デルフィニウム部隊が迫る中、私の意識は朦朧としていた。
とりあえず座席に積んであったテープで腹周りをグルグルに固定したのだが、当然そんなもので痛みはなくなるものではない。
まあしかし、痛いとか苦しいとかそんなものは今はどうでもいい。テープもむしろ中身が出ないためのものだから。
撃たれた後も声出せたし、しばらくは動き回れたので、おそらくたいした傷ではなかったのだろう。多分。そう信じたい。信じないとやってられない。
元々この身体になってからどうも集中力が持続しないのにプラスして、この朦朧とした状態は非常によろしくない。
ハンディだとも言いたいところだが、敵デルフィニウムの数は10。それに対してこちらは2。むしろコッチにハンディくれよと言いたくなる。
しかし、性能では明らかに上回るエステバリスとナデシコ。おまけにこちらの勝利条件は一定時間ナデシコを護ることなので、間違えなければコチラが勝つだろう。
チラリと横を見ると、高笑いしながら機体を操るガイの姿。ウム、間違いはすぐにでも起こりそうである。
ポタポタと流れる出る血液は私の体温と思考能力を奪っていく。
のんびりと構えていればコチラが危うい。こうなれば、私のとる作戦はただ一つ。
「ガイ、このまま突っ込んで殲滅するぞ。いいか?」
とっとと片付けて速やかに帰艦し、傷を癒す。
そしてなおかつジュンを捕獲しガイを殺さずに火星に向かう。二人とも、火星での戦いで必ず戦力になってくれるハズ………………だよね?
『了解だァ、ブラック!! ヒーローの戦い方、よく見とけよ!!』
蒼い閃光を光らせて敵部隊に飛び込むガイのエステバリスに続いて、
私の黒のエステバリスも速度を上げたのだった。
第6話 人間誰しもミスはある
デルフィニウム部隊はオーソドックスな陣形でコチラに向かってきていた。
おそらく、真ん中を陣取る指揮官っぽいのがジュンで間違いないだろう。
つまり、あれを残しておいて、他のから撃沈して捉えるといった方向で問題ないだろう。
今現在、ユリカのナデシコ艦内での求心力はヤバイくらい低下している。
今回の出来事で、求心力は更に低下することが予想されるので、常にユリカの味方でいてくれるジュンにはいてもらわないと困る。
いざとなればせっかくのIFSを利用してパイロットにさせるのもいい。とにかく、手駒が必要なのだ。
デルフィニウム部隊の一角が、スキだらけに突っ込んでくる。
連合軍の人手不足もかなりのものらしく、敵パイロットは正に新兵そのものだった。
私はエステバリスを滑らせるように操り、無謀な突っ込みを見せるデルフィニウムの手足を引き裂き達磨にする。
何が起きたのか分かっていないのか、モゾモゾ動きながらもなおも追いかけてくるデルフィニウム。まあ、あれはもう戦力にならないので放っておくとしよう。
私はそのまま通信をオープン回線で開き、
「こちらナデシコ所属パイロット如月リン! 引かぬのなら、この機体と同じような結末を迎えることとなるぞ!!」
と少々脅しをかける。
デルフィニウム部隊は若干動揺しながらも――――かまわず攻撃を仕掛けてきた。
「……ま、あのくらいの脅しでは通用せんか。だが、動きを止めたのは失敗だったな」
隙を見せたデルフィニウム部隊に蒼の機体が踊りかかる。
フィールドを纏ったその一撃は、容易にデルフィニウムを鉄屑へと変える。
そのままスピードを緩めることなく続けてもう一機に拳を差し向けるガイ機。フム、想像以上の腕である。
前回は活躍する間もなく死んだガイだったが、確かにパイロットとしての腕は悪くなかった。性格に難はあっても腕は一流のタレコミは伊達ではない。
先手を取られたデルフィニウム部隊も負けじとガイ機を包囲するような動きを見せるが、
「私を無視しないでほしいものだな!!」
高スピードを維持しつつ放ったラピットライフルの的となり、2機が撃墜された。
包囲網が崩れた隙を狙ってガイ機はもう一機撃墜してみせる。これで、残るは5。
『ビックバリア到達まで後残り5分。残り時間に注意してください』
このペースでいけば、相手を全滅させることは決して難しいものではなかった。
……が、そうはいかなかった。
チラリと足元を見ると、そこは血の海と化していた。
派手に動き回ったもんだからか、出血が増加してしまった。
なんというか、手足が寒い。顔は汗だらけなのだが、身体の芯から冷え切ってきているような感覚。
……これはもう、これ以上動いたらヤバイかもしれないな。
動きを緩める私の横で、ガイ機は快調に更に2機を撃墜する。これで残り3機。
…………よし、これならばジュンを説得すれば残るは2機。時間もないことだし、早速説得するとしよう。
「葵ジュン!! そこにいるのだろう!?」
再びオープン回線を繋ぎ説得開始。まあ、失敗しても力ずくで連れて帰るけど。
「艦長には、いや、私達にはキミの力が必要だ!! 戻って来い!!」
必死に問いかける。それになぜか戸惑うような動きを見せるジュン機。なんだその反応は?
というか、もう喋るのがしんどくなってきた。視界が揺れ、まるで靄がかかったかのように落ち着かない。もしかして今ヤヴァイ状態か!?
あー、もう、そんなところにいないで早く来い!! しんどいんだよ!! もう喋りたくないんだよ!!
「葵ジュン!! 応答しろ!!」
しかしそれでも目の前のジュン機はこちらの問いかけに応答しようとしない。
クソ、落とすぞお前。
すると、私の前に通信ウィンドウが開き、
『……お話の最中申し訳ありませんが、あれは葵さんの機体ではありません。葵さんの機体は如月さんが真っ先に達磨にしたあの機体です』
ルリのウィンドウが指差したその先には、手足を失いながらも必死にナデシコを追いかけてくるデルフィニウムの姿。
え? あの……、もしかして…………ま ち が え た !?
いやだって、あの機体、素人みたいだったて…………そういやジュンって士官候補生だったっけ?
訓練こそするものの、実戦に出ることはない。というか、IFSつけたのってこの時だったのか!?
前回はてっきりジュンは初めからIFSをつけているものだと思っていたが、よく考えたらアイツ戦ってなかったな。うん。
まさかの珍しいミステイクに血液を失った脳は更に混乱する。あれ? どうしようとしてたんだっけ?
ああ、もういい。それならジュンを確保してナデシコに帰艦しよう。もうビックバリアも近いし、デルフィニウム3機ならナデシコは落とせない。
そう思ってナデシコを見たその時、ナデシコからピンク色のエステバリスが飛び出した。
<Side アキト>
血の海を見た時、火星でのトラウマが発動しかけて身体が震え上がりそうになった。
如月リン。不思議な娘。日本人形のような可愛らしい容姿にあまりにも似合わぬその口調。
だけど、俺の言うことを少しも疑うこともしないで俺をナデシコの乗せてくれて、命をかけて助けてくれた。
よく考えたら俺は彼女のことを何も知らない。ただパイロットで、凄い人なんだってことくらいしか分かっていない。
でも本当に小さくて、俺よりも幼くて、こんなところにいなければただの女の子にしか見えない。
そんな子が、俺を庇って血まみれになりながらも今戦っている。
なんとか通信して戦うのを止めさせたかったのだけど通信の仕方が分からないし、誰に連絡したらいいのかも分からなかった。
せめてユリカに話がつけられればと思ったが、俺が正気に戻ったころにはユリカはすでにブリッジに向けて扉を飛び出していった後だった。
瓜畑さん達に話そうにも、整備班の人たちは皆忙しそうに走り回っていて俺の話なんて聞いてくれない。
思わず途方に暮れそうになったその時、俺の目の前にピンクのエステバリスが飛び込んできた。
俺は自分の手を見つめる。
火星在住であるならさして珍しくもないIFS。
俺はパイロットになんかなりたくはないけど、今の俺にできることは…………。
俺には力がある。あれを動かすことができる力がある。
何より、自分を助けてくれた人を助けたい。もう、自分の知り合いが死んでいくのをみるのはたくさんだ!
何も護れないでジッとしてるより、俺は彼女を助ける!!
俺はグッと右手を握り締めると、そのままピンクのエステバリスに向けて駆け出した。
* * * * * * *
『うわぁぁぁぁぁぁぁッ!!?』
ピンクのエステバリスは挙動怪しくそのまま敵真っ只中に突っ込んでいった。
私の朦朧としていた意識が覚醒する。艦内でエステバリスに乗れるのはガイと私を除いてただ一人。
『オイオイ、誰だおまえ!! 誰がピンクのゲキガンガーに乗っている!?』
ガイの声が他人事のように耳を通り抜ける。
ルリからの『どうやらコックのテンカワさんが搭乗しているようです』という声もうまく耳に入らない。
まだ操縦に慣れていないのか、フラフラと危なっかしいピンクのエステ。
それもそのハズ。今回、アキトはエステバリスに乗るのは初めてのことなのだから。
前回は経験が不足していたとはいえそれでも陸戦、空戦とこのときまでに2回も経験していたのだ。
今回は正にぶっつけ本番。しかも大気圏間近。操作も難しい空戦フレーム。
……ヤバイ。このまま放っておけば間違いなくアキトはここで死ぬ。
しかし、ここで私が動けば私も………………って、よく考えたら迷う必要なんてなかったな。
私の命なんてユリカにとっては何の価値もない。せいぜいアキトの100分の1にも満たないだろう。
ここで私が死んでもアキトが生き残れるのなら全然問題ない。そうさ、問題なんてないんだ!!
「……ガイ……アキ……ト……と…ジュン……を」
……!!? 声がうまく出ない!?
ヤバイ!! どうしてこうも計算外のことばかり起こる!?
このままではガイにうまく作戦を伝えることなんてできない。……どうする?
しかし、ガイは初めて見るような真剣な顔つきで、
『……了解したぜブラック。アキトと副艦長はこの俺が責任持って救出する。だから踏ん張れよ!!』
そういい残して機体を翻した。
……大して時間もかけていない。今回はロクに話もできていないのに、ガイは理解してくれた。
利用しようとしている私を、疑うことすらせずに信頼してくれる。思わず、私の目からは涙が零れ落ちていた。
私は思いっきり傷口を握り締める。それだけで、痛みが体中に広がり一瞬呼吸が止まる。
しかし、脳は再び活動を始める。まだ、この身体は動く。
「フィールド……全開…………!!」
まるで流星のように蒼白い光をまといながら、黒のエステバリスは駆けていく。
ピンクのエステバリスはすでに囲まれていた。デルフィニウムから放たれる多数のミサイル。
あれは、対木星トカゲ用に強化されたミサイル。ディストーションフィールドに護られたエステバリスにすらダメージを与える威力がある。
「間に……あえッ!!」
ラピットライフルを乱射し、そのままミサイルを打ち落とす。
しかし、それでもすべてのミサイルを打ち落とせた訳ではない。撃ちもらしたミサイルはアキト機に向けて突き進む。
「護る……今度こそ…………護るんだァッ!!」
両手を広げ、アキト機の前に立ちふさがる。
ミサイルはディストーションフィールドにより弾き飛ばされる……が、爆風は逃れることはできない。
「――――――ッ!!」
足先から脳の天辺まで貫くような痛みが私を襲う。
だがそんなもので……私は止まらんよ!! 爆風で視界も利かぬ状態。それでも、ラピットライフルを乱射する。
運良く私のラピットライフルはデルフィニウム2機のエンジン部にあたり、爆発を残しそのまま地上に落ちていく。
『ビックバリア到達まで残り1分。帰艦してください』
クリアに聞こえるルリの声。
しかし、まだデルフィニウムは1機残っている。あの機体がリスクになる以上、落とさなければならない。
拳を握り締める。IFSを通し、私の気迫が黒のエステバリスに流れ込んでいく。
デルフィニウムの放つミサイルを弾き飛ばしながら、黒のエステバリスの拳はデルフィニウムのバーニアに突き刺さっていた。
* * * * * * *
『ビックバリア到達まで残り30秒。如月機、帰艦してください』
とうとう名指しで私に戻れというルリちゃんの声。
私に限定するということは、ガイはアキトとジュンを救出できたのか?
分からない。思考が安定しない。目が霞む。早く戻らないといけないのに、IFSは私の意志を汲み取ってくれない。
ナデシコはどこにある? 私にはまだやるべきことが…………。
身体が動かない。意識がプツリ、プツリと途切れそうになる。
私は……………。
『踏ん張れブラック!! まだ物語りは始まったばっかりだぜ!? ヒーローが1話で死ぬなんてありえねえだろ!?』
気が付けば、私の機体はガイの機体に支えられるような形で飛んでいた。
……ガイ? 私を……助けに来てくれたのか?
まったく、こうも連続してガイに助けられるなんて信じられない。
なあ、ガイ。おまえのこと、私は利用しようとしているんだぞ? 助けていいのか?
『ビックバリア到達まで残り10秒。9…8…7…6…』
『ウッオォォォォッ!! 間に合えェェェッ!!』
ガイ機は黒のエステバリスを抱きかかえるような形で飛ぶ。
ナデシコがだんだんと近づいてきたその時、
私の意識は闇へと落ちたのだった。