第拾話 南国のバカンスと休日 後編
――総合演習4日目
明け切らないまだ暗い南の島。
太陽が目を覚ますよりも早起きの鳥や虫達の羽ばたきの音だけが聞こえる。
これからまた始まるであろう1日に生き物達の動きがにわかに活気付く。
白んだ夜空を僅かに彩る星明り。穏やかに吹く陸からの風はむせ返るほどの草木の匂いを運ぶ。
いつもと変わらない南国の景色。
いつもと変わらない1日の始まり…………そのはずだった。
最初に異変に気付いたのは先程までさえずっていた鳥達か。不意に鳴くのを止め島全体に静寂が包む。
風がぴたっと止む。
突如聞こえた静寂を破る爆発音は、空気の急激な瞬間膨張を引き起こし島全体を揺るがした。
目覚まし時計がわりには大げさすぎるその轟音により野鳥達が一斉に空に避難する。
「よっしゃっ!! 上手くいきましたね!」
「ふっふ~~ん! 高圧線と軽油を組み合わせた遅延発火装置も捨てた物じゃないわねぇ!」
昨日まで武達がいたB地点から破壊した際に生じた爆炎が黒い煙を吐き出す。
「うん。この爆破は、別働隊にとってもいい攪乱になったはずだよ」
「オレ達も結構距離稼いだから位置を特定される危険は低いはずですよね?」
「そのはずよ。時間も遅れてる事だし早い所合流地点に行くわよ!」
気の早い水月は言い終わる前に先に進もうとする。
もっとも彼女の気持ちもわからないまでも無い。
昨日の竜巻が起きた後、安全が確認できるまでB地点で様子を見ていた武達だったが結局あれから何も起きなかった。
むしろ空は晴れ渡っており進軍するにはもってこいの天気であったのだ。
総合戦闘技術評価演習4日目の午前3時、結果論であるが12時間近くの時間を無駄にした事になる。
もっともあの竜巻が白面のせいだったなどと言う事を武達が知る由もなく、それを責めるの酷という物であるが。
「水月、逸る気持ちはわかるけどここからが大変なんだから気をつけてね?」
遙の言葉に水月は「わかってるわよ」と、こんな時でもどこか余裕のある笑みを浮かべガッツポーズを取ってみせる。
思わず武も釣られて笑う。まぁ彼女なら大丈夫だろう。
最初の自分とは違い間違っても蛇に噛まれるなんてヘマはしないはずだ。
思い出したように蛇避対策の煙草の臭いが染み込ませた自分の戦闘服を見る。
「まったく速瀬先輩は元気ですねぇ」
「フフ、まぁ休息もたっぷり取れたし体力も完全回復したって感じかしらね」
水月の態度に気力が湧いてきたのか武と遙も足早に水月の後を追う。
「ところで遙先輩。今のペースだと合流地点にはどれくらいで着きそうですか?」
「そうね……。良くて正午ちょっと前ぐらいだと思う。正直かなり苦しいペースかな」
「マジでギリギリの時間ですね」
「そう白銀語で言う『マジ』に……ね」
少し先に行っていた水月も武達の言葉にいつになく真剣な表情を浮かべる。
昨日の夜、時間を持て余した武達は作戦会議をした。
その議題の中には宗像、風間を置いてゴールを目指す可能性もあるという話も上がったのである。
何故なら最初のスタート時での作戦では4日目までなら待つ。だがそれ以上の時間が経った場合、各々で脱出ポイントを目指すという約束をして、宗像、風間ペアと別れたのだ。
つまり今日合流地点に到着した時、2人がいなかった場合を想定に入れる必要があったのだ。
だが幸運にも脱出ポイントであるD地点はこの島の南西にあったおかげで、武達が目指すルート上に合流地点はあった。これならたいした時間のロスも無く合流地点に辿り着く事ができる。
しかし恐らく……、これは断言できる事だが彼女らも本来のペースよりかなり遅れて進んでいる事であろう。
到着する時間は自分達と同じくらいと踏んだ。
故に自分達が到着して1時間経っても彼女達が来なかった場合は、脱出ポイントの情報だけを何かしらの形で残し先に進むという結論に達した。
今回はそれほどまでに武達には時間の余裕はないのであった……。
◆
「……やっぱりまだ宗像先輩達は到着してませんね。それとももうすでに先に進んでるんでしょうか?」
「そうね……。多分だけどまだ辿りついてないと思うわよ。野営の跡も何も無いでしょ?」
「なるほど……確かに速瀬先輩の言うとおりですね」
辿り着いた合流地点。
その周辺には人が火を炊いた様子も何も無く草木が生い茂るのみであった。
もし合流地点に到着していたのであれば、必ず休憩した跡が残っているはずである。
ちょうど今の武達のように……。
「とりあえず少し休みましょうか」
遙の言葉に武と水月は頷き、そこら辺に横になっている倒木に腰を掛ける。
風呂敷代わりにしていたテント布を地面に下ろし、武は首を2,3回鳴らす。
テント布を広げると昨日の夜キャンプをする際に手に入れてきた食料が顔を出す。
とは行っても豪華なものでなく、食用になる葉っぱや蛙、蛇、それと最初のA地点で手に入れたヤシの実が3つという質素な物だ。
「かってぇッ!!」
蛇を口に運んだ武は思わず呟く。
保存のためとは言え火を通しすぎるくらい通した蛇肉はすっかり冷めて堅くなり、しかもやっぱり臭いがきつい。
気を取り直してベルトキットからカレー粉を取り出し、蛇に振りかけて噛り付く。
「宗像さん達大丈夫かしらね?」
「大丈夫! と言いたい所だけど何とも言えないわね」
「そうですねぇ。宗像先輩達も陽狐さんの言葉を気にして相当慎重に進軍しているはずですし。……まったく陽狐さんの言うトラップなんて本当にあるんですかね?」
武が何となしに合わせた言葉を吐いた瞬間妙な沈黙が流れる。
「…………ちょっと待ちなさい白銀。アンタ今なんて言った?」
「えッ? いや宗像先輩達も慎重に進軍してるって」
「違う! そっちじゃなくてその後!!」
「えっと? 陽狐さんの言ってたトラップなんて本当にあるのかって………………。あッ! あぁああッーーーー!!!!」
「……やられたね」
「まったくだわ。試験内容なんてそうやすやす変更できるわけ無いじゃない!」
水月は右手で頭を掻く。
武の何気ない言葉で白面の言っていた事が嘘だと気付いた水月は八つ当たり気味に手に持っていた食べ物を一気に口に含む。
「下手したら1日近く無駄にしたんじゃ……」
「言わないで遙!! よけいにムカッ腹が立ってくるから!」
嘘を言った白面になのか、それともそれを見破れなかった未熟な自分になのか、苛立ちを隠せないまま水月は声を荒げる。
3人がため息をついた時、草を掻き分ける音が聞こえる。
「どうしたのですか? 速瀬先輩。30m先まで声が漏れてましたよ?」
「宗像先輩! 風間先輩! 良かった。間に合いましたね!」
現れたのは宗像と風間の2人だった。
とりあえず5人全員そろった事に武は安堵の息を漏らす。
「申し訳ありません。随分待たせてしまったようですわね」
「あぁそれは大丈夫よ。私達も今着いたところだしね。それより宗像、風間ちょっと聞いてよ」
「やれやれ。一体何があったんです? いつに無く速瀬先輩の機嫌が悪いようですが」
「機嫌も悪くなるってもんよ!!」
水月は頭に血が昇った状態で宗像達に説明する。
話を聞き終わると宗像と風間は大きくため息をつく。
「やれやれなるほど……。それは確かに速瀬先輩でなくとも頭に来るというものですね。そうと分かっていれば祷子と熱い夜を過ごせたものを」
「もう……。嫌ですわ美冴さん」
実際の所怒っているのかどうなのかは判断しにくい表情で2人は軽口を叩き合う。
「もっとも文句を言った所で嘘を見抜けなかったオレ達が悪いって言われそうですけどね」
「そうだね。ところでそっちはどうだった? こっちは脱出ポイントの情報と、ラペリングロープ、軽油にテント布を見つけたよ」
「それは大量ですね。あいにくこちらで見つけられたのは対物体狙撃銃が1挺手に入っただけです。弾も1発だけで」
背負っていたライフルを宗像は見せる。
2分割にされているが、それでもその大きさから明らかに人を打つものではないものだと判断できる。
「よし! じゃあ食事休憩を取りながらルートを決めちゃおう。 なるべく緩やかそうの所選ぶからね」
「悪いけど休憩も最低限の時間しかとれないわよ? 宗像、食料の方ある? こっちもいくらか余ってるけど?」
「ご心配なく。昨日の竜巻が発生した後に野営をずっと取る羽目になったので、そのぶん食料の方は可能な限り集めましたから」
「あッ、あんた達もそうだったんだ……。ところで食料は何が残ってるの? もし鳥肉とか手に入れてたら分けて欲しいなぁ……なんて」
水月はそう言って両手をさすり愛嬌を振りまく。ここ数日動物性タンパク質といったら蛇か蛙のみ。ジャングルにはカラフルな鳥が多く存在するが道具なしで捕まえるとなると難しいのである。
「いえ、蛇と蛙です」
「あ、そう……」
宗像の淡々とした口調に自分の持ってる蛇肉を見る水月であった。
◆
変わって総合演習スタート近辺の海岸。そこに南国特有の白い砂浜に不釣合いな建物が建っている。
砂浜の色と同じ白い断熱パネルに覆われたプレハブハウスが暑い日差しを反射する。
ここは白面達が寝泊りしているプレハブである。
南国の天気は変わりやすい。赤道直下で照り付ける太陽の日差しは海水を蒸発させ水分をたっぷり含んだ上昇気流を生み出しスコールや台風を生み出す。
年がら年中予想しにくい天気の中では船などで寝泊りするのは危険なのだ。
そのため総合戦闘技術評価演習の間、試験官が寝泊りする仮設住宅や管制室がこのように設けられているのである。
広さ12畳の部屋に折りたたみ式のテーブルを置き白面と夕呼がこれを囲んでいる。
いくら南国の休暇とは言え1日中外の直射日光に照らされてるわけではなく少し部屋で休んでいるのである。
「陽狐さん。これあげます」
たっぷりと氷が入った透明なグラスに注がれたキンキンに冷えた紅茶を飲みながら夕呼と白面が雑談していた所、霞が白面に1枚の紙を差し出してきた。
「……これは我か?」
「はい。一昨日のお礼です」
どうやら一緒に貝殻拾いをした事へのお礼らしい。差し出された紙にはクレヨンで描かれた決して上手とはいえないが、それでも一生懸命描いたとわかる9本の尾を持つ白い動物の絵が描かれていた。
照れているのか霞の頬がほんのり紅く染まっている。
「あらあらぁ~~。良かったじゃない陽狐ぉ」
とても良い笑顔の夕呼の言葉に白面はうっと言葉を詰まらせ、一瞬難しい顔をするがすぐに気を取り直す。
「霞よ。立ちっぱなしでは何であろう。そらここに座るといい」
白面はそう言って少し自分の体を横にずらし、体から尾を1本出しクッションのようにする。
霞は少し遠慮しながらもその上にちょこんと座り、白面の尾に触る。
フワフワした綿毛のような柔らかさと滑らかな手触りが心地よい。
「礼を言うぞ霞」
「そうよォ。ちゃんと大事にしなさいよ~?」
ストローで一口紅茶を含み夕呼は笑みを浮かべる。
「わ、わかっておる。肌身離さず、そうさな今度あやかしの腹の中にでも永久保存できる空間を設けてみようではないか」
「あやかし? 何それ?」
初めて聞く白面の言葉に夕呼は眉をひそめる。
「んッ? そうか言うのは初めてであったな。……まぁ良かろう」
うっかり声に出してしまったが白面は気を取り直す。
今まで自分の能力について黙っていたが、信頼が置けてきてる今なら少しくらい自分の能力を教えておくのも時期的に悪くはないと思い説明することにした。
「あやかしとは斗和子と同様に我の眷属だ。巨大な海蛇のような化物で全長は1km以上……。体内は異空間となっており多くの物を収納できる。まぁ平たく言えば我の荷物持ちだ」
最後の一言が余計な気がしたがそれが本当なら途方も無い大きさの海蛇である。
さらに付け足して言うならば白面の説明した長さはこの世界に来る前の話の物であって、横浜ハイヴでのBETA戦においてさらに強力な力を手に入れた今の白面が生み出すあやかしはそれより更に途方も無い大きさになっている。
「へぇッ! 面白そうじゃない。ちょっと見せてくれない?」
「何だ妙に喰い付きが良いな。そんなに海蛇の生態に興味があるのか?」
「違うわよぉ。私が興味あるのは体内が異空間になってるって方。ほら、私って並行世界にまつわる因果律量子論を元々研究してるじゃない? だから異空間とか興味あるのよ」
「なるほどな。そういう事なら見せるのは構わぬが、初めに言うておくがあやかしの姿はかなり醜悪だぞ?」
「そうなの? まぁ研究者にとっては外見なんてどうでも良いのよ。大切なのは興味があるかないかだけなんだし。……霞、隣りの管制室にいるまりもも呼んできなさいな」
霞はコクリと頷くとまりもを呼びに外に出る。
夕呼と白面も紅茶を一気に煽り外にでるのであった。
◆
「……へぇ。これがあやかし? 確かにグロテスクねぇ」
そういいつつ夕呼は興味深そうにあやかしを見て回る。
人型サイズの白面の尾の一部が変化しているため、本来の大きさより小さく全長10mくらいの大きさであやかしが上から見下ろしている。
いや、見下ろすという言葉は正確ではない。
何故ならその顔には目など付いていないのだから見下ろす事などできない。
ごつごつした岩のような赤黒い外皮にヌルッとした油が光る。
「触ってみても大丈夫?」
「ゆ、夕呼ッ!! 危ないわよ!」
「まりもよ。気にせずとも大丈夫だぞ。こやつは我の命令には絶対服従なので危害を加えるようなマネはさせん」
白面はやや離れた所にいるまりもに声をかける。
この外見は女性にはかなりきついものがあるのだろう。
「陽狐もそう言ってることだしまりももこっちに来なさいな」
あやかしに触りながら夕呼はまりもを呼び寄せる。
おっかなびっくりであるが、あやかしを見上げながらゆっくり近づく。
「まりも~~。日焼けで大変でしょう? サンオイル塗ってあげるわ」
そう言いつつ夕呼は手に付いたあやかしの油をまりもの体に擦り付ける。
「ちょっ! ちょっとなにするのよ!」
「う~ん。それにしてもこの外見はBETAに勝るとも及ばないわねぇ。せめて縞々模様や水玉模様でも付けてみたら?」
まりもの非難の声を完璧に無視して再びあやかしを見上げて不敵に笑う。
「そのような事をしたら余計に醜悪にならないか? ……そう言えばBETAで思い出したのだが奴らの中にもあやかしに似た者が存在したぞ? これは確かこの世界の人間は知らぬ情報であろう?」
「本当ですかッ!?」
白面の言葉にまりもが大声で反応する。
確かにBETAにはいまだ観測されていない未確認種と呼ばれるものが存在しているとされている。月やユーラシアの各戦線から回収され、いまだ同定に到っていない数多くの断片標本がそれを示唆している。
「あぁ。やはり蛇の様に長細い体をした奴で、あやかしよりでかかった。地面を掘り進んでいきなり現れて大量のBETAを口から吐き出しておったぞ」
「なるほど地中に生活するBETAならそういう種類が居てもおかしくないわね。そいつはどうしたの?」
「当然跡形も無く滅ぼしてやった。やはり運搬役は蛇のように長細い奴に限るよな」
腕を組みながらウンウンと白面は頷く。
「……何か言ってる事がずれてる気がするけどまぁ良いわ。ところでまりも」
「何よ?」
「ちょっと食べられてみる気ない? 頭からこうガブッ!! て感じで」
「全力でお断りしますッ!!」
いきなりとんでもない事を言い出す夕呼に即座で断る。というより頭からカブッ!! は何というか色々とシャレにならない。
「でもねぇ……。異空間を観測するにはどうしても中に誰か入らなくちゃいけないのよ。私は嫌だし、霞みたいな小さい子を入れるわけにはいかないでしょ?」
夕呼は隣りに居た霞を前に持ってきて彼女の頭を撫でて見せる。
「何困った顔して恐ろしい事頼んでるのよ!! 嫌に決まってるじゃない!」
「あのねぇまりも? これは友人としてあなたのためを思って言ってる事なのよ?」
「……何よ? 一体どういうこと?」
胡散臭げな目でまりもは夕呼を見つめる。長年の付き合いで夕呼がこの様な言い方をする時は尤もらしい屁理屈を述べることを彼女は知っているのである。
「あなたの為に実は黙っていたんだけど私の並列処理の研究で、偶然にも並行世界の情報が流れてきて分かった事あるの」
武の記憶によるまりもの死因については適当な事を言って誤魔化して言葉を続ける。
「それによるとね、あなたは頭を潰されて死亡する可能性が高いみたいなのよ。私の因果律量子論において物質も世界も常に安定を求めようとするわ。つまりこのままだとまりもも頭に致命傷を負って命を落とすか、最低でも重傷を負う可能性が高いのよ。でもね、ここで1回あやかしに頭から飲み込まれておけば、その『世界の安定』の条件を満たす事ができてあなたの死亡する確率が大幅に下がるってわけ。……私だって本当ならあなたを危険な目に合わせたくないわ。でもねあなたの身を案じてるからこそこう言ってるの。お願い。わかって?」
「……よくもまぁ今思いついたであろう屁理屈をペラペラと」
呆れて物も言えないが一応は理にかなった事を言っている。しかも嘘を言っているように見えない。最も彼女ならそれぐらいの演技は平然とこなすであろう。
「神宮司教官。香月博士の言ってる事は本当ですよ」
「そうなの? 社?」
夕呼の言う事は一応後付けであるが確かに真実ではあるのである。
白面や夕呼ならともかく普段行いの良い霞の言う事なら信用できるというものだ。
後ろで「ナイスッ! 霞!」とばかりガッツポーズをしている夕呼の様子が気に入らないがそれなら仕方が無いかもしれないと思う一方、嫌なものは嫌だという人として当然の感覚が揺れ動く。
「フム、まりもよ。とりあえず安全は我が保障しようぞ? もしコイツがそなたを喰らおうものなら尾を引きちぎってでも救い出してやろう。それにこうすれば喰われるという感覚は無いと思うが?」
そう言いつつあやかしの大きさをさらに巨大化させる。全高20m位の大きくなった口を開けたその姿はなるほど食べられるというよりかは、洞窟の中に入るという感覚に近いかもしれない。
「あ、あのですね私ほら、試験官として今監視中ですからこの場を離れるわけには行かないんですよ」
それでもやはり気の乗らないまりもは遠慮がちに断りの言い訳を述べる。
「あぁ、気にするな管制室ごと飲み込んでやろう。あやかしの中は無線もちゃんと通じるから監視もバッチリできるぞ?」
「異空間なのに無線が通じるの?」
「あぁ何故かちゃんと通じるのだ。不思議な事に」
かつてあやかしの飲み込まれた人間の子供がトランシーバーの無線で外と連絡を取った事があるが、そこら辺の理屈は突っ込んではいけない。
「もちろん無線の圏外に移動してしまえば聞こえなくなるゆえ、あまり沖の方までは行けぬだろうからこの島周辺を泳ぐ事になるが」
「で、でも……。そうだッ! ほら一応ここは南国の島でBETAの脅威に晒されてませんが、いやむしろだからこそ軍の監視が強くBETAへの警戒を怠ってないんですよ。陽狐さんのあやかし位巨大な生物が海を泳いでいたらそれこそあっという間に軍隊が来るんじゃないですか?」
「う~ん。確かにそれはやっかいねぇ」
夕呼は腕組をしながら困った表情を浮かべる。
まりもの言うとおりこの世界はBETAの危険に晒されているため人工衛星やら軍のレーダーやら何やらで監視の目が常に光っている。
こんな所で軍隊が出動したらそれこそ国際問題に発展しかねない。
「何とかならない? シロエモン?」
「誰がシロエモンだッ! まったくヤレヤレ、分かっておらぬな夕呼。それにまりもよ」
「何がよ?」
ため息まじりの白面の態度にややムッとして夕呼は聞き返す。
「この我が、白面こと金白陽狐がそのような中途半端な能力を持ち合わせてると思うのか? 言うておくがタケル達、横浜ハイヴにいた捕虜達を仙台湾まで運んだのはあやかしだぞ? その際にそなたらはあやかしの影を捉える事ができたか?」
「えッ! そうなの? 信じられない……。一体どうやったの?」
夕呼は武達が仙台湾で発見されたあの事件を思い出す。
あの時は突然現れた横浜ハイヴからの生存者に世界中が驚いたものだ。だが言われてみればあそこは仙台基地のレーダーの範囲に入っているにも関わらず、あやかしの影を捉えたと言う報告は一切無い。
「あやかしは自身の周辺に結界を張る事ができてな。この中もいわゆる1つの異界と同じだ。結界内にいるかぎり人工衛星はおろか、あらゆるレーダーにあやかしは引っかからない。まぁもっとも軍艦などが偶然結界内に入り込んでしまう可能性もあるが、今回はさっきも言うたとおりこの島周辺で実験を行う。それゆえその心配もあるまい」
白面の言葉に夕呼はやや呆然する。そして突然大きく笑い出す。
「あ~~~はははっ!! このチートッ!」
「前も聞いたが何だ? それは?」
いつぞややったやり取りと同じ単語を言って夕呼は腕組をしながら考える。なるほど白面が今この段階であやかしの存在を言うのは納得がいく。
今でこそ夕呼自身も白面に対して人間への危険性は殆ど感じていないが、出会った当初にそんな事を言われていたならそれがどれほど脅威に感じたであろうか。
考えても見ると良い。BETAはその思考パターンを読む事は出来ないがたとえ地下からの奇襲であったとしても振動源などの観測からある程度危険を予測でき対処する事ができる。
しかしあらゆるレーダーに引っかからず接近するまで気付かない相手にどのように対処したら良いというのか?
「まりもッ! 悪いけど上官として命令させてもらうわ。この実験に協力しなさい」
「え……? はッ! 副指令!!」
夕呼が突然真顔になり上官として振舞った意図は分からないがまりもは半ば脊髄反射的に敬礼する。
「一応理由を説明しておくわね。もし陽狐の言うとおりの事が私達にもできるようになったらどうなると思う?」
「え? えっと……?」
「上手く行けばBETAの探知能力にも引っかからない。つまりレーザー級を無効化できる航空兵器を作る事ができるわ」
「そ、それはすごいッ!! 了解しましたッ! 神宮司まりも、粉骨砕身任務に当たらせていただきますッ!」
夕呼の言う結界のようなものが出来るのはまだまだずっと先か、あるいは出来ないかもしれない。それに例え完成したとしてもその技術はその内人間同士の争いに使われる可能性もあるだろう。
だがそれでも今この瞬間、人類の状況を考えるならこの実験をしない手は確かに無い。
「では話がまとまった所で始めるか。っとその前に約束してもらう事がある」
「何?」
「実験には協力するが我自身が例えば解体など危険になりそうな実験には一切付き合わぬ。……良いか?」
「当然ね。それはもちろん了解するわ」
「では案内しよう。穏やかな海の中に作られた荒波の異界。あやかしの結界に」
白面の言葉に海が荒れ、空の雲が厚くなり風が強くなる。
やがてポツリポツリと雨が降る。
島周辺は未だに晴れ渡る青空なのに対してこの島にだけ強い嵐となる。もっとも外から見ただけ者からはこの島は平穏そのものでとても雲に覆われているとは思えない。
今この瞬間においてこの島は外界と完全に隔離されたのであった。
一方その頃の武達は――。
「くそッ! 何てこったッ!!崖を渡る『前』に嵐が来るなんて!!」
例によって足止めを喰らっていた。
◆
――総合演習5日目
青い海の上に白面は自分の尾にタップリと空気を含めバナナボートの様にして浮かび、その上に座っている。
「よし。ではそこで顔を水につけてみよ」
白面の言葉に霞は力いっぱい首を振る。
せっかく海に来たのだから泳ぎを教えるという事になったのだ。
白面の尾に捕まりながらバタ足をするものの水に顔をつけるのが恐いらしい。
さっきから数分間練習しているもののそれをする事ができない。
「ウーム仕方あるまいな。霞よ少々休憩だ」
白面は自分の尾を器用に使い霞を持ち上げて自分の膝の上にのっける。
「はあ……はあ……はあ……」
バタ足を数分間やっただけで息切れを起こしている。運動不足以前の体力の無さである。
「はあ……はあ……すいません」
「我には人間の泳ぎのコツとは良く分からぬが何もバタ足から入らず、足のつく所で水遊びをする事から始めた方が良いのではないか? 水に慣れれば顔をつける事も出来るような気もするが?」
「わかりました。ちょっと休憩したらそうします。陽狐さんも一緒に遊んでくれますか?」
「あぁもちろん構わぬぞ」
そう言って白面は霞の頭を撫でる。
この総合演習ですっかり霞は白面になついたようで、昨日の夜も白面の尻尾を抱き枕にして寝ていた。どうやらあの触り心地が気に入ったらしい。
「………………」
白面はチビリと手に持っていたトンペリの入ったグラスに口をつける。
「陽狐さん昨日の事まだ気にしています?」
白面に霞が声をかける。
昨日あれから実験を数時間行っていた所、監視カメラの様子などで武達が足止めを喰らってる事を知った白面は即刻実験を中止したのであった。
夕呼としてはこの際実験の方が重要だったが白面が協力しないという限り何もできない。
「陽狐ォ? 気にする事はないわよ? 間違いは誰にだってあるんだし」
夕呼もトンペリを飲みながら白面の尾に座りながら慰める。
ちなみに酒を飲みながら海で遊ぶのは非常に危険なのでマネをしてはいけない。
「ん? あぁ昨日の事か? あれならばまるで気にしてはおらぬから安心せよ」
「あれま。私が言うのもなんだけど陽狐も随分図太い神経してるのねぇ」
「おっと夕呼よそれは誤解であるぞ? 我に限った事でなく化物は皆自分のした過ちなど後悔するような神経は基本的に持ち合わせてはおらぬでな」
これは白面の言うとおり人間と化物の感覚の違いである。
かつては人間を好きなように喰らい、向かってくる化物を好きな様に殺していたあの金色の獣でさえ、槍の少年と出会ってから自分の過去にやってきた事に対して後悔したり鬱になったりすることはなかった。
長くて100年前後の寿命しか持ち合わせない人間ならばそういった自責の念に駆られようと死ねば終わりだが、寿命を持たない化物がそんな感情をもっていたら永遠とそれに引きずられながら生きていかなくてはならない。
それゆえに自分の行動に対して後悔する化物の方がよっぽど稀なのである。
「ふ~~ん。じゃあ一体何について今朝からそんなに考えてるわけ?」
「ウム……。やはりこれは言うておくべき事だな。昨日のあやかしの外観がBETAに通じる物があるという話になったであろう?」
「えぇ。あッ! もしかしてそれで傷ついちゃった?」
「違う。真面目な話そなたから折を見て上の者達にそのことを伝えてほしいのだ」
「あぁなるほどね……。わかったわ」
白面の意図を汲み取り夕呼は頷く。
白面が今まであやかしを人間に見せなかったのは自分の能力を隠しておくためと、やはりその醜悪な外見からである。
醜悪な外見とは得てして他者に警戒心を与えやすい。ましてやそれが人類の天敵であるBETAに通じる物があるとすればなおさらである。
このままずっと黙ったままでいると今後白面がBETAと戦う時、人類がその姿を見てBETAと勘違いしたり、そこから白面はやはり危険な存在だと思われる可能性だってあるのだ。
言いにくい事ではあるが、そこは伝えておく必要のある事なのである。
事前報告と事後報告とではその印象が天と地ほどに違うのだから。
「それと実は後もう1種類、あやかしに負けず劣らずの外見の者がおってな。それも紹介しておこう」
「……えぇ。いいわよ」
夕呼の言葉を聞き白面は自身の尾から婢妖を20体ほど生み出す。
「ブーーーッ!!」
そのあまりに醜悪な外見に夕呼は思わずトンペリを吹き出しバランスを崩し海に落ちる。
「大丈夫か?」
「ゴホッ! ゴホッ! え、えぇ」
奇しくも霞の代わりに海に顔をつける羽目になった夕呼を尾で助ける。
落ちた拍子にトンペリを海に飲まし空になったグラスを白面に渡し濡れた髪を掻き分ける。
「な、なるほどね……。これは確かに事前に報告しておかないとまずいわね」
大きさは30cmくらいの血走ったナメクジのような体に2つの耳と巨大な目が1つ。その姿はさながら小さくなった重光線級を髣髴させる。
こんなものがいきなり戦場に現れたら戦術機に乗った衛士は間違いなく36mm突撃機関砲で撃ち殺すに違いない。
「こいつの名前は婢妖と言ってな情報収集を主な役割としており、その気になれば姿を見えなくする事もできる」
付け加えるなら数は無限に近いほど生み出す事ができ、動物だけでなく機械にもとり憑き操る事ができる。多くで巻きつき圧力で霊器を破壊する力は強大で戦術機の装甲と言えども破壊できる……と言うことまでは白面は黙っておいた。
いくら何でもそこまで言う必要はまだない。
「ふ~ん。婢妖、ヒヨウね……ちょっと待って!? それって確か以前オルタネイティブ4の理論を白銀の頭から回収してきた時、私に見せる事ができるって言ってた時に聞いたような気がするんだけど?」
「あぁその時に使ったのがコイツだ。もちろん夕呼の頭にも入ったぞ。しっかりと」
「ブッ!!」
親指をグッと立て言い放った白面の爆弾発言に再び夕呼は海に落ち白い飛沫が上がる
。
「だから大丈夫か?」
「ゴホッ! ゴホッ! え、えぇ」
先ほどと同じやりとりで白面に助け上げられる。気管に入った海水に咽ながらよろよろと力なく座り込む。
「……ねぇ、後遺症とか問題ないわよね?」
「あぁそれについては一切問題ないから安心せよ。逆に言うとこの婢妖をとり憑かせない限り我は相手の思考を読むことはできぬ」
「はぁ……。それを聞いて安心したわ。まったくこの天才の頭に後遺症なんて残ったらそれこそ人類の損失よ?」
夕呼は白面の尾の上に寝っころがり空を仰ぎ見る。
口の中の海水が塩辛い暑い南国の昼の話である――。
◆
夕暮れ時の日差しがジャングルの樹冠を茜色に染める。
天井に覆う植物の葉は殆ど日差しを遮っていたが、それでも僅かに差し込む太陽の光が今日という日が終る事を実感させた。
昨日の嵐によるぬかるんだ地面が歩きにくい事この上ない。
武を初め207A分隊の体中に泥なのか汗なのか最早区別つかない汚れその歩き辛さを物語っている。
「あれ? あそこに何か見えません?」
不意に風間が対岸の方向に指を指す。
「確かに何か見えるな。あれは……レドームか?」
「ちょっと確認してみようか。スコープ出して」
遙の指示で対物体狙撃銃のスコープを使って双眼鏡がわりに風間がその方向を見る。
「やっぱり何か作動しているようですわね。一体何のシステムでしょう?」
「遙先輩!! 急ぎますよ! 嫌な予感がします!!」
武は大声を突然上げて一気にジャングルの中を突き進もうとする。
音感発火式の地雷などのトラップがあるかもしれない事を武が失念するほどの声をあげるその様子にA分隊の面々は驚く。
武は何だかんだ言ってこのチームで優等生なのだ。その彼がこの様な行動に出る事はよっぽどの異常事態と言えよう。
「え? えぇ!? どうしたの? 白銀君!!」
「白銀! 隊を乱すな! トラップに引っかかるぞ!!」
「わかってます! けどここはオレを信じてとにかくペースを上げてください! まだ生きてるシステムがあるんですよ!? 何か大きなトラップがあるような気がします!!」
武の頭の中で確信めいた不安の色が埋め尽くされる。
あのレドーム、それに今回の脱出ポイントの場所。
それらを統合すると必然的に見えてくるループの知識による最後のトラップ。
今までならちょっとした嫌がらせに過ぎないが、今回に限って言えば最悪のトラップ……。
あせる気持ちに駆り立てながら武は歩みを進めるのであった。
◆
――総合演習最終日
「白銀ッ! こっちだッ!!」
「くそーッ!! 死んでたまるかよ!」
朝日が昇り始め空が明るくなった海岸。リズミカルに且つ残虐な音を刻むのは砲撃の音。
硝煙の匂いが立ち込めるヘリポートにはその暴力的な傷跡が生々しく残る。
発炎筒を炊いて狙撃を受けた事により迎えに来たヘリはまたどこかへ行ってしまう。
「あ~みんな生きてる?」
通信機から夕呼のノイズが混じった声が聞こえる。
「隊に損害はありません」
「そう、よかった。それはそうと、ちょっと予定が狂っちゃったわ」
「確認出来ると思うけど、そこから北東にある離党の砲台が何故か稼動しちゃってるのよね~」
何故かとは白々しい。明らかに意図して稼動させている事が見え見えである。
「そちらでは制御できないんですか?」
「無理。自動制御だから。困ったわね~」
「で、新しい脱出ポイントを設定するわ」
「……了解」
「新たな脱出ポイントのE地点は攻撃をしている砲台の真後ろね」
「そこに行くまでに砲撃される可能性がありますが」
「私に出来るのは、脱出ポイントを教えることだけよ。以上、通信終わり」
途切れた通信機をA分隊は無言で見つめる。
誰と言わず全員がその場に座り込む。
「…………くそッ!!」
呟きながら武は地面に拳を突き立てる。
ほんのりと右の拳が痛い……。
嫌な予感はしていたのだ。
恐らくまた偽脱出ポイントのイベントがあると。
今回の時も前回の時も、最初の試験の時もこの脱出ポイントの変更は試験内容に組み込まれていたものなのであろう。
最初から予定されているのだから例え演習開始から1秒後だろうと、終了時間1秒前だろうとこの脱出ポイントの変更は必ず起きるものなのである。
昨日レドームを発見できた所で破壊する手段もあるにはあったが、その内容を知らないはずの武が無意味に破壊してしまうとそれこそ一発アウトを喰らうほどの減点対象になってしまうし、何より夕呼の企みを完全に潰してしまう事になる。
「くそッ!! くそッ!!」
武だけでなく他のA分隊も苦虫を噛み潰したような顔をしている。
ループの記憶が無くとも地図を見ればわかる。ここから新たに設定された脱出ポイントはどう見積もっても24時間以上かかると。
試験終了まで残り約10時間。詰まるところタイムオーバーであった……。
沈黙が流れるD地点。波の音だけがいつもより大きく聞こえる気がした。
◆
「……駄目であったか? ……残念だったなタケルよ」
岩壁に波がぶつかる音が聞こえる夕暮れに赤く染まった脱出ポイントには、終了時間が迫っている事を教えるかのように海風が強く吹く。
……武達の姿はまだ見えない。
総合演習の最終日、夕呼達から武達のペースがかなり遅れておりこのままでは時間切れになるかもしれない。そう聞かされたときは、白面は一瞬武達に手を貸してやろうかと思った。
……だがすぐにその考えを改めた。
理由は大きく分けて2つ。
1つ目はやはりこの試験は武達自身の試験なのである。
外部の自分が口を出すのは無粋に感じられたのだ。
そしてもう1つは武達がこの試験に落ちた時の問題点を考えてみた場合の結論である。
まず武はこの日本に限らず、世界トップレベルの衛士の才能、実力をもっている。
そして武以外の207A分隊もまた多少の差異はあれど、全員エース級の実力を将来的には身につけ対BETA戦に置いて人類に欠かせない貴重な戦力になる。
その5人が白面と共に戦えなくなるという事を考えると……。
まるで問題無し!!
そう……。はっきり言って白面にとっては全く問題無かった。
なぜなら自分だけでこの地球にいるBETAを全て壊滅させる事ができるのだから。
武達には話していないが今の白面はあの横浜ハイヴを落とした時より更に強くなっている。
あれから半年以上、全世界の各ハイヴで生み出されたBETAは1千万を優に超え、その全ての戦闘力が白面に上乗せされているのだから……。
白面が植えつけた『恐怖の感情』にBETA達はまるで気付かずその数を増やしていっている。それがどんなに愚かな行為であるという事に気付きもせずに。
それは例えるならばコンピューターウイルスが入り込んでいる事に気付かないまま延々と新しいパソコンを製造しているような愚行である。
そしてBETAは新しく生み出されている一方では人間によってその数を減らされているのである。
つまり白面とBETAの戦力差は今も尚この瞬間にどんどん開いていっているのだ。
そんな訳で一応武に恩はあるものの「まぁほっとくか?」という結論に達したのである。
「…………勝手に不合格にしないでくださいよ陽狐さん」
不意に背後から聞こえた声にまりもと白面は振り向く。
そこには汗なのか泥なのか海水なのか、恐らくその全てで汚れきった格好で肩で息をする207A隊が立っていた。
「……207A分隊…………ただ今到着しました」
声を絞り出すのも苦しいといった様子でリーダーである遙が到着を告げる。
「…………5分前か」
まりもがチラリと時計を見て時間に間に合った事を告げる。
「おぉ! よく間に合うたな。時間が足りないと聞いていたが」
「D地点……、最初設定されてた脱出ポイントの崖下にボートがあったんですよ」
そうD地点でタイムリミットを実感し、絶望に打ちひしがれたA分隊だったが武はループの記憶で思い出したのだ。あの偽脱出ポイントにボートがあった事を。
背に腹は変えられない。「そこら辺に何かないか見てきます!」などと適当に理由をくっ付けて崖下を降りてみた所、案の定ボートが停泊されていた。
幸いにもB地点で軽油を手に入れていた武達は、急ぎレドームの所に戻りこれをライフルで破壊した。
距離はあるといってもこの試験は訓練兵のための試験である。
必ずしも極東1の射撃名手、珠瀬壬姫がいなくても当てられるであろうギリギリの所にレドームは設置されていた。
A分隊で一番射撃の得意な風間がレドームの破壊に成功した後はそのままボートでゴールまで一直線だった。
「危なかったわ……。本当に……、本当にギリギリだった」
「何はともあれ良かったではないか。そなた達なら間に合うであろうと我は信じておったぞ?」
「…………棒読みで白々しいですよ陽狐さん」
「くくくッ! すまんな許せ!」
まるで堪えた様子もなく飄々とした態度の白面にA分隊の面々は睨んでやりたい所だが、今はそんな元気もない。
「でも…… 本当ならもっと早く到着する事ができましたのに」
「まったくです。御方様も本当に意地が悪い。罠がある……と見せかけ実は虚言だったなんて」
「それより何よりやっぱりあの竜巻ですわ……。あれさえなければもっと余裕をもてましたのに」
「…………ん?」
宗像に続く風間の言葉に白面は眉間にしわを寄せる。
「あぁ……、あれは確かに痛かったですよね。それに4日目の嵐も! 今回は本当に天候に恵まれませんでしたよ」
「………………………さて、まりもよ後は頼んだぞ。ここからはそなたの仕事ゆえな」
白面は宙に浮かびそのままそそくさと夕呼達のいるビーチの方まで飛んでいってしまった。
「まり……。神宮司軍曹。いったいどう言う事です?」
白面の態度があからさまにおかしく思った武はまりもに問いただす。
「えぇッ!? いや……そのだな」
完全に押し付けられた形でまりもはアタフタとあわてる。
その後竜巻やら嵐やら全て白面のせいだったと説明された武達は唖然とし、聞かなきゃよかったと立ち尽くす。
波風が目に染みるのはきっと悲しいからではない。総合戦闘技術評価演習最終日の夕暮れはただ黙って海岸を照らしていたのであった。
なおこの後、定例的な総合演習の反省点やら何やらを説明され、合格を言い渡された武達であったがそこは物語の都合上割愛する。
あとがき
落とせッ! 落としてしまえッ!
良いじゃないか。二次小説なんだし総合演習で武達が不合格になるなんて意外な展開じゃないか。
衛士以外の職業だって人類の存亡に携わってるんだし立派な職業だろ?
そんな悪の囁きに葛藤してました黒豆おこわです。
武達を不合格にして歩兵にしたとしても物語に何の影響も与えない事に書いてる途中で気付き、本当に落としてやろうと何度思った事か……。
ただマブラヴファンとしては武達が歩兵にする事はできなかった作者はヘタレです。
まぁともかく今回は難産でした。
御方様の妨害はその気になればたやすく不合格にさせてしまうものばかりで、今回例えばあやかしと武達が遭遇してたら……。総合演習どころの騒ぎじゃなくなってしまう!
そんな感じで。
欲を言えば完全オリジナルの総合演習の内容を書きたかったですが、それはまだ作者には難しかったです。
ボートも原作に登場してたのでショートカットできると思いヤシの実を用意して、その分邪魔してやろうと思った今回の総合演習の話でしたがいかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
それではまた次回の話で。