「いわゆる人助けをしてほしい」
巨大なモニターが一つあるだけの白い部屋で、その男は言った。
年齢はおよそ30から40歳、しかしそれ以下、あるいはそれ以上の可能性もある。
人種は恐らく白人、あるいは混血、もしくはそれ以外。
目の前に存在しており、無表情でスーツを着ており、男性だという事はわかる。
しかしそれ以上の情報がどうしても認識できない。
「人助け?俺が?」
サラリーマンに尋ね返したのは、これまたどこにでもいそうな日本人男性。
年齢は25歳、職業はセールスマン、趣味はネット小説家。
もちろん、小説家と自称したところでその実力は趣味レベルである。
「そうだ、人助けだよ」
俺の質問に、目の前の存在は抑揚のない声で繰り返した。
人助けも何も、そもそも俺を助けてほしいのだが。
心のそこから日本人男性はそう思った。
彼はいつものように仕事から帰宅し、就寝前の一時間を使って趣味の創作活動にいそしんでいた。
毎度の事ながら捗らず、イライラしつつパソコンの電源を落としたのが午前二時。
寝付けなく、目を開いたのが午前二時半。
勝手に点灯しているモニターに不信感を持ち、接近したところ突然吸い込まれた。
「とある次元の地球が大変な危機に晒されている。
君は良く知っていると思うが、BETA、つまり人類に敵対的な地球外起源種による襲撃を受けているのだ」
耳を疑う。
マヴラヴオルタネィティブ。
彼の良く知っている、登場人物に女性を多く含んだ仮想戦記である。
BETAという単語は、その作品に登場する敵の総称だ。
「そこに行って、白銀の代わりに人類を勝利に導いてこいと?」
同種の題材を扱ったファンフィクションを数多く読んできた彼は、素早く事情を理解した。
このわけの分からない空間に呼び出されてから十時間余り、彼は思う存分錯乱していた。
喚き、叫び、暴れた。
そして悟ったのだ。
モニターの中、動画や小説、あるいは漫画やゲームでしか起こりえないであろう事態が、自身に降りかかったと。
ある意味で、オタクである事が彼の精神を救っていた。
人間は、自分の持っている知識を元に現実を認識し、受け取る。
彼の脳の中には、現実には起こりえない、逆に言えば創作だからこそ何でもありな世界の知識が詰まっている。
事情の説明は無しで異世界に放り込まれる、神様に送り込まれる、あるいは呼び寄せられる。
超能力者が、巨大な爆発のエネルギーが、人々の思いが、仮想の世界ならば何でも起こす事を知っていた。
マヴラヴという作品では、白銀武という主人公が、元の世界から召喚され、その世界の人類を助けるために戦っていた。
一度は失敗したが、文字通りの意味で人生の二回戦に挑み、そして多くの犠牲を払って最終的に勝利を掴み取る。
「理解が早い人間は好きだよ」
目の前の存在は抑揚のない声でそう言った。
「君には一万ポイントをあげよう」
「それはどうも」
抑揚のない声で、無表情で、そのような台詞を吐く目の前の存在に恐怖を覚えつつ、それでも彼は答えた。
一万ポイント。
ただのほめ言葉としては前後の経緯から出てくるはずのない表現である。
何か絶対に意味のある言葉だ。
そう思いつつ、一言も聞き逃さないように相手を見る。
「その態度は非常によろしい、もう一万ポイントだ」
また一万ポイント。
持ち点がないとすれば二万ポイント。
目の前の良く分からない存在がよほどその言葉を気に入っているのでなければ、確実に意味のある言葉だ。
「君の前任者たちは大変に無能でね。
誰もが持ち点だけで送り出され、死んでしまった。
ここまでの経緯を踏まえて、君には期待するよ」
「同じ事をした人たちが何人かいたという事でしょうか?」
口調を今更ながら敬語に改める。
目の前の目の前の存在は、確実に何か特別な存在である。
偉そうな態度も、恐らく無意味にではなく意味がある。
他者(この場合は俺)に対して圧倒的に優位を持っている、あるいは存在自体が高位である。
そのどちらかだ。
「・・・よろしい。
君の態度は実によろしい。
もう一万ポイントをあげたところで、説明を始めよう」
目の前の存在は無表情で褒め、そしていつの間にか出現した椅子に腰掛けて画面を見た。
ようやく、真っ黒だったモニターが点灯し、世界地図が映し出される。
日本列島の大半と南北アメリカ大陸、その他世界各地の数箇所が青く光っている。
別な表現をすると、地球上のほぼ全ての地域が真っ赤に光っている。
赤はBETAの支配地域、所々にある数字付きの印はハイブと呼ばれる彼らの拠点だろう。
僅かな青は人類領域。
決死の防衛戦闘や地形的要因によって辛うじて生き残っている人間たちの生存圏だ。
「この世界は大変な危機に晒されている。
詳しい事情の説明は君には必要ないだろうね?」
「原作のスタート時点の状況と考えてよろしいのでしょうか?」
「それに近いと考えてくれて構わんよ。
ああ、もう少しばかり人類の領土は少ないがね」
「であれば説明は不要です。
いくつか質問をしてもよろしいでしょうか?」
俺の質問に、目の前の存在は頷いた。
もう一万ポイント、と小さく呟いている。
「質問は三つです。
一つ目、私は一人で現地に行くのでしょうか?
それとも、先ほどから頂いているポイントを使って仲間などを連れて行けるのでしょうか?
二つ目、作中の人物の役割を代わりを勤めるのでしょうか?
あるいは、何らかのアシストを受けて作中の世界に存在していた人物として参加するのでしょうか?
それとも、世界に存在していなかった人物として出現するのでしょうか?
最後の三つ目ですが、元の世界に戻る事は出来るのでしょうか?」
一度に尋ねてしまう。
冷静な思考を保てるように極力勤めてはいるが、どうしても口を開くと言葉が止まらなくなってしまう。
「全ての質問について、君の選択次第であるという回答になるね」
目の前の存在はそう答えた。
一瞬意味がわからず頭の中が真っ白になるが、思考を手放さないように必死に意識をつなぎとめる。
これまで理性的な対応をしてきた相手が意味もなく挑発してくるはずがない。
つまり、この回答は言葉通りの意味を持っているはずだ。
選択次第。
つまり、さっきからもらっている合計で四万ポイントを使って、何かが出来るという事だ。
某戦略級ガンダムシミュレーションゲームのオリジナルモードのように、好きな人物や装備を『購入』できるという事なのだろうか。
「君の考えている事でおおむね間違いはない。
もちろん、ルールはあるがね」
目の前の存在がそう言うと、モニターの表示が変わった。
メニュー画面のようなものが現れる。
人物、装備、施設、設定といった項目が並んでいる。
というか、どうやら俺の考えている事はダイレクトに伝わっているようだ。
「これを使って、君の好きなように自分の立場をデザインするといい。
不明な点は聞きたまえ」
「ありがとうございます」
素直に感謝の言葉を述べ、いつの間にか目の前に出現していた机を見る。
そこにはマウスとキーボードが置かれており、メモをしろということだろう、メモ帳とペンもある。