第九話 変わりし者達
「では皆の者、準備は良いか?」
普段使用している仙台基地第2訓練場とは離れた所にある一角、そこに207B分隊と白面が集っていた。
現在建設中の甲22号を再利用した横浜基地とは違い、BETAによる被害が少ないここ仙台基地では自然がまだ多く残っており、天上から降り注がれるい日光を吸収した木々の匂いがまた心地よい。
これから何をするのかと言うと料理実習である。
当たり前と言えば当たり前だが、料理のスキルは戦場において必須である。
戦闘糧食とし屋外でも簡単に食べられる缶詰やレトルトパック食、それに調理器具を搭載した炊事車などもあるが、それらに頼らずどうしても自分で料理をする必要性が出てくるのだ。
故に訓練兵の授業にも料理の授業はカリキュラムの1つとして組み込まれている。
人間でない白面が料理と言うのもおかしいかもしれないが、白面はこれでも料理が出来るのである。
子育て経験のある斗和子の知識は当然白面にも蓄積されており、プロの料理人とまではいかないまでも人に教えるぐらいの技量を持っているのである。
斗和子の物は白面の物、白面の物も白面の物……とかまぁそんな理屈だ。
「知ってのように、今日の料理はそなたらの先輩であるA分隊達の賄いにもなるゆえ心せよ」
これは白面がまりもに提案したことである。
今日の料理実習は自分がB分隊に教えるので、後からA分隊を連れて来いと。
B分隊が作った料理をA分隊と一緒に食べると言う事で、部隊同士の交友関係を深めることが出来き、まさに一石二鳥のアイデア…… と言うのは建前で単に白面の暇つぶしと言うのが本当の所である。
自分のやりたい事を先に提案して、後から尤もらしい理由くっ付けると言うのは白陵柊学園の物理教師も良くやる手口と言えよう。
だが言ってる事自体は間違ってはいないし、まりもとしても2隊同時に教えなくてすむのはありがたいので、白面の提案に甘えることにしたのだった。
作るメニューはどこの基地のPXに行っても必ずある定番料理『合成サバミソ』である。
サバイバル料理の授業だからと言っていきなり蛇を捌けとか、そういうわけではない。
そもそも賄いで蛇の丸焼きなんて出してにこやかに会話できる剛の者なんかA分隊にいない。いや、例えいたとしてもそれではAB分隊同士の交流も何もあったものではないし、白面もそんな野性あふれる料理など食べたくない。
まぁ白面なら焼かなくてもそのまま生でいけるのだが、それは置いといて今日は家庭料理の基礎を教えるだけである。
さて、煮魚料理の手順の1つに『湯通し』と言うものがある。
熱湯をかける事で表面の油を洗い流し味を染み込みやすくさせるためと、汚れを取るため、魚のいやな臭いを取り除くための意味がある。
だが白面はこの作業は口頭で説明するだけで飛ばす事にした。
一応想定しているのは戦場での料理と言う事なので、貴重な水分を『湯通し』に使う余裕はないというわけである。
それに悲しいことだが、この世界の人類は湯通しをしたかしなかったかを判断できるほど舌は肥えていない。
BETAにより自然がやられ、合成食を食べられるだけマシというのが今の人類に置かれた状況なのだ。
サバミソの基本的な作り方を教えた後、各自好きにやらせ白面はそれぞれの様子を見て回るという形で実習は進む。
まず全員地面を軽く掘り、ブロックを積んで網を乗せて簡易かまどを作ってから調理にはいった。
燃料としては薪を使いたいところだが、この世界において木材はあらゆる意味で非常に貴重である。
そのためここで使用される燃料は薪を模した合成燃料を使用する。
委員長こと榊千鶴はさすがと言うかやはり手際がいい。
合成サバの真ん中に切れ目を入れ、味を染み込みやすくし、煮汁と合成生姜を入れて煮立てた所に合成サバを入れている。
湯通しをしなくても煮立てた所で入れるという方法もまた、煮魚における臭みを少なくする事のできる知恵の一つである。
この国の内閣総理大臣の娘であるにも関わらず、料理がこれほど出来るのはいかにも彼女らしい。
しかしそれとは別に火力の調整に苦労しているようだ。
手作りのかまどで料理をするのと台所で料理をするのとでは、やはり勝手が違うと言う事であろう。
その点美琴は火力を強くしたい時、弱くしたい時に合成燃料の組み方を工夫して、火の調整を上手くやっている。
「鎧衣さんはサバイバルのスペシャリストなんですよ」
美琴の隣にいた壬姫がと教えてくれた。
美琴曰く、貿易会社に勤める父親から教わったらしいとの事。
そう言えば父親から変な土産を良くもらうと言っていた事を白面は思い出す。
貿易会社とサバイバル技術はあまり関係がない様な気がしたのだが、その技術が必要な貿易業者もいる事を白面は思い出した。
それはいわゆる正規のルートを通さず闇ルートで商品を運ぶ密輸業者である。
なるほどそう考えれば変な土産を持ってくるのも、どこぞの積荷からかっぱらってきたと考えれば合点がいくし、危ない橋を渡らなくてはならない密輸業者ならばサバイバル技術も必要であろう。
「美琴よ。そなたの父がどんな貿易会社で働いているのかは知らぬが強く生きろよ」
「そうだ! 今度応急処置とかの授業もあるんで白面さんもどうです?」
外れた推理をして美琴に慰めの言葉をかけたが、笑顔と一緒に微妙にかみ合っていない返事をよこす彼女を見て大丈夫だろうと白面は1人納得する。
失礼極まりないとはこの事である。
応急処置の授業はつまらなそうだったので、やんわり断っていると壬姫がパタパタと駆け足で合成サバミソを盛った皿を見せにきた。
料理と言うのは何だかんだ言ってもやってて楽しいものである。
普段の厳しい訓練とは違い、青空の下で作る料理は開放感があるためか気持ちが踊り笑顔がほころんでいる。
「ど、どうですか?」
「……味噌が入っておらぬぞ」
「あうぅ…… 失敗しちゃいましたー」
声を落とす壬姫の姿が小さく見える。
それにしても砂糖と塩を間違えるというのは良く効くが、サバミソで味噌を入れ忘れるとは珍しい。
壬姫の話によるとどうやら緊張して失敗したらしい。上がり症という欠点さえなければすぐにでもこの基地で一番の狙撃手になれるというのに、この欠点を克服するのはまだ先の話となろう。
何故緊張していたかと言うと、実はここに月詠と3バカの帝国斯衛軍も来ていたからである。
冥夜の様子が気になっていたらしくコソコソ様子を見ていたので、貴様らも一緒に来いと白面が連れてきたのだった。
冥夜とは他人の振りをしつつ、それでも気になるのか何気なく視線はそちらに行く事が多い。
壬姫にはその視線がきつかったらしい。
「そう気に病むでない。彩峰を見よ、そなたも少しは他人の視線など気にせず物事を成してみると良い」
落ち込む壬姫の肩を叩き白面は彩峰のいる方向を指差す。
そこには中華鍋を豪快に振りながら合成ヤキソバを作るたわけ者の姿があった。
……もはや魚料理ですらない。
「サバミソだけじゃ飽きる」
とか言って彩峰は合成ヤキソバを作らせてほしいと進言してきたのだ。
その言葉に怒ったのは生真面目な千鶴であった。
どうやらこの2人は仲が悪いらしい。
純夏の話によると初対面から1分後にはもう喧嘩していた言う話だ。
きっと前世からの因縁があるのだろう。白面ととらのように。
もっとも白面としては暇を潰せれば何でも良かったので、2人の喧嘩も止めずにあっさり合成ヤキソバを作る事を了解した。
白面曰く「我は生徒の自主性を重んじるのである」との事だ。
要約すると他人に説教するのが面倒くさいと言う意味である。
「う、うぅ~無理ですよ彩峰さんみたいにするのは」
「まぁさすがにあそこまでせよとは言わぬがな。それとサバミソの事だが憂えずとも良い。サバミソでは味噌は最後に入れるのがコツでな。斯様にすることで風味を損なわずに済む。また一度冷ましてから温めれば短時間で中まで味が染み込むぞ。今我が言うた通りにすれば充分事成らん」
白面の言葉にパァっと明るくなり「ありがとうございます!」と言って壬姫は自分の鍋の方に走っていった。
上手い具合に失敗から成功に転じたようである。
一方今度は純夏の方を見てみる。
こういっては失礼だが純夏は料理が下手なように見えて意外と上手だったりする。
ただし彼女はシメジを松茸と勘違いしたり『タケルちゃんの大好きなもの純夏スペシャル』と言う料理を作る突飛のない事をやらかす性格も持っている。
純夏の顔を見てみるとアホ毛がハートマークを描き、どこかホワホワした笑みを浮かべながら料理を作っている。
きっと武に自分の料理を久しぶりに食べさせる事が出来るのが嬉しいのであろう。
心ここにあらずで醤油をドバドバ入れている。
「おい純夏よ。それは少し醤油の入れすぎと言うものではないか?」
「へ……? あわわわわっ! た、大変!!」
そう言って何と大量の水を鍋にぶち込むと言う暴挙に出た。
失敗が確定した瞬間であった。
「ヒィーーーー!! ど、どどどうしよう!」
そう言って純夏は何やら手当たり次第調味料をぶち込んでいき最早取り返しの付かない状態になってしまった。
「終った……。これは終った」
チート能力を持つ白面でも鍋の中身を見て流石に白旗を揚げざるを得なかった。
すっかり意気消沈してしまった純夏であったので、
「案ずるな。武ならその中身を『全部』平らげてくれよう」
そう言って慰めた。
さり気なく全てを武に押し付けた白面である。
部隊の被害を最小限に食い止めるため、誰か1人を犠牲にしなければならない。
軍とはそういう所である
苦渋の選択だが白面には一切迷いがなかった。
「本当ですか!? よかった~~~」
そう言って安心する純夏にこの場にいる何名かが突っ込みを入れたそうな顔をしていたのはまぁご愛嬌である。
純夏の方も問題が解決し、白面は最後に冥夜の方に近づく。
B分隊の中で一番苦戦していたのは冥夜であった。
包丁も握った事がないらしく、緊張で手が震えている。
剣の達人でも包丁と刀では勝手が違うらしい。
月詠と3バカ達もあれこれと口出しをしたいようで、近くで見守っていた。
「苦戦しておるようだな……」
「陽狐様……。申し訳ありませぬ。……未熟な私をお許しください」
そう言って冥夜はうな垂れる。
真面目な分、自分だけ不甲斐ないのが許せないのだろう。
「いや、初めてなのだから致し方あるまい。気にせず続けよ」
白面が冥夜に続きを促がしているとA分隊がやって来た。
どうやら午前の訓練が終ったらしい。
「お! やってるわねぇ」
広場の周りには味噌の甘い香りが漂い、食欲を刺激させる。
いつもと趣の違う昼を取る事ができることに、A分隊の者達もどこか機嫌が良い。
それぞれが料理の出来を覗き、B分隊とニコヤカに会話を交わす。
その時、武がふと白面と冥夜の方を向いた。
武は何も言わずジッとこちらを見つめている。
何か重要なことを忘れているような、記憶の糸を手繰るように難しい顔をする。
しばらくすると冥夜の料理をする姿を見て元の世界からなにやら電波を受信したのかいきなり大声で叫んだ!
「総員退避ーーーッ!!」
「「「「「ん?」」」」」
次の瞬間、冥夜の鍋がいきなり眩い光を放ち大爆発を起こした!!
「ギエエエ~~~~ばかな……。 我は不死のはず、我は無敵のはず。我を憎むお前のある限り……。 シャガクシャアア!!」
シャガクシャって誰だと周りが突っ込みつつ白面が青空に吹っ飛ばされた。
……冥夜に料理をさせるとこうなると言う事もまた、この世界においての常識であった。
◆
「よもや鍋が爆発するとはな……。げに不思議な事よ」
次の日、白面は病院に来ていた。
病院特有の臭いがどこかする廊下を歩き、昨日の事を思い出しながら呟く。
病院に来たといっても別に診察を受けに来たわけではない。
昨日の爆発が起きた時吹っ飛ばされた白面だったが無傷であった。
ちなみに冥夜も立ち位置が白面の陰になっていたおかげで助かった。
しかし斯衛軍の4人は少々派手に吹っ飛ばされたので、1週間ほど入院する羽目になったのだ。
今日は彼女らの所に暇をつぶしに……いや見舞いに来たのである。
ちなみに207A、B分隊は軽い怪我を負っただけで大事には至っていない。
料理実習中に爆発が起きて少々問いただされたが、斯衛の4人は口を揃えて『何も無かった』と言い張ったため周りもそれ以上追求できなかった。
冥夜を庇ったのである。
部下の鏡と言えるだろう。
「失礼するぞ」
そういってドアを開けた病室に入る。
白面の姿を見た斯衛の4人は起き上がって敬礼しようとしたが、白面はそれを手で制す。
「浅手ですんだようだな。そら見舞いの品を持ってきてやったぞ」
「そ、そんな…… わざわざ申し訳ございません」
恐縮する月詠に包みを手渡す。
手渡したのは青を基調とした風呂敷であった。
流水の模様が描かれており涼しげである。
中に入っていたお重を開けるといなり寿司が入っていた。
「PXの物ゆえ合成ものであるがな。……思うのだがこの油揚げなる物初めて作った者は天才だな」
「そ、そうですか」
白面の言葉に月詠は曖昧な返事をする。
夕呼から進められて食べてみたのだがそれ以来すっかり白面のお気に入りである。
夕呼曰く白面が油揚げを好きになるのは当たり前らしい。
もし前の世界で毎日油揚げをお供えすると言われたら、自分は日本を滅ぼそうとしなかったかもしれない。
「御方様。昨日は申し訳ありませんでした!」
月詠いきなり白面に頭を下げる。神代、巴、戎の3人もそれに習う。
昨日の冥夜の爆発で白面を吹っ飛ばしてしまった事を主に代わって謝っているのである。
「クククッ! 良い良い。あのような事もまた一興よ。……まぁ冥夜にはまた追加実習と言う形で料理を教えてやらねばなるまいがな」
笑う白面の顔は機嫌が悪いどころか、どこか楽しんでる様子すらある。
他の者だったら放っておくところだが冥夜には少しだけ優しかったりする白面である。
「あ、ありがたい話ですがそこまでしていただかなくとも……」
遠慮と言うより申し訳なさそうに月詠は目線を下に落とす。
また白面を吹っ飛ばしてしまうかもしれない事を考えるととてもじゃないが頼む事なんて出来ないのである。
「安心せよ。我とてまた吹き飛ばされたくはないからな。武あたりを連れて行こうと思う。いざと言う時盾になってもらうでな」
「し、白銀訓練兵ですか? ……何故彼を?」
さらりと酷いことを言う白面の言葉にたじろぎながらも突然の人選を疑問に思い月詠は尋ねる。
思えば白面は冥夜だけでなく武を中心として207分隊に親しく接しているように月詠には見えた。
何故一般兵である武を特別視するのか疑問に思うのも当然と言えよう。
「ウム……。あ奴は……」
そう言って白面は窓に手をかけどこか遠い目で外を見る。
斯衛の4人は白面の言葉を黙って待つ。
静かな病室に微かな風の音がそそと流れる。
「こういう時こういう役目を負う星の元に生まれてる気がする」
「そ、そうですか……」
「言われてみれば……」
「……何か分かる気がします」
「それじゃ仕方ないですね」
上手くはぐらかされた感じがしたが妙に納得できる一言だった。
神代、巴、戎の3バカも苦笑しながらも相槌を打つ。
「……恐れながら御方様。もう1つよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「こう申しては何ですが、何故御方様は昨日の事を怒っていらっしゃらないのですか?」
「フム、これもまた一興と言う理由だけでは良く分からぬか?」
「……はい。もちろん御方様のお許しになられてくださった事には大変感謝しておりますが」
月詠としては主である冥夜に優しくしてくれる白面の存在はとてもありがたいし、そんな白面に全幅の信頼をよせている。
本来将軍家の生まれにあるのに人質と言う形でこの仙台基地に身を預ける事になった冥夜を不憫に思っていたが、白面との出会いを考えるとそれも良かったと思えるほどだ。
ただそれでも吹っ飛ばされてなお機嫌良く笑っている白面が理解できないのであった。
「……そうだな例えを変えて説明して見せようか。我がいた元の世界…… 御伽の国にいたある男の話だが」
神代、巴、戎の3人も白面の話を聞こうと、ベットの足元側に移動し耳を傾ける。
「その男はいわゆる『天才』と言うヤツでな。努力を誰よりもして成功を掴み周りから天才と呼ばれたとかいう類のものでなく、属に言うとにかく生まれつき何でもできた『天才』と言うヤツであった」
話す男の名はかつての世界にいた『秋葉 流』という。
白面の中でも印象深く記憶に残っている男である。
「……なんでもですか?」
「そうだ。勉強でも運動でも他の奴らがどんなに努力をしようと、いつも勝ってるのはその男の方であった」
「はぁ…… 本当にそんな人っているんですね」
巴が信じられないと言った様子で呟く。
「まぁ実際いたわけだから仕方あるまい。そしてそやつは『自分は本気を出してはいけない』という結論をだした。周りからのくだらぬ嫉妬などからの揉め事を避けるためだな」
そう言って白面は自分が持って来たいなり寿司をヒョイと摘まんでから話を続ける。
「そうしている内に男の心には風が吹いておった。何でもできるその男には努力も達成感もない。悔しと牙を噛む事も、嬉しき事も何もない。つまりは自分は人生というものを楽しんではいけない……男はそのように感じていたわけだ」
「…………何か深い話ですね」
「……もっとも必死に今を生きるこの世界の人間達にとっては贅沢な悩みかもしれぬがな」
「天才ゆえの悩みってわけね。わかるわぁ」
そう言って夕呼はいなり寿司をつまみ食いしながら相槌を打つ。
「…………って! 香月夕呼! 貴様どこから沸いて出た!」
いきなり現れた夕呼に斯衛の4人が起き上がろうとしたが、白面が落ち着くように言うと渋々と座る。
「何よ。人をボウフラみたいに…… 失礼しちゃうわねぇ」
「とはいえ如何したのだ? 風邪でも引いたのか?」
「違うわよ。私もお見舞い」
いなり寿司を咀嚼しながら見舞いの包みを白面に見せる。
夕呼の言葉に白面は心当たりを探す。まりもは昨日会ったから違うはずである。
一体誰の見舞いに来たのか気になる所だったが白面は月詠の方を見る。
「さてどこまで話したか……。つまりは苦しい事も人生の内、吹っ飛ばされたりする悪ろし事もまた面白いというわけよ」
「……なるほど。良く分かりました」
そう言って月詠達もいなり寿司を摘む。
「ねぇ陽狐。話に出てきたその男って私より年上?」
「さて、どうであったかな? そんな感じはしたが我も良くわからぬ」
「そう残念ねぇ。一度会ってみたいと思ったんだけど」
どうやら夕呼は白面の話から同じ天才である秋葉に興味をもったらしい。
「それにしても夕呼が見舞いにくるとはな。研究の方は順調と言った所か?」
「お陰様でね。一番のネックだった所が解決したから後は横浜基地が出来るのを待つのみって感じかしらね。早く基地が完成しないか待ち遠しいわ」
余裕すらある上機嫌な態度で夕呼言う。
理論さえ頭の中で完成できていれば後はもう作るだけ、香月夕呼とはそう言う人物なのである。
「しかし仙台基地の副指令がわざわざこんな所に来て良いのか?」
「あら私だけじゃなくって基地指令や帝国のお偉いさんも後で来るわよ。……今はちょっといない見たいだけど」
そういって夕呼は部屋の中を見渡す。
今気付いたがベットに1つ空きがあるようで使われている形跡がある。
「何だ……、月詠達以外にこの部屋を使ってた者がおったのか、しかしそれほどの要人が個室じゃないとはな」
「えぇ……。何でも本人が頑なに拒否したとか。そんな所に予算はかけなくて良いと」
白面の言葉に月詠もどこか申し訳なさそうに言う。
自分に予算をかけなくて良いという志しは立派だが、そんな人物と相部屋になってしまった者にとっては肩身が狭いだろう。
「あら? 知らなかったの? まぁいいわ。はいコレお見舞いのいなり寿司よ。まりもから好物だと聞いてね」
不思議そうな顔をして夕呼から手渡された包みには白面が持って生きたものと同じPXのいなり寿司が入っていた。
何故自分に手渡すのか、嫌な予感がしたと同時にドアノブが回る音した。
振り返ってみるとそこには入院服を着た斗和子が立っていた。
「お、御方様…………!!」
「……ちょっと待て、何故貴様がここにいる?」
斗和子にとって白面がここにいる事を予想していなかったのであろう。
白面にとってはもっと予想していなかったが……。
「過労で倒れたらしいわ」
まるで新米衛士が初めてBETAと戦うみたいに混乱している斗和子の代わりに夕呼が答える。
「……貴様本当に我の分身か?」
あまりと言えばあまりの理由に何か泣けてきた白面であった。
「まったく陽狐もひどい事をするわねぇ。部下はちゃんと大切にしてあげなくちゃダメよ?」
「貴様に言われたくないわ! ……いやいや待て我は言うた。確かに言うたぞ『適度に休め』と」
夕呼に突っ込みを入れつつも斗和子に言った言葉を思い出す。
そう白面は斗和子をコキ使ってなどいないはずである。
そもそも斗和子が白面の言葉を無視するとは珍しい。
「申し訳ございませぬ。御方様……。優しき御言葉をいただき更にご期待に答えようと思ったのですが……」
「そ、そうか……」
どうやら白面からの言葉があまりにも嬉しくてあれから更に無理をしていたらしい。
……何かが…………何かが大きく間違っている気がする。
白面に知らせなかったのは情けない自分の姿を見せたくなかったとか、まぁそんなところが理由であろう。
「白面の御方様、斗和子殿を責めないで頂けますまいか。主のためとあらばつい命を賭けてしまう……。忠義を尽くす家臣には良くあることです」
そう言って月詠が斗和子を庇う。3バカも月詠の言葉に頷き同意する。
良くあるわけなかろう、という冷ややかな視線を4人に送りつつ白面は斗和子の顔を見る。
落ち込んだ表情を見せているも、休んだためかだいぶ顔色も良い。
以前の『汚い斗和子』のそれとは違い艶のある清しい瞳……。
まさかコイツ性格が変わっただけでなく弱くなったんじゃ?
一瞬恐ろしい考えが白面の脳裏に浮かんだがすぐにそれを振り払う。
きっと何か別の理由があるはずだと白面は斗和子に問う。
「し、しかし貴様を過労に追い込むとは帝国はそんなに人(?)使いが荒いのか? もしそうであるなら我からも何か言わねばならぬが」
人使いの荒い白面が言うのもなんだが、斗和子なら例え不眠不休で働いても問題無く仕事をこなせる程の体力は持っているはずである。
あれから1ヶ月、人間でもそうは倒れない時間で斗和子を過労に追い込むとは帝国は一体何をやらせたのかむしろそっちの方に疑問が残る。
「それは誤解です御方様!!」
キッパリと否定する斗和子は両方の拳を力強く握り締め、黒い瞳を真っ直ぐこちらに向けてくる。
その仕草が妙に似合っているが、逆に何かムカつくからぶん殴ってやりたくなる気持ちを抑え白面は尋ねる。
「ほ~~~う。ならばそのワケを申してみよ」
「はい。 確かに首都移設計画の当初は忙しく大変でした。……ただ今はそれも軌道に乗り安定してきております」
斗和子の言葉に白面は頷き先を続けさせる。
「帝国の方々も私に無理をしないように言ってくださっておりますし、現に今の私自身の仕事量もだいぶ減ってきました」
「……フム」
「ただ京都には一刻でも早く首都を復興させようと、多くの日本人が現場で働いております」
「確かにそのような話は耳にした事があるな」
「ゆえに私も自分の仕事だけでなくそちらのお手伝いにも力を注いでいるのです。それがちょっと無理をし過ぎたようでして……」
斗和子の言葉に白面はピクリと眉を動かす。
「……ちょっと待て。手伝うのは構わぬが体を壊してまで手伝うのは僻事であろう?」
首をひねり白面は尋ねる。
と言うより斗和子はそんな事で倒れるわけはないはずだが。
白面の言葉に斗和子はどこか照れた表情を浮かべこう答えた。
「……困ってる人を見捨てる事なんてできないではないですか」
「おぎゃぁああああああーーーー!!!」
あまりにも似合わない台詞を吐いた斗和子に白面の怒りのアッパーカットが雄たけびと共に炸裂した。
殴った際に聞こえたメゴキィという何やらやばい音と天井が破壊された轟音が静かな病院に響きわたる。
獣の槍に追いかけられた時と同じような、いやあるいはそれ以上の悪寒を感じた白面は冷や汗をかきながら肩で息をする。
絶対無敵の白面とはいえ「努力が徒労に終る人間の目って好きよ」と言っていた汚い斗和子を知っている者にとっては今の台詞はいろんな意味できつ過ぎたのである。
「御方様って可愛い叫び声あげられるんですね」
「赤ちゃんみたいです♪」
「ですですー♪」
「黙れ3バカ」
醜態を晒してしまったことを恥じ、顔を赤くしながら3バカを睨み付ける。
後ろでは夕呼が必死に笑いを噛み殺している。
ちなみに白面の鳴き声はいかなる時も『おぎゃあ』である。
アッパーカットで天井に突き刺さった斗和子を引っこ抜き米俵のように肩に担ぐ。
「あ、あの……御方様? 斗和子さん白目向いてますが大丈夫ですか?」
「三日三晩は目を覚まさぬだろうが放っておけ。良い骨休めになるであろう」
半ば強引な言い訳をしながら気絶した斗和子をベットに放り投げる。
何やら手足が痙攣していたが次第に動かなくなった斗和子を見て今のショックで少しは昔の自分を取り戻してくれないかと思う。
いや、昔に戻ったら戻ったで余計にたちが悪いのだがついついそう思ってしまうのは現実逃避というやつであろう。
斗和子が過労で倒れた理由……。
それは『慣れない事をがんばり過ぎた』為なのであろうと白面は自分に言い聞かせる事にした。
決してキレイになって『弱くなった』なんて事はないはずである……多分。いや絶対!
この世界に来て白面は自分が随分変わったと思っていた。
だがここに変わり過ぎてしまった者がいたのであった――。
あとがき
今回は白面が苦労する日常を書いて見ました。
そんな日もたまにはあってもいいかなと思いまして。
ただ苦労キャラは白面には似合わないと思ったので『秋葉 流』の話を入れて誤魔化してみたり……。
今あらためて『うしとら』を読み返しているんですが、秋葉の「オレは人生ってヤツを楽しんじゃいけねぇのさ」というセリフは深い物がありますし切ないですね。
今回の話を書くにあたってつい何度もこのシーンを読み返してしまいました。
『うしとら』の泣けるシーンのベスト3に入るんじゃないかと個人的に思います。