サツキミドリ2号を出発してからすでに丸一日が経過した。
ナデシコは特に何も問題なく修理は完了。ついでに補給もパーツの追加も前回に比べ格段と良くなった。
エステバリス関連のパーツも豊富に整えられ、予備のエステは何と3機。
リョーコ、イズミ、ヒカルの3人が乗る機体もあるのだからナデシコ内のエステバリスは合計9機となった。うん、多すぎだね。
もちろん数あるに越したことはない。いつ何が起きるかは分からないんだし、それはいい。
問題は、順調に行き過ぎているこの運航状況にある。
今回、アキトは前回に比べると比較的よく訓練を行うようになったと思う。しかし、所詮は訓練は訓練。実践はまた別物である。
前回、つまり私の時は何だかんだここまで実戦を何度か経験していた。ビッグバリアの時しかり、サツキミドリ2号崩壊の時しかり。
このまま順調に行けば、アキトの初戦は操縦の難しいOGフレームで、かつIFSでも困難な宇宙戦闘ということになりかねない。
ムムム……いかがしたものか。このままでは高確率でアキトが死んでしまうような気がする。
「よお、リン……で良かったよな? どうした、そんなところで?」
考え込む私に声をかけたのはパイロットスーツに身を包むリョーコちゃんの姿。
訓練でもしていたのか、汗をかいた胸元を隠しもせずパタパタと手で仰いで、
「もう体調は治ったのか? 良かったらこれから一緒に訓練でもしねえか? おまえさんの腕はまだ見てねえからな」
「はぁ。まあ、体調事態は問題ないのだが……」
「なら結構。他の二人は部屋で好き勝手してやがるし、野郎二人は暑っ苦しい。付き合ってくれる人を探してたんだ」
「なるほど。まあ、別に構わないが…………」
実際サツキミドリ2号を出発し、このまま行けば平和なナデシコ生活がしばらく続くことになるだろう。そうなれば、訓練はしておかねばならない。
そういえば私の時は訓練なんてした記憶一切ないような気がするな。何してたんだっけか? 私は?
……ユリカか? この時私はユリカと確かな愛を結んだんだっけか? なぜかここらへんは曖昧だ。
まあいいか。別に断る理由もないし、たまには己を高めるのも構わないだろう。
私は素直にリョーコちゃんと一緒に訓練を行いことにした。
「よろしく頼むよ、スバル君」
「あん? なんだその呼び方? 普通にリョーコでいい。ってか、そう呼べ」
第8話 忘れていたこと
「や、やるじゃねえかテメエ」
「そちらこそ。まあ、私は経験上対人戦の方が得意でね。今回の戦績はともかく、私とリョーコに腕の差はないさ」
3時間後。
普通に訓練を開始したはずなのに、気がつけば私とリョーコちゃんによる模擬戦バトルが繰り広げられていた。
戦績は私の全勝無敗。リョーコちゃんは恨めしそうに私を睨んでいた。
「アハハ、リョーコチン、フルボッコされてたねぇ」
「正にエステの叩き売り。叩かれ……ククク……」
「だぁぁぁっ!! うっせえ!! てめえら、部屋にいたんじゃなかったのかよ!!」
「だって暇だったしさ。なんかガイ君がリョーコチンがブラックにボコボッコされてるって言うからさ」
「てんめえ、この山田ァッ!!」
「俺はガイだ!! ダイゴウジ・ガイ!! 間違えんなよスバル!!」
取っ組み合いを始めるガイとリョーコちゃんの横で、私はパイロットスーツを胸元まで脱ぎ捨てそのまま腰を下ろした。
額を腕でスッと拭く。それだけで、珠のような汗が手に濡れる。
タオルで額を拭き、そのままドリンクを飲む。すでに、私の体力は限界に近かった。
コテンパンにされたはずのリョーコちゃんは元気にガイをぶっ飛ばしている。私は自身の体力のなさに苦笑いを浮かべるしかなかった。
「凄いんだね、リンちゃんって。俺リョーコちゃんにも訓練手伝って貰ってたけど、リョーコちゃん凄く操縦上手なんだろ? それなのに凄いな」
「ああ、先ほどリョーコに言ったが、私は対人戦に慣れているからな。……それに、彼女ほどの素質なら私はすぐに抜かれるさ」
「へ? それってどういうこと?」
疑問を口にするアキトに私は返事を返さなかった。
少しだけ、抱いてはいけない不満を抱いた。
なぜ、私はもっと丈夫な身体に転生できなかったのか。
火星の軍で地獄のような訓練をし、自分をいじめ抜いてもまだコレだ。しかもちょっと寝込むだけで体力はすぐに落ちる。
私の操縦技術は最早頭打ちに近いのだろう。しかし、リョーコちゃんも、もちろんアキトも、これからもっともっとうまくなる。別にエステの操縦に誇りを持っていたとかそういう訳ではなかったが、これは少し傷つくな。
そもそもなぜ私は男に転生しなかったのだろうか。
男に生まれていれば、ここまで身体能力に悩むこともなかったはずだ。
そもそも、アキトに任せもせず、自分でユリカを幸せに……………………ってあれ? そういや、ユリカって最近どうしてたんだっけ?
「なあ、アキト。最近ユリ……艦長はどうしている? 元気にしているか?」
「へ? ユリカ? う~ん……そういや最近見かけないや。でも元気でやってるんじゃないかな? 俺、アイツが落ち込んだとこなんて見たことないし」
「何!? 最近見かけない、とはどういう事だ? おまえまさか、訓練にかまけて艦長のことをおろそかにしてたんじゃないだろうな!!?」
「ええっ!!?」
怒る私になぜか困惑の表情を浮かべるアキト。
なんだその顔は? 妻になるべき人のことを忘れ訓練にうつつを抜かすなぞ言語道断。
いかに忙しくとも、一声かけるくらいはできたはずだ。
それがなんたる傍若無人なこの振る舞い。過去の私とは思えぬ身の振る舞いである。
「ええぇ~何々? アキト君って艦長といい関係なの?」
「……まるでイカ。その心は、スミにおけない…………ククク」
「……へぇ、テンカワ。おまえ、そうなのか?」
いつの間にか話しに加わるエステ3人娘(旧)。ちなみにガイはリョーコちゃんにボコられたのか、自販機の横でのびていた。
「ち、ちが!! 俺とユリカは、ただの幼馴染で!! 第一俺には……別に……」
「照れているようだな。おまえとユリカは将来を誓いあった仲だろう。女として忠告しよう。艦長をおろそかにすると、私が許さんよ」
「なんでリンちゃんがそんなに怒るの!? 第一、俺とユリカは将来を誓いあってなんかない!!」
「だ、そうだぜ、リン。そうなのか?」
「フン。おおかた人前で愛を言うには照れが入る年頃なのだろうさ。若さというものだな」
「……テメエ、いくつなんだよ?」
微妙な目で私を見るリョーコちゃんに、ブツブツと新しいギャグを考えているだろうイズミちゃん。
アキトが顔を真っ赤にして照れている横で、ヒカルちゃんが恐る恐る手を上げると、
「……ねえ、そういえばさ、リョーコちん。私たちまだ艦長にあったことなくない?」
なんて事を呟いたのだった。
<side ジュン>
僕は忙しかった。
見るも無残に高く積まれたこの紙の中、一人黙々と書類を整理していた。
何やら機動兵器であるエステバリスに追加パックを投入するという話。
他にも物資やら資材やら、搬入されたものの数は数え切れず。
……何か明らかに個人的なものまで搬入なれたきもするけど、僕は了承の判を押した。
「…………ユリカ、頼むから早く戻ってきてよ~」
涙を流すもその声を聞くものは一人もいない。いや、いた。
「……艦長代理。追加だ」
ゴートさんがムッツリと僕の机の上に紙束をズンと置いた。
ヒク、と引きつる僕の前でゴートさんはムッツリと頷いて見せた。
「ううぅ。ナデシコに戻ってからやっていることといえば事務仕事ばかり……。いや、こういう仕事も大切だって分かるよ? でもこの量を一人でやれだなんて……うぅぅ」
こらえきれず、涙が零れる。
しかし、僕の仕事はユリカを支えること。
せめてユリカが帰ってくるまでは僕が頑張らないと。
「ユリカは、艦長とは何なのか。それを確認、認識するためにリラクゼーションルームに篭った。なら僕は、ユリカが帰ってくるまでに彼女の居場所を整える。……そう覚悟はしてたけど……」
来る日も来る日も、判を押す日々。
目の下にクマはできるは髪の毛は抜けるは…………。
それだけに飽き足らず、休憩時間に食堂に行けば
『ダレ、アンタ?』
なんて言われる始末。
クソ、あんな新米っぽいコックにすら自分を覚えられていないなんて!!
あのパイロット……リン・如月は言っていた。僕はナデシコに必要って。
それって雑用として必要ってこと!?
ああ、彼女と話がしたい。なんで僕をナデシコに連れてきたのか。
彼女が怪我をして、復帰をしても話にいける暇もない。
なんでキミは僕をナデシコに連れてきた? 僕はユリカのためにできるのはコレくらいのことなの?
「艦長代理、手が止まっているぞ」
…………うう。
ユリカ、頼むから、早く帰ってきてよ~(涙)
<side セイヤ>
「…………やりましたね、班長」
「ああ、やった。完成だ。見ろ、この輝くドリルを」
セイヤは黒のエステバリスに装着されたドリルを撫でウットリと顔を緩めた。
「これなら、これならどんなものだって貫けるぜ」
「ええ。もちろん、ディストーションフィールドでも」
「ククク。我ながら、トンでもない代物を作り上げちまったもんだぜ」
「班長、このフレーム、山田さんからはゲキガンフレームがいいって言われたんですけど……どうしますか?」
「ああん!? アイツ、何だってゲキガンガーにしやがるな。そんなふざけた名前にはしねえよ。こいつはそのままの通り――――」
セイヤはドリルをコン、と軽く叩くと、
「――――当初の目的通り、対艦フレームって名付けるぜ」
そう言ってニヤリと微笑んだのであった。
あとがき
と、いうわけで。
ドリルが完成しました。
大体普段装着時、足の近くまである細長いドリルをイメージしていただけたらなと思います。
細長いといっても、それなりに太さはある設定です。エステの腕の一回りデカイくらいのサイズ。
ドリルで夢膨らみます。
ドリルでジュン君も幸せです。
ユリカファンの方、もう少し彼女の出番を待っていてください。
それではほとんどドリルの話になりましたが、また次回で。