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No.7678の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 ~第1部 完結~  [samurai](2012/01/15 00:56)
[1] 北満洲編1話[samurai](2009/03/31 02:40)
[2] 北満洲編2話[samurai](2009/04/12 14:43)
[3] 北満洲編‐幕間その1[samurai](2009/04/02 03:33)
[4] 北満洲編‐幕間その2[samurai](2009/04/02 23:49)
[5] 北満洲編-幕間その3[samurai](2009/04/04 02:31)
[6] 北満洲編3話[samurai](2009/04/04 22:33)
[7] 北満洲編4話[samurai](2009/04/05 19:23)
[8] 北満洲編5話[samurai](2009/05/16 17:22)
[9] 北満洲編6話[samurai](2009/04/11 02:17)
[10] 北満洲編7話[samurai](2009/04/12 03:34)
[11] 北満洲編8話[samurai](2009/05/05 23:46)
[12] 北満洲編9話[samurai](2009/04/18 21:28)
[13] 北満洲編10話[samurai](2009/04/18 22:35)
[14] 北満洲編11話[samurai](2009/04/19 01:16)
[15] 北満洲編12話[samurai](2009/04/24 02:55)
[16] 北満洲編13話[samurai](2009/04/25 22:53)
[17] 北満洲編14話[samurai](2009/05/06 00:47)
[18] 北満洲編15話[samurai](2009/05/10 04:08)
[19] 北満洲編16話[samurai](2009/05/10 03:42)
[20] 北満洲編17話―地獄の幕間[samurai](2009/05/13 19:48)
[21] 北満洲編18話[samurai](2009/05/16 03:31)
[22] 北満洲編19話[samurai](2009/05/16 03:59)
[23] ちょっとだけ番外編(バカップル編)[samurai](2009/05/17 03:25)
[24] 北満洲編20話[samurai](2009/05/19 23:48)
[25] 北満洲編21話[samurai](2009/05/20 00:32)
[26] 北満洲編22話[samurai](2009/05/24 02:21)
[27] 北満洲編23話[samurai](2009/05/24 04:25)
[28] 北満洲編最終話[samurai](2009/05/24 03:36)
[29] 設定集(~1993年8月)[samurai](2009/05/24 23:57)
[30] 国連極東編 満州1話[samurai](2009/06/09 02:02)
[31] 国連極東編 番外編・満州夜話[samurai](2009/06/09 02:03)
[32] 国連極東編 満州2話[samurai](2009/06/09 02:03)
[33] 国連極東編 満州3話[samurai](2009/06/09 02:03)
[34] 国連極東編 満州4話[samurai](2009/06/09 02:03)
[35] 国連極東編 満州5話[samurai](2009/06/09 02:04)
[36] 国連極東編 番外編 艦上にて―――或いは、『直衛君、弄られる』[samurai](2009/06/09 02:04)
[37] 国連極東編 満州6話[samurai](2009/06/09 02:04)
[38] 国連極東編 満州7話[samurai](2009/06/09 02:04)
[39] 国連極東編 満州最終話[samurai](2009/06/10 07:33)
[40] けっこう番外編(かなりバカップル編)[samurai](2009/06/12 23:53)
[41] 国連欧州編 英国[samurai](2009/06/14 10:27)
[42] 国連欧州編 イベリア半島1話[samurai](2009/06/17 23:46)
[43] 国連欧州編 イベリア半島2話[samurai](2009/06/18 00:38)
[44] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 1話[samurai](2009/06/20 23:34)
[45] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 2話[samurai](2009/06/21 13:54)
[46] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 3話[samurai](2009/06/26 00:07)
[47] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 4話[samurai](2009/06/28 03:55)
[48] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 最終話[samurai](2009/06/28 10:30)
[49] 国連欧州編 シチリア島1話[samurai](2009/07/01 00:59)
[50] 国連欧州編 シチリア島2話[samurai](2009/07/01 01:28)
[51] 国連欧州編 シチリア島3話[samurai](2009/07/05 00:59)
[52] 国連欧州編 シチリア島4話 ~幕間~[samurai](2009/07/05 22:09)
[53] 国連欧州編 シチリア島5話[samurai](2009/07/10 02:30)
[54] 国連欧州編 シチリア島最終話[samurai](2009/07/11 23:15)
[55] 国連欧州編・設定集(1994年~)[samurai](2009/07/11 23:25)
[56] 外伝 海軍戦術機秘話~序~[samurai](2009/07/13 02:52)
[57] 外伝 海軍戦術機秘話 1話[samurai](2009/07/17 03:06)
[58] 外伝 海軍戦術機秘話 2話[samurai](2009/07/19 18:39)
[59] 外伝 海軍戦術機秘話 3話[samurai](2009/07/21 23:41)
[60] 外伝 海軍戦術機秘話 最終話[samurai](2009/08/13 22:32)
[61] 国連欧州編 北アイルランド[samurai](2009/07/25 17:47)
[62] 国連欧州編 スコットランド1話[samurai](2009/07/27 00:36)
[63] 国連欧州編 スコットランド2話[samurai](2009/07/28 00:28)
[64] 国連米国編 NY1話[samurai](2009/08/01 04:13)
[65] 国連米国編 NY2話[samurai](2009/08/06 00:03)
[66] 祥子編 南満州1話[samurai](2009/08/13 22:31)
[67] 祥子編 南満州2話[samurai](2009/08/17 21:26)
[68] 祥子編 南満州3話[samurai](2009/08/22 19:19)
[69] 祥子編 南満州4話[samurai](2009/08/30 19:03)
[70] 祥子編 南満州5話[samurai](2009/08/28 07:52)
[71] 祥子編 南満州6話 ―幕間―[samurai](2009/08/30 18:45)
[72] 祥子編 南満州7話[samurai](2009/09/06 00:08)
[73] 祥子編 南満州8話[samurai](2009/09/16 23:35)
[74] 祥子編 南満州9話[samurai](2009/09/19 03:15)
[75] 祥子編 南満州10話[samurai](2009/09/21 22:59)
[76] 祥子編 南満州最終話[samurai](2009/09/22 00:42)
[77] 祥子編 南満州番外編~後日談?~ その1[samurai](2009/10/01 23:43)
[78] 祥子編 南満州番外編~後日談?~ その2[samurai](2009/10/01 22:02)
[79] 国連米国編 NY3話[samurai](2009/10/03 13:42)
[80] 国連米国編 NY4話~Amazing grace~ [samurai](2009/10/11 12:38)
[81] 国連米国編 NY5話~Amazing grace~ [samurai](2009/10/14 22:32)
[82] 国連米国編 NY最終話~Amazing grace~[samurai](2009/10/17 03:10)
[83] 国連番外編 アラスカ~ユーコンの苦労~[samurai](2009/10/19 21:28)
[84] 国連欧州編 翠華語り~October~[samurai](2009/10/23 22:58)
[85] 国連欧州編 翠華語り~November~[samurai](2009/10/24 15:34)
[86] 国連欧州編 翠華語り~December~[samurai](2009/11/01 23:21)
[87] 国連欧州編 翠華語り~January~[samurai](2009/11/09 00:17)
[88] 国連欧州編 翠華語り~February~[samurai](2009/11/22 03:05)
[89] 国連欧州編 翠華語り~March~[samurai](2009/11/22 03:38)
[90] 国連欧州編 翠華語り~April~[samurai](2009/11/22 04:13)
[91] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 1話[samurai](2009/11/24 00:29)
[92] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 2話[samurai](2009/11/29 02:20)
[93] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 3話[samurai](2009/12/06 22:19)
[94] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 4話・前篇[samurai](2009/12/11 22:37)
[95] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 4話・後篇[samurai](2009/12/12 21:38)
[96] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 5話[samurai](2009/12/13 20:58)
[97] 国連欧州編 最終話[samurai](2009/12/13 23:06)
[98] 帝国編 ~序~[samurai](2009/12/19 05:05)
[99] 帝国編 1話[samurai](2009/12/20 12:06)
[100] 帝国編 2話[samurai](2009/12/24 00:16)
[101] 帝国編 幕間[samurai](2009/12/25 04:22)
[102] 帝国編 3話[samurai](2009/12/30 05:15)
[103] 帝国編 4話[samurai](2010/02/08 02:09)
[104] 帝国編 5話[samurai](2010/02/22 01:03)
[105] 帝国編 6話[samurai](2010/02/22 01:00)
[106] 帝国編 7話[samurai](2010/03/01 00:28)
[107] 帝国編 8話[samurai](2010/03/13 22:53)
[108] 帝国編 9話[samurai](2010/03/23 23:37)
[109] 帝国編 10話[samurai](2010/03/28 00:51)
[110] 帝国編 11話[samurai](2010/04/10 21:22)
[111] 帝国編 12話[samurai](2010/04/18 10:47)
[112] 帝国編 13話[samurai](2010/04/20 23:21)
[113] 帝国編 14話[samurai](2010/05/08 16:34)
[114] 帝国編 15話[samurai](2010/05/15 01:58)
[115] 帝国編 16話[samurai](2010/05/17 23:38)
[116] 帝国編 17話[samurai](2010/05/23 12:56)
[117] 帝国編 18話[samurai](2010/05/30 02:12)
[118] 帝国編 19話[samurai](2010/06/07 22:54)
[119] 帝国編 20話[samurai](2010/06/15 01:06)
[120] 帝国編 21話[samurai](2010/07/04 00:59)
[121] 帝国編 22話 ~第1部 完結~[samurai](2010/07/04 00:52)
[122] 欧州戦線外伝 『周防大尉の受難』[samurai](2009/09/12 02:35)
[123] 欧州戦線外伝 『また、会えたね』 ~ギュゼル外伝~[samurai](2010/12/20 23:16)
[124] 設定集 メカニック編[samurai](2010/12/20 23:18)
[125] 設定集 陸軍編(各国) 追加更新[samurai](2010/05/15 01:57)
[126] 設定集 海軍編(各国) [samurai](2010/05/08 18:23)
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[7678] 帝国編 6話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/02/22 01:00
1997年2月17日 0230 黄海沖


西の空が赤々と燃えている。 龍口へ艦隊が艦砲射撃とロケット弾攻撃を継続しているのだろう。
腹に響く重低音は戦艦の主砲か。 空気を切り裂くような甲高い音は、ロケット弾の発射音だ。
散々聞いた音だ。 渤海で、沿海州沿岸のオホーツク海で。 東南アジアの灼熱の海で。

日本帝国海軍予備大尉の階級も持つ三宅拓真2等航海士は、もう何度も馴染みとなった光景を眺めながら、船橋での当直にあたっていた。
深夜の2時半。 船は3時間前に山東半島の煙台(イエンタイ)を出港後、順調に航海を続けている。
海軍に臨時徴用され、SR(下関-旅順)船団の1隻として補給船団に参加していたが、一昨日急遽、山東半島からの撤退支援に回された。
そして今、彼が乗船する船は一路、変更された寄港地である朝鮮半島西岸の港、韓国の首都ソウルの海の玄関口・仁川(インチョン)に向かっている。

月明かりが綺麗だった、夜の大海原を煌煌と照らしている。 
その光を受け、航跡が作り出す波間が真珠の泡を立たせるかのような煌きを放っていた。

前方の船が舵を切ったようだ。 そろそろこちらも変針点が近い。

「スターボード、ファイヴ」(舵、右舷へ5度)
「スターボード、ファイヴ サー」(舵、右舷へ5度 了解)

変針点で舵を切る。
船橋から聞こえるのは、三宅とクォーターマスター(操舵手)の声だけだ。
実際、今は船橋に2人しかいない。 他は左右のウイングに見張り員がそれぞれ1名づつ。
通信室にも当直の通信士が1人だけ。 

『泥棒ワッチ』―――船員のスラングで、深夜0時から4時までの当直時間をそう呼ぶ―――は何時にも増してひっそりしている。
人が寝静まった時間に起きている事から、こう言う「愛称」が生まれたのだ。

コンパスが方位115度を差した。 この辺りで戻しておいた方が良いだろう。

「ミジップ」(舵中央)
「ミジップ サー」(舵中央 了解)

クォーターマスターの進路を読む声が響く。

「120度・・・ 125度・・・ 130度」

予定進路になった。

「ステディ」(進路、そのまま)
「ステディ オン 130度 サー」(進路130度、了解)

微かに船の回頭による慣性を感じる。 それに波長の長い波間故のゆったりした揺れ。
学生時代の航海実習では、これにやられて良く吐いたものだ。


やがて船団は変針を終え、仁川へ一直線の航路を16ノット(約30km/h)の速度で航行していた。 煙台から撤退してきた中韓連合軍将兵を満載してだ。
ふと、前方の僚船が目に入った。 あの船もまた、多くの負傷兵を満載している筈・・・

「・・・なあ、クォーターマスター。 一体何人、生き残るんだろうな? 仁川に着く前に」

独り言のように三宅2等航海士がポツリと漏らす。

「・・・自分には、判りません。 専門外ですので」

海軍予備一等兵曹の階級も持つクォーターマスターが、素っ気なく答える。
船首方向に夜光虫の輝きが見える。 まるで、先に逝った者達の魂が集い光っているかの様に。

判っている、判っているのだ。 自分にしても、クォーターマスターにしても。 気分が落ち込みそうになっているのは。
半日前、彼等の乗船する船は煙台に入港した。―――悲惨だった。

次々に後送されてくる負傷兵。 大半が重傷者だった。
寒々とした海風が吹きつける岸壁一杯に、担架に乗せられて並べられる彼等。 乗船待ちの間中、虚ろな眼差しで虚空を見つめるかの様な彼等。
痛み止めが切れたのか、苦痛に悶え、呻く彼等。 全身を包帯で覆われ、四肢を切断され、血が滲み出ている彼等。

そして、負傷者と同じくらいの数が並んでいた―――死体袋が。

船の衛生管理者でもある2等航海士の三宅は、埠頭事務所に居を構えた転進司令部(何て言い繕った名だ!)で受け入れ人員数を知らされ、その実情を見て陰鬱な気分になった。
船の定員は240名。 その内、運航要員定数は60名。 しかし今現在、運航要員は50名。 収容人数は190名となるが、実際は108名多い298名を収容していた。
バスルームとメスルーム(食堂)を潰して、蚕棚の3段ベッドを無理やり設置してあるのだ。

そしてその数にも増して嫌な気分になった理由―――負傷兵の大半は10代の少年少女だったからだ。
不思議ではない。 中国軍は13歳、14歳くらいの年少兵はざらにいる。 韓国軍も国家総動員体制で、10代半ばから徴兵を施行していた。(帝国も似たようなものだ)
そして、多分―――死体袋の中の連中も、同じ年代の少年少女のなれの果てだろう。

「・・・すっかり変わっちまったな、この『銀河』も、前の『北斗』も・・・」

「この船は兎も角、『北斗』は引退する筈でしたからね。 『大成』、『青雲』も第2陣でそろそろ煙台を出港している筈です」

彼等の乗船している船は、輸送艦ではない。 民間から徴用された輸送船でも、貨客船でも無い。
運輸省海事局に所属する航海訓練所の練習船、『銀河丸』(全長116m、排水量6,000トン強)だった。
前方を航行する僚船も同じ所属の姉妹船、『北斗丸』 そして輸送船団第2陣として出港したであろう船団には、『大成丸』、『青雲丸』の2隻の練習船も所属していた。

海洋立国・日本帝国の海外物流の背骨を支える商船士官、そして海員。 その卵を育て続けてきた揺籃の船であった。
三宅も商船大学の航海実習ではお世話になったし、クォーターマスターも海員学校の航海実習で乗り込んだ、言わば『船員の母船』だった。

―――ドッ、ドッ、ドッ

小刻みのディーゼル機関の震動が船橋まで微かに伝わる。 『銀河丸』、『青雲丸』はディーゼルエンジン船だ、この昔ながらの震動も懐かしい(他の2隻は蒸気タービン船)
彼らがその青春時代を過ごした母なる船。 その船は今や、負傷兵の運搬船となっていた。

―――大半が、青春の何たるかを味わう事無く、過酷な戦場に投入されて負傷した少年少女たちを乗せて。

三宅航海士も、クォーターマスター―――飯田と言う名だった―――も、負傷兵を見て怖気づくような神経は最早持ち合わせていなかった。
明治の世に始まった海軍予備員制度。 その枠の中で民間商船乗組員の道を選んだ彼等は、同時に海軍の予備将校であり、予備下士官でもあったのだ。
学校を卒業し、晴れて商船に乗り込むその前に海軍に応召されて、艦隊乗り組みの海軍士官、海軍下士官として実戦に参加した経験も有る。
2人とも乗艦が光線級のレーザー照射を受け撃沈し、九死に一生を得た事も有った。―――海での死は、見慣れていた。


「・・・こいつに最後に乗った世代は、サードッフィサー(3等航海士)やサードエンジャー(3等機関士)までですかね」

「だろうな。 ボースン(甲板長)やストーキー(甲板次長)も嘆いていた。 すっかり姿が変わったと・・・」

「ナンブフォー(操機手)の上田が言っとりました。 ナンバン(操機長)の機嫌が悪いと」

「ああ、エンジン(機関部)の連中が言っていたな。 もっとも、デッキ(甲板部)も同じだけどな・・・」

昔堅気で、職人気質のシーマンであるボースンやナンバンには我慢がならないのだろう。
海の男を育ててきたという自負が。 年端もいかぬ少年少女達が、重傷を負った彼等、彼女等が船内で息を引き取ってゆく様を、只見ているしかないと言う事態を。

「・・・悔しいですね」

「うん・・・ 悔しいものだね」


その日の正午過ぎに仁川に入港した時には、収容された負傷兵298名の内、91名が息を引き取っていた。



















1997年2月17日 1430 遼東半島 瓦房店北東30km 千山山岳地帯 第102機甲戦闘団


「それじゃ、山東半島は第5次撤退までは完了したって事かしら?」

戦術機甲部隊指揮官ブリーフィング用テントの中、湯気を立てる温かい(だけの)コーヒーモドキを飲みながら、中国軍の趙美鳳大尉が小首を傾げて言った。
そろそろ20代も半ばに達するのだが、その長身と落ち着いた麗貌とは別に、未だ少女っぽい所を残す女性だ。

「だそうです。 1次は昼前に仁川に入港して収容人員を降ろして、今は再出港準備中とか。
何やかやで、1700頃には仁川を出港してまた、煙台に入港するのは日付が変わって3時間位経った頃でしょうか」

そう答えた周防直衛大尉が、せめて『ブランデー入りコーヒーモドキ』にしようと、ブランデーの入ったフラスコを手に取ってカップへ入れようとする。
―――が、途中で横から伸びてきた手に、フラスコを奪われた。

「それじゃ、『ブランデー入りコーヒー』じゃないでしょ? 『コーヒー入りブランデー』よ。 はい、こっちね。
―――2次は再出港が2000頃になるそうですわ。 それと、3次がそろそろ仁川に入港予定だと」

ブランデーの入ったフラスコを取り上げ、簡易コンロに乗せていたコーヒーポットを渡す綾森祥子大尉。
周防大尉がちょっと恨みがましい目で、コーヒーポットを受け取る。

「そうそう、祥子、それで良いのよ。 男なんて放っといたら酒ばかり飲んでいるからね、ちゃんと締めなきゃね。
で、1船団20隻で収容人員が約1万人。 今は5次まで収容して5万人か・・・ あと、どのくらい残っているの?」

周防大尉と綾森大尉を面白そうに眺めながら、こちらは熱いお茶を飲んでいるのは韓国軍の朴貞姫大尉。
各大隊の保有する中隊数の差が有る為、今回の哨戒第3直は中国軍の趙大尉を先任指揮官とする、4個中隊が待機中だった。
現在、日本軍の広江少佐を先任指揮官とする哨戒第2直が任務にあたっており、早坂中佐指揮の哨戒第1直は帰還途中だ。

「本来なら山東半島防衛部隊は、中国第2野戦軍が4個軍団で11個師団プラス6個旅団。
それに韓国軍の第21軍団が3個師団か。 14個師団と6個旅団、人員で25万人位の兵力ですが・・・」

綾森大尉に軽く睨まれ、ブランデーを諦めて渋々不味いコーヒーモドキを増量させて不味そうに飲みながら、周防大尉が戦力構成を頭の中で反芻しつつ答える。

「そこまで残ってないわね。 第2野戦軍は戦力の35%を喪失しているから・・・ 朴大尉、韓国軍も似たようなものではなくて?」

「・・・そうですね。 3個師団の内、まともに戦闘力を維持しているのは1個師団だけだとか。 残りは半病人状態が1個師団と、撤退開始した壊滅状態の1個師団。 
撤退部隊が全体の30%に達しているそうですよ。 今現在、龍口で必死に遅滞防衛戦闘を展開しているのは山東に展開したうちの35%、5個師団程度じゃないでしょうか?」

趙大尉のおっとりしたもの言いに、朴大尉が何やら苦笑しながら答える。
―――全く、同じ女性だと言うのに。 こっちは既婚者だと言うのに。 目の前の趙大尉にせよ、綾森大尉にせよ。 自分より余程女らしい・・・

もっとも、中国軍の周少佐も独身らしいが、女っぷりの無ささ加減では自分と似たり寄ったりか。 あと、日本軍の水嶋大尉も。
―――既婚で子持ちらしい広江少佐については、コメントは控えよう。 何やら地雷を踏みそうだ。 周防大尉からも忠告されているし。

「と言う事は、撤退人数は18万から最大19万人。 その内の5万人は収容したわね。 で、現在戦闘中の兵力が8万から9万人、収容待ちが5万人・・・」

「第6次の収容開始が、明日の0300頃から。 山東からの出港は多分明け方の0500頃で、第10次が1200頃出港かしら?
仁川への入港が明日の1500頃から2200頃にかけて。 そして最後の再出港は・・・」

「明日の2000頃から明後日の0300頃にかけて。 山東に到着するのが明後日の0800頃から1300頃。 最後の収容は明後日の夕方か」

趙大尉、綾森大尉、周防大尉が撤退時期を予想する。 つまり、最低でもそれまでは自分達はこの遼東半島から脱出できない、守り切らねばならないのだ。
最後の収容が明後日の夕方だとして。 そのタイミングで渤海に展開した第2艦隊の半数が黄海へ迂回を開始したとしても。
支援砲撃を受ける事が出来る位置に再展開するには10時間はかかるだろう。 
第6軍、中国第4野戦軍、韓国第5軍団がこの戦場を離れる事が出来るのは、最低でも3日後になりそうだった。

―――それまで、本当に支えきれるのだろうか?

4人の指揮官達はお互いに、無言でそう思っている。
今まで数多くの激戦を切り抜けてきた彼らであるが、それだけに自分でも嫌になるほど冷静に戦力分析をする癖が付いている。
そして自分たちの過去の経験に照らし合わせれば、BETAが猛攻を仕掛けてくるとすれば2日、長くて2日半―――それが持久の限界だろう。
それ以上の持久戦は無理―――壊走状態に陥ってしまう。 


「・・・でも、正直助かったわ。 見知った面子が多くって」

趙大尉が、少しの沈黙の後で明るい声を出した。
同国軍同士でも、異なる部隊同士の協同は時として困難を覚える。 即席のチームと、長年共に戦い続けたチームと、連携一つとっても全く違う。
今回は一時的に寄せ集められたチームだった、しかし・・・

「趙大尉と、2直の朱大尉(朱文怜大尉)は国連軍に出向していたのですってね。―――直衛、同じ部隊だったのよね?」

「同じ大隊だった。 中隊は違ったけれど。 朴大尉と1直の李大尉(李珠蘭大尉)も、以前一緒に戦った事が有る。 確か・・・ 『九-六作戦』で」

「私は以前に、周少佐の指揮下で戦った事が有るわ。 後は馴染みの面子だし・・・ 確かに、そんなに違和感が無いわね」

それにお互い、長年にわたって満洲で戦ってきた者同士だ。 
戦場で相手がどう動くか、自分がどう動くべきか、今更言われるまでも無く身に染みついている。

ふと降りた沈黙。 誰かが何か言おうとしたその時、野戦電話がけたたましく鳴り響いた。 傍らにいた周防大尉が受話器を取り上げる。

「はい、戦術機ピスト・・・ ん、ん・・・ 了解、即時出撃する!」

周防大尉が受話器を置いた時には、趙大尉が待機中の全中隊にスクランブル発進の指示を出し。
朴大尉は整備班へ至急『火を入れる』よう連絡し、兵装の確認を取り。 
綾森大尉は粗末なテーブルの上に乱立したカップ類を払い落して戦術地図を広げていた。

「エリアE4GからE7Jにかけて5か所でBETA群を確認。 小規模、各500から600
光線属種、及び要塞級は確認されず。 進撃速度は30km/h  他にBエリアに4か所、これは2直が対応中」

周防大尉の報告に従い、綾森大尉が地図上に駒を置いていく。 
設備の整った司令部ならいざ知らず、前線の臨時指揮所では昔ながらの紙の地図でも重宝する。


「ちょっと厄介ね。 北のE4GとE5Eの2か所は山並みが続くから、地形を利用すれば撃破は容易だと思うけれど。 問題は・・・」

「E5F、E6H、E7Jの3箇所。 5km先でなだらかな丘陵部に変わりますね、合流されたら1500程の群れになってしまう。
どうします? 北は敢えて1個中隊だけで対応するとして。 南側に3個中隊で各個撃破。 出来ると思いますけど?」

思案する趙大尉に、朴大尉が提案する。 北側はBETAの進撃速度が遅くなっている、あえてそこには戦力を集中せず、まずは南を叩く。

「でも貞姫。 それだと北のEエリアが手薄になるわ。 北接するDエリアに侵入されたら、捕捉が困難になるわよ。
ここはオードソックスに、1群に1中隊をぶつけるべきではないかしら?」

綾森大尉が朴大尉の案に対して異論を唱えた。
Dエリアは先日大きな戦闘が有った場所だ。 場所柄、起伏に富み過ぎて戦術機の機動すら制約される。
そして未だBETAの死骸が大量に放置されている為、そこに入りこまれてはセンサーでの識別が難しくなる。

「・・・直衛、貴方の考えは?」

趙大尉が聞いてみたのは、一応各中隊長の意見を聞く為だったが、同時に欧州で長い間一緒に戦った年下の戦友の意見を参考にしたかったからだ。
彼はこう言った場合、真っ先に『火消し役』として投入される事が多かった。 
性格や適正も有るだろうが、自分も綾森大尉も朴大尉も、どちらかと言うとその後の支援役が嵌まっている気がする。

「・・・2直の連中、今はBエリアですね?」

「ええ、B8FからB9Dまで。 ちょっと待って・・・ ああ、森崎? ちょっと調べて、ええ、2直の状況よ。
ええ、ええ・・・ そう・・・ 判ったわ、有難う。 そろそろ出撃よ、準備は? OK? よし!」

綾森大尉が自分の中隊のCPオフィサーに戦術情報を確認する。 同時に他の3人がお互いに失笑した。 CP将校―――部隊の情報参謀役を呼び忘れていたとは。

「2直は既に2か所でBETA群を撃破したわ、残りは2か所よ」

綾森大尉が戦況情報を伝える。

「2直は3個中隊編成だった。 Eエリアに最も近い中隊は?」

「・・・広江少佐には、後でお礼言っておきなさいよ? 文怜(朱文怜大尉)の『オーキッド』よ、Bエリア南辺ギリギリを機動中ね」

「4人で言いに行けば許してくれるだろ。 美鳳、Bエリアから1個中隊、文怜を引っこ抜きましょう。
向うは広江少佐と珠蘭(李珠蘭大尉)で何とかなるでしょうし」

綾森大尉と周防大尉の遣り取りを聞いて、趙大尉が微妙な表情をする。

「・・・作戦はそれでいいと思うけど。 少佐には祥子と直衛、あなた達が言ってね? 私はイヤよ?」

「美鳳、先任指揮官でしょ・・・?」 「逃げるのは、感心しないな・・・?」

「嫌なモノは嫌なの! また呑み潰されるのはご免よっ!!」

目に見える。 戦力を貸した『お礼』に、酒席に付き合わされる自分の姿が。
この間がそうだった。 それに絶対、自分の直属上官―――周少佐も加わってくる筈だ、面白がって!!

「ま、4人で行けば被害も1/4で済むわよ! それよりその方針で行くんでしょう? じゃ、話をつけてさっさと出撃よ!」

実は酒豪で、あまり戦闘後の脅威を感じていない朴大尉が、むずがる趙大尉を引き摺ってピストから出てゆく。
そんな2人を見て苦笑ながら、周防大尉と綾森大尉もピストを飛び出す。―――自分の中隊に戻る為に。


「―――そう言えば、祥子と一緒に戦うのは久しぶりな気がするな」

「気がする、じゃないわ。 本当に久しぶりよ、93年の『双極作戦』以来だもの」

「・・・そんなになる?」

「ええ、そんなになるわ。 誰かさんはあの後、さっさと欧州に行っちゃったし?」

もう4年前になる。 お互い、未だ少尉だった頃の話だ。

「・・・お手柔らかに」

「私情は挟みません事よ?」

















1997年2月17日 1520 遼東半島 瓦房店北東30km 千山山岳地帯


≪フラガラッハ・マムよりフラガラッハ・リーダー! まもなくE5Eに到達します。 BETA群、実測数618! NW-35-60から侵入します!
突撃級40、要撃級96を確認! 戦車級280! 残りは小型種です! 進撃開始しました、35km/h、距離1850!≫

CPから詳細な戦術情報が入る。
広々とした荒野なら、突撃級をやり過ごして始末する方法はいくらでもある。 が、こんな狭い峡谷ではそれも無理だ。

「フラガラッハ・リーダーだ。 『オーキッド』はどの辺だ?」

≪『オーキッド』、間もなくE4Gに展開完了します。 向うはBETA数実測で548体≫

ふた山越した場所に展開している筈の僚隊を確認する。
『フラガラッハ』中隊がこの急峻な山岳地帯戦闘を担当する事となった理由は、誠に単純至極だった。
先任指揮官の趙大尉は、『主戦場』になる南の3箇所での統一指揮をとる必要がある。 
そして増援にやってきた『オーキッド』の朱大尉とは、綾森大尉も朴大尉もあまり面識が無い。
そこで、以前同じ部隊に居た周防大尉が、協同する事になったと言う訳だった。

急峻なうえに、曲がりくねった谷底の地形であるこの辺りは視界が悪い。 それは反面、BETAに捕捉認識される確率も下がると言う事だが。
戦術MAPに映し出された情報を再確認する。 地形、BETAの位置と侵入方位、部隊の展開位置、隣接戦区の状況・・・

『こちら『オーキッド』! 展開完了したわよ、直衛! そちらは?』

『オーキッド』中隊長・朱文怜大尉の姿が網膜スクリーンに現れる。
見慣れた姿だが、少し違和感が有るのは彼女が中国軍の強化装備姿だからか。 記憶にある姿は、国連軍のものだったからだ。

「こっちも完了した。 文怜、両方の間の峠を利用するけど、そっちは?」

『こちらは更に北側の峰を利用するわ。 あと追加情報、半径30km以内に光線属種は存在せず。
北部防衛戦では結構な数が出現して、苦労している様よ。 大丈夫かしら・・・?』

「対処方法は心得ている連中だよ、いきなり全滅は無いだろうさ。 それに渤海からの支援も有る。
それより目の前の仕事だよ。 ―――来るぞっ!!」

複合センサーの数値が跳ね上がった。
震動、音響の各センサーが急激な数の跳ね上がりを波長で示す。

「最上、打ち合わせ通りだ、突撃級の先頭はやり過ごせ。 どうせ40km/hも出ていない、時間が経っても再度の捕捉は困難じゃない。
摂津! 最上のC小隊が突撃級のケツに張り付いて、俺のA小隊が後続に割って入った時がタイミングだ! 後続の頭上から一気に火力を叩きつけろ!
フラガラッハ・リーダーよりフラガラッハ各機! 今日は格闘戦闘はするなよ? 折角、忌々しい光線属種がお留守なんだ、精々頭上から砲弾をお見舞いしてやれ!!」

―――了解!!

指揮下の各機が一斉に復唱する。
この地形、水平面機動は厄介だ。 反面、上下機動は複雑な峰々や尾根筋のお蔭でやりたい放題できる、そう踏んだのだ。
やがてBETA群を視認する。

≪フラガラッハ・マムよりフラガラッハ! BETA群、距離500!≫

「リーダーより各機、行動開始! A小隊、南の尾根の裏側を利用する、続け!!」

『C小隊、北の峰を迂回する! 迂回した先の峠筋から一気に降下するぞ!』

『B小隊! もうちょい辛抱だ! AとCがお膳立てしてくれる、メインディッシュをたらふく食いたかろ?』

右翼迎撃後衛のA小隊の後ろに、突撃前衛のB小隊が続行する。 本来とは逆の順番だ。
BETAが侵入してきた谷筋の南側、急斜面の尾根が続くその裏側(南側)を、8機の疾風弐型がNOEで移動する。
谷の北側に聳える300m程の標高を持つ峰の北側を、C小隊の4機が巻き込むように迂回飛行で突進する。

やがてまず、C小隊が北側の峠筋から一気に降下をかけ、突撃級の群れの最後尾の後ろにランディングをかけた。 
同時に柔らかい後ろ腹に、突撃砲の36mmと120mmを盛大に叩きこむ。

『撃て、撃て! 連中、この狭い場所で身動きが取れん! 食い放題だぞっ!』

36mmで柔らかい弱点を蜂の巣にされ、体液を撒き散らしながら停止する個体。
120mmAPCBCHE弾を撃ち込まれ、体内をズタズタにされる個体。

そして後続のBETA群―――要撃級を主力とする本隊が迫る直前、A小隊がC小隊の背後にランディングをかける。

「最上! 制圧支援寄こせ! 代わりに打撃支援渡す!」

『ラジャ! 12、A小隊の指揮下に入れ! 07、こっちに来い!』

『了解です!』 『わかりました!』

C小隊制圧支援の瀬間静少尉機が、A小隊の指揮下に入り。 A小隊打撃支援の八神涼平少尉機がC小隊に合流する。
突撃級の始末に打撃力が必要なC小隊の火力を増強させ、戦車級を含む小型種への面制圧の為にA小隊の制圧支援を2機としたのだ。

『遠慮するな! 片っぱしから劣化ウラン砲弾をお見舞いしてやれ!!』

背後のC小隊が猛射を再開する。

「瀬間、松任谷、制圧開始だ!」

『ラジャ! 12、FOX01!』 『・・・09、FOX01!』

2機の制圧支援機から64発の自立誘導弾が一斉に射出された。
96式誘導弾―――海軍が2年前に開発した95式誘導弾を陸軍が小型化・単機能化したものだ。 全径は165mm、全長1200mm キャニスター弾頭を使用出来る。
1発あたりの被害直径は約30m 峡谷の最大幅は100mも無い。 そしてBETAはこの100mも幅の無い谷底を、1km近い長い群れの列をなしている。

誘導弾は先頭付近を進む要撃級の群れをあえて飛び越した。
その後ろに密集していた戦車級以下の小型種の塊へ殺到し、シーカーが作動した時点でタングステン弾子を一気に放出した。

BETAの種類が持つ速度差、そして個体の大きさが形成する『陣形』を利用したのだ。
光線属種が不在とはいえ、このような狭い地形で本当に怖いのは戦車級、次いで要撃級だ。 だからまず、戦車級を含んだ小型種BETAを纏めて吹き飛ばす!
全長で600m近いキャニスター弾の鉄量の暴風雨の帯が形成された。 これで後続集団の中から邪魔な小型種は大部分が一掃された筈。

「摂津! 出番だ!」

『了解! 中隊長! 残りは差し上げますんで!―――B小隊、主役の登場だぁ! 要撃級は1匹残らず喰い尽せっ!』

不意にそれまで尾根の反対側で待機していたB小隊の4機が、尾根を噴射跳躍で飛び越し強襲をかける。
要撃級の群れの頭上から36mm、120mm砲弾をばら撒き、斜面にランディングすると同時にまた噴射跳躍をかける。

「摂津よ、調子に乗り過ぎるなよ? まずは群れの先頭から叩け。 瀬間、松任谷、前に出るな? 砲撃支援に鞍替えしろ!」

『了解です』 『・・・了解!』

瀬間少尉機と松任谷少尉機は、ミサイルを撃ち尽くして無用のデッドウェイトと化したミサイルコンテナをパージし、87式支援突撃砲で精測射撃を開始する。

「四宮! 貴様は俺と一緒にB小隊の食い残しの片付けだ。 連中、食い意地は悪いが行儀も悪い! 食い散らかしたゴミが無視できん」

『ひでぇ!?』 『ふふ、了解です、中隊長』

B小隊長・摂津中尉の何とも情けない抗議の表情を無視する。
同時に、今回新たにエレメントを組む事になった四宮杏子少尉が、そんな中隊長の言い草に、面白そうに笑っている。

目前をB小隊の4機の疾風弐型が縦横に上下機動を繰り返し、要撃級の柔らかい上部に砲弾を叩きつけている。
時折、背後から鋭い一連射が伸びて隙間から這い出てきた僅かな戦車級を屠って行く。―――瀬間少尉と松任谷少尉の支援砲撃だ。

突撃前衛の4機は、2機エレメントを決して崩さずに連携し、そして2個のエレメントがシザースを止めることなく、要撃級を左右に翻弄していた。
時折、統制を失った個体が背後を見せる。 周防大尉はすぐさまその個体に狙いをつけ、36mmの一連射を送り込み始末する。

『C小隊です。 突撃級、残り4体』

最上中尉から通信が入った。 既に撃破した突撃級は36体、殲滅は時間の問題だ。―――となると。

「最上、2機回せ。 貴様ともう1機で事足りるだろう?」

『了解。 八神を戻します。 それと藤林(藤林薫少尉)を付けます。 こっちは自分と相田(相田賢吾少尉)で間に合いますから』

背後のC小隊から2機、八神涼平少尉機と藤林薫少尉機が反転合流する。

『中隊長、戻りましたよ。―――で、ここで支援を?』

八神少尉がスクリーンに現れ確認する。

「八神、貴様の方が瀬間より先任だったな?」

『はい、そうですが・・・?』

6機の突撃砲が一斉に火を噴く。 戦車級が10数体、要撃級の群れから湧き出てきたのだ。 闘士級や兵士級もいる、凡そ60体。
小気味良い重低音が唸り、36mmHVAP弾の豪雨がBETA群に降り注ぐ。
大型種の様な防御能力を持たない小型種BETAが、纏めて赤黒い霧のように霧散し、消滅する。

「貴様、ここの指揮を執れ。 いいか、近接格闘戦は行うな。 貴様たちは皆、支援特性が高い。 逆に前衛特性は平均点以下だからな」

『平均以下・・・』 『キツ・・・』

藤林少尉と松任谷少尉が、最後の言葉にちょっと傷ついた顔をする。

「拗ねるな、藤林、松任谷。 逆に前衛の連中は支援特性は並み以下の連中だ。 適材適所だよ、軍隊は・・・ いいな? 八神?」

『はあ・・・ で、中隊長はどうするんです?』

八神少尉はいきなりの事にややあっけに取られている。
無理も無い、指揮官がいきなり指揮権を渡すと言うのだ、負傷もしていない、機体が損傷した訳でもないのに!

「俺か? 俺はな・・・ 四宮、フラストレーション溜まってないか?」

『溜まっています。 程々に抜かないと、美容に悪いです』

「じゃ、行くか?」

『A小隊に引き抜かれてからこの方、フラストレーションが溜まっているんです! お肌が荒れますっ!
中隊長、私の美容の責任、取って貰いますから!!』

言うやいなや、周防大尉と四宮少尉の2機が一気に噴射跳躍をかける。

「摂津っ!! 貴様だけ美味しい所を独り占めするなっ!!」

『秋(周防直秋少尉)!! 貴方とトレードされたお陰で、お肌が荒れたらどうしてくれるのっ!? 代わりなさいっ!!』


元々、強襲掃討装備の四宮少尉機は兎も角。 
本来、迎撃後衛である筈の周防大尉機が何故か、強襲前衛装備だったりする訳を皆がようやく納得した気がした。


















同日 1610 遼東半島 瓦房店北東30km 千山山岳地帯 E5E戦区


『粗方、片付いたかしら? 直衛?』

スクリーンの向う、『オーキッド』中隊指揮官の朱文怜大尉が問いかける。
戦術MAPには活動中のBETAを示す表示は無い。 CPから追加の発見情報も入っていない。

「片付いたと見ていいんじゃないかな。 文怜、君の戦区も片付いたんだな?」

『ええ、意外と突撃級も要撃級も数が少なくて助かったわ。 損失無しよ』

朱大尉が嬉しそうに微笑む。
そうだろう。 指揮官にとって、部下を死なす事無く任務を完遂する事は、至上の命題であるのだから。

「今回は光線属種がいなかったから助かった、こっちも損害無しだ。 南部に展開した3隊も損失無し・・・ 万々歳だね」

先程、CP経由で連絡が有った。
南部の3地点へ展開した趙大尉の『ピオニー』、綾森大尉の『セラフィム』、朴大尉の『レッドハート』 いずれも損失無し。

『久々の完勝ね。 これで今夜アラートがかからなければ、文句は無いわね』

こちらの5か所、そして2直が担当した4か所、合計9か所で約5000前後のBETA群を殲滅したのだ。
地形を利用でき、そして光線属種が不在だったとはいえ。 いや、その2つの要素さえ有れば、人類側が非常に有利だと言う事か。

『中隊長、残敵捜索完了。 残ったBETAはおりません』

『完全殲滅出来たようですね』

最上中尉と摂津中尉が、捜索報告を入れてくる。 ミッション・コンプリート。 後は帰還するだけだ。

「じゃ、帰ろう。 文怜、助っ人お疲れ様。―――『フラガラッハ』! RTB(リターン・トゥ・ベース)!」

―――ラジャ!!

部下達の明るい声が唱和した。 そしてその時―――

≪フッ、フラガラッハ・マムよりリーダー! 中隊長! た、大変ですっ!!≫

CP将校・渡会少尉の切羽詰まった声がオープン回線で飛び込んできた。

「渡会! 落ち着け!―――どうした!? 要点だけ言え!」

≪戦闘団本部からです! 至急撤退せよ、です!≫

―――撤退!? どうして! 自分達は完勝したではないか!?

全員がそう思ったその時。

≪直衛! 引くのよっ! 南はダメ!!≫

趙大尉の声が飛び込んできた。

「―――美鳳!? どうしたんです!?」

≪南部防衛線が崩れたのよ、直衛! 壊走状態で瓦房店(ワーファンティエン)目指して後退しているらしいの!!≫

切羽詰まった声は、綾森大尉の声だ。

「祥子!? どう言う事だ、第11軍団が崩れたのかっ!?」

南部には日本帝国軍中でも優良装備の重機甲軍団である第11軍団が展開している。 そうそう簡単には崩れない筈だ・・・

≪判らない! 地中侵攻がどうとか! 上の通信系は滅茶苦茶よ! 混線しまくっているわ!!≫

朴大尉も状況が掴めず、イラついた声だ。

『・・・直衛、拙いわ。 南が崩れたら、私達の戦闘団だけじゃ、側面を支えきれないわよっ・・・!!』

元々、隙間を護る為に臨時編成された戦力だ。 数万ものBETA群を向う回しに打撃戦を展開できる戦力では無い。

「―――ッ!! CP! 大至急後ろに下がれ! 緊急のピックアップポイントにヘリを呼ぶ! それに乗っていけ!」

『しゃ、車両はっ!?』

「ピックアップポイントで捨てろっ! 戦闘団通信系、寄こせっ!」

『は、はいっ!』

同時に朱大尉もまた、CPに緊急退避とレスキューヘリの要請を本部へかける。
趙大尉、綾森大尉、朴大尉の中隊CPは既にレスキュー地点へ急行中だった。

「フラガラッハ・リーダーより各機! 北寄りの進路で離脱する!」

『オーキッド・リーダーよ! オーキッド各機! フラガに続行する!』

2個中隊の戦術機が、尾根を掠めるような高度でNOEを開始する。
南の方角からも、30機以上の戦術機がNOE飛行で合流してきた。

『直衛、南部は・・・ 壊滅なのかしら?』

秘匿回線で綾森大尉が語りかけてくる。

「まだ、決めつけるのは早い・・・ 祥子、まずは本隊に合流してからだよ。 部下達を連れて」




遼東半島撤退戦。 その第2幕は完全にBETAに主導権を取られる形となってしまったのだった。






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