第拾壱話 狐が歩けば棒を当てる
「……まとめると、基本動作のほとんどはコンピュータが補佐してくれる。任意のマニュアル操作は、基本的にシート左右にあるコンソールアームの両腕様の操縦桿2本とフットレスペダルで行う」
総合戦闘技術評価試験のバカンスから帰ってきた武達は1週間しか離れていないもののどこか懐かしく感じる仙台基地で戦術機の基本講義を受けていた。
憧れの戦術機への最大の難関をクリアした事で207A分隊の顔つきはどことなく1段階成長し、確かな自信を手に入れた様子である。
「……以上が操作の基本だ。もう一度言う。戦術機は立体的な動きができて初めて存在価値がある……いいな?」
「「「「「――はい!」」」」」
ここで言う立体的な動きとは市街地やハイヴ攻略など陸上兵器や航空支援機では対処できない戦術を必要とする局面であり。
「いいか? 頭がひとつ、腕は2本、足も2本。構成要素は人間と同じだ。――しかし、各関節は複合多重構造で自由度は人間以上……人間ができる動きで戦術機に出来ないものはない。逆に戦術機は、人間には逆立ちしてもできない事を可能にしてくれる。何千倍の跳躍力を、何千倍の腕力を、何千倍にも研ぎ澄まされた感覚を、何千倍の防御力を、ちっぽけな貴様達に与えてくれるのだ。……貴様らにできる事はただひとつ。1日も早く操作に熟達し、人類の敵BETAを討ち滅ぼせ!」
「「「「「――はい!」」」」」
まりもの言葉にA分隊は力強く返事をする。
心臓の鼓動が早くなりアドレナリンの分泌がされるのが分かる。
「午前の講義は以上。解散。基本操縦マニュアルは1日1回、必ず目を通せよ」
「「「「「――はい!」」」」」
「午後は強化装備を実装して衛士特性を調べる。各自昼食は1時間前までに済ませ、ドレッシングルームに集合すること、以上」
まりもはそう言って講義を締め教室から出て行く。
「「「「「………………」」」」」
残された武達はすぐその場から席を立とうとせずに、誰と言わずに5人集る。
戦術機に対する興奮からか自然と口元を緩ませている。
「しっかしこのマニュアル、本当に全部覚えなくちゃいけないわけ?」
水月が片手に持って見せるマニュアルは本当に分厚く、その重量感は戦術機にどれだけ人類の技術の結晶が集約されてるかを物語っている一方、開いた瞬間に文字への拒絶反応を起こしたくなるようなページ数であった。
「いや、速瀬先輩ならその様なものを読まずとも野生の勘だけで操縦できるでしょう。きっとサルのような機動になるでしょうが」
「む~な~か~た~~ッ!!」
「――って白銀が言ってます」
「――言ってませんッ!!」
「ごまかすな!! ぶっとばすわよっ!!」
「…………ふぅ…… 信じてもらえないとは」
総合演習では行われなかったやり取りが随分久しぶりに感じられ自然と空気が和らぐ。
「あはは。まぁ宗像さんの言うことは極端だとしても、実際の操作と並行しながら覚えていくしかないんじゃないかな?」
「確かにそうですわね。こういった物は慣れてこそ要点が見えてくると思われますし」
遙と風間の言う事に武は同意する。
自分も最初はこんなものは覚えられるわけはないと思っていたが、結局戦術機に乗っているうちに覚えてしまったものだ。
武達がそんなやり取りをしていると廊下からドタドタと騒がしい音が近づいてくる。
「――タケルちゃんッ!!」
ドアを開けたのは純夏だった。
急いで駆けてきたのか肩で息をして呼吸が乱れているのが分かる。
「純夏!? どうしたんだ?」
「あっ……。いや、その……」
武の言葉に純夏は逆にしどろもどろになり言葉に詰まる。
「やれやれ鑑。そなたいくら何でも急ぎすぎだぞ」
純夏の後に冥夜、千鶴、彩峰、珠瀬、美琴と他の207部隊(仮)ことB分隊の面々も入ってくる。
「先輩達、総合戦闘技術評価演習合格おめでとうございます」
「「「「「おめでとうございます」」」」」
分隊長である千鶴が先に挨拶をし残りの者達が後に続く。
「あ……。お祝いを言いに来てくれたの? ありがとう」
後輩達の細やかな気配りに遙は照れながらも礼を言う。
「……で純夏、おまえ何だってそんなに急いで来たんだ?」
「えっ! えっとぉ……それはぁ……」
純夏は唇を尖らし下を向く。
「……はぁ。分かってないわね白銀ぇ」
「え? 何でですか?」
水月の言葉に逆に武が問いかけるが武以外全員がウンウンと頷く。
自分ひとり状況が分かっていない武は一体何を言われているのか皆目見当もつかなく、必死に頭を捻る。
「これだけ分かりやすいのに鑑さんかわいそう……」
「鈍感男」
「な、何だよ一体……」
自分がどうやら非難されているという事に武は困惑する。
つまりはこう言う事である。総合戦闘技術評価演習に合格すれば、後は殆ど卒業までほぼ一直線で、純夏はもうすぐ武と離ればなれになる事を感じているのだ。
だからこそ少しでも一緒にいたいと、いてもたっても居られなくなり焦って来たわけだが鈍感な武にそこまで期待するのは無駄と言うものである。
「ところで私達が居ない間そっちは自主錬だったみたいだけどどうだったの?」
そう、総合戦闘技術評価演習の時はまりもも南国に行っていたためB分隊は自主錬を課せられていたのである。
「はい。体力づくりや今までの座学で習った所の総復習などを中心に過ごしていました。……やはりまだ自分達には足りない所があると見直せる良い機会だったと思います」
これが平和な時代の学校だったらここぞとばかりにサボるだろうが、彼女達はその様なことはしない。
「特に鑑さんなんて体力面で随分向上したんですよ?」
「本当か~~? 純夏? お前体力ないから皆の足引っ張っていたんじゃないのかぁ?」
空気を読まない武が冷やかす。
純夏が特に気合を入れていたのはもちろん先ほどと同じ武と離れたくないという理由である。
もっとも武としては卒業してもA-01部隊に入る事が分かっているためそこら辺に危機感の違いがあるわけだが。
「タ~ケ~ル~ちゃ~ん? 何だったらこの間習得した『ドリルミルキーファントム』喰らってみる?」
「げっ!! い、いや遠慮しておく」
「ふんだッ! 何さ! 私だってすぐに戦術機に乗れるようなってやるんだからっ!」
頭から湯気を出しながら純夏は武を睨んでみせる。
「ハッハッハッ! 純夏君無理をする必要はないぞ? 君はここでゆっくりしていたまえ」
「ちょっと白銀! あんた女心がわかってないわねぇ。っていうか今のはちょっと言いすぎよ?」
武の言い方に見かねたのか水月が割ってはいる。
「いやいや速瀬先輩。今の白銀語を翻訳すると『お前を危険な戦地に赴きさせたくない。だからお前はここにいろ。オレがその分BETAと戦ってやるから』と言う意味ですよ?」
宗像が顎に手を当て不敵に笑う。
その言葉に周りが一瞬黙るがすぐに歓声に変わる。
「へぇーッ!! やるじゃない白銀!!」
「…………もぉ、やだなぁタケルちゃんったら」
先ほどまでの不機嫌はどこへやら。すっかり上機嫌になった純夏は顔を赤くしながらバシバシ武の背中を叩く。
「ちょッ!! ちょっと何言ってるんですか宗像先輩!!」
図星を突かれてうろたえる武は必死でそれを否定するが、もはや照れ隠しにしか見えない。
「うんうん。見直したわ白銀。じゃあこのままPXに行きましょう。ここは褒美として超大盛りになるように頼んであげるから」
「えっ!!」
「ほう……。それは素晴らしいアイデアですね速瀬先輩。私もぜひ協力しましょう」
宗像は武の肩しっかり掴んで逃げられないようにする。
衛士特性を判定する検査はシュミレーションの装置を使って判断するわけだが、これが物凄く揺れる。そのため誰が始めたのかは分からないが昼食を超大盛りにして楽しい適性検査を受けてもらおうと言う、とてもありがたくない風習がどこの訓練学校にも存在するのである。
当然武もそれを知っていて、あわよくば他のメンバーに楽しんでもらおうと内心画策していたが、話の流れからすっかり自分がその対象になってしまったのだ。
「ちょ、ちょっと水月先輩!? 宗像先輩!? こんな時に妙なチームワークは発揮しなくていいですよ」
「じゃあ私は先に言って席を確保しておくね。風間さんも白銀君を連れてきてね」
「了解しましたわ」
「涼宮先輩! 風間先輩まで!」
遙と風間もニコヤカに武を生贄に捧げた。
こういう時は笑って背中を押してやるのが仲間と言うものなのである。
B分隊の面々も久しぶりに見る先輩達のやり取りに笑いながらも教室を後にするのであった。
◆
「ほう……。総戦技演習とはそれほどまで困難なものなのですか?」
「そうよ~。詳しい内容は立場上教える事は出来ないけど、本当に大変だったわ」
PXに向かう途中、A分隊とB分隊の会話はやはり総戦技演習のものが中心だった。
武達A分隊が総戦技演習に合格したのが終了時間5分前だったと言うの事実は、少なからずB分隊を動揺させたのである。
客観的に見ても207A分隊は訓練兵の中でも優秀である。
そのA分隊ですらギリギリ合格という事実は総戦技演習の難易度を雄弁に物語っていた。
「まぁはっきり言ってチームワークが悪くて受かるような試験じゃなかったな」
「「………………」」
武の言葉に含まれる意味を悟って千鶴と彩峰は黙って目を逸らす。
この2人が仲が悪いのはループの知識などなくても、1日彼女らを見ていればすぐに理解できるだろう。
規律を絶対遵守しようとする千鶴と、臨機応変な対応な考えが行き過ぎ独断専行に走りやすい彩峰。2人とも両極な考えであり、しかもそこにある種の信念をもっているのかお互い譲ろうとしないのだ。
武としても何とかこの2人には仲違いして欲しくないので、それゆえこの様な皮肉めいた事をあえて言っているのだ。
「確かに白銀の言っている事は事実だ。この次の総戦技演習までに自分達に何ができるか良く考えておくんだな」
普段つかみどころの無い宗像も真面目な表情で言う。
「「……はい」」
お互いハモッた声に驚き顔を見合わせる千鶴と彩峰だったがすぐに顔を背ける。
これがきっかけでその次の瞬間から仲良しになると言うほど単純なものではないだろうが、わずかな変化の兆しになってくれればと武は思う。
「……っと。そうこう言っている内にPXに到着したみたいね」
一瞬沈黙が続く暗い雰囲気になりそうだったが、昼時のPXの活気はそういった空気を消し飛ばしてしまった。
「あら。今日はいつにもまして賑わってますわね」
「……ってことは今日の食堂の手伝いをしているのは白面さんですね」
風間の言葉に美琴が答える。
「まったくここの男性兵士達はある意味男らしいというべきか……」
「あはは……」
ため息交じりの水月の言葉に隣りにいた壬姫が愛想笑いを浮かべる。
水月の言葉どおり食事の受け取り口にはいつもより長い行列……。それも男性が中心となって行列を作っていた。
今更言うのもなんだが人間状態の白面は美人なのである。
それも絶世の美人という形容詞がつくほどに。そんな存在が食堂の手伝いをしていたら思わず並んでしまうのは男として当然と言えよう。
「最低ね…………」
男の悲しい性質をたった一言でばっさり切り捨てた水月はそう言いつつPXに入る。
他の者達も苦笑をしながらも後に続く。
「水月! こっちこっち!」
「遙。これだけ込んでてもやっぱりここは空いているのね」
先に場所を取りにいった遙だったがB分隊の特別席は誰も近づこうとしていないで、あっさりスペースを確保できていた。
「さ~て! 午後に向けてしっかり栄養補給しないとね!」
「あ~~もうわかりましたよ」
わざとらしく声に出して言う水月に武は半ば投げやり気味に答える。
最も武からすれば適性検査の揺れなどは大した事はなく、単純に喰いすぎで気持ち悪くなるだけで何の問題も無いわけだが諦めて列に並ぶのであった。
◆
「おっ! こうして207分隊が全員そろうのは久しぶりだな」
南国に行ってきたにも関わらず、日焼けなど全くしていない白面が自分の顔と同じ真っ白な割烹着を着て話しかける。
ちなみに髪型はアップで束ね、白い三角巾なぞをかぶっている。
「陽狐様もお久しぶりです」
「冥夜も元気そうで何よりだ」
白面に冥夜も笑顔で答える。
「御方様!! 白銀のご飯とオカズ超大盛りでお願いします!」
「ん? 構わぬが今日は『合成シャケ納豆定食』と『合成焼肉定食』だがどちらが良い?」
「合成焼肉定食で!」
より腹に溜まりそうな方を即座にチョイスする水月。
B分隊も含め他のメンバーも黙って笑っている。
実に仲間想いな奴らである。
「そうかそうか。何やら嬉しそうだが何かあるのか?」
「えぇ! 午後から念願の戦術機の適正検査があるんですよ!」
「ほぅ。ようやく念願の戦術機への第一歩というわけだな。……そういえば総合戦闘技術評価演習の時は意図せずとは言え、そなた達には悪い事をしてしもうたな。許せ」
そう言って口にした白面の謝罪の言葉に思わず全員目を丸くする。
「い、いや良いんですよ。結局合格できたわけですし……」
武達からすれば白面が謝ってきた事が逆に以外で思わず口ごもってしまう。
「しかし……。そうだ! お詫びといっては何だが、特別にそなた達の昼メシの量を全員超大盛りにしてやろう」
「「「「え゛……」」」」
A分隊は思わず硬直する。
ニコヤカに言う白面の顔には悪気は一切ない優しい笑顔だ。もっともだからこそ余計にたちが悪いのだが。
「料理の方は武と同じ合成焼肉定食で良いな? しばし待っておれ」
そう言いつつ9つの尾でフライパンやら包丁など器用に使いあっという間に料理を完成させてしまった。
2本の手よりこっちの方が白面にとっては断然やりやすいのである。
「そら。たんと食して午後からの訓練の力とするが良いぞ」
「うわー……。ありがとうございます」
山のように盛られた料理を見てA分隊は棒読みで礼を言う。
「……陽狐さん。すごいっすね」
「ん? そうか? 我も優しくなったものよな」
そう言って腕を組んでコクコクと白面は頷く。
白面が誰かにお詫びをするなど、比喩ではなく本当に数千年に一度というくらいの確率だったがそのタイミングは最悪である。
PXにむせ返る様な合成焼肉の匂いがただただ充満していた――。