤオを危険な道に踏み入れるなと騒ぐ。
そして、忍の才能の片鱗を見せたヤオを後押ししろと
オレの忍だった血が騒ぐ」
父親は俯いて自分の手を握り締める。
それを見て、ヤオ子は父親が相反する想いを抱いてしまったのだと分かった。
母親も自分の想いを吐露する。
「私も正直に言えばね。
ヤオが砂の忍を倒したって聞いた時は嬉しかったわ。
・
・
きっと……。
お父さんも私も忍を完遂出来なかったことが、心の棘として残っている。
そして、それをヤオに託すのが間違いだと分かってもいる」
「…………」
両親の正直な想いを聞いて、ヤオ子は考え込んだ。
両親は怪我をして危ないことだと認識したからこそ、ヤオ子に忍者だったことを黙っていた。
理由も何となく分かる。
話せば、ヤオ子も両親も忍者に対しての気持ちを隠しては生きられない。
『忍者にさせたくない……きっと、本音だろう』
でも、里が襲われた。
『何とかしたい……きっと、これも本音だろう』
『ヤオ子の活躍が嬉しかった……きっと、これも本音だろう』
(お父さんとお母さんの隠していた気持ちを呼び起こしちゃったのは……あたしですね。
あたしの軽率な行動……。
・
・
忍者になりたいか?
危ないの嫌です。
暴力の世界も嫌です。
でも、両親の思いを遂げさせたいとも思います。
・
・
そうなると安全な忍者ってことになります。
それは間違いです。
皆、何処かで覚悟を決めるはずです)
ヤオ子は、今がその覚悟を決める時なのかもしれないと思う。
ただアカデミーに通わされるのとは大きな違いがある。
他の子と違い、両親は自分に選択肢を残してくれている。
(忍者に……ならないといけない気がします。
……変態をカミングアウトされましたが、
お父さんが好きだし、お母さんが好きです。
そして、弟も好きなんですよね。
里に力が戻らないと皆が危ないんです)
ヤオ子は考えを纏めると、顔を上げる。
「忍者になります」
「いいのか?」
「はい」
両親はヤオ子の言葉を受け入れると了承の意味を込めて頷いた。
そして、ホムラとコハルを呼びに部屋を出た。
…
ホムラとコハルが再び姿を現すと、ヤオ子の今後について説明を始める。
ヤオ子達親子の前にホムラとコハルが座ると、コハルがヤオ子に訊ねる。
「決めたか?」
「はい。
忍者になります」
「そうか……」
「これで資格を得たな」
「「「資格?」」」
ヤオ子達親子が声を揃える。
てっきり、直ぐにでも下忍になれるものだと思っていた。
「さよう。
選ばれた子達には試験を受けて貰う。
いくら特例とはいえ、本当に実力があるかどうかは、
試してみないことには分からない」
ヤオ子が息を吐く。
「ちょうど良かったです」
「ん?」
「あたしの能力って未知数でしょ?
テストしてくれて落ちたんなら危ないことしなくていいし、
受かったんなら危ないことしても、大丈夫ってことでしょ?」
「……違うぞ」
「何で?」
「あくまで現時点での能力を秤に掛けるのだ。
それ以降、努力して力をつけなくては危険なことに変わりはない」
「…………」
ヤオ子は少し考えると質問する。
「条件を出していいですか?」
「「「「は?」」」」
ホムラとコハルは呆れ、両親は恐れ多い態度に口が塞がらない。
とりあえず、コハルが続きを促す。
「い、言ってみよ」
「忍者になれたら、次のことをお願いしたいんです。
一つ目。
自来也さんが壊したうちの店を建て直してください」
ホムラとコハルが額を押さえる。
「あやつ……。
・
・
よい。
それは条件なしで叶える」
「ありがとう、お婆ちゃん」
「おば──」
コハルは子供相手と流すが、両親は冷や汗ものだった。
気にせず、ヤオ子は続ける。
「二つ目。
里の力が戻ったら、あたしにいつでも忍者を辞めれる権利をください」
「…………」
ヤオ子以外が沈黙する。
そして、父親のグーが、ヤオ子に炸裂する。
もう、里のご意見番の前だろうが関係ない。
「何考えてやがる!?」
ヤオ子は頭に手を当てる。
「いや、途中までは覚悟もしてたんだけど、
よく考えたら簡単な任務の補充要員じゃないですか?
だったら、里の力が戻るまでの代理でもいいかなって……」
ホムラとコハルが頭を押さえる。
「やっぱり、お前達の娘だ。
・
・
いや、母親の血が色濃く出ているようだな……」
ヤオ子が母親を見ると、この中で一人だけ動じていない。
(お母さんって、一体……)
コハルは咳払いを入れると続ける。
「よい。
それも飲んでやろう。
もう慣れっこだ。
断れば暴走するのだろう?」
「…………」
ヤオ子はチョコチョコと頬を掻く。
「その通りなんですけど……。
お母さんって、どんな忍者だったわけ?」
「これで終わりだな」
強引に幕を引こうとしたコハルに、ヤオ子が慌てて手をあげる。
「まだ、あります!」
「遠慮をしろ!」
再び父親のグーが、ヤオ子に炸裂する。
「これは譲れません!
そして、最後です!」
ホムラとコハルが溜息を吐く。
「もういい……言ってみよ。
前の二つは大したことないし、構わん」
ヤオ子は真剣な顔になると口を開く。
「弟に……奨学金みたいの出して貰えませんか?」
「何?」
「弟を学校に行かせたいんです」
「ヤオ……」
「あたしは……学校に行ってないんです。
やっぱり、お友達が居る方がいいですから」
「…………」
実質的には、ヤオ子の最初で最後のお願い。
その願いにコハルは頷く。
「分かった。
お前の願いは忍者になったら全て叶えよう」
「えへへ……。
ありがとう」
最後の最後でヤオ子以外が毒気を抜かれた気分になる。
「では、試験は明日だ。
早朝7時から行う」
「分かりました」
「以上だ」
ホムラとコハルがヤオ子達を残して部屋を出る。
そして、二人は同時に溜息を吐きながら言葉を漏らす。
「最後の最後で恐ろしく疲れたな」
「あの二人の悪いところだけを
受け継いでいないだろうな?」
「あの性格で、あの二人は手練れだったのが──」
「もう、言うな」
再び溜息を吐くと、ホムラとコハルは去って行った。
…
一方、残されたヤオ子親子は……。
のんびりとした空気で母親が父親に話し掛けていた。
「あなた、丸くなったわね」
「そうか?」
「ヤオの行動は、私達の行動そのものじゃない」
「……そうだった」
父親が項垂れる。
「きっと、ヤオは私達以上の困った忍者になるわ」
「……今から断るか?」
「それはいいんじゃない?
何かあれば試験落ちるでしょ?」
「そうだな」
「…………」
ヤオ子は両親をジトッとした目で見ている。
「あんた達、さっきの真面目な空気は何処へ行ったんだ?」
「お前こそ。
さっき言った覚悟は何処に行った?」
「…………」
「「「まあ、親子だし……」」」
ヤオ子の新生活は、新たな転機を迎える。