あれから十年のときが流れた。
幾度となく行われる佐渡島ハイヴの間引き作戦。
そのすべてにおいて我々は重要な役割を果たした。
無尽蔵に供給する武器弾薬。
陣地構築に必要な機材と建材。
人員不足を補うための無人兵器群。
世界各国が終わりのない防衛戦闘で疲弊していく中、日本帝国だけが繁栄の道を歩んでいた。
どこからともなく現れ、そして日々増え続ける軍需物資。
人手不足を補う無人機たち。
二重三重どころか五重六重に構築された自動防衛装置付き海岸陣地。
日本人たちは、不運な奇襲を除いて人的損害が生じないという新しい戦争をしていた。
そして今日、遂に日本帝国政府は佐渡島奪還作戦を開始する。
参加艦艇197隻、投入する部隊数は十六個師団。
その大半が無人機ではあるが、それでも大変な戦力である。
「作戦本部より全艦艇に通達。事前砲撃開始まであと二十分」
本作戦の作戦指揮官から、待機中の全艦艇に通達が入る。
今までの間引き作戦で回収された百二十万トンのBETAたち。
事前砲撃とは、それら全てをもちいて用意された長距離ロケットを一時間に渡って撃ち込むという飽和攻撃だ。
その後に生存が確認された集団へ艦砲射撃、無人機隊による海岸橋頭堡の確立、残る有人部隊の上陸となる。
ハイヴの包囲完了後、六個無人戦術機甲連隊が突入し、状況に応じて最大で十個戦術機甲連隊までが後に続く。
BETAの前に島がなくなってしまうと誰もが余裕の笑みを浮かべる手堅い作戦で、いかにBETAが強力だろうとも何とかなるだろう。
本作戦に投入される戦力はアメリカ合衆国陸海軍が州兵を総動員しても真似が出来ない規模だ。
小さなハイヴひとつを落とすのにこれだけ投入しても無理ならば、人類に明日は無い。
「軌道降下警報、軌道降下警報。
現在佐渡島全域に囮部隊が降下中。BETAの出現するポイントを見逃すな」
一体でも多くのBETAを地上に呼び出すため、廃棄予定の旧世代機を一個連隊軌道降下させている。
降下中の再突入殻や降り立った無人機を迎撃するために出てきたBETAたちを、あとに続く砲撃で押しつぶすわけだ。
リサイクルに回せば再び資源となる物を捨てるのだから、平時であればもったいないと非難される行為だ。
しかし、今は戦時であり、今回は間引き作戦ではなくハイヴ攻略戦である。
その作戦目標達成のためには無人の旧世代機一個連隊など惜しくない。
人命が絡んでいないだけあり、軍上層部の誰もがそう公言してはばからなかった。
「軌道降下群第一陣を目視、レーザー照射を確認!」
オペレーターが叫ぶ。
高空から戦術機が降ってくるのだから迎撃は当然の事である。
そして、今回の一個連隊を使った軌道降下作戦は、その光線級に迎撃のために地上へ出てきてもらう事が目的だ。
凄まじい勢いで損害が発生しつつあるが、全ては計画通りに順調に進捗している。
「無人降下第一大隊全滅!第二大隊も損害が10%を超えました!」
随分と叩かれたものだ。
小競り合いでこれでは、今後軌道降下をする事はないだろうな。
内心で呟いている間にも降下は続行されている。
撃ち減らされた再突入殻が大地を砕き、そこに出来た臨時の塹壕へ戦術機たちが飛び込む。
「軍団規模のBETAを確認!光線級多数!重光線級も計測できないほど出現!?」
疑問系で報告をするとは何事か。と呆れるが、気持ちは分かる。
定期的に大規模な間引き作戦を実施していたというのに、この数は一体どうした事なのか。
「さらにBETAの増援出現中!第二と第三大隊が全滅しました!」
これで残るは一個大隊。
全てが有人機だったならば、今頃艦内はお通夜モードだったな。
「本土の指揮所より通達、事前砲撃開始、事前砲撃開始。
展開中の各艦は流れ弾に注意せよ、以上です!」
さあBETAたちよ、人類からのプレゼントだ。
たっぷりと受け取ってくれよ。
2001年10月30日火曜日 11:34 国連軍横浜基地の隣 自軍基地 執務室
「おはようございます。横浜基地の香月副司令がこられましたよ」
目を開けるとそこにはダン・モロの顔があった。
「あと少しだったのに」
思わず恨めしそうな声が出る。
先ほどの夢は非常に甘美なものだった。
そして、驚くべき事に今後の行動方針の一つの指標となりえる内容だったのだ。
「え?何かしていたんですか?自分はてっきり居眠りをしていたのかと思ったのですが」
内容は有用なものだったが、傍目から見ればその通りなので何もいえない。
第一、俺は夢の中で今後をシミュレートしていたのではなく、睡魔に負けたら偶然夢を見たに過ぎない。
「まあいいや、それで、香月さんはどちらに?」
顔や髪に異常が無い事を確かめつつ立ち上がる。
机に突っ伏して寝ていたが、涎や寝癖といった問題は発生していないようだ。
「応接室に通しました。
護衛が歩兵一個小隊ほどいましたが、そっちは別室に通しています」
二個軍団でもどうぞとは勿論冗談だが、歩兵一個小隊という中途半端な数が気になるな。
「外周警備を厳にしてくれ。ネクストは出さなくていい」
ベテランたちの中では丁稚扱いだが、それでも目の前の男は通常兵器相手ならば無敵のリンクスである。
獰猛な、というと過剰表現になるが、とにかく彼は不敵な笑みを浮かべて敬礼した。
2001年10月30日火曜日 11:36 国連軍横浜基地の隣 自軍基地 執務室
「正直なところ、わずか一個小隊の護衛でいらっしゃるとは思いませんでしたよ」
自分で入れた紅茶を出しつつ、内心を素直に告げる。
「あんな強力な機動兵器を保有しているアンタたちに、ちょっとばかり戦術機をつけて会いに行ってもしょうがないでしょう?
それに、私嫌いなのよ」
下着を見せつけようとでもいうのか、無防備に足を組んだ香月副司令は言葉を続ける。
「鉄砲とかむさ苦しい兵隊とか見せ付けて威圧するのって。
私の脳みそが筋肉で出来ていると思われるなんてゾッとするわ」
初対面の相手に拳銃を向けた人物が言う事ではないと思うが、本心なのだろう。
前回のあれは、盛大に暴れすぎたこちらに非がある。
大隊規模の戦術機を叩き潰しておいて、理知的、あるいは友好的な挨拶など望めるはずもない。
むしろ威嚇でも一発も撃たず、一言でも怒号を浴びせられなかっただけ感謝しなくてはならない。
ただでさえこちらは先ほど戦闘を行った相手の基地に護衛無しで訪問するという無配慮具合だったのだ。
「それで?わざわざ呼び出してなんなの?
こう見えても忙しいんだけど」
眉を寄せながら言われてしまう。
なかなかに不機嫌なようだ。
「今後のところについて是非ご相談をさせていただきたく思いまして」
そういいつつ持ち込んだスーツケースを机に置く。
重金属が入っている事を示す重い音が室内に響き、傍らに控えていた女性下士官が微かに身じろぎをする。
確か神宮寺まりもというキャラだったはずだ。
外見は見麗しい妙齢の女性だが、軍隊で軍曹、それも教官を務めている人物だ。
何かロクでもない事を考え付いたところで、俺なんてなすすべもなく制圧されるだろう。
「ご心配なく、中に銃火器の類は入っていませんよ。
もちろん自分の基地で自爆テロをする趣味もありません」
苦笑しつつケースを開ける。
「へーえ?」
香月副司令が興味深げに呟き、微かではあるが神宮寺軍曹が息を呑む。
ケースの中には無刻印の金塊が詰まっていたのだ。
「それで?これで何をしてほしいのかしら?
言っておくけど、私はそんなに安い女じゃないわよ」
全く興味がありません、という姿勢で尋ねられる。
香月夕呼という捻くれた人物がこう言うという事は、内容次第では聞いてもらえるのだろう。
もちろん、それは金塊というものが持つ個人的な意味での金銭的な価値ではないだろう。
その金銭的価値を用いて得られる、他の人物に対しての効果に価値を見出したのだろうな。
「昨今の情勢を見るに、佐渡島対岸の本土に十分な防御体制を敷く事が、帝国軍の戦力温存に繋がると考えています」
新潟の防衛戦に参加したばかりの俺が言う事だから、却下される事はあっても無視はされないだろう。
そのような見積もりをしつつ言葉を続ける。
「佐渡島ハイヴにしろ、それ以外のものにしろ、攻略戦には訓練された軍人が必要です。
我々は、第四計画に協力するという大目標の中で、帝国軍の戦力温存は必須項目であると考えています」
詳細を話す前に、まず目的を告げておく。
相手に自分のやりたい事を説明するための手段の一つである。
もちろんの事ながら、相手にとってメリットになる事をする場合に限られる。
「それで?」
プレゼンを始めた俺に対して、香月副司令はあくまでも冷たい態度で尋ねてくる。
「確かに技術的な意味では役に立つし、戦力も小規模ながら強力である事はわかっているわ。
でもね、貴方は所詮小規模な軍事組織の指揮官に過ぎないわ。
地球規模で行われている戦争に、違うわね、この極東戦線で、どれだけ役に立てるって言うのかしら?」
ごもっともな意見である。
ネクストは非常に強力な兵器であるし、俺が用意できる無人兵器たちも局地的には大変有効な戦力となりえる。
しかし、そんなものは地球規模で行われる生存競争の、片隅に構築された極東戦線の、日本帝国担当地域の、その中でも一部でしか役に立たない。
百個師団を率いるであるとか、大陸を消し飛ばす超兵器をもっているとか、そういった戦略的なものを持っていない俺には、歴史の一ページの片隅の数節しか出番がない。
持ち込んださまざまな技術情報は必ず人類の生存確率向上に役立つが、それは別に俺が何かをしたわけではない。
「最低でも、新潟戦区における帝国軍の死傷者を減らせますよ。
間接的には、それが他の戦区への援護射撃になるはずです。
そして、日本帝国軍の損耗率低下は、第四計画遂行に当たって決してマイナスにはなりません」
佐渡島ハイヴという邪魔な存在を消さない事には、日本帝国軍の全力の支援を得ることは出来ない。
国連内部において第五計画を推し進めるアメリカ合衆国の影響力を消しきることが出来ない現状では、それは第四計画にとって実働兵力の不足という面でマイナスである。
「言いたい事はわかったわ。じゃあ、私はアンタに新潟を守ってこいと命令すればいいわけね」
天才と話すと話が早いから助かる。
「ありがとうございます。私の持論の実証と、帝国軍への支援、貴方への協力。
私が損得勘定もロクに出来ない馬鹿でないかぎり、全てが同時に実現できるご提案です。
では、ご命令に従い、新潟の一部地域に部隊を派遣します。
申請や細部につきましては、後ほど依頼書を提出いたします」
立ち上がって敬礼しようとして押しとどめられ、その命令に安堵しつつ書き上げた仕様書を手渡す。
「本日の提出分です。お納めください」
にこやかな笑みを浮かべて言い放った俺に対して、香月副司令は険しい表情を浮かべる。
はて?何か気に触るようなことをしていただろうか?
「仕様書は貰っておくわ。
それで、聞いておきたいことがあるんだけれど、いいかしら?」
何故だろうか、妙に威圧感を感じる。
それほどまでにマズイ何かをしてしまったのだろうか?
「さっき出されたコーヒー、香りもさることながら味がいいわ。
どこで手に入れたの?私にも教えなさい!」
先ほどまでの会話からの余りの豹変に驚愕するが、考えてみればこの世界では天然物の食料品は貴重品だった。
主食の類ですらそうなのだから、嗜好品にいたっては想像しただけで悲しくなるような状況だろう。
そんなところへ、合成食品とはいえ味や香り、見た目は変わらないものをだせば、このような結果は目に見えている。
「今お飲みの銘柄でよければ、明日にでも一袋届けさせますよ。
ですから落ち着いてください!」
つかみ掛かってくる香月副司令を力づくで引き剥がし、神宮寺軍曹の力を借りて何とか椅子に座らせる。
やっと静かになったと安堵したところで、隔壁越しにですら聞こえる歓声が耳に入る。
音源は、どうやら別室に待機している香月副司令の護衛部隊だろう。
「アンタ、まさか」
チラリと時計を見た彼女が、驚きに顔をゆがめながら口を開く。
現在時刻はいつの間にかお昼を回っている。
そして、余りに待たせる時間が長ければ、昼食を出すように事前に命じてある。
「唐突ですけど、お昼を一緒にいかがです?」
俺は諦めたように呟き、内線電話でダンを呼び出した。
2001年10月30日火曜日 22:11 国連軍横浜基地の隣 自軍基地 自室
「俺は頑張った。良くやったよ」
自分で自分を労いつつ、新たに書き上げた仕様書を鞄にしまいこむ。
これで今後の対光線級戦術は大いに変わるだろう。
満足感を覚えつつ、つけっぱなしにしておいたPCの電源を落とそうとする。
「ん?なんじゃいこりゃあ」
画面の端で、メールらしいアイコンが点滅している。
どうやら受信があったようだ。
どうせメーラーソフトからの「ようこそ!」メッセージだろうと思いつつも確認する。
「ふんふん?戦術機(国連軍)撃墜ボーナス合計二万三千十六ポイントね?
おお、戦術機(A-01不知火)の場合には一機あたり千ポイントなのか」
無感動にメールの文面を読み上げ、俺は傍らのタバコに手を伸ばした。
ライターを手に取り、火をつけようとする。
「あ、あれ?おかしいな?」
手の震えが止まらない。
俺はポイントを使い切ってこの世界に来たはずだ。
あの管理画面でも、神様らしいあの男は確かに言った。
この場ではもう出来る事はない。と。
「落ち着け、俺。
落ち着けいや落ち着け俺落ち着け、こういう時は素数を数えるんだ」
敵を倒すとポイントがもらえる?そんな内容は聞いていない。
いや、正しくは聞きもしなかった。
「べ、BETAの搬入数100トン。あと900トンでプラントがアップグレード?
なんだよ、どうなっちまうんだよ?」
震えるマウスポインタを次へと書かれたボタンへと追いやる。
力を込めて左クリック。
画面には、かつて食い入るように見つめたあの画面が現れた。