第拾五話 日常の終わり
「――ただ今をもって、貴官は国連軍衛士となった。……おめでとう少尉」
「はい!」
この仙台基地の最高責任者であるパウル・ラダビノッド司令官の落ち着き払った声が講堂に良く通る。
内容を告げられずただ集合するように言われた武達を待っていたのは自分達の解隊式であった。
前触れも何もない突然の出来事に彼女らは最初何を言われたのか理解できない様子であったが、徐々にその言葉の意味を理解したのだろう。
思わず上げたくなる歓声と涙をグッとこらえ、口を真一文字に結び姿勢を正していた。
「以上を以って、国連太平洋方面第11軍、仙台基地衛士訓練学校、第207訓練小隊解隊式を終わる」
「――207衛士訓練小隊――――解散ッ!」
「「「「「――ありがとうございましたッ!!」」」」」
まりもの解散という言葉が自分達に正規の国連軍になったと言うことを実感させる。
武達を包むのは新人達を歓迎するかのような、この仙台基地国連軍の兵士達の拍手であった。
戸惑いまくった表情を浮かべる新人に対し仙台基地の兵士達が白い歯を見せて笑い、祝福の拍手がスコールのように武達に降り注ぐ。
……武の記憶ではこんなに沢山の人達が解隊式に参加していた記憶はない。
オルタネイティヴ4が失敗した『最初の世界』ではセレモニーも何もなく、略式命令書だけの昇任であった。
『次の世界』ではクーデターの後ということで厳かなものであった。
後ろを振り返ると武の中では妙な感覚だが、自分の後輩にあたる『純夏』、『冥夜』、『委員長』、『彩峰』、『たま』、『美琴』の姿を見つける事ができた。
ラダビノッドが進行役の国連大尉に一言、二言何か言って退席し、まりももそれに続く。
鳴り止まぬ拍手の中、武は自分の恩師に頭を下げる。
「――午後のスケジュールを伝える。新任少尉は13時00分に第7ブリーフィングルームへ集合。配属部隊の通達、軍服の支給方法、事務手続きの説明等が行われる予定である――以上」
「――敬礼!」
解隊式の終了が告げられ、式に参加してくれていた他の兵士達はそれぞれ講堂を出て行く。
バラバラに解散していく先輩たちをどこか呆けた表情で見つめ続ける元A分隊。
自分達以外の人間全てが出て行き、がらんどうになった講堂がどこか不思議な幻想空間のようである。
皆、無言でただ立ち尽くす。
静かになった講堂の天井を見上げ、それぞれ思いに馳せる。
「……とうとう……ここまで来たのね……私達」
「えぇ……やったわね……遙」
最初に声を発した遙の言葉に合わせて元207A分隊は1箇所に集る。
「……皆さん……ありがとうございました……」
それぞれの想いを涙で邪魔されて上手く言い表せない。
訓練期間でいうと1年くらい、今思い返すと長かったようであっという間の時間。
思い返すとただがむしゃらに走り続けていた気がする。
筋肉痛など毎日で、足の皮が剥がれた事はしょっちゅうだった。
背嚢を背負ってのマラソンなんて体力がどうこう言う前に肩掛けが食い込んできてそっちの痛みに耐える方が大変だった。
肉刺がつぶれた時など最悪である。
治るのを待つ事もできないので、テーピングやら傷薬など色々ためしてみたがすぐに痛みが引くわけでもなく、結局靴下を重ねて靴擦れを少しでも押さえて歯を食いしばって走るしかない事を悟ったのはいつのころか……。
――明星作戦の時、作戦開始の時間まで見上げていた時計の音がうるさかったのを覚えている。
もし最初の総戦技演習で合格していればあの戦場に立つ可能性もあったはずだ。
あの時、周りにも待機中の国連軍がいたが正規軍と訓練兵、その間に大きな壁がある気がして悔しかった。
白面のおかげで明星作戦が流れたという報告を聞いた時、よろこんだのは人類の勝利にか? それとも自分が戦わなくて済んだからか?
そんな考えが僅かでも浮かんだ自分に弱さを感じて嫌だった。
しかし……今度は訓練兵としてではない! 正規の国連軍としてようやく自分達も戦場に立つことができる!
遙が衛士になれなかったのは残念だったがそれでも自分達が精一杯やって得た結果である。
胸に去来するのは達成感。
溢れる涙を抑えることができない。
「……白銀……アンタのおかげよ…………」
「いや……そんな…………」
水月が感極まって武に感謝を述べる。
普段の彼女なら信じられないような素直な言葉だが、本当は誰より繊細なのである。
武はそんな水月の表情をまともに見れずに言葉に詰まる。
「白銀……私からも礼を言わせてくれ」
宗像は水月ほど涙を流していないが、それでも目を赤くして右手を差し出してくる。
「オレのおかげじゃないです。先輩達が……皆でがんばったからですよ」
水月、宗像……尊敬するこの2人にそう言われると武は気恥ずかしくなる。
ループの知識のある武はこの後も全員一緒の隊、『A-01連隊』に配属される事は知っている。
……でも、やはりそれはそれとしてこの努力が実った瞬間と言うのは何回味わっても良い物だ。
2回目のループの時と違い、体力面も群を抜いていたわけでない今回のループでは、衛士への道のりは簡単な物ではなかった。
目を瞑るとあのつらい訓練を思い出す……。
オルタネイティヴ4の理論回収で白面の『ヒヨウ』により深層心理を探られて身の毛をもよだつような不快な気持ちを味わった事や、冥夜の追加料理実習で白面に爆発の盾にされた事。
はては総合戦闘技術評価演習で白面の罠により合格時間はギリギリセーフで精根尽き果てたりと、…………何だかほとんど白面がらみであまり訓練と関係ないような気がするが、ともかく色んな意味で『大変』だった事は確かだ。
武もついつい涙で目を濡らす彼女らの表情を見ていると自分の目頭が熱くなって来る。
「本当……最初白銀君が途中入隊した時は何でこんな子供がって思ってたのに…………」
「…………え?」
「そうですわね……」
「あの……? 涼宮先輩? 風間先輩?」
遠い目をしながら数ヶ月前の出会いを懐かしむ遙と風間だったが何だか微妙に褒められていない気がする。
いや絶対褒められていない!
「あはは~~ッ! ごめんね白銀……。だってアンタ私や遙より3つも年下じゃない? だから最初はどうしても……ねぇ?」
水月も思い出したように泣き顔のまま笑って遙のフォローを入れる。
「まぁ、それが蓋を開けてみれば体力、技術、知識全てが私達の上を行って戦術機においてはあの機動だ。いやでも意識せざるを得まい」
「まったく……何だか喜んでいいのか悲しんでいいのか分からなくなってきましたよ」
せっかくの感動を台無しにされてため息をつく武に皆声を出して笑う。
そんな笑顔の彼女らを見て、武も自分の目標を再認識する。
……自分は何のために戦うのか?
人類を救うという第1目標はもちろん今でも変わらない。
だがもう1つ。
戦友のため……。
仲間を死なせないため……。
今までループしてきた『シロガネタケル』から引き継いだ『皆を助けたい』という願い。
思い返す『あ号標的』を破壊した後、1人佇むあの冬空の桜並木……。
人類の勝利と引き換えに得た孤独感。
自分の戦いは終ったと思ったがもう1度与えられた最後のチャンス。
――今度こそ……もう誰も死なせはしない!
武は自分の胸に輝く衛士のパイロット章を指でいじりながらそう誓う。
「先輩達……そろそろ行きましょう。13時までにメシも済ませないといけませんし」
「「「「「………………」」」」」
「それに……まだやり残していることがあります」
「…………そうね」
武の言葉に彼女らは頷き外に出る。
講堂の鉄の扉を開けると晴れ渡った空が見える。
何だかしんみりしてしまい、皆押し黙ってPXに向かおうとすると、青空の下に武達の恩師である神宮司まりも、それと後輩であるB分隊の面々が整列していた。
「ご昇任おめでとうございます少尉殿! 武運長久をお祈り致しております!」
「「「「「「――おめでとうございます!」」」」」」
まりもの敬礼にならい、後ろの純夏達も敬礼する。
そう、やり残しとは恩師であるまりもと後輩達との別れの挨拶である。
今まで厳しく激を飛ばしてきたまりもの口調は今や敬語。
任官した事により武達の階級は『少尉』、まりもは『軍曹』、立場が逆転したのだ。
これが教官である彼女のけじめである。
「神宮司軍曹……あなたには……大変お世話になりました」
「お気を付け下さい少尉殿。私は下士官です。丁寧な言葉をお遣い戴くにあたりません」
「……は……」
まりもの言葉に遙も敬礼で返す。
自分の恩師がけじめを取っているのだ。自分もそのけじめで返すのが礼と言うものである。
遙だけでなく、水月、宗像、風間も先程拭ったはずの涙がまた溢れる。
まりもの後ろではそんな雰囲気に当てられてか、涙もろい壬姫と純夏も貰い泣きしている。
武からすれば2度目の経験だが、やはりまりもの心遣いには目頭が熱くなる。
思えば彼女ほど厳しくも優しいと感じられる教官はいなかっただろう。
『狂犬』などと呼ばれているが彼女は本来優しい気質の持ち主だ。
BETAがいない世界で教育による平和的な相互融和を教え子達に説いているまりもの姿を武は知っている。
いや、まりもだけでない……武の頭に平和な世界の記憶が蘇る。
目の前にいる幼馴染の純夏は自分と馬鹿な事をして遊んでいたし、冥夜は別の意味でズレたその思考で自分達を驚かせていた。
委員長と彩峰のケンカも周りは「しょうがないなぁ」程度で笑って見てられたし、美琴はしょっちゅう父親に拉致られては帰還するクラスのムードメーカー。たまにいたっては鈴とシッポをつけて登下校する弓道部のエースだ。
皆が皆……この世界にいる全ての人々が別の人生を歩んでいたはずだ。
それがBETAのせいで……。
ここで1度武は頭を振る。
解隊式の影響からか、どうも自分の頭がBETAとの戦いの事ばかりを考えてしまっているようだ。
ドス黒いBETAへの殺意を落ち着かせるために大きく深呼吸する。
「神宮司軍曹。そういえば陽狐さんは?」
気を取り直したように武は解隊式からずっと姿を探していたが見つからなかった白面の事をまりもに尋ねる。
「……彼女は今大事な会議があり、そちらの方に出席しております」
「そう……ですか。いやッ! 了解した……」
まりもに対して思わず敬語になってしまった言葉を訂正する。
白面に自分達の晴れ姿を見てもらえなかったのは残念だが、そういった理由があるのなら仕方がない。
そんな事を考えているとB分隊が一歩武の前に出る。
「……タケルちゃ……いえ、白銀少尉…………」
「純夏…………」
この世界で初めて、いやループの記憶を通して初めての純夏から『タケルちゃん』以外の呼び名。
純夏の表情は何とも言いがたい。表面上は笑っているがその瞳の奥底では武の身を案じる不安と別れに対する悲しみ、そんな彼女の本心が見えるが、それを必死に押し隠しているのが鈍感な武でも見て取れる。
武はこの後夕呼直属の非公式実働部隊、A-01連隊に所属するので別に距離的に離れるわけではない。
だが、正規軍と訓練兵の間には目に見えない確かな距離があるのだ。
その距離が白銀少尉という呼び名で表れている。
「う~~ん……。なんつうかオマエにそう呼ばれると背筋が物凄く寒くなるな。できればこれまで通りの口調で話しかけて欲しいんだが……。あ、純夏だけでなくお前らもな」
そう言って武は純夏を始めとするB分隊全員の顔を見る。
一瞬彼女らの顔から今までどおり親しい仲間に向ける綻んだ表情が顔を覗かせるがすぐに戒める。
背筋を伸ばした冥夜が武に敬礼を取ってみせる。
「少尉。ありがたいお言葉ですがそういうわけには参りません。軍に身を置く者として個人の感情を優先にし軍規を破る事はできませぬゆえ」
冥夜の言う事は最もだがこれは武の中で譲れない事だ。両手の平をピッタリ合わせて頭を下げる。
「じゃあ、軍務以外の時だけでいいから頼む! いやマジで本当ッ!」
そんな武の様子に面食らった表情を見せるB分隊だがお互いの顔を見合わせて思わずその様子に噴出す。
「了解しました。少尉。ただ今日ばかりはそうは行きませぬ。ご容赦ください」
解隊式で教官である神宮司まりもがけじめを取っているのだ。
自分達もそれに合わせないのは礼に反するという物である。
武もその辺は理解して敬礼を取ってみせる。
「了解。……ところでどうよ? 似合うだろ?」
とりあえず今まで通りの関係でいられる事に内心安堵しつつ、はにかんだ笑みを浮かべながら胸につけたパイロット章を見せる。
「とても良くお似合いですよ。白銀少尉」
千鶴が敬礼し武を祝福する。
そんな武達を水月と遙がどこか遠い目で見る。
「……懐かしいわね遙」
「そうだね。水月」
B分隊と武の様子を見て、彼女達は自分達の事を思い出す。
「……遙、これでようやく私達もあいつ等と同じ空の下で戦えるね」
「……うん」
そう、彼女らにはどうしてももう1度会いたい人間がいたのだ。それは自分達が落ちた最初の総合戦闘技術評価演習で合格を決めて、一足先に戦場に向かっていった仲間の男性2人。
彼女ら4人は本当に仲が良かった。
中でもその内の1人に遙と水月は想いを寄せていたのだ。
……だがBETAとの戦争のため離れ離れになるしかなかった。
彼らの解隊式前の日、4人で取った写真は今でも彼女らの部屋に飾ってある。
「今いったいどこで何してるのか分からないけど……」
「うん! 私達の活躍、あいつらの部隊にまで轟かしてやるんだから! ……待ってなさいよ孝之ッ! 平君ッ!!」
遙と水月は雲ひとつない青天を見上げる。
澄み切った空に旧友達の顔を思い浮かべて彼女らは決意を新たにするのであった。
◆
「ぎゃぁああ~~~ッ!! ででで出たぁあ~~~ッ!!」
「た、孝之君ッ!? それに平君もッ!!」
窓辺から入る日差しが十分な明るさをもたらす教室に水月の絶叫に加え、普段大人しいはずの遙まで大声を上げる。
「……ってオイ水月ッ!! 何だよ人を幽霊みたいに!!」
「……まったくだ」
対して突っ込みを入れる男2人はどこか呆れた口調である。
片方の男の名を鳴海 孝之、もう1人の方は平 慎二という。
何を隠そうこの2人が昨日の解隊式で水月と遙が思い浮かべていた男組みである。
孝之という男の方は黒い髪を前に降ろし軍人と言うには正直迫力の足りない、どこかヘタレ臭……いや温厚な雰囲気を持った男だ。
対して慎二は薄茶の髪を前だけ上に上げて、面倒見のよさそうな好青年と言った感じである。
訓練兵の白い制服と強化装備を返却して、正規軍の黒い制服ことC型軍装に袖を通した元207A分隊の配属された先は武にとっては予想通り、他のメンバーにとっては予想外の全員同じA-01連隊だった。
もっとも100名近いA-01連隊の人間の前で入隊宣誓をするハメになった時はさすがの武にも予想外であった。
武の中ではA-01と言ったら中隊規模。この時はこれだけの人数がいたのかと、内心圧倒されながらもやはり仲間が多いのは心強い。
武達はその中でも自分達が任官した事により新たに構成されたA-01第9中隊に配属され、結局元207A分隊は一緒に組む事となった。
昨日の解隊式で散々泣いた水月達はそれを思い出すと何だか気恥ずかしかったが、それでもまた一緒に戦える事の喜びの方が大きかったので、何だかんだで意気揚々と訪れた教室にこの男2人がいたのだった。
出会った瞬間いきなり大騒ぎの4人に武は1歩引いた所で口を開けて「誰だ? この人達?」と言った顔でその様子を見る。
武は知らないが実はこの2人、今まで経験してきたループの世界ではそれぞれ『明星作戦』で戦死しているのだが、今回は白面のおかげで明星作戦の死傷者が『0』だったためしっかりちゃっかり生きていたのだ。
水月と遙が無意識の内に叫んでしまったのは00ユニット素体候補としての適正が並行世界からの電波でも受信してしまったためだろう。
「……ゴホンッ!」
騒がしい空気に1つ大きな咳払い。
全員がその人物に注目する。
目の前には赤味がかった髪に完璧主義的な雰囲気を感じさせる女性が1人。
――伊隅みちる。
付き合いでは1週間ちょっとだが、武にとって10年分に等しいと言っても過言ではない衛士の心得を教えてくれた恩師が無言の圧力を放って立っていた。
「け、敬礼――!!」
あわてて慎二が号令を掛ける。上官の前でいきなり無礼な態度を取ったのだ。本来ぶん殴られても文句は言えない。
背中に汗をかきながらも全員姿勢を正す。
「フ……まぁ今回は多めに見てやる。いきなりの懐かしい同期との再会に驚くのもわからんでもないからな」
みちるの言葉にとりあえず全員胸を撫で下ろす。
軍人としての彼女は厳しい上官と言った雰囲気があるが、その実非常に面倒見が良い。
孝之達4人が見せた人間関係というのは厳しい軍の中でもいかに重宝するのか彼女は知っているのである。
「では――、A-01連隊へようこそ。貴様らを歓迎する!」
「「「「「――は。よろしくお願いします! 大尉殿!!」」」」」
目の前の恩師と再び一緒に戦える事を武はうれしく思い「またよろしくお願いします」と心の中でもう1度呟く。
「さて、既に聞いていると思うが、この隊は香月副司令直属の特殊任務部隊だ。我々に与えられる任務は香月副司令を中心としている『ある計画』を完遂させる事だ」
「ある計画ですか?」
いきなり出てきた抽象的な言葉に宗像が鸚鵡返しする。
「そうだ。その全容は私の方でも完全に把握しているわけではないが、それが完成すればBETA戦は覆ると言われている」
「「「「っ!!!?」」」」
全員の息を飲む音が聞こえた気がした。
それは当然である。忘れもしない1年少し前の話、BETAが日本に上陸したあの悪夢ともいえる暑い夏の日。
まだBETAの脅威は大陸越しの話でどこか他人事と感じていた日本人は、あの日を境に人類がどれだけ追い詰められているのかを身をもって知ったのだ。
国土が蹂躙され今まで何度も世界中でハイヴの攻略戦を行っていたものの結果は全て失敗。
横浜と佐渡島。その2箇所にモニュメントが建設された時、屈辱と共にBETAと人類の戦力差を見せ付けられたのであった。
その戦況が覆ると言われて心躍らない日本人、いや人類はいない。
「だがその分我々に与えられる任務は常に極限とも言える物ばかりだ。故に我が隊の人員消耗率の激しさは他の類を見ない」
みちるの言葉に、武も人知れず拳を握り締める。
そうだ。オルタネイティヴ4のキーとなる理論はもう回収されているのだ。
横浜基地ができるまで後何ヶ月かかる分からないが、まずはその間を生延び、また仲間を絶対に助けなければなならない。
武の中で緊張が走る。
「貴様らはこの仙台基地の中でも優秀な訓練兵だったと聞いている。大いに期待しているぞ」
「――はいッ! 大尉殿!」
「我々は全員、神宮司軍曹の子供だ。親の顔に泥を塗るなよ?」
「「「「「……え?」」」」」
みちるの言葉にまた思わず全員聞き返してしまう」
「……なんだ、知らなかったのか? では教えておく。この基地の訓練学校は、A-01連隊の衛士を鍛錬するための場所だ」
どんどん入ってくる新情報に水月達は1回息を吐く。
そんな部下の様子を見て、みちるは僅かに笑みを漏らす。
「では、ここでメンバーを紹介しておこう。白銀以外の者達は全員顔見知りだな?」
「「「「「――はッ!!」」」」」
「……そうだその前にひとつ言っておこう。この隊では堅苦しい言動をする必要はない」
「「「「え?」」」」
「副司令から、無意味なことはするな――との命令だからな」
一瞬疑問に思った面々だったが、夕呼の名前がでると「あぁなるほど」と言った様子ですぐさま納得する。
「では改めて紹介しよう、右から平慎二少尉。白銀、貴様の1期上だ。分からない事があったら聞いてみるといい」
「よろしくお願いします」
「こっちこそよろしく頼むな。あのXM3の開発に携わったんだろ? 期待してるぜ?」
「ありがとうございます」
親しみやすい感じの表情からなるほど自分の同期の風間のようなタイプなのだろう。
誠実そうでついつい頼ってしまいたくなる雰囲気を持っている。
「平は帝都である京都に任務で出向していてな。この度部隊が再編成され仙台基地に戻ってきたと言うわけだ」
みちるの言葉できっと今任務とかで仙台基地にいないA-01部隊がいるのだろうと武は予想を立てる。
確かA-01は設立当時は連隊規模だったはずだ。
衛士だけで108名、遙のように衛士以外の人間もいるはずだから人数で言うともっと多いはずである。
「へぇ。平君京都に行ってたんだ」
「あぁ。と言っても実戦は経験は全くないんだけどな。明星作戦が流れて以来まったく実戦の機会なかったし」
水月の言葉に答える平の『明星作戦』という言葉から武は何となく、この人と隣りの孝之って人は前の世界では明星作戦で殉職したんだなと言う事を悟った。
「次に鳴海孝之少尉だ。貴様の1期上で今の平と同じように実戦経験はまだだ」
「よろしく頼むよ白銀少尉」
「はいッ!」
武と孝之はお互い敬礼を持って挨拶を交わす。
「先程の話から想像がついていると思うが平と鳴海はそこの元A分隊と同期だ。せっかくの男同士だ。仲良くすると良い」
「――はッ!!」
みちるに言われて気がついたが、そう言えば自分は男の衛士がいる部隊に所属した事がない。
A-01部隊はこれで2回目だがどことなく新鮮で嬉しい。
「孝之、アンタも平君と一緒に京都に行ってたの?」
そんな武をよそに水月が孝之に話しかける。
「いや? オレはずっと仙台基地にいたけど?」
「はぁ? アンタ私達と同じ基地にいたのに何で会いに来てくれなかったのよ!?」
「あの……大尉。A-01連隊が非公式部隊って事は、この基地にいても他の隊の人間と会ってはいけないという決まりがあるんでしょうか?」
水月に続いて今度は遙がみちるに質問する。
「いや、その様な事はないぞ。というより無理だろう? 食事やら鍛錬などがあるのに隠れてそれらをするのは……。一応表向きには在日国連軍の教導部隊等差し障りのない部隊に所属しているといった設定になっている」
なるほど言われてみればそうかと武はみちるの言葉に納得する。
確かに今まではループで武は訓練兵時代に遙の妹『涼宮茜』やその同期『柏木晴子』に会った事はない。
だが向こうは武の事を知らないのだ。わざわざ会いに来る理由がない。
茜と初めて会った時、千鶴から武の事を何度か聞いてるような事を言っていた事から、きっと自分が知らない所で仲が良かった2人は会っていたのだろう。
「……で? 何で会いに来てくれなかったの?」
水月が再び孝之に視線を移す。
後ろの遙もどこか怒った表情だ。
「……いや、ただ何となく頑張ってる所邪魔しちゃ悪いかなぁって」
「くっ――、ぶっとばすわよッ!」
あまりにも空気の読めない理由に水月は右拳を振るわせ、額に青筋を浮かべる。
「……わりぃ。速瀬、涼宮。オレが仙台基地にいたら会いに行くように言ってやれたんだが」
「ううん……。平君は悪くないよ」
呆れ顔でため息を吐きながら慎二が2人にあやまる。
「鳴海……」
そんな4人の様子を見てみちるが孝之に声を掛ける。
「――はッ!!」
「貴様、後で腕立て200回」
「えぇーー!! 何でですか!」
「……やっぱり300回」
まったく自分の言ってる事を理解していない孝之に更に罰則が追加される。
「まぁ今のはしょうがないですわね」
「……同感だな」
「……な、何だよ一体」
突き刺さる冷たい視線に孝之は何ともバツの悪そうな表情を浮かべる。
「速瀬少尉と涼宮少尉も苦労してるんですね……」
思わず武も呟く。
鈍感な武でも今の水月と遙の態度を見れば孝之に想いを寄せている事は明らかだった。
遙はどこかチラチラと頬を染め照れた様に孝之の顔を見ているし、水月の話し方も自分に構ってほしいと言う気持ちが第3者から見てまる分かりだ。
「そうだな。……だが貴様が言うな」
「え? 何の事ですか?」
宗像の言葉に武が聞き返す。
「……どういうことだ宗像? 説明しろ」
「いえ、白銀は昨日の解隊式で207B分隊の訓練兵6名(全員女)と甘酸っぱいお別れをしてきた所です」
「ろ、6ッ!? すごいなそれは……」
「しかもその内の1人はコイツの幼馴染です」
「お、幼馴染ぃ~~!?」
思う所があったのかみちるはその生真面目な顔が崩れ、素っ頓狂な声を上げる。
「ちょ、ちょっと! 宗像少尉! いきなり何言ってるんですか!?」
いきなり自分の方に話題が移ってきて武は焦る。
少し捕捉しておくと武は今回のループで、B分隊が自分の事を男として見ているかどうかについて意識はしていたのである。
何故なら前回のループで彼女達から遺書という名のラブレターを受け取っており、冥夜に関しては死ぬ直前にその想い告白されたからだ。
だがそれはそれ、前の彼女らが自分の事を好いていてくれたからと言って今回もそうだとは限らない。
純夏の方はまぁきっと自分を想ってくれてるだろう。
では他のメンバーは?
彼女らは自分を男性として見ているのだろうか?
そう思って彼女らの行動を振り返ってみる。
……やっぱりそれはないだろう。
武はループの知識を得た上でそう結論付けた。
つまり武は『馬鹿』なのであった。
「いや宗像先輩……。あいつらはその……大切な仲間であってですね?」
「はぁ、アンタねぇ……。ちゃんとあいつ等の所に会いにいってやんなさいよ?」
「えっ? な、何でですか?」
武の言葉に女性陣がガクッとこけそうになる。
コメカミを人差し指で押さえながら武のアホな発言に頭痛を覚えながらも口元が引きつっているようである。
「白銀……貴様も後で腕立て200回……」
「う、うえぇッ!? いや大尉、ちょっとした冗談ですよ」
これは本当に冗談のつもりだった。
会いに行ってはならないという規則がA-01連隊にないのであれば普通に顔出ししようとは思っていた。
「そういった冗談は好かん。やっぱり300回」
「う…………」
そう言えば伊隅大尉の好きな人もまれに見る鈍感野郎だとみちる本人が言っていた事を武は思い出す。
もっともまれに見ると言われつつもここに孝之、武という同レベルの鈍感野郎がいるのだから世の中は不思議である。
「白銀、貴様馬鹿だろう……」
宗像の突き刺さる冷たい視線に頭を垂れてすっかり肩身が狭くなった武は萎縮する。
「……孝之、白銀、お前ら実は血の繋がった兄弟って事はないよな?」
慎二も今までの経験上なにやら武に自分の親友と同じ物を見たのだろう。
ため息を吐く慎二の表情は、きっと自分はこの2人の様子を何だかんだでやきもきしながら見ていく事になるんだろうなとかそんな未来予想をしている顔だ。
「なるほど……言われてみれば白銀って確かにどこか孝之に似てるわね」
「あ、ちょっとわかるかも!」
「うんうん……。孝之からマイルドさを半分くらい抜き取ったら白銀になるわ……。バカレベルは大差なさそうだけど」
「くっ! お前ら本人を目の前に好き勝手な事言いやがって……」
「酷い言われようっすね。いや言われてるのはオレなのか、鳴海さんなのか……」
「「「「「両方だッ!!」」」」」」
武と孝之以外全ての人間が同時に叫んだ。
A-01部隊、後の伊隅ヴァルキリーズが最初に発揮したチームワークの瞬間だったと言う。
◆
「ハァ……何だかすっかり話が逸れてしまったが、隊の交友が深まったところで貴様らに伝えておくべき事がある」
お互いの恋愛事情その他諸々把握したところでみちるが話を一旦打ち切り、真面目な声で話を変える。
「今回貴様ら207A分隊にとって急な任官だったと思う。そしてこの後本来なら3ヶ月かかる後期カリキュラムと実戦に出る前に受けるべき座学。この2つを数日間でやってもらう。……いいな?」
「「「「「……わかりました」」」」」
みちるの言葉に武達は一瞬出かかった質問の言葉を飲み込み、了解の返事をする。
確かに今回の解隊式は急だったが早く卒業できた事には正直うれしかった。
だがみちるの話を聞くとこれからさらに強行スケジュールが待っているようだ。
A-01部隊の顔に緊張が走る。
「……まぁそんな顔をするな。これからちゃんと理由を説明してやる。今日から20日後の10月22日、貴様らの『初陣』が決定した」
「「「「「!?」」」」」
みちる以外全員の心臓の音が聞こえる気がした。
『初陣』、衛士にとってこの言葉は初めて戦場に立った事を指すのではない。
初めてBETAと対戦した時、これを『初陣』と呼ぶのだ。
ついにこの時が来たとばかり全身の毛穴が開き汗が吹き出るのがわかる。
「貴様らの初陣……それは『甲21号作戦』、つまり佐渡島ハイヴ攻略戦だ!!」
「「「「「なッ!!」」」」」
今度は全員声が出た。
当然だ。ハイヴ攻略戦……急だと思っていた任官から待ち受けていた任務内容は、BETA戦において最も苛烈極まる物だったからだ。
武は自分以外の顔を見る。
全員その表情に余裕がなく身体が小刻みに震えているのは武者震い……などではなく不安による物だろう。
一気に緊張が高まり突きつけられたBETA戦へのカウントダウン。
そして死ぬかもしれないという現実。
一刻も早くBETAをこの世界から駆逐したいと言う気持ちと恐怖がごちゃ混ぜになる。
「伊隅大尉。つかぬ事を聞きますが俺達の役割はどこでしょうか?」
――まさかハイヴ突入?
1瞬武の中で嫌な予感がするが、それはないと冷静な部分が結論を出す。
「フフ、まぁ安心しろ我らがハイヴ突入する事はない。我々の行う任務は佐渡島ハイヴ周辺に群がるBETA共の駆逐だ。……最もBETA戦において楽な戦いは一切ないから覚悟しておけよ?」
みちるの言葉に武は頷く。
誤解のないように言っておくが別に武はハイヴ突入に怖気づいたワケではない。
夕呼に『突入しろ』と命令されればもちろん行く覚悟は出来ている。
だが隊の大半が初陣を占める部隊にハイヴ突入を命令する上官はいない。
これは新人に対する気遣いではなく単に初陣の衛士をハイヴに突っ込ませても『無駄』であり『邪魔』だからだ。
歴戦の衛士が幾度となく攻略に望んでも落とす事の出来ない難攻不落の要塞。
ハイヴのどこまで続くと分からない横坑と縦坑の入り組んだ迷路のような構造。
そして不気味な沈黙が続くBETAの魔窟から発せられるプレッシャーは想像をはるかに超えるものである。
突如現れる数万の大群と遭遇した場合、突入部隊に新人衛士が1人でも混じっていたら、パニックを起こして味方の足を引っ張るのが関の山だ。
「付け加えて言っておく……」
みちるの言葉に再び武は意識を彼女に集中させる。
「今回ハイヴに突入する部隊は『いない』」
「「「「「「……えッ?」」」」」」
みちるの言葉に武達は怪訝な表情を見せる。
ハイヴ攻略戦にも関わらずハイヴ突入部隊いないのでは一体どうやって攻略すると言うのか?
「何故なら……」
「我が出るからだ」
突然部屋のドアが開きみちるの言葉を遮った存在に全員が一斉に振り向く。
そこには銀色に輝く髪に漆黒に染まった軍服を身に纏い、今までの日常では感じさせなかった、いや武が初めて出会った時と同じように、研ぎ澄まされた刃物のような雰囲気を放つ白面が腕を組みながら立っていた。
◆
「陽狐さん!」
突如現れて部屋の中に入ってくる白面に対して武が声をかける。
「フム、武か。そういえば解隊式に出れなくてすまなかったな。その制服似合っておるぞ?」
「あ……はい。ありがとうございます!」
白面に祝福された事により武は改めて敬礼を取り、国連軍の衛士になった自分の姿を白面に見せる。
「は~~い伊隅♪ 新人達との顔合わせは上手くいってる?」
白面の後ろから夕呼も登場する。
彼女の表情は白面のそれと違いいつもと変わらないどこか飄々とした顔だ。
「あの……陽狐さん? 一体どうしたんです? なにやら不機嫌ですが」
武の記憶の中でこういった表情の白面を見るのは初めてである。
いつも余裕のある笑みを浮かべてる。そんなイメージを持っていた武からすると少々心配になる。
「……何、少し前から佐渡島戦の作戦会議が行われていたのだがな。結局我の案が通らなかったので面白くないだけだ」
そう言いつつも白面は唇をグッと結んでその表情を変えない。
「……一体陽狐さんはどんな作戦を提案したんですか?」
「簡単なことだ。我1人で突っ込むからお前達はここで待機してろと言ったら全員却下してきてな」
「いや……それは当然じゃないですか?」
白面の策ともいえない策に武は呆れる。
武だけでなく他のA-01部隊も開いた口が塞がらないといった感じだ。
「……分かっておる。一応そなたらの言い分は理解しておるのだ」
白面はため息を吐き顔を背ける。
白面からすればユーラシア大陸、日本にいる人類全てに一旦豪州か米国あたりに避難して貰ってその間に自分だけでBETAを壊滅させる。
これがはっきり言って1番効率が良くて被害も少ない方法であった。
だがこの世界の人類は白面の実力を知らないのだ。
いや例え知っていてもこの世界の人類はそのような手段はとらないだろう。
これは人類側の勝手な都合だが、BETAをこの世界から駆逐するのは人類の仕事であり使命だという良く言えば立派な志、悪く言えばくだらない意地があるのである。
「今回の作戦はな、本来であれば『佐渡島間引き作戦』が正式な名称なのだ。だが、間引き作戦と言いつつまた我に壊滅させられては恥を掻く言う事で『甲21号作戦』と言う事になったわけだ」
「……なるほど」
白面の言葉を聞いて武は胸が躍る。
そうか……ついにこの時が来たのかと自分のにやけた顔を他人に見せまいと教室のフロアパネルを見て下を向く。
人類の白面に対する危険性の有無を判断する観察期間。
とりあえずその期間を得て安全と判断したのであろう。
あの時、絶望の横浜ハイヴから自分達を救出してくれた『白面の者』の真の実力。
それがどれだけの物かは分からないが、大きなアドバンテージになるはずだと武は期待を高まらせる。
「伊隅? この後実戦の前に行う座学の授業をやるんでしょ? 悪いけど陽狐も一緒に参加させて上げてくれない?」
「はッ――! 了解いたしました!!」
「よろしく頼むぞ。伊隅とやら」
「はい。こちらこそよろしくお願い致します」
そう言いつつみちるは白面と握手を交わす。
白面自身もBETAの事は調べているが、人間が調べたBETA情報も聞いておきたかったのである。
敵の情報を収集する時の白面の目は真剣そのもの。
まるで獲物を捕獲する時の獣のような集中力が伺える。
そんな白面の表情を見て武も自分も負けてはいられないと己を奮い立たせるのであった。
◆
次々と聞かされるみちるによるBETA戦の講義。
訓練兵時代の物と違い実戦を想定した戦術やBETAの習性。
そのどれもが目新しくまた信じがたい。
孝之と慎二は1度講義を受けているがもう1度復習と言う形で一緒に席についているものの、やはりBETAと言う存在が聞けば聞くほど良く分からない、異星起源の存在であると言う事が確認させられる。
講義の内容は武が今まで聞いたものと殆ど同様。
BETAの目的、行動パターンその他諸々全て不明との事だ。
武のループの知識を持ってすれば幾つか不明点にも答えられるが、武はそれについては黙っておく事にした。
武の知っている知識は夕呼に既に話してある。
その彼女がまだ発表していないと言う事はまだその時じゃないと判断しているのであろう。
恐らくは白面の甲21号作戦の結果次第によって言うタイミングを計っているはずだと武は思った。
「――以上が現在確認されている各種のBETAだ。それぞれの特徴、対処法はしっかり覚えておけ」
「「「「「「――はいッ」」」」」」
人類の敵、BETAの各種類の説明になると流石に新人A-01部隊の女性陣は不快感を露わにしていた。
その明らかに地球の生物ではありえない外見。
こんな奴らが自分達の星である地球を好き勝手に蹂躙しているのかと思うとはらわたが煮えくり返る。
「またさらについ最近『母艦級』と呼ばれる種類がいると発表された。全幅、全高176m、全長にいたっては1800m。あいにく写真はないのでその姿をモニターで見せることは出来ないが、BETAが大深度地下を移動している時はこのBETAが動いているらしい。1度に大量のBETAを運ぶのがこのBETAの役割と言えるだろう」
「えッ!?」
突然出てきた自分の知らない新種のBETAに武は戸惑いを見せる。
なまじ他の者達より1歩進んだ情報を持っている分、こういった情報の差異は武にとって不安の種なのだ。
もっともこのBETAは桜花作戦の時にも美琴と壬姫の前に現れた新種であり、武はたまたま遭遇しなかっただけなのであるが。
「すいません大尉。最近との事ですがそのBETAはどこで確認されたのですか?」
「そこにいる白面の御方様からの情報だ。横浜ハイヴに滞在していた際に遭遇したらしい」
全員が一斉にみちるの横に立っていた白面の方を向く。
白面は他の者と違い、机に座らないでノートも一切とらずみちるの講義を聞くだけでその内容を全て頭に叩き込んでいたが、自分に視線が集ると少し口元をゆがめる。
「さ~て、じゃあ今日の座学はこれくらいにして次は実機訓練に移ろうかしらね」
何故だか夕呼が妙に乗り気な声で講義を打ち切る。
「あんた達『死の8分』て言葉知ってるわよね?」
突然の質問だったが武達はその言葉は良くも悪くも印象に残っていた。
『死の8分』……。初陣における衛士の平均生存時間、つまり次の佐渡島ハイヴ戦で自分達が味わう生と死の境界線の時間である。
「あんた達は今後シミュレーション訓練で対BETA戦の模擬訓練を行っていくんだけど……。初めに言っておくわ。実際に見るBETAはシミュレーションのそれとはまるで違うわよ?」
夕呼の言葉に武も内心同意する。
あの圧力、あの物量。まるで死そのものが迫ってくるような絶望感。
その恐怖に身動きが取れなくなり、パニックを引き起こす者も少なくない。
武自身がそうだった。武の場合その卓越した実力があって『死の8分』を生き残れる事が出来たが、他の者が武と同じような状況になったらまず間違いなく死んでいる。
「あんた達もイヤでしょ? そんな短い時間で死ぬのは。いえ、何よりBETAと戦えなくなるのは」
夕呼の言葉に皆黙って頷く。
そう、衛士にとって死ぬ事は覚悟が出来ている。
だが何も出来ないまま死ぬのは我慢できない。
――死力を尽くして任務にあたれ。
――生ある限り最善を尽くせ。
――決して犬死にするな。
前の世界で教わった伊隅ヴァルキリーズの教えにもその事が謳ってある。
「今度の『甲21号作戦』において初陣経験をするのはあなた達だけ……」
さっきから妙に回りくどい言い方をする。
武だけでなく他のA-01部隊も一体何を言いたいんだと少しイラついた表情を見せる。
「そんな貴方達に『死の8分』を乗り越えさせるための特別演習をプレゼントしてあげるわ」
「「「「「「――えッ!?」」」」」」
これには武だけでなく全員驚いた。
そんな方法あるのか?
まさか自分が受けた催眠療法? いや違う。
武にすらまったく思いつかない。
だがどんな方法にせよ、そんな方法があるのならありがたい。
正直今度の『甲21号作戦』で1番不安だった所はそこなのだから。
自分達の仲間を死なせたくない。そう思いつつ初陣と言うハンデキャップは武にとって絶望的なまでに重いものだった。
「じゃあ、あんた達に特別演習をしてくれる特別講師を紹介するわね」
そう言って夕呼は左手を横にスッと出す。
「「「「………………」」」」
全員夕呼の出した左手にある扉の方向を見るが誰も入ってくる様子はない。
数秒間の沈黙。
すると夕呼の隣りにいた白面がニヤリと笑った。
「喜べッ! 我が相手をしてやる」
後に武はこう語る。
その時の白面はとても嬉しそうな顔をしていたと――。
あとがき
これにて何とか日常編は終わりです。
正直プロットの段階から悩んでいました。
すなわち背景キャラを殺してもいいのかと。
本文で書いたように背景キャラも生存させる方法があるだけにちょっと残念ですが、この世界の人類は絶対に白面まかせにしないでしょうから仕方ないですかね。
あと孝之の事をヘタレと書きましたがそんなにヘタレですかね?
今回の話を書くために『君望』をプレイしてみましたが、そこまで酷いとは思わなかったので。
何はともあれ次はようやく佐渡島。
ではまた次回の話で。