「それでは皆様、お待たせいたしました! いよいよ火星の英雄、リン・如月さんの登場です!! その前に、一旦CMに入ります」
大きなテレビのスクリーンにはネルガルの商品が次々に映し出されていて、それを私が手に取り「やっぱ、ネルガルだね」なんて言っている映像が映し出されていた。
私が大型スクリーンに映るたびに男の野太い声やら子供の歓喜の声が響いてくる。いや、頼むから男は勘弁して欲しい。
――――日本。
ミスマル・コウイチロウ極東支部長まで参席したこの席。
舞台の主役はこの私。地球連合のキャンペーンに参加させられていた。
アナウンサーは今日三回目の「次はいよいよ火星の英雄の登場です」を言った。
ちなみにプログラムでは私の登場はこの次の次の次。
最後に出てきて軽くちょこっと挨拶してくれとのこと。
このイベントが始まったのは3時間前。
私の登場は後一時間後。私がこの会場に着いたのは30分前。
これが大人の世界なのだろうか?
3時間の間は、木星蜥蜴との戦いのこれまでと、現在の状況、実績を発表。
間に私の火星での戦いや、ナデシコのスキャパレリプロジェクトの成果を発表したりなんてしていた。
今は火星の代表者が挨拶をしていた。
見知った顔である。あの時、火星大戦の真っ只中で見た顔である。
その彼が、今や火星の生き残りの代表者。熱く演説を続けている。
私は軽く目を閉じ、あの時を思い出すのだった。
番外編
『英雄の始まり』
――――グシャリ。
屈強だった口うるさい上官は、私の目の前で岩に押しつぶされ死を迎えた。
呆然と岩の下から溢れ出る血を眺める私。その血は、上官のもの。
悲鳴を上げていたのかどうかも分からない。
ただ、気がつくと私は同僚の男に手を引かれて戦場を走っていた。
「――――リン!! 上層部との連絡が取れないらしい。俺たちは、今から脱出艇に……!」
そうだ。
私は脱出しなければならなかったのだ。
ここで火星は滅び、そして私は再びナデシコに。
そうだ。
早く地球に帰らないと。私の目的のため。私の目的のために。
――――だって、こうなることは分かっていたのだから。
血に塗れた子供が泣きながら母の胸元にしがみ付く。
母は泣きながら子供を抱きしめ、もう一人の子供の手を引き懸命に走る。
行く当てはない。ただ、必至に走っていた。それは、生きるために。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ダレかが悲鳴をあげた。
その悲鳴に導かれ、皆が見つめる先には小型のバッタの姿。
男たちは女を護るように前に出て、バッタの口から出る銃撃にさらされる。
男たちの断末魔が、女たちの絶叫が、子供たちの悲鳴が戦場を支配していた。
――――ここは地獄だ。
私の同僚がそう呟く。
そうだ。ここは地獄だ。
でもそうなることは分かっていたんだ。
だから、早く逃げないと。地球に戻らないと。
私の目は、試作機であるエステバリスを捉えていた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「ダメだ、リン! その機体はまだ試作機で、弾薬も積まれてない! 戻って来い!!」
IFSは私の心を映し出していた。
そこにあるのは純粋な怒り。気がつくと私はエステに乗り込み、バッタを破壊していた。
湧き上がる歓声。
土と血で汚れた手で抱き合い喜んでいた。
しかし、所詮はただバッタ一機を破壊したのみ。絶望的な状況なんて変わらない。
どこに隠れればいいのか。いや、どこに行けばいいのか。そんなことも分からぬまま、一時的に得た居着心地に皆酔いしれていた。
「こちらエステバリス試作1号機。中央センター、応答せよ。こちらエステバリス試作1号機。中央センター。応答してくれ」
私の問いかけに火星管理局である中央センターは応えることは無く沈黙が保たれる。
恐らく、木星蜥蜴に攻撃によりすでに壊滅してしまっているのだろう。
それでもまだ、私は通信を続けた。せめて、脱出路を見つけねば。
そんな時だった。
「こっちだ! こっちに地球への脱出艇がまだ3艇ある!」
一人の若い男が現れ、私を地球へと導くことになる男が登場する。
男はカイトと名乗った。そしてこの男は後に火星の生き残りの代表者となった。
* * * * * * * * * * * * * * *
「…………今この段階で、脱出艇を出すわけにはいかない。見ろ。空を覆いつくす、あの機械の群れを」
火星在留軍は既に撤退を開始していた。
敵チューリップを落とし、甚大な被害を双方受けたのだが、コチラは既に負け戦。
今や火星の空には敵しかいない。
「ここで出しても撃墜されるだけだ。なら、もう少し大人しくして脱出したほうが安全だ」
「バカを言うな! ここが見つかるのは時間の問題だ!! 死を待てというのか!?」
「なら敵のど真ん中に向けて出るか!? ただの脱出艇だ! 非武装だし、ミサイル一発すらもたないさ!」
「まだ使用可能な火器が基地には残されているだろう!? それを囮に……」
「ダレがそれをやるんだ!? この火星に残って!? 見ろ!! 軍人なんてみんな逃げちまったじゃないか!!」
技術者の言葉に少なからず生き残っていた私を含めた軍人達は肩の身を狭くする。
そもそも、私を除いた生き残りの軍人たちでは、基地の火器を使いこなすことはできない。
しかし、基地に残された火器類ではせいぜい気を逸らす程度にしかならない火器しか残されていなかった。
皆が皆、ヒステリックに形相を変えながら叫び声をあげる。
頭を抑え、恐怖から逃れようとする女性。泣く子供。祈る老人。
そんな中、あのカイトが皆の前に行き、
「私が残ろう。幸い私は技術者だ。重火器を使いこなすこともできるかもしれない」
と言った。
カイトは何人かの仲間と残り、脱出の援護をすると言う。
が、それでも脱出の成功する可能性は薄かった。
そんな彼らを見て、私は決意を固めてしまった。
「私も残ろう。私とエステバリスが囮になる。エステバリスは非武装だが、幸いアンテナは生きているので燃料は心配いらない」
結局私の行き当たりバッタリな感じはこのころから始まっていたらしい。
目的を忘れ、目の前のことを捨てておけず、しかしその結果を受け入れることに苦労する。
それでも、この時の私はこんな選択をしてしまったのである。
――――もしかしたら、ナデシコに乗れないかもしれないのに、だ。
結果的に、私のこの時の判断は正しかったこととなった。
当時唯一の熱源であったエステバリスに木星蜥蜴は群がった。
私の仕事は、回避に専念しつつ脱出艇から離れていくこと。
うかつな攻撃はできない。私が捕まれば、火星の生き残りは皆死ぬ。
カイトの援護もあり、脱出艇1艇は無事火星を後にすることになる。
が、ここでアクシデントが発生。
何機かのバッタやジョロが残る2艇の脱出艇の熱源を感知してしまったのであった。
緊急発射する2機目。
ミサイルが脱出艇に取り付こうとするバッタを何機か撃墜したものの、それでもまだ2機がしつこく取り付こうとしていた。
「………………このッ!!」
右手を犠牲に何とか一機撃墜。
火花が散る機体で、バランスも保てなくなった。
つまり、私はここまでだった。
これ以上は、本当にヤバイ。死の可能性が高くなりすぎる。
そもそも当初の脱出プランから外れてしまっているのに、このままでは本当に火星で死んでしまう。
もう引き返し、私も脱出するべきなのだ。
しかし、脱出艇に取り付こうとしている最後のバッタを見たとき。
私の機体は勝手に動いてしまった。
こんな時、IFSは不便である。
自身の感情を、機械に込めてしまうのだから。
「させるかぁぁぁぁっ!!」
残る左手を突き出し、そのまま身体ごとバッタに突撃。
中破していた機体は持つわけもなく、バッタを道連れにするような形で火星の大地に落ちていくのであった。
…………………私が覚えているのはここまでである。
この後、私が目を覚ましたらなぜか血まみれで3機目の脱出艇に乗っていて、すでに火星を発った後だったのだ。
その船の中には、当然カイトやその他の人の姿はなく、女子供、老人を中心にした民間人ばかりが乗っていた。
と、言うわけで。
私は特に何かをやったわけでもなく、うまく立ち回ったわけでもない。
しかしなぜか英雄となりここにいる。
運が良かったのだろう。
そんな事を思いながら、私は出番を待っていた。しかし――――
「た、大変です!! 木星蜥蜴の大群が、コッチに向かってきています!!」
どうやら、私の出番は別にあるようだ。
まだまだ私の戦いは終わらない。いや、始まったばかりだ。
ならば、戦ってみせようか。
――――英雄として。
私は自虐的に笑みを作ると、服を脱ぎ捨て着替え初めてのであった。
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あとがき
久しぶりに番外編書き終えました。
結構久しぶりに書いたので、変な部分とかあったら指摘お願いします。
この話は1章の07冒頭の続きと思っていただけたら幸いです。
まったくの番外編ではないですけど、過去の話なので番外編という位置づけをしました。
またチョコチョコナデシコ見つつ書くと思うので時間かかると思いますが、
今後ともよろしくお願いします。