2001年10月22日月曜日 AM10:00 国連軍横浜基地の隣 自軍基地
「総員戦闘モード起動、敵襲に備えろ」
意識がしっかりした時、俺は愛機のコクピット内で命令を発していた。
衛士としての基礎的な能力とやらがどこまでを定義しているのかは不明だが、少なくとも戦闘機動くらいは取れるだろう。
素早く各部のチェックを行う。
モニターから得られる情報を理解できる事を確認する。
機体の状態はオールグリーン、全兵装満タン、よろしい。
「各機へ通達、直ぐに隣の基地より非友好的部隊がやってくると思われる。
発砲は俺が許可を出すか撃墜されてから。復唱せよ」
言い方こそ違うが、同じ意味の復唱が返される。
リンクスは、驚くほどに型にはまらない連中だ。
だからこそ個人の戦闘スキルに期待できるというメリットはあるけれども。
俺が現状に満足している間にも、目の前の国連軍機地では警報が鳴り響いている。
格納庫から飛び出してきたのは、恐らく即応状態にでも置かれていたであろう戦術機小隊だ。
一動作ごとに無駄な間を置きつつこちらへとやってくる。
「何者だ!そこで止まれ!」
こちらは既に戦闘状態を整えているにもかかわらず、悠長に呼びかけを行ってくる国連軍。
恐らく、手前でやたらと電波を発しているのが隊長機なのだろう。
<<各機戦闘用意、安全装置はかけたままにしろ。
俺がまず交渉してみる>>
<<しかし小隊長、あいつらが敵だったらどうするんですか?>>
<<それを調べるためにも、まずは交渉だ。
蜂の巣にしてから帝国軍だとわかったら、えらい事になるぞ>>
どうでもいいのだが、通常通信で会議をするのはやめてもらいたい。
思わず失笑してしまいそうになるし、こんな連中が友軍になるのは遠慮したいところだからな。
「我々は第四計画に参加すべくここへやってきた。
香月副司令にお目通り願いたい」
通常通信で会話しているのをいい事に、所属を明かさずに一方的に述べる。
まあ、明かすべき所属など元よりないのだが。
<<お前たちの確認が先だ。
ただちに武装解除し、機体を降りろ。おかしなまねをすれば撃つ>>
ごもっともな意見だが、牢屋から始まるストーリーというのは好みではない。
第一、そんな始まり方をしたら、せっかく新兵器や技術情報を持ってやってきた意味がない。
「申し訳ないが、戦闘体制を解除するのはやぶさかではないが、香月副司令に通信を繋いでもらいたい。
繰り返すが、我々は第四計画に参加すべくやってきた。頼むからつないでくれ」
<<全機発砲しろ!>>
通常回線から国連軍衛士の命令が聞こえる。
可哀想に、指示は秘匿回線で下すべきだという基本原則すらまともに覚えていないらしい。
原作の中で、国連軍横浜基地の連中はぶったるんでいるという描写があったが、どうやらその通りのようだ。
「聞く耳持たずか。無理もない」
素早く機体に回避軌道を取らせる。
ありがたいことに、彼らの射撃の腕はあまりうまくはないらしい。
「国連軍機は手早く済ませろ、死人は出すな。
直ぐに本命が出てくるぞ」
<<有澤重工、雷電だ。
各機聞いたな、急いで丁寧に済ませるのだ>>
有澤隆文社長は、俺の副官役を務めてくれるらしい。
緩やかに散開しつつあった各機は、命令を聞いて一気に突撃を開始する。。
国連軍にとって、これは悪夢だった。
突然現れた謎の部隊。
一機は撃震に見えるが、それ以外は見たことも無い機体たちだ。
それらを操っている衛士たちは恐ろしく優秀である。
緊急回避を行っても命中させてくる狙撃手、距離を詰めようにも、中距離に入る間もなくそれ以外の機体によって撃破されてしまう。
運の良い数機が接近できるが、直後に動きのいい撃震によってメインカメラを機体頭部ごと跳ね飛ばされてしまう。
<<動きの良い新型が多数、基地内部より接近中>>
歩兵部隊を施設へ入れないために牽制攻撃を行っていたダンから通信が入る。
カメラを望遠に切り替えると、横浜基地からまとまった数の戦術機部隊が接近してくるのが目に入る。
数が中途半端で、明らかに統制が取れていないのが普通の部隊、その隣の集団がイスミヴァルキリーズだろう。
女性だけで構成されているとはいえ、数々の実戦経験と厳しい訓練を耐え抜いた精鋭部隊だ。
厄介な事この上ない。
我々の部隊が、ただの部隊であれば。
「少佐」
<<まさかとは思うが、私のことか?>>
ウィン・D・ファンションが尋ねてくる。
特定の固有名詞を出していないのに返事をしてくるあたり、わかっていらっしゃる。
「僚機を頼む。それ以外は動きの悪い方を破壊してくれ」
<<心得た>>
有澤の返答を聞きつつ、俺は機体を突撃させた。
まずは手前の一機目。
突っ込んでくる俺に、手に持った突撃砲を向けてくる。
「ひとぉーつ人の世の生き血を啜り」
突き出されたそれを片手で押し上げ、反対に持つ長刀で頭部を切断する。
暗号回線に切り替えているらしく、目の前の機体に乗っているのが誰かは分からない。
<<動きが鈍いな>>
仲間を一撃で破壊したこちらに砲を向けた一機を、少佐が一撃で行動不能に追いやっている。
至近距離から放たれたレーザーは、敵機の両腕ごと87式支援突撃砲を吹き飛ばしたようだ。
「ナイスアシスト!」
感謝の言葉を叫びつつ、俺は倒れようとしている最初に破壊した敵機を盾に敵部隊へと突入する。
ブーストを全開にして加速。
着地した際の機体の衝撃吸収動作を利用して次の敵機へ飛び込む。
捨て身に見えて全ての射線をかわす俺の動作に驚いたのか、目の前の敵機は何も動作をしない。
「ふたぁーつ不埒な悪行三昧」
左腕に突撃砲を食らわせ、右腕を長刀で切り飛ばす。
必然的に左半身が前に出た状態になるが、そのままバックブーストで後ろへと飛び去る。
残る敵機たちが俺へと武器を向けるが、少佐の支援射撃がそれらを破壊していく。
本来であれば少佐にすべてを任し、俺はどこかで様子を見ているだけでも十分である。
「みっつ醜い浮世の鬼を、退治てくれよ桃た」
別に俺の名前は桃太郎ではないが、巨大な戦術機で刀を振り回すという行動に興奮してしまったようだ。
だが、戦闘中にふざけるのはやはりよくない。
舌を噛みそうになるし、若干ながらも注意力が散漫になる。
もう少しで、飛来した砲弾を喰らうところだった。
「なんのこれしき!」
未だにバックブースト中ではあるが、推力を最大まで引き出しつつスラスターの力を借りて上空へと進行方向を変える。
眼下を見ると、こちらを見上げて何故か動作が硬直している戦術機たちが見えた。
そういえば、一時的な跳躍ではなく、文字通り空を飛ぶという動作はこの世界の戦場ではありえない事だったな。
唖然としてしまうのも仕方がなかろう。
<<助けはいるか?>>
有澤のありがたい質問が飛び込んでくる。
選択した機体に最適化されているという表現は過言ではなく、俺の操る撃震は、まるで自分の手足のように自在に動作している。
だが、数に勝る敵とあえて戦う趣味は俺にはない。
この撃震がいかに異常な性能を持っているかは十分に理解してもらえただろう。
「無力化にとどめてくれ」
その言葉に回答はなく、代わりに無数の榴弾が飛び込んできた。
伊隅戦乙女隊全10機、全ての破壊を確認。
もちろん国連軍も全滅している。
「敵戦力の全滅を確認。戦闘モードのまま待機」
極めて事務的な口調で命じつつ、俺はこの先をどうしようかと悩んでいた。
こんな事ならば、もっと前線に出現してBETAと遊んでいたほうがよほど楽な展開だった。