第弐話 白銀と異世界の獣
<白面>
獣の槍の少年―――蒼月 潮
我を生み出した人間―――シャガクシャ
二人に破れ、我の意識は虚空を漂う。
結局我は太陽の下で生きる事はできない宿命だったか……。
最後のあの戦いで見せつけられた人間、化け物たちの強さは我の想像をはるかに超えていた。
我の意識が消えていく…… 闇の中に……。
(……し……に誰か強い味…………たら誰でも……んでもいいから、ここと…………いつらを助けてやってくれ)
……ん?
何か人の声が聞こえたような気がしたが……。
(………………こことは違う世界であいつらを助けてやってくれ)
いや、聞き違いではない。
これは助けを求める声、しかしよりによって我に助けを求めるとは……。
しかしこのまま消えるよりかは、この声に従うのも悪くはないのかもしれない。
我はその声を頼りに意識を向けていく。
暗闇の中その声だけが松明のように我を導いていき、やがて視界が光りに包まれていった。
「ここは……」
声を頼りにたどりつき、気がついたらそこは穴倉の中だった。
いや、穴倉というより牢屋といった方が良いか。
まわりの壁は自然に出来たそれではなく、人口的につくられた物を感じさせる。
広さはおよそ400平方メートルといったところか?
周りを見渡してみるとおよそ100名のほどの人間がしゃがみ込んでいる。
どの人間も目に光がなく絶望に打ちひしがれている。
フム、これはよほど危険なところなのかも知れぬな。
周りの人間の服装から我が滅んだあの世界とそう時代的には大差ないだろう。
そしてあの時代の人間はこんな洞窟のようなものは作っていなかったハズ。
ということは恐らくここは化け物の巣なのであろう。
そう思案しながら、我は自分の体を確かめる。
見たところ今、我の体は人間に変化しているようだ。
さすがにもとの姿でいきなり現れたら周りの人間も気付いているだろう。
自分の両手を握ったり開いたりしてみる。
……力の方はあの槍の少年との戦い時とまるで変わらないな。
体の方も今は人間の姿だがその気になれば元の姿に戻れそうだ。
「……ん? これは?」
思わず我は声を漏らす。
ここに来て初めて我は今までと違うところに気付く。
自身の中から感じる陰の気…… 闇の力が消えているのだ。
変わりにあるのは陽の気…… まさか違う世界に来たことで生まれ変わったというのか?
自身の体をキョロキョロ見ながら確認する。
やはり間違いない。
我の戦闘能力やその他のスキルに変化はないようだが、根本的な性質が変わっている。
その証拠か、人間や他の生き物に対する憎悪による破壊衝動が消えている。
「……クッ!」
自然に笑みがこぼれる。
何ということか…… 前の世界ではあれほど望んでいても手に入らなかった太陽の下で生きていける資格。
それがいきなり手元に転がり込んでくるとは。
これはきっかけをくれたあの声の願いを聞いてやらねばなるまいな。
「タケルちゃん……」
突如聞こえる人間の女の声。
見るとそこには頭を抱えている少年と、それを心配そうに見つめる少女。
「あの少年は……」
何となく気になる。
もしやあの少年が我をこの世界に呼び寄せた存在なのではないか?
寄り添うように座っている2人に近づいていく。
「……おい、そこの人間」
しゃみこんでいる少年に声を掛ける。
しかし返事が返ってこない。
なにやら思考に没頭しているようだ……。
ムカ! この我を無視するとは。
機嫌良いから許すものの普段なら……っとイカンイカン。
我はもう陰の存在ではないのであったな。
存在の形は違ってもそう簡単には考え方は変わらないということか。
「おい!! さっきから呼んでいる!!」
我が大声を上げて初めて少年はこちらを見る。
「まったく…… この我を無視するとはな」
そうぼやき我は少年に顔を近づける。
少年は何やら脅えた表情でこちらを見つめてくる。
……せっかく生まれ変わったというのに初対面で脅えられるとはな。
今の我はそんなに醜い姿はしていないはずなんだが。
我は自分の眷属である婢妖を少年の頭に1匹滑り込ませる。
もちろん婢妖の姿は普通の人間には見えないようにしてだ。
別にこの少年の精神を破壊するのが目的なのではなく、ただ記憶を軽く覗くだけで何の問題もない。
「フム」
なるほどやはりこの少年が我を呼んだ者のようだな。
それにしてもBETAか……。
てっきり化け物の巣窟と思っていたが……まぁある意味間違いではないが地球外生命体の巣だとは。
そしてこの世界では我のような妖怪は存在しないようだな。
少年の名前は白銀武、もう片方の少女は鑑純夏か……。
「ちょっと! タケルちゃんに一体なんの用なの?」
「……いや何、我を呼んだ人間の存在を確認しただけだ。貴様が我を呼んだ人間であろう? みんなを助けてほしいと」
「あ、あんたは一体……」
我の言葉に身の覚えがあるのか白銀は狼狽しながらも気を落ち着かせているようだ。
「我か? 我は…… 『白面の者』」
<白銀 武>
「白面の者?」
何とも変わった名前だな……。いやって言うか名前なのか? それ?
そう名乗った目の前の女性は、何とも言えない表情を浮かべる。
「……まぁ、今我を表す名前はそれ以外にないのでな」
そういう彼女……。その表情を見ると先程恐がってしまったのが申し訳なく思ってしまう。
「あんたはオレの事を知っているのか」
「あぁ因果導体によるループ、BETAのいない世界、だがそれより貴様の仲間を助けたい…… であろう?」
なっ!! 彼女の言葉は端的であるがオレの事を正に示しているものであった。
「ちょ、ちょっとタケルちゃん! この人のこと知ってるの?」
「い、いや知らないけど……」
「じゃあ、何でこの人はタケルちゃんの事知ってるのさ?」
置いてきぼりにして白面さん(と言えばいいのか?)と話していたのが気に入らなかったのか、純夏が割って入る。
「落ち着け純夏。 もしかしたら助かるかもしれないぞ」
そう、目の前の白面さんはオレの声を聞いて助けに来てくれたと言った。彼女が誰だか知らないがもしかしたら助かるかもしれない。
今までの……オレが経験してきたBETAのいた世界ではこんな事はなかったはずだ。
つまり彼女こそ今回この狂った世界でのイレギュラーの可能性が高い!
「え! ほ、本当!? わたし達助かるの?」
「あ、あぁ……。 ですよね白面さん?」
い、いかんつい勢いで助かるかもしれないといってしまったが、白面さんがどうやって助けてくれるのか分からないんだよな……。
見たところ普通の人間と変わらないし……。
BETAに勝てるとは思えない。
「ウム。まぁ助けてやるのは構わないのだが、白銀武と言ったか? 助けてやるかわりに1つ頼みを聞いてもらっても良いか?」
「な、何です? オレにできる事でしたら何でも言ってください!」
あっさりと助けてくれるといったこの人に希望が持てる。
こんな最悪の状況から助けてもらえるのだったら何でもする。
「次に会う時に名前を…… 付けてもらえぬか? 我が呼ばれたき名は白面の者にあらじ」
名前? それだけで良いのか?
だったらお安い御用だ。
「わかりました! ちゃんと考えておきます」
「ウム期待しているぞ。 良き名を頼む」
そう言った白面さんの表情は彼女が初めて見せるやわらかい笑顔だった……。
『…………あやかし』
白面さんのその言葉を聞いた瞬間オレの視界は真っ黒に覆われ、そのまま意識は闇に沈んだ。
<白面>
『…………あやかし』
その言葉と同時に我は我が分身である『あやかし』を出しこの穴にいた人間全てを白銀武と共に飲み込ませる。
「あやかしよ。彼らを安全な所まで運んでやれ。……それと彼らを喰らってはならぬぞ」
そう言って我は体からもう1本尾を出し地面に突き刺す。
穴倉に響く轟音。
地面に大穴が開き壁には亀裂、天井からはパラパラと破片が落ちてくる。
その穴に「あやかし」は飛び込む。
そのまま地面を掘り進んで海にでれば逃げ切れるだろう。
穴を突き進むよりかは、自分で穴を掘り進んだ方がBETAに遭遇する可能性ははるかに低い。
「念のためもう1体つけるか……『シュムナ』」
あやかしの体は堅い上に油で滑る。攻撃を受けてもやられんだろうし、そもそも地面を掘り進む速度を考えてもそう簡単に追いつけるとも思えないが、シュムナをあやかしの周りに纏わせる。
これでBETAが追いついてもシュムナに溶かして喰わせれば問題あるまい。
霧の妖怪であるシュムナを倒せるBETAは白銀武の記憶を探った限りでは存在しない。
今の轟音を聞きつけてか深い暗闇が支配する穴の奥底よりBETAが近づいて来るのを感じる。
こちらに迫り来る第1の軍勢の数はおよそ2万と言ったところか……。
メキメキと軋みを上げながら我の体が徐々に人間のそれでなく、元の姿に戻っていく
クク……。 哀しいな弱き者達よ……。 その程度の数で我に挑むとは。
やつらが滑稽で思わず笑みがこぼれる。
『我は白面!! その名のもとに、全て滅ぶ可し!!』