第拾七話 人外溢れる佐渡島
『――ッ!?』
気を失ったのは一瞬か、それとも数分か。
空に浮かぶ太陽の光を視界に受け武の意識が一気に回復する。
『…………ッ!』
横向きになったコックピット内で今だ自分の身体があることを確認する。
『い、生きてるッ……!? ……助かった……のか……?』
重光線級の発振器官が光った気がしたがどうやら奇跡的にかわす事が出来たらしい。
『……あッ!!』
いや違う。
目の前に自分と同じ蒼い不知火の顔が見える。
『ヴァルキリー10! おい!』
外から慎二の声が聞こえる。
その言葉で、自分と同じ前衛担当をしていたヴァルキリー10が体当たりをして射線外に押し出してくれた事を理解する。
『――わ、悪りィ。助かった』
急いで機体を引き起こそうと操縦桿を動かした時、ヴァルキリー10の不知火が鈍い音を立てながら前向きに崩れる。
『……10?』
武は一瞬何が起きたのか理解できず視線を周囲に向ける。
目の前の映像には『みちる』、『孝之』、『慎二』、『水月』、『美冴』、『祷子』の顔が映し出されている。
皆口をキュッと結び何か感情を抑えている表情だ。
『あ、あぁ…………』
震える声で武は目の前にある意味の理解できない物体が何であるのかを認識する。
それは背部と管制ユニットが抉られるように蒸発させられた、ヴァルキリー10が乗っていた不知火と言う物体であった……。
『……う……ぅ……――ッ』
こみ上げる吐き気。
乱れた心拍数の音が耳元でうるさくはっきり聞こえる。
フラッシュバックする前の世界の自分の記憶。
戦場で命を散らしていった仲間達の顔。
『うああああああああああああぁぁぁぁ――ッ!!』
武は絶叫を上げる。
――また! また守れなかったッ!
確かに皆を助けたいと思っていたが、他の者が死んで良いなんて断じて思っていない!
――今度こそ助けると誓っていたのに……!!
――そのはずだったのに……!!
ヴァルキリー10の顔はどんなだったか?
結局1度も顔を合わせる事なく逝ってしまった仲間の顔を自分は思い出すこともできないッ!
『……やれやれ驚いたな』
『――って、へッ?』
まるで何事もなかったかのようにムクリとヴァルキリー10の機体が起き上がる。
そのわけの分からない光景を必死で理解しようとする武を尻目に、ヴァルキリー10は 右手を横に突き出す。
その手の先には87式突撃砲。
それが一瞬生き物の脈打つのを武は確かに見た。
放たれる1発の銃声は低く鈍い、腹に響くような破裂音だ。
『……ウソ』
風間の声が沈黙の間を流れる。
その声につられて見た望遠カメラが映し出す先には崩れた重光線級の姿。
それは先程自分を狙い撃ってきた重光線級の亡骸だと言うことを武は理解する。
――ありえない。
これほどの有効射程外を狙い撃つなんて芸当は狙撃の名手、珠瀬壬姫くらい……。
いや、たまでも無理だと武は判断する。
何故なら今のヴァルキリー10の狙撃は『狙ってすらいない』のだから。
適当に突き出された右手から放たれた120mmの滑空砲を、有効射程外はるか先の標的にぶち当てるなんて芸当は人間にはできない。
『……まだ先程タケルを狙い打った際に開いた隙間がBETAの群れに残っているな』
『我らを相手に嘗めきったものよ』
不知火から不思議と複数の声が聞こえる。
――何だ? 何なんだ?
頭の中でこの言葉だけがグルグルと繰り返す。
確かにモニュメント周辺には光線級数十体の前を師団規模以上の突撃級などのBETAが集り、光線級を守るように待機しているがその中に一本の空いた道がある。
それを見る不知火の横顔。
『ッ!』
武にはそれが一瞬笑ったように見えた。
ヴァルキリー10は突撃砲を突き出す。
11発の炸裂音と共に放たれた弾丸が真っ直ぐBETAの空けた道を唸りを上げて突き進む。
しかしその直線上には既に光線級の存在はない。
当たらない! ……当たらないはずである!
子供でもわかる簡単な理屈だ!
『な、何だよ……アレ……』
今度声を絞り出したのは孝之だ。
放たれた弾丸はまた全て命中。
11体の照射器官を貫かれた重光線級の死体を作り上げる。
弾丸の軌道上絶対当たらない位置にいるはずのBETAを屍に変える狙撃能力の異常性。
それにようやく気付いたのだ。
『……ち、弾切れか』
呆けるヴァルキリーズを無視して、舌打ちしながら予備の弾倉を自分の銃に淡々と補充する不知火の背中を見て武はその正体ようやく気付く。
『あ、あぁ……』
抉れた背中の焼け跡から蠢く無数の地虫のような影。
その光景を見た者は恐らく背筋が凍る。
BETAが地の底からまるで尽きる事のないように湧き出てくるように、『それ』も戦術機の傷跡から無限の如く湧き出てくる。
それは白面の特別演習で散々見た相手『婢妖』。
婢妖が取り付いた不知火であった――。
◆
「まったく何をやっておるのだ? あ奴は……」
ここに来て白面は初めて声を出す。
そう、婢妖はバスの運転なども出来るのと同様に戦術機の操縦も出来たのだ。
婢妖の物は白面の物、白面の物は白面の物……その理屈が何故か通らず相変わらず自分は下手糞なままだが、仲間を死なせたくないと言う武との約束を守るため保険と言うことで婢妖戦術機を護衛につけたのだった。
……だがまさか武本人が死にかけるとは白面にも予想外だった。
自分と違って戦術機を小器用に操縦する婢妖がムカつく事この上ないが、とりあえず安堵する。
「フフ、陽狐としては珍しくヒヤヒヤ物だったかしらね。……ただああいった運で生き残る素養も因果律量子論的には重要な事なのよ?」
「なるほど、今回のあの婢妖戦術機も偶然ではなく、武が無意識の内により良い『確率分岐する未来』を引き寄せたというわけか」
正直言うと『さすがにそれは無理がないか?』と思う白面だったが、確かに獣の槍の少年と金色の獣との因縁の様に、ある種の因果関係と言うものは存在する。
そういった偶然を難しい理屈や公式で説明しようとするところが、夕呼の学者とする所なのだろう。
「……ねぇ、ところでちょっと聞きたいんだけど?」
「何だ?」
「さっきからアンタ、モニターの画面とか見ないで佐渡島の方向ばかり見てるけど、ひょっとして……見えてるの?」
好奇心から夕呼は気になっていた疑問を口にする。
「当然よ。これでも我は目が良い。北海道の位置から九州にいる人間の顔を識別するくらいの視力は持ち合わせておる」
かつて砕け散った獣の槍が北海道の夜空を無数の流星のように駆ける光景を見た際に、白面は急ぎその集る先を確認しようとした。
その確認手段は単純極まりない。ただ南の方向を見るというだけの物であった。
そして白面の両目は捉えた。
九州上空に他の化物達と一緒にこちらに向かってくる獣の槍の使い手の顔を……。
そんな視力を持つ白面からすれば今の作戦旗艦『最上』から佐渡島の様子を観察する事などワケは無いのである。
「はぁ? 北海道? 九州? 1600km以上離れてるじゃない。……良い事を教えてあげるわ。物を見ると言う事は光の反射を目で捉えると言う事なのよ? そして光は砂漠とかの特殊な条件下以外では基本的に直線にしか進まないわ。地球には丸みって物があって北海道から九州の人間の顔を見るなんてそれが邪魔して物理的に不可能なのよ?」
あの香月夕呼とあろう者が何とも愚かな発言である。
いや、それも仕方がないと言えるのかもしれない。
白面の事は理解しているはずなのに、つい一般常識を語ってしまったのはやはり彼女が人間だからであろう。
「物理法則など我は知らぬッ!!」
言った……。
言ってしまった……。
絶対言ってはいけない言葉を白面は胸を張って断言する。
「そ、それを言っちゃお終いじゃない……」
物理学者である自分を根本的に否定する白面の言葉に夕呼はよろける。
心なしか彼女のストレートな髪が乱れているように見える。
まさかここから火星のハイヴ『マーズゼロ』が見えてるなんて事はないわよね? と言った冗談が頭に浮かんだが、あながち否定できない夕呼であった。
◆
佐渡島、旧井坪山跡。
武だけでなくヴァルキリー10の正体に気付いた他のメンバーも思わずゴクリと喉をならす。
生々しく残った戦術機の背部にできた赤く抉られた焼け跡。
そこから湧き上がる不気味な肉の塊に皆目を離せないまま口を閉ざす。
『情けない……』
『情けないなぁ10ォ?』
『背中がごっそり持ってかれてるおるではないか』
『……うるさいぞ貴様ら』
破損した不知火をあざ笑うように近づいてきたのは同じB小隊の前衛組み。
耐熱耐弾装甲をあしらった不知火の装甲から幾多もの婢妖が顔を見せる。
その光景に思わずウッとA-01の女性陣が顔をしかめる。
『……立てるか? シロガネタケル?』
『あ、あぁ……』
理解してもまだ整頓のつかない頭で武は中途半端な答えで返す。
『……って言うか大丈夫……なのか? その背中?』
『あぁ問題ない。ただコックピットが吹き飛んだだけだ。とは言えコンピューターが最早使い物にならぬな……』
そう言ったヴァルキリー10の背中の破損部分が一気に婢妖に覆いつくされ元の装甲の形を取ろうとする。
いや、それだけではない。
今まで戦術機のコンピューターに寄生していたであろう婢妖が今度は装甲全体に広がる。
戦術機を覆い尽くす婢妖が全高18m近い人型を作り出す。
『ご、ごめん孝之ッ! 終ったら言って! 夢に出そうだから私見ないことにする!』
『ちょッ!! おまッッ』
孝之の言葉が終るより早く水月の顔が画面から消える。
どうやら回線を切ったらしい。
いや、と言うか他の女性陣の顔もいつの間にやらモニター画面から消えている。
まぁ仕方ない……。
多分自分も夢に見る。残念ながらそう確信できる自分が悲しい。
『……取り憑き完了』
その言葉が終ると、装甲には婢妖の姿は見られない普通の不知火の存在があった。
されどそれは最早戦術機などではない。
完全に似て非なる存在。
生きた兵器。婢妖戦術機が佐渡島にその正体を表した瞬間出会った。
『……はは、奴らめ、残ってた隙間を塞いでしもうたか』
はるか先のモニュメント付近のBETAの陣形に先程のレーザー照射で空いた隙間がなくなっている。
不知火を操っていたのが婢妖ならば先程の射撃能力にも説明がつく。
武達も散々特別演習で味わった『婢妖弓』、いやこの場合『婢妖弾』と言うべきか?
120mm滑空砲に婢妖を取り付けて放つそれは文字通り『生きた弾丸』だ。
狙う必要などない。突撃砲から放たれた瞬間に敵を完全自動追尾する婢妖ならではの狙撃術なのである。
『……ここからなら当たるか?』
ヴァルキリー10は突撃砲を先程と同じく水平に構えるその様子は、まるで何かの実験を楽しむかのようだ。
そのまま何の躊躇も無くトリガーを引く。
だが……。
『ッ!!』
一瞬で放たれる数十本の天を貫く光の槍。
光線級のレーザー照射だ。
『ははは、やりおるわ。全弾撃ちつくして4発も打ち落とされるとはなぁ……』
『……って半分以上当てたのかよ!』
むしろ武はそちらの方に驚く。
だがここで1つ説明する必要がある。
BETAのレーザーは確かに脅威だが戦艦からの支援砲撃等は100%打ち落としてるわけではない。
いかに精密射撃を繰り出すことが出来る光学兵器と言えどもBETA自身が光速で動けるわけではない。
極超音速で打ち出される大量の兵器に対しては僅かながら撃ち漏らしも出てくるのだ。
先程の婢妖弾の動きはこうだ。
まず突撃砲から繰り出された婢妖弾は地面ギリギリを匍匐飛行。
この時まだ光線級には打ち落とすチャンスがあるが目の前の他のBETA群が邪魔になり婢妖弾を打ち落とす事ができない。
そしてBETA群の前で急上昇。ここに来て初めて光線級はレーザー照射が可能となる。
だが120mm滑空砲の初速は1600m/s(マッハ5)以上。
レーザー照射可能になった時点で既に眼前まで急接近している極超音速の飛行物体(しかも回避機能のオマケ付き)を打ち落とすのは光線級といえど至難の業なのだ。
この場合はそれでもいくらか迎撃したBETAを褒めるべきかもしれない。
『おい、伊隅隊長?』
『な、何だ?』
突然婢妖に話題を振られたみちるはどこかしどろもどろだ。
『……いいのか? やつら地下から近づいて来ておるぞ?』
『『『『『――ッ!!』』』』』
婢妖の言葉に武達は一斉に画面を見るが音紋も振動も見受けられない。
『5……4……3……』
そんな武達を嘲笑うかのように婢妖はカウントダウンを取る。
『……2……1……0!!』
『うおッ!?』
婢妖のカウントダウンが終ると同時に佐渡島が揺れる!
それは確かにBETA出現の予兆だ。
『――ヴァルキリー・マムより各機。地下からBETA接近中。現在の所、個体数及び種属構成は不明。レーザー属種の存在を想定した警戒態勢を継続せよ』
『……いや個体数は2個師団規模。光線級は存在しないな』
『な、なんでさっきからアンタら分かるんだよ?』
こちらで音紋を感じとる前にBETAの接近を探知し、尚且つ今度はその個体数と編成まで予言する婢妖に武が当然の疑問を投げかける。
『何、探知能力にはいささか自信があってな。少なくともBETAに劣るつもりはない』
これは当然である。
婢妖は白面の使い魔だ。
その役割は戦闘というよりむしろ情報収集が主な仕事と言って良い。
例えば婢妖はかつて沖縄トラフから北海道にある獣の槍をにおいで探り当てたこともある。
はっきり言ってこの程度の距離ならBETAの存在を嗅ぎ分けるのは造作も無い。
『――来やがったッ!!』
大地が割れおびただしい土煙とともに人類の宿敵が姿を現す。
『各自、戦線を維持しながら後退ッ!! 作戦ポイントまで奴らをおびき寄せるぞ!』
『『『『『――了解!!』』』』』
叫ぶみちるに伊隅ヴァルキリーズのメンバーが呼応する。
今回の作戦はこのまま佐渡島北部までBETAを誘い込み、そこで艦隊による飽和砲撃による挟撃を行い一気に殲滅と言う作戦だ。
最初の揚陸時に支援砲撃をしていた帝国連合艦隊第2戦隊はすでに北上し佐渡島北西部の沖合いに待機している。
第2戦隊は西側から、第3戦隊は東側からの担当だ。
後は作戦ポイントまでBETAを誘い込むだけである。
敵にひと当てし一旦後退、誘い込んだ場所で待ち構えていた伏兵と共に有利な地形で叩く……。
戦術にしては初歩の初歩だがそれでもBETAには有効な手段なのである。
『03フォックス1ッ!』
『05フォックス2ッ!!』
ヴァルキリーズだけでない。
ここにいる戦術機甲隊が一斉射撃を行う。
張り巡らされる弾丸の嵐は避けられる隙間などなく、BETAの体に突き刺さる。
だがそれでも意に返さずBETAは突っ込んでくる。
先程婢妖が言ったように光線級の存在が見られないが、BETAの真の脅威はその物量にこそある。
戦術機の持つ標準装備ではとてもじゃないが制しきれない。
『伊隅、艦隊からの支援砲撃は要請できんか?』
婢妖戦術機が伊隅に提案する。
『無理だな……。奴らはまだ殆ど地下から這い出てきていない。今、支援砲撃を行っても焼け石に水だ』
『……それに、モニュメント付近にまだ光線級が大量に残っています。ALMの残弾数も限りがありますし、今は作戦通り後退するしかありません』
現時点でBETAの群れは大きく分けて2つ。
1つは今自分達の目の前に迫ってきている2個師団のBETA群。
そしてもう1つはモニュメント付近に待機しているBETA群。こちらは光線級が混じっている。
先程婢妖が何体か倒したがそれでもまた出てきたのか、光線級の数は50体以上だ。
これでは支援砲撃をしようにも光線級に打ち落とされてしまうだろう。
『……まったく鬱陶しいわねッ!! 真夏の夜に飛び回る蚊ぐらい鬱陶しいわッ!』
水月が叫びながら36mmチェーンガンで戦車級を駆逐する。
たまたまだが後方にいる光線級が前面にいるBETAを援護射撃できる形にいる。
混戦状態だと光線級も迂闊に照射してこないがそれでも邪魔な事この上ない。
『あんたらの婢妖弾でどうにかならないのか?』
武が婢妖に問う。
同じ混戦状態でもレーザー照射が来るのと来ないのとではまるで違う。
『……無理だな。今度は先程と違いBETAの群れが目の前にいる。これでは最初に婢妖弾を上空に放たなければならない。この距離で奴らのレーザーを掻い潜って狙撃するのは不可能だ』
『……そうか』
武は気を取り直して要撃級の攻撃をバックステップでかわし長刀を振るう。
残念だがそれなら仕方が無い。
光線級を駆逐する術がないのなら自分達でかわすのみ!
もとよりBETAとの戦いなどそう言った物だ。
支援砲撃など来ない事などむしろざらである。
そういった戦場を生き抜くために作られたのが対BETA兵器の戦術機。
それを操るのが自分達衛士の役割。
毎日血の滲む様な鍛錬をしているのは、全てこの絶望が当たり前の戦場で戦い抜くためだ。
この程度の事で弱音を吐く衛士などここには存在しない!!
『……だが確かに邪魔だな。いいだろう後ろの光線級は我らがどうにかしてやるからお前達は作戦通りに動け』
『え?』
婢妖のその言葉に武は一瞬何を言っているのか理解できなかったが、先程武を庇ったヴァルキリー10の不知火が目の前のBETAの群れに突っ込む。
『何やってるんだッ!! あんたッ!』
武はその自殺行為とも言える特攻に声を張り上げる。
婢妖の狙撃術は確かに凄かったが近接戦闘においては自分達の方が上なのだ。
彼らの行動は無茶無謀以外の何物でもない。
『……くらえ』
武の言葉を無視して婢妖は長刀を振るう。
だが要撃級の片腕にその攻撃はあっさり防がれ、もう片方の豪腕から放たれる一撃が不知火のわき腹を抉る。
『……あ、あぁ』
武の隣りにいた風間もその無残な姿に声にならない悲鳴を上げる。
倒れこんだ不知火をそのまま一気に戦車級の群れが飛びつく。
戦車級が不知火の四肢を噛み千切り、止めとばかりに要塞級のかぎ爪が胸部を貫く。
『貴様らあッ!! 離れろォッ!!』
既に不知火はスクラップ状態。
それでも大声を張り上げて慎二が65式近接戦用短刀を使って戦車級に攻撃しようと不知火を動かす。
『『『『『……憑依完了』』』』』
『はッ?』
その言葉に慎二は自分の機体を急停止させる。
先程纏わりついていた戦車級、それとその周りにいた要撃級、突撃級に要塞級、合わせて30体近くのBETAが一斉に動きを止める。
『……もう一度言うぞ。後ろの光線級は我らがどうにかしてやるからお前達は作戦通りに動け』
その声は目の前にいるBETAから聞こえる。
武達は婢妖が一体何をしたのか理解する。
『こ、今度はBETAにとり憑いたのか……?』
目の前の出来事に口元が自分でも引きつっているのが分かる。
それは決して恐怖だけの物ではない。自分の中から溢れる何とも言えない不思議な感情に慎二は思わず体が震える。
BETAが婢妖の飛行能力に引っ張られる形でフワリと宙に浮く。
何百キロ……いや何十トンもあるBETAの巨体がまるで気球船が浮かぶかのようだ。
そしてそのままモニュメントのBETAに向かって飛行を開始する。
『馬鹿ッ!! 光線級に狙い撃ちにされ……』
思わず上げた声を武は途中で止める。
『狙い撃ちに…………』
『……されるわけ無いな』
武の言葉に宗像が続く。
そう、光線級のいる戦場で空を飛ぶのは自殺行為だが、光線級は味方を絶対に誤射しないのだ。
打ち落とされるわけが無い。
『……反則だろ。あれ』
綺麗な放物線を描きながら悠々と空を飛ぶ婢妖BETAに呟く孝之の言葉に全員が同意する。
『……伊隅よ』
『……どうした碓氷?』
みちるに話しかけるのは同じ大尉である碓氷だ。
彼女も先程の婢妖が飛んでいった方向を見続けている。
『私……昔に光線級の群れに奇襲をかけようとして噴射跳躍で突っ込んだことなかったか?』
『そんな事したら死んでるだろ? ……気の所為だ、気の所為』
『そうだよな。……私の勘違いだよな……すまん変なこと聞いた』
きっとあまりに突飛もない事が現実に起きてしまったので、変な夢でも見たのだろうと碓氷は自分を納得させた。
碓氷だけじゃない。
この光景を見ている衛士達は目の前に起きた現実は、きっと目の錯覚だろうと自分達を納得させて迫り来るBETAに備えるのであった。
◆
「――HQより全機に告ぐ! 現在飛行しているBETAは御方様のチート……援護能力! 攻撃するな! 繰り返す、攻撃するな!!」
管制室から衛士の『なんじゃありゃぁあーー!?』という悲鳴が聞こえる。
無理も無い。BETAは空を飛ばないというこの世界の常識を180度覆す現象が目の前で起きたのだから。
BETAの新たな能力? と疑ってかかるのは当然と言える。
そんな衛士達の動揺を抑えるために管制室のオペレータが全機に指示を出す。
せっかく光線級に打ち落とされる心配はないのに、人間側に打ち落とされては色々悲しすぎる。
「す……素晴らしい! なんという事だ!!」
作戦旗艦最上で一部始終を見ていた艦長小沢は感激のあまり声が震える。
「……感謝致します……白面の御方様……これで我々は……本当に生き残る事ができるのかも知れない……」
「高々、光線級を殲滅しに行っただけであろう? ハイヴもBETAも未だ健在ではないか」
「ですがBETA大戦勃発以来……光線級の脅威をこうもあっさり覆した者は存在しません」
最初は制空権を支配していた人類は戦局を有利に進めていたのだ。
その時だれもが楽観視していた。
むしろBETA由来のG元素を1人占めできる中国を羨ましいとすら思っていた。
だがその認識は間違っていたと悟らされる。
突如現れた新たなBETA『光線級』の存在によって……。
制空権を失われ、BETAと同じ土俵で戦わざる終えなくなった人類はその圧倒的物量の前になす術無く敗戦を重ね、本日に至るのだ。
人類に破滅のきっかけを与えた光線級。
これに対してここまで有効な手段をとったものはいない。
「……そんな大層なものではない」
「此程の偉業を成し遂げておきながら、そう仰いますか……いや全く、慎ましいお方だ」
「勘違いしておるようだな。提督」
「勘違い……?」
「我は本当に『あの程度の事』は大した事がないと言っておるのだか?」
「ぬ……?」
「妖怪が生物や物に取り憑く事など古今東西、人間の御伽噺の話において珍しい事ではなかろう?」
確かに白面の言うとおり妖怪が何かに憑依するという話は珍しい話ではない。
日本にも数えればきりが無いほどそういった話は存在する。
「……ですが、もし御方様が大量にあの婢妖を生み出す事ができれば、それだけでハイヴを落す力となりましょう」
「……提督の仰るとおりね。先程の戦術機に取り付いていた数から計算して、小型のBETAには1~10体、大型は100体以上、特に大きい要塞級は1000体以上の婢妖が必要ってところかしら?」
夕呼が真面目な顔をして話しに割ってはいる。
「ハイヴ1つを確実に落とすには500万……いえ1000万は欲しい所ね。陽狐、ちなみにアンタは婢妖をどれくらい生み出せるの?」
「無限だ」
「へぇそう……無限……無限なの……すごいわねぇ。……すいません提督。お水を1杯いただけますでしょうか?」
「……私も頭痛の薬を飲みたくなってきました。……君! 水を2杯用意してくれ」
小沢も頭を抑え、部下に水を取ってくるように命令する。
命令された部下はあわてて管制室から出て行く。
そんな部下の様子を見て小沢はひとつ咳払いをする。
「……でしたら御方様。今からでも佐渡島で戦っております将兵たちに婢妖の援軍を送って頂けませぬか?」
「それは構わぬのだが、今から派遣しても作戦終了まで間に合わぬのではないか?」
「……確かにそうね」
夕呼も白面の言葉に同意する。
いかに白面が婢妖を無限に生み出せると言っても、ここから佐渡島までの距離を移動する時間がかかるのだ。
今から婢妖を送っても飽和攻撃は終了しているだろう。
「それより遙。今の損耗率は如何ほどだ?」
突然自分に声を掛けられて遙はビクッと肩を震わす。
「は、はい! ウィスキー全体の損耗率20%。エコー全体の14%。共に作戦継続に支障はありません」
その言葉に白面は一瞬眉をしかめる。
「……作戦は今の所順調のようですわね」
「えぇ、当初の予定より10%近く損耗率が低く済んでおります」
夕呼と小沢の会話に耳を傾けながらも白面は再び視線を佐渡島の方に向ける。
視界に映し出されるBETAと戦う人間達の姿。
武達の方はとりあえず心配ないだろう。
だが……。
『地球から……出て行けぇーー!!』
『うわぁーーー!! 来るな! 来るなぁーー!!』
『畜生ォーー! こいつらよくも仲間をーー』
管制室には依然他の衛士達の声が聞こえる。
それはBETAに対する、怒り、憎しみ、そして死の恐怖……。
『悲』『哀』『憎』『悔』の泥濘にのたうつ人間の心を感じ取った白面は「クッ」とわずかに苛立ち声を漏らす。
それは本当に……誰にも、白面本人すら気付かないほどの小さなものであった……。
あとがき
太字の台詞は前から1度チートキャラに言わせて見たかった!
今回の話はひとことで言うとそれだけです。
真面目な話にするつもりだったのに原作のパロディになってしまいましたね……。
前回から引っ張ったシーンは、まりもちゃんの『贖罪』を見て思いつきました。
本当は婢妖も戦術機に乗せないつもりだったんですけど、思いついたら手が勝手に書いてしまいました。
……どうせなら武じゃなくてまりもちゃんでやれば良かったですかね?
あと前回から白面が使っている千里眼ですがオリ設定じゃないです。
うしとら32巻、P78で普通に使ってますので念のため。