2001年12月24日月曜日23:40 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地
「しかしですね、研究用に捕らえるにしても、限度というものがあるでしょう」
戦闘が発生していることを示す微かな戦場音楽を聞きつつ、香月副司令に苦情を申し立てる。
発生直後は直ぐに鎮圧されるであろうとのんびりしていたが、まさかこうも鎮圧に手間取るとはな。
警報が鳴り響いてから既に一時間以上経過しているというのに、この部屋への増援すらやってこない。
「一つ提案をしてもよろしいでしょうか?」
部屋の最奥で拳銃片手に端末を操作している副司令に尋ねる。
事件発生直後は電話が通じていたのだが、現在のところ通常の内線と非常用の司令室との直通の両回線が不通になっている。
通信が途絶しているにも関わらず誰も彼女のところに安否の確認に来ないところを見ると、これは明らかな妨害工作の結果だ。
合衆国は自分たちのコントロールを受け付けない指導者を大変に嫌うが、国連の基地でここまでの大盤振る舞いをするとは思えない。
おそらくここまでの規模の騒ぎになる事は予想外だったのだろう。
「何よ?どうせする事もないんだし、聞くだけは聞くわよ」
おやおや、随分と冷静さを失ってしまっているようだな。
「結局のところ、外部との連絡は取れたのでしょうか?」
受話器に手を伸ばさず、キーボードをひたすら叩いているところからすると、もしかしたらチャットかメールで会話をしているのかもしれない。
そんな淡い期待を抱きつつ尋ねるが、回答を貰う前に彼女の表情からそうではない事が伝わってくる。
「せめて電子メールだけでも、そう思ったんだけどね。
どうやらこのフロアの中継器から先がバッサリ切られているみたいね」
なるほど、フロアごと遮断されているわけか。
有線は中継器ごと遮断、中継器から先が切れているという事は、無線を使ったところで送信機だけの出力では地上に出る前に減衰して届かない。
こんな時のための独立した直通回線もどこかで遮断されている。
「それでしたら、私の方で手配がかけられるのですが、もう救援部隊を呼んでもよろしいでしょうか?」
俺の言葉に副司令と鎧衣課長がこちらに信じられないものを見たような目線を向けてくる。
そんな目で俺を見ないでくれ、恥ずかしいじゃないか。
「アンタ、まさか今の今まで」
「いえいえ、もちろん忘れていたわけではありませんよ。
それに通信機、というよりも、緊急用の信号送信機のようなものでして」
失礼な話だ。
人が救援要請を邪魔してはいけないと黙っていただけだというのにまったくもって失礼な話だ。
Pip Boy3000はこの基地の中継器が落ちている以上使えないが、もう一つだけ手が残されている。
「国内にBETAが浸透した場合を想定した、小型種を相手にする機械化歩兵大隊が我々の横浜基地に即応待機をしています。
友軍基地に向けて初出撃というのは残念ですが、救われるべき我々から見れば関係ありませんな」
実写版地球連邦軍機動歩兵の大隊と、別の地球連邦宇宙軍巡洋艦サザランド陸戦隊。
ここに日本帝国陸軍汎用人型決戦兵器『船坂軍曹』と、合衆国の産んだ殺人機械『チャールズ“コマンドー”ケリー』と、白い悪魔『シモ・ヘイヘ』が加わっている。
なお、全員が北崎アームストロング製M89A5重機動装甲服を装備している。
BETAたちが可哀想になってくるが、俺の身の安全のためだ、出し惜しみなしでやらせてもらおう。
これ以上は望めないリアル系の精鋭が、こちらの時間で50分、高効率教育訓練センターの内部時間で300日という期間の訓練を積んでいる。
贅沢を言えば10年分くらいの経験を積ませたかったが、仕方がない。
「そちらの面子を考えれば我々が介入することは好ましくないのですが、もうそういった事を気にしている段階は通り越しました。
日本帝国政府と国連軍上層部の間で後処理をしてもらうとして、死にたくはないので、こちらで救出作戦をやらせてもらいますよ」
そう言って見えるように携帯端末を取り出す。
ポケットに入るような小箱に赤いボタンが一つだけ付けられている。
非常用にと思って作ったのはいいが、役に立つのもいいが、無駄が過ぎるな。
これに反省して次回は超空間通信機か重力波通信機か、それが無理ならタキオン通信機でも作っておこう。
とりあえず、これは四次元を超越する未来道具ですら捻じ曲げる未来人の、そのさらに上を行く技術で作られた位置情報発信機だ。
さすがに圏外という事はないだろう。
「まったく、そこまで気を使われると嫌味に聞こえてくるわね。
こっちの部隊はいつまでもやってこないし、好きにやってちょうだい」
駄目といわれたら途方にくれるところだった。
内心で安堵しつつ、俺はボタンを押し込んだ。
それにしてもこの発信機、ピッピうるさいぞ。
2001年12月24日月曜日23:45 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地正面ゲート
「おいおい」
マブラヴ名物の正門警備の二人は、こんな非常時にも正門にいた。
とはいえ、別に暇つぶしをしているわけでも逃げ出そうとしているわけでもない。
彼らの持ち場はここであり、軍人である以上、必要がなくなるまでは割り当てられた部署を確保し続けなければならない。
そういったわけで、彼らは最初の目撃者となった。
「なんだありゃあ?」
最初に言葉を発したのは、黒人の兵士だった。
せいぜいが分隊に一つだけ配備された重機関銃だけという軽装の彼らは、職業意識だけを武器に決死の防衛網を敷いている。
歩兵分隊に過ぎない彼らは、闘士級が二体、油断すれば一体現れるだけで全滅できる。
そのため、全周に出来る限りの注意を払い、何かあればすぐさま友軍を呼び出せるように警戒していたのだ。
彼が目撃したものは、光っていた。
すっかり見慣れたもうひとつの横浜基地。
サーチライトが基地施設の周囲を照らし出し、無数の砲台がこちらを睨み、戦車隊や戦術機部隊、不気味なロボット兵士たちが展開している。
そのゲートから、光るものが無数に向かってくる。
「あれは、装甲車と、後ろは全部トレーラーだな」
周囲を警戒しつつ、白人の兵士が情報を補足する。
角張った装甲車、そして大型で無数のトレーラー。
この基地が戦闘中であることは伝えてあったはずだが、援護してくれるとは聞いていない。
明らかに少ない正門の警備は彼らの支援を目当てにしてのものだろうが、それと車列縦隊をこちらに差し向けてくる事に関連性が感じられない。
徐々に見え始めた輪郭から、それが相当に頑丈そうな車体であることはわかるのだが、だからなんだという話だ。
「おい!止まれ!そこで止まれ!」
一撃で全滅しないように、二人単位で分散配備されていた別のチームが声をかける。
彼らはこの非常時においても、とりあえず基地内の交通規定に従った行動を求めようとしていた。
つまり、国連軍横浜基地正面ゲートの手前に引かれた停止線で停車を求めたのだ。
<<警戒しろ、援軍の予定は聞いていない。要請も出されていない>>
緊張した様子の分隊長が隊内無線で警告を発する。
せいぜいが重機関銃程度を据え付けた装甲車と、どこをどう見ても頑丈なだけの非武装のトレーラーだが、彼らはそれを止める手段を持っていない。
「止まれー!そこで停車しろ!」
小銃を振り回しつつ兵士たちが停止を呼びかける。
車列縦隊はその声を無視して一気に加速、などせずに、夜間にもかかわらず教習所の教本に載せたくなるほど見事な位置に停車した。
後部ハッチが開かれたらしく、戦闘服を着込んだ男が装甲車の後ろから現れる。
「今は戦闘中だぞ!許可もなしにここで何をしている!」
駆け寄った兵士は周囲を警戒しつつも目の前の男を怒鳴りつける。
しかし、いくらか言葉をやり取りした直後に、彼は悲鳴を上げることとなった。
<<ぶ、分隊長殿ぉー!>>
その明らかに異常な様子に、分隊長はすぐさま陣地から飛び出した。
彼女のそれなりにある従軍経験から、部下が上官をこのように呼びつける時は一つしかないと知っていたのだ。
「失礼します。自分は国連軍横浜基地の」
「挨拶はいい。8492戦闘団第171機動歩兵大隊のジョニー・リコ大佐だ。
これは指揮車で、後ろには部下たちが乗っている」
リコ大佐は傍らの装甲車を指し示し、次に後ろのトレーラーを指さした。
「我々の司令官がそちらの基地の地下に閉じ込められている。
BETAに襲われている可能性が非常に高い。
具体的な形での絶対の安全を保証するか、今すぐ救出してここへお連れするか、あるいは我々を通してもらいたい」
突然出現した別組織の大佐に謎の車両部隊。
背後の自軍基地ではどこから沸いてでたのかも不明なBETAが暴れている。
あまりの異常自体に分隊長の脳は飽和状態となり、あぅ、だの、えぅ、だのとだらしのない言葉が漏れるばかり。
速やかに基地司令部に連絡し、然るべき立場の将校に指示を求めるだけで良いというのに、それを思いつくことができない。
「降車!急げ急げ急げ!」
彼女が茫然自失の状態に陥っている間にトレーラーの荷台が次々と開き、マウンテンゴリラにアフリカゾウの足を移植したような物体が次々と降車する。
どうやら装甲服を着込んだ歩兵のようだが、彼女も、彼女の部下たちも、もっと言えば国連軍も帝国軍も、こっそり監視している合衆国軍も見たことのない装備だった。
仮に未知の金属で出来ているとしても、数百kgはするであろう金属製のそれは、軽装の熟練兵でも不可能に思える素早さで車列の両脇に展開していく。
「返答は?」
その不気味な背景を背負いつつ、リコ大佐は再び尋ねる。
視線は彼女の左胸、そこに取り付けられた無線機へと向かっている。
「はい大佐殿、上官へお繋ぎいたしますのでしばらくお待ちください」
結局のところ、若干のやりとりはあったものの増援は認められた。
基地司令と一部の人間だけは知っていたのだが、出現中のBETAたちは明らかに当初捕らえていたよりも多くの数が出現しており、不可解な事に今も増加中だったのだ。
そのため、横浜基地は保有する全ての兵力を出撃させているが、一部の施設を見捨てているにもかかわらず、歩兵兵力が完全に不足していたのだ。
「協力ありがとう曹長。突入開始」
方針が定まった後の軍隊は早い。
突入開始という短い一言で、大隊は突入を開始した。
遮断バーが下ろされたままの車両ゲートをすり抜け、目標である本部施設へ向けて進撃を開始する。
<<ギャァァァァァ誰かぁ!!>>
彼らが進撃を開始して四秒。
具体的には先頭がゲートを抜けて二歩目を踏み出したところでそれは聞こえてきた。
暗号化なし、複数の周波数を用いて行われるその放送は、この場にいた全員が受信していた。
「負傷兵か?」
不審そうに呟いたリコ大佐に答えるように、前進中の部隊の右前方、カマボコ型の屋根が特徴的な格納庫から一機の戦術機が飛び出してきた。
壁を突き破って出現したその機体には、赤くてそれなりに大きい何かが複数付着している。
「戦車級だ!支援してやれ!三時の方向に警戒!」
戦車級に取り付かれた恐怖から、中に乗っている衛士の精神は限界を超えてしまったらしい。
援護のための分隊が声をかける間も無く、その戦術機は跳躍ユニットを全力で噴射させた。
そのまま手足をバタバタと振り回しつつ、出てきたばかりの格納庫へと再び飛び込む。
閃光。轟音。爆風。
内部の弾薬や燃料に誘爆したらしく、格納庫はその大半を吹き飛ばしてしまった。
「反応あり、数、100から200と推定。接近中。BETAです」
格納庫に向かってスキャンを行っていた偵察兵が報告する。
あれだけの大惨事で、100名を超える人間が生き残り、助けを求めるために歩くことなどできない。
「前列構え、周囲を警戒。射程に入ったら撃て」
巨大な昆虫型エイリアンの大群との絶滅戦争を生き抜いた彼にとって、このような戦闘は演習に近いものだった。
機動歩兵たちはすぐに小隊単位で陣形を作り、接近するBETAたちに銃口を向ける。
敵の数は大したものだったが、地球連邦軍の精鋭たる機動歩兵たちから見れば、呆れるほどに数が少ない。
彼らから見れば「たった百や二百程度」なのである。
おまけに、手に持っているのは本体が大きいだけの小銃ではなく、強化装甲服に取り付けられた多銃身機関銃。
手に負えなければ直ぐに機甲部隊が支援に駆けつけてもくれる。
繰り返しになるが、彼らにとっては演習のようなものだった。
「撃て」
短い号令と共に銃弾の嵐がBETAたちを襲った。
射撃時間、実に二秒。
その二秒の間に、一万発近い機関銃弾が発射され、そのうちの三千発が命中した。
同規模のこの世界の歩兵であれば、未だに全員が恐怖感に包まれながら発砲し続けていただろう。
そろそろ死傷者の心配をし始めるべき時間だ。
「移動熱源なし、安全確認」
強力で、ハイテクで、スマートな彼らは、敵を一瞬で殲滅した。
彼らが心配するべきなのは、突撃級や要撃級といった、戦車を持ち出さないと勝てない相手ぐらいである。
2001年12月25日火曜日00:25 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地 香月夕呼の執務室
「もうちょいバリケードから下がってください。もう少し、そう、部屋の端に」
轟音を立てて歪んでいく扉から離れるように呼びかける。
この部屋の中にいるのは、俺と鎧衣課長、そして怯える香月副司令と社である。
先程から熱烈なノックを行っているのはきっと救援部隊ではなく兵士級か闘士級だろう。
「まずは私が、鎧衣課長は御婦人方をお任せします」
9mmがどれだけ役に立つかはわからないが、やるだけやろう。
腰に下げた拳銃を抜き、おそらくはあと一撃で破れるであろうドアへと向ける。
「ふむ。若者の本気というものはいつ見ても気持ちがいいものだ。
ところで、うっかり聞く事を失念していたが、実戦経験はあるんだろうね?」
さすがは鎧衣課長だな。
先程少し様子が変わったが、この期に及んで普段の口調を維持できるとは大した人だ。
「ご心配なく。対人も対BETAも、うんざりするほどやっていますよ」
俺には現実としか認識できない仮想現実の世界で、だけれども。
とにかく、楽しいおしゃべりはそこまでだった。
今にも室内へ向けて倒れこみそうだったドアは、遂に最後の一撃を受けて室内へと飛び込んできた。
金属の擦れる嫌な音。頑丈な合金製の板が床に激突する轟音。思わず漏れてしまった香月副司令と社の小さな悲鳴。
今度からは、外出の時には最低でも一個分隊は必ず連れて歩くことにしよう。
「いらっしゃいませ」
先程までドアのあった場所。
その空間に立ちふさがるお客様を見て、俺は思わず言葉を発した。
直後にV.A.T.Sを起動する。
うーむ、いつ見ても不愉快な外見だな。
失礼な事を思いつつ照準する。
とりあえずその綺麗な鼻を吹き飛ばしてやる。
9mm拳銃弾は、普通ならばBETA相手には気休め程度にしか役に立たないが、超加速された空間でしっかり狙って撃てば打撃は与えられる。
それに俺が使っている弾薬は、銃自体もそうだがチートの限りを尽している。
難しい話を抜きで言うと、この拳銃はタングステン弾頭の内部にBETAの体液に反応して爆発する炸薬を詰めた小型徹甲榴弾をマッハ3で撃ち出す能力がある。
そして、それを連続して行っても全く劣化なく使用できる。
チート極まりないのだが、まあ、気休めレベルのようなものだ。
ほお、三発で死亡か。
哀れな闘士級は、鼻どころか頭部を吹き飛ばされて絶命した。
ちなみにこの間二秒。
「チョロイもんだぜ」
ここでやったか?と疑問形を漏らすのは二流のやることである。
ちなみに三流は銃のスペックを並べ立てている間に頭を持って行かれる。
「続いてその後ろ、その後ろの後ろ」
小さく呟きつつ発砲を続ける。
あまりにも強すぎる破壊力のおかげで、通常ならば歩兵分隊程度はいないと生き残れない相手に無双ができる。
チートとは本当に便利なものだ。
などと余裕の態度をしてしまったのがいけないのだろう。
視界の片隅に、血煙の向こうから高速で接近する鼻が見える。
「あぶねぇ!」
飛来した鼻を回避する。
一歩間違えれば大変なことになっていたな。
「鎧衣課長、撃ってないですよね?マガジンは二つ?」
物陰から銃だけを差し出し、ブラインドショットで弾倉の残りを全て叩き込みつつ呼びかける。
地上から降りてくるのに後どれだけかかるかはわからないが、この部屋までBETAが押しかけてきた以上、今までのように大人しく待っているわけにはいかない。
「そうだが、それよりも君の銃はどうやら普通ではないようだね」
そりゃあまあ、チート軍団を率いるチート野郎が普通の拳銃を持っていたら不自然というものだ。
ましてや、拳銃は最後の武器。
味方がおらず、戦術機や重火器がなく、自分自身の力で生き残らなければならない時に使うものなのだから、ここに労力を注がないわけにはいかない。
「ちょっと色々と」
空になった弾倉を交換しつつ言葉を続ける。
「幸いなことに弾倉があと四つあります。
しかし、こうなると分かっていたら自動小銃の一つでも担いでくればよかった」
本当に失敗した。
横浜基地は確かに友軍基地ではあるが、ここにはBETAがある程度保存されているということをすっかり失念していた。
両脇両足に弾倉を貼りつけておいて成功だったが、怒涛の勢いで攻め寄せられたらどうしようもない。
「その拳銃で不足は感じられないのだがね。
こう見えて、珍しいものには目がないのだ。
よければ今度、私にも一つ用立ててくれないか?」
別に構わないのだが、もう少し緊張感を持って欲しいものだ。
最初の頃の真面目な口調はどこへ行ってしまったのやら。
「考えておきますよ、ドアから離れていて!」
俺の目線の先、破壊されたドアの向こうに、BETAの増援が出現した。
闘士級が六体。
挨拶代わりに二発撃ちこみ、視界の端で戦果を確認しつつドアの横へ退避する。
直後に飛来する鼻。
思わず笑いそうになってしまうが、笑っている暇はない。
残る五体のうち、一体でも室内に入れてしまえばおしまいだ。
「二人を任せますよ!」
V.A.T.Sは確かに便利なのだが、こうも通路が狭いと先に倒したBETAの死骸が遮蔽物となってしまう。
本当に嫌なのだが、前進しなければならんな。
「無理をするな!増援を待て!」
鎧衣課長の自重を求める言葉を背中に受けつつ前進を始める。
素早く開口部に身を晒しV.A.T.Sを起動する。
手前に居た二体に狙いをつけ発砲。
頭部に命中した弾丸は、その内部で炸裂。
体組織を天井から床まで満遍なくぶちまけた。
「汚ねぇ花火だぜ」
どこかで聞いたような台詞を吐きつつ、床へと伏せる。
一秒前まで俺の頭があった空間を、BETAの攻撃がなぎ払う。
そのまま銃を前に突き出して発砲。
視界いっぱいに広がっているので狙いを付ける必要もない。
二発が胴体に、一発が首の付け根に命中し、哀れな闘士級は胴体の前面が開花したような状態になって絶命する。
残り三体。
のんびりと地面に寝そべっている時間はない。
すぐさま横に転がり、壁に手をつきつつ立ち上がる。
頑丈な床を破壊する一撃が、先程まで俺の頭があった場所に突き刺さる。
しかしこいつらは本当に頭が大好きだな。
「伏せてください!」
もうすこしスーパーアクションが必要かと思ったが、俺の部下たちは有能だった。
警告と共に通路を埋め尽くす5.56mm弾の集中豪雨が発生し、哀れなBETAたちは全滅した。
頭から胴体からと最低でも20発は俺も喰らっているのだが、別にこの程度の弾丸で俺がどうこうなるはずもないので問題はない。
目を凝らすと、BETAの血煙と硝煙の向こうに強化装甲服を着込んだ兵士たちが立っているのが見えた。
「閣下!ご無事ですか!?」
装甲服の一つが言葉を発する。
手放したはずなのに、意識はすぐに戻ってきた。
まあ無理もない。
俺はどう見ても人間だが、BETAの一撃ぐらい耐えることは可能だ。
「ご無事だよ。思ったより早かったな」
強化装甲服のフェイスカバーが持ち上げられ、精悍な日本人男性の顔が現れる。
「船坂軍曹か。ご苦労だった」
そうか、鬼に金棒ならぬ超戦士に強化装甲服か。
俺は、取り返しの付かないことをしてしまったのだな。
「いえ、火器を持っていない連中だったので、思ったより楽でした。
しかしながら遅くなってしまい申し訳御座いません。
周辺の安全は確保しました」
というか何分でここまで降りてきたんだよ。
彼の背後を見ると、壁にできた巨大な横穴を警戒している兵士たちの姿が見える。
エレベーターで降りてきたはずはないだろうが、BETAたちがどうやってこのフロアに来たのかと思えば壁をぶち抜いてきたのか。
これだから宇宙人は嫌だ。
「ちょっと、アンタ、大丈夫なの?」
香月の心配そうな声という珍しいものをかけられた。
見えていなくともわかるほどの盛大な銃撃に巻き込まれたのだから当然だろう。
「ヘルメットがなければ危なかったですな。
さあ、地上に戻りましょう」
戦車級や突撃級が入ってこれないこのフロアの方が安全なような気もするが、できれば機甲部隊の近くにいたいものだ。
「エレベーターも復旧しました。
後続の歩兵部隊が降りてきているので、彼らを連れて戻ってください」
急増の部隊と考えていたが、実戦経験豊富な連中に最新鋭の装備を持たせて一年間の錬成をさせたのだから、ちっとも急増ではないのか。
救難信号を出してから此処に来るまでの時間を考えると、彼らは非常によくやってくれたようだ。
「うむ、見事な手際だね。
まるで前々から準備していたかと錯覚してしまう」
またこの人はいらん事を言う。
不快そうな船坂軍曹の視線の先、俺の背後には、完全にいつもの調子を取り戻した鎧衣課長が立っている。
疑っているかのような言葉だが、言っている本人からしてそのような可能性は信じていないだろう。
我々がそのような事をするメリットは何一つとして存在しないからだ。
2001年12月25日火曜日06:15 日本帝国 神奈川県 国連軍横浜基地 香月夕呼の執務室
「おいおい、話が違うじゃないか」
ようやく救出された俺は、溜まりに溜まっていた報告の一つに思わず言葉を漏らしてしまった。
合衆国の強い要請で用意された宇宙艦隊。
しかしながら、実際には月軌道・L1・地球周回軌道に設置された様々な衛星によって、地球軌道の安全は確保済みだったというのだ。
確かに衛星が様々な軌道に多数配置されている事は観測済みだったが、その内部まで事細かに確認していたわけではない。
漫画やアニメのように、望遠映像を見て「この熱源は・・・まさか核兵器!?」というわけにはいかないのだ。
おまけに、俺の持っている原作知識では、そこまでの情報は無かった。
逆行やトリップをした主人公の最大の弱点である『知らなかった事実』がこんなところで出てくるとは予想外だった。
こちらの艦艇を確認した合衆国は、具体的には言えないが重大な特許権侵害の可能性有りとして立入検査を求めてくるし、もう、今周は失敗だったのかもしれないな。
世界中に出来る限りの事をした挙句、全人類から神様扱いを受けてあらゆる要求を突きつけられ、さらに恨みつらみまでぶつけられて絶望の果てに自殺した何代か前の前任者の気持ちもわかる。
いっその事、脅迫替わりに全ての衛星を破壊し、大気圏外を牛耳ってやるという突拍子のない考えが浮かんだとしても、俺は悪くないはずだ。
しかしながら、それではこの世界の人間たちを敵に回さないように態度に細心の注意を払ってきた意味がない。
「第二陣打上を急げ。それと、根拠地に使えそうな小惑星を探してくれ。
数は一つでいい。0計画を始めるぞ」
皆様に愛される帝国軍の一員として、宇宙の安全を一部にしろ任されたという事実を真摯に受け止め、出来る限りの宇宙戦力を整えようではないか。
必要だから要求されたのであるし、きっと合衆国の人々も、これで頭上は安心だと喜んでくれるだろう。
是非とも勲章の一つでも頂きたいな。
それはさておき、0計画とは例によって創作物から発想を借りた計画である。
本来の目的は壮大だ。
日本国民の生存圏を大気圏外に確立し、例え地球上が全面核戦争で壊滅しようとも、日本人だけは生き残れるようにするという文字通りの地球脱出計画である。
今回はそこまでには至ってはいないが、それでも大気圏外に安心して運用できる産業基盤と生活の拠点を構築する夢の大計画だ。
合衆国のみなさまも大喜びで手伝ってくれることだろう。
この大計画は、二つの段階で構成されている。
第一段階、地球防衛艦隊の完成。
地球防衛艦隊は、当然ながら軌道植民地の防衛と、敵性勢力の大気圏突入を阻止する事を目的として結成される。
それを恒久的に達成するためには、二つのものが必要である。
ひとつは、軌道植民地は別に、恒久的に根拠地とすることのできる宇宙空間上の拠点。
敵を探知する度に艦艇を打ち上げていたのでは非効率極まりないし、かといってノーメンテで艦艇を漂わせるなど危険極まりない。
そういうわけで、高軌道基地を最低二つ建設する。
そこへ行くための技術はあるわけだから、あとは必要な機材を打ち上げるための基地が必要になる。
重光線級の攻撃を受けない、できれば陸上ゆえの面倒もない場所。
メガフロートに軍事拠点としての機能を持たせた人工島でいいだろう。
これにマスドライバーを載せて日本帝国領海内に配置する。
最低でも二つ、贅沢を言えば三つ、メガフロート基地を建設し、BETAたちが水上移動能力でも獲得しない限りは絶対の安全を確立させる。
そこからプラントと工作艦を打ち上げ、早い段階で小惑星を一つ運んで拠点を建設する。
あとはそこから資源を獲得したことにして艦艇や物資を運び出せばいいわけだ。
もう一つは、日本帝国担当エリアおよび近隣の宙域に常駐させられるだけの艦艇の確保なのだが、これは簡単だ。
当面は大気圏突破用ブースターを取り付けて打ち上げ続け、小惑星基地の実働と同時にプラントを設置し、あとは定期的にクレートを打ち上げてやれば良い。
突然月軌道に謎の人工物体が出現し、そこから敵対的な探査艦隊が出現しても大丈夫なだけの数と増産体制を整えておけば大丈夫だろう。
これだけのものを用意して、初めて第一段階は完了となる。
第二段階は軌道植民地の建設だ。
既設の宇宙防空網および新設の地球防衛艦隊で地球近傍空間の安全を確保し、その空間に軌道植民地を建設する。
要するに、スペースコロニーを作るわけだ。
地球人口に余裕があるわけでもないので、居住地および商業のランド1、農業のランド2と先端技術担当の宇宙基地で構成するだけで十分だろう。
全体の総称はイシス星団とでも名付けよう。
どこかで聞いたような名前と構成だが、気にしないでほしい。
本当ならば全ての工業拠点を宇宙に建設し、BETAが何処に出現しようが安心して戦争を継続できる状態がベストだが、土地には限りがある。
それに、地球の天然資源が必要な産業を宇宙に上げたところで、輸送コストで破滅するか、こちらのチートに完全依存する状況になるかの二択しかない。
それよりは、非戦闘員の住宅地やクリーンな環境が必要となる農業、場所よりも十分な機材と腰をすえて研究に励める環境が必要な研究所系を誘致した方が良い。
どれだけの人々が来てくれるかは未知数だが、超強力な宇宙艦隊が厳重に警護する、物理的にBETAが出現出来ない環境は、少しは魅力的に見えるだろう。
誰も来なければこないで、G.E.S.Uたちに農業や工業をやらせて、成果物で商売でも始めればいい。
小惑星基地とあわせて無農薬宇宙野菜だの宇宙採掘プラントだので地球へ資源供給をするまでの話である。
「見ていろよアメリカさんめ。
俺は怒った。もう怒ったからな。
宇宙だけじゃないぞ。諜報部門もチートを尽くしてやる」
ようやく日が登り始めた時間だというのに、俺の仕事が終わる気配は皆無だった。
もはや今日はこのまま仕事を続行するしかない。
だが、そのために諜報部門を作ってやろうじゃないか。
なあに、ポイントは余っているんだ、せいぜい贅沢をさせてもらうよ。