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No.7407の一覧
[0] 【完結】Muv-Luv Metamorphose (マブラヴ×うしおととら) 【外伝追加】[黒豆おこわ](2009/12/24 21:49)
[1] 第壱話 狂った世界への来訪者[黒豆おこわ](2009/06/08 10:18)
[2] 第弐話 白銀と異世界の獣[黒豆おこわ](2009/03/16 19:35)
[3] 第参話 「Metamorphose」VS「BETA」[黒豆おこわ](2009/10/04 11:41)
[4] 第四話 明星作戦[黒豆おこわ](2009/03/19 01:50)
[5] 第伍話 その名は……[黒豆おこわ](2009/03/28 23:34)
[6] 第六話 最悪の同盟関係?[黒豆おこわ](2009/12/03 00:42)
[7] 第七話 207部隊(仮)[黒豆おこわ](2009/03/31 20:05)
[8] 第八話 日常の始まり[黒豆おこわ](2009/07/18 22:34)
[9] 第九話 変わりし者達[黒豆おこわ](2009/08/05 23:51)
[10] 第拾話 南国のバカンスと休日 前編[黒豆おこわ](2009/09/05 22:59)
[11] 第拾話 南国のバカンスと休日 中編[黒豆おこわ](2009/06/08 16:44)
[12] 第拾話 南国のバカンスと休日 後編[黒豆おこわ](2009/05/31 17:02)
[13] 第拾壱話 狐が歩けば棒を当てる[黒豆おこわ](2009/10/14 21:55)
[14] 第拾弐話 ぶらり帝都訪問の日[黒豆おこわ](2009/07/11 22:58)
[15] 第拾参話 それぞれの歩む道[黒豆おこわ](2009/11/14 06:49)
[16] 第拾四話 衛士の才能と実力[黒豆おこわ](2009/07/18 22:11)
[17] 第拾五話 日常の終わり[黒豆おこわ](2009/08/05 23:49)
[18] 第拾六話 閃光貫く佐渡島[黒豆おこわ](2009/08/20 06:05)
[19] 第拾七話 人外溢れる佐渡島[黒豆おこわ](2009/08/26 00:28)
[20] 第拾八話 散り逝く者達[黒豆おこわ](2009/09/06 00:36)
[21] 第拾九話 四分二十七秒[黒豆おこわ](2009/09/07 07:22)
[22] 第弐拾話 人類のオルタネイティヴ(二者択一)[黒豆おこわ](2009/10/03 21:45)
[23] 第弐拾壱話 戦士たちの休息[黒豆おこわ](2009/10/03 21:45)
[24] 第弐拾弐話 横浜基地攻防戦……?[黒豆おこわ](2009/10/12 23:39)
[25] 第弐拾参話 破滅の鐘[黒豆おこわ](2009/10/28 01:48)
[26] 第弐拾四話 大陸揺るがす桜花作戦 前編[黒豆おこわ](2009/11/11 23:07)
[27] 第弐拾四話 大陸揺るがす桜花作戦 後編[黒豆おこわ](2009/11/14 02:28)
[28] 最終話 2001年10月22日[黒豆おこわ](2009/12/06 12:20)
[29] あとがき[黒豆おこわ](2009/12/03 21:02)
[30] 【外伝】 クリスマス編[黒豆おこわ](2009/12/24 22:06)
[31] 【外伝②】 継承……できない[黒豆おこわ](2010/01/22 22:03)
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[7407] 第拾弐話 ぶらり帝都訪問の日
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/07/11 22:58
第拾弐話 ぶらり帝都訪問の日





 9つの流星が秋晴れの空に軌跡を描く。

 その正体は白面の者。

 空気を自分の体が直に切り裂き頬をくすぐる風の感覚。

 久しぶりに獣の姿で飛行するのはやはり心地良い。

 白銀の毛並みが太陽の光を反射し金色に輝き、淡い光の道筋が天空の支配者が通った証として澄んだ空に残る。

 なるほど『金毛白面九尾の狐』とは良く言ったものだ。

 この光景を地上から見上げた人々は雄大な自然の景色を見たかの如く、ただ立ち尽くすのみである。

 隣りに並走飛行する戦術機は全身に塗装された紫の機体が青い空に良く映える。

 その機体の名は『武御雷』。

 搭乗する衛士は煌武院悠陽。

 白面と武御雷、1体と1機の周りを大隊規模の帝国斯衛軍が守護するように楔参型の陣形を組む。

 今日は白面が帝都訪問をする日だ。

 京都の首都移設の儀式が行われるのである。

 主な首都機能及び、人が住めるだけの基本設備が整っただけのまだまだ建設途中の段階で、本当の意味で完成する日は1、2年先の話だ。

 だがそれでも首都の移設を推し進めようとするのはそれだけ『京都』という場所が日本人にとって特別な存在であるからに他ならない。

 人々は希望を求めているのである。

 重慶ハイヴから東進したBETAが日本に上陸した1998年の夏、日本の歴史の中枢となっていた京都を捨てざるを得なかった屈辱の選択は、1年以上経過した今でも癒える事無くむしろより深く心に古傷として残っている。

 基本的に面倒な仕事は全て分身である斗和子に押し付けている白面だが、この様な場合はやはり白面本人が顔を出す必要があるのである。

 白面自身は別にどこの国に属しているつもりはないが、日本という国に滞在している以上帝国側をないがしろにして国連側の仙台基地に身を置いているのは、日本人としてはやはり面白くない。

 白面としても別に帝国と仲を悪くするつもりはないので、付き合いとしてだけだがこの様に帝国へ訪問する時もあるのである。

 2000年に配備予定のまだ試作段階である武御雷を使い、わざわざ征夷大将軍の煌武院悠陽と共に京都へ訪問させるというお膳立は、帝国の上層部が考えた大々的な広告宣伝であるといえる。

 白面を京都へ招いた機体として武御雷、ひいては斯衛部隊をより特別扱いし日本国民への心を1つに纏め上げようというつもりであろう。

『……そうですか。冥夜、あの者はその様な事を申しておりましたか』

『あぁ、あ奴はそなたの力になりたいと申しておったぞ。それは己の義務や天命という類ではなく、純粋に血を別けた姉妹としてそなたを思うておるからであろう。……もっとも普段はその様な事は申さぬがな』

 共に匍匐飛行で京都に向かう悠陽と白面の会話はやはり御剣冥夜の話が中心であった。

『しかしそれはそなたとて同じことであろう?』

『え?』

『征夷大将軍には妹は居ないと本気で思っておるなら、冥夜の普段の行いなど質問しないはずだが?』

 わざと悠陽の気持ちを確認するような物言いで白面は口の端を上げる。

『それは……』

 そう言いつつ悠陽は下を向き、照れ隠しなのか武御雷の飛行速度を僅かに上げる。

『良い。何だかんだ言ってもそなたらは姉妹と言う事だ。その事実を忘れる必要はあるまい』

『はい……。御方様に感謝を』

『フフ。少しそなた達が羨ましいぞ』

 『陰と陽』その関係はかつての自分にとって大きな問題だったが、それでも冥夜と悠陽を見ているとその様な事は些細な事だという事が分かる。

 沈黙が続き武御雷のエンジン音がやけに大きく聞こえる。

『それにしてもここら辺は自然が多いではないか。BETAが通った後は草木の1本も文字通り生えないと聞いておったが』

 しんみりした空気を嫌ったのか白面は話題を変える。

 仙台基地から京都への間にある旧BETA占領地域の中部地方、白面の眼下に広がる山々には木々が生い茂り、緑一色の風景を作っていた。

『はい。この付近がBETAによる被害が少ないのは火山地帯ゆえなのか、はたまた山岳地帯だったため侵攻速度が遅くなったのか……、これはBETA日本侵攻における最大の謎の1つとされ今でも様々な説がございます』

 悠陽も白面の話題に乗り、当時BETAが侵攻してきた時の様子を話す。

 ちなみにもうひとつの謎は横浜まで来たBETAが何故か進路を変え、三浦半島方面に向かった事である。

 人間には理解できないその謎の行動がなければ、日本という国は今頃BETAに完全に支配されていたと言えよう。

『フーム。やつらの考えてる事は我にも良くわからぬな』

 ちなみに白面が今現在飛んでいる場所は、武も多かれ少なかれ関係した事がある天元山付近である。

 武にとって冥夜と日本人の心のあり方について意見がぶつかりあった所だが、この世界においては火山噴火の危険性は全くなかったりする。

 なぜなら天元山の火山活動が活発になった理由は明星作戦で使われた『G弾』による重力異常が原因であり、そしてこの世界ではG弾が使用されなかったからだ。

 天元山は今日も穏やかに、ただ黙ってその深緑を保ち続ける。山腹に広がる大傾斜に太陽を背負って飛ぶ白面と武御雷の影が映し出されていた――。
 











「本日、我が国が主催する首都移設の儀を開催するにあたり、白面の御方様の御参加を得られました事、厚く御礼申し上げます。この儀式により人類の未来への磐石を築きます事を祈誓いたし、ここに『京都首都移設の儀』の開会を宣言いたします」

 京都に集った多くの群集が見上げる屋外に設けられた演壇で表は白、裏は紫、昔でいう白菊を表したかさねの色目の装束に袖を通した煌武院悠陽が、首都移設の開会宣言を行う。

 帝国らしい厳粛な雰囲気に包まれた会場に悠陽の声のみ響く。

 続いて榊 是親内閣総理大臣、珠瀬 玄丞斎国連事務次官とこの国の権力者が祝辞を述べ、その後に軍人らしい大男が壇に立つ。

「今を去ること30と2年前、人類の敵BETAとの戦いが開幕して以来この世界には日の光を覆う暗雲のごとき闇の時代が訪れたと言って良いだろう。……だが今ひとたび空を仰いで見よ。その様な暗雲なぞ一欠けらも存在しない。そして今ひとたび、野を染むる秋の空気を吸い込んでみよ。我らの内に在りし心の臓の音が確かに聞こえるはずだ。それは我らがまだ生きている証であり、人類が暗く重い闇に押しつぶられる事なく、絶えず邁進してきた証であることに他ならん。そして今、闇夜を切り裂きし九つの光がこの帝都に舞い降りた。その光が水平線から昇る暁の太陽の如く、人類にとって輝ける夜明けの始まりとならん事を最後に祈りつつ私の挨拶とさせていただく」

 大男はいかにも帝国の軍人らしい挨拶をし終えると頭を下げる。

 このような儀式で挨拶を任される人物だ。恐らく帝国軍の最高位にある人物なのだろう。

 身の丈2メートルに及ぼうかという巨体に幾多の戦場で刻まれてきた傷が顔に残り、皮一枚の下にこれでもかと詰め込まれた筋肉が軍服の上からでも見て取れる。

 会場に広がる割れんばかりの歓声の中、挨拶を済ませた大男が椅子に腰をかける。

 一瞬男と目が合った白面はおもむろに席から立ち上がる。

 大男はあえて自分の挨拶に「九つの光」だとか「夜明けの始まり」などと何やらこちらが赤面しくなる事を言ったのだ。

 白面に何か一言国民に向けて挨拶してほしいと言っていることは明白であった。

 壇の前につくと厳かな雰囲気がさらに緊張感が加わる。

 目の前の群集全てが白面の一挙一動見逃さないように視線が集中しているのである。

「むむ……」

 その様子に白面は聞こえないほどに微かな声をあげ眉を潜める。

 自分に向けられる日本国民の眼差しは羨望、敬慕、憧憬……そういった類のものだ。

 この世界の誰より長生きしている白面であるが実の事を言うと大衆からこの様な扱いを受けた事はないのだ。

 慣れない視線が妙に気恥ずかしい。

 これが獣状態ならおそらく背中の毛が逆立つだろう。

 そんな目で我を見るな。

 我はそのように良い存在ではない。

 そんなのではない……。

 かつて秋葉 流という人間が思ったように白面もまた目の前の群集の瞳が重く耐えられない。

(くくく、快楽! 快楽よ!!)

 ……などという事は全くなかった。

 白面は背筋を伸ばし胸を張り調子に乗って見せる。

 自分に集中する視線がむしろ心地よい。

 図太い神経の白面に重圧という言葉は存在しなかった。

 白面は目を瞑りひとつ大きく息を吸い込む。

「……斯様なる大儀に招きてもらひし事、まずは人の言葉で言う感謝の意を表明させてもらおう。さてこの『首都移設の儀』により、そなたらの国『日本帝国』に新たなる命が吹き込まれた。我の記憶によればあれは確か800年程前の話だ、鳥羽天皇と中宮の間に皇子が生まれし時の事、祖父である白河上皇が孫の誕生を祝って刀を送ってその喜びを表しておった事を覚えておる」

 九尾伝説にある通り元の世界では玉藻前という名で、白面は鳥羽天皇の寵愛を受けてたのだ。

 この世界における史実上の人物で言えば白面は皇后美福門院の藤原得子にあたり、白面は現在における帝の縁ある者と言って良い。

 帝国がやたらと白面を招きたがる理由はここにある。

 帝と縁ある白面を招き入れる事は至極当然の事であり、ひいては日本帝国をより『特別』なものにしたいのだ。

 最もいくら頼んでも白面は「断る」の一言で交渉する余地もないのだが……。

「今でもこの国には『賜剣の儀』と呼ばるる新たに生まれし子への健やかなる成長を祈り、守り刀を送る皇族の儀式があると聞く。我もそれに習いこの国の新たな生誕を祝い、邪悪を切り払わんとする守り刀を1つ進呈しようと思う。……悠陽こちらに来い」

「え? は、はい」

 白面の儀式に予定のない言葉に、突然呼びつけられた悠陽は目を数回ほど瞬きながらも恐る恐る近づく。

「今では短刀を送るそうだが、我の記憶では長刀だったのでな」

 そう言ってどこから取り出したのか分からないが、いつの間にやら右手に握られていた物を白面が手渡す。

 恭しく頭を下げながら悠陽が両手で受け取ったそれは赤地錦袋に収められた白鞘の刀だった。

「「「おぉっ…………!!」」」

 抜いた鞘から現れた刀身に誰と言わず感嘆の声が一斉にあがる。

 遠目からでも分かる輝きは磨き上げられた鏡のように照り返している。

 刀に詳しくない素人でも分かる『名刀』だった。

「こ、これは……!」

「何、大した事はしておらぬ。刃に亜鉛を加えて柄の部分に白木を通しただけだ」

 これでも白面はかつて人間から霊刀を奪ったりなどしていて法武具には少しうるさかったりするのだ。

 今回は以前斗和子に作らせた『エレザールの鎌』と同じ方法で刀を作って見たのである。

 最も亜鉛と白木を加えただけではあのような威力は当然発揮できない。

 白面が特別に手を加えて初めてその力を発揮するのだが、その製造技術は白面のみぞ知る企業秘密というやつである。

 悠陽は受け取った刀を高々と掲げて見せる。

 それを皮切りに帝都に轟く歓声。

 今この瞬間に日本が生まれ変わった事を声高らかに宣言しているようであった――。












 首都移設の儀式の演説も無事に済み白面の贈り物に気を良くした帝国は、ぜひ我が国精鋭の斯衛軍の訓練を見せたいと言ってきた。

 指揮官の掛け声と共に生き物のように姿を変える陣形。

 動作に一切のよどみもなく、全員が一糸乱れぬほど同じ動きをしてみせるその様子から斯衛軍の質の高さ、指揮の高さが窺い知れる。

「いかがですか? 御方様」

「見事だな。突然の我の訓練見学にも関わらずこれほどの動きを見せようとは、普段の訓練が如何ほどのものか推察し得ると言うものよ」

 調子を合わせた決まり文句みたいなものだが白面は少々過剰に褒める。

 先ほど渡した刀を入れた赤い太刀袋を脇に抱えた悠陽から視線を外し、再び斯衛の訓練風景に視点を合わせる。

 今言った賛辞は過剰だが決して嘘ではない。

 統率の取れた彼らの動きには日本帝国において、国民の模範にならなくてはならないという自覚と誇りを感じさせる。

「御方様。此度は斯様な守り刀を呈していただきました事、この煌武院悠陽、改めて謝辞を述べさせて頂きます」

「いや、喜んでもらえて何よりだ。しかしあれほど騒がれるとは……。少々気恥ずかしかったぞ」

 そう言いつつ浮かべる笑みが、満更でもなかったことを物語っている。

 白面としては今まで国連側ばかり身を寄せていた事に対して帝国のご機嫌をとろうと、まぁちょっとした点数稼ぎのつもりで用意したのだが予想以上に好印象を与えたようである。

 というより内心あまりにも拍手喝采がうるさかったので、このまま帰ろうかと思ったほどだ。

「ところであそこで指揮をとっているのは先の儀式で挨拶していた男だな。帝国軍の上の者なのか?」

 演習場に響いている腹の底から出す威厳ある掛け声を出す正体は、先ほどの儀式で挨拶していた大男である。

 先ほどの儀式で何やら自分と話したそうにしていたので悠陽に話題を振ってみたのだ。

「あぁ、あの者は……そうですね自己紹介させましょう。紅蓮!!」

 悠陽が呼ぶと大男が斯衛の指揮を止めやってきた。

「お呼びでしょうか殿下」

「紅蓮。御方様に自己紹介をいたしなさい」

「ハッ! かしこまりました」

 そう言って大男は目線を白面に移す。

「白面の御方様、この度は拝謁の栄誉を賜り恐悦至極に存じます。私は帝国斯衛軍戦術機甲部隊大将、紅蓮醍三郎であります」

 そう言って名乗った男、紅蓮は岩のような手を頭の横に持っていき敬礼を取ってみせる。

「紅蓮はあの者……、冥夜に幼少の折より無現鬼道流を教えていた師匠なのですよ」

 隣りにいた悠陽が一瞬冥夜の名前を呼ぶ事をためらったものの紅蓮という男について補足する。

「月詠から話を伺っております。何やら冥夜様を大変気にかけてくださっているそうで、この紅蓮醍三郎感謝の極みにございます」

 なるほど、そういう事だったのかと白面は納得する。

 恐らく彼も冥夜の出生について気に病んでる1人なのであろう。

 立場上その様な事は表立って言う事は出来ないだろうが、それでも冥夜を子供の頃から師弟関係として面倒を見てきたのであれば情を持つのも当然といえよう。

「そうか紅蓮……、グレンというか……」

 顎に手を当て白面は紅蓮という単語を2回呟く。

 時間で言うと数ヶ月前程度だが懐かしい名だ。

 『紅煉』……、字は違うがかつての自分の部下だった黒炎と呼ばれる化物を率いる首領の名前。

 字伏と呼ばれる獣の槍に魂を喰われた人間の成れの果ての化け物。

 強力な字伏の中でもその実力は郡を抜いていて、全ての化物の中でもその強さは白面についで№2の存在といっても良いだろう。

 その邪悪な心と実力を買って部下にしたは良いが最終戦で自分がピンチの時に助けを呼んだが結局助けに来なかった存在である。

「……何やら思い出したら腹が立ってきおったぞ」

 別に今の自分の立場を考えるとあの戦いに負けた事に対しては何とも思ってはいないが、それはそれとして助けに来てくれなかった事はやっぱりムカつく。

 そう言えば結局紅煉はどうなったのだろうか? と白面は考える。

 あの戦いで自分の前に終始顔を出さなかった所を見るとどっかにトンズラかましたか、別の所で野垂れ死んだかのどちらだろうが……まぁ恐らく後者だろう。何となくだがそう確信がもてる。

「私の名がどうか致しましたか? 白面の御方様」

「なに、昔の部下におぬしと同じ名前の奴がおってな、少々思い出しただけだ」

「ほう!! それは光栄ですな! ……してどのような方だったのですかな?


「言うておくがその者は人間ではないぞ? 紅の煉獄と書いて『紅煉』と読む。長いたて髪を持つ黒きトラの様な化物で、雷と炎を操り顔には我の与えし霊刀を3本刺しておった。……なんだったらそなたも刺してみるか? 先ほど与えし刀を」

 右手の人差し指を顔の前に持ってきて白面はニッと笑っておどけてみせる。

「はははっ! それは遠慮いたしまする。無現鬼道流は手で刀を扱ってこそその力を発揮しますからな! しかし御方殿から霊刀を授けられるとは、その方もやはりお強かったのですかな?」

「あぁ強かったぞ。もっとも少々好戦的過ぎるのがたまに傷と言うべきか」

「はは、左様ですか! まぁ戦で血がたぎるのは男のサガと言うべきものですからな!! ……フーム、話を聞くとぜひともその紅煉殿にお会いしてみとうございまするぞ」

 紅蓮はますます上機嫌に大きく肩を揺らし笑う。

 もっとも紅煉という化物は、お会いしたら殺される事受けあいの快楽殺人者な性格なので会わなくて正解なワケだが。

「御方様。こちらにおいででしたか」

 紅蓮と会話をしていると、白面の分身である斗和子が駆け足で近寄ってきた。

 良く見ると自分とは違う黒い髪に『狐の耳』を模した髪飾りが着いている。

「そなた……。ついに脳が腐りおったか?」

「え? い、いきなり何を仰るのです?」

 冷ややかな視線を送りながらも白面は自分の頭をトントンと指してみせる。

「あ、あぁコレですか? 帝都で働いている間はできる限り私はシッポを人前に晒すように指示なされたではないですか」

 そう言って斗和子は白面と同じ白銀に輝くシッポを見せる。

「あぁ。その様な事もあったな」

 そう、斗和子に帝国で働く様に命じた時に白面は斗和子にシッポを生やした姿でいるように指示したのである。

 理由は単純で、斗和子が白面の分身である事を誰の目で見ても明らかにするためである。

 何せシッポを隠した状態では斗和子の見た目のそれは人間と全く変わらない。

 それで白面の分身と言われても、実際に白面の体から斗和子が出てきた所を見ていない者からすれば疑問が残るだろう。

 そう言った事を防ぐための策として一計を案じてみたのである。

「そうしましたら、とある男性が『シッポを生やしているなら狐の耳もつけては如何か』と仰られてこちらの髪飾りを下さりまして」

「……その『とある男性』とは何者だ?」

「さぁ……? 私も良くは存じませんが『微妙に怪しい者』と名乗っておりました。背広姿が良くお似合いの素敵な男性でしたよ?」

「そんな怪しい男から物を受け取るな。即刻捨ててしまえ」

「……それが何でもネパールのグルカ族にまつわる由緒ある土産物らしく、捨てると呪われると言われまして」

「いや……お前は少し呪われて黒くなった方がいい」

 照れたように小首を傾げるその様子に、いっそその耳引き千切ってやろうかと思いたくなる。

 昔はこんな仕草は似合わない奴だったのに何をどう間違ってしまったというのか。

「そうだちょうど良い。紅蓮よ。我としてはそなたの無現鬼道流とやらが見てみたいぞ。そこの斗和子と一勝負してみてはどうだ?」

「はっ?」

「え、えぇぇーーー!?」

 突然話題を振られて呆けた声は紅蓮、大声を上げたのは斗和子だった。

「ちょ……、お、御方様? とと突然何を仰るのですか?」

「何を言うか。そなたとて紅煉にも負けぬほどの猛者であろう」

 無現鬼道流も気になるが、前々から斗和子の変貌ぶりが気になっていた白面はこれを機に斗和子の実力を見極めようと思ったのだ。

 仮にも白面の分身。弱かったりしたら困る。

「そんな! 誰かを傷つけるなんて野蛮な事したくありませぬ!」

 ……何だか強い弱い以前にもっと性質が悪い気がする。

 最早結果が見えてる気がするのは白面だけであろうか?

「白面の御方様。私は構わないのですがよろしいのですか?」

 やる気のなさそうな斗和子を見て紅蓮は遠慮がちに話しかける。

「かまわぬ。そなたの実力を見せてみよ」

「はっ、了解いたしました」

「うぅ。どうしてもやるのですか……?」

 かくして白面の一言により紅蓮VS斗和子の試合が組まれたのであった。

 紅蓮は動きやすいように制服の上着だけを脱ぎ、下に来ていたシャツの上のボタンを外す。

「斗和子殿はその格好で戦うのですかな?」

 首を2、3回鳴らし軽く準備運動をしながら紅蓮は視線を斗和子に向ける。

 ちなみに斗和子の今着ている服は真っ黒な貴婦人が着るような服だ。このままでは確かに動きにくい。

「あぁ斗和子は戦いの時は服など身につけぬぞ。全裸だ全裸」

「なんですと!!」

 白面の言葉に紅蓮は自分の鼻を思わず押さえる。

「…………紅蓮」

「や、これは失礼いたしました」

 悠陽の冷たい視線にバツが悪くなったのか紅蓮は自分の頭を掻く。

「御方様。ここは新しくなったとは言え由緒ある帝都の演習場。女性が素肌を晒すのは少々ご遠慮頂きたいのですが」

「……やれやれ仕方ない。斗和子、何か動き安い服に着替えよ」

「ありがとうございます。御方様。悠陽さん」

 ホッと胸を撫で下ろす斗和子に対して、落胆の溜息が紅蓮を初めとする周りの帝国斯衛の男性陣から聞こえた気がしたが白面と悠陽はあえて無視した。

 今の斗和子の外見は昔のそれとは違い若々しいのである。

 まぁその気持ちは正常な男子なら当然と言えるだろう。

 斗和子の黒いドレスがまるで生き物のように姿を変えていく。

 白面もそうだが斗和子の着ている服はそれ自体が自分の体の一部なのだ。

 自由にその姿を変える事ができる。

「……では始めるが良いぞ」

 着替えた斗和子の服装は簡易な黒いシャツに迷彩柄のズボン。

 ちょうど訓練兵が着ている服と同じものだ。

 それを確認した白面は開始の合図をする。

 紅蓮と斗和子、互いに模擬刀を構えて対峙し、2人を囲むように斯衛軍も円を組み見守る。

「「………………」」

 互いに無言。

 嵐の前の静けさのように空気が張り詰めていくのがわかる。

「フ…………」

 小手調べとばかりに紅蓮が先に動く。

 全く無駄がない足の運び。

 ただの基本の動作だけで紅蓮という男の実力それだけで窺いしれる。

 紅蓮と斗和子の模擬刀がカチリとぶつかり合う。

「ボゲシッ!!」

 妙な奇声を上げてそのまま斗和子が吹っ飛ばされた。

「………………は?」

 2転3転してそのままうつ伏せに倒れた斗和子を見ながら数秒。

 時が止まったような静寂から辛うじて声を上げたのは当の紅蓮だった。

「よ、弱し……」

 内心予想していたものの最も否定していた結末が目の前で起きてしまった事に白面は思わず呟く。

 というか泣けてくる。

「も、もももも申し訳ありませぬぅ~~~~~!!」

 大声で慌てふためき紅蓮は白面の前に土下座する。

「御方様の分身である斗和子殿に刃を打ち込んでしまうとはこの紅蓮、申し開きのしようもありませぬ!!」

 本来謝る必要は全くないのだが、余興とは言えここまで見事に打ち込みが決まるとは紅蓮も予想外の事であったのだろう。

 慌てふためき白面に頭を下げる。

 ちなみに紅蓮の放った一撃は中段からの面打ちであり無現鬼道流でもなんでもない。

「良い。そなたに責はない。……というより斗和子よ」

「は、はいぃ……」

 むくりと起き上がった斗和子は赤くなった額をさすりながら返事をする。

 次の瞬間、目をギュピンと光らせ白面は斗和子に飛び掛る。

「おぉぉぎゃぁぁああああーーーー!!! 何なのだ! 今の様は! ふざけておるのか!? コケにしておるのか!? 我を舐めておるのか!?」

「あいたたたたッ!! お、御方様。お許しを~~!!」

「やはりその耳だ! 狐耳がそなたを弱くしておるのだ! 絶対そうだ! そうに違いない!」

 斗和子の背中に跨り両足を脇で挟み、逆えび固めで思いっきり背中を反らす。

「ま、まぁまぁ白面の御方様。ここは怒りをどうかお納めください」

「いやいや言うておくが斗和子は強かったのだぞ? 本当だぞ? けっしてこの様な醜態を晒すような奴ではなかったのだ」

 ちょうど逆えび固めから弓矢式背骨折りに移行しようとしていた白面を悠陽がたしなめる。

「斗和子殿は平和主義者ゆえ争い事を好まぬのでしょう。致し方ないと事ではございませぬか」

 だからそれがおかしい白面は言っているわけだが、昔のキタナイ斗和子を知らない悠陽は完璧に誤解しているようである。

「う~~~、しかしこのままでは我まで弱いと思われてしまうではないか」

 口を尖らせちょっと拗ねたような言い方をしながらも白面は斗和子を開放する。

「……やれやれ仕方ない。紅蓮、今度は我とひと勝負しようぞ。我の実力というものを見せてやるゆえ」

「は、了解いたしました。私も今度こそ御方様に無現鬼道流を見せて御覧にいれましょうぞ」

 そう笑って模擬刀を白面に見せる紅蓮だったが、そのあと開始直後にデコピンで20mほど吹っ飛ばされたのであった。

 ……無現鬼道流がいくら強かろうが白面相手に模擬刀で挑むのは無謀である。












「いや……ははは。参りました! 紅蓮醍三郎完敗でございます!!」

 照れ笑いを浮かべ紅蓮は大きく肩を揺らす。

 女にデコピンで敗北しようものなら衛士としてのプライドはズタズタだが、そのようなものを感じる事も出来ないほどの圧倒的な負けだった。

「ウム、白面の御方様は実に強く、美しくあらせられる!」

「カカカ! その様に褒められては照れるではないか。……もっと言え!」

 ますます上体を反らし白面は図に乗ってみせる。

「これほどまでに強い我の分身なのにも関わらず、先の不甲斐なさはなんだ斗和子!?」

「う……、申し訳ございませぬ」

「まぁまぁ御方様。斗和子殿は良く我が国のために尽瘁してくださっておりますゆえここは穏便に。斗和子殿。いつも世話になっております。改めて貴方に感謝を」

 悠陽は苦笑しながら斗和子に助け舟を出す。

「いえ悠陽さん。お気になさらずに。私は人として当然の事をしているまでです」

「お前人間じゃないだろう。それ以上に色々突っ込みたい所だが……まぁ良い。ところで悠陽よ。この国には獣の耳とシッポを身に着ける風習があるのか?」

「いえ、ございませんが何故です?」

「霞もウサギの耳にシッポを着けておった事を思い出してな」

 ちなみに白面の中では霞がウサ耳とシッポを着けるのは全然オッケーだが斗和子が身につけるのは思いっきりアウトである。

「……霞という方は香月博士の助手をしてます社霞の事ですか?」

「あぁその通りだがそなたは霞を知っておるのか?」

「えぇ……。この国の上層部の者には彼女は一部有名ですから」

 そういった悠陽の顔は少々悲しそうな表情を浮かべている。

 霞がオルタネイティヴ3で生み出されたESP能力者であるという事はこの国のトップである悠陽も知っている話なのだ。

「あの御方様……。霞ちゃんは元気ですか?」

 遠慮がちに斗和子が白面に尋ねる。

「ウム! 元気であるぞ」

 この儀式が終ったら霞におやつを土産として持って帰らねばなるまいと思いながら白面は答える。

 霞がお腹を空かせていたら一大事である。

「斗和子殿は社霞が気になるのですか?」

「あ、いえ、霞ちゃんというより彼女を見ていると息子を思い出しまして」

「はっ……? と、斗和子殿は令閨……結婚されていらしたのですか?」

 驚愕の事実に征夷大将軍として普段他人に慌てた様子を一切見せない悠陽が、思わず頓狂な声を上げてしまう。

「そんなわけなかろう。まぁ我のいた御伽の世界での話しでな、ワケ合って斗和子は人間の子供を育てた事があるのだ。……ちなみにその子供はあちらの世界でちゃんと生きておるから安心せよ」

 そういえば斗和子の子供、キリオも法力の才能を先天的に組み込まれた『作られた存在』だったと白面は思い出す。

 なるほどESP能力を組み込まれた霞に息子の姿を重ねるのは当然と言えよう。

「うぅ……キリオ…………」

 キリオに会えない事に対してか、それとも自分のやった事を思い出し後悔しているのか斗和子は息子の名前を呼び落ち込む。

 キリオ件に関して諸悪の根源である白面自身も、今はまぁ道徳的に悪い事をしたかな?と思っているが斗和子の落ち込みぶりは傍から見てもすごい。

 過去を悔いてひたすら泥沼状態に嵌っている。

 もしも自分が今の斗和子みたいに過去にしてきた事を毎日悔やんでいたら……。

 それを想像すると白面は背筋が寒くなる。

「おい斗和子。あまりいつまでも落ち込むでない」

「あぁ……私は何て事を…………」

 白面が声をかけるも斗和子は自分の世界に入ってしまっている。

 白面はムッと口を真一文字に結ぶ。

「おい!」

「キリオ……ごめんなさいね……」

 白面は無言でひとつため息をつく。

「………………悠陽、紅蓮、少々離れておれ」

 白面は目を瞑り、大きく深呼吸し精神統一をはかる。

「どりるみるきぃぱんち!!」

「チョバムッッ!!」

 見よう見真似の純夏の必殺技『ドリルミルキィパンチ』が斗和子を天空へと吹っ飛ばした。

 まだ建設中段階である日本帝国の首都京都。

 日が沈んでないまだ明るい時間帯の京都の空に、ひときわ輝く一番星が見えたという……。


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