第拾参話 それぞれの歩む道
壁の四方がコンクリートで囲まれた簡易な部屋。
広さ8畳の個人部屋はここ仙台基地では大きい部屋である。
置いてある家具はベットと机、それにスチール製ロッカー。
机とロッカーは他の部屋の物と同じだが、ベットだけはスプリングマットの上物である。
真っ白なシーツに上に白面が横たわる。
帝国訪問から帰って仙台基地に到着した時間は日が沈んだ昨日の夜の事だ。
「………………」
姿勢をずらし寝相を変える。
白面にとって本来睡眠など必要ではない。
眠らなくても別に死にはしないし、一方寝ようと思えば寝れる。
ゴロリ……。
また寝返りを打つ。
そんな白面の肩を何やら揺する存在が1人。
……霞である。
無言のままただひたすらその小さい手で白面を揺すり続ける。
総合戦技演習以来、霞は白面の部屋で寝るようになった。
武の経験してきた並行世界では『うささん人形』を抱き枕にしている霞だが、この世界では白面のシッポに抱きついて寝ている。
そんな彼女の朝の最初の仕事は白面を起こす事である。
白面の朝は遅い。
多分この基地で一番遅く起きているのではないかと思われる。
いや、正確に言うと起きてはいるのだがベッドから起き上がらないと言うべきだ。
霞が起こしに来なかった今までは朝の朝食にも顔を出さない事が殆どである。
「……一緒にPXに行きましょう。陽狐さんも早く起きてください」
まだ眠そうな表情ではあるが制服に着替え、髪を2つに束ねた霞が抑揚のない声で白面を起こす。
「…………わかった」
そう言いつつ再び寝返りを打つ白面の視界に無機質なコンクリートの天井が映る。
ゴロゴロゴロ……。ゴロゴロゴロ……。
ベッドに転がりながら、このまま何もしないで惰眠を貪るのも悪くはないかなと考える。
本来睡眠を必要としないが、引き篭もり歴800年という凄いが全く凄くない記録を持つ白面はこのような自堕落な時間を過ごすのが好きなのである。
頭の中で今日の予定を黙考する。
確か今日は武達に用事があった事を思い出すが「また明日でも良いか?」とすぐにベッドの誘惑に負けそうになる。
「…………ん?」
そんなだらけきった白面の思考を読み取ってか再び霞は無言で白面の肩を揺らす。
「陽狐さん……起きてください」
「あぁわかった。わかった」
二度寝を阻止された白面はようやくベッドから起き上がり、両腕を天井に向けて伸ばし固まった体をほぐす。
「……さて、今日はどのように過ごすか」
◆
朝のPXに味噌汁の匂いが漂う。
この基地の誰よりも早く起きて食堂担当が今日1日の活力を生み出す朝食を作っている匂いだ。
「先輩方、戦術機の訓練とはどのような事をするんです?」
「座学もあるが、実機訓練かシミュレータがほとんどだな。マニュアルを机で座って覚えていくより機体に触れながら覚えていく方が効率が良い」
「やっぱりシミュレータ訓練と実機訓練とでは感覚が違うものですか?」
「私としてはやっぱりできる限りは実機訓練をしたい所ね。どんなに良く出来ていてもシミュレータはシミュレータだし」
PXに空いてる207分隊のいつものスペースにA、B分隊の先輩後輩が交流を深めている。
「速瀬先輩の言うことは最もですが、コスト面を考えるとどうしてもシミュレータ訓練が中心になりますね」
食事時に上がる207分隊の話題はここの所、戦術機訓練についての話題が中心である。
B分隊が質問をし、A分隊がそれに答えるという感じだ。
総合演習を合格した先輩達がB分隊の目から見て何だか大きく見える。
「タケルちゃん。実際の所戦術機の操縦って難しいの?」
「基本的な動作はそんなに難しくはないぞ。それより最初は戦術機の揺れに慣れるほうが難しいかもな」
「とか言ってアンタ全然平気だったじゃないのよ。一体どういう神経してるのよ?」
衛士適正検査で歴代1位の記録を叩き出した武に水月は感心半分、呆れ半分といった調子でため息をつく。
「違いますよ速瀬先輩。タケルちゃんは昔から頭のネジが5本ぐらい飛んでるから揺れを感じないだけですって」
「っておい純夏! お前には言われたくないぞ?」
「……あぁ納得」
「納得しないでください。速瀬先輩っ!!」
武の突っ込みにB分隊も声を上げて笑う。
やはり彼女達も衛士を目指して訓練しているのだ。
武達のこういった戦術機訓練の話を聞いているだけで、今やっている基礎訓練へのやる気も上がってくるというものである。
「だが白銀の機動は独特な概念があるな。その根本となっている所が……はっきり言って理解できん」
「確かにねぇ。あれはもう変態的と言えるわね。あ、誤解しないでね白銀? 良い意味で言ってるんだから」
「……いや、どう聞いても良い意味には聞こえませんって」
武はため息を吐くものの、今の言葉は水月の負けん気の表れである。
水月だけでない。宗像、風間も武の操作記録こっそり見ながら追いつこうとしている。
「でも先輩。白銀の機動ってそんなに凄いのですか?」
委員長こと榊千鶴は武の機動に興味を覚えたのか問いただす。
「そうね、機動を立体的に捉えるのは神宮司教官に言われた戦術機動作の基本的な事なんだけど、その発想がものすごく柔軟というか自由だね。私のナビゲートなんてしょっちゅう上回る機動見せるよ」
「いやぁ……あんまり褒めないでくださいよ。涼宮先輩」
他の先輩と違い素直な賛辞を送るのはA分隊の隊長の涼宮遙だ。
ナビゲートという言葉の通り彼女は今CPのタマゴである。
そう、彼女は衛士の適正検査で不合格の判定を受けてしまったのだ。
原因はやはり1回目の総合戦技演習における高機動車の事故で受けた怪我が原因だった。
“衛士になれない”その現実を突きつけられた時でも、彼女は笑って武達の合格を祝福していた。
本当は泣きたいほど悔しいはずなのにその様な表情は一切見せなかった。
衛士の夢が絶たれた後、すぐに彼女はCPを目指す。
自分のできる事をしようとすぐさま歩きだした彼女に、武は本当の意味での精神的強さを見た。
そんな彼女に対してできる事は哀れむ事ではなく、彼女の分まで強くなる事だと武は思う。
それを思うと新型OS、XM3の導入が待ち遠しい。
以前作ってくれるという約束を夕呼はしてくれたがまだ完成はしていないようだ。
研究時間2年間という壁は武の想像以上に大きいものがあるようである。
とは言えXM3は自分にとっても必要不可欠なものなので、今度催促してみるかなと思いながらも武は食事に取り掛かる。
「ここ、空いてる?」
武がそんな思考に没頭していると当の本人である夕呼が白面、霞、まりもを引き連れてやって来た。
「け、敬礼――!!」
この基地の副司令官である夕呼の姿に遙が起立して号令をかけようとするが、それを夕呼は落ち着き払って手で制す。
「あー、良いから良いから。そういった格式ばったことは嫌いなの私」
「は、はぁ……」
夕呼の言葉に立ち上がりかけた207分隊は曖昧な返事をしながらも着席する。
「いったいどうしたんです? 珍しいじゃないですか夕呼先生がPXに来るなんて」
武の記憶でも夕呼がPXに来るのは珍しい。
「あぁ、私は特に用はないけどね。陽狐の付き合い」
「陽狐さんの……ですか?」
武を含め、207分隊が後ろにいた白面を見る。
「あぁ、そなた達。少し手伝え」
前置きも何もなく発せられた白面の第一声はいきなりの命令であった。
◆
「終ったか。ごくろうだったな」
「いえ、こんな事でしたらお安い御用ですよ」
白面の言葉に207分隊の面々は上機嫌に答える。
いきなりの白面の命令で何をやらされるのかと思い内心ビクビクしていた207(特にA)分隊であったが、その内容は至極まっとうなものだった。
要するに帝都からの土産をここ仙台基地にいる人達に配ってきて欲しいというものである。
霞に何か土産をと思っていた白面だったが、その考えは全く不要であった。
なぜなら帝都から帰る際に、コレでもかと言うほどの土産を貰ったからだ。
本当に良くこれだけ集めたものだと白面も感心する。
帝国の元枢府、五摂家はもとより日本の大企業、はては国連を含む諸外国のお偉い方まで白面に手土産を持たせてきた。
いや土産というよりはむしろ貢ぎ物、供え物といった方が適切だろうか?
その中には白面に対する神仏を敬う心より、様々な打算が混じった心が込められた贈り物の方が多い。
もっともそんな事を気にする白面ではないが……。
配られた菓子はどれも合成ものではない天然素材。
例え世界が平和であったとしてもめったに口に出来るものではない高級品である。
“ある所にはある”とはよく言ったものだ。
別に全部食べようと思えば食べられる白面だが、せっかくなので霞や207分隊だけでなく基地にいる者達全てに配る事にしたのである。
これは白面の心遣いである。207分隊だけに配りでもしたら余計な波風が立つというものだ
戦時中こういった高級品は贅沢思考に繋がるため、あまり一般の兵に与えるのは良くないが、白面の「これが平和な世界で得られる味だ。この味を思い出しBETAから地球を取り戻せ」という、良く分からない理由で配布される事が許されたのだ。
……物は言いようである。
「そなた達には……そうさなケーキと呼ばるる西洋菓子でいいか?」
「「「「で、でかーーーーーっっ!!」」」」
白面がどこから取り出したのかいきなりテーブルに置いたケーキは、優に成人男性の身長を超えていた。
「こ、これは……」
他の仲間と違い武はそのケーキを見上げてどこか懐かしそうな声を上げる。
思い浮かぶのは自分の物ではない、別の世界の自分の記憶。
合成食なぞ食べる必要のない、BETAのいない世界で見たことのあるこのふざけたサイズのケーキ。
武の誕生日で冥夜が用意したあのケーキである。
「五摂家の1つである煌武院家からの贈り物だぞ」
「「「「で、殿下からの!?」」」」
冥夜を初め、全員が新ためて自分の身長より高いケーキを見上げる。
この国の日本人からすれば正に雲の上の人。
見上げるケーキに後光が差しているように見える。
口を開けて呆けている207分隊の様子に白面は笑みを浮かべる。
「まぁあまり気にするでない。せっかくの好意だ。むしろ全て食せよ?」
「問題ないです……甘いものとヤキソバは別腹って昔から言いますから」
白面の言葉に彩峰が昔から言われていない諺で返す。
その両手には皿とフォークがすでに握られている。
「凄いっ! 凄すぎだよタケルっ! ああもう、これは夢じゃないの? んあ~~~も~~!!!」
「じゃ、じゃあ私合成宇治茶もって来るねっ!!」
「ばかやろーーっ!!」
受け渡し口の方に走っていこうとする純夏に武がデコピンを喰らわす。
「あいたーーっっ!! なにするかーーー!」
「せっかくのケーキに合成飲料合わせてどうする!?」
「そうよ鑑さん。白銀の言うとおりここはラムネで乾杯しましょう」
「え? 委員長。オレは水で良いんだけど……というかラムネも合成飲料じゃないか?」
この上さらに甘いもので合わせようとする千鶴の言葉に武は1歩後ずさる。
何と言うかものすごくテンションが高い207分隊である。
いや武達だけでなく白面の持ってきた土産に仙台基地にいる者全員がある種の異常な大騒ぎ状態となっている。
本来なら軍規上問題があるかもしれないが、『食』は人間の3大欲求の1つ。
下っ端の者だけでなく上官の人間も何だかんだで参加している。
白面の事もあるし今回に限っては、まぁ無礼講という事だろう。
「フ……フォォォォォッッ!!!」
普段大人しい壬姫まで天に向かって雄叫びを上げている。
「こ、これは! 合成物ではありえない、いえ、天然物でも最高級品にしかない芳醇な味わいがありますよ~~」
感激の涙を流しながら1口、2口食べまた「フォォォォォッッ!!!」と叫ぶ。
しかし207分隊の女性陣の食べるのが速い事、速い事。
白面の中では恐らく10分の1くらい食べたらもう限界だろうと思っていたのだが、彼女らの底なしの胃袋を甘く見ていたようだ。
あれだけ大きかったケーキがもう半分くらいまでに減っている。
「そうだ冥夜よ。そなたと縁ある者からこれを渡して欲しいと頼まれたぞ」
反応炉に纏わり着くBETAのようにケーキに群がる彼女らを横目に白面は冥夜に話しかける。
「……これは」
冥夜が白面から手渡された物は、藍色からだと白い頭を持つ人形だった。
白面はあえて名前を言わなかったが、征夷大将軍の煌武院 悠陽からの贈り物である。
冥夜と悠陽、離れ離れになったものの2人が数日間一緒に暮らしていたという確かな証。
それがこの人形なのだ。
「……ありがとうございます。陽狐様に感謝を」
冥夜は受け取った人形を自分の胸に押し当て目蓋を閉じる。
その様子を無言で見つめ続けていた白面が今度は風間に声をかける。
「あと祷子よ。斗和子からこれを渡してくれと頼まれたのだが」
「ふぁ、ふぁりがとうごふぁいまふ(ありがとうございます)」
口にケーキを含みながら風間は白面から封筒を受け取る。
おしとやかなイメージがあるが、この隊で一番大食いで早食いなのはこの風間である。
ちなみに今一番ケーキを食べているのも彼女だ。
「なんですそれ? 陽狐さん」
「さてな。我も知らん」
風間は口の中のケーキを飲み込み、ハンカチで口を拭きつつ糊付けされてる封筒を開ける。
「…………あ、クロイツェル・ソナタ」
「何かの楽譜のようだな?」
「えぇ、前から欲しかったんですコレ。御方様、斗和子さんにありがとうございましたと伝えておいてください」
「フム、それは構わぬが何故斗和子がそなたに贈り物などをしたのだ?」
「あら、御方様はご存じなかったのですか? 私と斗和子さんは楽器の演奏仲間なんですのよ?」
「…………あやつめ。いつの間にその様な交流関係を」
いやまぁ別にそれ自体は構わないのだが、斗和子って何か楽器の演奏なんて出来ただろうかと? 白面は頭を捻る。
「…………弾いていた。弾いておったなそういえば。忘れておった」
獣の槍を破壊しようとしていた時、確か葬送曲としてチェロを弾いていたはずだ。
本当にどうでもいい事だったので白面は記憶から消去していたが、斗和子は楽器演奏が趣味なのである。
「えぇ、以前たまたま斗和子さんが演奏されている所に出くわしたんです。それがとてもお上手でしたので、以来何かと御指導していただいておりますわ」
「………………そうか」
本当は突っ込みたい白面だが淡白な相槌を打つ。
何だか斗和子にいちいち突っ込みをいれるのはもう疲れた。
良い楽器は人間。美しい音色は阿鼻叫喚と言っていた斗和子はもはや死んだと思っていたほうが気が楽というものだ。
「そう言えば御方様も楽器の演奏が出来るとか。今度御一緒にいかがです?」
「……誰がその様な事を言ったのだ?」
「え? 斗和子さんが仰ってましたよ? 『御方様は私よりずっと上手に演奏できますよ』って」
「あ~~……、確かに演奏する事は可能だが」
斗和子の物は白面の物、白面の物は白面の物。
その理屈からすれば白面も楽器の演奏は当然できるが、その返事はあまり乗り気でない。
別に楽器の演奏が嫌いなのではなく、何というか斗和子と祷子に混ざって演奏する自分の姿が酷く違和感がある気がしたのだ。
「ウーム、やはり遠慮しておく。我は聞く方が好きだ」
「そうですか? では気が向きましたら声を掛けてくださいね」
「あぁ、了解した」
そう言ってまたケーキの山に向かう風間を目で追いながら、白面はラムネを口に含む。
横で話を聞いていた水月が武に不敵な笑みを浮かべる。
「ところで白銀? 『クロイツェル・ソナタ』の作曲家は誰だかわかる?」
「ふふ、バカにしないでくださいよ? オレだって戦う事意外の教養は身につけています」
武は胸を張り自信たっぷりな態度を取ってみせる。
偉そうな事を言っているがループの知識である。
確か以前も祷子のヴァイオリンの話になってちょうど同じ話題が上がったはずである。
その事を覚えていたのだ。
「あら? 随分自信たっぷりじゃない。じゃあ言って御覧なさいよ。3、2、1――はい!」
武が音楽に精通している事が意外だったのか、水月がいつもの口癖で答えを促す。
「その曲の作曲者は…………」
「…………作曲者は?」
「あれ……? え、えっと……作曲者はですねぇ」
そう言うものの武はその答えが出てこない。
「えっとアインシュタイン……いやソクラテス……違うアイザック・ニュートン!」
「白銀君。全然違うよ……。というより音楽家ですらないよ?」
水月の隣りにいた遙が武の解答にダメだしをする。
「はぁタケルちゃん。知らないなら知らない言えば良いのに」
「あれーあれー? 本当に知ってるんだよ。ちょっと待って……」
武は髪の毛をかきむしり、喉元を押さえ必死に頭からループの知識を引っ張り出そうとする。
「残念、時間切れ……正解はラフマニノフよ?」
「く……速瀬先輩……やりますね……!」
「信じるな白銀。『クロイツェル・ソナタ』はベートーヴェンだ」
後ろから宗像が呆れ顔で修正をいれる。
「間違っちゃった? ――あははははっ!」
「うげ……感心したオレ……カッコ悪……」
こういう事はきっちりループどおりの行動を取ってしまい落ち込む武を見て、席を囲む207分隊の間に笑い声が広がる。
武達にとっても久しぶりの楽しい空気。
その様子を見ながら霞のウサ耳もピコピコ上下に動く。
無表情な彼女の表情も僅かながらも笑っているように見える。
「そうだ夕呼。1つ尋ねたいのだが良いか?」
「何? どうかしたの?」
「霞のウサ耳とシッポを見て思い出したのだが、この国にはそういう文化があるのか?」
白面は京都で悠陽にした質問と同じ質問を夕呼にもする。
霞のウサ耳は何となくだがESP能力の制御装置か何かだろうと白面は予想を立てているが、シッポの方は何故つけているのか理解できないのだ。
「そんな文化はないけど。どうしたの突然?」
「いやな、京都に行った際に斗和子の奴もシッポに合わせて狐耳をつけておったのだ。それで少しばかり気になってな」
「あぁそういう事。そうね、確かにそんな文化はないけど『耳とシッポは合わせて着ける』これは世界の常識よ?」
「なんと。そうであったか……」
「陽狐さん嘘ですからね。単に副司令の趣味ですから」
まりもがジト目で夕呼を見ながら即座に訂正を入れる。
「もう、ばらしちゃ駄目じゃないまりも。まぁそういう事、別に深い理由なんてないわ。可愛ければいいじゃない」
「まぁそのとおりだな。可愛いに理由など必要ないか……」
夕呼の妙な説得に白面も頷きながら納得する。
「…………香月博士」
そんな白面と夕呼の様子を見ていた霞が夕呼の袖を引っ張る。
「何? どうしたの社?」
夕呼は霞の顔と同じくらいの所に自分の顔をもっていく。
霞が何やら耳打ちするのを頷きながら聞いていた夕呼だったが、不意にニヤッと笑みを浮かべる。
「あらあら~。良かったじゃない陽狐?」
「一体どうしたと言うのだ?」
「社がね、耳とシッポを狐の物に変えたいんですって」
「ほぅ……」
思わず白面と目が合う霞だが、その無表情な顔に若干の赤みが差しどこか照れくさそうにしているのが分かる。
「私……陽狐さんみたいになりたいです」
「「「「「ブフォッッ!!」」」」」
隣りで黙って聞き耳を立てていた207分隊の何名かが一斉にケーキを吹き出す。
「そうかそうか嬉しい事を言うてくれるな。己を研磨し立派な牝狐を目指すが良いぞ」
「待て待て待てッ!! 早まるな霞!」
「そうよ! 戻ってきなさい! そっちは暗黒面の道よッ!!」
突然の霞の恐ろしい発言に武とまりもは一斉に抗議を上げる。
よくよく考えてみたら当然の事である。
霞に限らず、子供というものは多かれ少なかれ最も身近にいる存在の影響を受けるものである。
他の世界では霞は脳だけになった純夏の傍にいたため性格はともかく行動を真似る時があった。
……ではこの世界では?
霞と最も親しかった存在は白面である。
白面の影響を霞が受けるのは自然の流れと言える。
人間が間違った方向に行く瞬間を目撃してしまった武は頭を抱え込む。
対して霞の表情は眉毛をキュッと上げて真剣そのものだ。
「タケルよ。何を憂慮しておるのだ? 陽狐様のようになりたいと申すその想い、いささか問題もあるまい」
「……お前もか冥夜」
どうやらこの基地には何名か網膜投影が正常に作動していない人物がいるようなので、一刻も早く修正する必要がありそうだ。
――翌日、オプションが狐の耳とシッポに変更された霞を見て、霞に小悪魔属性がないことを祈りつつ一抹の不安がよぎる武であった。
あとがき
いつだか書いたように白面と霞の関係はピッコロと悟飯のような関係にしたいと思ってましたが……。
いかん、方向性間違えた。……まぁいいか。