2001年――4月20日――
不知火改造機『雪風』のテストから一週間…。
現在大和は整備ガントリーに固定された雪風の前で頭をポリポリと掻いていた。
「ぬ~ん、まさかここまで負荷が掛かるとは……」
「どうします少佐、いっそのことサブアームをもっと太くしますか?」
「そうだな…しかしそれだけだと心許無い…いっそ増やすか」
大和が整備兵と共に見上げた雪風は、現在その最大の特徴である肩部装甲ブロックが取り外され、手腕とサブアームが露出していた。
理由は、前回のテストと模擬戦闘で機体に発生した負荷と不具合の確認と修正なのだが、大和の予想よりもサブアームに負荷がかかり、武の機体に至ってはサブアームに皹が入っていた。
「強度不足とは…我ながら何と間抜けな……」
「いえ、むしろ強度は十分な筈です。問題は、白銀大尉の機動と、肩部フライトユニットかと…」
整備兵の進言に、苦笑するしかない大和。
肩部フライトユニットは飛行を補助する為にスラスターとウィング、そのウィングに装備されたミサイルと機関砲からなる装備だ。
これを装備しての肩部負荷も当然計算して設計したのだが、武の機動が機体の想定負荷を大幅に超えたのだ。
「そりゃあれだけアクロバットな動きをすればなぁ……」
あまりの速さと機動に、大和はつい「ウザク」とか「白兜」と叫んでしまった位だ。
「少佐の機体は、特に問題ありません。あるとすれば、破損した頭部モジュールでしょうか……」
現在大和達が居る雪風の隣…大和の雪風は、現在頭部モジュール修理の真っ最中だ。
「まさか模擬戦の最後で、戦術機で踵落としをするなんて思いませんでした…」
「そういう男なんだ、アイツは…」
揃って溜息をつく二人。
その後補助センサーの情報だけで戦う大和も大和だが。
「残りの箇所の負荷測定と問題点を纏め次第、俺の執務室へ送ってくれ」
「了解です」
とりあえずこの場でする指示と仕事が終わった大和は、作業を続ける整備班一人一人に声をかけながら倉庫を後にする。
自分の執務室へ戻る前に、何か小腹に入る物をと思い、PXへ向う。
「あれ…黒金少佐ですか?」
「ん?」
PXへの入り口で声をかけられて振り向くと、そこには訓練服姿の高原。
彼女は大和が振り向くと「やっぱり少佐だ!」と嬉しそうに駆け寄ってきて敬礼した。
「お疲れ様です少佐! 整備服だったから最初分かりませんでしたよ?」
「あぁ…そう言えば着替えてなかったな…」
自分の格好を見下ろすと、確かに油などで汚れたツナギ姿。
自分が考えた物を形にするのだから、自分も参加して当然という考えの大和は、整備班や技術班に混じってよく仕事をしている。
佐官にもなると中々そういった汚れ仕事をしなくなるらしいが、大和は率先して汚れ仕事をこなす。
この辺りが、整備班等から信頼されている理由のようだ。
「高原訓練兵は休憩か?」
「はいっ、今からPXで集まって遊ぶ事になってるんです」
そう言って彼女が取り出したのはお弾きの入ったネット。
年頃の少女が遊ぶのが、大和の世界では一昔前の遊び。
その光景に、言いようの無い悲しみを抱くのは何時もの事だ。
「少佐も一緒にどうですか?」
と、敬礼と共に現れたのは麻倉。
「か、一美ちゃん、少佐に失礼だってばさ!」
その後ろには慌てている築地の姿。
「うむ、ありがたい話だが、流石に佐官が一緒では自然に楽しめないだろう?」
「そ、そそそ、そったらことねぇべさっ!?」
慌てて否定しているのか、どこの地方の方言か判断が難しい築地。
「白銀大尉は一緒に遊んでます」
「何ィッ!?」
麻倉の言葉に目の色を変える大和。
その反応に麻倉が唇に指を当てて「しー…」と、静かにとジェスチャーで伝えつつ、反対の手でPXの中を指差す。
入り口の角から、にゅ・にゅ・にゅ・ぬっ…と半分だけ顔をだす4人。
下から順に築地・麻倉・高原・大和である。
彼等の視線の先には、人気の少ないPXの隅で遊ぶ武達。
築地達を除いた全員が、楽しそうに遊んでいる。
「ぬぅ、武め…人が汗水その他垂らして仕事をしているのに、ハーレムでウハウハとは……見事だッ」
「って、褒めるんですかっ!?」
「素敵な光景」
「はうぅぅ、茜ちゃん、楽しそうだっぺさ~…」
感動した!とばかりに頷く大和と、ついツッコんでしまう高原。
同意している麻倉に、少し寂しげな築地。
そんなカオスな連中に観察されていると知らず、楽しそうな武。
「麻倉訓練兵、この光景は日常茶飯事かね?」
「その通りです少佐」
麻倉からの返答に、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた大和は、ゴソゴソとツナギの中に手を入れて何かを探る。
「ぱぱらぱっぱぱ~…撮影用小型ビデオカメラ~!」
「あの、少佐、そのカメラどこから…と言うかなんですその音楽?」
「うむ、様式美だ」
「様式美っ!?」
「さて麻倉訓練兵、君に極秘任務を与える」
「は!」
一度顔を引っ込ませて背筋を伸ばす大和と敬礼する麻倉。
「このカメラで白銀 武大尉の私生活、特に女性との光景を撮影してほしい」
「ちょ、それって盗撮!?」
「了解しました、決死の覚悟で望む所存です」
「受けるのっ? 一美受けちゃうのっ!?」
「はぅあ~、しょ、少佐に私生活を見られるなだ、こっぱずかしかと~っ(///」
「多恵っ、アンタはイヤンイヤンしてないで戻ってきてっ!?」
「特に女性との二人っきりな姿はオイシイ…もとい、重要な資料になる(ニヤリ」
「あぁっ、少佐ダメっ、その笑顔はダメです映像的な意味でっ!!」
「了解しました、必ずや少佐のご期待にお答えします(ニヤソ」
「一美もらめぇっ、黒いから、その笑顔黒いからぁっ!?」
ズンズンと進む黒い計画と、必死にツッコミ続ける高原。
築地がトリップでヘヴンしている現在、二人の天然腹黒を止められるのは彼女しか居ない。
高原のツッコミが武を救うと信じて……!
「いや無理ですからぁっ!?」
30分後………
たっぷりと武のハーレム構築を観察し、ご満悦な大和は、呆れ顔のおばちゃんにお茶菓子を貰って執務室へ戻ってきた。
別れ際の、全力を出し尽くしたように崩れ落ちている高原と、イイ笑顔で撮影を続ける麻倉が居たが、当然スルー。
築地? なんか悶え死んでました。
「いやぁ…殿下にイイ報告が出来そうだ…」
クックックッ…と怪しく笑いながらパソコンを起動する大和。
どうやら殿下も白銀ハーレム計画に一枚噛んでいるらしい。
「おや?」
ふと執務机の上を見ると、何やら手紙が着ている。
見れば、帝国陸軍技術廠の巌谷中佐からの手紙だった。
検閲済みの印があるので、どうやらプライベートな手紙らしい。
中身を見てみると、この前送った新型噴射跳躍システムとスラスターのデータと現物が無事に届いた事の報告と、さっそく量産に入ると言う、既に夕呼からも聞いた連絡が書かれていた。
その後は、帝国軍の近況を問題ないレベルで書かれており、中には大和が居なくなって開発部が寂しくなった…などの言葉も見られた。
「やれやれ、中佐もマメなお人だ……」
最後の文に、唯依ちゃんに心配かける事はするなよと、釘を刺された。
大和の無茶の事を言っているのだろうが、三日前まで徹夜作業してたので苦笑するしかない。
「ん? 追伸…今度の計画は帝国議会も期待しているので頑張るように。あと贈りモノは返品不可?……何の事だ?」
プライベートな手紙故、ぼやかしてあるので流石の大和の何を指しているのか判断がつかない内容。
「計画? 雪風の事か? だが贈りモノってなんだ…何故モノがカタカナ?」
中佐が誤字とは珍しい…と、この時はあまり気にしなかった大和。
後日、その事を後悔するが後の祭りとなるのだった。
時は戻り2001年1月29日――――
帝国国防省の会議室で、帝国軍高級高官と兵器メーカーの重役が、顔を揃えていた。
議題である試作99型電磁投射砲の報告から不知火の改修などの問題に、頭を悩ませている面々。
重い空気の中、停滞していた会議が進む切欠とばかりに、一人の将校が手を上げた。
議長の許可を得て、立ち上がった将校は全員を一瞥すると口を開いた。
「小官に一つ、愚策があります」
将校の名前は、巌谷 榮二。
この瞬間こそ、後に大和が苦労する事になる計画の始まりだった。
2001年2月2日―――
帝国国防省の戦術機技術開発研究所、その地下格納庫に、一人の衛士が居た。
「ふぅ……」
先ほどまで整備主任と愛機の不具合に関して話し合っていたのは、篁 唯依。
自分の愛機である武御雷を見上げ、物思いにふける。
「情けない…アイツが居なくなってからまだ10日も経たないのに……」
彼女の表情を憂いにしているのは、先頃国連軍へと降った一人の大尉。
「黒金が居れば、こんな問題点二人で解決出来ると言うのに…」
技術面でも知識面でも、そして発想面でも一線を凌駕する、黒金 大和。
彼が彼女の同僚だった時、彼女は悔しさを感じると共に喜びを感じていた。
唯依自身でも言葉にし難い案や考えも、彼は確りと理解して形にしてくれた。
時に彼を引っ張り、時に引っ張られ。
彼の公のパートナーは自分であると、胸を張っていたあの頃。
それが今では、小さな不具合に躓いている。
「なんて情けない……」
叔父様と慕う巌谷の話では、現在大和は横浜基地の主とすら呼ばれる天才科学者の下で、新しい仕事をしていると言う。
それを聞いてから、彼女の内向的な考えは加速していた。
「私は、何をしているんだ……」
先の、試作99型電磁投射砲のシミュレーションでもあの体たらく。
このままでは、置いて行かれてしまう。
そんな恐怖が、彼女の中にあった。
「篁中尉」
「え…あ、叔父様…っ、いえ、巌谷中佐!」
考え込んでいたせいで、巌谷が来ている事に気付けなかった彼女は、一瞬私的な呼び方をしてしまうが、慌てて言い直して敬礼する。
それに対して巌谷は怒るでもなく、苦笑を見せて答礼する。
「何やら悩んでいる様子だったが、大丈夫かい?」
「―――っ、お恥ずかしい所をお見せしました、問題ありませんっ」
顔を赤くしつつ答える彼女に、巌谷は苦笑するしかない。
彼女の元気が目に見えて無くなっているのは、同僚すらも分かっている。
それを、育ての親でもある巌谷が分からないわけが無い。
「実は、先頃の会議で、新しい開発計画が始まる事になった」
「はぁ……」
突然話し始めた巌谷に、唯依は曖昧な頷きを返すことしか出来なかった。
その話の中で、「横浜基地」や「国連軍」「協力」などの単語が出るが、いまいち理解出来なかった。
「そこで、篁中尉!」
「あ――はっ!」
巌谷が雰囲気を変えた事を察して、背筋を伸ばす。
「貴様には、特殊任務についてもらう」
「特殊任務…でありますか?」
「そうだ、5月より貴様には横浜基地へ行ってもらう」
横浜基地へ―――その言葉を理解した時、唯依は目を見開いた。
国連横浜基地、そこは、極東の最終防衛線にして、極東の魔女が居る場所。
そして、彼等が自らの意思で降った、場所。
「……行ってくれるな、唯依ちゃん?」
叔父の顔に戻った巌谷に、唯依は帝国の思惑も国連の意向も、全て飲み込んだ上で敬礼した。
「はい、特殊任務の件、確かに拝命しました!」
その笑顔は、見る者を見惚れさせる凛々しい笑顔だった。
「あぁ…これが娘を嫁に出す父親の気持ちなのか……」
唯依と別れ、家路へと帰る巌谷は、車の中、月を見上げてそう呟くのだった。