困ったことが発生した。
いや、発生したといえばしたがしてないといえばしていない。
つまり、何もしていない。私は何もしていないのだ。
まずは火星の人たちの救助作戦について。
火星でまあ運よく避難民を見つけたとしよう。
どうやって助ける? どうやって説得する?
そもそもこの作戦は火星の人たちを素早く救助して宇宙に飛び立つヒット&アウェイ作戦しか正攻法でいけば成功しない。
グラビティブラストを持つナデシコの真価は真空空間である宇宙で発揮される。地上ではいいとこ半分だ。
前回は戦場を火星にしたからあそこまで被害が出たのだ。宇宙で戦えばそこまで酷くはならないはずだが……。
ナデシコには小型の救助艇が一船あるが、それでは全員救助していたら日が暮れる。というか、落とされる。
かといってナデシコごと救助に向かえば今度は宇宙空間に帰るのが困難になる。あれを通せばコレがダメ。コレを通せばあれがダメ。まさに八方ふさがりである。
不安その2.ナデシコの戦闘経験の少なさ。
そもそも前回でもこの時点では戦闘経験が足りず苦渋を飲む結果になったのに今回は更に戦闘経験が少ない。
正直今のエステ3人組も新兵に近い。命を懸けた戦場でどれだけ自分を保っていられるか。対木連の経験が圧倒的に足らないのだ。
経験値不足ならナデシコもそう。
オモイカネは進化する高性能AIである。が、今回は戦闘回数が数えるほどしかない。
艦長を始め、ブリッジクルーも戦闘に慣れていないのでいきなり修羅場を迎えてどうなることやら……心配事は絶えない。
不安その3.武装の強化について。
結局フィールドランサーは作らず仕舞い。
セイヤの馬鹿たれは、未だにドリルの性能についてあーだこーだ試行錯誤している。
そんなん話し合っている暇があるなら槍の一本くらい作れと小一時間ほど詰め寄りたくなる。
不安その他。ありすぎてワケわかんない。
経験不足による連携不足。信頼感の不足。一体感の不足。目的意識の不足。不足不足不足。
こりゃまずいな、正直な話。何か手を打たないと……と思いつつも私は頭が悪いのか、まともな作戦が思いつかない。
前回ダメだった『ナデシコの電源落としちゃう』を注意するくらいしか私にはできない。いや、これ作戦とはいえないが。そもそも同じ行動とるとは限らないし。
結局当たり前のような作戦しか思いつかずに、今日も終わろうとしている。
もう、火星まで1日と迫っているのに、だ。
第11話 『直前』
「先行部隊を編成!?」
ユリカがそう言うと、私はコクリと頷いた。
ブリーフィングルーム。何もせずにはいられぬ私は少人数での先行部隊の投入を提案した。
「偵察が出せない状態でナデシコを火星に降ろすのはいただけないだろう? 真空である宇宙でナデシコは真価を発揮するのだから」
「え~? でもでも、地球でもナデシコは敵なしだったじゃない? 別に真価を発揮しなくても勝てると思うよ? ねえ、ルリちゃん?」
「はい。私も艦長の意見に賛成です。ただでさえ少ない人数を分けるのは得策だと思いません。仮にナデシコ火星が戦場になったとしても、今までの戦闘データからナデシコが簡単に落ちるとは考えにくいです」
私の提案に否定の意を示すユリカ、ルリちゃん。
二人ともやはり自信に満ちている。いかに二人が優秀でも、今現在の経験不足は否めない。
「……それは今までの戦闘データだろう? 木星蜥蜴もディストーションフィールドを持っているのは確認済みだ。もし仮に、火星においてナデシコのグラビティブラストが効かない、もしくは耐え切られたらどうする?」
「どうするって……連射して倒すまで撃てばいいんじゃないですか?」
不思議そうに首を傾げるメグミちゃんに静かに私は首を振る。
私に代わりルリが手元のコンソールを操り、
「……仮にナデシコがグラビティブラストを撃った場合。再びグラビティブラストを撃つまで約10分はかかります。火星でのエネルギー効率、ディストーションフィールドのバランスを考えて短めに言いましたが、もっと時間がかかるかもしれません」
「ま、そういうことだ。ナデシコにおいてグラビティブラストは必殺にして最後の砦でもある。これが必殺にならない場合、私たちの敗北は必然となるだろうさ」
私のその発言に場は静まり返る。
しかしユリカは「はーい」と手を上げ、
「じゃあなんで先行部隊を送るつもりなの?」
「火星の生き残り。いるとすれば位置を正確に把握する必要がある。ナデシコでは小回りが利かないし、何より目立つだろう?」
「う~ん。リンちゃんの言うことにも一理あるけど…………誰が先遣隊で行くの?」
「言いだしっぺだ。私が行こう。あとそれと…………」
辺りを見渡す。
私とあともう一人くらいはパイロットが欲しい。
そうなるとついてくるのは…………。
「リンちゃん!! 俺!! 俺も行かせてくれ!!」
アキトが勇ましい声を上げるが無視。残念だが、それはない。
「ダメだ。ガイ、頼めるか?」
「あん? 俺か? まあ、構わんが」
「ちょ、ちょっと!! リンちゃん!? 俺に行かせてくれ!!」
詰め寄ってくるアキトを面倒くさくもかわす。
アキトは俯き、静かに話し始めた。
「…………俺、見たいんだ。俺の故郷が……ユートピアコロニーがどうなったかを。だから、頼む!! リンちゃん!!」
「フム。確かにアキトの故郷だからな、火星は。ならなおさらダメだ。今回の偵察任務はスピード勝負だ。いちいち故郷を見ている暇はない。悪いが、観光ではないんでな」
「――――ヒドイッ!! そんな言い方ってないんじゃないですか!?」
なぜか私を叱責するメグミちゃん。なぜ私を責めるのか分からないが、アキトを火星に行かせる訳にはいかない。
ユリカがアキトを追いかけて火星に来た日には目も当てられなくなるからだ。そうでなくても、今はまだ足手まといなのに。
「悪いが今回は納得してもらう。少々危険なものでな。感傷に浸っているうちにズドン、とやられても仕方がないのでな。今の火星は木製蜥蜴の巣窟だ。迂闊に新兵を送り込むわけにはいかんさ。なあ、艦長?」
「へ? あ、まあ……。どう思います? 提督?」
離れた所にムッツリと座る提督に話を振るユリカ。
必死に頼むアキトを見て、バッサリ断るのは気が引けたのだろう。
提督は、チラリと右手で帽子を少し上にあげると、
「……故郷を見る権利は誰にでもある。それが若者ならばなおさら、だ。少年、許可する。故郷に行ってきなさい」
「――――えっ!? いいんですか!? あ、ありがとうございます!!」
「礼を言うのはまだ早いぞ、アキト。残念ですが提督、それは認められません。今この場において、個人の事情を優先するわけには行きません」
「…………形だけとはいえ私にも指揮権がある。命令だ、リン軍曹。彼には故郷を見る権利がある」
「命令は聞けません。私はもう軍人ではないのですから。それに…………その命令を聞いて後悔するわけには行きませんから」
静かに提督の目を見つめる。
チカラのある目だった。皆を震え上がらせた目だった。
しかし提督は静かに目を伏せると、
「リン・如月。なぜキミは再び火星に来た?」
「…………提督と、同じ理由です。でも、私は死にません」
私がそういうと、提督は深くいきを吐いた。
そしてそのままアキトに向き直り、軽く頭を下げる。
「…………すまんな少年。残念だが、私では彼女は説得できん。だが、先遣隊に参加できんだけでまだ故郷に行くチャンスはあるだろう。その機会を生かしてくれたまえ」
そして再び眠るようにうなだれたのであった。
場が沈黙に包まれる。そんな中、ユリカが勤めて明るく、
「そ、それじゃあとりあえず先遣隊が火星に降りるってことでいいのかな? メンバーはリンちゃん、山田君でいいの?」
「ガイだ!! ダイゴウジ・ガイ!!」
「いや、後はプロスペクター。おまえにも来てもらう。仮に生き残りを発見したとき、ナデシコの案内はおまえに託す。構わんな?」
「ええ、それはもう」
ニッコリ笑ってプロスペクター。
プロスは火星のネルガルに用があるから単独行動したいハズだ。だから了承すると思っていた。
それに、やはりプロの交渉人であるプロスの方がうまく火星の人を説得できる気がするのだ。私がするより。
「あともう一人……。副長、頼めないか?」
「ええっ!? ボク!?」
「ああ。現場を指揮する人間が欲しいんだ。的確な指示、ナデシコとの連携、現状把握、それができるのは艦長か副長しかいないだろう?」
「い、いや、ええっ?」
「頼む。副長。頼りにできるのはおまえしかいないんだ」
「わ、分かった。ひ、引き受けるよ」
「助かる。では、詳しい経路と探索場所を決めるとしようか。ルリ、地図を出せるか?」
ルリちゃんはなぜか少しムッツリしながらコンソールを操ると、足元に巨大な地図が写る。
なにやら「現場指揮なんてリンさんがやればいいじゃないですか」なんて言っているが無視。
アキトも落ち込んでいるが無視。悪いが、今ここで火星におまえを降ろしたら死ぬ気がするんだ、マジで。
私たちは話し合いを続けた。
具体的なコースはほとんどプロスの発案により進んでいく。
私はキオクの中にあるポイントに寄ることを提案。
更に巨大シェルターがある場所も含め、迅速に回れる経路を話し合っていた。
すべては明日、決まるのだから。
<side ルリ>
なんでリンさんは先遣隊なんて案を出したのでしょうか?
無謀な気がします。正直、ナデシコで行った方が安全な気がします。
しかし、艦長含め皆何だかんだでリンさんの意見を採用してしまいました。
彼女の意見には不思議な正しさがあります。その正しさにつられ、整備班も新兵器を造ったのでしょう。できたものはアレだけど。
大体リンさん、少し勝手です。
沈んだテンカワさんを放っておくし、勝手にメンバー決めるし……そりゃあ、ナデシコを動かす立場の私は同行するなんてありえないけど。
リンさんがいなくなったら、明日のご飯は誰が作ってくれるのでしょうか?
またジャンクフードを食べれと言うつもりでしょうか?
何にせよ、明日に備えもう寝てしまったリンさんを起こすこともできずに文句も言えない。
また帰ってきたら、文句言ってやります。飢え死にさせる気かってね。
…………アレ? なんでしょう? 胸の奥がザワザワ蠢くような感じが……。
胸焼けでしょうか? なんか違うような気もします。
ねえ、リンさん。あなた、ちゃんと帰ってきますよね?
そうじゃないと、私…………私は……………。
続く
あとがき
ちょっと投稿遅れすみません。
引越しやらなんやらで投稿遅れてしまいました。
誤字やおかしなところあればすぐに言ってください。
あと、感想ありがとうございました! 励みになります!
次回より火星到達編です。なるべく早くに投稿できればと思います。
それではまた次回で。