チューリップが撃墜されたことで残るバッタ数機は最早連合軍の敵ではなかった。
ナデシコと協力してあっさりと殲滅。それと同時にナデシコは連合軍から逃げるようにその場を後にした。
結局、前回と同じように会談は破談。そして、スキャパレリプロジェクトは続行されることとなった。
確か、ネルガルの目的は火星の遺跡、または火星に残してきたデータの回収だった気がする。
そしてそれと同時にナデシコとエステバリスの戦力を宇宙連合軍に見せ付けることによりその実用性を明らかにする狙いがあったはずである。
火星の人間の救出は2の次。そもそも、生き残りがいるかどうかも分からない状況での賭けにしてはリスクが高すぎる。
しかし、私のとりあえずの目的は火星の住民の救出である。ネルガルがこちらを利用するように、私も彼らを利用しなければならない。
そこで一番ネックになるのは火星の住民の説得方法である。
彼らはフクベ提督が搭乗するナデシコには決して乗ろうとはしないだろう。
ユートピアコロニーにチューリップが落ちたのは彼だけの責任ではない。というか、明らかに木星トカゲのせいなのだが、被害者はそれでは納得しないだろう。
おめおめと地球に逃げ帰り、「ベストを尽くしました」で英雄視されては生き残った住民が怒りに震えるのは無理はないだろう。
現実には後悔に後悔を重ね、火星に死地を求めるフクベ提督。その辛さは、私には計りかねない。
もっとも、私も第一次火星大戦に参戦し、おめおめと地球に逃げ帰った者の一人なのだがね。
未来を知っていながら誰にも告げずあえなく敗戦ということで、よく考えなくてもフクベ提督の5倍は罪が重い。
スパイ容疑がかかるとか誰にも信じてもらえなくてもなりふり構わず真実を言うべきだったかもしれないなと、最近夢に出てくる元同僚の死に際を見て省みる。
それでも、私は止まるわけにはいかない。
この命に代えてでも、どんな犠牲を払ってでも、今度こそ幸せにして見せると誓ったのだから。
だからどんなことでもやる。恨まれようとも、憎まれようとも。
例えそれが、独りよがりなものだとしても。
私にかつての恩人であり大切な人ですらも利用する。
第5話 命の価値
ナデシコは前回と同じように連合軍を怒らせた。
挑発ともとれるようなネルガルの横柄な態度。それに加えたナデシコ艦長ミスマル・ユリカの振袖姿での「ビックバリア突破します」発言が彼らの怒りを頂点へと達しさせた。
それを隣でニコニコと笑って見つめるプロスペクターを見ると、連合軍を怒らせることも計算の内だったのかなと疑いたくもなったがユリカの言動の前にはどうでもいいことだった。
ナデシコクルーのユリカへの不信感は拭いきれてはいなかった。
身勝手な言動に連合軍を挑発するような行為。少なくともブリッジクルーの信頼を上げるものにはならなかった。
更にはその後「アキトに見せなくっちゃ」などと陽気にブリッジを出て行くユリカにメグミを初めとしてクルー数名は不満を隠しきれていなかった。
特に気にしてなさそうなのはミナトさんとルリちゃんくらい。あのゴートやフクベ提督ですらムッツリ顔になっていた。いや、元々二人ともムッツリか? まあそんなことはどうでもいい。
しかし、前回はこんなことがあったのだろうか? 確か私は前回は……よく覚えていないが、部屋でガイと一緒にゲキガンガーを見ていた気がする。
だからこのイベントも知らないのだろうか? それとも、歴史が変わったせいでこんな現象が発生しているのだろうか?
…………多分、歴史が変わったんだろう。でなければ、ユリカがあんな意味不明な行為をするはずがない……よね? うん。
そんなどうでもいいことを考えながら、この後のことを必死に思い出す。
確か、第三エリアでジュン指揮するデルフィニウム部隊との戦いになるんだったっけか?
向こうは慣れない対人戦闘で、私はそのスペシャリスト。無人兵器よりもむしろ得意分野なので油断しなければやられることはないと思うが……。
すでに歴史が変わってしまっているので油断は禁物。なんかガイとかいきなり死にそうで怖い。
…………そう言えばガイってどうやって死んだんだっけ? 宇宙に出てから死んだのは覚えてるんだけど、どうもその辺がよく分からない。記憶があいまいだ。
一応はかつての心の友である。うーん。もしかしなくても私、薄情なのかな……?
「ねえ、リンさん。聞いてますか?」
考え事をしていたら、気がつけばメグミちゃんが私に話しかけていた。
まずいな。全然聞いていなかった。なんかちょっと怒った顔してるし。
「すまない。少し考え事をしていた。それで、何だったかな?」
「もう、ちゃんと聞いてて下さいよ。リンさんが艦長をやたら高く評価してましたけど、それって今でもそう思ってるんですか?」
……う~ん。どうもメグミちゃんは不満を隠すことができなくなったようだ。
なんとか弁護したいところだが……現状では弁護できる点がないですね。
前回は奇抜なアイディアでチューリップを内部から破壊して高評価を得たユリカだったが、今回は普通に正面からグラビティブラストぶちかましてあっさり撃沈したからあまり凄さが伝わらなかったのかもしれない。
というか、前回はどうして口の中からぶっ放す必要があったのか分からないが、あの意味の分からない行動にもちゃんと意味があったということなのだろうか。やらなかった今回は不満タラタラな訳だし。
「今だってあんな挑発するような発言しちゃって……。大丈夫なんですか? まだ艦内には軍人さんもたくさんいるんですよね? 怒らないんでしょうか?」
ん? 軍人さん?
……マズイ。確か今回ってムネタケとか縛り倒してなかったような……。
「プロスペクター。そう言えばムネタケ副提督とかはどうしているのか?」
「ええ、彼らなら先の戦いのどさくさに紛れて捕縛させていただきました。今頃は独房で大人しくしていらっしゃるはずです。ハイ」
後ろでゴートがムッツリと頷いた。
うん。さすがプロスペクターだ。仕事が早い。しかもプロのゴートなら今回はムネタケ達も逃げ出さないかもしれないな。安心安心。
しかし、もうすぐ第3エリアだ。彼らのことを含めて、これから気が抜けないな。うん。
「もう、リンさんってば!」
「ああ、すまない。まあ、艦長にも艦長の考えがあると私は……」
「お話の最中申し訳ありません。ちょっと緊急事態が発生した模様です」
私とメグミちゃんの話を遮るかのようにルリちゃんが淡々と告げる。おお、助かったよ。
私は嬉々としてルリちゃんとの方を向き、
「どうしたのかね? 連合軍に動きが?」
「いえ、連合軍はミサイル撃ってきてるだけで変わりありません。むしろ問題はナデシコ内で発生しました」
「ナデシコ内で?」
「ハイ。なんか、先ほど話しにあったムネタケ副提督達が脱走したようです。それぞれ武装しながら格納庫に向かっている模様」
思わず噴き出しそうになった。
いやまて。なんでプロであるゴートの仕事から脱走することができるんだ!?
これもまた歴史の修正力だとでも言うつもりなのか!?
「ルリ! 艦内に緊急放送! クルーを格納庫に近づかせるな! 艦長はどこに!?」
「艦長は………………どうやら格納庫にいるようです。間が悪いです」
「バカな!? クソ!!」
拳銃を胸から取り出しながら悪態をつく。最悪の事態だ。
「ルリ、ルート2から5までのシャッターを緊急閉鎖! 時間稼ぎくらいにはなる。私はこのまま格納庫に向かうから、ゴートとプロスペクターはここを死守してくれ! いいな!?」
ゴートとプロスペクターは神妙に頷いてみせる。ここには来ないだろうが、それでも念のため。ゴートには後でチョコレートパフェでも奢ってもらうことにしよう。
「メグミ、ミナト、ルリはここを離れるな! ここが一番安全だ! ルリ、ナデシコの第3エリア到達時間予測は!?」
「…………およそ10分です。デルフィニウム部隊が展開され、ナデシコに攻撃を加える時間もそのくらいです。と、いうわけで、それまでに格納庫を取り返さないと私達の負けですね」
「ええい!! どうしてこうなるんだ!?」
「…………引き返しましょうか? 今ならまだ間に合うと思うのですが……?」
「ここまで速度をあげるのには時間がかかる。今引き返すとスキャパレリプロジェクトも破綻する可能性が高くなる。ギリギリまで耐えてくれ。フクベ提督!! 後はお任せします!!」
返事を聞く間もなく私はブリッジから駆け出していた。
銃を両手に構え、ユリカの無事を祈りながら。
* * * * * *
そしてその頃ここ、格納庫では。
出撃準備をしていた整備班の面々にパイロットのガイ、更にはガイと一緒に行動していたアキトにそのアキトについてきたユリカが集まっていた。
ユリカはアキトに振袖姿を見せたかったようだがアキトはユリカを邪険にし、そのアキトを眺めていたセイヤ達整備班は嫉妬の視線をアキトにぶつけていた。
「お、おいユリカ。もうすぐ第3エリアなんだろ? 戻らなくていいのかよ?」
「アキトが褒めてくれたら戻るよ! ホラ見てアキト! グルグル~❤」
くるくると回り最後にキャハッとポーズを決めるユリカを見て、アキトはため息をついた。
そのため息をついた目の前に突然ルリのアップウィンドウが現れ、
『艦長、突然ですが緊急事態です。艦の独房よりムネタケ副提督以下軍人さんたち数名が脱走しました。ついでに格納庫に向かっているので避難してください』
その台詞と同時に格納庫の扉は破壊された。
『あ、遅かったみたいですね。相手は武装しているので注意してください』
ルリの通信を呆然と聞いていた整備班やアキト達は、しばし呆けて銃弾の鋭い音と共に正気を取り戻して、
「「「「「どひぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」」」」」
と叫び、そのままエステバリスの影へと逃げ込もうとしたのだが……。
「あいたっ!!」
案の定、振袖なんて大層なものを着ているユリカは躓いて転んでしまう。
アキトが「ユリカ!!」と悲鳴のような声をあげてユリカを庇うように前に出る。
「アキト!!」
「いいから早く立て!! 逃げるぞ!!」
ユリカの手をとり、必死に逃げ出すアキト。
セイヤ達がスパナや工具を投げて援護しているうちにコンテナの陰に入ろうと走る。
「アキト!! 早くしろ!! くらえキョアック星人!! ゲキガンショットだ!!」
ガイの銃による援護。
しかし射撃は得意ではないのか、銃弾はあさってのほうに飛んでいき牽制すらにもならない。
「てめえ、どこ狙ってやがる!! ちゃんと眼ついてんのか!?」
「落ち着け博士。これは作戦だ。跳ね返った弾丸は吸い込まれるようにキョアック星人に
……。これが必殺、ホーミングゲキガンレーザーだ!!」
「アホかおめえは!? この下手糞が!! おまえもう撃つなアホ!!」
セイヤが歯軋りするように怒鳴る横で、脱走兵が一人二人と倒れていく。
まさかガイの銃弾が当たったのか!? などと眼を剥くが、すぐにそうではないことに気付く。
壊された扉の向こうから風のように飛び込んでくる小柄な少女。その両手には、小さめの銃が握られていた。
銃を乱射しながら彼女は叫ぶ。その声を向けられた主、アキトとユリカは気付かない。
「アキト、ユリカ!! 伏せろ!!」
最早口調を取り繕う余裕もなく、リンは駆けていった。
彼女の目の先にはコンテナの陰に隠れながらユリカとアキトを狙う脱走兵の姿。
脱走兵の銃から火花が散った。その瞬間、リンはアキトとユリカを突き飛ばしていた。
「――――――ッ!!」
刹那、脇腹に燃えるような熱い感触。リンは歯を食いしばりながら銃を放つ。
脱走兵はその銃撃をコンテナの陰に入りやり過ごし、そしてそのまま他の脱走兵が奪取した脱出艇目指して走り始めた。
「逃がすか!!」
「待てアキト!! 追うな!!」
追いかけようとするアキトを制するリン。
グッ、とアキトが躊躇している間に脱走兵は脱出艇に乗り込み艇は発進しようとする。
「ルリ、ハッチを開け!! あいつらを行かせてやれ!!」
「なッ!?」
アキトが抗議の声をあげようとするがリンはそれを無視。
少しルリは戸惑いながらも、
『まあこのままここにいても邪魔ですしね。了解』
そう言ってハッチを解放した。
それを待っていたかのように脱出艇は発進し、そのまま逃げていってしまう。
「逃がしてよかったのかよ!?」
「……悪いが、言い争う時間が惜しい。後にしてくれ。艦長、このままブリッジへ。私とガイで出る。ルリ、時間は?」
『5秒前にデルフィニウム部隊の発進を確認。エステバリス各機はすぐに発進してください』
「クソ、一息くらいつかせてくれ! セイヤ、私のエステは!?」
「準備OKだ。半壊箇所も修正済み、いつでも出れる」
さすが性格に難はあれど、この短期間でよく直してくれたとリンはほくそ笑む。
リンはチョコチョコと走りながらそのまま黒のエステバリスに乗り込んだ。
あまりの出来事に呆然とするアキト。
その時アキトは、自分の手が血まみれであることに初めて気がついた。
「う、うわ!! 何だコリャッ!?」
もしかして撃たれてたのかと思ったが、手に痛みはない。
ただ血溜まりに手を置いてたから手に血がついただけのことだった。
「なんだよこの血……どこから?」
血の道を見るアキト。そして、その先を見てギョッとする。
血の水溜りから点々と続く道。それは、今にも発進しそうな黒のエステバリスへと繋がっていた。
「な……!? ちょ、ちょっと待て!! 発進するな!!」
そのアキトの発言をかき消すように、
黒のエステバリスは宇宙の黒が輝く空に向けて駆けていったのだった。