2002年1月3日木曜日23:38 朝鮮半島 半島防衛線左翼第七エリア野戦指揮所 野戦医療コンテナ
朝鮮半島を横断する防衛線を巡る戦闘は激化の一途を辿りつつあった。
だが、日本海から強襲上陸をかけた二個師団の戦闘加入により、戦線右翼の突破に成功。
戦況は人類優位に一挙に傾く。
日本海に面したこの地域を制圧されたBETAたちは、戦線の右側から順番に最前線の戦力比が逆転していき、連鎖的に戦力を失っていく。
対する人類側は、最低限の戦術機を除いては戦車と面制圧による戦線維持を確立させていき、徐々に戦力交代の余裕すら手に入れ始めていた。
初期に上陸した部隊は持てる全ての火力で海岸堡を支えることに成功したが、その犠牲として戦闘能力を喪失している。
機体は損耗し、弾薬は射耗し、戦力単位として使用することは出来ない状態になった。
だが、続々と上陸する増援部隊と補給により、無人機である彼らは比較的早期に戦線に復帰できる見込みだ。
「戦線右翼は完全に制圧、二個大隊までの砲兵を振り分けられます」
遂に各種薬剤の投与量が限界を突破した俺は、人工透析を受けながら野戦指揮所の主となっていた。
全身義体化しているのに許容量を越えるとかちょっと頑張りすぎだったな。
クスリ漬けの脳味噌と聞けば卑猥な感じがするが、それが男だと聞くと途端に興味を失ってしまうな。
この野戦指揮所は一個大隊の戦術機と無数の固定砲台、三個大隊の戦車によって防衛されている。
戦力が非常にもったいないように見えるが、これらは全て予備戦力であり、いざという時には部隊を前に出して治療室を兼ねたコンテナは後方へ下がることになっている。
<<こちら第一地上艦隊のグエン大佐だ。
閣下が下がっておられない。どういうわけだ!>>
スマンな大佐。
俺は陣頭指揮を取るという条件で機体を降りただけで未だに前線にいるんだ。
予備戦力の集結地域で、いざという時には下がるという条件を飲まされたのには困ったがな。
「グエン大佐、いざという時には俺は後方へ連行されるから安心してくれ。
今は義務を果たせ」
彼を安心させるために通信を入れる。
教育と洗脳の効果は絶大すぎるな。
最前線で、接敵前のグエン・バン・ヒューに他人を思いやる余裕を与えることが出来るとは。
<<了解しました閣下。
自分は義務を果たします>>
義務を果たせ。
まさに士官に対しては絶大な効果を発揮する言葉である。
「直掩戦術機は艦隊を援護しろ。
戦車部隊は中距離支援。敵を倒すことよりも防衛線を維持することを最優先だ」
全体の戦況はこちらの優位に傾きつつある。
戦線左翼は現在位置を固守するだけで、作戦目標を達成することが出来るのだ。
補給は日本海側からの長大な補給路を何とか維持しているが、既に戦線左翼では突撃砲の36mm弾以外は弾装にあるだけとなってしまった。
200両の輸送車両を手配していたが、この程度では運ぶそばから射耗というひどい事になってしまう。
<<中隊規模以下は無視しろ、要塞級が固まっている地域に殴りこむぞ!>>
グエン大佐の指示が聞こえる。
彼も全体の状況がよく見えているようだ。
今必要なのは大隊規模以上の集団を叩くこと。
それ以下は戦術機の仕事である。
「閣下、艦隊が突入を開始します」
報告に意識を戻すと、艦隊が片舷の砲を連続射撃しながら敵前線部隊へ斜めに滑りこんでいく姿が映っている。
次から次へと曳光弾を発射し、発砲炎を放ち、識別灯を微かに灯しながら艦隊は進んでいく。
その船体の各所から探照灯が照射されているのが分かる。
発砲炎を気にする必要のない相手だけに、戦場はとても明るい。
闇夜を切り裂く探照灯に照らし出されたBETAたちに砲弾が次々と叩き込まれる。
陸上戦艦は圧倒的すぎる破壊力を持っている。
<<撃て撃て撃て撃て!前に撃てば取り敢えず当たるぞ!
BETAどもを挽肉にしてやれ!>>
滅茶苦茶な防御射撃を浴びせながら陸上戦艦達が進んでいく。
その周囲を戦術機部隊が固め、砲撃を乗り越えた勇敢なるBETAたちを叩き潰していく。
「報告、第六エリアより連隊規模のBETAが流入中。
本指揮所を目的としていると思われます」
またひとつ、最前線に取り残された大隊が全滅したようだ。
そのエリアにいたBETAたちが別のエリアへと流れこんでくる姿が表示された。
BETAらしい素直な行動である。
ある程度の戦力が固まっているこの地点を目指すことは、彼らの習性からすれば当然の行動だ。
「前線部隊だけでは厳しいだろう。
予備の二個戦車大隊を投入しろ。速やかに敵戦力を殲滅しろ」
戦線を粘り強く支えるのには戦車が最適だ。
彼らは平面に限って言えば、戦術機に劣らない機動力を持っている。
それでいて持っている火力は自動装填式連装155mm砲という強力なものだ。
電波妨害もなく、衛星からの目標情報を受け取れる今、彼らは主力戦車の名に恥じない火力を持っている。
「第642および643戦車大隊は移動を開始。
前線に合流します」
「報告!第十九師団は上陸を開始、上陸後は中隊単位で戦線左翼に合流します」
「戦線右翼の第十七および十八師団は西進を続行。
敵の抵抗はあれどこれを粉砕」
「黄海に侵入した第二艦隊第一分艦隊は敵の抵抗を受けず!
本体上陸は予定通り2340時の予定!」
一時はどうなることかと思ったが、状況は完全にこちらに傾いたままだ。
実は未だにBETAの増援は続いているが、S11弾頭バンカーバスターの乱れ撃ちにより地中侵攻は途絶えている。
おかげで復興支援は大変なことになりそうだが、そんな未来の話は後で考えればよろしい。
光線級を発見するなり他の戦線から引きぬいてでも猛烈な対砲兵射撃を叩き込み続けたかいがあったというものだ。
物量が売りのBETAではあるが、物量が特長である以上、やはりそれ以上の物量には耐えられないようだな。
<<こちらクラウンビーチのベルツ中佐!
要塞級多数を確認!話が違うぞ!>>
病室のモニターが拡大される。
黄海側にある戦線左翼第一エリア、その上陸堡である作戦呼称『クラウンビーチ』では、激烈な上陸戦闘が繰り広げられていた。
BETAたちには砲撃支援も航空支援もないが、とにかく数だけは豊富にある。
パンジャンドラムの一斉投入による海岸地帯の無力化に時間をおかず、後を追いかけさせた海神達が上陸。
彼らがこじ開けた僅かな隙間に上陸第一波の混成部隊が滑りこみ、局所的優位をもぎ取った。
本来であれば全て無人機で済ませたいところなのだが、残念なことに有人部隊がいる。
これは、どういうわけだか指揮官に人間を配置することにより、無人機たちの能力がアップすることを理由としている。
例えば、8492戦闘団の指揮官は俺だが、その下の連隊や大隊、中隊や場合によっては小隊の指揮官を人間が務めることで効果が加算されていく。
「こちら野戦指揮所。
すまないが中佐、何とか支えてくれ。
二個戦術機甲大隊まで予備戦力使用を許可する」
ベルツ中佐は戦術機特性の問題を解決できず、パワードスーツ、この世界流に言う所の強化外骨格装備までしか持っていない。
もちろん、彼の配下には一個戦車中隊および戦術機甲中隊がいるが、この戦況においてはささやかなものでしか無い。
そのため、地上部分の戦線から予備戦力の投入を許可する。
今後続々と上陸部隊が駆けつけることを考えれば、手持ちの予備戦力の投入は決して失策ではないと信じたい。
<<了解!上陸戦闘を続行します!>>
戦線左翼では最も多い戦力を有している第一エリアは、増援を受け取りつつも劣勢に立たされている。
当然といえばそうなのだが、戦線右翼後方に展開している砲兵からの支援を受けられない位置にいるからだ。
「水上艦隊の対地砲撃を繰り上げて開始。
クラウンビーチへの支援を開始します」
8492戦闘団は、その大半が無人機および無人指揮ユニットで構成されている。
優れた人間の指揮官に比べれば随分と硬直した思考しかできないが、マニュアル通りに対応させるには随分と贅沢な能力を持たせている。
<<こちらベルツ中佐。海岸に迫りつつあった要塞級集団を撃破。
艦隊の支援に感謝する>>
弾薬庫の中身を一発残らず叩き込む許可を受けた水上艦艇たちは、持てる全ての火力をBETAに叩き込み続けている。
砲数や口径からして彼女たちの戦闘力は一個師団に相当するものであり、光線級の脅威を潰しているこの戦場においては圧倒的だ。
「間もなく上陸海岸への支援砲撃ができなくなります。
艦隊は照準を内陸部分へ移行」
誤射を防ぐために海岸へと向けられていた支援砲撃が内陸部へと目標を変える。
未だに海岸部分は安全ではないのだが、支援すべき人々を吹き飛ばすわけにもいかない。
「光線級の脅威は低いんだな?」
レーダー上に湧き出るように光点が現れていく。
光線級の反応を見るためのUAVが続々と海岸上空へと乗り込んでいく。
一切の武装を付けていない、純粋に偵察だけを目的とした小型ヘリコプターである。
武装を排除した代償として、高い機動力と偵察能力を持っている、8492戦闘団の無人兵器としては珍しくない単機能兵器だ。
「高度25m以下のUAVは全機無事です。
どうやら光線級は砲弾の迎撃に全力を投入している模様」
困った話である。
電子機器を満載した高価な囮に反応せず、砲撃の威力を削ぐことに全力を注ぐ。
つまり、BETAたちは少しながら学習しているということだ。
「少し早いが第二陣の戦術機を上陸させろ。
奴らが砲撃を無力化しようというのならばそれを利用してやれ」
厄介な行動ではあるが、こちらには限定的ながらも豊富な物量がある。
BETAたちが砲撃を邪魔するのであれば、制圧射撃を続行できる間に部隊の上陸を前倒しさせるだけだ。
結果として、上陸の前倒しは正解であった。
決定から三十分で上陸に成功した戦術機はおよそ二個大隊。
わずか三個中隊の犠牲で跳躍による強襲上陸は完了した。
「クラウンビーチ周辺の安全確保、上陸堡を確保しました」
また作戦が一段階進んだ。
海岸付近の安全確保を確認し、揚陸艦から次々とホバークラフトが発進する。
自らが海岸に乗り上げるビーチングで部隊を送り込む戦車揚陸艦は、リスク分散の観点から採用されていない。
おかげで強襲揚陸艦の隻数を大幅に増やさねばならなくなったが、結果としてこれは当初の目論見通り正解だった。
光線級による迎撃は行われていないが、行われていた場合、戦車を含む重装備はその大半が海の底に沈む結果となっていたからだ。
いくらBETAたちが融通の効かない存在だからといって、流石に多数の兵器を満載した艦船が海岸線に殺到すれば目標を変えるであろうことは容易に推測できる。
「戦車部隊の上陸成功、直ちに戦果拡張に投入します」
レーダー画面上では、水上艦隊から無数の光点が離れていく。
上陸堡の確保を受けて、戦術機母艦を離艦した戦術機部隊が跳躍で戦線へ飛び込みつつあるのだ。
海神および重装備歩兵による海岸堡確保と、戦車部隊による戦果拡張、その後の戦術機による内陸侵攻。
戦術機という選択肢が一つあるだけで、強襲上陸作戦は格段に難易度が低いものになっている。
「アームズフォートギガベース一個小隊が上陸に成功、ベルツ中佐の指揮下に入ります。
続いて戦線後方にLCAC部隊上陸、物資の輸送任務につきます」
これでようやく戦線左翼への補給ラインが確立できそうだ。
当初の目論見を遥かに超える敵の増援に対し、ハイヴ包囲部隊から何とか捻出させた物資を当てることで辛うじて戦線を維持できていたが、限界は近かった。
後先を考えずに砲弾を叩き込み続けているからこそこの戦線は維持できている。
だが、逆に言えば、そのような消費を補給も無しに長く続けることは出来ない。
現在物資の荷降ろし中である艦隊には、五隻の強襲揚陸艦が純粋に物資だけを積みこんで同行している。
これで何とかなるだろう。
「報告!ハイヴ突入部隊は反応炉を破壊しました。
プラント設置可能です」
報告と同時にモニターにルーデルが映しだされる。
「閣下、報告いたします」
その言葉に背筋を伸ばす。
偉大なる破壊神からのお言葉だ。
きちんとした態度で受け止めなければ不敬にあたるというものだ。
「鉄源ハイヴの反応炉破壊に成功しました。
現在内部の掃討中ですが、もう無人機に任せておいても大丈夫でしょう。
既にネクストたちは地上へ向けて移動中、私も機体の整備が完了次第向かいます」
そこまで報告すると、彼はちらりと視線を別の方向へ向けた。
恐らく、通信ウィンドウの他に戦域地図も出しているのだろう。
「地上の戦線はかなり難しい状態のようですね。
閣下、プラントの設置を進言いたします」
海上輸送路は確立したが、今、目の前に豊富な武器弾薬を呼び出せることには大変な価値がある。
目の前のハイヴを制圧できた以上、自重する必要はない。
「直ぐに始めよう。
組立ラインとパーツ生産で工廠を作らせろ。
弾薬の方は作れるだけ作る。
砲兵の火力がなくなったら戦線の維持ができない。急がせろ」
陸上戦艦隊が切り開いた隙間に戦術機部隊が流れこみ、砲兵および戦車隊の支援射撃を借りて戦線を押し上げていく。
頭数だけでは圧倒的に不利な我軍だが、BETAに火器がない以上、こちらの戦力は二倍にも三倍にも換算できる。
さらに戦術機一機あたりの火力が大幅に向上している第四世代機は、さらに倍数を上げることが出来る。
艦船の支援もあるし、残弾わずかとはいえ砲兵の支援も健在だ。
最低でも軍団規模の上陸部隊がなければ強襲上陸は危険であるとか、艦隊はもっともっと必要だとか、色々と教訓を得ることの出来る作戦だったな。
2002年1月4日金曜日21:15 地球近傍空間 8492戦闘団宇宙警戒艦隊 宇宙巡洋艦『ノルマンディー2』
ようやくの事で脳内の薬剤や化学物質が正常値に達したことを知らされた俺は、すぐさま宇宙へ上がっていた。
強行偵察のはずがハイヴを落としてしまったことで全世界に衝撃が走っており、このまま地球上にいたのでは確実に軍団規模の面倒事が押し寄せてくるからだ。
その判断に間違いはなく、地球に戻り次第の出頭命令が出ていた。
無事に降り立てるならば帝都に直接来いと言われているあたり、待っているのは身柄拘束かもしれない。
こんな事ならば横浜基地での拘束か査問会招致の時に全基地で抗議の籠城と部隊配置を行わせて恫喝しておけばよかったな。
「報告いたします。
朝鮮半島全域の制圧を確認しました。
また、佐渡島より追加の一個師団の増援が到着、既に師団戦力の半数が上陸を完了しております」
ハイヴさえ落としてしまえば、あとの話は早い。
最前線に組み立て工場を作るというRTSによくある正気を疑うような方式を取ることで、早急に増援部隊を送り込める我が軍に不利という言葉は存在しない。
相変わらず中国方面は増援祭りであるが、そんなものは火力で粉砕すればいい。
<<旗艦より各艦、全兵器使用自由。全艦長距離打撃戦用意>>
<<オールウェポンズフリー。全艦長距離打撃戦用意。目標データ送信中>>
補給を完了した陸上艦隊の放つ火力は圧倒的だった。
水上艦艇のそれに全く見劣りしない主砲、無数の副砲、陸戦兵器として考えれば十分すぎる破壊力の機関砲。
それらを残弾を気にせずに撃ち続けられるだけの搭載量と、任意の場所へ運ぶための強靭な船体。
火力・防御力・機動力の全てを極めて高いレベルで兼ね備えているこの兵器は、まさにチートの一言に尽きる。
<<ヴィクトリー以下陸上戦艦は、突撃破砕砲撃の準備を完了>>
<<聴音部隊展開完了、艦隊全周にソナーバリアを展開しました>>
<<第六次長距離砲撃完了>>
彼らの目的は、BETAたちを叩き潰しつつ引きつけることである。
ビック・トレー級陸上戦艦八隻、ヘヴィ・フォーク級陸上戦艦三隻、ドレッド・ノート級水陸両用巡洋艦十二隻、ジェレミー・ボーダ級アーセナルシップ四隻。
これらの持つ火力は三個師団に相当する。
後先を考えない連続射撃は長期に渡る防衛作戦では禁忌とも言える行いだが、半島を守るために展開している八個師団が戦線をしっかりと支えている。
<>
回頭点に到達したことを確認したダンブロジア大佐は、必要以上に大きな、そして自信に充ち溢れた態度で命令を下す。
洋上艦艇と変わらぬスムーズさで艦隊は進路を変更し、自分たちへと突き進むBETA集団へ横腹を晒す。
輸送機で朝鮮半島最南端へ降り立ち、建設が始まった高速貨物鉄道で可能なかぎり北上、その後輸送車両で最前線に到着した彼は、嬉々として指揮を行っていた。
一応の名目は司令官代理。
だが、日本本土からの干渉を受けず、黙認を得ている今、彼は事実上の指揮官であった。
<<回頭完了、BETA第一集団との距離は想定範囲内>>
<<艦隊周囲のBETA戦力は想定より少ない。現在戦術機部隊が防御戦闘中。
艦隊の損害無し。重光線級は未だ有効射程外と思われます>>
<<地中聴音部隊より報告、艦隊へ向けて接近中の音源八つ。いずれも師団級と思われる>>
<<無人偵察機部隊なおも移動を継続しつつあり、砲撃観測準備完了>>
入ってくる情報は全て想定の範囲を超えていない。
それにしても、タイムラグ0.1秒以下で地球上で作戦行動中の部隊を掌握できるのはありがたい。
おかげで安心して部下たちに全てを丸投げすることが出来る。
<<主砲、左砲戦用意、全砲門およびVLS砲撃準備>>
副砲や機関砲、周囲を跳躍噴射で続行する戦術機たちが防御戦闘を繰り広げる中、戦艦たちがBETA第一集団へ向けて主砲を向ける。
VLSが装甲ハッチを開き、戦術機たちは徐々に距離を開けていく。
<<全艦左砲戦準備完了。本艦隊攻撃準備完了>>
<<撃ち方はじめ>>
発砲。
無数の主砲全てが一斉に死と破壊を放つ。
さすがに軌道上からもその姿は見て取れた、とまではいかないが、彼女たちの破壊力は高効率教育訓練センターでのオデッサ作戦にてジオン軍歩兵として味わっている。
閃光、轟音、噴煙。
巨大な主砲が砲弾を吐き出し、続いてVLSから誘導弾が発射される。
放物線を描いて飛んでいくそれらは、地平線のかなたから放たれたレーザーによってたちまち迎撃される。
しかし、それは全て予定された現象だ。
<<重金属雲発生。BETAはAL弾を迎撃しています>>
これで一つ心配が減った。
AL弾を迎撃するということは、BETAたちはまだ十分に学習していない。
少なくとも、現在押し寄せている目の前にいる集団は、だが。
<<アーセナルシップ砲撃を開始せよ。艦隊は砲撃を続行。重金属雲が必要な濃度に達するまで続けろ>>
命令を受け、艦隊の傍らを進んでいたタンカーのようなアーセナルシップが無数の装甲ハッチを開く。
電気信号により速やかに命令が伝えられ、一艦あたり500セルのVLS全てが攻撃を開始する。
轟音と噴煙がその甲板から撒き散らされ、次々と誘導弾が発射されていく。
まるで逆再生でゲリラ豪雨を見ているような錯覚を覚えるそれは、圧巻のただ一言である。
2000発の誘導弾たちは、艦隊上空にいる頃から始まった光線級の迎撃によってその数を減じつつもBETA第一集団へ向けて突進する。
その尽くが迎撃されるが、それも予定通りだ。
というよりも、AL弾とは迎撃されて初めて役割を果たすことができる。
<<続けて第六十八戦車師団は全て展開。奴らの先頭は直ぐに来るぞ。
第八十三戦術機甲師団も展開開始、戦車師団を援護しろ>>
強襲揚陸艦たちが次々と停船し、甲板から戦術機を、下部スロープから次々と戦車を吐き出していく。
彼らはまもなく現れるであろう突撃級の先鋒と、地中から出現するであろう増援部隊を叩くことが任務だ。
あとはもう、艦隊が全滅するかBETAたちがいなくなるまで同じことを続ければ良い。
「報告いたします。
火星方面より接近中の目標374および375への迎撃が間もなく着弾します。
のこり7秒、5、4、3、弾着、今」
多弾式核弾頭の放つ閃光が宇宙を照らし出す。
地球近傍空間は、完全に人類が管理する地域になっていた。
以前から展開している国連宇宙総軍の防宙兵器、8492戦闘団が展開した宇宙艦隊、スペースコロニーや小惑星基地が備える防御兵器。
そういったものたちが織り成す死と破壊の連鎖は、従来とは比べものにならないほど容易にこれ以上の敵戦力を地球に送り込まないための状況を維持している。
<<本日も桜宙運をご利用いただき誠にありがとうございます。
ご搭乗の皆様へお知らせいたします。
当機はまもなく終点、サテライトベースに到着いたします。
お忘れ物のございませんよう、お手周りの品を今一度ご確認ください。
まもなく終点、サテライトベースに到着いたします>>
本艦に付き従うようにして移動していた移民第一弾を載せたシャトルが宇宙ステーションへと接近していく。
太平洋上の巨大メガフロートから打ち上げられた移民船は、ランド1やランド2へ移民希望者たちを送り込みつつ、科学者たちを最後の目的地へ送り届けようとしていた。
<<ご乗船の皆様へお伝えいたします。
本艦隊天頂方向より迫りつつあるBETA着陸ユニットは、護衛艦隊により破壊されました。
破片破砕射撃も無事完了し、本艦への損害は起こりえません。
与圧隔壁を開放します。目的地到着まで、どうぞお寛ぎください>>
客席を区切るように下ろされていた隔壁が開放され、天井付近を漂っていた特殊硬化ゲル剤が空調設備に吸収されていく。
宇宙貨客船である以上、安全を第一に考えた設計が重要である。
迎撃戦開始時には随分と緊張していた乗客たちが安堵の表情を浮べている様子がモニター越しにも見て取れる。
「移民の皆様は安心してくれているようですね」
傍らに座る香月副司令に笑みを向ける。
俺の星外逃亡を移動経路から割り出した彼女は、護衛を付けないという条件にすら従って同行していた。
対外的には無重量空間での実験のため、実際には個人的好奇心か俺への嫌がらせからの同行であったが、既に一生分の驚異を味わったためかぐったりとしている。
今にして思えば、メガフロートに普通に着陸した本艦を見た時が最大の驚きだったかもしれない。
当たり前のように再突入を行って滑走路に垂直着陸を行った『宇宙船』があるのだ。
おまけにそれは推進剤の補充が終わるなり垂直離陸を行い、外付けブースターなどを使わずに自力で重力圏脱出を行ったのだ。
彼女としても、実際に搭乗していなければ実在を信じる事すら出来なかっただろう。
気怠そうにリクライニングシートに体を預ける姿は非常に情欲を掻き立てられるが、ここは1G管理区域なので無重力での斬新なセクハラを行うわけにもいかない。
「なんでもいいわよもう。
取り敢えず、ステーションに到着したら報告書の作成を手伝ってもらうわよ。
まったく、なんでアンタの言い訳のために私の貴重な時間を使わないといけないのよ」
勝手についてきて随分な言い草だが、お願いをしている側としては何かを言うわけにはいかない。
宇宙で自分がいなければ解決できない致命的な問題が発生した、という嘘くさい理由で俺は地球を逃げ出した。
だが、当たり前の事だがそのために文書での説明を求められることになってしまった。
まったく、これならばいつぞやの前任者のように「フン、この非常時にですら団結できない貴様らに語る口を持たん!」とか言って、勝手に一人BETA戦争をすればよかったのかもしれない。
まあ、そんな事をすれば、オリジナルハイヴを落とそうと戦力を集めたあたりで恐慌状態に陥った全世界との戦争に突入することになるんだがな。
最後はアメリカにG弾の雨を降らせていたが、彼女は全人類からの敵意という現実に最終的には狂っていたんだろうな。
「全くもって申し訳ありません。
ですが、その分の埋め合わせは存分にさせていただきますからご容赦ください」
可哀想な前任者に内心で哀悼の意を捧げつつ、俺はにこやかに謝罪した。
それと同時に今後の戦略を再確認する。
ユーラシア大陸への橋頭堡は確立できた。
次は、欧州への支援だ。
彼らが自力で何とかできる状況まで持っていければ、残すところはいよいよ最終決戦だけである。