「――――よくもまあ、その男を乗せて俺たちの前に顔を出すことができたもんだな。ええ? 英雄のフクベさんよ」
私とガイが連絡を受け、ナデシコに戻ったときには火星の生き残りの代表とユリカ含めた数名が話し合っていた。
話し合っていたというりも、非難の口調が強い。
やはりというか、この時代でも火星の民の怒りはフクベ提督へと向かっていた。
穏やかな口調で、しかし明確に怒りを顕にしながら火星の生き残りの代表。その顔には見覚えがあった。
確かあの人は、火星大戦の時会った人だ。何をしていた人かは知らないが、前回のときは見なかった人だ。
他のメンツは連れの男が一人、そして面白げにこの光景を眺めるイネス。今回も無事生き延びたらしい。
フクベ提督は頭を垂らし、火星の代表の男の皮肉を言葉も返さずにただ黙って受け止めていた。
「そんな風に……言うことないんじゃないですか? せっかく助けに来たのに……」
ポツリと呟いたのはメグミちゃん。
うなだれるフクベ提督を気の毒に思ったのかつい一言飛び出した。
そんなメグミちゃんの一言に火星の代表の男は一笑し、
「助けに来た? 俺たちが待っていたのはそんな偽りの英雄さんなんかじゃない。そいつは、俺たちを地獄に落とし自分は英雄面して地球に帰ったただの戦犯さ」
「そんな…………。でもフクベ提督はチューリップを落とし、生き残りを地球へと導いたじゃないですか?」
「ハッ。お気楽だな艦長さんよ。チューリップを落とした? ユートピアコロニーにか!? 俺たちの故郷に落とした!? それをどう褒めろって言うんだよ!!」
一気にまくし立てる男の気迫にユリカは思わず黙り込む。
そんな男の言葉に、ジッと光景を見ていたアキトが、
「……ユートピアコロニーに、チューリップを落とした? 提督が? アンタが、俺の故郷を壊したのか!?」
鬼気迫る表情でアキト。そのまま提督に詰め寄り襟を持ち上げ、
「アンタが、故郷を壊したのか!? 俺の家も、友達も、アイちゃんも!! 全部全部、アンタが壊したのかよ!?」
涙を目に溜めながら刺すような視線を投げかけるアキト。
そんなアキトの視線に、うな垂れるようにコクリと頷き視線を下げるフクベ提督。
まるで、くたびれた老人のように力がない。
そんなフクベ提督に腹を立てたのか。
血が出るほど深く握り締めた拳を振り上げ、提督に殴りかかろうとしたところで――――
「――――やめろ、アキト。今はそんなことしている場合じゃない。やるなら後にしろ」
私は振り上げたアキトの拳を掴んでいた。
なおも興奮収まらぬアキトをガイが羽交い絞めにし、私は生き残りの代表者と向き合う。
プロスペクターにチラリと視線を送るが、苦笑い。
アイツ、説得に失敗したな? プロの交渉人の名が泣くぞ?
最早一刻の猶予もない。いつ木連が攻めてくるかも分からない。
いざとなったら力ずく。それがダメなら離脱も視野にいれなければならない。
フウ、と軽く息を吐き、相手の目を見つめる。
「……あなた達の言いたい事は分かる。文句があるのも分かる。しかし、今は私の言うことに従ってくれないか? いつ木星――――」
「――――いいぜ。アンタの言うことに従う。俺たちはどうすればいい?」
「――――蜥蜴がくるかわからな…………って何? 従う?」
キョトンとする私に男はニコリと親愛の笑みを浮かべ、
「ああ。避難の準備は完了している。いつでもこのナデシコに行く準備はできている。あいにく機動兵器は全滅で援護はできそうにないが…………」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。いいのか? そんなに簡単で?」
「いいに決まってるさ。だって、俺たちはこの時のために一年間頑張ってきたんだ」
後ろの連れの男と、イネスが私を見て微笑む。
「――――待っていたよ、リン・如月。真の火星の英雄」
第14話 『偽りの英雄』
彼は語った。
いかに私が勇敢に死に行く火星で戦ったかを。
当時14に満たぬ小さな私が火星の人たちの心に希望を持たせたこと。
助けに来るといった私の言葉を信じ今日まで皆必死に生きてきたこと。
前回の火星の住民は皆絶望し、生への執着などなかった。
しかし、今回の彼らは違う。正に生にしがみ付いている。生きようとする希望が目に光る。
彼は言った。私は、希望なのだと。
絶望の中に一途の光が差し込んだ。それが、私なのだと。
「彼女がいたから俺は生き延びれたんだ。だから、この命はリンに預けるさ」
笑顔で私を見つめる男。あのイネスですら私を好意的な目で見ていた。
…………違う。
私はお前たちを善意で助けようとしているのではない。
ただ結果として助けたように映るだけ。それも、最善の結果ではない。
もし私がうまく立ち回っていたらもっと多くの人が救えていたはずなのに。
「火星の生き残りは皆同じ気持ちさ。俺たちの英雄に、この身を預ける」
そんな目で、そんな優しい目で私をみないでくれ。
私は、そんな人間ではない。ただ、あなたたちを利用して自分の利を追求するだけの人間。
救う理由すらユリカのスケープゴートになればとか考えているサイテイの人間。決して英雄なんて種類の人間ではない。
「また、俺たちを導いてくれ。――――あのときのように!」
吐き気が止まらない。
自分自身の気持ち悪さに。この状況に。その視線に。
――――すべてを捨てろ。
――――すべてを利用しろ。
――――覚悟を決めろ。
――――誓ったはずだ。私は、何を利用してでもユリカを幸せにすると。
例え、私が偽りの英雄に祭り上げられたとしても。
数え切れない罪悪感に苛まれようとも。
私が必ず、ユリカを幸せにする。
「ああ。必ず私が皆を助けてみせる。だから、手を貸してくれ」
何を犠牲にしても、何を失ったとしても。
私は前に進むんだ。
<side アキト>
俺が怒りに震える中、リンちゃんを中心とした火星の避難民のナデシコの移動は終了した。
が、俺たちを待っていたのはおびただしい数の木星蜥蜴の群れだった。
避難民のイネスさんが言うにはナデシコのエネルギーに反応したとか何とか。よく分からなかった。
木星蜥蜴はナデシコを取り囲むように180°四方に展開。完全にナデシコは扇状に囲まれてしまった。
ここまで囲まれてしまった今の状況は、よく分からないが絶望的とのこと。
火星のみんなは祈るような視線をリンちゃんに向けていた。
リンちゃんは笑顔でそれに応え、火星脱出のプランを打ち立てていく。
彼女は本当に凄い。
今この現状に震えている俺の何倍も凄い。
俺もいつしか、彼女のことを英雄やら女神やらそういう目で見るようになっていた。
彼女なら、こんな絶望的な状況なんとかしてくれるかもしれないと本当に思うようになっていた。
そんな中、艦長であるユリカは作戦を告げる。
「……真空状態にないナデシコではこの戦いで相手を殲滅することはできません。そこで、今回は逃げの一手に打って出ます。パイロットの方々、負担をかけることになると思いますがお願いします」
敵の布陣はいたってシンプル。
扇状に展開するちょうど真ん中にチューリップの姿。
このチューリップから際限なく木星蜥蜴が生み出されている。
「ナデシコが今反転し、全力で逃げたとしても反転してる間に囲まれ、ナデシコは沈みます。敵の包囲網を突破する必要があります」
地面に赤い点が大量に映し出される。
この赤いやつすべてが敵らしい。赤い山が動いてるように見えるほど大量の数。囲まれたらナデシコですら沈むでしょうと他人事のようにルリちゃんが言う。
「現状、どこに逃げても囲まれてしまいます。が、ただ一点。ここを突破すれば囲まれず、そのままスピードに乗って火星を脱出できます」
ユリカが示した脱出路は、無謀にも赤い点が密集する、ど真ん中。
ちょうど、チューリップの真上を通過するルートだった。
当然パイロット、クルー全員大ブーイング。
文句を言うリョーコちゃんをよそにリンちゃんは、
「さすがだな、艦長。理想的な戦術だ。各員文句は後にしろ。今は艦長の言うとおりに。提督、構いませんか?」
「…………ウム。私が艦長でも、その選択をしただろう」
「よし、パイロットは至急ハンガーへ。この作戦の成功は私たちが担っている。行くぞ!」
そう言って真っ先に格納庫に駆けていってしまった。
何かイズミちゃんが「……死神が目の前で手招きしてるわね」なんて事を真顔で言っているのが怖い。
が、俺も怖い。身体が震える。アレだけの数、シミュレーターでもこなしていないのに、俺は大丈夫なんだろうか?
内心ビクつきながらピンクのエステバリスを見上げる。
フォーメーションは前をリンちゃん。上をイズミちゃん。左右をリョーコちゃん、ヒカルちゃんが護り後ろは俺とガイが護る。
ちょうどナデシコを囲むような形のフォーメーション。正面の敵はすべて俺たちのエステバリスでさばくらしい。ナデシコからの援護はあまり期待するなとのこと。
俺は怖くなり、格納庫の隅っこに座り小さくなる。
死ぬかもしれない。ここまで強くそう思ったのは今回が初めてだった。
そんな時、壁を挟んだすぐ隣で、リンちゃんの声が響いた。
「……アキトを頼む、ガイ。アイツは死なせないでやってくれ」
ドキリと心臓が高鳴った。
俺はそっと壁の向こうを覗き込む。
そこには真剣な表情のリンちゃんとガイの姿。二人は向かい合って話していた。
「チッ、一番危険な前方を一人でこなして人の心配か? 心配すんなブラック。俺を誰だと思っていやがる? ゲキガンレッドだぜ?」
自分の胸を力強く叩き笑うガイ。
そのまま、おもむろに小柄なリンちゃんを胸に抱き寄せ、
「…………もちろん、おまえもだ。絶対に死なせねえ。おまえは、俺が護る」
そのまま強く抱きしめた。
俺はその瞬間、壁のコチラ側に首を引っ込めその場にうずくまった。
あれ? さっきよりドキドキが強く……。胸が苦しいような……?
ハァ、ハァと荒い息を繰り返し呼吸を整える。
なんだコレ? どうしちゃったんだ俺? なんでこんなに苦しいんだろう?
先ほどの恐怖とは違った感情が胸の奥のほうにザワザワと蠢くような感覚になる。
落ち着け! 落ち着け!
そう思い、何回か深呼吸を繰り返した。
「……アキト? 緊張してんのか?」
「おわぁッ!? な、なんだよガイ!! 急に出てくるなよ!!」
急に顔をヒョッコリ近づけてくるガイにのけぞる俺。
心臓が止まりそうになったので胸を押さえて息を荒くする。
「心配すんな、アキト。おまえは俺がしっかり護ってやる。もちろんナデシコもチビッコ達もこのゲキガンガーが絶対に護ってやる」
「…………誰だよ、チビッコって?」
ニカッと白い歯を見せながら笑うガイ。
が、突然また真面目な顔になり、
「……あんな小さな身体に全部背負おわせやがって。気にくわねえ」
なんて事を呟いた。
「……? どうしたんだよ、ガイ?」
「いや、何でもねえ。行くぜ、アキト!! レッツゴー・ゲキガンガーだ!!」
そんなことを叫びながら、ガイは背を向けてしまった。
俺はこのときガイが何を思っていたのか全然分からなかった。
俺にはそんなことを考える余裕なんてまったくなかった。
ただ一つ、分かること。
命を懸けた戦いが始まろうとしていた。
あとがき
ナデシコ14書き終えました。
と、言うわけで。
次回最終話になる予定です。
長くなった火星編ですが、ここまでお付き合いしていただきありがとうございます。
文章でおかしな点、誤字等ありましたら教えていただけると幸いです。
それでは少し短いですが、また次回で。