第四話 明星作戦
白面が横浜ハイヴに捕らえられた武達を救い出した日から半年がたった。
実は武達はどのように助けられたのかはまるで覚えていなかった。
気がついたら仙台湾の浜辺で気絶していたのだ。
延べ100名近い人間が発見され、それがBETAに捕らえられて横浜ハイヴから逃げ出してきたという事実は日本だけでなく、世界中を震撼させた。
それはそうだろう武達の証言からBETAは人間に興味を持ち研究を行っていた事がわかったのだから。
横浜ハイヴからどのように脱出したのか軍の関係者に数ヶ月の間散々詰問されたが、知らないものは知らないのだからしょうがなかった。
ただ、白面という女性が助けてくれたという事は、武と純夏のやり取りを見ていた他の生存者の証言からも一致している。
だが当然、『白面』なんて変わった名前の人間がいるわけでもなく、彼女の存在が1人歩きしている状態になっている。
曰く『白面』という言葉から彼女は『金毛白面尾九尾の妖狐』ではなかったとかそんな感じだ。
……自分達の代わりに横浜ハイヴに1人残った白面の存在。
純夏だけでなく、他の人達、武や純夏の親も彼女のおかげで助かった。
恐らく彼女のたどる運命は、今までループで学んだ純夏と同じなのだろうと武は考える。
それを思うと武は、いや武だけでなく純夏、他の生存者も感謝と同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
生存者は自分達の住処に彼女の位牌を置き毎日手を合わせている。
……まぁ白面から見たら位牌なんて作るなと言いそうだが。
「白面さん今頃どうしているんだろうね」
ここの所、武と純夏の話題はそればかりになっている。
後から聞いた話だが、武だけでなく純夏も白面を見たとき恐いと思ったそうだ。
命の恩人に対してそう思ってしまった事が悔やまれ、謝りたいと言っている。
白面の位牌に手を合わせつつも純夏は彼女が生きているという願望を捨てていない。
武にはその気持ちが痛いほどわかる。
だがたった1人でBETAの巣窟であるハイヴに残って、生存している確率は恐らくゼロだろうと周りからも言われていた。
いや、正確には生存はしているだろう。
武の頭に浮かぶのは青白く光り輝くシリンダーに浮かぶ脳と脊髄……。
ならばせめて彼女が欲してた名前を考えねばと武は思う。
たとえ次に会う時彼女がどんな状態だったとしても……。
「純夏……」
「タケルちゃん?」
武は手を純夏の頭に持っていき……。
「ていっ!」
ピシっ!とデコビンを与えてやる。
「アイターッ! い、いきなりなにするのさー!」
「純夏……。 オレ達にできることは彼女の死を少しでも無駄にしないため強くなり、BETAを倒せるような衛士になる事だ。じゃなきゃ白面さんが浮かばれないよ」
「うん……」
武の言葉に純夏はシュンとなる。心なしか彼女のアホ毛も垂れ下がり気味だ。
こんな台詞で純夏が納得できるなんて思わない。
なぜなら自分もそうだったのだから……。
故人の死を無駄にするなという台詞は、武も前回のループで嫌というほど学んだが、それは軍の中で言えることだ。
こんな時代の人間であるとは言え、実戦を知らない純夏には酷な事であった。
◆
武と純夏は今、仙台基地に滞在している。
オルタネイティヴ4本拠地である横浜基地。そこに移設する前の本拠地がここ仙台基地であるというわけだった。
横浜ハイヴから脱出して気付いた場所がこの基地の近くの仙台湾の浜辺だったおかげか、武達はすぐこの基地に保護されたのだった。
武と純夏は将来衛士になるため訓練中である。
とはいっても訓練兵としてではなく、自主鍛錬としてのレベルだが。
武の本音からすると今すぐにでも士官したいところだが、それはさせてもらえなかった。
純夏の年齢は16歳で、女性の徴兵対象年齢の最低年齢を満たしているし、武はまだ15歳だったが男性なら徴兵されてもおかしくはなかった。
正規に訓練兵と採用されていない、どちらかというと民間人である武達が何故この基地にいられるのかというと、恐らく夕呼先生が手を回したんだろうなと武は思う。
武達が横浜ハイヴから生存して脱出できた時、夕呼を始めとするオルタネイティヴ4に携わる人達は驚喜したに違いない。
横浜ハイヴに囚われるという絶望的な状況から脱出できたという強靭な運。
夕呼の因果律量子論からするとより良い『確率分岐する未来』を引き寄せる能力。
無意識に的確な行動を選択して『正解である世界』を選び取る能力というものである。
とにかく、彼女のオルタネイティヴ4に必要な00ユニットの候補者としてこれ以上の素材は存在しないという事だ。
武もその事に気付き、いきなり後ろから撃たれて自分が解体されては叶わないので、背中には気をつけておく事を内心誓っていた。
実際今も自主訓練レベルでしか体を鍛える時間がないのはハイヴ内での質問だけでなく、健康診断と称して血液検査から始まり何やら色々な実験につき合わされているからである。
時々夕呼が自分を得物を見る獣の目で見てくるので、事情を知っている武はマジで勘弁してくださいと身震いするのだった。
しかし一方、真面目な話どうしたものか00ユニット、と武は考える。
なにせ今回純夏はここにこうして生きているのだ。
純夏が無事なため現状として(武の中では)候補がいないのである。
いきなり自分の切り札がなくなり武は頭を抱えるのであった。
しかし考えようによってはある意味これは都合が良いのである。
何故ならオルタネイティヴ4の期限切れまではまだ2年以上ある。
その間に何か打開策を見つければいいのだから。
最初のループでは実力も何もかもが足りなさ過ぎた。
次のループでは実力はあっても結局皆を救う事はできなかった。
そして今回のループでは正解は知っていても状況が今までと違いすぎる。
そう考えるとやはり、今の武には何にしても時間が必要だった。
実力の面でも今回は知識の継承はしているものの、肉体の強さは15歳、前回の強さを身につけるにはどうしても鍛錬の時間が必要になる。
武にとって気になるのはやはり霞の存在だ。
霞がいつから夕呼の所にいるのか、あるいは今もう既にいるのか武は詳しく分からないが、彼女のリーディング能力で自分がループしている事がばれるのは時間の問題だろう。
しかし武は向こうから言ってくるまでは黙っておくことにした。
今はこの事を言うタイミングじゃないと判断したのだ。
夕呼もまだオルタネイティウ4の研究がまだ暗礁に乗り上げているわけでもないだろうし、こっちからループの事を告白しても、霞がいなかったら唯のイタイ人だ。
前回までみたいに『カガミスミカの知っているシロガネタケルが会いにきた』という理由も今の夕呼は通用しない。
今は自分のやれることをやろうと、そう改めて武は自分の立場を確認したのであった。
◆
「タケルちゃん。今回の作戦上手くいくよね?」
「あぁ、きっと成功するさ」
PXに到着して腰を落ち着け、純夏が不安そうに武に問いかける。
いや純夏だけでなくどこと無く周りの雰囲気が落ち着かない。
それはそうだろう今日はあの作戦が行われる日である。
――『明星作戦』
BETA大戦においてはパレオロゴス作戦に次ぐ大規模反攻作戦。
G弾2発で横浜ハイヴを取り返すものの、あの付近一帯は死滅した土地になる作戦……。
自分達が住んでいた故郷がまるまる吹き飛ぶと言う未来を考えると、武はやはり胸に来るものがあった。
今頃、何百という戦艦が太平洋、日本海の両方に砲身を携えて作戦開始の合図を待っているはずだ。
武は青い空を見上げなら自分の住んでいた横浜を思い浮かべ故郷に別れを告げるのだった……。
しかしこの作戦は武が……いやこの作戦に注目する全ての者が予想できない結果を迎える事になる。
―1999年8月5日―
<司令室>
「な……。着弾?」
司令室にいた夕呼はいきなりの展開に思わず呆けた声を上げる。
人類がBETAと戦う場合の基本戦術は間接飽和攻撃から入って、その後戦術機甲部隊が投入、地上を制圧してからハイヴに突入という流れである。
その一番最初の間接飽和攻撃の主力となる武器が、ALM(対レーザー弾頭弾)である。
BETAの種類の中でももっとも厄介な相手光線級……。
この光線級のレーザー照射をどうにかしない限り、人類はBETAとまともに戦う事もできない。
敵レーザーの迎撃により弾頭が蒸発すると、気化した重金属粒子が付近の大気中に充満し、そこを透過する敵レーザーを著しく減衰させることにより無力化する。
迎撃されなかった場合、通常の弾頭として機能する攻防一体の兵器。
もっともBETAの性質上迎撃されないことはありえないのだが……。
それが今回は何の抵抗もなくALMは着弾した。
ありえない事が起きてしまったのだ。
「伊隅! 状況を説明して! 甲22号の周辺状況はどうなってるの?!」
確かに作戦開始前に偵察衛星で確認したところハイヴの周りにBETAの存在は見受けられなかった。
しかし、戦闘が起きれば必ずBETAが出てくるものばかりだと思っていたのだ。
『こちらヴァルキリー1! 甲22号の周りにBETAの存在は確認できません!』
「……なん……ですって?」
冷静沈着の夕呼が珍しく動揺する。
作戦開始から15分経過しても未だにハイヴの周りは沈黙を保ち続ける。
それが逆に不気味さをかもし出していた。
もしこれが人間が相手なら何らかの作戦と考えられるだろう……。
しかし相手はBETA。今まで作戦らしい作戦を取ってこなかった相手である。
まさかBETA篭城作戦などとってきているのではないか?
だとしたらマズイ。
今まで人類が生き延びてこれたのはBETAに作戦と呼べるものが存在しなかったからだ。
もしBETAが人間と同様の戦術をとるようになれば……。
人類は終わる――。
夕呼の背中に冷たい汗が流れる。
◆
『ブラボーリーダーよりCP、現在深度800m。広間に到達した。引き続き前進を続ける』
『CPよりブラボーリーダー了解。映像の感度良好引き続き任務を続行せよ』
『ブラボーリーダー了解』
静寂のハイヴの中、通信による会話の音だけが聞こえる。
暗闇と沈黙だけのプレッシャーはブラボー隊の疲労を2倍3倍と加速させる。
『まったく一体どうなってやがるんだ』
一人の衛士がぼやく。沈黙が耐え切れなく何かしゃべらないと落ち着かないのだ。
彼らは知らないが本来ならこの作戦、最終的には人類の新型爆弾『G弾』が使用されるはずだったのだ。
それがいきなりの想定外の事態により、上層部は混乱。
間接飽和攻撃の作戦をすっ飛ばし、戦術機によるハイヴ攻略作戦の命令が下された。
『愚痴るな。各自引き続きセンサーの確認を怠るな』
『『『――了解!!』』』
『……人間か』
突然脳内に響く声に衛士は驚く。
深く重い……。不思議な圧迫感のある声だ。
『何だ?! 一体何だこれは?!』
『CPよりブラボーリーダー、どうした? 状況を報告せよ』
『こちらブラボーリーダー、何者かの声が聞こえた。そちらにはこの音声は届いてないのか?』
『CPよりブラボーリーダー、こちらにそういった音源は感知できていない』
そう言われ座標を確認してみると確かにそういった音源は見られない。
一体どういうことだ? 確かに聞こえた声は空耳だったというのか?
『ブラボーリーダーより各機へ近くにBETAが潜んでいる可能性がある。警戒を怠るな!』
『慌てるでない……我はBETAではない』
声はあくまで淡々とした口調でこちらに語りかけてくる。
『貴様は何だ? 人間なのか?』
『それを説明してやる。とにかく反応炉のところまで来るがいい。このハイヴは安全だ。そう警戒する必要も無い。もっとも我の言を信じず警戒を怠らないのはそなた達の勝手だがな』
そういって声は聞こえなくなる。
言われなくともそのつもりだ。元よりハイヴ突入とは反応炉への到達に他ならないのだから。
あれからどれだけ経ったのか分からないが、ブラボー隊は深淵のハイヴ内を突き進む。
横坑を通ると広間の入り口から一際輝く青白い光が見える。
隊の者達は全員息を呑む。
自身の心臓の音が高鳴っているのが聞こえる。
目の前の光は人類が求めてやまなかった反応炉の光。
単純な距離としてなら決して遠くない、しかしその距離は絶望的なまでに遠く、多くの人類がこの光を求めてその命を散らしていったのだ。
あの声の言ったとおり結局あのまま何事もなくここまで来れた。
だが、どんな経緯であれ自分達はたどり着いたのだ。
人類にとっての希望の光に――!!
『……ブラボーリーダーよりCP、反応炉まで……到達した』
自分の声が震えているのが分かる。軍人として感情を抑える術をもっている彼であったが、それでも高鳴る自分の気持ちを抑える事ができない。
『……CPよりブラボーリーダー、……良くやった。これより反応炉の確保に入れ』
心なしかCPの女性の声も涙ぐんでいるように聞こえる。
イヤホン越しには管制室から聞こえる周りの人たちの沸きあがる歓声が聞こえる。
『――中尉!!!』
『ッ!! どうした?!』
『ア、 アレ……。 見て下さい……』
部下の差す反応炉の上を見上げる。
『あ……おぁ……』
『CPよりブラボーリーダー、状況を報告せよ。 メンタリティが極度の緊張状態を示している』
『……な、なんだ……ありゃぁ』
『CPよりブラボリーダー! BETAか?! BETAがいたのか?! 繰り返す状況を報告せよ』
『ち、違う……』
『CPよりブラボーリーダー、何だ?! 何があった?! ブラボーリーダー!』
『――は、白銀の獣…………ッ!!』
人類が初めてたどりついた反応炉。
そこで見た物は、反応炉に尾を巻きつけ上から見下ろしていた巨大な影。
その身を青白く照らされた白き面の大化生、九つの尾を持つ獣の姿だった――。
あとがき
いきなり獣の姿で登場させちゃいました。
白面は戦いの時は獣状態で戦わせたいので、自分の本当の姿を人間の前にさらすというのは必要な事だと思ったからです。
それにしても戦術機内での会話は難しいです……。
殆ど原作を参考にしたまんま……。
人類史上初反応炉に到達したブラボー隊は2階級くらい昇級か?