第拾四話 衛士の才能と実力
BETAに蹂躙されたであろう廃墟に乾いた風が吹く。
瓦礫の山により、足場の踏み場がなくなった地面。ひび割れた外壁だけで辛うじて形を保っているビル。
かつて人が住んでいたであろうこの場所に、巻き上がる土埃がもはやここは人間の領土では無いという事を無言で示していた。
静寂が包む廃墟に硬い物同士がぶつかり合う金属音が朽ちかけた建物に良く反響する。
そこには大小様々なBETAの群生と対峙するのは白面の者の存在があった。
「くっ……! おのれぇ!!」
苛立ちの声を上げるのは白面の者。
風邪など生まれて此の方1度も引いた事のない白面だったが、きっとこういった状態になるのだろうと、思い通りに動かない己の体に対し奥歯を噛み締める。
「なめるなァア!!」
怒りの声と共に放たれた白面の攻撃はあっさり要撃級の2対の前足に防がれる。
我ながら情けない何と脆弱な一撃か!!
いつもなら何気なしに振るう尾の一振りですら、何人たりとも防げぬ程の威力を持つのだが、その破壊力は今や見る影もない。
「ちぃーーーー!!」
白面は慌ててその場から離れる。
目の前の要撃級を相手していたら横から突撃級がその巨体をフルに活かして突っ込んできたのだ。
かすっただけなのにも関わらず、突撃級の170km/hにも及ぶ突進力は白面の足に大きな傷を残す。
着地はしたもののバランスを崩し膝をつく。
好機とばかり襲い掛かる要撃級に半ばやけくそに放った白面の一撃がたまたま当たり、そのまま要撃級は崩れるように倒れる。
……本当にまぐれと呼ぶにふさわしい無様な一撃である。
「………………」
ここに来てようやく数体BETAを屠ることに成功した白面は冷静に自分の状況を分析する。
目の前……。いや前面だけでなく左右、後ろにも数百にも及ぶBETAの群れ。
完全に囲まれてしまった。
くッ! と白面は自分の最期を悟る。
赤と白、大小様々なBETAがまるでタイミングを合わせたかのように一気に白面に襲いかかった――!!
◆
『―――不知火、右脚部破損……胸部大破。致命的損傷、戦闘継続不能と判定』
様々な機器類が占める筐体――、シミュレータのコックピット席にオペレーターの声が響く。
「BETA撃破数たったの『5』……ゴミね」
「…………うるさいな」
先ほどまで白面が乗っていた不知火とBETAの群れが幻のように消えていく画面。
散々な結果を叩き出したシミュレータから降りた白面は夕呼の皮肉に唇を尖らせ顔を背ける。
「だいたい何で長刀しか使わなかったの? 突撃砲があるじゃない?」
「……手が滑って落とした」
「えぇ、知ってるわよ見てたから。再確認しただけ」
「ぐっ…………!!」
口元を緩め意地の悪い笑顔を浮かべる夕呼の言葉に白面は言葉を詰まらす。
「お疲れ様です御方様」
後ろから声を掛けてきたのはポーランド出身のイリーナ・ピアティフ中尉だ。
金髪の清楚な感じのする美人である。
「………………」
彼女の青い瞳が白面を見続けていたが不意に視線をそらし、口元を押さえ肩を震わす。
「貴様! 笑うな!!」
「い、いえ……決してその様な……ッく!」
「ぷっくくく…………、あ~~~はっはっはっはっはッ!! も、もう駄目! あんた下手過ぎ!」
先ほどシミュレータを思い出してか夕呼は涙目になって笑い転げる。
「くくく、いやーーー! 良い物見せてもらったわ!」
今まで完璧超人でスキのなかった白面の醜態を見ることができて夕呼は上機嫌な声を上げる。
「陽狐さん。元気出してください」
「……うぅ、霞はいい奴だ。本当にいい奴よのう」
夕呼達と一緒に来ていた霞が慰める。
頭にのせてる狐耳がピクリと動く。
「ん~~~、それにしてもシミュレータ前にやった衛士の適正検査だと陽狐は白銀以上の好成績を残しているのに当てにならないものねぇ。追加項目として『狐は例外』って書いておこうかしら?」
夕呼の容赦ない追い討ちに白面はもはや何も言わずに霞を抱きかかえ、そのまま背中を向ける。
いじけているのである。
そう、夕呼の言ったとおり白面は衛士適正検査において武の測定値を上回る成績を叩きだしていたのだ。
つまりは歴代最高の成績である。
最もこれは当たり前と言えば当たり前の結果だ。
適正検査は戦術機に搭乗した際における揺れや、BETAのシルエットによる脳波の乱れ等を測定するわけだが、白面本来の獣状態による動きは戦術機のそれを遥かに上回っており、なおかつ白面にとって取るに足らないBETAのシルエットなどを見ても動揺などするわけがない。
それにもかかわらず戦術機の操縦がまるで駄目なのは……まぁ、根本的に才能がないのだろう。
「あれ? 陽狐さんに夕呼先生。こんな所でなにやってるんです?」
突然声を掛けてきたのは武である。
その後ろからは207A分隊の面々が着いてきている。
床に壁に天井、その殆どが金属の材質で作られたシミュレータルームに武達の強化装備の硬い靴音が良く響く。
「何、暇つぶしに遊……いやたまには鍛錬でもしようと思うてな」
「今、絶対遊んでるって言おうとしましたよね?」
「気のせいだ」
「……まぁいいですけど。なるほどそれで強化装備なんて着ているわけですか?」
そう言って武は白面の姿に視線を送るがすぐに視線を逸らしてしまう。
黒を基調とした強化装備から白面のしなやかな肢体、膨らんだ胸が浮き出ており、女性の強化装備姿に見慣れているはずの武も何となく視線を合わせにくい。
「……しかし、この装備を考えた奴は絶対に男だな」
白面は抱きかかえていた霞を床に降ろし、自身の姿などまるで気にせずに手足を動かしてみせる。
白面の言う事ももっともである。男性の強化装備に比べて、女性の強化装備は明らかにその体の線が浮き出るように作られている。
戦場でのシャワーすら一緒に使う、男女共同生活による羞恥心の払拭。
そんな尤もらしい建前があるが、白面からすればどう見ても悪意があるとしか思えない。
「……それに関しては同意します」
武の言葉に後ろにいた水月、宗像、風間は透明な強化装備に恥ずかしそうに胸を隠しながらも頷く。
「でも陽狐さん。一見このスーツ頼りないように見えるかもしれませんが、優れものなんですよ?」
「ほう、そうなのか? 知らなんだわ」
何の説明も受けずに進められるまま強化装備を身につけていた白面は、武の着ている強化装備にマジマジと顔を近づける。
「……ていっ!」
「ゴフッ!!」
白面の軽く放ったデコピンが武の脇腹辺りの特殊柔軟素材に穴を開ける。
「あ……すまぬ。大丈夫かタケル?」
「だ、大丈夫です……何とか…………」
悶絶しながらもわき腹を押さえ答える武。
どうやら骨にヒビとかは入っていないようだ。
本来ならばこの特殊柔軟素材、伸縮性に優れ、衝撃に対して瞬時に硬化し例え鉄パイプで殴られようとも痛みを全く感じないほどの防御力を持っているのだが、当然その耐久以上の衝撃を受ければ破損する。
いやむしろこの場合は良く防いだというべきだろう。
「あーあ……。何やってるのよ陽狐。高いのよそれ?」
「我は知らぬ! 豆腐のように脆いその装備が悪いのだ!」
「豆腐のようにって……、まぁいいわ。修理代はアンタの預金通帳からおろしておくからね」
「なんと!?」
夕呼の言葉に白面は1歩下がり驚きの声を上げる。
「……っていうか陽狐さん。預金通帳なんて持ってたんですか?」
「……何を言う? 我はちゃんと働いておるではないか?」
「「「「嘘!?」」」」
A分隊の声が見事に重なる。
この仙台基地に来て以来、毎日暇を持て余す怠惰な生活を送っている白面が『ちゃんと働いている』姿など誰も見た事がないのだ。
せいぜいPXで手伝いをしているくらいだがそれも気まぐれで、ほんの数回しか手伝っていない。
「……一体いつ働いてたんですか?」
「帝国に斗和子を派遣しておるだろう?」
さも当然と言わんばかりの白面に一同唖然とする。
「……御方様。それは働いているとは言わないのでは?」
「そんな事はないぞ? 認めたくはないが……本当に認めたくないが斗和子は我の分身。人間で言うともう1人の自分が働いておるのと変わらぬからな」
「斗和子さんがもう1人の陽狐さん?」
「……言うな」
「え?」
「言うなといった」
「あ、はい。すいません」
白面の一言に何故か背筋が寒くなった武はこれ以上追及しまいと素直に謝る。
「……で? 副司令、こんな所に来られるとは何か用があるのではないですか?」
「あぁ、そうそう。私達も別に邪魔しにきたわけじゃないのよ? まりも、これからココで訓練をする予定だったわよね?」
左手で髪をかき上げ嬉しそうな笑顔を向ける。
「えぇ、シミュレータによる市街での戦闘をする予定ですが……」
「そ。悪いけどシミュレータの訓練は中止にして実機訓練による市街地模擬戦闘演習をしてもらうわ」
「は?」
突然現れていきなりの予定変更の命令に、まりもを始めとした207A分隊は頭にクエスチョンマークを浮かべるのであった。
◆
『くっ! なんなのよこれ!』
水色に塗装された訓練機、『吹雪』から水月は焦りの声を上げる。
コックピットに映る機体も自分と同じ『吹雪』……のはずである。
突然の夕呼からの訓練内容の変更。
絶対何か企んでる。水月だけでなくその場にいた全ての人間は夕呼の表情から確信めいたものを感じていた。
夕呼の言ってきた内容は『武vs水月、宗像、風間』の1対3の模擬戦だった。
――舐めてると水月は思った。
確かに武の戦術機の機動は自分達よりはるかに高みにいる事は認めている。
それを悔し紛れに武の事を変態的と言って誤魔化した事もある。
だがそれはあくまで1対1での話だ。
3人……しかも前衛、中衛、後衛のそれぞれ得意ポジションがきっちり分担できてる自分達と白銀1人、コンビネーションが出来るか出来ないかの差は、もはや実力以前の問題である。
だが……。
『このぉっ!!』
水月の振るった近接戦用短刀はボクシングのウェービングよろしくU字を描く武の吹雪の機動により難なく空を切る!
『!?』
普通戦術機での相手の攻撃を防ぐ場合、手に持つ武器で弾くか跳躍ユニットを使って機体ごと移動してかわすのが当たり前だ。
戦術機は人間に出来る動きを全てこなす……その理屈からすれば目の前の吹雪の動きは確かに可能のはずだ。
だが連続で上半身を左右に移動させるという機動を戦術機で行うには並外れた技術が必要である。
水月は唇を噛む。
武の技術力は知っていた。いや知っていたつもりでいた。
天才衛士と武本人には直接言わないが内心そう評価していた。
だがそれすら低い評価であったことを思い知らされる。
『このぉッ!!』
連続で繰り出される自分の短刀。
そのことごとくが空しく空を切る!
武の吹雪の動きが速過ぎる。――否、機体の反応速度が違い過ぎるというべきか。
まるで後出しジャンケンされてる詐欺に合ったような気分だ。
まるで当たる気がしない……!
目の端に映るのは武の吹雪が左手に持つ近接戦用短刀。
模擬訓練用の発泡樹脂製の刀身が鈍く輝く妖しい光を放つ。
やられる! そう覚悟した瞬間目の前の武はバックジャンプで後方に下がる。
『……え?』
水月が呆ける刹那の後、けたたましい発砲音と共に放たれるペイント弾が武がいた所をオレンジ色の斑模様に塗り変えていく。
『大丈夫ですか? 速瀬先輩』
『宗像!』
網膜投影に映る宗像の顔に彼女が援護射撃をしてくれた事を理解する。
普段どこか余裕のある表情をしている宗像の表情が険しい物になっている。
彼女も武の機動の異常性に気付いているのだ。
その武は今どこに? 水月は見失った武の機体を探す。
いた――ッ! レーダーに映る赤い光点。
ボロビルの間を縫うようにして今度は宗像の方に向かっていく。
どうやら目標を彼女に変更したようだ。
宗像と風間のペイント弾が豪雨となって襲い掛かるがビルの壁を盾にその進行を止めない。
『来い! 白銀!!』
珍しく大声を上げて宗像は右脇に突撃砲、左手に74式近接戦闘長刀を構える。
『美冴さん!』
コックピットに風間の声が響く。
このままでは埒が明かない。
自分を囮にしてそのスキに武を取る! そういった作戦なのだろう。
水月と風間も彼女の意図を察したのか無言で突撃砲を構える。
『……つくづく白銀には驚かされる』
宗像は肺の中の空気を吐き出し自分に向かってくる武の青い機体に向かって呟く。
先ほど水月との接近戦で武を捕らえられなかったのは痛かった。
武が短刀を振るおうとした瞬間を狙っての狙撃だった。だがそれにも関わらずかわされた。
それは本来ありえない動きである。
あのタイミングなら戦術機には『短刀で攻撃する』という操作が入力されていたはずだ。
回避できるのは『攻撃した後』のはずである。
攻撃を途中で止めバックジャンプする事は今までの戦術機なら不可能な事である。
おそらくあれも香月博士の企みなのだろうと宗像は推察する。
『……だが、そう思い通りにはさせん!』
操縦桿を握りしめスロットルペダルを強く踏み込む。
いつもより高い跳躍をしながら武にペイント弾をお見舞いしてやる。
自分とほぼ同じタイミングで水月と風間の援護射撃が武に横から襲い掛かる。
ここでできる回避行動は噴射跳躍による上への回避のみ!
そこを水月と風間が自分ごと武を狙い打つ。
1秒先の世界を頭の中でシュミレートした宗像は左手に持つ長刀の柄を強く握りしめる。
武の跳躍ユニットが青白い光を放つ。
――狙い通り!! 内心勝利を確信した宗像だったが、次の瞬間武の機体が下に沈んだ。
『『『なッ!!!』』』
驚愕の声を上げる3人に対して仰向けになりながら武の吹雪が地面を滑りペイント弾を回避する。
『――宗像機動力部、下腿部に被弾致命的損傷、大破!』
『――バ、バカな』
コックピット内に流れる涼宮遙のオペレートの声を聞いて初めて自分が撃破されたことを宗像は悟る。
自分の網膜投影に今ようやく映ったのは武の突撃砲の銃口。
回避してから攻撃に移るまでの間隔の異様な短さに放心しながら宗像は吹雪の操縦桿から手を放すのであった。
◆
「――以上、市街地模擬戦を終了する」
戦術機を収納するハンガーにまりもの声が響く。
「午後は、この演習のデータを使ってシミュレーターの演習だ。解散!」
まりもの解散の合図を受けても皆動こうとしない。宗像を撃破してからものの数分とかからず水月、風間を撃破した武の機動に他のA分隊は言葉をなくしているのだ。
「……白銀。一体どういう事?」
水月がいつもと違い抑揚のない声で武に尋ねる。
その静かな声が余計に圧力を感じさせる。
「えっ……と…………」
水月だけでなく宗像、風間、それにオペレートをしていた遙も無言で見つめてくる。
何だかんだ言って自分の成果が認められるのは嬉しい。
彼女らの様子に思わず口元が緩んでしまう。
「ちょっと! 何にやけてんのよ」
「ふふ、そこまで驚いたんなら大成功ね」
武の代わりに答えたのは不敵な笑みを浮かべている夕呼だ。
白衣を着て腕組をしながら笑うその姿にいたずらが成功した満足感が見て取れる。
後ろでは白面、ピアティフ、霞が黙ってその様子を見ている。
「博士っ! 何かあると思っていたのですが一体白銀の戦術機に何をしたのです!?」
「白銀の戦術機には、新しい概念を組み込んだOSが組み込まれてるの」
「……新しい概念?」
「みんな、白銀の戦術機機動がとても奇妙な事は知ってるでしょう?」
「奇妙というと戦術機が倒れた際に小刻みに操縦桿を動かしたりとかですか?」
普段武の機動記録を立場上1番に目を通している遙が尋ねる。
「そう。そういった動きの集大成が今日の戦術機の動きってわけ。あれが白銀が本当に目指していたものなのよ」
「「「「えっ……!!」」」」
夕呼の言葉に皆目を丸くする。
「今までは制御システムの問題から不可能だったんだけどね、白銀がどうしてもっていうから作ってあげたんだけど、だいぶインパクトが強かったみたいね」
驚いて固まっているA分隊の面々を夕呼は楽しそうに見つめる。
「サンプルは多い方がいいから207小隊全機のOSを換装してあげるわ」
「本当ですかっ!」
「シミュレーターのOSも書き換えておくから適当に遊んでみてちょうだい」
「じゃ、じゃあ私達も今日の白銀のような機動ができるようになるんですか!?」
身を乗り出して夕呼に問いかけるのは近接戦闘が得意な水月だ。
自分の攻撃がかすりもしなかった武の機動はそれほど魅力的なものだったのであろう。
「そうよ。難しい機動も簡単に繰り出す事ができるって所もあのOSの利点だからね。もっとも訓練は必要だけど。他に細かい所は白銀に聞いてね」
水月だけでなく他の隊全員がそのうれしいニュースに歓声を上げる。
「シ・ロ・ガ・ネッ!! 早いところPXに行くわよ。そこで色々と話を聞かせてもらうわ!」
いてもたってもいられなくなったのであろう。
水月は武にそう一言いうと返事も聞かずに更衣室の方まで走っていってしまう。
他の者達も同様のようで、足早に水月を追いかける。
「……あれがタケルの目指しておった動きか。素人目の我から見てもその違いは明らかであったな。めでたし!」
ハンガーから207A分隊がいなくなった所で白面は先ほどの模擬戦の動きを振り返る。
「ふふ、まぁこれで借りは返せたって感じかしらね」
先ほど武がどうしてもと頼んだから作ったといった夕呼だったが、新OSことXM3は夕呼から作ってあげると言い出したことだ。
オルタネイティブ4の理論を得る事ができたのは白面と武のおかげであったので夕呼なりの礼と言うやつである。
これで武も思う存分力を発揮できるだろう。
キャンセル、コンボ、先行入力、この世界の人間にはない概念により作られた新OSはまさに戦術機の革命と言っても過言ではない。
キャンセルは先の模擬線で宗像の奇襲を避けたように戦術機の機動に幅をもたせ、先行入力は戦術機の反応速度を上げ、コンボによる操作の簡略化は衛士の命を生き長らえさせる。
「夕呼、私聞いてないんだけど」
「あら? そうだったかしら?」
まったく詫びいれた様子もない自分の親友にまりもは腰に手をあて溜め息をつく。
「でもよかったの? 勝手にシミュレータに白銀のOSを組み込んじゃって。あれは国連全体の問題でしょ?」
「悪いけど。私はまだあれを他の連中に使わせる気はないわよ。あのOSは私の研究の一環なの。……まりも、その意味わかるわよね?」
「……了解」
夕呼の研究といわれてはまりもからは何も言う事は出来ない。
「ところでまりも? 衛士であるアンタの視点から見てあのOSの機動はどうだった?」
「正直、兜を脱いだわね。白銀の機動は前から気にはなっていたんだけど、まさかあんな機動を頭の中で考えていたなんて……」
「アンタにそこまで言わせたなら作った甲斐が有ったわね」
「あれが全世界の戦術機に組み込まれたらBETA戦は大きく動くと思うわ。『死の8分』という言葉もなくなるかもしれない」
まりもの言う『死の8分』とは初陣の衛士の戦場における平均生存時間の事だ。
そのあまりに短い平均時間。
かつて訓練兵時代のまりもも緊張感を持たせるための与太話だろうと思っていた。
……だが違った。
思い返されるのは自分が未熟故に招いてしまった罪。
初陣でのまりもの隊は彼女以外は8分とかからず全滅。
『死の8分』という言葉は彼女にとって重く圧し掛かる事となる。
「そう、それを聞いて安心したわ」
まりもは表情を変えなかったが夕呼は長い付き合いでまりもが何を考えているのか読み取ったのだろう。
一言いうと白衣をひるがえしてハンガーから出て行こうとする。
「待て、夕呼」
「あら何? 陽狐」
夕呼を呼び止めたのは白面である。
先ほどのシミュレータで着た強化装備に身を包み腕を組んでいる。
「先の雪辱を晴らしてくれよう。もう一度我にシミュレータをやらせよ」
「なんで? 私無駄な時間過ごしたくないんだけど?」
「くッ! 無駄とか言うな。先のタケルのOSを使えばBETA5000体くらい屠れそうな気がするのだ」
「何その根拠のない強気な発言……」
夕呼は白面の言葉に呆れながらも「しょうがないわねぇ」といいながら一緒にシミュレータールームに向かうのであった。
◆
「BETA撃破数『0』…………何で記録下がってんのよッ!」
「夕呼、このOS使えぬぞぉ……」
「アンタが下手なの!」
「ぬぅぅぅうっ!!」
「陽狐さんそういう時は『あが~~~』と言うらしいです」
「おぎゃ~~~」
「あが~~~です」
「あ、おぎゃ~~~」
実戦と同じ損害判定を可能としたJIVES(ジャイブス)を用いたシミュレーターシステム。
そこで逆の意味でパーフェクトな成績を叩き出した白面。
肉体を得て3000年以上、国中の化物と人間を1体で迎え撃つ無敵の強さを誇り、その記憶力は2300年前にすれ違った人間の顔を覚えているほどで、知略の面でも他に追随を許さない。
さらには帝に取り入るほどの美貌と芸術と世渡り術を有すなど何だかチートの固まりのような白面だが、何故か戦術機は苦手だった……。
あとがき
まえがきに戦術機に乗らないと書きましたが乗せちゃいましたw
まぁこれなら乗ったうちに入らないでしょう。多分。
よくよく考えたら記事数17にして始めての戦術機による戦闘シーン。
マブラヴオルタの2次小説なのに……。
以下文章中に出てきた白面の能力
◆白面ズ記憶力
>>その記憶力は2300年前にすれ違った人間の顔を覚えているほど~
うしとら23巻P140参照
うしおの顔を見て「思い出したぞ今! おまえは確か、大昔中国の王朝を滅ぼした時、我の前に立った人間だな」
と白面は言ってます。
うしとら13巻で時逆に連れられて2300年前の中国で会った時の事を言ってるのですが、この時のうしおは白面から見て道端の石ころもいい所。
普通に考えて覚えてるわけないです。
それにもかかわらず覚えてるってどんな記憶力してるんだろこの人。……人じゃないですけど。