それは、些細な偶然。
無数に連なる並行世界・多元宇宙・因果地平。
その中の一つで、ちょっとした誤差……エヴェレット解釈の揺らぎが、世界の運命を変えるほどの暴風となった。
後に彼は語る。蝶の羽ばたきが、地球を割ることもあるんだなあ、と。
その時彼は、なし得ることを為して、光に包まれていた。これで終わり。自分はあの、平和に満ちあふれた世界へ……本来の居場所へ帰るのだ。
幾多のこぼれ落ちる記憶と引き替えに。
そう思ったとき、彼……白銀 武は、今まで過ごした世界が、とても懐かしくなった。
名残惜しくなった、といってもいい。
都合二回体験した、戦いの日々。最初は何も出来ず、次は犠牲を出しつつ何とかなった。
そんな思い出が走馬燈のように浮かび……光の中、彼は振り返った。
それが、よくなかったようだ。
何故か彼は、光の中に消えつつ--こけた。
∀ Muv-Luv それはうち捨てられたすべて
「う……」
武が目をあけると、そこは霧の中であった。起き上がろうとするが、何故か手がつけない。
まるで宙に浮いているかのようであった。
と、その霧が急速に晴れはじめる。いや、無数のかたまりに凝集していく。やがてまわりは、宇宙空間を思わせる漆黒の『無』と、そこに浮かぶ無数の人影へと姿を変えていた。
その人影の姿に、武は見覚えがあった。いや、ありすぎた。
そこに浮かんでいたのは、無数の……それこそ視界すべてを埋め尽くすほどの『白銀武』だった。
「お、自意識がある」
「みたいだな……『観測者』が来たのか?」
「らしいぞ……ああ、『彼』だ。明らかに因果要素が軽い」
「おお、そりゃラッキーだ」
自分以外の『武』は、この事態を理解しているのか、口々に自分と同じ声で話し始める。聞こえる声が操作リプレイなどの時の自分の声と同じだから、間違いあるまい。
「と、いうわけで、ようこそ。どこかの白銀武。この『因果のゴミ捨て場へ』」
「おい、せめて墓場と言えよ」
「い~や、ゴミ捨て場で十分だろ? オーバーフローでこぼれ落ちた、因果要素なんて」
武は混乱した。無理もあるまい。自分でない自分が無数に集まって、自分のことをあーでもないこーでもないと言い合っているのだ。
「なんなんだよ一体! おまえ達は何なんだ! みんな俺と同じ顔形して、俺の声でしゃべって!」
その様子に、無数の武達は皆一様に「あちゃ~」という表情を浮かべた。
「混乱するのも無理ないか」
「でもよ、ということはこいつ、相当『軽く』ないか?」
「ああ」
そして武達の中から、とりあえず代表ということなのだろう、一人の『武』が進み出てきた。
見た目からすると、今の武を6~7歳年上にした感じだろうか。
彼は開口一番、とんでもないことを武に告げた。
「あ~、俺たちはだな、全部『元・白銀武』だ」
「も、元?」
「ああ、『元』だ。より正確に言えば、『因果の統合の際に容量不足でこぼれ落ちた、白銀武という因子の蓄積』だ。で、『観測者たる白銀武』」
彼はじっと武を見つめると、ゆっくりとした言葉で武に質問をしてきた。
「おまえ、ここに来る前に『何回』体験した? BETAとの戦いを」
その言葉が、惑乱していた武の脳髄を冷やした。その一言だけで、ここにいる「武達」が、皆BETAと戦ってきた存在であることを理解する。
だから武は言った。
「2回、だけど……夕呼先生は、これでもとの世界に戻れるはずだと……」
その瞬間、世界が爆発した、かと武は思った。無数の武達が、一斉に驚愕と歓喜の叫びを上げたのである。
「おい、まっさらだぜ!」
「嘘だろ、『あの』武なのかよ!」
「信じられねえ……けど、道理で『軽い』上に『観測者』になれるはずだぜ」
「おい、てことは、こいつなら」
「ああ、「もっていける」ぞ!」
少ししてその大騒ぎは収まった。が、武達の視線はすべて自分に向いている。
「なあ……どういうことなんだ?」
武は、目の前で唯一騒いでいなかった『代表者』の武に話しかけた。
「ああ、まあおまえには、おまえにだけは、判らんだろうな」
そういうと彼は、武に向き直ると、今までにない真面目な目で武を見つめてきた。
「これから俺の説明することを、是非ともおまえに聞いてほしい。そして、どうするかはおまえに決める権限がある。どんな道を選ぶも、おまえの自由だ。ま、たぶん俺たちの予想通りになる気もするが。別人に見えても、ここにいるのは全員おまえだからな」
そして彼は説明をはじめた。あまりにも予想外の、驚くべき『事実』を。
「おまえさんは、最初何も出来ず、続いて桜花作戦を多大な犠牲と共に成功させた白銀武、で間違いはないな」
最初に確認するように問う『代表者』。
武は黙って頷いた。
「なら問題ねえな。まず最初に、ここにいる『俺達』が何者か説明しよう。俺達はな、おまえが体験してきた2回の戦いに納得できず……『3回目』以降に突入した白銀武、そのなれの果てみたいなものだ」
「3回、目?」
これで終わりだと思っていた武には、予想外の一言になった。
「お、意外そうだな。だから2回目でここに来るなんて事も出来たんだろうがな。でも事実だ。おまえさんは考えもしなかっただろうけどな、実のところ並行世界って言うのは、それこそ『無数』にあるんだ。おまえの知っている元の世界も、BETAに侵略されている世界も、そんな『無数』のうちの一つでしかない。
平和な世界も、BETAに侵略されている世界も、それぞれ一つきりじゃない。どっちも『無数』にあるのさ」
武は考える。そして気がつく。言われてみればその通りだ。並行世界が2つきり、と考える方がむしろおかしい。
「もちろん、世界は一つ一つ違う。だがな、俺達の知る世界だけでも、平和な方では純夏と結ばれた世界、冥夜と結ばれた世界、ほか委員長やタマや……結ばれた相手の分だけ並行世界が存在している。BETA側でも一緒だ。大筋……BETAとの戦いは同じ流れでも、その間に紡がれた人間関係が違う世界はいくつもある。
俺達というか、俺、白銀武は、夕呼先生の言う『因果導体』になっていたせいで、そんな並行世界間を結びつけ、時にはループする存在になっているわけだ」
「ああ、それは一応判る。いろいろあったし……」
つらそうに言う武を、彼は慰めるようにその肩をなでた。
「言うな。ここにいる『俺達』はほとんどがその思いを知っている」
「ああ、そうか……3回目以降って言うことは、俺の辿ってきた道のりは、みんな知っているって言うことか」
「そうなる。だがな、それは些細なことだ。ここからが本題になる。心して聞いてくれ」
武の心に、何かが灯された。
「正確に言うと、俺達は『元』と言ったように、白銀武本人じゃない。同じ人格や記憶は有しているものの、こぼれ落ちたものでしかないんだ」
「どういうことだ?」
武の問いに、彼は答える。
「因果導体がループをするというのはな、何も単独の『自意識』が時間を遡航している訳じゃないんだ。実際に行われているのは、呼び出す側である存在……俺達の場合はあのケースの中の純夏だな、あれに呼ばれる際、この無窮の空間……まあとりあえず『因果地平』とでも言っとくが、ここに散らばっている『白銀武』って言う存在に繋がる因果関係をかき集めて、呼び出される存在である白銀武を構成しているんだ。ただその際、すべての因果が統合される訳じゃない。人間としての存在には限りがある。だがな、白銀武って言う因果導体はちょっと特殊でな、因果世界においては事故というか、パイプの水漏れに近いんだ」
「水漏れ?」
その表現に疑問を持つ武。
「ああ、因果導体としてはある意味破格だ。普通の因果導体的存在は、ある程度まとまっているもので、こういう風に並行世界間の間の因果地平に要素がぶちまけられたりはしない。
いろいろな要因が重なって、純夏の思いがこの時空構造に傷をつけ、そこからこぼれ落ちた因果が『白銀武』って言うわけだ。
そんなもんだからな、白銀武って言う因果導体の持つ因果要素は、ループによる蓄積もあって、並行世界すべての白銀武という器をかき集めても追いつかないくらいの量になっちまってる。一つの世界で武が呼ばれるたびに、必要な要素がかき集められ、その世界の武にとって不要と思われる要素……死んだときのショックとかな、そういうものはそぎ落とされる。
そんな、そぎ落とされた要素が互いを補完して、白銀武っぽいところまで集まったのが、ここにいる『俺達』なんだ」
「ゴミとか、墓場って言うのはそういうことか……」
思わず頷く武。自分が蓄積し、そしてそこからこぼれ落ちたものから再構成された自分。
それがこれほどの量になると言うことは、自分は一体、どれほどの時空で、どれほどの間戦ってきたというのだろうか。
考えるだけでもめまいがしてきた。
「まあここには時間の概念がないに等しいからな。普段は俺達は、因果の要素として、観測前の状態になっている。意味は判るだろ、エヴェレット解釈」
「さすがに一応は」
元の世界に一時的に帰るために、夕呼先生がやっていたあれだろうと思う武。
「そんなところに、相互補完じゃない、完全体としての『白銀武』の意識を持つおまえが偶然迷い込んできたわけだ。おまえは独立した自意識を持つ個体だから、エヴェレット解釈における『観測者』としての立場になる。つまり俺達は、今おまえが見ているから存在するんだな」
「そうだったんですか」
「そう。さらに言うとおまえは『軽い』。正確に言うと、純粋に2回しかループしていない存在なんで、『因果容量』に余裕がある。望むならおまえは、ここから許す限りの『情報』を持ち出すことが出来るんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。まあ素直に元の世界に帰るのも有りだと思うんだが、今のおまえは、幸運な偶然から、並行世界における無数の「俺達」が蓄積した情報の中から、選りすぐりのものを持って『3回目』に挑戦することも出来るっていう訳だ」
3回目……その言葉が彼の口から出た瞬間、明らかに武は緊張した。
そんな武の様子を見て、彼は歪んだ笑みを浮かべる。
「やっぱりおまえも、『俺達』なんだな。そうだ。ここにいるのは、それに気がついて3回目に挑み……4回、5回と繰り返して朽ち果てた記憶がほとんどだからな。まあ並行世界の方じゃ、そういう負の記憶をうち捨てた無数の『完全体』の俺達が頑張っている最中な訳だが」
「そっか……ははは、判っちまったよ。みんなが『何』なのか。何であのとき、俺が振り返っちまったのか。そうか……俺は『悔しかった』んだ。やり直してもまだあんなことになったことが。まりもちゃんに生きていてほしかった。A-01のみんなも、207Bのみんなも……委員長にも、彩峰にも、美琴にも、そして……冥夜にも、みんなに生きて、笑っていてほしかったんだ……」
「言うな。みんな、思いは……一緒だ。思いはただ一つ。今戦っている『武達』の、誰か一人でもいい、誰も死なない、ハッピーエンドを迎えた奴が出てくれってな」
しばし、武は泣いた。まわりに何人いようと関係ない。思いは同じ、自分なのだから。
そして武が落ち着いたとき、彼は再び真面目な顔になって、驚天動地の『真実』を告げはじめた。
「さて……武。ここからは心して聞いてくれ。これは今戦っている、並行世界の武達、その誰も知らない、いや、知ることが出来なかった情報だ」
「どういうことだ?」
彼は、まわりを……因果地平と名付けた、この無窮の虚空を見渡していった。
「その情報は、この時空内でなければ手に入らなかったものなのだ。だがここのことを、並行世界で戦っているものは知ることは出来ない。今こうして、おまえという『事故』が起きるまではな」
武は理解した。ここにいるのはほかの『武』が武になるために『切り捨てた』部分だ。切り捨てたが故に、ここのことは知り得ない。
「そこでクイズだ。おまえの戦ってきた世界、そして俺達のオリジナルがいる世界、そうした無数の世界の中、俺達の敵である『BETA』。さて、全時空を合わせたら、その個体数はいくつくらいになると思う?」
「それは……」
武は考える。あ号標的規模でも、確か10の38乗ぐらいとか。それが無数の並行世界全体となったら、それこそ意味のないくらい無数に……
そこまで考えた時点で、とんでもないひらめきが武を貫いた。
BETAの数がそういう『無数』なら、わざわざクイズにして聞いてくる意味があるのか? そして彼は俺達の知らない情報を知っているといった。だとしたらクイズとして考えるなら、正解はむしろ逆……
「1、とか」
武は想像と真逆の答えを言ってみた。はたして、彼は。
「さすがだな……正解だ」
「ええええええっ!」
あまりにも信じられない、その答えを肯定した。
「信じられないかも知れないがな、この世界……並行世界のすべてまで考えたとき、BETAの個体数は『1』になるんだ」
「じゃ、じゃあ、俺達の戦ってきた、あの無数のBETAは何なんですか?」
そう聞く武に、彼はこともなげにいう。
「なあ、人間の体内に侵入した病原菌には、白血球が対抗するよな。で、その時人間は何人だ?」
判ってしまった、それだけで。彼はこう言うのだ。
あれは、自分が戦ってきた突撃級や要塞級は、BETAから見れば、『白血球』に過ぎない、と……
「まあ、オリジナルハイヴを含めた、地球丸ごとで、BETAからすれば細胞一つ分くらいだ。太陽系全部でも、細胞数個。銀河全部で、やっと臓器一つ分くらいかな。BETAっていうのは、それだけ巨大な存在なんだ」
「は、はは、何だよ、それ……」
「まあオルタ4もご愁傷様、って奴だ。人間が考える意味でのBETAの意識は、並行世界間に渡って存在する超次元間存在の上に乗っているものだぞ。俺達から見れば、それは『神』の意識みたいなもんだ。タイムスパンだって全然違うだろ。たぶん銀河の一生が、BETAからすれば瞬きかも知れんぞ」
「勝てるのかよ、そんな奴らに……」
うちひしがれる武。だが、彼はそんなたれるに、人の悪いにやりという笑みを浮かべて言った。
「なあ武。何で人間は、病気であっさり死ぬんだ?」
「あ」
とたんに再起動する。そうだ。目に見えない細菌が、人間をあっさり殺してしまうのだ。
「そういうことだ。で、ここからが最重要。何故BETAが侵略をするのか、その真実を、おまえに託したい」
そういって彼が虚空を指さすと、そこにスクリーンのようなものが浮かび上がった。
そこに映っていたのは……
「なんじゃこりゃあっ!」
思わず武も叫んでしまったもの。
映っていたのは日本の航空写真のようであった。だが、その姿は武の知る者と大きく違っていた。
日本中央部が、明らかに形が変わっていた。横浜あたりを中心にしてそびえ立つモニュメント。富士山すら霞まんというほどの変化。
それはハイヴであった。だが、武の知るいかなるものより大きな。
「それはフェイズ12……明星作戦が起こらず、純夏がとらわれたままになっていた世界で形成される、マーズ・0のフェイズ9を遙かに上回る超大規模ハイヴだ」
「何でこんな……」
衝撃を受ける武に、彼は語る。
「驚くのはまだ早い。BETAの侵略理由……それはただ一つ。鑑純夏……彼女を捕らえるために他ならない」
「なんだってええええっ!」
再び武の絶叫が周辺にとどろいた。
「正確に言えば、純夏と同じ能力を持つ存在の確保、だな」
武が落ち着くと、彼は再び説明をはじめた。
「相対性理論は知っているだろう? 物質は光速を越えられない」
「ああ……」
「BETAとて霞ではない。物理的存在である以上、いくら巨大になっても、いや、巨大になればなるほどその制約を受ける。巨大化は情報伝達に阻害を起こすから、必然的にいつかは上限に突き当たる」
「だよな」
「だがBETAは、その壁を『因果導体による因果交換』による情報伝達によって打ち破ることに成功した存在なんだ」
「因果導体? 俺達のことか?」
「正確に言えばそれを生み出せる個体……俺達の場合でいえば純夏だな。ここで考えてみろ。
俺達の知る記憶流出、あれは因果のレベルの差違による、俺達が原因で起こった悲劇だったな」
「ああ」
頷く武に、彼は話を続ける。
「だが……ここで思考実験だ。おまえが飛んだのが元の世界ではなく、『夕呼先生が00ユニットを完成させた、別のBETAに侵略された並行世界』だったらどうなったと思う?」
「? 何か違うのか? やっぱり同じように、記憶の流出が起きるんじゃ……」
「起こるだろうな。だが、よく考えろ。その世界には、こちらと同じ、『脳髄になって武を呼んだ鑑純夏』と、『呼ばれた白銀武』が存在しているんだぞ」
「あ」
武は考える。この場合、双方に脳髄の純夏が存在している。かつての時のように一方的に因果が動いた場合とは条件が変わる。こちらに流れ込むのと同等に、こちらからも因果が……
「双方に因果の流れを通じた、記憶による通話が成立する!」
「その通りだ」
彼は頷く。
「因果通信……俺達はそう呼んでいる。時空の間から他の存在に呼びかけられるだけの精神力・自我を備えた存在……BETAはそういう存在を通して並行世界間に因果通信網とでもいうものを作り上げている。因果通信は即時通信だ。物理空間を通じてでは果てしない時間が掛かる情報のやり取りも、並行世界による因果通信を使うことによって大幅に短縮が可能になる。
そしてな……そういう存在は、BETAにとっても自ら作り出すことの出来ないもの……人間でいうなら必須アミノ酸みたいなものなんだ。BETAがハイヴを作り、人間を襲ったのは、まさに純粋な食欲……自らの拡大に必要な栄養素を探し出すことに他ならなかったんだ」
「そんな……」
「BETAが純夏を確保し、その心を完全に支配下に置いたとき……純夏は通信端末として完全に取り込まれ、『召喚級(サモナー)』という最悪のBETAになる。召喚級は並行世界とのBETA母群との通信及び物資のやり取りを可能とする。また、あ号標的の代わりにBETAの情報網の頂点に立ち、同時にその高度に進化したBETAの高位知性群がBETAの統率に当たる。
これが何を意味するか判るか?」
「BETAが……『軍隊』になるっていうことか」
「そうだ。それも戦略、通信、兵站、そういう分野において人間を遙かに上回る、な。これが完成した世界は、見ての通り、あっという間にBETAに取り込まれて滅亡した。この情報は、この世界に存在した武からこぼれたものだ。ちなみにまだまだある。コアになった存在も、純夏だけという訳じゃなかったからな。並行世界の中には、ほかのハイヴで純夏と同じになった生存者がいた事もある」
「運がよかったんだな、ある意味俺達って」
「ああ。純夏が切り離されたおかげで最悪の事態を逃れると同時に、その時生じた時空の亀裂によって俺達のような存在が生まれた」
彼は遠くを眺めるようにいった。
「武。おまえにはほかにもいろいろな情報を託していける。もしその気があるのなら……BETAを、滅ぼしてくれ」
「そういえば何故『俺』なんだ?」
「ああ……何度もループを繰り返すと、持っていけなくなるんだ。切り捨てられても、人の心には『思い出』が残る。ループを繰り返すと、自我にこの思い出が、澱のようにこびりついていくんだ。それが負担になって、だんだんと白銀武自体が劣化してしまう。それを修復しようとしたら、ばっさりと心を切り捨てるしかない。俺達の中核自我は、そういう『切り捨てられたもの』なんだよ」
「わりぃ、嫌なこと聞いた」
「今更さ。そうそう、ここから持ち出せる情報は、オルタ4に必要なもの……例の数式とかハイヴデータのほか、XM3の完成版とかもあったりする。あとXM4とかな」
「そんなものもあるのか」
「もっともそれは現行の戦術機には不要だ。XM4はこれだけある並行世界のうちただ一つ、BETAの真実に気がついた世界由来のものだからな。とりあえず地球圏は冥王星のフェイズ11ハイヴ、イレブン・ゼロを落とせば一段落する」
「冥王星!」
「おい、BETAが火星から来たなんて思ってたんじゃないだろうな。BETAは外宇宙から来て、太陽系に漂着したんだぞ。太陽系のコアは冥王星だ。あれを落とせば半径10光年範囲は平気なはずさ。元々BETAは大規模侵攻するときは並行次元間転送を使うからな。
並行次元への穴を開ける因果端末体を取られない限り、あいつらは知性持たない自動機械だ。あ号標的も、せいぜい出来のいいAIだぞ。冥王星のオメガも00ユニット程度だしな」
「オメガ?」
「ああ、馬鹿でかいあ号標的みたいなものさ。それはさておき、実はイレブン0を落とせば、BETAの因果通信網に干渉することが可能になる。そしてな、広大な因果網のどこかに、全次元のBETAを統括する中枢があるはずなんだ。仮称アルティメット・ワンがな」
「アルティメット・ワン……」
「それを落とせば、全時空間のBETAすべてが死滅する。人間が死んで腐るかのごとくな」
それはあいとゆうきのおとぎばなし。
彼らが何を成し、どういう未来を手にしたかは、
……これから、少しずつ語られていきます。