2001年10月29日月曜日 21:51 国連軍横浜基地の隣 自軍基地 倉庫搬入口
新潟での大活躍の後、祝賀会へと誘ってきてくれた現地守備隊指揮官に詫びつつ我々はBETAを積み込んで横浜へと帰還した。
頭を切り離したり胴体の大半を吹き飛ばされた死体ばかりだが、それでも道中は生きた心地がしなかった。
「一番トレーラーから搬入開始だ。小型種の出現に警戒せよ」
油断して死ぬよりは警戒して疲労する方を選ぶ俺は、部下たちにもそれを強要しつつ搬入作業を眺めていた。
トレーラーから切り離されたコンテナは、搬入口に接続されている。
油圧式らしいアームが金属音をならせつつそれを一気に持ち上げていく。
清掃車が清掃工場に廃棄物を捨てるのと同じ動きだ。
重い音を立ててコンテナの中身が搬入口へと落ちていくのが聞こえる。
「第十八次生体スキャン完了。各トレーラー内部の熱源異常なし、動体反応なし、異常音源なし」
搬入システムが報告する。
ルーティンワークは機械に任せるのが一番である。
機械は同じことの繰り返しを面倒だからと手を抜かないし、うっかりチェック項目を見落とす事もない。
もちろんスペック以上の事は期待できないが、それは機能以上の事を求めようとする人間が悪いだけの話だ。
「一番トレーラー搬入完了。コンテナの洗浄に移ります」
余計な事を考えているうちにも作業は順調に進捗している。
取扱説明書によると、この資材搬入システムは全自動で搬入から次回出撃用の整備までをしてくれるらしい。
まず、トレーラーが搬入口に接続し、アームによるコンテナの保持を待ってそれを切り離す。
コンテナは巨大なアームによって50度という急角度に傾けられ、内部の資材を搬入口へと放り込む。
資材たちは重力に引かれて落下した後、クレーンによってベルトコンベアに乗せられ、プラントへと流し込まれる。
それが何なのかは知らないが、資材たちはプラントの中でクレートと呼ばれるインゴット状の固形物に変換され、生産注文を待つ。
あとは基地の管理システムから欲しい物を注文すれば、メニューにある物ならば何でも出てくるわけだ。
中身が空になったコンテナは、内部の破損チェックと薬液による洗浄が施され、再びアームでトレーラーに戻される。
コンテナの接続が終わると、トレーラーは自動で格納庫へと戻り、車体全体の整備が行われて次回の出撃を待つ。
以上の動作が、全て自動で行われるわけだ。
チートここに極まれり、だな。
「三番トレーラー搬入完了。コンテナの洗浄に移ります」
システムが報告する。
今回の搬入分でこの近辺に多量の無人防衛設備を配備しておこう。
そうすれば、以後は搬入作業に立ち会う必要がなくなる。
思い立ったが吉日で、早速管理システムを呼び出す。
施設の項目から防衛設備を選択する。
ふむ、35mm連装機関砲ユニットは六トンか。
こいつを四基設置するとして、設置場所はどう選ぶんだろうか。
「四番トレーラー搬入作業に入ります」
システムからの報告に一瞬だけ注意を向けると、三番トレーラーが退避し、搬入口に四番トレーラーが滑り込むところだった。
これを全て自動でやってくれるというありがたみに感謝しつつ、設置作業に戻る。
「ふむ、わかりやすいな」
RTSをやった事のある人間ならば馴染み深い、基地を斜め上から見たマップがモニターに現れる。
砲塔については、360度の旋廻が出来る場所であればどこでも設置可能なようだ。
搬入口を全周から攻撃できるようにして設置する。
ほほう、給弾設備を含めて9時間でやってくれるのか。
ありがたいことだ。
管理システムから、建設のための工兵車両が不足していると報告がある。
今後の事も考え、一通りの機種を用意する。
ドーザに油圧ショベル、クレーンにモータグレーダ、ダンプとトラック、そしてロードローラーだ!
あとはシステムが必要と言ってくる車両や装置を一通り用意する。
「六番トレーラー搬入作業に入ります」
先ほどは思わず興奮してしまったが、無理もない。
戦闘車両は確かに雄雄しく、美しく、魅力に溢れているが、建設機械についてもその魅力は同様である。
想定された目標を確実に破壊するための機械が兵器である。
それに対して、平面の設計図にかかれた物を現実の世界に構築するのが建設機械だ。
二つは相反する目的を持つものであるが、いずれにも共通しているのが機能美に溢れているという事である。
今回の異世界への召喚は色々と不本意なところがあるが、自分の好きな機械を持つ事ができるということは大変に嬉しい。
例え貴重なクレートを多量に消費するとしても、男の子ならばここは歓喜し、興奮し、躊躇しないところである。
「七番トレーラー搬入完了、コンテナの洗浄に移ります」
次に用意すべきなのは食料だ。
使用する重量が少ない事から後回しにしていたが、そもそも、急な出撃を行ったのもこれが不足しているからである。
項目が複雑になるので栄養のバランスが崩れないように適当に一トンほど発注する。
内訳を見ると生鮮食品の類が少なめになっているが、これは鮮度維持のために少なくしているだけであり、不足したら随時発注としておこう。
「十番トレーラー搬入完了。コンテナの洗浄に移ります」
報告に意識を向けると、いつの間にか搬入作業は最終段階に入っていた。
今回の搬入量は合計100トン。
そのうちの88トンが既に使用されており、残りは12トンになる予定だ。
全てが順調に進んでいるな。
<<電子戦警報、電子戦警報、登録済み友軍周波数による広域レーダースキャンを確認。
スポットジャミングの準備完了、指示をお願いします>>
「ジャミング発信待て。
まずは横浜基地を呼び出してくれ」
恐らく、こんな真夜中に全機出撃で警戒態勢を取っている我々に不信感を抱いたのだろう。
確かに契約し、そして先ほども友軍として対BETA戦闘を行ってきたばかりだが、完全なる信用を得るにはまだ早い。
<<通信が繋がりました。
香月副司令官殿です>>
しかし、普通に会話をしているが、基地の管理システムは恐るべき能力を持っているな。
人間と淀みなく会話が出来るAIというのは驚愕に値するもののはずだ。
まあそれはいいとして、今は会話をするべき時だ。
「いつも大変お世話になっております。
そちらの基地からレーダー照射を受けているようなのですが、何かご存知ですか?」
出来る限り好意的な笑みを浮かべて尋ねる。
発砲を受けたわけでもないのに額に青筋を立てて怒鳴りつけたのでは、自分に忍耐力がないと思われてしまう。
まあ、広域スキャンとはいえレーダー照射をするということは戦闘行為に等しいのだが。
<<随分と早い反応ね。
帰還するなり夜中に妙な事をしているから、不審に思った基地の連中がレーダーを使ったそうよ。
それで、こんな時間に何をしているのかしら?>>
全く持ってごもっともな理由だ。
事前に当方の事情でBETAの死骸を回収するとは伝えてあった。
全部死骸かと思ったら生きているのが混じっていて、それが脱走したとでも思われたのだろう。
「ご婦人の睡眠時間を減らしてしまい申し訳ありません。
念には念を入れて、回収したBETAの搬入作業を監視しているだけです」
ちらりとモニターを見る。
十台のトレーラーたちは、その全てが格納庫へと戻ったようだ。
「それも全て終了し、我々はこれから機体をしまう所です。
お騒がせしてしまい申し訳ありませんが、もうご安心ください」
笑顔で通信を切ろうとするが、そうは問屋がおろさなかった。
<<100トンくらいかしらね?そんなにBETAの死骸を集めて何をするつもりなのかしら?
奴らの研究データくらいならばいくらでも提供してあげるわよ>>
研究が目的ならば飛び上がりたいほど嬉しい提案なのだが、現状では厄介なだけだな。
プラントはとても仕事が速いらしいので、今頃BETAたちは物言わぬクレートになってしまっているはずだ。
「ご支援に感謝いたします」
コクピットの中で丁寧に会釈する。
本当は必要ないのだが、まあここで余計な疑惑をもたれても困る。
<<それはそうと任務ご苦労様。そちらの戦闘能力は確認したわ。
少し込み入った話をしたいのだけれど、もう一度来てくれないかしら?>>
通信技術がどんなに進歩しても、人間は直接相手の顔を見て最終決定をしたがるものである。
本来であればここは馳せ参じるべきところだが、前回の例もある。
「正直を申しまして、戦闘のおかげでかなり消耗してしまいました。
私ども内部での今後のプラン策定もありますので、辞退させていただけないでしょうか?」
一言も嘘は言っていない。
リンクスたちは知らないが、俺は疲労困憊の極みにいる。
何しろ脳の重みを感じていると錯覚するくらいだからな。
<<あら、意外に軟弱なのね>>
意外そうに言われるが、そもそも俺は一般サラリーマンだ。
巨大人型二足歩行兵器を操縦して人類の敵と戦うなどという事は初体験だ。
向こうからすれば歴戦の衛士にしか見えないから意外なのだろうが、こちらからすれば抱きしめて褒めてほしいくらいだ。
<<何か気に触ったかしら?>>
通信機越しに叱られ、我に返ると、モニター越しにこちらを睨んでいる美女がいた。
「大変失礼いたしました。どうやら想像以上に披露していたようです<<ええっ!?旅団規模!?>>何か?」
何やら素っ頓狂な声を上げているな。
言葉の内容からして、一個戦術機甲大隊にも満たない我々が旅団規模のBETAを叩いた事を知ったのだろう。
彼女ともあろうものが、小競り合いの部隊単位の結果を知るのにもここまで時間がかかるとはな。
どうやら国連軍と帝国軍の反目はそこまで酷いもののようだ。
「明日にでもお越しください。
一個師団でも二個軍団でも、お好きなだけの護衛を連れてきて頂いて構いませんよ。
11時以降ならば喜んでお迎えいたします。では、失礼します」
特に何もないようなので通信を切る。
これ以上のストレスとは、遺憾ながら俺の脳が耐えられない。
明日謝罪するにしても、今はこれが精一杯。
「スマンが俺は失神する、誰か助け出して寝かせてくれ」
大変に情けないセリフを吐きつつ、俺は意識を手放した。
後で聞いた話では、ハッチの開け方をシステムに教わるまで全員が右往左往していたそうだ。