なんだアンタ?俺の話が聞きたいってか?
物好きな奴もいたもんだ。
まあいい。
で、あのクソったれの8492の話だよな。
俺が連中の偵察に行ったのは、日本のニイガタに作った前線基地を見てこいって命令を受けたからだ。
人攫いはなし、殺しもなし。録画して、可能ならば破片を拾って来い。
珍しい任務だと驚いたもんだ。
ホプキンスの野郎なんか、ああ、ホプキンスってのは俺の分隊の曹長でな「今回は基地の教会で懺悔する必要はないですね」って、アイツは本当に良い奴だったんだよ。
基地の事務のネーチャンを遂に確保してな「俺、この任務が終わったらプロポーズするんです」って、とにかく幸せそうだったよ。
うん、それで、あの日も俺達はアンクルサムのためにちょっとばかり冒険をする必要があって、観光ビザで日本に入国したわけだよ。
そんな顔をするなよ。非合法任務ってのはそういうもんだ。
それに、日本側もそんな事はお見通しよ。
奴らの言うコウアンチョウサチョー(NSAみたいなもんだ)に帝国軍の情報部、警察の対国外諜報班が税関に勢ぞろいだったのが笑えたな。
連中、見える位置に立っていれば、こっちが勝手に自重すると思っていやがる。
おめでたい連中だったよ。
それで、とにかく当時の俺達は、笑顔なんて振りまきながら入国したわけだ。
で、まあ、トミタのランドクルーザーをレンタルして、任務のついでのテイト観光と洒落こんだ訳よ。
ジャップの女を抱いた事はあるか?ない?お前、それは人生の半分を損してるぞ。
連中の女はとにかく、ああ、わかったよ、先が聞きたいんだな。
とにかく初日をテイトで潰して、翌朝から俺達は任務に入ったわけだ。
ハイウェイをカッ飛ばしてテイトから離れ、カンエツとかいうトンネルの手前で一般道に入り、適当なところで車を降りたわけだよ。
理由?
ニイガタは、民間人の立ち入りは禁止されているんだよ。
怪しげな外国人なんて検問に近づくだけで装甲車が飛んでくる有様でな。
昔に一度だけ別件で捕まった事があるが、連中の下っ端は可哀想だぜ。
何を聞かされているのか知らないが、まるで俺が兵士級であるかのようにビクビク怯えながら銃を突きつけてきてな。
噛み付きはしないからさっさと手錠をかけなって言ってやったら、手錠を取ろうと慌てて小銃を落としやがった
元々東洋人ってのは俺達から見ると大人でもガキみたいなもんだが、あの時は思わず指導しちまったよ。
もちろん口だけだぜ?手を出したら今頃俺はここにいないからな。
任務の話だろ、わかってるよ。
それで、適当なところに車を止めて山越えに入ったわけだ。
不正規任務ばかりとはいえ、俺達は特殊部隊だ。数日もしないうちに山を越えたよ。
で、俺達は久々にBETAの爪痕を拝見したわけだ。
破壊されつくした市街地、所々に点在する兵器の残骸。
任務の都合上あまり戦場に出ない俺達ですら見慣れたアレは、いくらジャップの街とはいっても好きにはなれんもんだ。
とはいえ感傷に浸っていられるほど俺達に時間はないからな、上った時と同じように、手早く下山したわけだ。
前フリが長くて悪かったな、ようやくアンタの聞きたい話だぜ。
うん、それで遮蔽物に身を隠しながら進んで、あれは半日ぐらい経った時かな。
先行偵察していたホプキンスの奴が最初に見つけたんだ。
特殊部隊で曹長をやっているだけあって、アイツはとにかく勘が鋭いんだ。
それで、アイツが言うわけだよ、見た事の無い戦術機がいるって。
そりゃまあ、そんなのもいるだろうよ。
どの国だって、対BETAの切り札である戦術機の開発には金をかけていたからな。
で、俺達は早速撮影会を始めたわけだ。
さっきも言ったとおり、あの時の俺たちの仕事は偵察だったからな。
大したもんだったよ。
俺は戦術機の適正が低いから本当の凄さは知らないが、連中は軍の広報ビデオより立派に戦術機を行進させていたよ。
しかもアンタ、信じられるか?俺が見たのは大隊規模だったんだよ。
つまり、試作機じゃなくて正式な新型機。
それも、事前に言われていないって事は、少なくとも公式にはホワイトハウスに伝えられていないやつだ。
久々の大手柄に震えたけどよ、そのうちにジョニーが変だって言い出したんだ。
ああ、ジョニーってのは俺の分隊の一番下っ端の上等兵でな、まあ、とにかくさっきはあんな所に部隊はいなかったって言い張ったのさ。
妙な話だろ?一機や二機ならまだしも、大隊規模の戦術機なんて、隠そうと思ってもそうそうできるもんじゃない。
そこで俺はホプキンスの意見を聞こうと思ったわけだ。
で、見ちまったんだよ。
何をって?アイツの更に向こう、多分五キロぐらいのところにいつの間にかいた、よくわからねぇドデカイ何かだよ。
BETAのクソどもを月の向こう側までブッ飛ばしちまうような主砲をつけた、戦艦みたいな奴だ。
それが、ついさっきまでいなかったはずの場所に居やがる。
そこから先は忘れられねぇ。
ジョニーが、アンソニーが叫ぶんだ。こっちにもいます、向こうにもいますってな。
向こうに戦術機が、見た事の無い戦車部隊が、トレーラーが、よくわからない兵器が、行進するロボット兵が、コンテナが。
確かに見るといるんだよ!さっきまで何もいなかったはずなのに!何も無い荒地のど真ん中に立っていたはずなんだよ俺達は!!
怖かっタよ。
ソシタラ極め付けが、来たんだよあいつが化け物が。
空ガ暗くなって、上をみタら、いタンだよいタんだアイツが化け物が、空に!空にイタンだよ!
目の前にでっカイ壁がいつのまにかあそこにはジョニーが立っていたのに、あそこにはあいつがイタカラダメナンダヨでかい壁なんておいちゃ。
足が出テルンだぜ!壁の中からジョニーの足が出てるんだよさっきまであそこにあいつがいたのにいたんだぜ壁なんて無かったんだ!!
ズレて足が倒れてチョッとだけ血が出てジョニーの足が壁に!壁に!
そこまで叫ぶと、拘束衣を着せられた男は意味不明な言葉を叫びつつ隔離室の壁に頭を打ちつけ始めた。
もちろんだが、自殺を防ぐために隔離室の壁や床は全て柔らかいクッションが付けられており、その程度の事で自殺は出来ない。
だが、俺は目の前の狂人―元合衆国特殊部隊分隊指揮官―の自殺を手伝いたかった。
例えそれが主がお許しになられない事だとしても、目の前の男には必要であるように思えたからだ。
「いかがでしたかな?どうしても、と仰るので手配したわけですが」
鹿内と名乗る公安調査庁の男が声をかけてくる。
佐渡島ハイヴ攻略作戦の直前に音信を絶った工作部隊にようやく接触できたが、唯一所在が確認できている彼がこの有様では、残りも絶望的だろう。
軍情報部が派遣していた監視部隊と合流できなかった時点で覚悟はしていたが。
外圧に外圧を重ねてようやく接触できたが、これでは無理に帰国させる価値はないな。
強化ガラスの向こうでは、室内に飛び込んできた看護師達が彼の腕に鎮静剤らしいものを注射している。
「彼は一体、何をみたんだ」
思わず口に出してしまう。
ガラスの向こうで錯乱している男は、オルタネイティブ第五計画派の中でも特に優秀な軍人だった。
要人誘拐、暗殺、破壊工作、どのような任務でも安心して任せることが出来、そして成功させてきた男だった。
ようやく落ち着いたらしいその姿に、過去の栄光の陰は見られない。
整えられていない髪、伸び放題の髭、口元から垂れ流される涎。
先ほど見た瞳には、理性の欠片も感じ取ることは出来なかった。
私は慄然たる思いを抱きつつ、改めて目の前の男を観察した。
恐らくは強力な鎮静剤を投与されたというのに、彼は未だに病的な声音で何事かを呟いている。
この有様は、拷問や洗脳の成果ではない。
訓練と経験を積んだ軍人の精神を破壊するに足る、名状し難い恐怖を味わったのだろう。
だが、それは一体なんなのだ?
状況からして、あの8492戦闘団なる軍事勢力の大型機動兵器に部下を踏み潰されたようだが、あれほど巨大な物体が、頭上に来るまで気づかない事などあるのだろうか?
そして、敵味方どころか民間人やBETAの死体ですら見た事のある彼が、部下が一人死んだくらいでこうもなってしまうだろうか?
ありえない。
そんな事が起こるはずが無い。
大体、あの巨大な機動兵器は、突然虚空から出現でもしない限り、一マイル先にいても接近してくるさまを確認できただろう。
「まぁ、話を聞いた限りでは、我が軍の新型機動兵器でしょうねえ」
鹿内を名乗る男は、妙に癇に障る発音で答えた。
「それにしても、貴国は一体どうなっているのですか?」
元軍人が元部下達を連れて、立ち入りを制限している場所へ突然の不法侵入。
各種観測機器に衛星通信機まで持って、観光旅行と言い張るなんて聞いたことがありませんよ」
それはそうだ。
不正規の任務とはいえ内容が偵察なだけに、民生品ではあるものの、出来る限り高性能な機器を持たせていた。
だが、それらについては事情を説明した上で、他言無用の上委細を問わずと合意している。
もちろん、代償は高くついたが。
「彼は凝り性でね、それに電子機器が大好きだったんだよ。
部下も全員ね。
今回は、そういう話になっていると聞いていたが?」
まあ、そもそもが、そうでもなければ彼らが管理する病院に入る事など出来ないわけだが。
鹿内を名乗る男もそこは理解しているだろう。
そうでなければ、ジョン・ドゥと名乗る合衆国大使館駐在武官である私の対応役を任されるはずが無い。
「あぁ、そういえばそうでしたね。
それで、連れて帰っていただけるんですよね?あの観光客さんを」
状況がこうなっていると分かっていたら、無理にでも国外搬送の準備を整える必要はなかったのだがな。
しかし、こうなっては仕方が無い。
彼は既に何の価値も無い男ではあるが、助ける事が可能なのに見捨てていたら、非合法活動部門の連中の機嫌を損ねてしまう。
まったく、使い捨てられるのが嫌ならば、そんな部門に入らなければいいのだ。
「ええ、この度は我が国の人間がお手数をおかけして申し訳ない」
いえいえ、とんでもございません。などと白々しいやり取りを交わすと、俺は大使館へ戻るために駐車場へと足を進めた。
情報らしいものは何も得ることが出来なかった。
本国に送還されたとしても、彼はもう役には立たないだろう。
あそこまで錯乱してしまっては、回復を見込む要素を見出せない。
それにしても、彼は一体何を見たのだ。