第拾八話 散り逝く者達
作戦ポイントまで後4000……。
『――02フォックス1ッ!!』
武の突撃砲が咆哮を上げる。
危うく撃墜されかけたと言う先程の汚名を返上せんとばかりに操縦桿を握りスロットルベダルを踏み込む。
操る不知火の一帯がまるで暴風域。
射程に入ったBETAを次々の躯に変えていく。
『オラァー!!』
空中で武器を持ち替え着地と同時に先行入力したコマンドで戦車級を切り裂く。
その流れるような機動には一切無駄が無い。
『……さすがに2個師団規模になると数が多いな』
婢妖が後方にいる光線級を上手く押さえてくれているため高度を確保できるのがありがたいが、それでもBETAの突破力を止めるのはやはり困難だ。
『ひるむな! 作戦ポイントまでもう少しだ! A-01の気概を見せろ!』
『『『『『――了解!!』』』』』
伊隅の叱咤に武達も答える。
先程光線級を片付けにいったヴァルキリー10以外ここに残っていた婢妖戦術機は4機だが、現在その内の2機が大破している。
もっとも大破してもまたBETAに取り憑き2個小隊程度(約80)のBETA群を作って押しとどめてくれているのだが……。
BETAに取り憑くとBETAから攻撃を受けなくなるという、人間からすれば羨ましい事この上ないメリットがあるのだが一方デメリットも存在する。
それは攻撃力が一気に低下すると言う点だ。
戦術機とBETA、1対1のタイマン勝負ならBETAは戦術機の相手にならないのだ。
BETAに取り付いた婢妖も出せる力はBETAと同じ。
攻撃は確かにしてこないが一方そう簡単にもやられてもくれない。
攻撃を仕掛ければガードぐらいはしてくる。
ましてやこちらは小隊規模、師団規模のBETAを押さえるには数が少なすぎる。
『おのれぇ……ちょこまかとッ!』
要塞級に取り付いた婢妖が苛立ちの声を上げる。
10本の足で下にいるBETAを踏み潰そうとするが、蜘蛛の子を散らすように逃げまどいなかなか思うように潰されてくれない。
『このまま溶けてしまうがいいッ!!』
モース硬度15以上のかぎ爪が同じ硬度を持つ突撃級の装甲殻に当たる。
戦術機の装甲ならやすやす貫ける威力だが突撃級の殻は貫けない。
だが衝突した際にかぎ爪の先端から強酸溶解液が発射される!
『――くッ!』
ジュゥゥウという熱した鉄板に油を大量にぶちまけたような音を立てながらも突撃級は自分の足元をすり抜けて行く。
人間くらいの大きさならあっという間に溶かす要塞級の溶解液だが、さすがに15mを越すBETAくらいにもなると表面を焼くだけで効果が薄い。
それでも婢妖は触手を振るおうとするも、ガクンとかぎ爪の先端に重みを感じる。
見ると戦車級が沢山しがみついて来ているではないか。
それはまるで仲間同士のケンカを仲裁しているように見える。
『鬱陶しい……ならば要塞級などいらぬ!!』
そう言って今度は自分に纏わりついていた数十体の戦車級に憑依する。
触手に張り付いていた戦車級が婢妖に操られ要塞級によじ登りその強靭な咬筋力で三胴構造部の結合部に噛り付く。
白面が学んだ座学でここの部分が弱点だという事を知っているのだ。
蟻に纏わり疲れた芋虫のように要塞級がのたうち回るがいかんせん数が違いすぎる。
やがて結合部の一部が食いちぎられ、そのまま要塞級は佐渡島の大地に沈む。
数十秒かけてようやく1匹……。
効率が悪すぎる。
BETAに取り憑いた婢妖は群れのど真ん中で奮戦している。
前面で戦うとBETAと区別がつかないため、そのまま人間の攻撃を受けてしまう恐れがあるのだ。
しかし婢妖が暴れまくってくれているおかげで、人類側の損耗はかなり低く済んでいる。
だが……そう、あくまで低く済んでいるのである。
……決してゼロではない。
◆
『くそッ! こいつら味方を盾に……!』
数万規模のBETAが押し寄せてくると自然と前面に死体の山が溜まる。
それがバリケードの役割となりBETAの壁が押し寄せてくるのだ。
とてもじゃないか押さえきれない。
こちらがいくら策を弄しようとその圧倒的物量の前では意味の無い物とか化す。
単純な突撃戦法しか使えない下等生物がと帝国の衛士が歯を食いしばり、操縦桿を握り締める。
『次から次へと……! キリがねぇ!』
後から無限のように湧き出てくるBETAの数。
『ぼやくなッ!! ありったけの弾丸をお見舞いしてやれ!』
帝国軍戦術機甲隊の衛士が撃震を操る。
最早狙いなど定めていない。
握られた87式突撃砲のトリガーはずっと押しっぱなしの状態である。
無駄弾を抑え効率よくなどという座学の基礎など最早忘却の彼方だ。
『ぐ、……うわぁあああッ!!』
1機の撃震が突撃級の群れにのみ困れる。
『う、うわぁああーーッ!! よくも、よくもぉーー!!』
どんなに精神訓練されていたとしても人間は機械のように割り切る事なんてできない。
昨日まで普通に会話をして普通に一緒にメシを食べていた友人の死に帝国衛士は我を忘れる。
『何をやってる! 陣形を乱すなッ!』
『……くッ、う……ぅぅ』
涙を飲み込み、男はギリギリの所で仲間を失った悲しみに飲み込まれることなく一瞬の内に立ち直る。
だが……。
『……え?』
その一瞬を……。
『ヒ……ヒァアアーー!!』
見逃すほど戦場の死神は気が長くは無かった……。
『――03ッ!!』
隊長と思しき男が声を張り上げる。
部下の撃震と突撃級の前面装甲殻とが衝突するまでのコンマ数秒間、まるで連続写真を見せられたように隊長の脳裏にハッキリとその光景が焼き付けられた。
『ガハッ!!』
高さ18mにも及ぶ撃震が宙を舞う。
ひしゃげる機体、砕け散る装甲。
人類の科学の粋を集めた戦術機がBETAの繰り出す一撃の下に、まるで粘土細工のように脆く儚く崩れ去る。
これが戦場、これが人類の存亡を掛けたBETA大戦における現実なのである……。
◆
『10時の方角に戦車級ッ!』
『――了解ッ』
作戦ポイントまで後3000m、伊隅ヴァルキリーズも奮戦を続ける。
後退作戦においては前衛も後衛もない。
両手、あるいは背部のサブアームから構えられた計4門の突撃砲、肩部に備え付けられたミサイルランチャー、それぞれが持つ自分の得物を用いて迫り来るBETAを駆逐する。
単純に距離を保つだけならBETAの機動を上回る戦術機を持ってすればさほど難しい事ではないだろう。
だが物事はそう上手く行かない。
地球の進化の過程ではありえないその図体の大きさ。
それが『地下』から大群を成して侵攻してくる言う事はどういう事か?
自然と地表出口の『門』付近にBETAが溜まり、大渋滞を引き起こすのである。
それが人類にとって非常に都合が悪い。
とっとと全てのBETAが出てくれれば、こちらとしても作戦ポイントまで真っ直ぐ引くことが出来るのに、ちんたら出てくるため人類は戦線を維持しながらも時間稼ぎをしなくてはならないのだ。
だがBETAの大群はよく『津波のように』など自然災害を比喩とした表現がされる事が多い。
なるほど確かにその通りである。
大海原から押し寄せる津波に36mmや120mmなどの弾丸をいくらお見舞いしようともその侵攻を食い止める事が出来ないのと同じように、群れで押し寄せるBETAの突進を食い止めるという単純な作業がどれほど困難な事か!
『――ちぃッ!』
また婢妖戦術機が胸部を貫かれて大破する。
これで婢妖戦術機は残り1機だ。
『……憑依完了』
『……ッたく、何だかずりぃな!』
また周辺のBETAに取り憑く婢妖を見て武は苦笑する。
最初は戸惑いを隠せなかったが見慣れてくると頼もしい事この上ない。
もはや諦めた形で軽くため息を吐く。
だが羨ましがっていても仕方が無い。
自分は自分のできる事をするのみだ。
今度は2時の方角に群がる要撃級に狙いを定める。
武の機体が僅かに腰を落して水平噴射跳躍せんと跳躍ユニットに火を灯す。
『……!!』
いきなり武の視界に飛び込んでくる機体が5機。
赤に白に黄色……戦術機というには何とも派手な塗装である。
それが一気に自分の狙いを定めた20体の要撃級を駆逐する。
『……獲物を横取りして悪かったな』
『月詠中尉!!』
鮮やかなエメラルドグリーンの長い髪を団子状に束ねた帝国斯衛の月詠真那中尉が不適な笑みを浮かべる。
その表情を見て、この人達も来ていたのかと思わず心強い援軍に声を上げる。
だがそれよも彼女らが乗っている独特のカラーリングの機体。
『……武御雷』
宗像がその機体にいち早く気付き名前を口にする。
『……な、なんで?』
武の記憶では武御雷は別名『00式戦術歩行戦闘機』つまり来年……あと数ヶ月先に配備される予定の機体である。
それが何故ここにあるのか?
『フ、何……祖国奪還の反抗作戦にこの機体が参加できなかったでは情けないからな。少々製作スタッフの者達には無理をしてもらった』
『なるほど……』
目の前に映った大男の男性の説明を受けながら内心『誰だ? このオッサン?』と思いながらも武は納得する。
人間には面子と言うものがあり、それが国の威信に関わる事なら意地でも完成を間に合わせるという事は確かにある事だ。
前の世界ではこの時期では普通の間引き作戦が行れたのであろう。
だが今回は違う。
白面の存在により予定が切り替わり最早完全にこの世界は別の時間軸を歩んでいる。
戦術機の完成の予定日を数ヶ月早く繰り上げようとするくらいは普通に起こりうるだろう。
もっとも製作スタッフやテストパイロットなどは毎日激務に追われ今頃死にかけているだろうが……。
『……貴様……名は?』
『は……はいッ! 国連太平洋方面第10軍、仙台基地所属白銀武少尉であります!!』
いきなり自分に声を掛けてきた男に思わず武は敬礼をしてしまう。
その身に纏った雰囲気から明らかに格上の存在と理解したのである。
とはいえA-01は特殊部隊のため迂闊に本当の所属は名乗れないが。
『そうか……貴様が……私は帝国斯衛軍戦術機甲部隊大将、紅蓮醍三郎だ』
『こ、斯衛軍の……た、大将ッ!!』
思わず武は声を上げる。
驚くのも無理も無い。自分は少尉、相手は大将……軍の中で1番トップの人が1番下っ端の自分に声を掛けてきたのだ。
何で自分の事を? そう思う武だったが思い返すといくらか心当たりはある。
例えば目の前にいる月詠だ。
何だかんだで将軍家と縁のある冥夜と交流があったのだから自分の上官に報告していても可笑しくは無い。
他にもXM3のトライアルの結果を帝国に夕呼が売りつけた可能性だってある。
XM3の開発に携わった人間が訓練兵で、尚且つその人物が正規軍を抑えてトップの成績を叩き出したとなれば帝国に大きく売り込む事が出来るであろう。
慌てふためく武の様子を見て紅蓮はフッと笑う。
『……皆の者ッ!! 作戦ポイントまで後僅かだ! 人類がBETAなどに負けぬということを見せてくれようぞッ!!』
『『『『『――了解ッ!!』』』』』
その野太くも自分達の内にある何かを震わす紅蓮の声。
同じ台詞を自分が言ってもこんな重みは感じられないだろう。
なるほど……。
これが歴戦を潜り抜けた最強の衛士のみが出せるカリスマなのかと武は実感する。
帝国最強の部隊と国連最強の部隊が陣を組み、迫り来るBETAを抑える。
それは正に戦術機の張る結界と言えるだろう。
何人たりともこの領域に入る事は許されない。
『……すごい』
帝国斯衛の衛士、篁唯依少尉は思わず声を上げる。
口から出るのは感嘆の声、されど内心は複雑な心境であった。
紅蓮と月詠達と一緒に自身の黄色の武御雷を操る彼女の視界に映るのは蒼い不知火の軍勢。
遠目からでも彼らの機動は他の部隊と比較しても常軌を逸していた。
それが近くで見たらより顕著であった。
自分達は帝国斯衛軍。つまり帝国において最強の存在であると自負している。
だが……悔しいが目の前の部隊は自分達よりワンランク上の実力であることが分かる。
つい先日完成したばかりの帝国最新の戦術機である武御雷より不知火の方が機動に優れてるなどあってはならない。
だがあってはならないことが目の前で起きている事実。
恐らくアレが極東の牝狐が開発したという新型OSなのだろう。
……噂には聞いていた。
つい1ヵ月ほど前に仙台基地で行われた新型OSのトライアルがあり、それを装備した訓練兵がベテランの正規兵を圧倒したと言う話を。
帝国の上層部にあの牝狐がまた高値で売りつけて来たという情報が流れた時、自分ら斯衛は当然反発の声を上げた。
同じ日本人のクセに帝国にではなく米国よりの国連に所属し、尚且つ日本を敬おうとしない香月夕呼の評判は帝国の中でも評判が良くない。
トライアルの結果は新型OSがすごいのではない。国連の衛士が情けないのだ。
そんな話がまことしやかに囁かれていたが、認識を誤っていたのは自分達の方だと思い知らされた。
『……負けるものか』
唯依は今の己の不甲斐なさを噛み締めるように呟く。
このOSを目の当たりにした上層部はOS提供の代わりに吹っ掛けられる香月夕呼の無理難題の要求を呑むだろう。
だがその程度の事は最早安いものだ。
目の前にある更なる高みへ登れる階段の扉を開らけるのなら……。
『……フ』
更なる高み……。
それはなんと甘美な響きであろうか。
高鳴る胸の鼓動。
唯依は自分の網膜に映し出されるBETAの群れに意識を集中させる。
自分の口元が微笑を浮かべてるのに気付かないまま……。
◆
『――月詠ッ!! 10時の方向の突撃級を片付けろッ! 巴は大型の隙間からくる戦車級を36mmで蹴散らせッ!!』
『『――了解ッ!!』』
月詠達に指示を出したまま紅蓮の放った120mmの徹甲弾が突撃級の装甲を貫き、制御を失った突撃級の身体が下に居た戦車級を押しつぶす。
『……すげぇ』
一方武のほうも内心驚愕していた。
自分の視界に移る赤い武御雷は紅蓮醍三郎の動き。
武の中で今まで最強クラスの衛士と言ったらあのクーデターの時の沙霧大尉や月詠中尉、それにA-01の面々だが、目の前の人物は何と言うか格が違う。
自分の最大の利点はとにかく動き回る所にある。
今までの概念にない機動力を持ってBETAを駆逐していくのが自分のスタイルだ。
対して紅蓮大将の機動は自分とはまるで逆である。
可能な限り無駄な動きをしないで効率よくBETAの数を削っていく。
その洗練された動き……。
銃口の角度を微調整するだけで何体ものBETAの体に吸い込まれるように弾丸喰いこんでいく。
例えるなら一流の料理人の包丁捌き。はたから見れば簡単そうに見えるが1度でも戦術機に乗った事のある者なら、その神業ともいえる技術力をうかがうことができる。
基本のレベルがまるで違う。
いつ? どこで? どのタイミングでどの行動を選択するのか? 究極までに鍛えられた洞察力と判断力が紅蓮の最大の武器といると言える。
XM3のキャンセルや先行入力などは所謂、操作ミスや緊急回避などにその効力を発揮する。
だがXM3の無い戦術機で、何十年と戦場を潜り抜けてきた彼にはそういった操作ミスは許されなかった。
そんな状況下の中でも生き残ってきた経験から取得した業。
それは最早美しいとさえ言える領域だ。
特殊な才能などいらない。誰でも取得できる業である。
……もっともそれは生き残る事が出来ればの話であるが。
この地獄とも言える地球上に何十年と生き残る事の出来た衛士など一体どれだけいると言うのか?
今日もまた100名近くの衛士が若くしてその命を散らしているのだ。
『――HQッ!! 今の状況は!?』
紅蓮が叫ぶ。
『――作戦ポイントまで残り1500、地下に隠れているBETAは残り2個旅団規模(約8000)と思われます』
『『『――了解ッ!!』』』
HQの報告に答えるものの、まだ半分より少し多く引きずり出した程度なのかと言うのが正直な所だ。
『あぁー! もう、うざってぇなッ!!』
武のコックピットに映る孝之も苛立っているのが分かる。
それは全員同意である。
作戦ポイントまで到達してもおびき出したBETAの数が少なくては意味が無い。
まだ時間を稼がねばならないというのか?
『ぼやくな鳴海!! 貴様は11時の方向を担当しろッ!!』
『――了解ッ!!』
みちるの命令に答えながらも孝之は操縦桿を操作する。
機体が沈み込み跳躍ユニットの噴射角度が地面と平行に近い状態で保たれたその時だった――!!
『ッ!! あぶねぇッ!!』
水平噴射跳躍をキャンセルした孝之は自分の不知火の姿勢制御に入る。
予期せぬ出来事、孝之の不知火の横を一条の閃光が掠めて行ってバランスを崩したのである。
その閃光の正体は重光線級のレーザー照射。
突然BETAごと吹き飛ばしながら『それら』は姿を現した……。
『待たせたな。少々手間取った』
『あ、あんたら……婢妖か?』
目の前に現れた光線級が突然話しかけてきたため、孝之はその正体を知る事が出来た。
『遅かったなぁ。ヴァルキリー10?』
最後の婢妖戦術機ことヴァルキリー8が話しかける。
そう、モニュメント付近に光線級を抑えに行った婢妖が光線級に乗り移って戻ってきたのである。
『すまなかったな。最初は光線級を押さえるだけにしようと思ったのだが、光線級に乗り移って支援砲撃をした方が良いと途中で気付いたゆえ、少々遅れた』
そう言いつつまるで詫びいれる様子もなく婢妖は軽い口調で答える。
確かに婢妖の言うとおりである。
今まで煮え湯を飲まされてきた光線級が自分達の援護に回ってくれるとしたらどれだけ心強いか?
『……さて、作戦ポイントまで後1000、少しは気合見せろよ? 人間ども』
『オ、オォッ!!』
『ハッ! 上等ッ!』
婢妖の挑発的とも言える口調に人類も笑って答える。
重光線級3体、光線級40体のレーザ発振器官が一斉に光り出した……。
◆
『そらそら! 作戦ポイントまであと少しだぞ!』
『はははっ! カッコつけて登場した割には微妙な成果だったなヴァルキリー10?』
婢妖の援軍が辿り着いたものの人類側はそのまま後退を続ける。
『くくく。その通りだなぁ』
『まったくだ』
『カカカッ! BETAの真の脅威は物量とは良く言うたものよ』
他の婢妖にからかわれながらもヴァルキリー10は笑いながらBETAの群れにレーザー照射を続ける。
そう、人類にとって厄介な光線級のレーザーであったが他のBETAには思いのほか効果は薄かった。
これは別にBETAがレーザー対策をしていたわけではない。
その特性上自然と効果を半減させていたのである。
まず上げられる大きな理由が突撃級だ。
基本BETAの群れの前面に出ている突撃級の堅い装甲……。モース硬度15以上のその身体は戦術機母艦以上の耐熱耐弾装甲と言って良い。
重光線級のレーザーも十数秒間耐えてくる上、小型の戦車級は突撃級の陰に隠れているためレーザーを当てにくい事この上ない。
婢妖が取り付いているため浮き上がってレーザー照射を行い、なぎ払うと言う事もしているのだが突撃級は前面だけに居るわけではない。照射線上の遮蔽物となり自然と他のBETAを守る形となっている。
他の大型の要撃級や要塞級もその巨体を覆う肉厚は小型の光線級のレーザーなら無力化するまで数秒間の照射が必要だ。
戦術機の耐熱耐弾装甲には及ばないもののそれに近い防御力を持っているといえた。
物理ダメージを与えられる人類の劣化ウランの弾丸なら一瞬で無力化できるが、光線級のレーザーではそうも行かない。
一瞬と数秒……その差は天地ほどの差がある。
さらに厄介なのは光線級自体の特性だ。
小型の光線級の照射インターバルは12秒、重光線級の場合は36秒……はっきり言って連射が効かない。
他の婢妖と同じようにBETAの群れのど真ん中で暴れる事できれば少しは違うのだが、そうも行かない。
人類の戦術機に当たる可能性があるからだ。
1分間で駆逐できたBETAの数はおよそ100体ほど、これが人類側だったら……100機の戦術機が1分間で撃墜されたとなったら致命的な損傷だが、物量が自慢のBETAからすればどうと言うことはない。
『――HQより全機に告ぐ! これより挟撃飽和攻撃に入る! 全機退避せよ! 繰り返す全機退避せよ!』
『『『『『――ッ!!』』』』』
突然入ってきたHQのコール。
待ちに待ったコールに思わず心臓の鼓動が大きく鳴る。
……だが。
『な、なんで……?』
水月が思わず声に出す。
当然だ。まだBETAは全部地上からおびき出していない。
まだ1個旅団(約4000)くらい残っているはずだ。
『……速瀬少尉、仕方ありません。指示に従いましょう』
『……えぇ』
宗像の言葉に水月は表情を曇らせながらも納得する。
予定より早くHQからの指示があったのは想像がつく。
自分達はあくまで白面の前座だ。
このまま時間稼ぎをして被害を増やすより即時退避させた方が良いという上の判断なのだろう。
それは理解できる。
理解できるが……やはり悔しい。
BETAに背中を向け噴射跳躍をせんと跳躍ユニットに火を灯す。
BETAは確かに機動力があるが戦術機は更に速い。最大700km/h以上の速度を出せる。その速度は突撃級の比ではない。
佐渡島の北部は比較的幅が狭い。戦術機の速度なら一気に海上の戦術機母艦まで避難する事が出来るだろう。
『……おい! あんた達何やってるんだ!? 戦艦からの飽和砲撃が来るぞ!』
『総員退避命令が聞こえなかったのか!? 早く離脱するんだ!』
メインカメラに映し出された婢妖戦術機、及びBETAに取り付いた婢妖が一向に動こうとしない様子を見て武と月詠が叫ぶ。
『かまわん。先に行け』
『我らはここに残る』
『『――な!?』』
婢妖の言葉に武達はその意図を理解できずに声を上げる。
『……わからぬか? 我らが今、BETAの憑依を解除したらどうなると思う?』
『光線級が自由になり支援砲撃を打ち落とすだろうなぁ』
『それだけではない。離脱している貴様らも背後から照射してくるだろう』
その言葉で武達は婢妖が何をしようとしているのか分かってしまった。
『……あんたら……死ぬつもりなのか?』
つまりこのまま来る支援砲撃によりBETAもろとも吹き飛ぼうというのだ。
『成り行き上そうなるな』
『そうなるなぁ』
『まぁ、仕方があるまい』
まるで自分の買い物のついでに頼まれたお使いのような気軽さであっさりと受け答える。
『バッ……!! 何……言ってるんだ……!? 仕方無いって何だよッ!!』
多くの人間の死を見てきた武には今の発言は許せない。
まるで死ぬことが怖くないと言うその発言。
……だが確かにそうなのだ。
人は土に生まれ土に死ぬ。土に死ねばもう再び返っては来ない。
それにもかかわらず土からかえってくるのが妖怪なのだ。
ましてや婢妖は白面の使い魔。
どうして死など恐れるはずがあろうか?
『……何を言うておるのだ? 光線級も減らせて利もあろう?』
『ついでだ。他のBETAも我らが抑えておこう』
『海などに逃げられぬようにな』
武は喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
武だけでない。婢妖の言葉は正しい事を言っていると理解したのだ。
『……もうよせ白銀少尉。飽和攻撃が来るぞ』
『…………』
月詠が武の心中を察したのか静かな声で諭す。
このままごねて、自分達も砲撃に巻き込まれてしまっては意味が無いのだ。
『分かったらとっとと行け』
『邪魔だ』
『失せよ』
婢妖の言葉に武は下唇を噛みながらも敬礼する。
『……オレ……桜並木に行きます! ですからッ! また会いましょう!』
武は戦術機を操り踵を返し、そのまま噴射跳躍で戦線離脱を図る。
ぐんぐん小さくなっていく婢妖たちの姿。
不知火が映し出すその姿を見て武は後悔する。
何だかんだ言って自分達は婢妖のことを毛嫌いしていなかったか?
醜悪であるというただそれだけの理由で。
特別演習にしたって自分達のためをこそ思えば必要な事であった。
それなのに彼らは自分達を守っていてくれていたのだ。
『――総員退避ッ!! よいか!! 1人たりとも逃げ遅れることは許さん! これは厳命である!!』
今回の作戦の最高責任者、小沢提督が直々に命令を下す。
その声はもはや怒鳴り声に近い。
彼もまた婢妖の行動に胸に来るものがあったのだろう。
『……あいつら……我らの事を何か勘違いしておらなかったか?』
『しておった』
『しておうたな』
佐渡島の東西の沖合いに引き上げていく戦術機の後ろ姿を見ながら婢妖の1体の言葉に他の婢妖が同意する。
『と言うか……』
『桜並木とはどこだ?』
『知らん』
『仙台基地のあそこではないか?』
並行世界の横浜基地にも桜並木が植えられていたように、仙台基地の門前にも桜並木が広がっているのである。
春に満開に咲く桜の景色はBETAに蹂躙されたこの世界の日本人にとっても数少ない楽しみの一つなのだ。
『……あぁあそこか』
『だが何故桜並木なのだ?』
『知らん』
一言バッサリ切り捨て最後に1機だけ残った婢妖戦術機ヴァルキリー8を中心とした円壱型(サークル・ワン)の陣形を婢妖に取り付いたBETAが組む。
『さて……逃さぬぞBETAども』
『少しの間だが』
『今しばし我らと遊んでいけ』
後数分後には自分の命が尽きることが決定しているにも関わらず婢妖はどこか楽しげですらある口調だ。
『HQより婢妖戦術機――』
作戦旗艦の最上からオペレータの声がヴァルキリー8の婢妖戦術機に届く。
『……なんだ?』
目の前に迫り来る大多数のBETAに残った弾丸を全て使い果たすつもりで撃ちまくる婢妖は、その声に答える。
『全戦術機甲隊が退避するまでの数十秒間だけですが御方様と話せますが、いかが致しますか?』
それは多分、小沢提督だけでなく他の人間からの心遣いなのだろう。
一瞬婢妖は自分達は念話で白面と会話できるから別にいらないと答えようとした。
だがそこで踏みとどまる。
『……ではよろしく頼もうか』
オペレータの了解しましたという返事と共に、自分達の主である白面の顔がコックピットに映し出される。
『…………』
白面は無言。
ただ婢妖の言葉を待つ姿勢だ。
『……御方様。1つ、この婢妖……前の御伽の世界の事を思い出し申しました』
『ほう……何を思い出したか?』
婢妖は少し間を起き自嘲気味た笑い声を上げる。
それは本当に自分の事が情けなく……どうしようもないといった笑い方だ。
『この婢妖は……御方様の命令を達成した事が無いという事です』
そう、婢妖が白面に命令されていた最大の任務は『獣の槍の破壊』であった。
最後の使い手である蒼月潮の手に獣の槍が渡ってから何度も破壊を試みたが、その全ては失敗に終っている。
いや蒼月潮に渡るその前……500年近くも獣の槍は担い手の元に渡らず金色の獣『とら』に突き刺さった状態で封印されていた。
それほど時間、絶好のチャンスがあったのにも関わらず自分達は獣の槍を破壊する事は出来なかった。
『……くくく、あぁそうだ! そう言えばそうであったなぁ。そなたらは我にいつも『任務失敗』の報告ばかりしてきおったわ』
白面も懐かしそうに笑う。
こうして思い返してみると婢妖のダメッぷりが鮮明に蘇り逆に可笑しい。
『無能な部下で申し訳ありませぬ』
『ですがこれでようやくこの言葉がいえまする』
婢妖はここで一拍置く。
次の言葉に今までの想いを全て込めるために。
『御方様……任務完了致しました』
『うむ、大儀であった』
◆
「――挟撃飽和攻撃成功! 面制圧完了しました!」
作戦旗艦の最上のオペレータの報告が管制室に響く。
艦隊からの砲撃による爆炎が遥上空まで土煙を巻き起こした佐渡島の様子を映し出す。
『……小沢提督』
『紅蓮大将ですか』
モニター画面に映し出された紅蓮の表情は眉間に皴を寄せ、目にはまだ戦意の炎が灯されている。
『まだ……作戦の最終段階が残っておりますな?』
そう面制圧完了後、残ったBETAを駆逐するというのが作戦の最終段階だ。
これにて佐渡島の間引き作戦は終了する。
もっともこの作戦をやるかどうかはこの時点の残存兵力がいくらあるかでその判断が変わる予定だったが。
『我らはまだ十分に余力が残しておりますぞ……早く命令をッ!』
『『『『…………………』』』』
戦術機母艦に退避した戦術機は推進剤、及び弾薬を補充を完了させていたのだ。
先程の婢妖の行動が人類の闘争心に火をつけたのだろう。
紅蓮の言葉に自分らも同じだとばかりに沈黙を持って小沢の命令が下されるのを待つ。
その心意気を理解したのだろう。
「オペレータ、今の損耗率はいくらだ?」
「はッ! ウィスキー全体の損耗率26%。エコー全体の20%。共に作戦継続に支障ありません」
「……予想ではこの段階で35~40%の見通しでしたが、だいぶ軽く済みましたわね」
夕呼の言葉に小沢は大きく頷く。
「全機に告ぐッ!!」
「……もう良い」
小沢が最終段階の命令を下そうとしたその時であった。
白面が小沢の言葉を遮る。
「……え?」
「……もう良いと言った」
「何を……? 御方様……?」
白面の発する雰囲気を察したのだろう。
思わず小沢は言葉を飲み込む。
体から汗が吹き出る。
空気が重く、冷えていく……。
その圧倒的なまでのプレッシャーは今までBETAを相手にしてきた小沢すら感じたことの無いものであった。
沈黙が流れる管制室に白面の一言だけがはっきりと流れた。
「……後は……我がやる」
あとがき
なんだか婢妖がカッコいい事になってしまいましたが、次はようやく御方様登場です。
TEの篁唯依は特別出演という感じです。
唯依だけでなく他の斯衛も出さなくても良かったんですが、このままだと帝国の影薄くなってしまいますし、自分好きなんです。武御雷。