2002年1月6日日曜日10:00 静止衛星軌道 8492戦闘団航空宇宙打撃艦隊 宇宙巡洋艦『ノルマンディー2』
「最終軌道調整完了しました。
設置まであと五分です」
BETAによる迎撃を受けない宇宙には、実に様々なものを置いておくことが出来る。
様々な作品から発想を頂いた対地攻撃衛星や、デブリ処理用の軌道掃海艇など、現在の人類では作ることの出来ないものもあるが、とにかくここに資源を投入する価値は計り知れない。
そんな場所に、俺は更なる投資を行うためにきていた。
FTLドライブを外し、地球近傍空間での運用を最優先にした改造を施したこの船は、事実上ノルマンディー3と呼んでも差し支えのないものになっている。
更に増えたペイロード、大気圏突入機能の追加、大型貨物曳航用の支援設備、大気圏内戦闘用の追加武装。
元の世界にこれを持ち帰れば、人類の技術を結集した最新鋭フリゲート艦を鈍足の武装輸送船に変えたと怒られるだろうが、今の世界ではこれが重要なのだ。
高性能で、高速飛行が可能で、大気圏外への離脱もでき、ある程度の物資搭載能力を持つ。
求められていた性能はそういうものだった。
本音を言えばラーカイラム級が欲しかったのだが、ガンダム世界の戦艦やモビルスーツが空を飛ぶにはミノフスキー粒子が必要だ。
無線通信やレーダーや長距離誘導兵器に悪影響が出れば自分たちの首を締めるだけなので、念には念を入れた選択である。
多分世の中にはもっと優れた艦が存在するのだろうが、俺はこれ以上の船を見つけることが出来なかった。
まあ、趣味だろといわれればそれは否定できないが。
「フィラデルフィア、切り離しまであと三分」
今回設置するのは、管制用宇宙ステーション『フィラデルフィア』である。
来るべき最終決戦に向けて軌道上の全てを統括するべく新規に建造されたこのステーションでは、8492戦闘団の宇宙戦力全てを指揮することが出来る。
つまり、数千に達する対地攻撃衛星、数百の宇宙船、そこから発進する無数の軌道降下艇の全てをコントロールできるのだ。
8492戦闘団の最終決戦に向けた地上攻撃プランは大きく分けると三つ。
まず、イオンキャノンによる地上照射。
これはレーザーのようなビームのような、とにかく光線を地表に叩き込む兵器で、地上戦力に対して局所的ながら甚大な被害をもたらすことができる。
単体への破壊力は絶大だが、効果範囲は戦術どころか戦闘レベルというほどに狭い。
そのため、範囲の狭さは数の多さでカバーする。
次に使用されるのは宙対地攻撃衛星である。
レールガンを打ち込むSOLGを始め、低軌道を廻る対地誘導弾、MURVを山ほど搭載した攻撃衛星など、多種多様なものを準備している。
窓の外では試運転をしているイオンキャノンが流れていく。
「イオンキャノン、だったかしら?」
窓の外を見る俺に声がかけられる。
国連軍上層部に対する報告会に同席を要請した代償としてこの作業を見学している香月副司令だ。
「ええ、被害半径はともかく、威力だけは保証しますよ」
BETAに対しては知らないが、あれは原作では異星人の最終決戦兵器にも一定の効果をもたらしていた。
砲弾や誘導弾といった即物的な投射体には劣るが、それでも信頼すべき兵器だ。
「アンタがそう言うのであれば、そうなんでしょうね」
ここでアンタの頭の中では、と繋がらないのは、信頼と実績の8492戦闘団ならではの流れなんだろうな。
当初はやり過ぎだと反省していたが、威力偵察のついでに保有戦力のみでハイヴを落としたのは大きかったようだ。
闘士級からハイヴまで、我々は常に敵対する存在を葬り続けている。
我々がオリジナルハイヴを落とせると言えば、まあそうなのだろうと誰もが納得してくれるだけの信用は勝ち得ることができたということか。
「ええ、こいつらが実戦投入される時が楽しみですよ。
それだけ、人類の損害が減りますからね」
宙対地攻撃兵器は地球全域を射程に収められるように配備される。
来るべき最終決戦では、全戦線に宇宙から膨大な量のエネルギーが注ぎ込まれるはずだ。
もちろん、使う兵器はこれだけではない。
高軌道対地攻撃飛行隊、強襲降下艦隊、再突入艇、HLV、ヘヴィリフター、再突入殻装備戦術機、カプセル降下兵。
およそ俺の思いつく限り全ての装備を用意した。
切り離し中のフィラデルフィアに配備される軌道降下司令部も立ち上げてあるし、ここにSLBMやICBM、艦対地・空中発射式巡航ミサイルや朝鮮半島派遣軍からの攻撃も加わる。
作戦当日は、さぞかしにぎやかな事となるだろう。
カシュガルへの強襲降下では、軌道降下中だけでも六個師団までの全滅を最低限の損害として作戦を立てている。
当たり前であるが、作戦参加部隊はその損害を許容出来るものとした戦力をもたせた。
万が一にも負ける恐れはない、と思う、個人的には。
「さっきから切り離し続けている宙対地ミサイルといい、そんなに対地攻撃兵器ばかり用意して効果は見込めるのかしら?」
彼女の疑問はもっともである。
BETAの恐ろしいところは、物量もあるが、二番目に高い順応性にある。
調子にのって軌道上からバンバン撃ちまくっていれば、あっと言う間にBETAに制宙権を奪われてしまうだろう。
「そうさせないために、今まで設置すら行わなかったんですよ。
ご心配なく、次の作戦が終われば、もうBETA相手に遠慮する必要はなくなりますよ」
オリジナルハイヴさえ落としてしまえば、奴らはもう学習できなくなる。
いや、待てよ、そのあたりを白銀は説明していたのかを確認していなかったな。
「ところで香月副司令、BETAたちの組織構造についてはご存知ですか?」
もし白銀が知らせていなければ、まずはここから説明を始めなければならない。
事態は既に最終局面に向けて動き始めており、情報の出し惜しみをしている段階ではないのだ。
「ああ、箒型組織がどうのこうのって話よね?
それなら聞いているわよ。
何でアンタたちも知っているのかは気になるけど、知っているからオリジナルハイヴ攻略にここまで力を入れているんでしょ?」
良かった。
三周目なだけあり、彼もしかるべき人物には出来る限りの情報を伝えておいたほうが良いことは理解していたようだ。
しかし、待てよ、俺は何かを忘れていないか。
何か大切な、物語の根幹に関わる、そう、どうして原作で決戦を急遽行わなければならなかったという原因。
「香月副司令、突然ですが確認したいことがあります」
俺は表情を引き攣らせつつ尋ねた。
大至急確認しなければならないことがある。
「先ほどの話は白銀さんからの情報提供だけですか?
もっと具体的に言うと、つまり00ユニットはもう実働を開始しているのでしょうか?」
何故気が付かなかった。
どうしてもっと早くに話を持って行かなかった。
初めて香月副司令にあったときにも自分で言ったじゃないか!
00ユニットに使用されるODLという特殊な液体を横浜ハイヴから抽出していたら、浄化装置を経由してこちらの情報がだだ漏れになる。
強引な最終決戦の原因となったそれを、俺は何とかできる技術も用意していたはずなのに。
戦闘と政争に明け暮れ、その事を完全に忘れてしまっていた。
「ああ、情報流出のことを言いたいのね」
狼狽の一歩手前に達している俺を見て、彼女は安心させるような笑みを浮かべた。
まさか至近距離で彼女のこんな表情を見ることになるとは思わなかった。
何とは言わないが、なかなかのものじゃないか。
「それなら白銀と鑑の双方から合意を貰って、奥の手で対応しているわよ」
奥の手とは一体なんだろうか。
確かある程度の浄化はできるものの、結論としてはハイヴに繋がったメンテナンス設備に繋げる必要があったはずだが。
「今の横浜ハイヴには、およそ30t前後のODLが残されているわ。
浄化が必要になり次第、それをポンプで吸い上げてタンクに貯蔵。
念には念を入れてタンクはパイプから物理的に切り離して、それでようやく鑑に注入しているわけ。
古いものはどうしようもないから全て焼却処分だけれどね」
軽い調子で告げられたその内容に、俺は絶句した。
あまりに原始的ではあるが効果的なそのやり方も理由ではある。
だが、それだけではない。
「それは、しかし」
俺はあまりの衝撃に、明確な意味を持つ言葉を発することが出来なかった。
どれほどの決意があれば、全人類のためとはいえ余命を決める事に同意できるのだろう。
話しぶりからして調律は既に完了に近い所まで来ているはずであり、恐らく二人は結ばれていることだろう。
確実に約束された死を受け入れる恋人たちというものがあっていいはずがない。
「本当は完全に浄化できる装置を開発してあげたいんだけど、たった一つの貴重なハイヴを解体して調査するわけにもいかないわ。
佐渡島のはアンタたちが蜂の巣にしちゃったお陰で材質の調査しかできないレベルまで壊れちゃってたみたいだし。
そういえば、朝鮮半島の奴はどうなのかしらね?まだ残敵掃討中なんでしょ?」
どれほどの葛藤を、どれだけの苦悩を乗り越えて二人は納得したのだろうか。
そして、俺はどんな顔をしてその件については解決できると言えばいいのだろうか。
いや、解決できる以上は別にそこまで悩まなくてもいいのか。
先に言ってくれレベルの苦情は来るだろうが、それくらいは甘受しなければならないだろうが。
「あと一週間もすれば安全宣言が出せますよ。
今度は日本帝国軍が来るのか国連軍の調査団が来るのかは知りませんがね。
それはそれとして」
俺は言葉を切った。
ああ、多分目の前のこの女性からも文句を言われるんだろうな。
「ODLの問題については、ハイヴを経由しなくとも何とかする方法があります。
これも時間稼ぎにすぎないといえばそうですが、ご要望とあれば百年分ぐらいは直ぐにご用意しますよ」
ODL使い捨て作戦は俺も考えていた。
もちろん数に限りがある以上、いつまでも続けることが出来るというわけではないが、プラントを動かせば百年とは言わず千年分だって直ぐに用意できる。
ハイヴを経由する理由は、ハイヴにある浄化装置が必要だからだ。
なぜ浄化装置が必要かといえば、ODLを新規に作り出すことができないからである。
だったら、そこを解決してやればいい。
「ホント、アンタと話してると自分が馬鹿になった気がするわ。
一応同等かどうかの検査はさせてもらうけど、まあ、問題ないんでしょうね」
俺の話を聞いた彼女は、ウンザリしたような表情を浮かべてそうコメントするに留まってくれた。
ありがたいことである。
「地球に戻り次第納品させてもらいますよ。
話を戻しますが、オリジナルハイヴを落とす以上、宇宙からの攻撃を躊躇する必要はありません」
一撃で敵司令部をたたき潰す。
これを実現できれば、対BETA戦争は一挙に人類優勢へと傾けることが出来る。
「随分と大きく出たわね。
最終決戦というわけかしら?」
規模が大きすぎることから、俺の考えていたことはある程度は想定していたらしい。
彼女の表情からは驚きは読み取れない。
もしくは、ポーカーフェイスの範囲内で収まる程度の驚きだったのだろう。
「宇宙空間にすらこれだけの大兵力を展開しておいて、なにもしないわけがないでしょ。
かといって、普通のハイヴ相手ならばアンタたちはこんなものを使わずとも何とかできるわけだし」
ごもっともな意見である。
まあ、俺はこういった兵器の山を並べて使いもしないで悦に浸る事の出来る変態でもあるが、人類の現状はそのような勿体無いことは許さないだろう。
そして、さすがの俺もそこまで非生産的な事をするつもりはない。
「そりゃあもう、兵器というのは敵を攻撃するためのものです。
最低でもオリジナルハイヴの破壊とユーラシア大陸東部の奪還。
もし可能であれば欧州への橋頭堡確立、もう少しうまく進めば欧州奪還。
目的とするのは、そんなところです」
決して根拠のない妄想を語っているわけではない。
数億回の図上演習を繰り返した結果を話している。
「根拠は、あるみたいね。
そのあたりは後で具体的に聞かせてもらうとして、結局のところアンタたちの目的は何なのかしら?」
ふむ、今まで基本的には受動的にしか行動して来なかった我々が、ここにきていきなり能動的な行動を取り始めたことを警戒しているのか。
当然の懸念である。
我々はその気になれば全人類を圧倒できる戦力を用意できる。。
些細な事であったとしても、過剰反応されてしかるべき存在なのだ。
「目的は何かと問われれば、答えは決まっています。
前にも言った気がしますが、地球上の全BETAの排除ですよ。
我々は、そのためにここまで来たのですから」
俺にそれ以上の答えはない。
人類の支配権など頼まれても欲しくはないし、予想だがこの決戦が終われば、俺はお役御免となって消えるだろう。
鑑に呼ばれ、本人も残留を希望する白銀とは違い、俺はいわば親会社の送り込んだ出向社員のような立場だ。
与えられた課題を解決すれば、希望していても呼び戻されるだろう。
散々やりたい放題をやっておいてなんだが、この世界のことはこの世界の人々が解決するべきだ。
まあ、そこに白銀一人ぐらい加わる分には神様だってお目こぼしをしてくれるかもしれないが、俺のような完全なイレギュラーは駄目だろうな。
俺の言葉に彼女はご立派なことね、と一言だけ答え、窓の外を眺める作業に戻った。
「一つだけお願いしたいことがあるのですが、ご協力頂けないでしょうか?」
俺の言葉に彼女は視線をこちらに戻す。
「鑑さんを暫くの間我々にと同行させて頂けませんでしょうか?
もちろん心配であればいくらでも護衛や監視役を付けて頂いても構いません」
俺の言葉に一瞬考える目をし、直ぐに彼女は口を開いた。
「BETAの情報。それが欲しいわけね」
余計な説明をする必要のない会話は素敵だ。
つまり、俺の要望というのはオリジナルハイヴ攻略のための根拠となる情報を入手するための協力要請である。
BETAたちの組織図、オリジナルハイヴの特異性、攻撃を急がなければならない理由。
全ては、俺と白銀からの口頭の情報でしか存在しない。
間違い無いと確信出来るだけの事前情報は確かにあるのだが、それで国連軍を納得させられるかというと弱い。
香月副司令がどんなに援護をしてくれたとしても、日本帝国が動いてくれたとしても、それでも弱い。
オルタネイティヴ第五計画を進めるアメリカ合衆国を納得させ、全人類の総力を結集させるに足る何かがなければ、最終決戦は行えないのだ。
そこで鑑女史の出番である。
00ユニットである彼女に最前線まで同行いただき、ハイヴのリーディングを行う。
その結果をもってBETAの情報を入手したと宣言し、同時に速やかなる最終決戦の必要性を訴える。
今はまだいいですが、もしBETAが戦術機に対する対処方法を編み出したら第五計画以前の問題になりますぞ。
実は根拠はないのだが、そう囁くことによって全人類を恐慌状態に陥れることが出来るだろう。
同時に囁くわけだ、学習しなくなったBETAが相手ならば、G弾は最強の最終的解決策として永遠の存在になりますよ。
第四計画の成果を踏み台に、第五計画は予備計画から一気に次世代の世界戦略へと昇格できるかもしれませんよ。
「仰るとおりです。
とはいえただの戦術機では不安でしょうから、そちらで開発中のXG-70bには我々も最大限の支援を行います。
物資だろうが技術だろうが何でも要求して下さい」
俺の言葉に、彼女は一瞬凍りついたように動きを止めた。
00ユニットの完成とその調律の成功が知られている時点で覚悟しているものと思っていたが、気がついていないと思われていたのか。
調律が始まった段階で横浜に搬入が開始された戦略航空機動要塞XG-70は、横浜基地の地下で改良が進められていた。
原作において、XG-70bは佐渡ヶ島で自爆し、XG-70dはオリジナルハイヴ攻略の任を全うするという武勲を上げている。
概要すら伝わらないように心がけている特殊兵器への開発支援の申し出に、さすがの彼女もさりげない反応というわけにはいかなかったようだ。
「アンタは仲間だと思っていたんだけど?
なかなかどうして信用はしてもらえないみたいねえ」
それは隠そうとした側の人間が言う言葉ではないと思うが、女性相手に細かいことを言っては嫌われてしまうだろう。
「まぁ、事ここに及んで出し惜しみをしても仕方がありませんからね。
補基としての核融合炉、火器管制システム、戦闘支援AI、装甲材。
現物を見ないとこれ以上は言えませんが、とにかくなんでも言って下さい」
女性を乗せて戦場へ運ぶための兵器である。
出し惜しみなどをしてしまっては失礼というものだ。
「まあ、いずれはやらなければならないことだし、アンタたちが支援してくれるなら逆に安心して送り出せるというものね。
それで、攻撃目標はどこにするつもりなの?」
目標の選択は重要である。
この攻撃の後には決選が待っているというのもあり、いや、正確にはこれは決選の第二撃となるわけなのだが、とにかくただハイヴを落とせばいいというものではない。
落とした後の戦力転用、予想されるBETAたちの反撃、残っている全人類の戦力分布、それら全てを要素に入れなければならなかった。
当然ではあるが、ただ数人の会話で何となく決めるようなものではない。
「ああ、それはですね、H26と25を連続して落とします」
H25ヴェルホヤンスクハイヴとH26エヴェンスクハイヴの連続攻略。
確かにフェイズ2のハイヴ攻略は、8492戦闘団なしでも国連軍と日本帝国軍の共同作戦で成功したという前例があった。
だが、それは他のハイヴからは直ぐには増援が来ない横浜での事であり、もっと言えばそれはG弾を用いて初めて成功したというものだ。
戦闘が終わった時、勢いに乗って佐渡島ハイヴの奪還も奪還しよう等とは誰も言い出せるような状態ではなく、むしろ日本帝国は祖国防衛にすら苦労する有様となっていた。
「あのね、わかっていないかもしれないけれど、ハイヴの攻略というのはそんな簡単に出来ることじゃないのよ。
そりゃあ、アンタたちなら簡単に落とせるのかもしれないけど、連続で二つのハイヴを落として、さらにその後三つ目にとりかかるなんていう余裕があるのかしら?」
彼女が呆れた様子でそういうのも無理はない、と言いたいところなのだが、俺からすれば何故そのような反応をされるのかが分からない。
「しかしですね、現実に我々はフェイズ4に達しているH21佐渡島ハイヴを落とし、その翌月には同じくフェイズ4のH20鉄原ハイヴを落としました。
その際にはいずれも途方も無い数のBETA増援を受けましたが、いずれも排除しています。
今度の攻撃目標は確かフェイズ2、大幅に予測がずれていても4以上ということはないでしょう。
あの時よりも多い戦力で、あの時よりも少ないであろうBETAを叩く。
確かに内陸侵攻ということは洋上艦隊の支援は余り受けられませんが、こちらには陸上艦隊がある。
成功しないほうがおかしいと思いませんか?」
信頼と実績の8492戦闘団は、ハイヴ攻略にも定評があるのだ。
おまけに、今回の行動は合衆国付近の脅威排除と、ソ連の国土奪還の礎ともなりうる。
脅威がなくなることによりアラスカ付近の部隊が一部でも欧州方面に配備されれば、今度は欧州連合が戦略的に余裕を持つことが出来る。
そうなれば間接的に他方面への波及効果もあるだろう。
「まあ、言われてみるとそうかもね。
アンタたちの基準に合わせて物事を考えると疲れるわね」
疲れたような笑みを零されてしまうが、まあそれもそうだ。
この世界の常識から考えれば、さすがの8492戦闘団とはいえ、もうそろそろ息が切れてきてもおかしくはないと思う段階のはずだ。
実際には、戦略級シミュレーションゲームの終盤でありがちな塗り絵タイムに入ろうとしているのだが。
「アンタたちだけでやるというのであれば、どちらにせよ国連がどうこうは言ってこないでしょ。
向こうからすれば、タダでハイヴを破壊してくれれば万々歳、撤退になったとしても大規模間引き作戦として感謝感激。
もし撤退が出来ずに共倒れになったとしても、アンタ達が来る前から考えれば大きな進展があったという状況に変わりはなし。
G弾でも使うんでなければ反対は無いでしょうね」
ただ盛大に戦争をするだけであれば、意外と面倒は少ないのだ。
今まで非常識を押し通してきた8492戦闘団であれば全軍潰走とは考えにくいし、仮にそうなったとしても後詰の予備部隊は用意すると誰もが考えるだろう。
実際の所負けるつもりは全くないが、次の作戦に参加する部隊は二つのハイヴを落とすまでは予備兵力として待機することになっているので、想定外に予想外が重なって潰走となっても何とかなる。
「逆襲を受けたとして、作戦参加部隊に加えて数十個師団に洋上艦隊と陸上艦隊と衛星兵器まで持ち出してそれでも防げなかったら、さすがのアメさんも許してくれますよね?」
不安そうな笑みを浮かべて尋ねてみる。
「当たり前でしょ。
そこまでやって駄目だったら私だって許すわ」
香月副司令のお許しが出た。
これで作戦発動をしても大丈夫だろう。
それにしても、無理やりついてこられた時にはどうしようかと思ったが、結果としては話が早く進んでくれたな。
2002年1月9日水曜日13:00 日本国佐渡島 本土防衛軍第66師団本部 第二テレビ会議室
地上に戻るにあたって緊急会議の開催要請をこちらから出した俺は、手ぐすねを引いて待っていた国連軍将官たちを可能な限り全員呼び出していた。
主に物理的な要因からその大半はテレビ会議での参加であったが、まあそれはどうでもいい。
国連軍司令部、国連軍各方面軍司令部、さらには主だった主要国の要職まで参加するこの会議は、当然ではあるが俺の言い訳メドレーだけが目的ではない。
「さて、以上のことから、今回のハイヴ攻略に関しては事故であったことがご理解頂けたことと思います」
そのように締めくくった俺の言葉に対する反応は、大きく分けて二つだった。
前者は好意的なもの。
中にはモニター越しにも分かるほどに表情を愉快そうに歪めている。
後者は苦々しいもの。
人間というものは面白いもので、例え全体の損になる事であっても、自身や自国のメリットだけを追求する者がいるのだ。
俺の軽挙妄動を咎めたいが、何故BETAを倒したなどという言葉を発してしまえば、返ってくるのは人類の裏切り者という言葉しかない。
おまけに、今回の作戦では8492戦闘団だけを出すように強要した関係で、他国の部隊に損害が発生したという切り口も使えない。
その我々に地域限定とは言えフリーハンドを与えてしまった以上、この場に居合わせた人々に何かをいう資格はない。
身近すぎるせいか日本帝国の人々には理解してもらえないのだが、独立して戦力を維持どころか増強できる8492戦闘団という存在は異常なのだ。
現状ですらどうかという有様ではあるが、これ以上無茶を言い続けて俺が人類を見捨てるようなことになれば、人類は前と同じ状況に後戻りすることになる。
「さて、先の作戦についてはここまでとさせていただきまして、引き続いては国連軍統合参謀本部より依頼されておりました全般情報の要約を報告致します。
ああ、これはこの先にご説明しようと思っております作戦の説明につながるものですのでご了承ください」
メインモニター上に地球全体を写した地図が現れる。
この会議に参加している各自のモニターにも衛星回線経由で同じものが表示されているはずだ。
何人かは驚いているようだが、統参本部との業務提携と呼ぶべき契約は、国連軍司令部より正式に承認を受けたものだ。
明らかに異常な規模の軍隊を全くの無駄なしに運営し、そして成果を挙げる。
地球規模の戦略的な活動を行う国連軍にとって、我が軍の情報処理能力は得難い貴重なものである。
そういうわけで、上位組織としての権限をうまいこと使われ、8492戦闘団司令部ではいくつかの情報処理業務を請け負っている。
その一つが、世界規模での全般状況の要約だ。
正直な所それを外部委託するというのはどうかとも思うのだが、人類のリソースは限られており、我々の持つ能力はそれを補って余りあるものがある。
小規模なものから大規模なものまで、百を超える試験のような発注を受けた後に、太鼓判を頂いたらしい8492戦闘団はその業務を継続して行なっていた。
「まずは朝鮮半島戦線です。
二個軍団を展開する我が方に対し、敵は散発的に師団規模の突撃を繰り返すだけであり、戦域は安定していると言えます」
現在も継続して続けられている防御戦闘の様子が表示される。
次々と押し寄せるBETAたちの部隊を、こちらの防衛戦力が押し返す姿がモデル化された戦域地図の中で再生される。
こちらは連隊単位で連携して敵の攻撃に対抗しているのに対し、BETAたちはいたずらに突撃を繰り返すだけだ。
予備戦力も潤沢にある上、複数の陸上艦隊およびアームズフォートが配備されたこの戦線は鉄壁の防御を誇っている。
万が一にも抜かれるおそれはないだろう。
「続いてアフリカ戦線ですが、ようやく実働を開始した増援の一個師団が効果を発揮し、敵の攻撃を何とか押しとどめています。
現状はどちらかというと人類に優位な状況での防御戦闘といった状況です」
欧州方面から押し寄せるBETAたちは、スエズ運河付近を完全に制圧したアフリカ連合軍の防衛線を突破することができていない。
かつての北海道と同じく、既存の部隊は全て予備とされて戦力回復に務めていることから、長いスパンで見てもこの地域は何とかなるだろう。
こちらから出した増援は名前こそ一個師団ではあるが、一個陸上艦隊及び二個アームズフォートを基幹とし、そこに一個師団の戦術機甲部隊と支援部隊、さらには一個連隊の砲兵が付いている。
既存の部隊でも何とかやれていたところにこれだけの増援を受けて抑えきれなければ、それは最早こちらに落ち度があるとしか言いようがない。
「欧州戦線ですが、ドーバー海峡に突入した水上艦隊の支援を受けつつ、フランス西部への海岸堡の構築が進められています。
追い落とされた海岸への上陸ということもあり、士気は旺盛。
戦力にも今のところは不足はありません」
播磨級戦艦十八隻を主軸とする欧州方面義勇艦隊は、圧倒的な火力を武器に陸上部隊を支援していた。
その破壊力は余りにも強力すぎたらしく、おかげで欧州連合軍は予定を年単位で繰り上げて上陸作戦を敢行するに至っている。
物資は欠乏という域を超えていたはずなのだが、こちらの輸送船団が効果的だったようだ。
八十隻からなるその船団は、一個軍規模の陸上部隊を半年は動かせるだけの物資を搭載していた。
何を考えたかいきなりそんなもので世界一周旅行を考えた俺は、うっかりミスによりイギリス沖で燃料不足による遭難事故を起こしてしまったのだ。
このままではイギリスに寄港するしかありませんが、港湾使用料が払えないので物納させてください。
こちらの計算によると、搭載物資全てで何とか足りるかどうかですが、いかがでしょう?
ちなみに、物資は私が趣味で作った欧州規格の武器弾薬なのですがご勘弁ください。
そう言った時の欧州方面軍司令官の表情は今思い出しても笑える。