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No.7678の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 ~第1部 完結~  [samurai](2012/01/15 00:56)
[1] 北満洲編1話[samurai](2009/03/31 02:40)
[2] 北満洲編2話[samurai](2009/04/12 14:43)
[3] 北満洲編‐幕間その1[samurai](2009/04/02 03:33)
[4] 北満洲編‐幕間その2[samurai](2009/04/02 23:49)
[5] 北満洲編-幕間その3[samurai](2009/04/04 02:31)
[6] 北満洲編3話[samurai](2009/04/04 22:33)
[7] 北満洲編4話[samurai](2009/04/05 19:23)
[8] 北満洲編5話[samurai](2009/05/16 17:22)
[9] 北満洲編6話[samurai](2009/04/11 02:17)
[10] 北満洲編7話[samurai](2009/04/12 03:34)
[11] 北満洲編8話[samurai](2009/05/05 23:46)
[12] 北満洲編9話[samurai](2009/04/18 21:28)
[13] 北満洲編10話[samurai](2009/04/18 22:35)
[14] 北満洲編11話[samurai](2009/04/19 01:16)
[15] 北満洲編12話[samurai](2009/04/24 02:55)
[16] 北満洲編13話[samurai](2009/04/25 22:53)
[17] 北満洲編14話[samurai](2009/05/06 00:47)
[18] 北満洲編15話[samurai](2009/05/10 04:08)
[19] 北満洲編16話[samurai](2009/05/10 03:42)
[20] 北満洲編17話―地獄の幕間[samurai](2009/05/13 19:48)
[21] 北満洲編18話[samurai](2009/05/16 03:31)
[22] 北満洲編19話[samurai](2009/05/16 03:59)
[23] ちょっとだけ番外編(バカップル編)[samurai](2009/05/17 03:25)
[24] 北満洲編20話[samurai](2009/05/19 23:48)
[25] 北満洲編21話[samurai](2009/05/20 00:32)
[26] 北満洲編22話[samurai](2009/05/24 02:21)
[27] 北満洲編23話[samurai](2009/05/24 04:25)
[28] 北満洲編最終話[samurai](2009/05/24 03:36)
[29] 設定集(~1993年8月)[samurai](2009/05/24 23:57)
[30] 国連極東編 満州1話[samurai](2009/06/09 02:02)
[31] 国連極東編 番外編・満州夜話[samurai](2009/06/09 02:03)
[32] 国連極東編 満州2話[samurai](2009/06/09 02:03)
[33] 国連極東編 満州3話[samurai](2009/06/09 02:03)
[34] 国連極東編 満州4話[samurai](2009/06/09 02:03)
[35] 国連極東編 満州5話[samurai](2009/06/09 02:04)
[36] 国連極東編 番外編 艦上にて―――或いは、『直衛君、弄られる』[samurai](2009/06/09 02:04)
[37] 国連極東編 満州6話[samurai](2009/06/09 02:04)
[38] 国連極東編 満州7話[samurai](2009/06/09 02:04)
[39] 国連極東編 満州最終話[samurai](2009/06/10 07:33)
[40] けっこう番外編(かなりバカップル編)[samurai](2009/06/12 23:53)
[41] 国連欧州編 英国[samurai](2009/06/14 10:27)
[42] 国連欧州編 イベリア半島1話[samurai](2009/06/17 23:46)
[43] 国連欧州編 イベリア半島2話[samurai](2009/06/18 00:38)
[44] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 1話[samurai](2009/06/20 23:34)
[45] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 2話[samurai](2009/06/21 13:54)
[46] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 3話[samurai](2009/06/26 00:07)
[47] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 4話[samurai](2009/06/28 03:55)
[48] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 最終話[samurai](2009/06/28 10:30)
[49] 国連欧州編 シチリア島1話[samurai](2009/07/01 00:59)
[50] 国連欧州編 シチリア島2話[samurai](2009/07/01 01:28)
[51] 国連欧州編 シチリア島3話[samurai](2009/07/05 00:59)
[52] 国連欧州編 シチリア島4話 ~幕間~[samurai](2009/07/05 22:09)
[53] 国連欧州編 シチリア島5話[samurai](2009/07/10 02:30)
[54] 国連欧州編 シチリア島最終話[samurai](2009/07/11 23:15)
[55] 国連欧州編・設定集(1994年~)[samurai](2009/07/11 23:25)
[56] 外伝 海軍戦術機秘話~序~[samurai](2009/07/13 02:52)
[57] 外伝 海軍戦術機秘話 1話[samurai](2009/07/17 03:06)
[58] 外伝 海軍戦術機秘話 2話[samurai](2009/07/19 18:39)
[59] 外伝 海軍戦術機秘話 3話[samurai](2009/07/21 23:41)
[60] 外伝 海軍戦術機秘話 最終話[samurai](2009/08/13 22:32)
[61] 国連欧州編 北アイルランド[samurai](2009/07/25 17:47)
[62] 国連欧州編 スコットランド1話[samurai](2009/07/27 00:36)
[63] 国連欧州編 スコットランド2話[samurai](2009/07/28 00:28)
[64] 国連米国編 NY1話[samurai](2009/08/01 04:13)
[65] 国連米国編 NY2話[samurai](2009/08/06 00:03)
[66] 祥子編 南満州1話[samurai](2009/08/13 22:31)
[67] 祥子編 南満州2話[samurai](2009/08/17 21:26)
[68] 祥子編 南満州3話[samurai](2009/08/22 19:19)
[69] 祥子編 南満州4話[samurai](2009/08/30 19:03)
[70] 祥子編 南満州5話[samurai](2009/08/28 07:52)
[71] 祥子編 南満州6話 ―幕間―[samurai](2009/08/30 18:45)
[72] 祥子編 南満州7話[samurai](2009/09/06 00:08)
[73] 祥子編 南満州8話[samurai](2009/09/16 23:35)
[74] 祥子編 南満州9話[samurai](2009/09/19 03:15)
[75] 祥子編 南満州10話[samurai](2009/09/21 22:59)
[76] 祥子編 南満州最終話[samurai](2009/09/22 00:42)
[77] 祥子編 南満州番外編~後日談?~ その1[samurai](2009/10/01 23:43)
[78] 祥子編 南満州番外編~後日談?~ その2[samurai](2009/10/01 22:02)
[79] 国連米国編 NY3話[samurai](2009/10/03 13:42)
[80] 国連米国編 NY4話~Amazing grace~ [samurai](2009/10/11 12:38)
[81] 国連米国編 NY5話~Amazing grace~ [samurai](2009/10/14 22:32)
[82] 国連米国編 NY最終話~Amazing grace~[samurai](2009/10/17 03:10)
[83] 国連番外編 アラスカ~ユーコンの苦労~[samurai](2009/10/19 21:28)
[84] 国連欧州編 翠華語り~October~[samurai](2009/10/23 22:58)
[85] 国連欧州編 翠華語り~November~[samurai](2009/10/24 15:34)
[86] 国連欧州編 翠華語り~December~[samurai](2009/11/01 23:21)
[87] 国連欧州編 翠華語り~January~[samurai](2009/11/09 00:17)
[88] 国連欧州編 翠華語り~February~[samurai](2009/11/22 03:05)
[89] 国連欧州編 翠華語り~March~[samurai](2009/11/22 03:38)
[90] 国連欧州編 翠華語り~April~[samurai](2009/11/22 04:13)
[91] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 1話[samurai](2009/11/24 00:29)
[92] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 2話[samurai](2009/11/29 02:20)
[93] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 3話[samurai](2009/12/06 22:19)
[94] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 4話・前篇[samurai](2009/12/11 22:37)
[95] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 4話・後篇[samurai](2009/12/12 21:38)
[96] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 5話[samurai](2009/12/13 20:58)
[97] 国連欧州編 最終話[samurai](2009/12/13 23:06)
[98] 帝国編 ~序~[samurai](2009/12/19 05:05)
[99] 帝国編 1話[samurai](2009/12/20 12:06)
[100] 帝国編 2話[samurai](2009/12/24 00:16)
[101] 帝国編 幕間[samurai](2009/12/25 04:22)
[102] 帝国編 3話[samurai](2009/12/30 05:15)
[103] 帝国編 4話[samurai](2010/02/08 02:09)
[104] 帝国編 5話[samurai](2010/02/22 01:03)
[105] 帝国編 6話[samurai](2010/02/22 01:00)
[106] 帝国編 7話[samurai](2010/03/01 00:28)
[107] 帝国編 8話[samurai](2010/03/13 22:53)
[108] 帝国編 9話[samurai](2010/03/23 23:37)
[109] 帝国編 10話[samurai](2010/03/28 00:51)
[110] 帝国編 11話[samurai](2010/04/10 21:22)
[111] 帝国編 12話[samurai](2010/04/18 10:47)
[112] 帝国編 13話[samurai](2010/04/20 23:21)
[113] 帝国編 14話[samurai](2010/05/08 16:34)
[114] 帝国編 15話[samurai](2010/05/15 01:58)
[115] 帝国編 16話[samurai](2010/05/17 23:38)
[116] 帝国編 17話[samurai](2010/05/23 12:56)
[117] 帝国編 18話[samurai](2010/05/30 02:12)
[118] 帝国編 19話[samurai](2010/06/07 22:54)
[119] 帝国編 20話[samurai](2010/06/15 01:06)
[120] 帝国編 21話[samurai](2010/07/04 00:59)
[121] 帝国編 22話 ~第1部 完結~[samurai](2010/07/04 00:52)
[122] 欧州戦線外伝 『周防大尉の受難』[samurai](2009/09/12 02:35)
[123] 欧州戦線外伝 『また、会えたね』 ~ギュゼル外伝~[samurai](2010/12/20 23:16)
[124] 設定集 メカニック編[samurai](2010/12/20 23:18)
[125] 設定集 陸軍編(各国) 追加更新[samurai](2010/05/15 01:57)
[126] 設定集 海軍編(各国) [samurai](2010/05/08 18:23)
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[7678] 欧州戦線外伝 『また、会えたね』 ~ギュゼル外伝~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/12/20 23:16
注記:冒頭・文中詩文 出典・参考・引用『乙嫁語り』(森薫先生)



『友よ 再び会う事が出来たなら 共に歌い語らおう 共に喜び語らおう
旅路は遠く 旅路は険しく 山は高く 風は強い
月よ 旅路を照らせ 恐れぬように 迷わぬように 全ての善きものを わたしに照らせ』




1997年7月20日 1350 エーゲ海 アナトリア半島西岸 イズミル湾 レスヴォス島南東40km イタリア海軍戦術機揚陸艦『ジュゼッペ・ガリバルディ』


イタリア人は地中海を『Mare Mediterraneo(我が地中海)』、などと呼ぶ。 確かムッソリーニもそう言っていたわね?
エーゲ海はその一部。 そしてエーゲ海と言えば昔から連想するのはギリシャ。 私的にはそういうのは、ちょっと残念。 
―――いえ、かなり残念。 少なくとも東地中海に面していた主要国家は、私の祖国だったのだから。

初夏のエーゲ海、強い日差しが海面に降り注ぐ。 
水面は陽光を反射して、まるで宝石箱をひっくり返したよう。 
風は穏やかになびき、陽の強さを和らげる。 


「・・・友よ 再び会う事が出来たなら 共に喜び語らおう 共に泣き語らおう・・・」

左手前方に、プサラ島が見える。 その奥にはお祭りの時、お互いの村(の、教会だったかしら?)に花火を撃ち込む祭りで有名だった、ヒオス島が見える。
その向う、ほんの数キロ向うはアナトリア。 イズミルの街が『有った』 ちょっと北にはペルガモンの遺跡、ちょっと南にエフェソスの遺跡。
アナトリア―――現代の『遺跡』となってしまった、私の祖国。 トルコ共和国。 


「・・・旅路は遠く 旅路は深く 谷は深く 水は激しく」

つい数時間前まで、早期間引き作戦に従事していたゲリボル(ガリポリ)半島。 そこから海峡を抜けてマルマラ海へ。 
昔よく遊んだその海を北へ向かえば、懐かしい、麗しき都―――イスタンブル。
古を巡る博物館、ムスリムの寛容を示す教会、壮麗な宮殿、偉大で美麗なモスク、人々の息遣いが聞こえるバザール、そして美しい自然。


「・・・月よ 旅路を照らせ 恐れぬように 迷わぬように 全ての幸運を あなたに照らせ」

夕暮れ時にボスポラス海峡の岸辺にたたずみ、対岸に見える家々の窓辺を夕陽が赤々と染めていく光景をじっと眺める。
そうしていると、何世紀も前に私達の先祖がどうして、この祝福された地を選んで定住したのか、心の底から理解できる。

ああ―――何もかも、懐かしい私の故郷。 想う度に、泣きたくなる程の郷愁を誘う・・・


「・・・ゼル? ギュゼル? ギュ~ゼ~ル~!?」

「うわっ!」

お、思わずハンドレールから、身投げしそうになったじゃない! きゅ、急に耳元で大きな声出して! 誰よ!?

「・・・て、なんだ、翠華か・・・」

「むう? なんだ、は無いんじゃない? なんだ、は? 私はこれでも、アンタの親しい友人の一人で、古い戦友でも有るのよね!?」

「そ、そうね。 そうとも言うわね・・・」

「なんか引っかかるわね・・・ ま、いいわ。 で、その私がよ? 甲板の端っこで、『ほけー』って黄昏ながら、たまにニヤニヤしている『キモチ悪い人』全開のアンタが!
イタリア海軍の、貴重な、貴重な若い男共に変な噂を立てられないように、気遣ってあげた訳よ!? 
いい!? この年になっても、男っ気ひとつ無いアンタを気遣ってあげている、この親友に対して、『なんだ』は無いでしょうに!」

・・・片手を腰に当てて、片手で指を立てて、一端に説明調でトンデもない暴言を吐きやがる、この自称『親友』。 天罰喰らわせても宜しいでしょうか!? アッラー?

「・・・男を乗り換えるアンタより、マシよ」

「・・・何ですって!? この万年日照り女!」

「・・・うっさい! この万年発情女!」

―――ううぅ~!! お互いに顔がくっ付く位に寄せ合って、睨みあう。 
背の高い私(168cm)と、背の低い翠華(158cm)、上と下から威嚇し合う様に、唸り声が・・・

「・・・はあ、止めた・・・」

「? どうしたのよ、ギュゼル? 本気で元気ないよ?」

「別に・・・ いいでしょ、ちょっとくらい」

そう言って、私は明後日の方向を指さす。 その方向は―――イスタンブル、私の故郷。
いや、判っているわよ、いい年してホームシックだなんて。 もう帰る事の無い、帰る事の出来ない故郷に感傷だなんて。
暫く私の指さす方向を見て、首を傾げていた翠華がようやく気付いたよう。 ちょっとだけ顔を顰めて、可愛らしい仕草でチロっと舌を出して、『・・・あちゃ』と。

「・・・ゴメン。 茶化す気は無かったのよ。 そうよね―――誰だって、帰りたいよ、うん・・・」

海風になびくショートボブの髪を押さえながら、翠華がちょっとバツの悪そうな笑みを浮かべて、そう言う。
ああ、駄目よ。 そんな事、言って欲しくないんだってば。 もっと、もっと楽しい思い出話とかも、有るじゃない?
あん、もう! 風が鬱陶しいわね! 髪が乱れて・・・ そろそろ切ろうかしら? いい加減、腰の近くまで伸びてきたし・・・

思い出は美しい。 それは、過去は今ここに無いから。

初夏のエーゲ海、強い日差しが海面に降り注ぐ。 水面は陽光を反射して、まるで宝石箱をひっくり返したよう。 風は穏やかになびき、陽の強さを和らげる。
海峡を抜けたらマルマラ海。 その海を北へ向かえば、麗しき都、懐かしい故郷―――イスタンブル。

―――今は無き、美しい、思い出の街









1997年7月21日 1150 クレタ島 イラクリオン 国連軍地中海方面総軍第3軍 イラクリオン基地


「全く、恥ずかしいったら! 蒋大尉はともかく、中隊長まで一緒になって! 海軍の連中、笑ってましたよ!?」

目前でムクれるイタリア娘。 最近、ちょっと反攻期なのかしら? 
どうでもいいけど、私は貴女の上官なのよ? その辺、どう思っているのかしら? 第3小隊長殿?

「あ、あはは・・・ た、確かに、ちょっと声が大きかったですよね、中隊長・・・」

なんだか、最近とみに苦労性が板についてきたベルベル人(本人曰く、『本当は、アマジグです!』と力説している)の青年が、乾いた笑いでフォローを入れようとしている。
けど、失敗しているわね。 もっと修行しなさい、第2小隊長。

母艦が港に着いた後、戦術機を降ろして基地にようやくたどり着いた。 基地と言っても、今回の作戦中の仮の宿ですけれど。
でもま、ホームベースのドーヴァー・コンプレックスより、私はこっちの方が好きかな? 燦々と照り付ける陽光、突き抜けるような青空、輝く海面。
何もかも、故郷を思い出させる・・・

「全く! せっかく損害無しで作戦を完了させたんですから! せめて最後まで、締めて欲しかったです!」

「・・・ねえ? アリッサ・ミラン中尉? お伺いしますけれど、貴女、私に何か思う所でもお有り?」

流石に温厚な私でも、ちょっと頭にくるわよ?
そう思っていたら、拳を振りまわしていたアリッサがピタリ! と動きを止めて振り返った。

「・・・ウチの大隊、何て呼ばれているか、中隊長も知っていますよね!? 知ってるでしょ!? フローラ!?」

「え~っと・・・ 『常夏大隊』?」

顔を引き攣らせて―――相変わらず、フローラって呼ばれ方は嫌らしいわね―――フローレス・フェルミン・ナダル中尉が渋々答える。

『常夏大隊』、その心は?―――『お熱い事で』

アルトマイエル少佐と翠華、ファビオとロベルタ。 周囲温度が、2~3℃は高いわね。
本当の正式名称は、『国連軍大西洋方面総軍・緊急展開軍団第1師団・第101戦術機甲連隊第1大隊』よ。 大隊の部隊コードは『グラム』
私はその第1大隊の第2中隊長、ギュゼル・サファ・クムフィール国連軍大尉。 うん、間違いないわ。

部隊も随分と変わったわね。 今やユーティライネン大佐(一足飛びに、大佐になった)が連隊長。 アルトマイエル少佐が第1大隊長で、ウェスター少佐が第2大隊長。 
そしてセクハラ親爺、もとい、スペイン軍から『飛ばされた』レオン・ガルシア・アンディオン少佐が第3大隊長―――ノエリア・エラス大尉、何とかしてよ、あの親爺を・・・
師団長はヴィルヘルム・バッハ少将で、軍団長はヘルマン・オッペルン・フォン・ブロウニコスキー中将・・・ ああ、直衛達が知ったら、何て言うかしら?

因みに、先日艦上で失礼な事をほざいた彼女は、同じ大隊の第3中隊長・蒋翠華国連軍大尉。 一応・・・ 違うわね、もう私の1番の『親友』だ。
大隊には他にも約1名、中隊長がいるけれど、紹介はいいでしょ? 別に・・・

「ひっでぇなぁ、ギュゼル。 声に出してよぉ? そりゃ、ないぜぇ?」

・・・この、能天気なラテンの声の持ち主、第1中隊長のファビオ・レッジェーリ国連軍大尉だったりする―――世も末だわ、ホント。
部屋の入口から、くすんだ麦藁色の長髪を気障にかき上げて、笑いながらファビオが入って来た。 傍らにはロベルタ―――ロベルタ・グエルフィ中尉が。

「それに何だぁ? おい、アリッサ、お前さんもイタリア人だろうがよ? 恋愛を否定して、どうするよ?」

「わ、私は! もっとこう、軍にふさわしい秩序とか! そう言ったモノの事を言っているんです!」

「あ~、あの、豚の餌にもならない、ってヤツね? イカンよ、イカン! 人生、もっと素直に生きなきゃ! 問答無用のハッピーライフ!」

「・・・ハッピーなのは、大尉の頭の中だけじゃないのかな・・・?」

「・・・お~い、フローラよ? 極東に帰った『アイツ』に代わって、俺が叩き直してやろうかぁ? 『夜の戦い』ってヤツをよ?」

「それは止めて」

「ダメ! 絶対ダメ!」

あ、ハモッた。 見ると、ロベルタ―――大隊CP将校のロベルタ・グエルフィ中尉が、ファビオの腕を掴んで真顔で怒っている。 可愛いわぁ・・・
目があった途端、顔を真っ赤にしちゃって。 益々もって、可愛いったら・・・

「・・・オバさん入ってますよ、中隊長・・・」

「・・・本日、近接格闘演習追加ね、第3小隊は」

「ひどっ!」

そんな様子を、いつの間にか室内に入って来ていた大隊長のアルトマイエル少佐が、苦笑しつつ眺めている。
傍らには何時もニコニコとした笑顔の、大隊副官をしているミン・メイ―――ヴァン・ミン・メイ大尉が控え、後ろには小隊長級の中尉達がズラッと。
第1中隊のテルシオ・セルバ中尉、ユーリア・アストラール中尉。 第3中隊のミルコ・サルジェク中尉に、ウルスラ・リューネベルク中尉。
大隊指揮小隊のクラウディア・ルッキーニ中尉と、シャルル・フレッソン中尉―――みんな、よくもまぁ、悪運強く生き残って来たものだわ。

少佐が手を振る、それを合図に同時に皆が着席した。 前方に4人の大尉、後ろに中尉達。
壇上に上がった少佐が、脇に立て掛けられたイーゼルに掛った作戦地図を一瞥し、私達に向き直る。

「―――皆、この1カ月半の間の支援作戦、ご苦労だった。 地中海方面総軍司令部からも、感謝の言葉を貰っている」

少佐は、そこで一旦言葉を区切る。
本来、大西洋方面総軍所属である私達が、この東地中海にまで『出張』しているのは、H11・ブタペストハイヴのBETA群が飽和した為。
その飽和個体群が東進し、バルカンからギリシャ、そしてアナトリアへの移動が確認された為だった。
東地中海に展開する兵力は、実質的にスエズ防衛戦力がその主力を為している。 為に、その前段階での間引き攻撃用の戦力が不足気味なのは、この方面が抱えるジレンマだった。

そこで白羽の矢が立ったのが、この所BETAの活動が大規模でも無く、結構無聊をかこっていた私達、大西洋方面総軍緊急展開軍団だったと言う訳ね。
ドーヴァーの護りは、英軍や仏軍に東西ドイツ軍、東欧諸国軍で十分賄えると踏んだ大西洋方面総軍司令部が、緊急展開軍団を派兵した訳。
1個師団をアドリア海沿岸に。 1個師団をエーゲ海沿岸に。 残り1個師団はドーヴァーに残留して、留守番。
私達第1師団はエーゲ海が担当。 その戦術機甲第1大隊は今回、ゲリボル(ガリポリ)半島方面の間引き攻撃に参加した。
同時に第2大隊が、ギリシャ北中部のカルキディキ半島のテッサロニキに。 第3大隊はギリシャ西部のテッサリアに。 1両日中には、残る2個大隊も帰還する予定だった。

今回の作戦は、第1大隊は国連軍地中海方面総軍アナトリア軍団―――トルコ共和国軍との協同作戦だった。
久方ぶりに会う同胞、久しぶりに耳にした懐かしい母国語。 思わずそのまま飛び込んでしまいたくなる衝動を抑えるのに、苦労したわ。

「―――この後、1週間の休暇が与えられる。 とは言っても、最後の作戦がまだ残っているからな、クレタ島から出る事は出来んが。
この島はこんなご時世でも、見所は多い。 クノックスはじめ遺跡群、考古博物館、『エル・グレコ』縁の場所・・・ かつてのリゾートも。
羽を伸ばしても良いが、羽目は外させるな? こっちの憲兵隊のお世話に、なりたく無かろう? 良く言い聞かせておけ」

リゾート―――そうね、リゾートと言う訳でもないでしょうけれど、のんびりする位は出来そう。 内心のモヤモヤをぬぐい去る位には、リフレッシュしなきゃ。
私の脳裏には、先日までの作戦戦域の情景が繰り返し、思い出されているのだから。 荒涼たる原野。 自然の無くなった礫沙漠と化した祖国。
ゲリポルから内陸部に侵攻した際目撃した情景に、私は内心に湧きあがる怒りと悲しみを押さえるのに苦労した。
かつては豊かだった、美しい祖国。 その祖国の荒れ果てた惨状。 そこかしこに、撃破した、醜い内臓物を撒き散らしたBETAの残骸。

(―――ダメね、何時までも・・・ 割り切りなさい、ギュゼル・・・)

割り切れるか、正直自信は無かった。 









1997年7月22日 クレタ島東部 ラッシティ県ミラベロ湾 アギオス・ニコラオス ファエドラ・ビーチ ホテル『Sentido Aegean Pearl』


かつてのリゾート地。 この方面の各国が崩壊した後、ご多分にもれずこの地にも難民が殺到した歴史がある。
かく言う私も、昔祖国が陥落する際、イスタンブルから命からがら脱出した後、脱出船が最初に寄港したのがこのクレタ島だった。
で、アギオス・ニコラオスにも2週間ばかり滞在した―――テント生活だったけれど。 その後は親類の伝手を辿って、極東に渡ったのだ。

そのかつてのリゾートホテル、ホテルの直ぐ前が綺麗なビーチになっている。 もっともこんなご時世、クレタ島でバカンスを、なんて酔狂な人間は一人も居ない。
実質は、クレタ駐留国連軍の休養地として、国連が一切合財を借り上げているのだ。 『従業員』も、国連軍の軍属としての地位を与えられている。

その中の1室、ビーチを見下ろせるダブルルームに女ばかり7人が集まり、お酒を飲んでいる。 今日から1週間、休暇を貰えたのだ。
第2、第3大隊も近くのホテルに分宿している。 私達第1大隊に指定された宿がこの、ビーチを望む瀟洒な元ホテルだった。


「でもさぁ、ホントーに良かったの? 翠華?」

白ワイン(と言う名の、拙い合成ワインだ)のグラスを傾けチビリチビリと飲みながら、ミン・メイが翠華に言う。
首を傾げ、コテッと頭を倒しながら聞くその様は、相変わらず20代には見えないわ・・・  もっとも紫のネグリジェ姿は充分、大人の女性だけれど。

「・・・しつっこいなぁ、ミン・メイも。 良いのよ、別に。 向うだって、どうせ数日は大佐や、他の大隊長達との付き合いがあるんだし。
四六時中、ベタベタするのもみっともないわ。 私だって、女同士で楽しむ時間は欲しいし・・・」

シェリーを飲んでいる翠華と言えば、もうまるっきりランジェリー姿。 彼女、休養地では結構大胆な下着を付けるのね・・・

「あっら~・・・ 言う様になりましたね~、中隊長? むかーし、あの『種馬』さんがいらした頃は、四六時中『ベタベタ』していた人とは思えない発言」

「・・・飲みが足りない様ね? ウルスラ?」

「ちょ! ぎゃー! ワインにシュナップスを混ぜないで下さいよ!」

ガウン1枚身につけただけで、胸元も露わなウルスラが、更に裾を乱して騒ぐ。

「ドイツ人は、血管にこれが流れているんでしょーが!」

「それは、ロシア人の血管にヴォトカが流れているって言うんですよ! ドイツ人じゃなぁい! クラウディア! ユーリア! そこのラキ(クレタ島の蒸留酒)取って!」

「何をする気・・・?」

「目には目を! ウチの中隊のモットーよ!」

あ、そのピンクローズ&レースのスリップ、素敵ね、クラウディア。

「はあ・・・ 第3中隊は、いつもこれね・・・」

「文句は中隊長に言ってよね! ユーリア!」

黒のシースルーストリングのキャミソール・・・ 誰かに見せる予定でも有るの? ユーリア?

「下剋上ですか? ウルスラさん・・・」

「その位の気概を持て! アリッサ!」

唯一、まともな? ルームウェア姿のアリッサが呆れている。

「ちょっと・・・ ウルスラ、ウチのアリッサに変な事吹きこまないで」

私は私で、黒のサルートスリップ。 胸元のレースと、赤いラーレ(チューリップ)の刺繍がお気に入り。 ラーレはトルコが原産だし、国の花だし、私も大好き。

ああ、女が7人も集まると、本当に姦しいわね。 世の男性陣が、どんな幻想を抱いているのか知りませんけれど。 幻想の海に、溺れて死なないようにね?
これでも、ここに居る全員が、中隊や小隊指揮教育を受けた大尉や中尉とは思えないわ。 
しかも、大隊の女性幹部尉官が勢揃いで・・・ ん?

「・・・あら? 私に、翠華、ミン・メイ。 大尉が3人で・・・ アリッサにウルスラ、クラウディアにユーリアで中尉が4人・・・」

「・・・1人、足りませんね・・・?」

「あの女、さてはしけ込んだわね・・・?」

「太い女ね・・・ そうそう、好きにさせて堪りますかって・・・」

「くそう・・・ 男を捕まえた途端、これってあんまりじゃない? 捕まえた男が、何だと言えば、何だけれど」

あらら・・・ ご愁傷様。 この場合、どちらに言えばいいのかしらね? 女同士の友情を2の次にした女の方か。 その辺を全く考えない万年発情男か。

「・・・程々にしておきなさいよ? 貴女達?」

「野郎の方はともかく、女の子の方は・・・ ま、仕方が無いわよ」

「流石、翠華ね! 経験者は語る、だね!」

「・・・ケンカ売ってんの? ミン・メイ?」

刹那の生き死にの戦場から、からがら生還したのだ。 今夜は、野暮は言うまい。 人恋しくて当然よね、人肌が欲しくて当たり前よね。

バルコニーから洩れる部屋の明かりが、浜辺をうっすらと照らす。
波間の音、夜の風の匂い、そして星明かり。 初夏の感想し切った、それでいてどこか甘く甘美な地中海の夜。

思い出さずにはいられない、あの夏の日を・・・









1997年7月24日 1030 クレタ島 東部 ラッシティ県ミラベロ湾 アギオス・ニコラオス


早朝の浜辺を散歩して、宿に戻り朝食を済ませた午前。 特にする事も無く、一人のんびりとまた散歩する事にした。
近くには他の大隊の仲間も宿泊しているし、連れだってビーチに遊びに、とも誘われたけれど。 どうもそんな気分になれなかったのね。
途中でノエル―――ノエリア・エラス大尉と出会って誘われたけれど、遠慮した。 彼女の後ろから、セクハラ親爺が無言で『邪魔すんじゃねぇ!』って哀願していたしね。

海岸通りをのんびり歩いて、港の方向へ。 潮風が心地良い。 海鳥が舞っている、この辺りはまだ生き残っているのね。
初夏の陽光に照らされた海面が眩しい、波の打ち寄せる音にワクワクする。 そんな気分で歩いていると、子供達が海ではしゃいでいる光景に出合った。
地元の子達だろうか。 一時期は難民でごった返したこの場所も、今では国連軍関係者や軍属、その家族だけが残っている。
あの子供達はそう言った、クレタ防衛線に従事する親を持つ子供達なのだろう。

まだ幼い子供特有の、甲高い笑い声。 お互いの名を呼ぶ声。 ギリシャ語、そしてトルコ語・・・ トルコ語!?
間違いない、トルコ語だわ、聞き間違える筈が無い。 子供達はお互いにギリシャ語やトルコ語ではしゃぎ回っている。
互いを呼び合う名前も、『イオアニス』、『アサナシア』、と言ったギリシャ人の名前から、『オルハン』、『アイシェ』と言ったトルコ人の名前も聞こえる。
10人程の子供達、まだ10歳にはなっていないだろう幼子達が、波と戯れはしゃいでいる。
身形はさほど豊かとは言えない、恐らく軍属として各種の労働に従事する人たちの子供か・・・
それでも心が和む、昔を思い出すようだわ。 私の故郷にも、いろんな人種の人々が住んでいた。
トルコ人、ギリシャ人、ロシア人、ウクライナ人・・・ 昔から東西の交流の接点だったあの街には、様々な人々がいて、様々な友達がいた。

不意に泣き声が聞こえた、どうやら1人の女の子が泣いている様だ。 傍らにはヤンチャそうな男の子。
何人かが言い合いになっている。 でも子供の事、口を挟むのもね。 ましてや私は、ここでは余所者だし・・・

そう思っていると、母親だろうか、私より4、5歳年上に見える女性が飛んできて、女の子を抱きしめ引き寄せた。
何やら大きな声で言っている、ギリシャ語だ。 ええと・・・『トルコ人と、遊んじゃダメでしょ!』 
―――はあ、昔ギリシャ系の友達と遊んでいる内に、自然と覚えたギリシャ語だけど、こんな時は嫌よね。
あっという間に数人の母親達が現れ、子供達を引き離してしまった。 お互いに言い争っている。
片やギリシャ系、片やトルコ系だ。 お互い母国語だから、理解は出来ないでしょうに。 母親の勘と、女の勘なのかな? 険悪なムードになって来たわ。

折角の清々しい散歩のムードが台無し。 そう思っていたら、また2人の女性が現れた。  母親達の間に入って、制止しようとしている。
やがて、子供の手を引いて母親達が引き揚げた後、後から来た2人の女性と、2人の女の子が残っていた。 泣いている女の子を、慰めている。
その姿に、私は思わず目を疑った。 有り得ない、そんな、有り得ない、彼女達が生きているだなんて・・・

無意識に脚が進んだ。 喉がカラカラよ。 手をあたふたさせて、私ったら・・・

「・・・ヒュリア・アルトゥウ? ファニ・ハルキア?」

懐かしい、友の名前。 もう2度と呼ぶ事は無いと思っていた、その名前を呼ぶ。
彼女達が振り向いた。 訝しげだ、当然だろう。 今は私服とは言え、昔の私は髪の毛は短くしていた。 今みたいなロングじゃなかったもの。
それでも、ヒュリアが気付いた様だ。 吃驚したように、その大きな瞳を見開いている。

「・・・え? もしか、して・・・ ギュゼル? ギュゼルなの?」

「ギュゼル? え? あの、ギュゼル・サファ・クムフィール?」

ああ、懐かしい。 懐かしい顔、懐かしい声。 どうしたんだろう、視界が霞むわ・・・

「・・・ええ、ええ! そうよ! 私よ、ギュゼルよ! ヒュリア、ファニ・・・!」

お互い、気が付いたら走り寄っていた。 抱き合い、信じられない想いで、それでも嬉しくて涙が出てきた。

「生きていた! 生きていたのね、ギュゼル!」

「ええ、2人も! 生きていたのね、ヒュリア、ファニ!」

幼い頃の思い出が、一気に蘇る。 小さい頃からの幼馴染だったヒュリアとファニ。 もう死んだと思って諦めていた。
その彼女達が生きていた、生きていてくれた。 こんな嬉しい事は無いわ。

「・・・よかった、よかった・・・」

ファニの涙ぐむ声に、私は何度も頷いた。 声を出したかったけれど、出なかった。 嬉しさの嗚咽だけ。









7月25日 1530 クレタ島 東部 ラッシティ県ミラベロ湾 アギオス・ニコラオス


昨日、思いがけず幼馴染と再会した。
ヒュリア・アルトゥウとファニ・ハルキア。 私と同じトルコ系のヒュリアと、ギリシャ系のファニ。
2人はそれぞれ、3年間の徴兵での兵役を済ませた後、予備役として後方に下がっていた。 今は2人とも、小学校の教師をしていると言う。
2人とも、昨日は仕事があってあれ以上時間は取れないから、翌日の再開を、と言う訳で、今日こうして海岸沿いのカフェで3人揃ってお茶をしている。

「軍事施設ばかり充実しちゃってね、そこで働く軍属達の家族の為の施設とか、全然追いつかないの」

ファニが溜息をつく。 彼女は昔からここに有る小学校で、2年前から先生をしているそうだ。 昔から優しい娘だったから、子供達にはさぞ懐かれている事だろう。

「・・・それでもまだ、ギリシャ系はマシな方なの。 トルコ系は難民キャンプがそのまま居住区になったりでね。
衛生的にも悪いし、環境もね。 地元のギリシャ系の人たちの中には、トルコ系の軍属労働者を締め出そうって動きも有るし・・・
小学校だって、ようやく1年前に出来たばかりなのよ。 それまで、トルコ系の子供達は、ここでは教育を受ける事が出来なかったの」

ヒュリアが暗い顔をする。 彼女はここ、クレタ島からアレクサンドリアまで脱出し、そこで亡命政府の学校に入れたそうだ。
でも、今は向うもなかなか厳しいらしい。 トルコは政教分離で、最もイスラム色の弱い国だったけれど、エジプトはスンニ派の勢力が強いし。
今では、『世俗に塗れた』トルコ系の学校を心良く思わない住民の反対で、ヒュリアが通っていた学校も閉鎖されていると聞く。

そんな彼女が、ここクレタ島の守備隊勤務で予備役になった際、難民上がりのトルコ系軍属(と言う名の、低賃金労働者)の町を見て心を痛めるのも、無理は無かった。
小学校さえ無い、子供達は日々、狭いスラムじみた居住区で無気力に生きている。 それが耐えられなかったと。
昔の伝手で、かつての上官に惨状を訴え、1年をかけて住民たちと陳情を続け、ようやくの事で国連から建物と運営資金の援助が出たそうだ、それが昨年の事。

「・・・この1年、色々有ったわ。 ギリシャ系の学校とも交流を、って主張してもね、親達は受け入れてくれない。
自分の子供に危害を加えられるんじゃないかって、心配するのよ。 ギリシャ系の方でも、警戒されちゃってね」

「・・・無理も無かったかもしれないわね。 あの頃、丁度キプロス島じゃ、食料の奪い合いでトルコ系とギリシャ系の住民が衝突して、死者が出た直後だったし」

―――ああ、あの事件ね。 確か、BETAがキプロスに少数上陸した時で・・・ 阻止に当ったトルコ軍のF-16部隊が英雄視された時だったかしら?
でも聞いた話じゃ、あの部隊の指揮官はトルコ軍上層部から疎んじられて、国連軍に飛ばされたって。 どこかで政治が絡んでいたのかしらね? キプロスは難しい土地だから。

「・・・それでもね、私も半年前にファニと再会してね。 お互い、イスタンブルから脱出して、ここクレタまでは一緒だったの。
その後はどうなったのか、心配だったけれど、再会できた。 そしたらね、ファニも小学校の先生をしているって聞いてね!」

「そうそう、だったら、私達の担任クラスの子たちだけでも、一緒に遊ばせようって。 先生がいたら、少しは親御さんも安心するかもって」

―――イスタンブルの、丘を上がった新市街の住宅地。 石畳の、海を見下ろせる路地。  洗濯物が干してある家々、街角ではおばあちゃんがパンとお菓子を売っているお店。
そんな庶民の暮らす街かどで、私達はトルコ系もギリシャ系も関係無く、遊んでいた。 夕日が金角湾を赤く照らし、モスクが夕日に輝いて。
そして1番星が見える頃、家から美味しそうな匂いが漂ってくる。 お母さんが戸口から顔を出して叫ぶ―――『ギュゼル! 夕御飯よ、帰ってらっしゃい!』
私はヒュリアやファニに『バイバイ! また明日ね!』、そう言って家路につくのだ。 それはヒュリアもファニも同じだった。

「昔、良く遊んだわね、一緒になって・・・」

「ええ、あの頃はトルコ系とか、ギリシャ系とか、全然意識してなかったわね。 みんな、幼馴染の友達とか、学校の友達同士だったわ・・・」

「思い出すわね、こうして話していると・・・ チャウラ、エジェ、イェリズ、それにエカテリーニ、マリア、イェオルヤ・・・」

「ガキ大将だったイブラヒムにディミトリオス。 勉強が出来たセリム、手先が器用だったイオアニス、サッカー少年のオルハン・・・」

ああ、思い出す。 懐かしい、学校の友達。 仲の良かった女の子。 腕白な男の子に、イタズラされてよく泣かされた。
そして、そんな私達を優しい目で見守ってくれていた先生―――ムラト・バヤル先生。

そこまで思い出し、急に気分が悪くなった。 理由は・・・ 判っている、あの男の事を思い出したからだ。
卑怯で臆病者のムラト―――ムラト・バヤルの事を!

私の理性はそこで沸騰してしまった。 ヒュリアとファニが目を丸くして驚いているのをしり目に、呪いの言葉を吐き出し続けていた。
卑怯者、臆病者、子供を見捨てた恥ずべき男、BETAに生徒を喰わせて逃げた卑劣漢・・・

「・・・はあ、はあ、はあ・・・」

少数いる他の客が驚いてこっちを見ている。 ファニが、そっと私の手を取って、諭す様に言う。

「ねえ、ギュゼル・・・ 私達も話は知っているわ、正直、最初は先生を許せなかった。 でもね、もう良いんじゃないかしら?」

「ッ! もういいって! じゃ、死んでしまった友達はどうなるの!? エスラは!? イリーニは!? チャウラは!?
マフムトはメルテムとアグネスを助けようとして、BETAに喰われたわ! まだ・・・ まだ、10歳だった! 私達、まだ10歳だったのよ!?」

それを、それを!―――『先生! 助けて、先生!』 泣き叫ぶ私達を見捨てて、あの男は逃げ去ってしまった。
あの時のあの男の表情は、忘れない。 恐怖と、生への執着と、後ろめたさと、そんな諸々の負の感情で顔を歪め、戦慄く様に逃げ去って行った、あの後ろ姿を!

「・・・私だって、偶然撤退中の機械化歩兵部隊が現われなかったら、喰い殺されていたわ」

その部隊は、私とあと2、3人の子供を連れて脱出した兵士以外は踏み止まって、全滅したと後から聞いた。 トルコ軍の首都防衛師団の生き残りだったと聞いた。
燃え盛る炎、あちらこちらで聞こえる悲鳴、砲撃の音、銃声。 まだ幼かった私にとって、それはこの世の終わりにも思えた。

潮風が肌に感じられる、波の音が聞こえてきた。 情けないわね、激情に我を忘れていただなんて。
そんな私を見て、ファニと顔を見合していたヒュリアが、静かに私にこう言った。

「・・・ねえ、ギュゼル? もしよかったら、明日、学校に来てくれないかしら?」

「・・・学校?」

「ええ、私の勤める学校よ。 そうね、お昼の・・・ 3時過ぎ頃に」

―――嫌な予感がする。

「会わせてあげるわ、あの人に。 そして会って、それからどうするか。 ギュゼル自身が決めて頂戴な」










7月26日 1510 クレタ島 東部 ラッシティ県ミラベロ湾 アギオス・ニコラオス トルコ系居住区


港からほど近い、雑多な町。 それがこの地のトルコ系住民の居住区だった。
お世辞にも良い環境とは言えない、家は小さく、路地は狭く、衛生的にも十分とは言えない。
私が祖国を脱出し、クレタ経由で伯父の赴任していた上海に住んでいた頃に見た、低所得者層特有の、スラム一歩手前の町、そんな所か。

「うわあ~、流石に酷いわね。 まあ、難民キャンプに比べれば、雨露凌げる屋根も有って、曲がりなりにも住む部屋があるだけ、マシと言えばマシだけれど」

「・・・どうして、アンタが付いて来るのよ? 翠華?」

私の前を、当然のように歩いている親友に、思わず愚痴が出てしまう。
これから恐らく会うで有ろう人物は、私にとっては耐えがたい存在だ。 何を言い出すか、どんな醜態を晒すか、私自身判らない。
出来れば、部隊の誰とも一緒に居たくなかったというのに・・・ ああ、昨日、ヒュリアとファニと別れ際、偶々、翠華とばったり会ったのが運のつきだったわ。

「・・・ギュゼルってさ、世話焼きで、精神的に大人っぽいけどね、皆そう見ているけどね。 根っこの所は、どうなのかなぁ? って思う」

クルリと振り返り、意外なほど優しい、慈しむ様な笑顔で翠華がそう言う―――昔、お母さんがこんな笑顔をしていたっけ。

「・・・どう言う事よ?」

「―――別に? 言葉の通りよ。 あ、見えてきたわ、あれじゃ無い?」

狭い路地を抜けて、ちょっと高台になっている開けた場所。 海を見下ろせるその場所に、小さな学校があった。
授業はもう終わったのだろうか、子供達は校庭に出て、思い思いに遊んでいる。 その姿は、紛れも無く遠いあの日の私達の姿だった。

塀など無い、垣根すらないその校庭の端に立ち止まって、翠華と2人でその様子を見ていた。
そして私が懐かしさに、時を遡っている内に、翠華は校舎から歩み寄って来る人影に気付き、挨拶する―――ヒュリアだった。

「いらっしゃい、ギュゼル。 ご足労おかけしますわ、蒋大尉」

「いいえ、こちらこそ・・・ お気づかい、感謝します、アルトゥウ先生」

何やら、ヒュリアと翠華が勝手に話を進めている様で気にかかる。 
ヒュリアは昔から素直な娘だったけれど、翠華は最近油断ならないから・・・

やがて、翠華と話し込んでいたヒュリアが、校舎の方を見て私に視線で合図を送って来た。
1人の男性が―――教師が校庭に出てきた。 子供達に懐かれているのだろう、たちまち彼らに囲まれる。
その顔は慈愛に満ちた表情だった。 子供達を慈しみ、守り、導く先生の顔。 そして、私が1番見たくなかった顔。

「・・・ムラト・バヤル・・・」

「そう、ムラト・バヤル校長先生よ。 彼がこの学校の設立に当って、当局と根気強く交渉なさっていたの。 私が始める何年も前から」

その内、子供の1人がヒュリアに気付いた。 嬉しそうにその名を呼びながら駆け寄って来る。 ヒュリアの顔も、優しい、慈母の様な表情だ。
私は居たたまれなくなった。 この場にふさわしく無い人間は、自分だけだと感じていた。 私の負の感情はともかく、そんな事は子供達には関係ないのだ。
『彼』が、私に気付いた。 最初は訝しげに、そして確信に変わり、笑みを―――哀しい、悔恨と贖罪の笑みを浮かべていた。
子供達に何やら話しかけ、その輪から出てこちらに歩み寄って来る。 私は怖かった、来て欲しく無かった。 怖かった、自分を押さえられるかどうかが。

「・・・やあ、君は・・・ ギュゼル、だね? ギュゼル・サファ・クムフィール、だね? 私の教え子だった・・・」

その言葉に、とうとう抑えが利かなくなってしまった。

「・・・ええ、そうです、バヤル先生。 先生が見捨てて、死んだ筈だったギュゼル・サファ・クムフィールです」

その私の言葉に、彼の表情が歪む。 笑みをそのままに、悔恨と悲哀と後悔とを張り付け、奇妙に歪んだ表情。

「・・・そう言われても、仕方が無い。 実際、私は君達を見捨てたのだ、あの時・・・ その結果がどうなるか判っておきながら。
無力な、幼い子供だった君達を、私は見捨てた。 迫りくるBETAの目前で。 脱出船まで引率する教師の役目を放棄して、自分だけが助かった。
あの時の、君達の助けを求める声は、今でも夢の中で繰り返されるよ・・・」

「なぜ・・・ どうして・・・ 見捨てたの!? 怖かった! 怖かったわ! 友達が次々に死んで行って!
BETAが迫ってきて! 周りの大人は誰ひとり、助けてくれなかった! 先生だけが・・・ 先生だけが・・・! 信じていたのに!」

私は、国連軍大尉のギュゼル・サファ・クムフィール。 もう5年以上の実戦経験を有する、歴戦の衛士にして将校。
でも、ここに居る『わたし』は、迫りくるBETAの恐怖に怯え、友達が死んで行く様に怯え、家族と離れ離れになって泣き叫ぶ10歳の少女だった。

「許してくれとは、到底言えない・・・ 私は、それだけの悪行を為したのだから。 だが、今まで一度たりとも君達の事を忘れた訳ではないよ。
今でも思い出す、それは鮮明に・・・ 良く笑う子、活発だった子、ヤンチャだった子、大人しかった子、泣き虫だった子、皆、私の大切な子供達だった」

その言葉に、私の最後の理性が―――沸騰した。

「・・・でしたら、いま直ぐにでも、その子達の元に謝罪に行きますか? 
今の私は、国連軍の将校です。 冤罪でっち上げの一つや二つ、やって見せます・・・!」

思わず、傍らのヒュリアが小さく悲鳴を上げる。 翠華が私の方を掴むが、思いっきり力を込めてその手を引き離した。

「どうです? 本気ですよ? ここで、人生終わらせるのも悪くありません。 悲鳴を上げて、恐怖におののきながら死んで行った友達・・・
彼等に会えますから。 死んだ両親にも。 彼等の前に先生、貴方を引きずっていければ・・・!」

―――パアン!

頬に衝撃が走った。 誰かは判っている、翠華が私の頬を張ったのだ。

「・・・そこまでよ、ギュゼル・サファ・クムフィール大尉。 それ以上は国連軍刑法に従い、貴女を予備拘束する事になるわ」

「・・・すれば?」

「ッ! ギュゼル!」

「すれば!? でもね、翠華、例え貴女だからって、邪魔はさせない・・・!」

睨み合う私と翠華。 国連軍の大尉同士の諍いに動揺するヒュリア。 『彼』は、力無く項垂れている―――どの様な結末でも、受け入れるかのように。
その時、一人の少女が走り寄って来た。 私と『彼』の間に割り込んで、私に向かって必死になって抗議する。

「止めて、止めて! 何するの!? お父さんが何かしたのですか!?」

―――お父さん?

「私のお父さんは、何も悪い人じゃないです! だって、ずっと、ずっと、この学校が出来る前から、難民キャンプの頃から、無償で子供に教育をしてきた立派な人だって!
みんな知っています! ギリシャ人が難癖付けてきた時だって、お父さんは一人で話しあいに出かけて! みんな心配したけれど!
でも、無事に帰ってきて! ギリシャ人の人たちからも、立派な先生だって、そう言われてて!」

「・・・エミーネ、退きなさい。 お父さんはその人と話があるのだよ」

「イヤだ! イヤだ! だってこの人、お父さんに絶対変な事するわ! 私、聞いていたもの!」

見た目、12、13歳位・・・ 私達がイスタンブルを脱出した時より、ちょっとだけ年長って所かしら・・・?
亜麻色の髪と瞳、綺麗な肌。 濃い眉は意志の強さを物語っている様―――エミーネ、『誠実』とは!

「お願い・・・ お願い、止めて・・・ お父さんに、変なことしないで・・・ 私から、お父さんを取らないで・・・」

見た目通りの年だとすると、丁度イスタンブルがBETAに襲われた頃に生まれた子供だ。 でも、あの頃の先生には子供はいなかった。
奥様は居た筈だ、その奥様はどうなったの・・・? ああ、思い出したわ。 『先生な、今度、お父さんになるよ』 そう言って、遠足の時に笑っていたっけ。

目の前が真っ暗になる。 血の気が引くのが判る、気分が悪い。 足元がおぼつかない。

「・・・この子が、娘が産まれる直前だったのだよ。 あの時、妻は前の脱出船団でクレタに脱出していた。
私は、どうしても生まれて来る子供の顔を見たかった。 父親の居ない子供に、したくなかった。 妻に会いたかった・・・ そう思った瞬間、足が止まってしまった。 
竦んで、動けなかった。 生徒が、教え子が・・・ 大事な子供達がBETAに喰い殺される様を見ながら、妻と生まれて来る赤ん坊の顔が、頭から消えなかった・・・」

地面に膝をついて、涙を流しながら贖罪の言葉を吐き出し続ける、かつて憎んだ男。
その男を、やはり涙ながらに抱きしめて、私を見上げて睨み続ける少女。

―――どうしたらいいのだろう? ねえ、みんな、わたし、どうしたらいいの? ねえ、わからないの、おしえて、みんな・・・

呆然と立ち尽くす私の腕を取って、翠華が引き寄せる。 
彼女は静かに、そして優しく泣きじゃくる少女の頭を撫でて、『大丈夫よ、心配しないで・・・』、そう言った。
そしてまだ嗚咽を漏らす『彼』の前に進み、しゃがみ込んで視線を合せ、こう言った。

「・・・こんな狂った世界です、人は誰でも胸に秘めた贖罪を持っています。 でも校長先生、先生はそれをずっと直視なさってこられました。
先生の過去は、消し去る事は出来ませんし、ギュゼルの心の傷も、完全に癒せる事は無いでしょう。 でも、前に進む事は出来る筈です」

随分と優しい、慈しむ様な声。

「生きて下さい、校長先生。 私達は昨日を思って嘆くより、明日を思って不安になるより、今日を精一杯生きなきゃなりません。
それに死ぬよりも、生きている方がよっぽど辛い時が何度もありますわ。 でも私達は生きていかなきゃならないし、生きる以上は努力しなければいけません・・・」

切々と流れるその言葉に、私は何時しか興奮が収まっている事を自覚した。

「校長先生、もし先生が、一人の子供の心を傷心から救う事ができたのなら、先生の生きる事は無駄ではない筈です。
もし先生が、一つの魂の悩みを慰める事が出来れば、もし一つの苦痛を覚ます事が出来れば・・・
あるいは一羽の弱っている鳥を助けて、再び羽ばたけるようにしてやることが出来るのなら、先生の生は無駄では無い筈です」

その言葉に、確かに『彼』の魂は救われたのだろうか。

「自分自身以上に愛する者が居る時、人は本当に傷つくもの・・・ 先生、貴方にはお嬢さんがいらっしゃるわ。
我が身に耐え難いほどの贖罪を背負ってでも、愛して止まないお嬢さんが。 だって、ほら・・・ お嬢さんは、こんなにもお父さんが大好きなのですもの」

翠華の言葉に、『彼』―――ムラト・バヤル先生は泣き崩れた。 大の男が、辺りに憚らず泣いていた。
私は茫然とその姿を見ていた。 もう、憎しみは何処かに消えていた。 どこかポッカリと大きな穴が空いた気分だった。
ヒュリアが泣きじゃくる2人の背中を、優しくなでている。 翠華が立ち上がり、私を見てニコリと微笑んだ。

「・・・行きましょう? ね? ギュゼル・・・」









7月27日 1310 クレタ島 東部 ラッシティ県ミラベロ湾 アギオス・ニコラオス


海辺のカフェで、一人脱力しながらお茶を飲む。 なんだかもう、何もやる気が起こらないわ。
折角の休暇だと言うのに。 リゾートとは言えないまでも、その名残はたっぷりとあるこのクレタ島で。
仲間のお誘いにも気乗りせず、気拙い思いで断り続けていた。

「・・・はあ・・・」

出るのは溜息ばかり。 
思うは自己嫌悪ばかり。

目前の海を見ながら、そんなマイナス思考ばかりしていたからだろうか。 背後からやって来る気配に気付かなかったのは。

「・・・相変わらず、ヘタレているわねぇ?」

「・・・何語よ?」

「直衛や圭介から教えて貰ったけれど?」

「・・・日本語?」

「・・・多分」

「意味は・・・?」

「ん? んん~? ヘタレ?」

―――だから、それってどういう意味よ!?

はあ、何て怒る気力も湧かないわ。 翠華は勝手に隣の椅子に座っちゃうし。 
どうでもいいけど、私にツケないでね? まだ10ドル貸しがあるのよ?

「・・・せこいなぁ」

―――言うに事欠いて、何を言うか、この女は・・・

注文したレモネードを飲みながら、暫く楽しげに海を見つめていた翠華が、ふと言葉を漏らした。

「今日ね、改めて学校に行ってきたわ」

―――なんですって?

「どうせ、ギュゼルは行くの、嫌がると思って。 バヤル先生や、ヒュリアと会って来たの。 先生のご自宅にも」

「・・・何考えているの? 翠華?」

そんな私の、今絞り出せる限りの抗議も余所に、翠華が話し続ける。

「無償で先生役を続けて12年。 学校が出来て、校長先生として1年。 必死になって頑張って来たそうね。
家にはね、娘さん―――エミーネちゃんだけじゃなく、他に6人の小さな子供達が居たわ。 先生の実の子じゃないけれど」

「・・・え?」

「戦災孤児、或いは親を何らかで失った孤児。 そんな子供達を引き取って、育てているそうよ。
エミーネちゃんにとっても、たくさんの弟妹達ね。 トルコ系の子もいれば、ギリシャ系の子も居たわ」

「・・・」

「多分、あの先生の『贖罪』 この先の人生の全てを、それに費やす覚悟のね。 暮らし向きは苦しそうだったわ、でも子供の笑い声が絶えなかったわね・・・」

―――『贖罪』 先生は、一生それを背負って生きて行くのか・・・ そう決めたのか・・・

「ねえ、ギュゼル。 私から、貴方に一言良いかしら?」

「・・・何?」

「昔、ある人から聞いた言葉よ―――『貴女が出来る事、したい事、そして夢見られる事を、再び始めて下さい。
毎日を生きて、生き続けて。 今日のこの日が、貴女の人生が再び始まった日で有ります事を』 ・・・どうかしら?」

(出来る事、したい事、そして・・・ 夢見られる事・・・)

「・・・もう、いいや。 憎いとか、そんなの。 もう、いいや・・・」

ああ、何だか、何か私に取り付いていた何がが、落ちた様な気がする。
悲しみは消えない。 あの記憶は消す事は出来ないだろう。 でも、それだけ? それだけなの?


ふと、笑い声が聞こえた。 見ると数日前と同様、子供達が海で遊んでいた。 楽しそうだった。 楽しそうに笑っていた。

「・・・ヒュリアと、ファニの教え子達よ」

「へえ・・・ 私も記憶があるわ、小さい頃、よくみんなで暗くなるまで遊んだもの」

「ええ、私も・・・ 私もそうよ」

トルコ系の子供と、ギリシャ系の子供が一緒になってはしゃいでいる、それはもう、楽しそうに。

―――イスタンブルの、丘を上がった新市街の住宅地。 石畳の、海を見下ろせる路地。  洗濯物が干してある家々、おばあちゃんが街角ではパンとお菓子を売っているお店。
そんな庶民の暮らす街かどで、私達はトルコ系もギリシャ系も関係無く、遊んでいる。 夕日が金角湾を赤く照らし、モスクが夕日に輝いて。
そして1番星が見える頃、家から美味しそうな匂いが漂ってくる。 お母さんが戸口から顔を出して叫ぶ―――『ギュゼル! 夕御飯よ、帰ってらっしゃい!』
私はヒュリアやファニに『バイバイ! また明日ね!』、そう言って家路につくのだ・・・


『―――友よ 再び会う事が出来たなら 共に歌い語らおう 共に喜び語らおう
旅路は遠く 旅路は険しく 山は高く 風は強い
月よ 旅路を照らせ 恐れぬように 迷わぬように 全ての善きものを わたしに照らせ』

昔、バヤル先生に教えて貰った詩の一節。 とても好きだった。

『―――友よ 再び会い事が出来たなら 共に喜び語らおう 共に泣き語らおう
旅路は遠く 旅路は深く 谷は深く 水は激しく
月よ 旅路を照らせ 恐れぬように 迷わぬように 全ての幸運を あなたに照らせ』

知らず、口ずさんでいた。 あれは確か・・・ そうだ、先生が作った詩だったわ。

『―――光は暗く 灯りは小さく 道は暗く 夜は長い
月よ 旅路を照らせ 恐れぬように 迷わぬように
光の水湛える その銀杯を傾けて 天は 調べを 奏でよう・・・』

ああ―――思い出は美しい。 それは、過去は今ここに無いから。 でも、確かに私はその時、その場所に居たわ。 
その時を過ごし、その素晴らしさを、美しさを体験した。 だから私は今を生きる。 生きて行く事が出来る。 あの時を過ごせたから。

「・・・また、会えたね・・・!」

ようやく、その言葉が言えた。 私は、凄く嬉しかった。










1997年8月16日 東地中海沿岸 トリポリ沖 イタリア海軍戦術機揚陸艦『ジュゼッペ・ガリバルディ』


『攻撃隊、発進準備。 攻撃隊、発進準備。 搭乗員、搭乗開始せよ』

来た、出撃命令だ。 ハンガー脇の衛士待機室から飛び出した私達は、自らの『愛機』に駆け寄る。
トーネードⅡIDS-5B―――現在、欧州各国と北アフリカ沿岸諸国で最もポピュラーな、準第3世代戦術機。
欧州第3世代機がロールアウトするまでは、このタイフーンとF-15、F-16系の各型が戦線の頼みの綱だ。

リフトでパレットに乗り上がり、戦術機ガントリーに固定され、上半身を起立させた状態の機体のコクピットに乗り込んだ。
やがて戦術機を乗せたリフトが、飛行甲板まで上げられる。 うす暗い穴倉から、一気に陽光照りつける夏の地中海へ!

≪CPよりリーダー! 敵情はトリポリ付近にBETA群が約4000! イタリア海軍の『アンドレア・ドリア』、『カブール』から第1、第3中隊が発進を開始!
フランス海軍の『シャルル・ド・ゴール』、『クレマンソー』、『フォッシュ』から第2大隊発進! 英海軍の『セントー』、『アルビオン』、『ブルワーク』からも第3大隊、発進を開始!≫

「―――了解。 リーダーより≪ラーレ≫全機! これより発進を開始する! 目標はトリポリ北方10km! BETA群を背後から叩く!」

―――『了解!』

第3大隊≪カラトラバ≫が南から誘引をかける。 その背後から第1大隊≪グラム≫が急襲し、タイミングをずらして第2大隊≪ランスロット≫が横腹を突く。
危険な囮役を、しかしあの不敵な第3大隊長は喜々として引き受けていた。 もっとも、その補佐役の女性大尉は、深いため息をついていたが・・・


カタパルトから猛然と押し出されるように、機体が射出される。 高度は余り取れない、この海は人類が好きに飛び回れる海では無いのだ。
やがて、低高度で中隊に空中集合をかける。 周りには第1と第3中隊も集合を終えていた、大隊長直率の指揮小隊が先頭を張る。

『グラム・リーダーより各中隊、手順は予定の通り変更は無い。 光線級が多少厄介だが、英海軍の地中海艦隊が盛大に艦砲射撃を見舞ってくれるそうだ』

『そりゃ、良いやな。 艦砲射撃なんざ、重金属雲を撒き散らす以外に使い道は無いしよ!  精々、ド派手に頼むか!』

『ファビオ、精々、巻き込まれないようにね? 誰かさんが心配するから』

『へっ! そんなヘマするかよ! 俺様は老衰で死ぬって決めているんだぜ!?』

『ん~、それまでに人類がやられちゃったら、どうするの?』

『・・・ミン・メイ、ノホホンと、恐ろしい事言うなよ・・・』

思わず笑みが浮かぶ。 相変わらずの会話、相変わらずの笑い、相変わらずの戦場。 岩変わらずの、私の世界。
でもね―――私は生きてやる。 生き抜いてやる、そして夢見てやるわ。 この命の限りね。

「・・・ラーレ・リーダーより≪アズーロ≫リーダー、≪ロンニュイ≫リーダー、そろそろ変針点よ、いい加減に口を閉じたら?」

『うわ、始まったわ、ギュゼルの優等生病が・・・』

「・・・翠華?」

『ロンニュイ・リーダー、ラジャ。 中隊各機! 高度落とせ! レーザー照射警報に注意!』

『アズーロ各機、突っ込むぞ、付いてきな!』

『グラム・リーダーより各中隊、手筈通りだ。 アズーロが先鋒。 右翼をラーレ、左翼をロンニュイ。 指揮小隊、アズーロに続行!』

やがて陸地が見えてきた。 沖合から英海軍の戦艦部隊が、盛大に艦砲射撃をかけている。 いい感じね、光線級はまだこっちに気付いていないわ。

『よし―――≪グラム≫大隊、突入せよ!』

40機のトーネードⅡが一斉にBETA群の背後から襲いかかる。 いつもの戦場、いつもの緊張感、いつもの恐怖感―――生き残ってやるわ。
生き残って、そして、あの日の夢の続きを。 私は追いかける、夢の続きを。 私は夢見るのだ。

「リーダーより、≪ラーレ≫中隊全機! かかれぇ!」













≪後日談≫

「・・・なあ、なんで今日もギュゼルが当直司令?」

「そうですよ、確かこの前も・・・」

「あ、いいのよ、気にしないで、ファビオ、ロベルタ。 それよりこれから外出でしょ? 楽しんできなさいな」

「・・・ま、いいけどよ? なあ、ギュゼル。 お前さん、何か翠華に弱み握られてるとか?」

「ま、まさか・・・ ほほほ・・・」

(・・・くっそう、翠華めぇ! 『ギュゼルは私に大きな借りがあるのよね? だ・か・ら! 次の当直司令、代わってね?』ですってぇ!?
どうせ、少佐と外出を合わせたかったんでしょーが! あの、万年発情女わぁ!)






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