【外伝②】 継承……できない
伊隅みちるはオルタネイティヴ計画第1戦術戦闘攻撃部隊、通称A-01部隊の内の1つである『伊隅ヴァルキリーズ』を任される大尉である。
A-01は香月夕呼の非公式部隊のため、身内にも自分がここに所属している事は秘密にしなければならない。
そのため彼女は両親や自分の姉妹には在日国連軍である岩国基地の教導部隊に所属していると説明している。
引き抜きと言う形で国連軍に所属する事になった彼女は優秀であり、両親にとっても自慢の娘だ。
聡明で社交的。数年前までは完璧主義、現実主義で少々融通の聞かない堅い所もあったが、様々な経験を得てそれに囚われない柔軟な思考と、何だかんだで面倒見の良いその性格は多くの部下から慕われている。
訓練兵である榊千鶴が経験をつめば彼女と似た性格になると言えば少しは想像しやすいだろうか?
さて、そんな優秀でありなお且つ上からB89、W55、H84と言う抜群のプロポーションと美貌を併せ持つ完璧超人の彼女であったが、今人生で最大の危機に直面していた。
その危険度は例えて言うなら、突然原因不明の機能停止してしまった凄乃皇弐型XG-70bの管制ブロックの中でシステムの再起動を試みているものの、周りはBETAで囲まれており、しかも一向に回復の目処が立っていない……そんな状況に等しい。
それはつまりどう言う事かというと……。
「あはははははははッッ!! 伊隅大尉~~? 飲んでますか~~?」
なんか狂犬状態の神宮司まりも軍曹が目の前にいた……。
ろれつの回らない口調に上機嫌ながらも絡み癖のあるその姿。
何故こんな事になったのかとみちるは考える。
今日は1999年10月23日……佐渡島ハイヴ攻略戦こと甲21号作戦から一夜空けた日だ。
白面の活躍により劇的な勝利をあげたあの作戦は、人類に数十年間も忘れていた『希望』という感情を思い起こさせたのである。
日本帝国中で勝利の宴が開かれ、熱狂の渦に覆われていた。
それはもちろん仙台基地も例外ではない。
むしろ今回の作戦の立役者である白面がいるこの基地は、他のどの場所より騒がしいと言えよう。
世界各国から様々な貢ぎ物をいただき、それを肴に大騒ぎである。
酒の種類も豊富でビールやワイン、日本酒、老酒、ウィスキーと何でもござれだ。
数種類の酒をちゃんぽんするとたちまち悪酔いするのだが、そんなこと知ったことかとラッパ飲みする猛者というか愚か者もいた。
まぁそれは良いとみちるも思った。
何せ今日は無礼講。騒ぎたくなる気持ちは分からんでもない。
馬鹿騒ぎしたい者達は放っておいて、真面目な彼女は端っこでチビリと冷酒に口をつけ、鼻腔に広がる天然の純米酒の透き通った香りを楽しんでいた。
だがそれから1時間後……その判断が間違いだったとみちるは悟る。
旨い酒に無礼講という2つを与えてはいけない存在が仙台基地にはいたのである。
それが神宮司まりもその人であった。
「……くッ! すまない……伊隅……後は頼んだ…………」
「う……碓氷ッ!! 逝くなーー!! しっかりしろーー!」
自分と同じA-01の碓井大尉が力尽きる。
青い前髪が安らかな彼女の死に顔(死んでない)を隠す。
「私とした事が……ッ! もっと早い段階で気付いていたなら何とかなったものを……!! こうなったら伊隅! アンタが頼りよ!!」
いつも沈着冷静な香月夕呼が珍しく焦りの色をその顔に出しながらみちるに命令を下す。
完全に狂犬状態に入ってしまった彼女を止められる存在はいないのである。
「……っ!! ……りょ、了解しました」
「はぁ~~……のどが焼けるわぁ~~!!」
死刑宣告を受けたような表情のみちるとは対照的にまりもは上機嫌だ。
その後ろには夕呼の命令でまりもに特攻(飲み比べ)していって、ことごとく酒の海に沈められたA-01の屍の山が築き上げられていた。
初めは連隊規模であったA-01も今では残すところ、伊隅ヴァルキリーズの1個中隊のみである。
A-01は香月夕呼の無茶な命令により損亡率が激しいのだ。
「うふふふふふ……伊隅大尉~~? たたかった後はぁ、アルコールで消毒しないとだめですよ~~」
まりもは手に持った一升瓶をみちるにグッと向けてくる。
茶色い酒瓶にこの世界では貴重な純米大吟醸『武御雷』のラベルが貼られていた。
……ダメだ。勝てる気がしない。
「…………もう1度……基地に咲く桜が見たかったな……」
彼女の口から淡い言葉がこぼれる。
それは自分を懸命に追い込み、決して人に自分の弱い所を見せまいとする彼女の仮面が脱げたほんのわずかな瞬間であった。
この台詞を最後に伊隅みちるの意識は暗転したのであった……。
◆
「うッ…………」
気がついたらそこは知らない天井……ではなく自分の部屋の天井だった。
ひどい頭痛と胸焼け。完全に二日酔いだ。
「まったく持って……昨日はひどい目にあった……」
いや、とみちるは朦朧とした頭を振る。
昨日の狂犬騒ぎに付き合わされた他のA-01達はみな急性アルコール中毒で病院送りとなったのだ。
自分がどうやってこの部屋に戻れたのかそこら辺の記憶は曖昧だが、とにかく二日酔い程度で済んだことはむしろ幸運だったと言えるだろう。
「……すごい顔だな」
部屋の壁に掛けられた鏡を覗き込み、みちるは呟く。
彼女の赤茶色の髪はボサボサに乱れ、目の下には隈ができ、自分では判断できないが恐らく猛烈に酒臭いに違いない。
「……シャワー浴びなくちゃ」
こんな状態ではとてもじゃないが人前に姿をさらすことなどできない。
完璧主義な彼女ならば尚更である。
みちるは引き出しから着替えとバスタオルを手に持ちシャワールームに向かう。
ドアノブを回し外に出るとそこは誰もいない廊下。
幸いにも昨日の馬鹿騒ぎのおかげで今日の訓練は休みである。
とは言ってもこの静けさは今日の夕方ごろまでだろうが。
今現在各国のお偉い方がこの仙台基地に向けて集結中で、これから数日間かけて『人類の取るべき行動は?』と言う議題について話し合われるらしい。
わざわざごくろうな事だとみちるは思う。
戦う事が仕事の衛士である自分からすれば一昨日の佐渡島での白面の姿は圧巻だった。
白面と共にBETAを殲滅する。それ以外に何を話し合う必要があると言うのか?
まぁそこら辺の理屈と感情で揺れ動くのが人間の人間たらしめている所なのかもしれないが。
ちなみにそれとは全く関係ないが、まりもを含めた昨晩無礼講だったとは言え少々はっちゃけすぎた者達は、自室にて謹慎処分を受けているのだがそこはみちるの知るところではない。
共有のシャワールームまで向かう廊下に敷き詰められたフロアパネルと無機質なコンクリートの壁が靴音を反響させる。
その音が二日酔いの自分には苦痛だ。
シャワーを浴びたらPXで胃に優しいスープだけでも飲んで今日は1日中ぐったりしていよう。
そんなスケジュールを頭の中で考えながらみちるは溜息を吐く。
「ん? なんだ?」
ふらつく足取りで歩を進めていると、仙台基地の客室から話し声が聞こえてきた。
別にこの基地に来客があるのは何ら不思議な事ではないのだが、その声が気になると言うか聞き覚えのあるものであったのだ。
僅かに開いたドアの隙間からみちるは顔を覗かせる。
「お疲れ様でした前島さん。お茶をどうぞ」
「ありがとうございます。こちらこそ突然の来訪にも関わらず協力していただいて感謝してます」
自分の部下である涼宮遙からお茶を受け取った声の主の姿を確認したみちるはブッと吹き出す。
みちるの位置からは後姿で顔は見えないが間違いない。帝国軍の深い緑がかった制服に身を包んだその男の名は『前島正樹』。
みちるにとって年下の幼馴染であり尚且つひそかに想いを寄せている男だ。
一体何故? どうしてここに正樹がいるのだろうと、普段の沈着冷静さはどこへやら、みちるは二日酔いで働かない頭をフル稼働させる。
「しかし私としては白面の御方様がノリのいい方で助かりましたよ。おかげで滞りなく帝国新聞に載せる良い写真が撮れました」
みちるの疑問に対して事情を説明するように正樹が答える。
それだけでみちるはあぁなるほどと1人納得した。
彼……前島正樹は昔からカメラ好きであった。
こんな時代でなければ彼は間違いなくその手の道を選択していたであろう。
今も彼が大切そうに磨いている黒光りする一眼レフカメラは、決して高くない給料からコツコツと溜めて購入したものである。
まぁそう言った理由で彼はたまに帝国新聞の記事に載せる写真を頼まれる事があるのだ。
「でも撮影現場ってすごいですね。照明の1つにとっても角度とかこだわったりして……」
「オレもちょっと感動しちゃいましたよ。みんな真剣で、独特の緊張感とかがあるんですね」
「ははは。そう言ってもらえると嬉しいな。色々と手伝ってもらって助かったよ白銀少尉に鳴海少尉」
自分の仕事を褒められたのが嬉しいのか恥ずかしいのか、正樹は武と孝之の言葉に満更でもない様子だ。
「……鈍感男が3人、意気投合したか」
覗いていたみちるは小声で呟く。
白銀武、鳴海孝之、そして前島正樹。この3人は女性を無意識の内に引き寄せるいわゆる恋愛原子核をその身に宿し、なおかつその好意には気付かないというという特性をもつのだ。
そんな女泣かせな男3人の他に、客室には速瀬水月と涼宮遙、それともう1人。
「ボクも見てて面白かったぁ~。でも真面目な撮影があやうく水着の撮影大会になりかけた時は驚いたけど」
「あきらまで……」
撮影の様子を思い出し、照れたように笑うその人物は『伊隅あきら』。みちるの妹である。
薄い茶色の髪にまだあどけなさを残した顔立ちにもかかわらず、将来有望株なプロポーションはさすがにみちるの妹といった所か?
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
あきらはまだ女性の徴兵対象年齢を満たしていないため帝国の兵士ではなく、いわゆる民間人なわけだが白面を一目見ようと、正樹の撮影の手伝いと称して着いて来たのだろう。
4人姉妹の末っ子である彼女はそう言った所は中々抜け目がないというか、ちゃっかりしている。
「水着の撮影大会か……やってみたいな」
「正樹ちゃんのエッチィ」
「いやちょっと待てあきら! 変な事言うなよ。オレはカメラマンとして芸術をだな……」
茶化すあきらの言葉に正樹はむきになって否定する。
他の事ならいざ知らず、カメラの事になると正樹は真剣なのである。
その様子が可笑しいのか武達も笑って正樹達の漫才を眺めている。
「でもあきらちゃんが伊隅大尉の妹だっただなんて驚いたね」
「うんうん世間は狭いというか何と言うか……」
遙の言葉に水月が続く。
「ボクの方こそ驚いちゃいましたよ。まさかみちるちゃんの部下の人が仙台基地に来てるなんて」
「ホントだなぁ……確かみちるは岩国基地の教導部隊に所属しているんでしたよね?」
「えぇ、伊隅大尉はいつもしっかり御指導してくださるので助かりますよ」
A-01は非公式の部隊のため親族にも本当の所属場所を伏せているのである。
そこの機密はしっかり保持すべく、孝之も話を合わせる。
「でもあきらちゃんは厳しいからね。特に時間にはうるさいから気をつけたほうが良いですよ」
「お前それで昔5分間を息止めようとした事あったよな」
「う、うるさいなぁ。正樹ちゃんだって同じ事したことあるくせに!」
「何ですそれ?」
息を止めることと時間に厳しい事の関連性が分からなかったのか武が問い返す。
「なんでもみちるの話では、人間の中で『ちょっと』と言う時間は息を止められるくらいの時間らしいんですよ。……で5分間遅刻した時ちょっとくらい良いじゃんと言い訳したところ」
「5分間息を止めさせられたと?」
「できない事はわかってるんですけどねぇ。みちるちゃんって相手が『じゃあ5分間止めてやるよ!』って言いたくなるように持って行くの上手いんですよ」
「あッ! なんか分かるかも。大尉なら確かにそう言いそう」
あきらの言葉に遙が口元を押さえながら可笑しそうに笑う。
「あきらめ……人がいないと思って好き放題に言って……」
一方みちるはドアの隙間から様子を覗き、顔から火が出る思いをしていた。
自分の過去話を部下に暴露される事ほど恥ずかしい事はない。
というより部下の前で自分の事をちゃん付けで呼ばないで欲しい。本気で恥ずかしいから。
「じゃあ伊隅大尉呼んできますね。前島さん達はそこでゆっくりしてらして下さい」
水月がそう言って席を立つ。
まずい! 今会うのはまずい!!
みちるの中で警鐘がなる。
水月には全く悪気がないのはわかるがともかくまずい! みちるは慌てて元来た道を戻る。
せっかくの家族と幼馴染が訪ねてきてくれたのだから、ここにみちるを呼びにくるのは自然な流れだろう。
それは確かにわかる。その通りだと思う。
みちるだって普段なら迷わず会いに行きたいところだ。
だが今はまずい!
何せ今のみちるは二日酔いでとてもじゃないが人前に出られる格好ではないのだ。
ましてや想い人の前にそんな格好で出ることなんて女性としてありえない話である。
「~~~♪ ~~~♪」
そんなみちるの気持ちを全く知らずに水月が鼻歌まじりで的確に自分の方向に近づいてくる。
せめて逆方向に行ってくれればまだシャワールームに駆け込む事ができるというのに、空気を読まないでこっちに来る水月がうらめしい。
こうなったら仕方無いと、みちるは廊下の角の所で水月を待ち伏せする。
「フッフ~~ン♪ 大尉も妹さんと会えたらびっくり……ってどわッ!!」
水月が角に来た瞬間に自分の袖がグイッと引っ張られバランスを崩す。
みちるが水月の不意を突いたのである。
「伊隅大尉ッ!! ってうわ! 酒臭ッ!!」
「……なんか言ったか速瀬?」
「あ~~いえいえッ! 何にも言ってないです」
恨みがましそうな視線を送ってくるみちるに気押されて水月は手をパタパタと横に振る。
そういえば昨日の宴会で随分飲まされていたなと水月は誤魔化し笑いを浮かべる。
「伊隅大尉ちょうどよかった! 妹さんとお知り合いの方が来てるんですよ!?」
「知ってる。実はさっき客室にいるのを見た……」
「あッ! な~んだ大尉も人が悪いですねぇ」
「実はその事についてなんだが頼みがある速瀬!!」
「……へ?」
自分の言葉を遮り真剣な声で頼みごとをするみちるに水月は面喰らう。
「実は……ほら……私は今こんななりだろう?」
「あ、あぁ確かに……」
歯切れの悪いみちるの言葉で水月は合点が行ったようだ。
確かに二日酔いの姿なんて彼女の性格からして絶対に妹に見せたくないだろうと。
「だから……済まないが正樹とあきらには何とかそれらしい理由をつけて、今日は会えないと言ってもらえないか?」
少々バツの悪そうに視線を反らすみちる。
その様子に水月は何かピンと来るものがあったのだろう。
恋する女は同種の匂いを嗅ぎとる事ができるのである。
「あ……まさか伊隅大尉、前島さんがそうなんですか? 以前仰ってた大尉の姉妹全員に惚れられてる幼馴染って」
「……ん…………まぁそういう事だ」
水月の問いにみちるは顔を赤らめながら肯定の意を表する。
伊隅ヴァルキリーズの女性陣は誰が誰に恋しているのかと言う情報はとっくに共有済みなのだ。
「わかりました!! まっかせて下さい大尉!! 私の方から上手く言っておきますから!」
水月はグッと親指を立ててみちるに笑顔を向けて見せ、そのまま足早に元来た道を駆けて行く。
揺れる水月のポニーテールが喜びの感情を表現しているかのようだ。
その様子を見てみちるは一言呟いた。
「…………不安だ」
◆
「おまたせー!」
客室の扉をノックもしないで水月が元気良く入る。
待っていた武達からすれば何故だかわからないが妙に嬉しそうな顔をしているように見える。
「おぉ水月。……あれ? 伊隅大尉は?」
一緒に来るはずであろうみちるの姿がないことに孝之が問う。
「あぁ……うん……実は大尉、ちょっと用があって来れないってさ」
「そうなんですか? 良ければ待ちますけど?」
「え゛ッ!」
正樹の返す言葉が予想外の事だったのか水月はいきなり言葉に詰まる。
どうやら言い訳がいきなり手詰まりになったらしい。
(は、速瀬~~!!)
その様子をみちるがまたドアの隙間から覗き、心の中で突っ込む。
水月の妙に自信たっぷりなサムズアップが逆に不安だったのでやっぱり着いてきたのだ。
「そうだよ。せっかく久しぶりに家族と会えるんだからさ。待ってもらえよ」
空気を読まない発言をするのは孝之である。
「い、いやぁ~……で、ででもッ!! ほら前島さん達にも都合があるじゃないですか。だ、だからあんまり待たせちゃうのも」
「オレは別に構わないですよ。今日はもう自由にしていいって言われてますし……なあ?」
「うん! ボクとしても仙台基地の見学したいし、それに良ければまた白面の御方様とお話したいな」
正樹の言葉にあきらも頷く。
あきらの中ではてっきりお堅い神様なイメージを白面に持っていたのだが、想像していたよりもずっと気さくな印象を受け、仲良くなりたいと思っていたのだ。
「っていうか今日って伊隅大尉なんか用事ありましたっけグホォオオオーー!!」
孝之と同じく空気を読まない発言しようとした武の腹筋を水月の左拳が貫く。
変な声を上げて武がそのまま沈黙する。
「…………ゼロレンジスナイプ……ぶっ飛ばす……そう思った時には既に行動は終了してるのよ」
「ちょ、ちょちょちょっと待てーーーーい!! ど、どこの兄貴だお前はッ!?」
「だ、大丈夫? 白銀君?」
水月の暴走に孝之は猛烈に突っ込みを入れ、遙はアタフタしながら武に駆け寄る。
(い、いかん……人選間違えた……)
水月の様子を見てみちるは自分の失敗に気付く。
速瀬水月……彼女は何だかんだで根が素直で元々嘘を上手につけるタイプではないのだ。
こういった場合は適任の順番でいうと宗像美冴や風間祷子、平慎二が望ましい。
いやせめて彼女らがここにいてくれれば上手に空気を読んで場を上手く収めてくれたものの、残念ながら宗像達はたまたま別行動していた。
「な、殴った瞬間が見えなかった……」
水月の行動にあきらと正樹は目を丸くしながらどうしたら良いのかわからない様子だ。
「孝之……遙……今の伊隅大尉の事……分かってるでしょ?」
小声で水月はみちるが今二日酔いで会うことができない事を2人に促す。
「大尉の事……? ……あッ! そうか……」
水月の一言で遙は今みちるが二日酔いになってるであろうことを理解した。
彼女は普段どこか抜けたところがあるが、これでいて中々鋭いのだ。
「伊隅大尉……あぁそうか確か大尉は二日よグハァアアアーーッ!!」
またまた空気読まないで不用意な発言をしようとした孝之を水月が黙らせる。
この距離ならゼロレンジである。
「よく聞いてあきらちゃん……」
「は、はい……」
あきらの両肩をがっちりと掴んで真剣な表情でその明るい栗色の瞳を見る。
「実は……伊隅大尉は今……入院中なのよ!!」
(おいいいいィーーーーッ!!)
みちるが内心絶叫を上げながらずっこける。
水月の中では上手い言い訳のつもりだったのだろうが、その発言は不味すぎる。
「みちるちゃんが!? ボ、ボク会いに行きます! 病院はどこですか!?」
「あぁオレも行くよ!」
あきらと正樹が身を乗り出す。
みちるの身に何かあれば心配するのは当然である。
「だ、大丈夫ですよ。その……たいした怪我じゃないんで」
「そ、それでも! やっぱり心配じゃないですか!」
「ウッ! い、いやその実は今面会謝絶というか……」
「えッ? 今たいした怪我じゃないって言ったじゃないですか!? それなのに面会謝絶なんですか?」
「いや……えっと……その……」
(は、速瀬~~~ッ!! もうやめてくれーー!!)
嘘が嘘を呼ぶ負の螺旋に突入してしまった事にみちるは頭を抱える。
やばい……このままでは取り返しのつかない事になる。
そんな確信めいた予感が彼女の背中に冷たい汗となって流れる。
「速瀬さん!! 一体みちるちゃんはいつ、何が原因で怪我をしたんですか?」
水月の態度がどこか怪しいと思ったのか、あきらは強い口調で問いただす。
「え、えっと10月23……じゃなくって22日に訓練中の爆発事故で……」
実際宴会があった23日では何となく良くないと思った水月は1日ずらす。
だがその言葉を聞いたあきらの眉毛がつり上がり、怒った表情を見せる。
「やっぱりその話は矛盾が多い。おかしいですよ……」
「ぎ、ぎくぅッ――!!」
「事故の日時……1999年10月……22日……佐渡島で甲21号作戦が行われた日と同じ……。事故原因は戦術機による戦闘訓練中の……爆発事故……これは……本当に偶然なんですか……?」
「う、うぅ……」
あきらの突っ込みに内心自分でも苦しい言い訳をしていると思っている水月は言葉を濁す。
「だいたい……甲21号作戦当日に何の訓練をやってたって言うんです!?」
「………………」
「本州の基地は全て、防衛基準態勢2以上だったはず……。まさか……岩国基地の司令部が戦闘訓練を許可したっていうんですか?」
中々に的確に水月の嘘の矛盾点を突いてくる。
年下のあきらからの視線をまともに見ることができずに水月は視線を落とす。
「………………」
「速瀬さんッ!!」
もう一度あきらは強く水月を睨む。
「…………ごちゃごちゃうるさいわね」
「……え?」
下を向いていた水月の肩がワナワナと震えている。
それはまるで火山が噴火する前に起きる地震のように思える。
「ごちゃごちゃうるさいって言ってんのよーー!! 今日は無理だって言ってんだから大人しく引き下がれば良いのよ! 細かい事をグダグダといい加減にしなさいよーー!!」
逆切れである。
完全に痛いところを突かれて言い逃れできなくなり水月は逆切れしたのであった。
それも年下に……。
「いい加減にするのは…………」
「……へ?」
突然聞こえてきたドスの効いた声に水月が振り向く。
そこには鬼の形相をしたみちるが立っていて……。
「お前だーーーーッ!!」
凄まじいまでの雷が青天の仙台基地に鳴り響いたのであった……。
◆
2003年4月10日――東シナ海、第2戦術機連隊母艦『下北』。
『あれが甲20号……鉄原ハイヴ跡地か』
『BETAのクソッタレ共が残していった忌々しい爪跡ってわけだ』
『あ~あ……オレも桜花作戦に参加したかったぜ! そうすりゃ歴史に名を刻む大活躍をしてやれたって言うのによ』
『――貴様等……余計な無駄口は叩くな。日本帝国の代表として我らは鉄原周辺の復興活動に来ているんだ。その自覚をしっかり持て』
『『『――了解ッ!』』』
緊張感のまるでない部下達にあきらは隊長として一言注意を促す。
甲21号作戦から3年と半年の月日が経った。
あの日から衛士の道を志し、あきらは今日まで帝国衛士としての道を歩き続けた。
桜花作戦以降、白面により劇的な速度でBETAがこの世から駆逐された人類は復興活動に忙しく、次から次へとやる事があり休む余裕すらない。
目の前に映る鉄原ハイヴ……日本と大陸と目と鼻の先にあったこの拠点からなだれ込んできたBETAが、九州から一気に日本を占拠したのはもう過去の話だ。
今では世界各地に残ったハイヴの跡地からはBETA由来のG元素が発掘され、人類にとって貴重な資源の採掘現場となっている。
そのためハイヴ周辺を中心に町が栄え、人が集り、その反面物資が追いつかない状態である。
今日この日になってあきらは何故だかあの日の仙台基地での出来事を思い出した。
あれから怒髪天を突いた状態で仁王立ちしていた姉――みちるの存在。
初めて見る姉が本気で怒る姿と、ひたすら謝る青いポニーテールの女性の姿が今でも脳裏に焼きついている。
みちるがあの日どうして会えないと言っていたのかの誤解は解けたが、あれは本当に怖かった。
何故、今になってこんな事を思い出したのかあきらには分からない。
確かに死んでしまってはもう何も出来ない……命あっての物種とはよく言ったものだ。
もし訓練中の爆発事故によりみちるが死亡してしまったと言う通知を本当に受けても自分は絶対信じないだろう。
きっと何か隠された真実があるはずだと疑って掛かるはずだ。
例えば甲21号作戦で命を賭けて帝国を救ったとかそんな所だ。
そしてその時になって初めて気付く……。
当たり前のように側にあったのに、見えていなかった大切なものに。
そして、姉みちるから『想い』を継承していた事だろう。
だがまぁ実際は宴会で二日酔いになって倒れていたという事だったわけだが……。
あきらは自分の乗っていた戦術機、陽炎の中で一言呟く。
「…………忘れよ」
スロットルペダルを踏み込んだ黒塗りの陽炎は、何かを振り払うように東シナ海の上を高く高く跳躍した……。
あとがき
この話は幕間。佐渡島ハイヴ攻略戦直後の話として考えていたのですがストーリーの都合上カットした物です。
『第弐拾壱話 戦士たちの休息』でみちるとまりもが登場しなかった理由にはこんな話があったりました。