2002年1月3日木曜日07:30 朝鮮半島沖合15km 作戦名『フェイズ・ワン』艦隊 旗艦リムファクシⅣ
「全部隊に次ぐ、こちらは第66師団現地指揮所。
現時刻を持ってフェイズ・ワンを開始する。
作戦参加各部隊は、所定の方針に基づき、適切なる行動を実施せよ」
抑揚に欠ける俺の号令を持って、作戦は開始された。
この作戦名についての説明はさておき、本作戦の目的は鉄源ハイヴの攻略および朝鮮半島の確保である。
「播磨以下第一戦隊は直ちに艦砲射撃に移ります。
全艦対地攻撃体制へ移行。各艦より了解信号受信中」
俺の命令に従い、洋上艦隊の主力を構成する二個戦隊六隻の戦艦たちが増速を開始する。
彼女たちは艦隊の大半を構成するジェレミー・ボーダ級アーセナルシップの支援を受けつつ海岸のBETAたちを叩くことを目的としている。
上陸海岸の制圧、橋頭堡の確立、橋頭堡の安全確保、進撃路の確保、大陸方面の封鎖、ハイヴへの突入地点の確保、ハイヴ内部の進撃路確保、鉄源ハイヴ反応炉の破壊。
大枠で分けてこれだけの段取りが必要な本作戦では、大陸方面への防衛線確立までが最重要課題である。
そこまで出来れば、後は時間が解決してくれる。
「全パンジャンドラム離艦完了。海神部隊離艦を開始します」
ここまで苦労して曳航してきたパンジャンドラム達が進撃を開始する。
彼らは地上という光線級の脅威を受けづらい地域を突進する自律誘導弾だ。
強襲上陸においては大変に価値のある働きをしてくれることだろう。
「全艦誘導弾発射筒展開、砲撃座標入力、洋上艦隊の攻撃完了に合わせ砲撃せよ」
本作戦は極めて常識的な上陸作戦だ。
近代化改装を受けた六隻の播磨級戦艦が55口径53cm三連装四基の主砲と片舷に八基ずつの127mm砲を出来る限りの速度で放ち続け、アーセナルシップが対地誘導弾を発射する。
主力艦を取り囲む巡洋艦や駆逐艦隊も全ての備砲およびVLSを発射する。
それに合わせ潜水艦隊から水中発射式対地誘導弾が放たれ、止めにパンジャンドラム達が突入し、海岸付近のすべての障害を吹き飛ばす。
文字にすればたった三行。
発射速度と同時発射数が異常なことを除けば、別に大したことではない。
「水上艦隊全艦発射準備完了。本艦を含む潜水艦隊も発射準備を完了しました」
部下たちの報告に耳を傾けている間に準備は完了したらしい。
さて、それでは強襲上陸を開始するとしよう。
「上陸はなんとかなるかね?」
曖昧な問いをオペ娘にする。
彼女は一人参謀団として成り立つだけの情報処理能力を持たせており、文字通りの参謀役として役に立つようになっている。
「はい閣下。ハイヴ突入までは全く問題ありません。
問題があるとすれば、大陸方面への防衛線確立です。
想定では現有兵力で対処可能ですが、二個軍団以上の増援が出現した場合、反応炉破壊後に撤退する必要があります」
当然の回答が返ってくる。
こちらにはルーデルがいるのだから、ハイヴに突入するまでは全く心配がない。
だが、反応炉を破壊した後に、この地域を確保しておけるだけの戦力を維持できるかどうかが難しい。
ここは端とはいえBETAたちの地球上における本国であるユーラシア大陸だ。
どれだけ楽観的に考えても独力での対処が困難である大規模な増援がやって来ることだろう。
「まあ、そこを何とかするのが俺の仕事だな。
本土はどうなっている?」
主モニターの映像が切り替わり、帝都城周辺の戦域地図が表示される。
帝都城正門前に設置された師団本部、そこに展開する一個歩兵中隊。
彼らに接近するように、帝国軍のマーカーが迫る。
「帝都城に派遣した部隊が決起軍を至近距離で確認しました。
戦闘開始は時間の問題です」
行動開始は確認できていたが、本当に帝都城へ部隊を派遣すると驚きだ。
残念だが、仕方あるまい。
「指揮下全部隊に通達、IFFコードを変更。
確認されている全ての決起軍部隊を敵性に分類、事前の命令に変更はなし。
攻撃を受けた場合には、全力で反撃せよ」
逃げようにも逃げられずに参加しているものもいるだろう、これが最善か分からずに参加しているものもいるだろう。
だが、その様な人々は残念ながら許容すべき損害として無視する。
決起軍に参加してしまったという事実を持って、諦めてもらうしかない。
「帝都への増援部隊は如何いたしますか?」
現在帝都入りしている部隊は、歩兵中隊と言う名前の軌道降下兵中隊だ。
名前こそ強化装甲服だが、実際には小型戦術機のようなものであり増援は必要ない。
「現地の部隊で何とかなるだろう。
だが、戦闘ヘリコプターと艦隊から戦術機は出してやれ。
軌道降下の準備は大丈夫だな?」
帝都城の防備という点ではそうなのだが、彼らは長距離を高速で移動する能力はない。
そのあたりは、別の部隊で支援を行う必要がある。
横浜基地で“集中整備中”だった戦闘ヘリコプター団と、千葉県沖を“慣熟訓練中”だった艦隊は、想定通り役に立つようだ。
軌道降下といっても、再突入殻を本土に打ち込むわけではない。
植民地海兵隊のドロップシップ十八隻と、地球連邦軍機動歩兵の降下艇二十隻のセットを塔ヶ崎離宮へ送り届ける事が目的だ。
中に入っているのは帝国軍へ提供予定の廉価版強化装甲服の一団だが、着用者の皆様はどちらも喜んでくれた。
小銃一つでエイリアンの大群に立ち向かってきた彼らならば当然の反応だが、本作戦の結果次第では、帝国軍の皆様も喜んでくれるだろう。
2002年1月3日木曜日19:30 日本帝国 帝都 帝都城正門前 第66師団師団本部
「接近中の部隊へ告ぐ。
こちらは第66師団師団本部護衛中隊である。
現在帝都近隣に出動要請は出されていない。所属、官姓名を名乗れ」
宇宙服のような倍力装甲服を着込んだ大尉は、接近しつつある歩兵大隊に向けて問いかけた。
礼儀として質問の形をとってはいるが、大尉は自分たちの眼前に迫る諸兵科混合大隊が反乱軍であることを知っている。
既に倍力レベルは最高まで上げてあり、緊急用ロケットブースターや多銃身機関銃の安全装置を解除している。
「我々は憂国烈士団である!
既に情報が入っているかと思うが、我々は帝国の現状を憂い、決起した!
貴官らも帝国軍人なれば、我らの気持ちは分かるはずだ!
速やかに道を譲り戦列に加わりたまえ。同意できないとしても武装を放棄せよ!」
先頭を進む大隊長の言葉と共に、前列を進んでいた歩兵達が突撃銃を構える。
その数は20人。
大尉が着込んでいるものがただの見掛け倒しの装備であれば、外見上は耐えれたとしても背中に冷たいものが流れただろう。
しかし、彼は8492戦闘団に所属する、この世界からしたら想像すらできない科学技術を元にした装備を施された実戦経験者だ。
先頭の全員が彼に対して一斉射撃を行ったとしても、恐れるべき何も無い事を理解している。
「無礼者!貴官らは帝都城に向けて銃を向けていることが理解できないのか!
反乱が発生したことは小官も聞いているが、反乱軍だとしてもやって良い事と悪い事の区別もつかんのか!」
彼の一喝と共に、展開していた歩兵中隊は全員が戦闘態勢を整えた。
多銃身機関銃を向け、ガンマ線レーザーポッドを構え、セントリーガンを展開し、重機関銃を旋回させ、無反動砲を肩に担ぐ。
大隊長は困惑した。
いくらなんでも余りに戦闘的に過ぎる。
自分たちに与えられた任務は帝都城周辺の確保であり、膠着状態を作り出すことだ。
しかし、このような余りにも政治的に問題な場所で、一触即発な状況を作り出すことは双方ともに非常に好ましくない。
決起軍の攻撃は一発でも外れれば帝都城に飛び込むし、警備側は一発でも外せば背後の中央官庁群に飛び込んでしまう。
大隊長の見る限り、少なくとも8492戦闘団側はその事を欠片も恐れていないように見える。
いや、むしろここまで準備していたことを考えれば、戦闘状態を望んでいるようにすら見える。
これは注意しなければならない。
威圧に負けてこちらから一発でも発射してしまえば、彼らは必ず全力で反撃するだろう。
装備がどれだけ優れているのかはよくわからないが、仮に彼らを倒したとしても、後ろに控える斯衛軍が襲いかかってくるはずだ。
「どうした!あくまでも銃を下げないつもりか!」
大尉は強気な姿勢を崩さなかった。
むしろ、挑発的とも言える態度を取っている。
その様な状況の中、彼の部下たちは次々に戦闘準備を向上させつつある。
師団本部の天幕の前に装甲トレーラーが滑りこみ、その荷台の上に四連装重機関銃がせり上がる。
荷台に載せられたサーチライトが引っ張り出され、次々と点灯していく。
装甲兵員輸送車が正門前に走っていき、正面装甲を決起軍に向けつつ機関砲を明らかな起動状態にする。
「反乱軍に告ぐ、こちらは第66師団師団長である。
貴官らは帝国の法を犯し、帝都城に向けて銃を向けている。
これは明らかな反乱であり、恐れ多くも」
折角の師団長の演説であったが、彼女の演説は途中で遮られてしまった。
サーチライトで照らし出され、さらに拡声器で増幅された大声量で“反乱軍”と決め付けられた事に激怒した一人の青年将校が発砲を行ったからだ。
その瞬間を見た大隊長は驚愕した。
自分の目の前に立っていた大尉。
強化ガラスらしい顔面を覆う部分に命中した軍用突撃銃の銃弾は、簡単に弾き飛ばされてしまったのだ。
「報告!」
銃撃を受けた大尉は、自身の拡声器にも接続されている状態で無線に向けて叫んだ。
「2002年1月3日1930時29秒、当方は反乱軍に攻撃を受けた!
全部隊応戦せよ!直ちに応戦せよ!」
大隊長は慌てて釈明しようとしたが、それは叶わなかった。
青年将校の突然の発砲に唖然としていた彼の大隊に向け、撃たれた側の8492戦闘団は一斉射撃を開始したからだ。
凶暴な多銃身機関銃が唸りをあげ、必殺のガンマ線レーザーが不可視の殺人光線を放ち、重機関銃が人体を粉砕し、無反動砲が数少ない装甲車両を吹き飛ばす。
最前列の兵士たちは機関銃弾によって全身を引き裂かれる。
その後列にいた兵士たちは、致死量のガンマ線を照射され、何が起きたかも理解する余裕もなく絶命していく。
陣地やトレーラーに据え付けられた重機関銃たちは、12.7mm弾を遠慮無く兵士たちへ叩き込み、目を背けたくなるような惨殺死体を量産した。
最初の斉射は不意打ちだったこともあり、決起軍側はいきなり97名もの死者を出した。
直ちに反撃に移ろうとするものの、彼らの視界には帝都城がそびえ立っている。
どうしても銃撃に踏み切ることができない。
「直ちに戦闘ヘリコプター団を呼び出せ!横浜基地および新潟基地に連絡!
可及的速やかに戦術機甲連隊を帝都に入れろ!佐渡島基地へも増援要請!」
ロケットブースターで急上昇しつつ反乱軍兵士たちを虐殺していた大尉の装甲服からは命令が垂れ流されている。
彼は状況をどこまでも拡大するつもりのように命令を受けている。
<<攻撃をやめろ!只今の攻撃は我らの本意とする所ではない!
直ちに撃つのを>>
突然始まった戦闘を制止しようと、遅れてきた決起軍の戦術機から戦闘中止の呼びかけが成されるが、それを最後まで言い切る事は出来なかった。
彼が連れてきた二人の衛士のうち、片方が正門を塞ぐ戦闘装甲車に向けて誘導弾を発射したからである。
放たれた誘導弾はどう考えても必中するべき状況だったが、車両に搭載されていた散弾発射式対誘導弾システムによって直前で撃破されてしまう。
いろいろな意味で硬直してしまうその展開を、8492戦闘団は見逃さなかった。
「全軍に警報!反乱軍は戦術機で帝都城の正門を突破しようとしている!
繰り返す!反乱軍は戦術機を含む大隊規模以上の戦力で帝都城を襲撃中!
戦術機による攻撃を受けている!このままでは支えきれない!直ちに増援を求む!」
大尉の装甲服は拡声器で過剰反応そのものの危険な言葉を吐き出し続ける。
一瞬言葉を失った衛士たちだが、彼らが我に返る時間はなかった。
<<飯田!貴様なぜ、回避しろ!!>>
無線を聞いていただけではわからない言葉の後に、何が起こりつつあるのかが容易に分かる事態が発生した。
接近中の戦術機を捕捉した戦闘装甲車から、合計四発の対戦術機誘導弾が発射されたのだ。
高加速であり、極めて高い機動性と自己鍛造弾頭を持つその誘導弾は、近距離だったこともあって三機の戦術機たちを一瞬で破壊した。
「応戦せよ!応戦せよ!」
拡声器からは相変わらず攻撃命令が発せられ続け、決起軍は貴重な歩兵戦力を減らし続けていた。
遠慮無く重火器を使用する敵に対し、彼らが出来ることは無かった。
繰り返すが、元々ここへ派遣されているのは膠着状況を作り出すための、戦闘ではなく威圧を目的とした部隊である。
盛大に攻撃が行われている正門に呼応するように、帝都城の別の方角から曳光弾の煌きが空に向かって放たれる。
銃声と砲声は帝都城の全周に広がっていき、それは日本帝国の中枢が戦闘状態に入ったことを全世界に宣言した。
2002年1月3日木曜日19:47 日本帝国 帝都 決起軍司令部
「帝都城に派遣した我が軍第一歩兵大隊は全滅しました。残存部隊は撤退中!」
「随伴する第七戦術機小隊全滅、生死不明!」
「第二支援車両小隊通信途絶!」
「待機中の第二歩兵大隊を投入しろ!戦術機も中隊規模で随伴させるんだ!」
慌ただしく命令がやり取りされている決起軍司令部は、大混乱に陥っていた。
当初より帝都城を防衛する斯衛軍との戦闘は想定されていたが、それはせいぜいが小競り合いレベルであり、大規模な市街地戦闘ではない。
職務を遂行することは当然ではあるが、一国の首都で盛大に戦闘を起こすことは、非常事態下においても避けるべき事である。
「やはり、8492の連中は別の命令を事前に受けていたのでしょうか?」
呆然としている狭霧大尉に、傍らに立っていた中尉が囁く。
その言葉に彼は何とか意識を取り戻し、少尉の発言について考察を試みる。
事前に何らかの命令を受けていたとしても、ここまで攻撃的なものであるはずがない。
彼らがいる場所は帝都城の正門であり、戦闘が激化すれば意図せずとも城内に戦火が及ぶ事は容易に想像できる。
決起後ならばまだしも、決起前にそれを許容するような命令が出されるはずがない。
だが、そうなると彼らは何を目的としてこのような状況を作り出しているのだろうか?
「わからん、とにかく今は、帝都全域を完全に掌握するのみだ」
狭霧は考察を中断させた。
今は納得が行くまで思考を巡らすべき時ではない。
彼は目を見開き、席を立つ。
「予備の戦術機甲中隊も出させろ!
合衆国の空母艦隊の現在位置はどこだ?」
政威大将軍殿下をお救いし、日本帝国をあるべき姿へと戻す。
そのための帝都占領であり、そのための帝都城への派兵である。
国連軍は、帝都での戦闘に遠慮はしないだろう。
余計な横槍を入れられないためにも、彼らの動向は常に把握し続けておく必要がある。
「合衆国艦隊は房総半島沖を航行中。警戒態勢は取っているようですが、積極的な作戦行動は取っていない模様」
モニター上の地図が拡大され、ほとんど動きのない艦隊の現在位置が映し出される。
示威行為一歩手前の、今のところは我関せずという態度が見えてくるが、それだけのはずがない。
何故ならば、この決起は合衆国の工作員たちの活発な行動をこれ以上留めておけないからこそ発生させたのだ。
「狭霧大尉殿、意見具申申し上げます」
先ほど囁いてきた中尉が、何かを決断したような表情で語りかけてくる。
彼らは同じ志を持った同志であり、そして狭霧の目の前の少尉は、武家の私生児ながら苦楽を共にしてきた古い仲間である。
従って、政治的信頼性は極めて高い。
「発言を許可する。改まってなんだ?」
狭霧は控えめにいっても固い人間だが、人間的に固いことと、柔軟性を持っていないことは必ずしもイコールで結ぶべき事ではない。
「大陸反攻までにかかる時間を考えれば、ここで合衆国軍の影響力を排除することは短慮ではないと自分は考えます。
帝都城の制圧に時間がかかっている以上、彼らには退場してもらうことが最良かと愚考する次第であります」
正しく短慮なのだが、彼らはそうと気付けないほど、知らぬうちに追い詰められつつあった。
帝都城の制圧は出来ず、8492戦闘団の動向は不明で、これ見よがしの位置に米軍の空母機動部隊が来ている。
増援は出しているが、あの非常識な“歩兵中隊”相手にそれだけで勝つことが出来るのかが判断できない。
おまけに、全ての制圧作戦を同時並行で行わせていたため、テレビ局の占拠とそれに伴う声明文の発表がまだである。
「報告!空母艦隊が増速しました!搭載部隊を横浜基地と合流させるものと思われます!」
「緊急報告!帝国軍広域データリンクと我々の通信が切断されました!
我々の指揮下全部隊も同様です!」
オペレーターたちから悲鳴のような報告が入り、広域地図の上部に『リンク切断』と表示が灯る。
反乱を起こしておいてなんだが、狭霧たちは日本帝国軍から一方的に切り離されてしまった。
これでもう、決起に参加しない帝国軍部隊がどう動くかがわからなくなってしまった。
「大尉殿、概略位置が掴めている今しかありません。
航空攻撃の許可を下さい!」
中尉が詰め寄る。
自分たちに賛同して決起してくれた百里および厚木空軍基地。
そこに死蔵されている航空部隊を使用して、一時的にでも合衆国軍の影響力を排除する。
彼らはそのような作戦を立てていた。
もちろん、艦隊へ攻撃を行えば合衆国の激烈な反応を誘発させることは容易に想像できる。
だが、彼らが艦隊を再編し、帝国近海へ派遣する前に事態を終わらせてしまえば、問題解決の場は外交に移る。
2002年1月3日木曜日東部時間05:47 アメリカ合衆国 バージニア州ラングレー 中央情報局 レインボー七号作戦室
「まずいことになりました」
工作官が青い顔をして上司に報告する。
彼女は日本帝国の上層部を抜本的に改革するための今回の政治工作で、現地と本土の中間に位置する立場を務めている。
「報告は具体的に頼むよ」
対する上司は冷静なものである。
太平洋地域全域を担当するだけの立場を持つ彼が、詳細も知らないトラブルの発生報告で表情を変えるはずもない。
「帝都で大規模な戦闘が発生しました。
現在、帝都城周辺で大隊規模の戦力が接触を始めています」
戦力の接触、ねえ。
上司は表情を変えずに内心で溜息を漏らした。
戦闘状態に入っていることは分かったが、予定が前倒しされたぐらいでそこまで狼狽えてもらっては困る。
「想定よりもかなり早かったが、戦闘が行われること自体は当初の予定通りのはずだが?」
戦闘が行われること自体は予定の範囲内なのだ。
そのために彼らは、本作戦にいくつものバックアッププランを立て、思いつく限りの冗長性を持たせていた。
だが、いつの世も人間は想定外の行動を取るものである。
「いえ、それが、テレビ局の占拠や声明の発表が完了する前なのです。
さらに、帝都城封鎖部隊が大規模な攻撃を受けたため、事前に潜入させた工作員からの連絡が取れなくなっています」
その報告に上司は眉を寄せた。
この程度の情報は、聞かれる前に報告してくれなくては困る。
それに、帝都城封鎖部隊の工作員といえば、先制攻撃を仕掛けて戦闘状態に持ち込むことが任務のはず。
想定外ではあるが、結果だけ見れば順調と言っていい。
「なるほど、それで、対策は?」
予想外の展開だが、挽回はまだ可能だ。
帝国軍は当然ながらデータリンクシステムを構築している。
少なくとも軍内部については声明文を発表することが出来るはずだ。
「それが、帝国軍だけでも情報を流そうとしたのですが、クーデターに参加した部隊は全てリンクから切り離されています。
そのため、不自然ではない形では情報を流すことが出来ません」
困った話である。
こうも先手を打たれているのでは、うかつな行動を取るわけにはいかない。
「それと、NSAからの偵察情報なのですが、クーデター軍の航空機部隊に動きがあるようです。
アツギとヒャクリの両空軍基地で、出撃準備が整えられようとしています」
航空機部隊という懐かしい言葉に、上司の思考は一瞬停止した。
短気を起こして帝都城諸共空爆で吹き飛ばしてしまおうというわけではあるまい。
そうなると、彼らが航空機で攻撃を行う必要がある価値のある目標とはなんなのだろうか。
まさか、国連軍基地を叩いて外国からの武力介入を先延ばしにするつもりか?
いや、そんな事をすれば新政権は間違いなく国連軍によって叩き潰されてしまう。
では、近隣の帝国軍部隊を潰すことが狙いなのか?
それもありえない。
落とす必要のある拠点の守備隊以外に対してクーデター軍側から積極的な攻撃を仕掛ける必要はない。
国軍がまるごと決起したならばまだしも、今回のクーデターはあくまでも一部部隊の暴走だ。
「あの、どうしたらよいでしょうか?」
不安気に上司を見る彼女を見て、遂に彼は溜息を実際に吐き出した。
どうやら、彼女に責任者を任せるのは早すぎたようだ。
「あっ、あの!こうなってはプランBへ以降ということで、沖合の艦隊を東京湾へ突入させてもよろしいでしょうか!?」
指揮権を取り上げようとしたことを察知したのだろう。
彼女は慌てて提案してきた。
空母機動部隊をわざわざ身動きの取れない湾内に突入させてどうするというのだ。
あきれ果てて口を開こうとした瞬間、上司は閃いた。
「艦隊の現在位置は関東近海だったな?」
確認しつつ、頭の中で全てが繋がっていく。
「直ぐに艦隊に連絡しろ!
クーデター軍の連中は我々の空母を狙っている!」
作戦室内の全員が素早くそれぞれの行動を開始する。
中央情報局で、対外工作に関わる人々なのだ。
だが、賞賛に値する彼らの動きを見てもなお、上司はもっと早く動けと叫びたくなる思いを抱いていた。
もし事態が最悪の方向へ動き続ければ、多くのアメリカの若者たちが死ぬことになる。