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No.7678の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 ~第1部 完結~  [samurai](2012/01/15 00:56)
[1] 北満洲編1話[samurai](2009/03/31 02:40)
[2] 北満洲編2話[samurai](2009/04/12 14:43)
[3] 北満洲編‐幕間その1[samurai](2009/04/02 03:33)
[4] 北満洲編‐幕間その2[samurai](2009/04/02 23:49)
[5] 北満洲編-幕間その3[samurai](2009/04/04 02:31)
[6] 北満洲編3話[samurai](2009/04/04 22:33)
[7] 北満洲編4話[samurai](2009/04/05 19:23)
[8] 北満洲編5話[samurai](2009/05/16 17:22)
[9] 北満洲編6話[samurai](2009/04/11 02:17)
[10] 北満洲編7話[samurai](2009/04/12 03:34)
[11] 北満洲編8話[samurai](2009/05/05 23:46)
[12] 北満洲編9話[samurai](2009/04/18 21:28)
[13] 北満洲編10話[samurai](2009/04/18 22:35)
[14] 北満洲編11話[samurai](2009/04/19 01:16)
[15] 北満洲編12話[samurai](2009/04/24 02:55)
[16] 北満洲編13話[samurai](2009/04/25 22:53)
[17] 北満洲編14話[samurai](2009/05/06 00:47)
[18] 北満洲編15話[samurai](2009/05/10 04:08)
[19] 北満洲編16話[samurai](2009/05/10 03:42)
[20] 北満洲編17話―地獄の幕間[samurai](2009/05/13 19:48)
[21] 北満洲編18話[samurai](2009/05/16 03:31)
[22] 北満洲編19話[samurai](2009/05/16 03:59)
[23] ちょっとだけ番外編(バカップル編)[samurai](2009/05/17 03:25)
[24] 北満洲編20話[samurai](2009/05/19 23:48)
[25] 北満洲編21話[samurai](2009/05/20 00:32)
[26] 北満洲編22話[samurai](2009/05/24 02:21)
[27] 北満洲編23話[samurai](2009/05/24 04:25)
[28] 北満洲編最終話[samurai](2009/05/24 03:36)
[29] 設定集(~1993年8月)[samurai](2009/05/24 23:57)
[30] 国連極東編 満州1話[samurai](2009/06/09 02:02)
[31] 国連極東編 番外編・満州夜話[samurai](2009/06/09 02:03)
[32] 国連極東編 満州2話[samurai](2009/06/09 02:03)
[33] 国連極東編 満州3話[samurai](2009/06/09 02:03)
[34] 国連極東編 満州4話[samurai](2009/06/09 02:03)
[35] 国連極東編 満州5話[samurai](2009/06/09 02:04)
[36] 国連極東編 番外編 艦上にて―――或いは、『直衛君、弄られる』[samurai](2009/06/09 02:04)
[37] 国連極東編 満州6話[samurai](2009/06/09 02:04)
[38] 国連極東編 満州7話[samurai](2009/06/09 02:04)
[39] 国連極東編 満州最終話[samurai](2009/06/10 07:33)
[40] けっこう番外編(かなりバカップル編)[samurai](2009/06/12 23:53)
[41] 国連欧州編 英国[samurai](2009/06/14 10:27)
[42] 国連欧州編 イベリア半島1話[samurai](2009/06/17 23:46)
[43] 国連欧州編 イベリア半島2話[samurai](2009/06/18 00:38)
[44] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 1話[samurai](2009/06/20 23:34)
[45] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 2話[samurai](2009/06/21 13:54)
[46] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 3話[samurai](2009/06/26 00:07)
[47] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 4話[samurai](2009/06/28 03:55)
[48] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 最終話[samurai](2009/06/28 10:30)
[49] 国連欧州編 シチリア島1話[samurai](2009/07/01 00:59)
[50] 国連欧州編 シチリア島2話[samurai](2009/07/01 01:28)
[51] 国連欧州編 シチリア島3話[samurai](2009/07/05 00:59)
[52] 国連欧州編 シチリア島4話 ~幕間~[samurai](2009/07/05 22:09)
[53] 国連欧州編 シチリア島5話[samurai](2009/07/10 02:30)
[54] 国連欧州編 シチリア島最終話[samurai](2009/07/11 23:15)
[55] 国連欧州編・設定集(1994年~)[samurai](2009/07/11 23:25)
[56] 外伝 海軍戦術機秘話~序~[samurai](2009/07/13 02:52)
[57] 外伝 海軍戦術機秘話 1話[samurai](2009/07/17 03:06)
[58] 外伝 海軍戦術機秘話 2話[samurai](2009/07/19 18:39)
[59] 外伝 海軍戦術機秘話 3話[samurai](2009/07/21 23:41)
[60] 外伝 海軍戦術機秘話 最終話[samurai](2009/08/13 22:32)
[61] 国連欧州編 北アイルランド[samurai](2009/07/25 17:47)
[62] 国連欧州編 スコットランド1話[samurai](2009/07/27 00:36)
[63] 国連欧州編 スコットランド2話[samurai](2009/07/28 00:28)
[64] 国連米国編 NY1話[samurai](2009/08/01 04:13)
[65] 国連米国編 NY2話[samurai](2009/08/06 00:03)
[66] 祥子編 南満州1話[samurai](2009/08/13 22:31)
[67] 祥子編 南満州2話[samurai](2009/08/17 21:26)
[68] 祥子編 南満州3話[samurai](2009/08/22 19:19)
[69] 祥子編 南満州4話[samurai](2009/08/30 19:03)
[70] 祥子編 南満州5話[samurai](2009/08/28 07:52)
[71] 祥子編 南満州6話 ―幕間―[samurai](2009/08/30 18:45)
[72] 祥子編 南満州7話[samurai](2009/09/06 00:08)
[73] 祥子編 南満州8話[samurai](2009/09/16 23:35)
[74] 祥子編 南満州9話[samurai](2009/09/19 03:15)
[75] 祥子編 南満州10話[samurai](2009/09/21 22:59)
[76] 祥子編 南満州最終話[samurai](2009/09/22 00:42)
[77] 祥子編 南満州番外編~後日談?~ その1[samurai](2009/10/01 23:43)
[78] 祥子編 南満州番外編~後日談?~ その2[samurai](2009/10/01 22:02)
[79] 国連米国編 NY3話[samurai](2009/10/03 13:42)
[80] 国連米国編 NY4話~Amazing grace~ [samurai](2009/10/11 12:38)
[81] 国連米国編 NY5話~Amazing grace~ [samurai](2009/10/14 22:32)
[82] 国連米国編 NY最終話~Amazing grace~[samurai](2009/10/17 03:10)
[83] 国連番外編 アラスカ~ユーコンの苦労~[samurai](2009/10/19 21:28)
[84] 国連欧州編 翠華語り~October~[samurai](2009/10/23 22:58)
[85] 国連欧州編 翠華語り~November~[samurai](2009/10/24 15:34)
[86] 国連欧州編 翠華語り~December~[samurai](2009/11/01 23:21)
[87] 国連欧州編 翠華語り~January~[samurai](2009/11/09 00:17)
[88] 国連欧州編 翠華語り~February~[samurai](2009/11/22 03:05)
[89] 国連欧州編 翠華語り~March~[samurai](2009/11/22 03:38)
[90] 国連欧州編 翠華語り~April~[samurai](2009/11/22 04:13)
[91] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 1話[samurai](2009/11/24 00:29)
[92] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 2話[samurai](2009/11/29 02:20)
[93] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 3話[samurai](2009/12/06 22:19)
[94] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 4話・前篇[samurai](2009/12/11 22:37)
[95] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 4話・後篇[samurai](2009/12/12 21:38)
[96] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 5話[samurai](2009/12/13 20:58)
[97] 国連欧州編 最終話[samurai](2009/12/13 23:06)
[98] 帝国編 ~序~[samurai](2009/12/19 05:05)
[99] 帝国編 1話[samurai](2009/12/20 12:06)
[100] 帝国編 2話[samurai](2009/12/24 00:16)
[101] 帝国編 幕間[samurai](2009/12/25 04:22)
[102] 帝国編 3話[samurai](2009/12/30 05:15)
[103] 帝国編 4話[samurai](2010/02/08 02:09)
[104] 帝国編 5話[samurai](2010/02/22 01:03)
[105] 帝国編 6話[samurai](2010/02/22 01:00)
[106] 帝国編 7話[samurai](2010/03/01 00:28)
[107] 帝国編 8話[samurai](2010/03/13 22:53)
[108] 帝国編 9話[samurai](2010/03/23 23:37)
[109] 帝国編 10話[samurai](2010/03/28 00:51)
[110] 帝国編 11話[samurai](2010/04/10 21:22)
[111] 帝国編 12話[samurai](2010/04/18 10:47)
[112] 帝国編 13話[samurai](2010/04/20 23:21)
[113] 帝国編 14話[samurai](2010/05/08 16:34)
[114] 帝国編 15話[samurai](2010/05/15 01:58)
[115] 帝国編 16話[samurai](2010/05/17 23:38)
[116] 帝国編 17話[samurai](2010/05/23 12:56)
[117] 帝国編 18話[samurai](2010/05/30 02:12)
[118] 帝国編 19話[samurai](2010/06/07 22:54)
[119] 帝国編 20話[samurai](2010/06/15 01:06)
[120] 帝国編 21話[samurai](2010/07/04 00:59)
[121] 帝国編 22話 ~第1部 完結~[samurai](2010/07/04 00:52)
[122] 欧州戦線外伝 『周防大尉の受難』[samurai](2009/09/12 02:35)
[123] 欧州戦線外伝 『また、会えたね』 ~ギュゼル外伝~[samurai](2010/12/20 23:16)
[124] 設定集 メカニック編[samurai](2010/12/20 23:18)
[125] 設定集 陸軍編(各国) 追加更新[samurai](2010/05/15 01:57)
[126] 設定集 海軍編(各国) [samurai](2010/05/08 18:23)
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[7678] 国連極東編 満州最終話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/06/10 07:33
1993年10月12日 1125 遼寧省 鉄嶺~四平間 幹線路


秋の長雨の季節になっていた。

お世辞にも、状態が良いとは言えない満洲の道路事情。 
北から撤退してくる部隊は、泥濘にはまり込んだ車両が続出で、往生している。
俺達戦術機部隊は、そんな車両を「抜き出す」仕事と、周辺警戒にここのところずっと就いていた。

どんよりと曇った空が、地平線の彼方まで続いている。 昼なお暗く、遠くで雷鳴が響いていた。


『なぁ、俺達、勝ったんだよな?』

ファビオが通信回線で話しかけてきた。 
スクリーンにファビオの機体が映っている。  F-4Eをベースにした、練習機用のTF-4E。それに武装を施している。
かく言う俺も、同じ機体だ。

1か月前乗っていた「F-92M-2」は、今頃帝国本土だろう。 戦場での『実証試験』も上々で、メーカーの連中もさぞ、喜んでいるだろうな、ふん。
もともと、イレギュラーで搭乗していたのだ。 試験が終われば、お役御免か。 
仕方が無いので、中隊は余剰のTF-4Eに搭乗している。


「勝ったよ。 ああ、確かに勝ったさ」

1か月前の、あの戦い。 3つのハイブから溢れ返ったBETAの大侵攻。 確かに、支え切った。
陸軍部隊も、海軍部隊も、ボロボロになるまで奮戦して、BETAの殲滅に成功した。
確かに、成功したのだ。


『海軍なんてよ。 戦艦2隻沈没に、母艦戦術機部隊なんか、損失70%だぜ? 巡洋艦や駆逐艦なんかも、結構沈んだんだろ?
俺達陸軍部隊だって、損失60%近いんだぜ? そんなになってまで、戦って、勝ったんだろ? なのに・・・』

なのに。 

どうして北部満洲から、撤退しなきゃいけないんだ?
どうして中部満洲まで、放棄しなきゃいけないんだ?
どうして勝った側が、後退しなきゃいけないんだ?

ファビオの無言の部分には、そんな声が含まれている。


「戦力を、すり潰し過ぎたな・・・ もう、満洲全域をカヴァーするだけの兵力が無いよ。
華北もBETAの勢力圏になったし、そっち方面への防衛に重点置かなきゃ。 一気に朝鮮半島まで突っ込まれてしまうよ」

雨が酷くなってきた。 凄い豪雨だ。 視界が50mも利かない。

―――そうだ。 戦力を失い過ぎた。

あの戦闘は、あれから2日後、9月10日まで継続した。

最後は戦略予備を北部第2防衛線に投入し、北方戦線からの増援の戦術機甲1個師団も投入して、北からBETA群を圧迫した。
そして9月9日には、南部に集まったBETA群に対し、海上から戦艦群が、砲身命数が超過する程の凄まじい艦砲射撃を集中して。
更に随伴の巡洋艦、駆逐艦、フリゲート艦も、BETA群を誘導弾の射程内に入れる為、ギリギリまで突入して、艦砲と誘導弾の豪雨を見舞った。
西と東からも、陸軍砲兵部隊が全力制圧砲撃を敢行。 重砲の88%が、砲身命数超過で何らかの故障を生じさせた程だった。
最後は、戦術機甲部隊と機甲部隊が突入して、進入してきたBETA群を殲滅した。


しかしその代償として、戦力消耗は最早、満洲全域を守りきる事が、不可能な状態になる程のレベルに落ち込んだ。

その結果を踏まえ、統合軍作戦会議(日中韓・3カ国統合幕僚会議)は、北部・中部満洲の放棄を決定。
新たな防衛ラインを、遼東半島の付け根・営口から始まり、鞍山-瀋陽に至る西部防衛ラインと、瀋陽から、撫順―遼源―牡丹河に至る、北部防衛ラインに設定した。
遼東半島、朝鮮半島国境線、そして沿海州の玄関口・ウラジオストークに至るラインを、極東の『絶対防衛線』としたのだ。


(ここを破られたら。 今度こそ帝国本土が、戦域に入ってしまうな。 朝鮮半島の防衛線は、数年しか持たないだろう・・・)

中国の華北軍管区は、壊滅状態だ。 かろうじて、満洲軍管区戦力は60%を維持しているが。 
それだけでは、ウランバートルハイブと、ブラゴエスチェンスクハイブのBETA群の圧力に抗しきれない。
更には今回、前例が出来たように。 重慶ハイブのような遠方のハイブからの『遠征』も、今後もあり得る。
極東戦域での要監視ハイブは、これまでのH18・ウランバートル、H19・ブラゴエスチェンスク以外に、H16・重慶ハイブ、そしてH14・敦煌ハイブも加わった。

とてもではないが、現有戦力での北部、中部満洲防衛は、絵空事に等しい状態になっている。


韓国軍も、最早形り振り構っていられなくなっている。 今月上旬に、国家総動員令が発令され、韓国の徴兵年齢は今月から、男女ともに15歳に引き下げられた。

帝国も近い将来、そうなって行くのだろうか。

嫌な考えばかり、頭をよぎる。




ファビオが、遠くを見る目つきで話し続ける。

『国に居た時の事さ。 イタリアが陥落したのは6年前、87年だけど。 俺、その時14歳でさ。
その前の年、86年から徴兵年齢が15歳に下がって。 俺は5人兄弟の4番目でな。 上に兄貴が2人に、2歳上の姉さんがいて。 下は4歳下の妹でね』

ファビオが身の上話をするのは、初めてだな・・・

『兄貴達はもう、衛士になっていて。 ・・・2人とも、戦死していたんだ、その頃には。 親父は職業軍人で、78年の『パレオロゴス』で、ミンスクの北で死んじまってた。
5歳の時だから、あんまり記憶が無いんだわ、親父の。 お袋も心労がたたって、俺が10歳の時に死んじまったし』

・・・・・・

『まぁ、そんなんで、家の事は姉さんに任せっきりでな。 でも、歌の上手い人でね。 将来は声楽なんか、勉強したかったようだ。
そんな姉さんにさ。 86年に召集令状が届いた・・・ 泣いていたよ、一晩中。 こっそりとね。
で、翌朝、徴兵事務所に出頭して行ったよ。 『ファビオ。 お兄ちゃんなんだから、しっかりね』って言ってさ。 15歳の誕生日の、10日前だった』

スクリーンのファビオは、涙を流しながらも、声は平静だった。

『その翌年さ、イタリアが駄目になったのは。 俺の故郷はナポリでな。 俺と妹は、ナポリ港から出る難民船に紛れ込んで、なんとか脱出した。
ポルトガルのリスボンに着いて、そこからまた、イギリスのリヴァプールに着いてからだよ。
難民キャンプに入って、そこでイタリア軍の・・・ 姉さんがいた部隊が、ナポリの防衛戦で全滅したって聞かされたのは・・・』

「・・・だからか? 国連軍に志願したのは」

『ああ。 欧州連合軍って手も有ったけどよ。 国籍も何も、証明できるもの持って無くてな。
俺が国連軍に入れば。 少なくとも妹は、国連の施設に入る事が出来るんだ。 あの糞忌々しいキャンプから出る事が出来る。
妹は、頭が良くってよ。 去年の9月に飛び級で、大学に入学したんだ。 大学生は、徴兵猶予だしな』

「自慢の妹さんか・・・」

『おうよ。 だから、俺は・・・ 俺は絶対に、あと3年は死ねない。 死んじまったら、妹が大学に居られなくなる。
俺が国連軍に居るから、奨学金が降りているんだよ。 大学を追い出されたら、妹は徴兵される。 姉さんとの約束が、守れねぇんだよ・・・』


それが。 それが、お前の『戦う理由』か。 ファビオ。
いつも陽気で。 飄々として。 周りを笑わせて。 女の子を追いかけて。

でも、そうだよな。 俺達、本当の心の中では、誰だって『理由』を持っているよな。
けど、それを周りに知らせるかは別問題だよな。 場合によっては、周りが気を遣いすぎる。
生死のかかった戦場で、咄嗟に吹っ切れなくなる。


『前に、お前のさ。 好きだって言ってた恋人の事。 根掘り葉掘り聞いて、済まなかったな』

「ん?」

『色々とよ。 圭介や直人から聞いてな。 お前が自分で言うまで、聞いちゃいけない事だったよ。 わりぃな・・・』

その調子じゃ、圭介に久賀のやつ。 かなり詳細に話しやがったな。

「構わないよ。 今、お前だって話してくれた。 それとな・・・」

『あん?』

「あと3年なんて、言わせねぇぞ。 10年でも20年でも、100年でも、死なせねぇからな? 同じ隊に居る限りよ?」

『・・・流石に、100年はねぇだろ、馬鹿。 ま、お互い様だな』

「おう」

それっきり、黙りこくってしまった。


撤退中の部隊は長蛇の列だ。 今日中に通過が完了するだろうか。
気が付けば、1200を少し回った。 そろそろ当直交代だ。

『直衛、ファビオ。 お疲れ。 交替するわ』
『二人とも、ご苦労様。 テントに食事が有るわ』

ギュゼルと趙中尉が交代に来た。

『了解。 交代、お願いします』 
『この天気。 コクピットの中に居ても、寒々としてくるぜ・・・』









野外簡易ハンガーで機体から降りて、テントに向かう。
途中で帝国軍の部隊が休息していた。


(どこの部隊かな・・・)

何気に見ていたら、見知った顔が居たのに驚いた。

「間宮!?」

「えっ!? 周防さん!?」

なんと。 14師団か。 それも、古巣の第2大隊。

「なんだよ、知り合いか?」

ファビオが横から聞いてくる。

「あ、ああ。 俺の古巣だ。 間宮、こっちは俺の今の隊の同僚で、ファビオ・レッジェーリ少尉。 イタリア出身だ。
ファビオ、彼女は間宮怜少尉。 俺が前居た中隊で一緒だった。 俺が先任で、彼女が後任だったんだ」

2人にお互いを紹介する。

「帝国陸軍、間宮怜少尉です。 周防さんには、以前にお世話になった者です」
「国連軍のファビオ・レッジェーリ少尉だ。 今の隊で、直衛の世話をしているよ」

ファビオ。 敬礼とシェイクハンド、一緒にするな。 それと、そのウインクに軟派な笑みもだ。 間宮が引いているだろ?
それに。 前言撤回しろ。 俺はお前の世話になんてなっていない。


「は、はぁ・・・ それは、どうも・・・」

明らかに引いているな、間宮。 まぁ、仕方ない。 
帝国の年頃の女性が、こんなラテンのノリには、慣れていない事は事実だしな。


「いやいや。 それにしても何だな? 直衛。 
お前さんの知り合いの女性ってのは、どうしてこうも魅力的な女性が多いんだ? 
そう思わないかい? Bella Donna(ベッラ・ドンナ:綺麗なお嬢さん)?
Lei è una bella donna veramente attraente(君は実に魅力的な美人だ)」


「す・・・ 周防さんッ!」

シェイクハンドどころか。 何時の間にやら手の甲にキスまでして、口説き始めたファビオに。 間宮が涙目で俺に助けを求めて来ている。

何せ、ファビオは俺より、任官は半年先任になるものなぁ。 間宮より1年先任だ。 そうそう無碍に出来ないか。
そのくせ、こいつは面倒臭がって、中尉進級の昇進試験をさぼっているんだ。

「あ、あの! レッジェーリ少尉! その、手を・・・ いい加減、手を離してもらえませんかッ!?」

「 ≪恋愛が与えうる最大の幸福は、愛する人の手をはじめて握ることである≫――― スタンダール。  僕は今、幸福を求めたいんだ、Una donna adorata(愛しい人よ)」


「おい、ファビオ。 もうその辺にしておいてくれないか? 日本の女性は、ラテンの恋愛観に必ずしも合致しないんだぞ?」

そろそろ、助け舟を出すか。

「 ≪どんなに愛しているかを話すことができるのは、すこしも愛してないからである≫――― ペトラルカ。 いい加減、化けの皮が剥がれるぞ?」

まったく、こいつは。
ファビオが苦笑して、ようやく間宮の手を離す。 間宮と言えば、顔を真っ赤にして、涙目になって俺の後ろに隠れてしまった。

「やれやれ。 嫌われてしまったかな?」

「場所と相手を考えろ。 間宮、大丈夫だから。 挨拶みたいなものさ、こいつが女性を口説くのは・・・」

嘆息する俺を、間宮が何やら不審げに見上げる。

「? どうした?」

「周防さんも・・・ 少しの間に、欧州かぶれしたんですね・・・」

おい、誤解だ。 大体、助けてやったのに何だ? その言い草は・・・

「あ! 先任! お久しぶりです! 元気でした?」
「あ! ホントだ。 先任、どうしてここに?」

美園と仁科か。 懐かしいな、4ヶ月振りか。


「おお!? Bella Ragazza(ベッラ・レガッツァ:美少女)!」

「に、逃げなさいッ! 美園! 仁科! 早くッ!!」

「「 えッ? ええッ!? 」」

「やめんか! この阿呆!!」










「お前達も、元気そうだな。 どうだ? しっかりやってるか? 何か困った事とか、無かったか?」

あのあと、ファビオをドツキ回して追い払った後。 間宮は輸送部隊(元々、その護衛任務だそうだ)との打ち合わせをしに行った。
で、俺はまだだった昼食(と言っても、不味い野戦食だ)を食べがてら、久しぶりに会った後任達と、テントの中で話し込んでいた。

着任当初は扱きまくった後輩だけど。 実際は可愛いものだ。 
この二人の初陣の時に俺は収監中で、一緒に居てやれなかった。 それは結構、負い目にはなっている。


「「 ・・・・・ 」」

「ん? どうしたんだ? そんな面喰った顔して?」

「せっ・・・ 先任がッ! ねえ! 葉月! 先任がおかしくなった!?」
「うそ・・・ 先任が、私達に気遣いの言葉・・・? あの鬼の先任が?」

・・・俺って、そんなに怖かったのかぁ・・・ ちょっと、へこむよ。
思わず、味もそっけもない、薄っぺらなスープに顔を写す。 はぁ。


「ねぇ? どうしよう? 衛生兵、呼ぶ?」
「それよりも・・・ 杏! 急いで軍医呼んでっ!」

「・・・・お前らぁ・・・ いい加減、下手な芝居、止めいッ!!」

「うひゃ!」「ばれたぁ!」

全く。 なにがばれた、だ。


「ま、兎も角。 元気そうで良かったよ。 実際、お前達の事は、結構気になっていたんだ」

食事を食いながら話す。 しかし、不味いなぁ、相変わらず。

「そうなんですか?」

美園がちょっと驚いたような顔をする。

「当たり前だ。 俺は先任だったのに、お前達の初陣の時に、傍に居てやれなかった。 
俺の初陣の時は、先任達が居てくれた。 なのにな・・・」

「「 ・・・・ 」」

「本当に、済まなかった。 初陣の、あの恐怖がどんなものか。 骨身に染みている筈の俺が、ドジ踏んで牢屋の中だものな。
独房の中で何度も、謝ったよ。 それで済む話じゃないけどな。
愛姫・・・ 伊達少尉から、お前達が無事に『死の8分』を乗り越えた事を聞いた時は、正直、嬉し涙が出ちまった・・・」

本当にあの時は、嬉しかった。 絶望感しか無かったあの頃に、唯一ホッとした時だった。


「へ・・・ へへん! じゃ、先任がいなくっても、初陣を切り抜けた私達って。 ひょっとして先任より、腕前は上?」
「そうそう! 何たって、先任不在でも頑張ってるしね!」

・・・・・

「だ、だいたい! 肝心な時に居ないんだもん! 先任って、結構、抜けてますよ!」
「あ、あはは・・・ そ、そうだよ、ね!」

「おい・・・」

「だ、だから! もう、心配なんて、して貰わなくっても・・・」
「・・・ふぐっ」


「済まなかったな・・・ 本当に」

泣くなよ。 いや、泣いても良いか。 戦場でどうしたら良いか。 お前達は、手探りで探してきたんだもんな。

「だ、だいたい・・・ 怖かったんですよッ! 怖かったんですよぉ・・・」
「どうしようか・・・って。 死んじゃったら、どうしよう、って・・・」

そうだな。 そんな不安のフォローさえ、してやれなかったな。

「ほ、他の先任達もいたけど・・・ 小隊長も、気にかけてくれたけど・・・ 先任、居ないんだもんッ! 居て欲しかった時にッ! 居ないんだもんッ!」

「扱かれて・・・ 怒られて。 怖かった時も有ったけど・・・ 居て欲しかったです・・・」


こいつらの、この感情は。 甘受しなきゃいけないな。
こいつ等ももう、何回か戦場を経験した衛士になった。 今更、そんなフォローはもう要らないかもしれない。 そんな段階は、超したかもしれない。

でも、最初の段階は。 衛士としての、覚悟の最初を教えるのには。
俺が居て。 小隊長の祥子が居て。 そうやって教えてやらなきゃ、いけなかったのかもな。

「済まなかったな。 頼りにならない、先任だったな、俺は」

2人とも。 顔をくしゃくしゃにして泣いている。
それは、今の2人じゃ無い。 初陣をまじかに控えて、未知の恐怖に戸惑う新米衛士だ。
今、目の前に居るのは、4か月前の2人だった。 先任に教わり損ねた新米達が、2人の中に、取り残されていたんだ。

「だから。 今から叩き込んでやる。 『鬼の先任』、最後の教導だ。 覚悟しろよ?」

「「 はいッ!! 」」

俺は。 4か月前の2人に向かって言った。










「所で。 ちょっと聞きたい事が有るんだけどな」

『教導』と言う名の、宥めも終わって。
何とか普通に四方山話をできるようになってから。
前から引っ掛かっていた事を、聞いてみる事にした。

「美園、仁科。 2人とも出身校は、どこだった?」

出身校? 2人は顔を見合せ、そして俺に振り返って言った。

「私は、練馬です」
「私は、東京本校です」

ふむ。 美園が東京衛士訓練校の練馬分校。 仁科は本校の方か。

「じゃ、美園。 お前の同期で、『神宮司』ってやつ、知っているか? 女で」

「神宮司? ・・・神宮司まりも、ですか?」

確か、そんな名だったな。

「そう。 その北海道名産」

「め、名産って・・・ あはは! 確かに、同じ名前ですけど! ええ、知ってますよ。 同期だし。
同じ訓練大隊でしたよ。 中隊は違ったから、合同授業や、合同訓練でしか、一緒にはなりませんでしたけど。 訓練生隊舎も、階が別だったし。
でも彼女、成績良かったんですよ。 何せ東京校じゃ、本校・分校合わせて次席卒業でしたから」

「あ、私も知ってる。 あの神宮司だよね。 すっごい、負けん気の強い。
でも、どうして先任が、神宮司を知っているんですか?」

う~ん、どう話そうか。

「実はさ。 先月の南部防衛戦の時。 彼女、第9師団で参戦しててな」

「へえ!?」 「知らなかったなぁ・・・」

「偶々、俺の居る中隊と協同する事になったんだが・・・
こっちが戦域に到着する寸前で、BETAの奇襲を喰らってな。 彼女の中隊が壊滅した。 生き残ったのは、その神宮司と他2人だけだった」

2人とも、何とも言えない表情だ。 確かに、同期の惨状を聞かされたら、心配だろう。

「神宮司とあと1人は、負傷はしたけど、命に別条は無しだ。 疑似生体の世話になる事も無かったろう。
けど、あと1人。 彼女の『部下』の新井ってのが、光線級のレーザーが機体を掠めてな。 重度の火傷を負った。
助かったかは、確認していないが・・・」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ、先任! 『部下』って!? 神宮司も私達と同じ、19期ですよ?」
「部下なんて・・・ 少なくとも、中尉に進級して、小隊長になってからじゃないですか?」

最もだ。

「彼女の部隊は・・・ 全員、同期生同士だったよ。
どうしてそんな編成がとられたかは知らない。 多分、充当配属の新任達を、各中隊に割り振る前に、あの大侵攻が発生したんだろう。
取り敢えず新任達で纏めて、先任者の神宮司が『臨時指揮官』になっていたんだと思うが。
にしても、そのまま戦場に出していい編成じゃ無かったな。 完全に戦場に。 BETAに呑まれていた」

あの部隊を出すのなら。 機甲部隊の1個小隊の方が、遥かに阻止戦力になった。

「確か、神宮司って・・・ 卒業後の配属先、練成部隊だったよね? 内地の留守師団」
「うん。 本隊が大陸派遣で。 その留守部隊の、確か大隊本部付だったね」

一応、次席卒業には何とか形のなる配置か、大隊本部付将校って名目は。
じゃ、戦場を知る先任の教導なんかは、受けた事は無かったんだろうな。

「それで、いきなり初陣かぁ。 きついよね・・・」
「まだ、私達の方が、実は恵まれていたかも。 何だかんだで、扱かれまくったし」

「そうだぞ? 感謝しろ」

「「 鬼に言われたくないです! 」」

なんだよ。 鬼、鬼、って。 愛の鞭だ、愛の鞭。


「で、どうしてそんな事を?」

「ん。 さっき間宮に聞いたけど。 お前達、部隊再編で一度、内地に帰還するんだろう?
会えるかどうか判らんが、一応気にかけておいてやれ。 今は厳しいかも知れないけど、戦場を知っている同期の思いやりってのは、結構助けになるもんだ」

甘やかすとか、そんなものじゃなくってな。 あの戦場を知っている者が、自分を気にかけてくれている。
それが少しは、浮上するきっかけになる事もあるんだ。 同期なら、尚の事。

「判りました。 神宮司がどこに居るのか、同期の伝手で当ってみますよ」
「他人事じゃ無いし。 それに、同期の新井の事も心配ですし」

美園も、仁科も。 他の戦死した同期生の事には、一言も触れなかったな。
それは、後で同期同士で讃えてやれ。 それが判っているようで、安心した。

「じゃあな。 俺はちょっと休むよ。 ここの所ずっと2直制で、今日も0400からずっと、警戒任務だったんでね」

中隊は、四平に第1小隊が、鉄嶺に第3小隊が。 そしてその中間に俺達第2小隊が警戒任務に就いている。
120kmの間を、3個小隊だけだ。 各小隊の受け持ち区画は、実に40km。 それだけ戦力が消耗している証左だ。

「はい。 ご苦労様でした」
「お疲れ様です」

2人とも敬礼して、テントから出て行こうとする。
ふと、美園が人の悪い笑顔で振り返った。 仁科はにやにやしている。

「時に、先任。 綾森中尉は今、輸送司令本部に居ますよ? ほら、その先の大型テントがそうです」

「まさか、会って行かないなんて事、無いですよねぇ?」

こ、こいつら・・・ 矢張り、知ってやがったか・・・

「にひひ。 どうせ今日はもう、『上がり』なんでしょう?」

「中尉のテント、あっちの外れですから。 あ、大丈夫! 『見猿、言わ猿、聞か猿』
間宮先任にも、ちゃ~んと、話通しておきますって!」

全く。 こう言う所は、変に成長して欲しく無かったなぁ。 
誰の影響だ? 水嶋中尉か? 和泉中尉か? 案外、愛姫って線も捨てきれない。


「ふん。 当然だ。 お前等も悔しかったら、さっさと男を落として見せろよ?」

「・・・何だか。 自信満々で、悔しいなぁ」
「もっと、あたふたするかと思いましたよ・・・」

「良い言葉を教えてやる。 
『愛する人と共に過ごした数時間、数日もしくは数年を経験しない人は、幸福とは如何なるものであるかを知らない』
19世紀フランスの作家、スタンダールの言葉だ。 戦うだけが、衛士じゃないぞ?」

「ふえぇ!」
「うっわ~~・・・ 先任、別人・・・?」

当たり前だ。 何とでも言え。
国連軍に移ってからこの方。 会話の中に兎に角やたらと、引用句や諧謔が多いんだよ、連中は。
お陰で結構、覚えてしまったよ、俺も。

でも、実の所。 戦い方が上手いだけじゃ、衛士として、いや、人として片手落ちだぞ?
喜びも、楽しさも、悲しみも、苦しみも、悩みも、絶望も。 そして、愛する事も。
色んなことを経験して、強くなっていくんだ。 ま、俺もまだまだ、その途上だけどな。

「そう言う訳だ。 気遣いは、嬉しく貰っておくぞ? じゃあな」












雨が降りしきる中。 輸送司令部前の大木の下で、俺はさっきから突っ立っている。
彼女は中で仕事中らしい。

間宮や、美園、仁科の話によれば。
第2大隊は、本隊は既に鉄嶺に移動したとの事。 気付かなかった。 非直の間に通過したのかな?
で、1個小隊が後発の撤収部隊の護衛で、付き添っているそうだ。

第2大隊は現在人員の消耗――美綴大尉の他に、23中隊の守山和彦少尉、22中隊では新任の柚木祐美少尉が戦死、俺の国連へ『所払い』――の結果。都合1個小隊分を消耗した。

特に、美綴大尉の(いや、戦死して少佐だ)中隊長戦死は響いたようだ。
結局、22中隊を解体して、21と23を1個小隊増やした。 4個小隊編成だ。 帝国じゃ珍しい。
間宮が俺の後釜に入ってくれて、小隊を再編したそうだ。

その第21中隊第4小隊が、今は輸送部隊の護衛任務に就ている。
本部に入って2時間。 会議と調整。 そろそろ終わるかな?



テントから出てくる数人の姿が見えた。
その中で、一際真っ直ぐな、長い髪を持つ女性士官。 主計将校と二言三言、言葉を交わしてその場を離れる。

雨を避けるように、こちらに向かって走ってくる。 やがて、木の下の人影に気づいたようだ。


「やあ」

軽く手を上げて、微笑む。

彼女はちょっと驚いた表情をして直ぐ、呆れたような、それでいて嬉しいような、俺の好きな笑顔を見せて言った。

「・・・お帰りなさい」












「・・・これから、どうするの? どこへいくの?」

小さな野戦テントの中。 祥子が聞いてきた。
もうすっかり、周りは夜中だ。 雨はまだ降り続いていて、雨音がテントを打つ。

抱きしめて、彼女の香りを楽しむ。

「ん・・・ 欧州。 『本隊』がイギリスのグロースターに駐留中らしい。 ロンドンのずっと西、セヴァーン川の河口の町だって聞いた」

シェラフの中で、2人抱き合って横になっている。 未だ上気している祥子の顔が、艶めかしい。

「じゃあ、ドーヴァー戦線?」

「いいや。 部隊は独立打撃大隊だ。 欧州の即時展開打撃部隊、オール・TSF・ドクトリンの一環で編成された遊撃機動部隊だから。
多分、戦場は地中海だろうって、隊の連中は言っているよ。 シチリア島か、クレタ島かキプロス島か。
サルデーニャ島、コルシカ島・・・ イベリア戦線も行くかもね。 ジブラルタル防衛線だ。
祥子はこの後、内地に?」

額を付け合い、髪を撫でる。 祥子が両手で俺の顔を挟みこむ。

「ええ。 大隊の消耗は、それ程ではないの。 でも、師団自体は・・・ 北では、ずっと最前線だったから」

「危ないな。 心配だよ」

軽く鼻先に口づけする。
祥子がくすぐったそうに、竦める。

「それは、私の台詞よ。 聞いたわ、貴方の小隊長の趙中尉に。 彼女、呆れていたわよ?
全く。 これは少佐へ報告ものね?」

「よ、よしてくれ。 勘弁してくれよ。 欧州まで『ドツキに』来られちゃ、敵わない」

―――じゃあ、今回は執行猶予にしておいてあげる。 

祥子のそんな物騒な言葉を聞きながら、ふと、再会した時の事を思い出した。

「さっきさ・・・」

「ん・・・ なに?」

「さっき。 『お帰りなさい』って、言ってくれただろ? 実際、また2ヶ月だけど、随分長い間、会っていなかった気がした。
それから、嬉しかった。 帰る場所があるって・・・」

俺の頭を抱きかかえ。 髪をゆっくり、繊細に掻き回す祥子の声が聞こえる。

「私は、貴方の『生きる理由』 『帰ってくる場所』よ。 
例えどんなに短くても、どんなに長くても。 そんなに近くに居ても、どんなに遠く離れておいても。
そして貴方は私の『生きる理由』 貴方がいる限り、私は生きるの。
・・・ふふ なぁんだ。 だったら私達、死なないわね」

「そうだな。 俺達、そうだな」

そうだ。 俺達は互いの為に生きる、戦う、生き抜く。 
運命やら、宿命やらに邪魔はさせない。 BETA共など、もっての外だ・・・・
















1993年10月15日 1100 大連港 軍用埠頭 輸送艦『D-119』


出港直前の埠頭を、甲板から眺めていた。
俺達、国連軍第882独立戦術機甲中隊は、本日付をもって満洲を離れる。
この後、一旦日本へ行き、国連軍基地(元は米軍基地だった、厚木基地)に少しの間居候し、
日本航空宇宙軍の成田基地からHSST(再突入型駆逐艦)に搭乗し、一気に英国へ移る。
移動終了は今月末予定だ。 来月から俺は、欧州の戦場に居る。


市街地が見える。 滞在したのは僅かだったが、俺にとっては色んな意味で思い出のある街だった。
ふと、東に眼をやる。 見える筈もないが、あの先には―――瀋陽、長春、ハルビン、大慶、チチハル、そして最初の任地、依安がある。
俺がこの1年半以上の時間を、命がけで突っ走った大地―――満洲。

様々な想いが胸の内を去来する。 知らず、手摺に頭をつけて俯いていた。

「・・・嫌いだ、お前なんか・・・」

知らずに呟きが漏れる。

「嫌いだ、お前なんか。 ・・・思い出したくもない」

色んな感情がこみ上げて来て、それを抑えるのに、顔が変な感じに強張るのが判る。
出向合図が聞こえる。 艦がゆっくりと岸壁を離れ、沖あいに出てゆく。

暫く、航跡が作り出す波間と、遠ざかる大連の街並み、そして、遥かな大地を思い見ていた。


全滅した21師団。 戦死した最初の仲間達。 心底恐怖を味わった、初陣の戦い。

翠華と出会った事。 彼女の慟哭を聞いた夜。

92式に舞い上がった事。 河惣少佐。 片足を喰い千切られた。

あの街で出会った、2人の少女。 俺と祥子が、生きて、生き抜いて欲しいと願った、そして目前で爆死させられた、リーザとスヴェータ。

『イブの悪夢』 そして『双極作戦』 衛士の覚悟を示して戦死した、俺の同期、美濃楓中尉。

祥子を自分のものにした、あの夜。 翠華を抱いた、朝靄の明け方。

目の前で、俺の射撃でバラバラに吹き飛んだ避難民たち。
 
軍法会議。 ひとり刑死していった、ディン・シェン・ミン元中尉。 祥子と引き離された、国連軍への出向。

1か月前の大侵攻防衛戦。 


そして今日、俺はこの地を離れる。


「けど・・・ ここには色んな事があるんだ。 悲しみ、苦しみ、痛み、悔しさ・・・ 嬉しかった事、楽しかった事、それに・・・ 愛した事。
お前は、俺の・・・ 俺の心の、具現だな――――満洲」


遥かな彼方、あの場所は、あの大地には。
今もあの雄叫びが、悲哀が、悔悟が。 そして歓喜が、愛した証が―――確かに、有ったんだ。



また、戻ってくる、この場所へ。


そんな確信を抱いて、俺は遠ざかる遥けき大地を、見通していた。








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