第弐拾参話 破滅の鐘
「う~~! 終ったぁ~~!」
BETAの進行から一夜明けた今朝、死傷者『0』の完全勝利に浮かれた気分で武はダッシュで外に出る。
カラッと晴れた青空がまるで今の自分の心境を表しているかのようだ。
前の世界の横浜基地へのBETA襲撃の結果を知っている武からすれば最早笑うしかなく、異常にテンションが上がるのも仕方がないと言えよう。
涼しい空気に肌に気持ちいい。
建設中の横浜基地から塗装工事の独特の臭いがするが、今の武にはそれすら気にならない。
「…………あッ!」
不意に武は何かに気付き足を止める。
浮かれていた表情がどこか憂いを帯びた物へと変わる。
乱れた軍服の襟元を正し、左右の袖の皴を手でならす。
「…………こんな時何ていえば良いんですかね? ……やっぱりお久しぶり……でしょうか?」
横浜基地正門前の急斜面。
ここは『前の世界』で自分にとって恩師や先輩、同期の仲間が眠っている横浜基地の桜並木の場所である。
もっとも建設途中の横浜基地にはまだ桜は1本も植えられていない。
前の世界とは明らかに違う場所であると言う事はわかっているのだが、それでも武からすればどうしても感傷に浸らざるを得ない。
「……あれからオレ……世界から消えちゃって……気がついたらまたループしてたわけなんですけど」
途切れ途切れの口調で自分の近況報告する武はどこか照れたような表情だ。
黒い軍服が太陽の日差しを吸収したせいなのか顔が熱い。
「それがさ! 聞いてくださいよ! 今回のこの世界にもBETAがいるんですけど……何ていうのかな? 陽狐さんって言うイレギュラーのせいで一言とでいえば笑えるっていうか……こんな御都合主義な事が合って良いのかっていうか」
武は「ハハハ……」とわざとらしく声に出して笑いながら前を見る。
武の記憶に蘇る前の世界の彼女達の死……。
その散り様は誇り高く、とてもじゃないが自分では真似できない。
今でも胸が苦しくなるほど切ない記憶だが武にとって忘れてはいけない大切な記憶だ。
それでも作り笑いとは言え笑顔でいるのはそれが彼女達から教わった衛士の流儀だからである。
もしこの場でしんみりと湿気た表情で近況報告などしようものなら恐らく水月あたりにぶっ飛ばされているだろう。
「……もうすぐあの『桜花作戦』がこの世界でも開始されようとしています。成功率はぶっちゃけた話100%だと思います。……ですがそれでも、並行世界のあの世からでもオレ達の事を見守っていてください」
武は目の前にあるはずもない桜の木に向かって敬礼をとる。
外観としては殺風景すぎる横浜基地の急傾斜を吹き抜ける風の音が武の耳には大きく残る。
「タ~ケ~ル~ちゃ~ん!!」
正門の方から自分を呼ぶ純夏の声に武は振り向く。
「もぉ~~! 置いていかないでよ~~」
「まったく。もうすぐ仙台基地に戻るんだから勝手な行動は慎みなさいよ?」
「元気ですね~たけるさん」
「こっちはずっと戦術機の中で待機して疲れてるんだから余計な体力使わせないでよ」
そこには純夏だけでなく207B分隊や伊隅ヴァルキリーズの面々が武を迎えに来た姿があった。
「……そなた泣いておるのか?」
「えッ!?」
純夏と一緒に来た白面が怪訝そうな顔をする。
「うわ~~本当……タケルちゃん大丈夫?」
「……悩み多きお年頃?」
純夏と慧がいきなり泣いてる武の顔を覗き込む。
「ち、違えよ! ちょっと目にゴミが入っただけだって」
ベタな言い訳をしながら武は軍服の袖で自分の涙を拭く。
目の前にいる彼女達の姿を見てまるで前の世界で殉職した彼女達があの世から帰ってきたように思えたのだ。
……ちょっとタイミングが悪すぎであった。
いやこの場合は良すぎたと言うべきか?
武がつい今しがた虚空に話しかけていたメンバーの殆どが揃っていたのだから。
「ほらタケル! 何をしている! 置いて行くぞ」
「あ、あぁっ! 待ってくれよ冥夜」
仙台基地へと帰還しようと第1滑走路に向け足を向ける皆の後を武は追いかける。
「シロガネ~あんた何泣いてるのよ? もしかして恋のお悩み? だったらお姉さんに相談してごらんなさいよ?」
「「「「「えッ!?」」」」」
水月の言葉に207B分隊が動きを止める。
「だ、だから違いますって! 何言ってるんですか速瀬少尉」
「それとも欲求不満で溜まっているのか? それなら今夜あたり私が相手をしてやろうか?」
「ちょ、ちょっと宗像少尉!? 勘弁して下さいよ!」
「ム~~~!!」
「だから違えって言ってんだろ純夏! 拳を構えるなッ!」
宗像にからかわれ、それを真に受けた純夏を初めとした207B分隊の突き刺さる視線が痛い。
騒々しい桜並木を武は後にする。
久しぶりに訪れた横浜基地の懐かしい空気が妙に心地よかった……。
◆
――1999年10月28 午後16時 仙台基地――
『桜花作戦』……それが今回の国連が統率する人類史上最大の軍事作戦の正式名称である。
攻撃目標はオリジナルハイヴ、最優先事項は最深部の『あ号標的』の完全破壊。
作戦の第1段階ではユーラシア大陸の最前線を一斉に押し上げて、敵支配圏外縁部に存在する全てのハイヴを同時に攻撃する。
米国航空宇宙艦隊による各ハイヴへの軌道爆撃から始まり、地上部隊の間接飽和攻撃、臨海部ならこれに各国海軍の艦砲射撃も加わる。
この後戦術機甲部隊が戦域に突入し陽動を開始。
各国の軍隊は総力を挙げてオリジナルハイヴから周辺のハイヴの戦力を引き離す。
……と、ここまでが前の世界の『桜花作戦』と同じだがここからが微妙に違う。
前の世界では国連宇宙総軍の低軌道艦隊がオリジナルハイヴへ反復軌道爆撃を開始。
重金属雲濃度が規定値に達するタイミングに合わせて、国連軌道降下兵団2個師団が強襲降下と言うものだったが、今回は第1段階での陽動で敵の3次増援を各戦線で確認でき次第白面が仙台基地から出撃。
オリジナルハイヴを白面が目指し『あ号標的』を破壊と言う単純極まりないものだ。
……こういっては何だが第1段階の陽動作戦ははっきりいって飾り、もしくはオマケである。
いや、人類の意地と言うべきか?
今回の作戦、実の事を言うと人類と白面が細かい作戦のやり取りを決めたわけではない。
白面曰く「適当にオリジナルハイヴ潰すから他の作戦はそなた達で決めろ」との事だ。
例によって例の如く大雑把で作戦とも言えない作戦だが人類もようやく理解した。
白面は本来出撃前に緻密な戦略を立てていく策略家なのだが、それをしないのは白面が必要ないと判断しているからだと。
むしろ圧倒的実力のある白面をわざわざ人類の細かい作戦で縛るという事は、逆に白面にとって足枷にしかならないのだ。
だがその代わりにこちらも自由にやらせてもらう。
BETAを一刻も早くこの星から根絶やしにする……人類が待ち望んでいたこの時のために今まで多くの同胞を失ってきたのだから。
……黄昏に染まる西方の空の下にあるユーラシア大陸に向け、今多くの将兵達が日本から出撃する。
旅立つ者達は皆まだ若い。
10代後半から20代後半までの、平和な時代ならば何かやりたい夢の1つや2つ持っていてもおかしくない年齢層が全軍の7割近くを占めている。
そんな未来ある若者達に戦う事しか教えられなかった自分達を許すなという仙台基地のラダビノッド司令の演説はこの世界の大人たちの気持ちを代弁していた。
「……まりも見て御覧なさい。……アンタの子供達が……行くわ」
「……そうね」
香月夕呼の隣りには親友の神宮司まりもが横に並ぶ。
お互い無言で見つめる赤い夕日が目に眩しい。
「……夕呼」
「何かしら?」
「今、私の顔をあたかも死んでしまったかのように夕日に思い浮かべてなかった?」
「あらごめんねぇ~。何故かそうしなくちゃいけない気がしたのよぉ」
詫びいれた様子のない親友の様子にまりもは「しょうがないわね」と諦めた口調で夕呼に笑いかける。
本来失礼極まりないのだが何となく怒る気にはなれなかったのだ。
ここではないどこか別の並行世界では、彼女はこの光景を1人で見ていたのだろうと、まりもはそんな気がした。
……衛士達を見送るために用意された祭壇の上に立つ白面の者。
思えば白面がこの世界にやって来たとされる半年以上前からこの世界は大きく分岐したのだろう。
人類の存亡をかけたこの作戦で当の本人である白面は何を思うのか?
「………………」
無言状態の白面をテレビカメラが写し出す。
作戦開始まで後わずか……ある衛士は戦術機の中で待機しながら、ある技術者は兵器のメンテをしながら、ある者は戦線の方角を見つめながら、全国一斉生中継で放送される白面の言葉に耳を傾けている。
……さて、どうした話をしようか?
白面の頭の中で過去に見てきた人類の歴史が思い返される。
自分のために作られた仰々しい祭壇。
オリジナルハイヴへこれから出撃する自分を見送るために多くの人間が集合している。
何の気無しに周囲を見渡す白面の視界に、冥夜と悠陽の姿がたまたま目に止まった。
冥夜は祭壇の下、悠陽は自分と同じ祭壇の横にそれぞれ立っている。
彼女ら2人を見たその瞬間、白面は自分にとって最も忘れがたい、――否、忘れたくても忘れる事の出来ない存在が脳裏に浮かぶ。
「…………2体で1体で最強」
それは自身の宿敵を表す1つの代名詞。
呟く程度の声のはずなのに、白面の言葉が広い仙台基地全体にはっきり聞こえた。
「かつて我のいた世界でそういう者達がおった……。単体ならばいざしらずその2体が組む事でその力が無限の如く上昇させる者達が……。その2体は人の言葉でいう相棒や戦友といったものであった」
夕日に照らされた銀色に輝く白面の髪が紅く反射する。
「その2体の片割れは人間。もう1体は我と同じく化物……。人種どころか種族すら異なる者達ですら結束する事が可能だったのだ。同じ人間であるそなた達に彼の者達と同じ事ができぬはずがない……。我は知っておるぞ? 結束の力がいかに強いものかを。そう『他の誰より』良く知っている」
なんとも皮肉な事をと白面は自嘲する。
かつて憧れ、憎しみ、恐れたあの者達の力を自分がこうして語ることになろうとは。
「これより始まる桜花作戦。かつて無いほどのBETAの大群と相対する事となろう……。だが恐れな。BETAなど所詮数が多いだけの雑魚に過ぎぬ。やつらの敗北は天の理、地の自明也!! ……見せ付けてやるが良いそなたらの力を!」
白面からすればこの世界の人類がBETAにここまで追い詰められるのが信じられない。
人類が一丸となって戦う時の真の力は、自分をも倒せるほど強大な物となるというのに。
「願わくば平和を取り戻した後にも今日と言う日の事を忘れないで欲しい。絶望の夜が明ける朝日の如く輝くであろうその光景を……。そしてそれが人類の栄えある未来への道しるべとならん事を我は祈ろう」
その言葉で白面は演説を締める。
目を閉じ、一呼吸空けた白面の纏った空気が変わる。
まるで日本刀のように鋭く、触れただけで肌が切れるような緊張感。
次に出る白面の言葉を人類は待つ。
準備は万端。
気力は十分。
人類はこの時を待っていた――。
「では、これより桜花作戦を開始する!!」
白面の宣誓に対して割れんばかりの歓声が広がる。
それは仙台基地のみに留まらず世界中で共鳴し合い、まるで地球全体が震えるかのようであった――。
◆
「ヌゥ……さすがは天然素材よなぁ。美味ッ!!」
仙台基地の客室。
自分の出撃時間までの僅かな間、精神集中するとか何だかんだ理由をくっつけて1人待機していた白面は天然素材の九尾の狐定食を頬張る。
その姿からはこれからオリジナルハイヴに向かうような緊張感はまるで見られない。
「……お疲れ様です。陽狐さん」
「……タケルか」
建て付けの悪くなった扉から錆付いた音が漏れ、そこから武が遠慮がちに顔を出す。
武の他にも純夏達207B分隊、夕呼、霞、まりもの姿も後ろから現れる。
武達の姿を確認した白面は箸を置き、茶をすすって一息吐く。
「すまなかったな。そなたも鉄原ハイヴに他のA-01と一緒に行きたかっただろうに」
「いえ、気にしないでください。陽狐さんの見送りが終わりましたら、オレもすぐに向かいますから」
今回の桜花作戦において伊隅ヴァルキリーズを含めたA-01はすでに鉄原ハイヴへと向かっている。
ただ武は白面から自分を見送るよう言われたため後から遅れて向かうこととなったのである。
武も偶然だろうが何だろうが『皆を助けたい』という願いを込めて白面をこの世界に呼んだのだから、この瞬間に立ち会うのは自分の義務だという事で納得した。
もっともこの事実を知っている者は夕呼と霞しかおらず、他の者たちには本当の理由を話していない。
白面からすれば他の伊隅ヴァルキリーズにも一緒に見送ってほしかった所だが彼女達は先に戦場に向かう事を選択した。
「陽狐さん。今更オレが言うのも何ですけど人類をよろしくお願いします」
「うむ。任せておけ」
頭を下げる武に白面は何でもないように了解する。
武の次に霞が寂しそうな表情で一歩前に出る。
「……陽狐さん」
「……霞よ。そんな顔をするでない。少々日本を離れるだけだ」
「約束……ですよ?」
「あぁ、了解した。また会おうぞ」
そう言って白面は霞の頭を撫でる。
霞の狐耳がいつもより垂れ下がり気味である。
そう、白面はオリジナルハイヴを撃破した後は世界各国のBETAを駆逐していかなくてはならないのだ。
つまりこの桜花作戦が終った後しばらく武達と離れなくてはならない。
今回白面が親しかった者達とのこういった別れの時間を設けたのはそういった理由があったからだ。
「私の計画潰してくれちゃったんだからとっととオリジナルハイヴなんて潰してきなさいよ?」
「くくくッ……! そう言えばそなたの『4番計画』は偶然にも中止されてしまったなぁ」
「……何が偶然よ。最初からこうなる事がわかってたくせに」
お互い似たような笑みを浮かべ合う夕呼と白面はあの『女狐同盟』が形成された時と同じように力強い握手を交わす。
「お詫びと言っては何だが手土産として反応炉の欠片でも持ってきてやろうか?」
「そうね。指輪にでもすればちょうど良いかもね。でも安っぽい所じゃ嫌よ?」
「ハハハッ!! では期待して待っておれ。ついでにまりももいるか? 指輪の材料に」
「えッ!?」
突然話を振られたまりもはどう返事して良いのか困る。
首を縦に振ろうものなら本当に持ってきかねない。
すごい土産と言えばすごいが持つには個人ではいろんな意味で重過ぎる。
「良いじゃない貰っておけば? どうせ指輪を送ってくれる男性はいないんだし……今後もずっと」
「ちょっ……!! 余計なお世話よ! ッていうか今後もずっともらえないなんて決め付けないでくれる!?」
夕呼とまりもの漫才に思わず笑い声が響く。
武も白陵柊学園で教師をしている2人の姿と今の姿がダブって見えてしまって微笑ましい。
「陽狐様。我等も参戦できない事は無念ですが、どうか人類をお頼み申し上げます」
次に白面に声をかけたのは冥夜だ。
訓練兵である207B分隊は今回の作戦に参加する事はできない。
目を瞑り深々と頭を下げる。
「陽狐さん! BETAなんてケチョンケチョンにのしてきてください!!」
純夏がドリルミルキィパンチを空中に放つ。
切れの良い右がヒュンッと小気味の良い音を出す。
「みみ、壬姫達もここで応援してます!!」
「今回は無理でしたが私達もすぐに正規兵になって地球のBETA掃討作戦に参加して見せますので」
壬姫は顔を赤くし、千鶴は彼女らしく敬礼を取ってみせる。
「ボク達にもお土産よろしくお願いします」
「桜花作戦の祝勝会にはぜひ天然のやきそばも追加してください」
「ははッ。良かろう。了解した」
最後の美琴と慧の何だか良くわからない言葉をスルーせずに白面はグッと拳を突き出す。
「あ、あのねぇ~あんた達……」
千鶴が美琴と慧を呆れ口調で注意しようとした時、入り口の扉がノックされる。
全員一斉にそちらの方に顔を向ける。
「うむ、入ってまいれ」
「失礼致します」
扉を開けたのは帝国斯衛の赤い軍服を着た月詠真那。
そしてその扉を征夷大将軍の正装を身に纏った煌武院悠陽が静々と入ってきた。
その後に紅蓮、月詠、神代、巴、戎が続いて入室する。
白を基調とした見事な色合いの装束に加え頭に被った冠の飾りを身につけた悠陽はどこか神々しさすら感じさせる。
訓練兵の純夏達は思わず叫びたくなるのを押さえサッと道を空ける。
「……御方様。お迎えに上がりました」
一瞬悠陽は自分の妹である冥夜の方向を見るが、すぐに何事も無かったかのように白面に恭しくお辞儀をする。
悠陽と冥夜、白面を見送る際の人選を考えれば彼女らがかち合うのは必然なのだが、自分達の視界にお互いの存在がいないように振舞う。
複雑な生まれのため離れ離れになった姉妹が初めて顔を合わせる事ができたにも関わらず、毅然とした態度を取る事が出来る彼女達の姿は凛々しくもあるが、やはり悲しい物を思わせる。
武はそんな2人を無言で見つめる。
何とかしてやりたい……。
そう思うものの自分ではどうする事も出来ない。
征夷大将軍として振舞う煌武院悠陽、仙台基地の訓練兵として振舞う御剣冥夜。
それぞれの立場を考えればやっている事は正しいのだがどこかやるせない。
見るとそれは武だけではなかった。
冥夜と同じ訓練部隊の仲間である純夏、千鶴、慧、壬姫、美琴は敬礼の姿勢を組んだまま何か言いたそう表情をし、付き人である月詠達はあえて見てみない振りをしている。その様が逆に不自然だ。
「……はぁ、まったくやれやれ」
「え?」
微妙に流れる気まずい雰囲気の中、口を開いたのは白面であった。
突然の言葉に悠陽は声を上げる。
何か自分の態度に無礼があったのではないかと少々うろたえた様子である。
「古来より煌武院家には双子は世を分かつという仕来りがある……まぁ確かにそう言った風習は古い家系には珍しき物ではないが……」
「ッ!! 御方様……!」
腰に手を当て思いっきりめんどくさそうな態度を取る白面はため息を吐く。
将軍家の家訓を一般人である純夏達がいる前で暴露した白面に、斯衛の月詠が何か言いかけるがすぐに口を結ぶ。
「何故我が先程の桜花作戦での演説であんな事を言うたと思うておる?」
つい1時間ほど前のあの祭壇での白面の言葉を悠陽は思い出す。
「……それはやはり御方様が仰られたように人類が一致団結する事が今後の未来につながるからではないですか?」
悠陽が白面の質問に答える。
武も内心それに同意する。
それは前の世界で消える間際にも夕呼が言ってたことだ。
BETAがいようがいなかろうが人類同士が互いに協力できなければこの世界の人類に未来はないと。
「もちろんそれもある。……確かに今回の我の演説で今後は人類も協力して行こうという方針にはなるだろう。……だがだからと言って本当の意味で人類が明日から手を取り合って協力していきましょう言う事にはなるまい?」
「……それは」
白面の言葉に悠陽は否定する事はできない。
人間である自分が肯定するのは悲しいことこの上ないが白面の言うとおりである。
大体白面が言ったからすぐに協力して行こうと言う風になるのであれば、人類はとっくの昔に協力している。
それがわかっていながら何故白面はあんな理想論的な演説をしたのか?
「だが冥夜に悠陽よ。そなたらの話となれば別だ。2体で1体で最強……それは今のそなたらと真逆の事を指しておるのだがな?」
「「えッ?」」
意地悪っぽい笑みを浮かべる白面の意図が良くわからず、悠陽は僅かにうろたえる。
「……我がああ言うたからには『双子は世を別つ』というそなたらの掟を打ち破る事が出来るのではないか?」
「「…………あッ!」」
冥夜と悠陽の言葉がきれいに重なった。
確かに将軍家には厳しい掟がありそれを遵守する事は当然と言えよう。
例えそれがどれほど科学的根拠が無く理不尽なものだとしても、まずそういった掟が変わる事はない。
……だが白面がそれを否定したとなれば話は変わってくる。「これからは2人で煌武院家を支えていきます」みたいな事を言っても十分すじは通ってしまうのだ。
しかも全国生中継で白面の言葉が伝わっている。
こうなってしまってはむしろ否定する方が難しい。
「……まったく純粋なのは構わぬがせっかく与えられし好機を無に帰すのは愚かな事ぞ? 少しくらい我の言を利用するくらいの賢しさを持っても良かろう?」
「「…………申し訳ありませぬ。陽狐(御方)様に感謝を」」
双子のシンパシーだろうか? 俯き、同時にはもったの冥夜と悠陽はお互いの顔を見合わせすぐに真っ赤になって顔を背ける。
「で、では白面の御方様がああ仰ったのは冥夜様と殿下のため……だったのですか?」
何やら感動した様子で悠陽の後ろで待機していた紅蓮醍三郎は白面に尋ねる。
「少し……だけな? 後は先も言ったとおり人類の未来のためと、あの場で『それらしい』事を言う必要もあったのでな。……本当に少しだけだぞ?」
「……ありがとうございます御方様」
「私からもお礼を言わせてください」
人差し指と親指で僅かな隙間を作ってニヤッと笑う白面に、歯を食いしばった表情で敬礼を取る紅蓮は胸にこみ上げてくる物を必死に抑えている様子だ。
後ろの月詠や3バカもそれに続く。
「それじゃあ聞きたいんだけどアンタの言ってた『2体で1体で最強』の存在ってどんな奴らだったの」
白面の言葉に思わず夕呼が尋ねる。
「……我としてはあいつらの事はあまり思い出したくないのだが……そうさな。興が乗った故ついでに教えといてやる。その2体は前の世界で絶対無敵の存在として君臨していた我に『敗北』の2文字を与えた唯一の存在だ」
「「「「「「へッ?」」」」」」
……一瞬白面の言っている事の意味が武達にはわからなかった。
この目の前にいる白面に敗北を与えた?
いやいやそれは無いだろう。
いくら何でもそれは冗談が過ぎる。
そんな言葉が武たちの頭に浮かぶ。
「……それは嘘よね」
「ククッ! さてな? 最も今やったら我が勝つがな」
ふざけた口調だが負け惜しみを言うその様子から白面の言ってる事が本当だとわかる。
「さて冥夜に悠陽。もう1度だけ言うぞ? 結束の力の強さを我はよく知っておる。そなたら姉妹はその強さを持つ事ができるか?」
「ありがとうございます御方様。お任せください」
「わ、私も……その……あ、姉上と協力して行きます故」
「冥夜……」
顔を赤くしながら何とか『姉上』と振り絞ったと冥夜の手を悠陽は両手で包み込むように握り締める。
「う、うぅ~~よかったよ~~」
「うんうん……」
純夏や壬姫も感化したのか思いっきり泣きじゃくり、他の207B分隊も声には出さないまでも目に涙を溜めている。
「さて……我とした事が余計な事をしゃべりすぎたな。そろそろ出撃の時間が迫っておる故もう行くぞ」
冥夜と悠陽のそれぞれの頭にポンと両手を置き外に出て行こうとする。
「「あ、あの! 陽狐(御方)様に感謝を!」」
白面の背中に冥夜と悠陽がまた声を同時にかける。
しどろもどろになりながら礼を言う彼女らが可笑しく白面はつい笑みを零す。
「感謝などせんで良い。所詮は我の気まぐれ。それに実際問題そなたらが手を取り合えるかはこれからの努力次第だ」
白面は手の平をパタパタと振り、何でもないように言う。
「あぁそうだ…………それと言い忘れておったがこれは我からの礼と詫びでもあるのだ」
「礼と……侘びですか?」
「うむ。この数ヶ月間我を楽しませてくれた礼と、もう1つは冥夜を含む207B分隊、いや207部隊(仮)だったか? まぁどっちでも良いが」
白面は頭をポリポリ掻きながら振り返り純夏達を見る。
視線が白面とバッチリ合ってしまった純夏達は慌てふためく。
さっきまで泣きじゃくっていた彼女達は目を慌ててハンカチで拭く。
「え? わ、私達ですか?」
「あぁ、そなた達が高い志をもって衛士になるための努力を日々絶え間なく行っている事は知っておる……」
「「「「「「は、はぁ……」」」」」」
曖昧な返事をする純夏達を横に見ながら武は同意する。
確かに一緒に訓練していたわけではないが、彼女達がどんな思いで訓練を積んでいるのか想像に難くない。
「先程、榊も言うておったな『正規兵になって地球のBETA掃討作戦に参加する』と」
「え、えぇ……」
白面の言葉に自分の言葉を振り返り千鶴は頷く。
「すまんな。そなたらが正規兵になる頃にはBETAはこの星にはいない」
「「「「「「はい?」」」」」」
「知っての通り我は桜花作戦の後、BETAを駆逐するため日本を離れなくてはならぬのだが……どんなに時間がかかっても1ヶ月。それ以上はBETA共が粘ってくれまい」
白面の言葉に純夏達だけではなく、武も夕呼も悠陽もこの部屋にいる全ての者が言葉を失っていた。
白面の言い放った言葉は実質の勝利宣言であったからだ。
勝てると思いつつもいまいち現実味が帯びなかった事であったが、白面が口に出したことで、それがより明確な形となって武達の心の中に現れてくる。
「は……はは…………ッ」
思わず乾いた笑みを浮かべてしまった武を誰が責められようか?
「いやあ……本当すまんなぁ。その代わりとっととBETA潰してくるから許せ」
「あ……と……え、えぇ?」
未だに白面の言葉を理解できない純夏は日本語じゃない言葉をさっきから口に出すのが精一杯といった感じだ。
先程までの冥夜と悠陽の感動と白面の爆弾発言の連続攻撃は人間の正常な判断を奪うには十分な物であった。
その様子が可笑しいのか白面は嬉しそうに純夏の肩を叩く。
「我はこれよりBETA共を滅ぼす。そなた達はそこでゆっくり……そうさな、茶でも飲みながら見ているがいい」
最後にひとことそう言って白面は部屋を出て行く。
残された武達はしばらく現実を受け入れるため立ち尽くす。
白面の閉じた扉の音がバタンと部屋に大きく響いた……。
武と紅蓮、月詠達があわてて鉄原ハイヴへの出撃の準備を整えようと動き出したのはそれから10分後の事である。
◆
仙台基地のはるか上空。
西側にあるユーラシア大陸の方角を見る白面の髪が強風で煽られる。
今日は風が強いせいか雲の動きがやけに速い。
それはまるでこれから訪れる嵐かもしくは人類の追い風への前触れか。
「さて斗和子よ」
「はいッ! ここに!」
白面と一緒に空中に浮かぶ斗和子はそのまま肩膝を付いた状態で頭を下げる。
「そなたは先日言うておったな? BETAに単騎駆けをするような機会は自分にはないのかと」
「ハッ! 申しました!!」
「その言、嘘偽りないか?」
「ハッ! ございません!」
「BETAに対して暴力など野蛮な事はしたくないなどと言わないか?」
「まさかっ! いくら私でもその様な事は申しませぬ!」
「そうか……」
白面は振り返らずに腕を組みながら斗和子の言葉に頷く。
あの日……佐渡島ハイヴ攻略戦で感じた白面のBETAに対しての苛立ち。
その感情は白面の分身である斗和子も感じ取っていたようだ。
「ならば貴様も付いて来るが良い。その言葉を我に証明してみせよ」
「……ありがたき幸せ」
「フ……、陽の存在になってしまった影響がそなたに全部行って弱体化したかと思っておったが、何はともあれ安心したぞ?」
日が沈み薄暗くなった星空の元、白面は斗和子に笑いかける。
多少丸くなるのは良いが、さすがに斗和子の変わりようはさすがにきつい。
「ご安心を……わたくしは他人を守るためなら無限の力を発揮できますから」
「け……けえ…………!?」
やっぱり戻ってなかった……。
例によって似合わなさ過ぎる斗和子の言葉に一瞬空から落ちそうになった白面だったがすぐに体制を立て直す。
こめかみを押さえながらも頭を2、3回振り、白面は大きく笑う。
「ク……カハハ……まったくそなたは空気を読まぬか? 危うく死ぬ所であったぞ?」
「フフ……申し訳ございませぬ」
斗和子に対して免疫の付いた白面はため息を吐いて再び斗和子に背を向ける。
「まぁ良い。BETA共を倒すのに力を発揮できるのであれば問題はない。…………戻れ斗和子よ」
「……御意!!」
斗和子の体が人間の形から徐々に変化して、やがてそれは大きな白面の銀色の毛のような形となる。
斗和子だった存在が吸い込まれるように白面の体に飛び込み、そして消えていく。
誰もいなくなった上空で白面は数秒間1人たたずむ。
『さてと……そろそろ我も行くか』
白面の声が人間の女性のものから重さを含んだものへと変わる。
眩い光に包まれながら徐々に獣の姿へと変貌をとげるその光景はいつ見ても幻想的。
星明りに照らされ白銀に輝く体毛と九つの尾を持つその姿。
圧倒的なまでの巨体が仙台基地に影を落す。
佐渡島の時と同じように誰もがその姿に戸惑い言葉をなくす。
だがそこから放たれる圧力はあの時より更に数段上回る。
何故なら佐渡島の時と違い、白面の尾には斗和子、シュムナ、くらぎ、あやかしの姿があり、もう2本の尾からは婢妖と黒炎が次々と湧き出している。
生き物とは違う形をしているのは無数の刃で出来た尾と、雷と嵐を身に纏った尾。
変化していないのは9本目の尾だけである。
完全に戦闘態勢に入った白面の姿がここに来て初めて現れた。
白面が鋭い目を細める……。
その視線の先に映るは1973年に完成して以来の難航不落の要塞オリジナルハイヴこと通称カシュガルハイヴ。
『BETA共よ、我を見るがいい。……見て恐怖せよ。おのれらの恐怖こそ、未知の我に対する恐怖こそが! 我の……力なれば!!』
難航不落の要塞に向け、無限の暴力を乗せた9つの尾を持つ白銀の獣が飛び立った。
……この日この瞬間、BETAに対する破滅の鐘が鳴らされたのであった。