爆音が響いた。
雨のように降り注ぐ機械の兵隊は、火星在留軍の誇る機動兵器をまるで陵辱するかのように蹂躙していく。
当時主流の武器だった高出力レーザー砲も、ディストーションフィールドの前には限りなく無力。傷一つつけられない。
戦艦の主砲ですら傷つけられないモノに、機動兵器ができることなんて何一つありはしない。
私達は、突然の戦争開始とともに敗北を知ったのだった。
私は歴史を知っていた。
この惨状も、これから起きる火星の崩壊も、すべてを知っていた。
「……ゲホッ。リン……逃げろ……。もう……火星は…………終わりだ……」
崩れ落ちた岩の下敷きになり、身動きが取れなくなったのはいつも私をコキ使ってくれた上官である。
どこか負傷したのか、床には血の朱が広がっていく。
私は岩を持ち上げようとした。しかし、力の限り振り絞っても岩はビクともしない。
爆音と騒音の中、時だけが過ぎる。
「……へへへ。……もういい……リン。……こんなことなら……おまえの言う通り、軍備増強でもすれば良かったな…………へへへ」
苦悶の表情を浮かべつつも、男は笑う。そこにあるのは諦めの色。
この上官はいつも言っていた。「どんな時も、諦めるな」そんなことを言っていたコイツが、どうしてこんなにも簡単に諦める!?
私は真っ赤に染まった手のひらに眼もくれず、岩を必死に持ち上げようとした。
「……はねっかえりが。本当、最初から最後まで、おまえは分からん奴だったよ…………。リン軍曹、死ぬなよ。どんなに辛くとも……生きるんだ」
そう言うと、彼は私を突き飛ばした。
そして、図ったかのように落ちてくる岩が、雪崩れのように彼を飲み込んだ。
ペタンと座り込む私の足元に、彼の血が流れ出てくる。
…………チガウ。コンナノ、ワタシノ望ミデハナイ…………。
いや、違う。これは、私の選んだ結果だ。
遠まわしに下っ端が軍備の増強を申し出ても受け入れられないのは分かっていた。
現在ある技術で、木星トカゲを退けるなんて不可能。どうあっても、正攻法では勝てないのは分かっていたんだ。
これが、私の現実。
すべてを犠牲にしてでも幸せにすると誓った、私の現実。
私の隊の人間は、ほとんど死んだ。生きているのは私と同じような少年兵ばかり。皆、誰かを護るように死んでいった。
これが私の望みなんだろう? 誰を犠牲にしてでも、ユリカを護ると誓った結果なんだろう?
仮に、だ。すべてを……私が未来から来たのをミスマル・コウイチロウにでも打ち明けていれば。
会うのは困難を極めたかもしれない。しかし、不可能だったとは言い切れない。私にはボソンジャンプもある。証拠だってあるのだ。
しかし、私はそうしなかった。
これから起こる、ナデシコでの旅路にできるだけ支障をきたさぬよう、選んだ結果がコレだ。
身体の芯から震えが来る。吐き気が止まらない。これが、この惨状は、私が引き起こしたモノ。この瞬間から、私はこの世界でも罪人となった。
だから、私はもう止まらない。
何があっても。誰を犠牲にしようとも。
例え、自分すら犠牲にしようとも、私は必ずユリカを幸せにしなければならない。
第7話 もしかして私がいないほうがうまくいく?
……夢を見ていた気がする。夢の内容は、覚えていない。
眼を開く。
……どうやら、ここは病室のようだ。
記憶が安定しない。どうして、私はここで寝ているのだろうか?
「あ、目が覚めましたか? やほーい。生きてますか?」
……なぜかルリちゃんが私の看病をしてくれていた。いや、その口調は何?
だんだん意識が覚醒してきた。そうだ、私は確か、ムネタケとその一味に腹を撃たれ、そのまま戦闘に出て気絶したんだっけか?
腹を撫でると、まだ少しだけズキリと痛む。しかし、どうやらそれほど重い怪我ではなかったようだ。
「私はどのくらい寝ていた?」
「今日で、丁度5日目になります。このまま目を覚まさないかと思いました」
平然と、あっさりと何事もなかったかのように告げるルリちゃん。
何というか、人間味の薄れたその感情、懐かしいような何というか…………って、
「私は5日も寝ていたのか!? 現状は!? サツキミドリ2号は!?」
「…………? 現在、相転移エンジンの一部機能が停止、応急処置が進んでいます。もう後5時間程で復旧は完了。完了次第、サツキミドリ2号に向かいます。……ちなみに如月さんの状態ですが、腹部の傷はたいしたことないみたいです。もう後3日程で完治。後は意識を取り戻すかどうかだったらしいです」
…………ムウ。どうやら、願っていた通り、傷はたいしたことなかったらしい。
でもその割には私、何か大騒ぎしたり死に掛けたり、大変な目に会った気がしたのは気のせいだろうか?
というか、やはりこの身体は脆い。傷のこともそうだが、そんな怪我で5日も意識が戻らないなんてヤバイ。これからは気をつけなければいけないな……。
と、そういえば…………。
「ルリ、ずっと看病していてくれたのか?」
「いえ、違います。休憩がてら寄っただけで他意はありません。……みなさん、代わる代わる様子を見に来てたみたいですが、如月さんが目を覚ましたのがたまたま私が見に来たとき、というだけです」
淡々と応えるルリちゃん。まあ、予想の範囲内だが、なんか寂しいものはある。
……一応、私の『ユリカ幸せプラン』の中にはルリちゃんの幸せも計画に入っている。
この子も、私達ジャンパーと同じで、人から利用される存在。力を発揮させ過ぎないよう、私が導いてやれなければならないのだ。
ここは一つ、ルリちゃんとはできるだけ仲良くしておこう。というか、仲良くなりたい。やっぱり。
「それでは、私は失礼します」
軽く会釈をして去ろうとするルリちゃん。
そんな彼女を呼びとめ、私はこう言うのであった。
「よければ、食事にでも付き合ってくれないか?」
* * * * * * * *
どうやら私が起きた時間はちょうど日本時間でいう深夜だったらしく、ナデシコは消灯済み。クルーは皆寝静まっているようだった。
ルリちゃんは夜勤なので(というか、彼女はほとんど休憩がない)夜食を買いに来たついでだったとかなんとかで、割と私の誘いに素直に応じてくれた。
彼女が買いに行こうとしていたのはジャンクフード。そういえば、昔のルリちゃんは好んでジャンクフードばかり食べていたものだと思い出す。
さすがにこの時間ではホウメイさんも起きていないようで、私は自分で作る覚悟をしていたのだが…………なぜか食堂にはぼんやりと肩肘をつくアキトの姿があった。
ちょうどいい。どうせなら、コイツに飯を作ってもらおう。アキトとルリちゃんも仲良くさせないといけないしな。
そんなわけで、私はアキトに声をかけたのだった。
「少年、何をボーッとしているのかね?」
「あ、リンちゃん!? もう大丈夫なの!? 怪我は!?」
「大丈夫だからこそ、ここにいるのだよ。それよりも寝てばかりいて少しばかり空腹でな。悪いが、何か作ってもらえないか?」
私のその言葉に、アキトは少しうつむいて、
「…………ゴメン。俺もう、コック辞めたんだ。だから、料理はもう作れないんだ」
「何? 一体どうしたというのかね?」
「それについては、私が説明いたしましょう」
そう言ったのは、いつの間にか私の後ろに立っていたプロスペクター。相変わらずの、神出鬼没っぷりである。気配、一切感じませんでしたけど何か?
「これはテンカワさんの要望でしてな。リンさんがいないナデシコは山田さん一人しかパイロットがおりません。サツキミドリ2号でパイロットを補充するにしても、この修理中に敵に襲われたら一たまりもありません。そこで、リンさんが治るまで、テンカワさんがパイロットを名乗り出てくれたのです」
「…………フム。なるほど」
なんというか、あれほどアキトをパイロットにしたくて色々作戦を練ったのに、私が寝ている隙にパイロットになることを決意するとはいかがなものかな? まあ、いいけど。
何もともあれ、結果オーライ。これでようやく『ユリカを護るアキト』の図が完成したというわけだ。うん。
…………と、待てよ?
「私が治るまでと言ったか? ならば今からコックに戻るのか?」
「ううん、俺、パイロットになるって決めたんだ。リンちゃんが戻った後も、ナデシコを護るために戦うって決めたんだ。だから…………コックは……続けられない」
「なぜだ? パイロットになるのはコチラとしても願ったりだ。しかしそれがコックを辞める理由にはならないのではないかね?」
「…………俺、今まで何をしても中途半端で……。だから、まずはパイロットに専念しようと思ったんだ。中途半端にならないために」
アキトは自分のIFSを見つめながらそう話した。
…………フム。確かに、戦力的に考えればアキトはパイロットに専念したほうがいい。コイツ、宇宙空間じゃまともに動けないだろうし。
しかしそれでは、ナデシコを降りた後のユリカとの幸せライフに支障をきたしてしまうのではないか?
アキトはどうせパイロットとして生きていくことはできない。そもそも、軍人にはなれない。ま、私はなったけどさ。
なにより、私がアキトに料理を止めて欲しくない。やはりあの時のように、貧しくとも幸せな時間をユリカと共に歩んで欲しいのだ。まあ、コレは私のエゴだが。
「なぜコックを続けることが中途半端につながるのか分からんが、キミはそれでいいのかね? コックに未練はないのかね?」
「…………正直、未練はあるよ。でも、俺はやっぱりみんなを護りたい。火星の人たちを助けたい。そのためには、今はコックなんて言ってる場合じゃないんだ!!」
「別にパイロットをやりながらでもコックにはなれるだろう? パイロットといえども、四六時中訓練をしているわけではないぞ?」
「そんなこと、できるわけないじゃないか!? ただでさえ俺、コックとしてもまだまだなんだ。パイロットやりながらコックもやるなんて現実的じゃないよ。だから俺は――」
「護るとか、そんな大義名分でパイロットをやって欲しくはないのだがね。まあいい。アキト、席につけ」
なぜか腹を立てた私は、そのまま厨房に入った。
……なんというか、情けない。昔の私ってこんなんだったかな? なんというか、言い訳がましい。もっとクールだったと思うが?
「ちょっと、リンちゃん!? 何をするつもり!?」
「おまえが作らないんなら、私が作るしかないだろう? ルリ、おまえも座って待っててくれ。適当でいいだろう? ついでにプロス、おまえも食べるか?」
「おや、よろしいのですかな? それなら頂きましょう」
プロスは一礼をし、ルリちゃんは無言でそれぞれ席についた。
アキトも若干戸惑いつつも、やはり料理はしないと決意したらしく席につく。なんというか、考え方が極端なんだかがんこなんだか。
少々腹の傷が痛むが、どうやら調理には支障をきたさないようだ。というか私、なんでこの怪我で5日も寝るのかね?
作る料理は私自身思い入れのあるラーメン。ではなくチャーハン。残念ながら、仕込みをする時間がないので即席メニューとなった。
軍生活が長かったせいか、自然にこうして皆の食事を作る機会は多かった。
私は、生まれ変わっても料理を作ることが好きらしい。まあ、当たり前といえば当たり前……か。
腹の痛みをこらえながらも、中華なべをサッと振りつつ調味料を適度に入れる。こういった焼き飯は、スピードと火力が命。つまり、今の私には適さない料理。
鍋を振るスピードも、かき混ぜる力強さも、恐らく私はホウメイさんどころか今のアキトにすら負けているだろう。少し苦笑する。
手早く料理を完成させた私は、3人の前にチャーハンを置く。ちなみに私はおかゆ。貧弱なこの身体は、味見しただけですでに胸焼けを起こしていた。まあ、5日も食事してないんじゃしょうがないけど。
3人は「いただきます」と言うと、夜食には少し量の多いチャーハンを食べ始めた。
「ホホウ、これは美味ですなぁ。リンさんがこれほど料理ができるとは知りもしませんでしたなぁ!」
なんとも嘘臭い演技かかったような口調でプロスペクター。おまえ、本当はなんでも知ってるだろ?
ルリちゃんは小さな身体のどこに入るの? と言わんばかりのスピードでパクパクと料理を片付けていく。ああ見えて、彼女は大食いなのだ。
私もおかゆをすくう。…………うまい! この身体は、以前に比べると薄味を好むようになったようで、梅の塩だけでも十分な酸味を感じることができる。ウメ、サイコウ。
ふと隣を見ると、アキトは唖然としたような顔をして箸を止めていた。
「どうした少年? 口に合わなかったか?」
「……あ、いや、うんうん!! 凄くおいしくてビックリしちゃってさ……。俺なんかより全然…………。凄いね、リンちゃんは。パイロットも一流で、コックとしても……」
「フム。私はおまえの料理、好きだったがな。確かにまだ荒さもあったが、若い内は誰だってそうだろう? 初めからできる人間なんてそうはおらんさ」
「…………如月さんの方が若いですよ」
ルリちゃんの突っ込みは華麗にスルーする。
「少年……いや、アキト。私は簡単にコックの夢を捨てるほうが中途半端に思えるのだが、気のせいかね? ご覧の通り、私でもこうして両立できている。ならばキミができないハズはないだろう?」
「えっ…………。でも…………」
「どうせなら両立してみせろ。もっとよくばっても構わん。元より私はキミをコックとして呼んだ。それなのにパイロットに専念では私の気も晴れん。構わんだろう、プロス?」
プロスペクターはどこからか電卓を取り出して「それはもう」なんていいながら頷いている。どうせ経費を浮かす方法なんて考えてるんだろう。
「おまえならできると思っているから言っている。どうかね?」
「………………決意したばっかりで、すっげえかっこ悪いけど、俺やっぱりコックになりたい。でも、みんなも護りたい。中途半端も嫌だ。でも、それでも…………」
「それでも?」
「やらせてください。俺、絶対にやってみせます!! コックも、パイロットも!!」
アキトの瞳に一層強い光が灯る。
……うん、これでアキトはもう大丈夫だろう。紆余曲折あったが、何とかここまで持ってこれて良かった。
とはいえ、次のサツキミドリ2号で何らか事件が起きたとしても今のアキトはお留守番だな。暇を見て、訓練なり実戦なりやらないと……。
あれこれ考える私の顔をルリちゃんがじっと見つめていた。何やら、興味深そうな目つきで。
「どうかしたのかね? 私の顔に、何かついているのかね?」
「いえ、如月さんはどうしてそこまでテンカワさんに尽くすのかなと思いまして」
いちいち鋭い指摘をするルリちゃん。
そんな質問をするもんだから、アキトも、プロスペクターまでもが私の返事を待っている。
私は小さくため息をつき、そして薄く微笑んで、
「言っただろう? アキトの料理が、好みだったからさ」
そんな私を、アキトは頬を赤くして見つめていた。